任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十六話 それぞれの決意に、動き始める!

AYビル・真子の事務室。
真子は、まさちんが買ってきた食べ物を口にしていた。
終始笑顔でまさちんと話しながら食事中。
そんな真子の笑顔の裏に隠されている思いを理解しているまさちんは、心が痛かった。しかし、真子にそれを悟られないように振る舞っていた。



その夜。
奥の仮眠室で眠る真子の様子を伺ったまさちんは、隣の自分の事務室へ戻ってくる。
窓際に寄り、階下に見える街の灯りをじっと見つめていた。

「組長の考えが…わからない…。組長…一体何を考えておられるのですか?
 私に、ご相談下さい。…いつも…申しているではありませんか…。
 …あなたは、一人じゃないんですから…」

まさちんは、拳を窓ガラスに叩きつけ、唇を噛みしめた。



真子の自宅のリビング。
ぺんこうは、ソファに腰を掛け、項垂れていた。そこへ、真北が入ってくる。

「お帰り…なさい」

力無い声で真北に言うぺんこう。
その姿に驚く真北は、ふざけたように声を掛ける。

「なんやぁ? 疲れきっとるなぁ。歳かぁ?」

それは、空振りに終わった。
いつもなら、真北に食ってかかるぺんこう。

何が遭った?

真北は、気になりながらも、自分のお茶を用意する。
その間も、ぺんこうは、項垂れたまま。ちらりとぺんこうを見る真北は、静かに声を掛けた。

「真子ちゃんがおらんから、寂しいんか?」
「縁を…切られました…」

ぺんこうは、小声で言う。

「縁を切られた?? どういうことや?」

真北は、ぺんこうの前のソファに座り、コップをテーブルに置いて、ぺんこうの顔を見入る。
今にも泣きそうな表情をしているぺんこうは、ゆっくりと語り出した。

「組長の廻りが狙われ始めた。組長は、狙いは自分なのに、
 なぜ、廻りから狙うのか…そんな質問をしてきました。
 …廻りから崩す。それは、責めの鉄則。私が、そう応えた途端、
 組長は……」

『周りを減らせばいいんだね』

ぺんこうは、頭を抱え込んで、話し続ける。

「私と縁を切る…これ以上、哀しい思いをして欲しくないと…。
 そう言って、私に背を向けて、去っていきました…」

ぺんこうの声が震えた。

「引き止めること…できなかった…。こんな時こそ、
 組長の力にならなければならないのに…。できなかったんです…」

真北に目をやるぺんこう。
その目から、一筋涙が流れた。

「芯…」
「組長が、家を空けてから五日…。私は、ずっと悩んでました。
 組長の為に何かできないのだろうかと…。出る結論は全て、
 今の生活を捨てること…組長を守ること…でした」
「…そうならないようにと、真子ちゃんが縁を切ったんだろ?
 それくらい、お前なら、解っているよな」

ぺんこうは、そっと頷いた。

「…そんな調子やったら、仕事に支障でてるやろ?」
「それが…割り切れるんです…。仕事の時は、仕事に没頭してます」
「夏休みでも、講習があるからな。それに、受験生を抱えるお前なら、
 そうなるのが当たり前やろ。…真子ちゃんのことは、俺に任せて、お前は
 教師を続けろ。…それが、俺の夢だ」

真北は、優しい眼差しで、ぺんこうを見つめた。
その眼差しをぺんこうは知っていた。

あの頃と、変わっていない…。

フッと笑うぺんこうは、真剣な眼差しで真北を見つめ、そして、力強く言った。

「二の舞だけは…しないでください。俺、これ以上、
 哀しい思いはしたくありません」
「安心しろ」

真北の声は強かった。真北は立ち上がり、ぺんこうの横にそっと腰を下ろす。
ぺんこうは、泣いていた。
そんなぺんこうを抱きしめる真北。

「お前の大切な真子ちゃんは、俺が守るから」

真北は、ぺんこうの耳元で呟くように言った。
ぺんこうは、ゆっくりと口を開く。

「……さん…」

声にならなかった。

もしもの時は……。

真北の胸に顔を埋めるぺんこうは、何かを決心したようだった。




まさちんが、自宅に戻ってきた。
ぺんこうは、まさちんの姿を見た途端、玄関まで迎えに出てきた。

「なんでおるねん! …そっか、休日やっけ」

まさちんは、誰も居ないと思っていた様子。

「組長は、どうなんだよ!」

まさちんに突っかかるように尋ねるぺんこう。

「変わらず五代目…」
「そっか…」

ぺんこうは、寂しそうな顔をしていた。

「元気だから安心しろ」

まさちんは、そんなぺんこうの肩を叩いて、二階へ上がっていった。
真子の部屋へ入り、真子の荷物、そして、自分の部屋で、自分の荷物を鞄に詰め込むまさちん。
ぺんこうは、何も言わずに、まさちんの後をつけ回していた。

「何時戻ってくるんだよ」
「わからないな…。ほとぼりが冷めるまで、帰らないんだろうな」
「無理させるなよ…」

少し、寂しそうな声でぺんこうが言う。

「そういうお前こそ、仕事に支障をきたしてないか?」
「割り切ってるから、大丈夫だよ」
「…組長に、伝えておくよ」
「あぁ」

ぺんこうの表情に少しだけ、笑顔が現れる。
まさちんは、荷物をまとめ終わり、鞄を持って、立ち上がった。そして、二人は、ゆっくりと下へ降りてくる。
まさちんは、そのまま、玄関に行き、靴を履く。

「じゃぁ、またなぁ」
「…無茶すんなよ」
「ありがとな…」

まさちんは、ぺんこうに微笑んで家を出ていった。

「この家に、二人っきりって、しんどいんやで…」

ぺんこうは、呟き、そして、車が見えなくなるまで見送っていた。

「…様子くらい、毎日連絡してくれても、ええやないか…」

ぺんこうは、本当に寂しい思いをしていた。
部屋に戻り、デスクに着く。ゆっくりと引き出しを開けた。
そこには、キャラクターランドの旅行の最終日に、真子から感謝の気持ちで渡されたネクタイが入っていた。
ぺんこうは、そっと手に取り、思い出に浸る。
デスクの前に飾っている写真立てに目をやり、微笑む。

「この気持ちは、失わないようにしないとな…。組長…待ってます」

ぺんこうは、仕事を始める。
講習期間は、残り5日。
それを乗り切れば、お盆休みに入る。

組長のために、安らぐ場所を作っておかないとな…。





橋総合病院。
まさちんは、自宅から直接、やって来る。やはり気になる二人の様子。
まさちんは、駐車場に車を停め、二人の病室へ向かって歩き出す。

「まさちん」

呼び止める声に振り返ると、そこには、真北が立っていた。
真北の表情は、どことなく寂しそうな感じだったが、スキを見せない姿は、変わらなかった。

「真北さん…」
「話がある」
「…二人のことですか? それとも…ぺんこうと二人っきりの
 生活に………。すみません」

まさちんの言葉に対して、ギロリと睨み付ける真北。
そのまま、深刻な話を始めた。

「ライのこと…調べた」
「ライのこと?」
「あぁ」

二人は、くまはちとむかいんの病室へ向かいながら話し始める。

「くまはちとむかいんを巻き込んでまで自爆したカイトだけどな、
 ライの側近だろ。…真子ちゃんの側にいるお前のような…な」
「えぇ。組長を迎えに行ったホテルで少し見かけました。その時に
 カイトの雰囲気で、そのことは、知ってます」
「須藤にも聞いたけどな。真子ちゃんの能力を狙ってるんだよな」
「はい」
「海外で、カイトは、ライの影武者として、過ごす日々が多かったらしい。
 そして、…例の裏の組織を操る人物だ」
「カイトが…ですか?」

真北は、頷く。

「以前から、阿山組を調べていた組織…そして、黒崎を…アルファーを
 亡き者にした…奴だ」

真北の表情に怒りが現れた。

「黒崎は、俺のこの手で…そう思っていたのにな…」

秘めていた思いを口にする真北。
そこへ、くまはちが、近づいてくる。

「真北さん…本当ですか? …アルファーを…殺した…奴が、カイト…?」
「くまはち…!」

くまはちは、怒りが頂点に達したのか、いきなり、拳を壁にぶつけた。
壁にひびが入り、欠片が落ちる。

「くそっ…この手で……」

くまはちは、拳を壁から外す。その拳から血が滲んでいた。

「…あんたらなぁ…ええ加減にせぇよ。黒崎をその手で?
 カイトをその手で…? 何考えてるんだよ!!」

突然、まさちんが怒りを見せた。

「…命を粗末にすること…組長が一番嫌がることだろ?
 組長が、一番信頼しているあんたたちが、感情にまかせて
 そんなことを言って、どうするんだよ。…こんな時に、
 そんな感情になるなよ……」

まさちんの悲痛な声。

「こんな時だからこそ…組長の築き上げた世界を守っていくのが、
 筋だろ? これ以上、血を流さないようにしないとな…。それが、
 俺達のすることだろ?」

まさちんは、真北を睨み付けた。

「真北さん、あんたが、一番望んでいたことなんだろう?
 そして、くまはち…お前が、守らなければならないこと
 …そうじゃないのか?」

まさちんが握りしめる拳は、震えていた。

「まさちん…すまん…。こんな時だからこそ、落ち着かないと…な」

真北が静かに言う。

「…ぺんこうと縁を切ったのは、本当なのか?」

真北は、尋ねる。

「えぇ。くまはちとむかいんのことを頼んで…。…だけど、私は、
 組長の考えが解らないんです。一体、何を考えておられるのか…。
 なぜ、私に、相談してくれないのか…」
「…真子ちゃんを、しっかり見守っててくれ。一人にさせないようにな」
「はい。直ぐに、ビルへ向かいます。真北さん。決して無理はしないでください。
 そして、くまはち。お前は、ベッドに抑制してもらえ。顔色が悪い。
 治ってないんやろ。無理して体を動かして、悪化させるな。組長のことは、
 俺に任せておけ。心配せんと、自分の体のことを考えろよ…な」

まさちんは、素敵な笑顔でくまはちに言って、真北に一礼した後、その場を去っていった。
まさちんを見送る真北は、ふらつきそうなくまはちを支えていた。

「橋に言うぞ。抑制するようにって」
「もう、無茶しませんよ。暫く横になってます。…あいつに任せていて
 大丈夫ですよね…」
「そうだな。俺達以上に、真子ちゃんのことを考えているからな…。
 あいつには、脱帽だよ」
「そうですね。…悔しいですよ…あの時から…」

くまはちの言ったあの時。
それは、厚木総会へ殴り込んだ時のこと。

「無茶しなければいいんだが…」

真北は、静かに言って、くまはちを病室へ連れていく。
怒りの拳をぶつけたことで、傷が悪化したのは、言うまでもない。

真北たちが心配していた事とは、全く違い、誰もが想像しなかった行動に、真子は出た。



その日、真子は緊急幹部会を開き、誰もが驚くことを発言した。

『私は、阿山組と縁を切る。…これ以上、私とは関わらないで下さい』

幹部達にまで、冷たく言い放ち、そして、会議室を出て行った。
しかし、一人で敵に立ち向かおうとする真子に、一人の男がついていく。

地島政樹。

真子に命を預けた男。そして、真子の幸せを誰よりも考える男だった。



周りと縁を切った真子をAYビルの真子の事務室で、見つめるまさちん。
その眼差しは、凛として、スキはないが、優しいぬくもりも含まれていた。

「…ありがとう、まさちん。…心強いや」

安心したように微笑みを浮かべて、静かに言う真子に、いつものように優しい笑顔を向けるまさちんだった。



この先に起こる出来事は、誰も予測できないものだった。





AYビル・須藤組組事務所。
日付が変わる頃の真夜中にも関わらず、灯りが付き、須藤をはじめ、水木や谷川、川原、藤の関西幹部が雁首揃えて、深刻な表情をして、話し合っていた。

「組長が阿山組を離れた今、俺達は、どうすりゃええんや?」
「阿山組に居る義理はないやろ?」

川原と藤が、痛々しい表情できつく言う。

「そうやな。俺達が、阿山組に居る義理はない」

須藤が力強く言った。

「…だから、俺達は……阿山真子を守る」

水木の言葉に、その場に居た誰もが、真剣な眼差しに変わる。

「兎に角、組長をまさちんだけには任せてられない。まさちんには、
 組長の側に居てもらうとして、俺達は、作戦を練る。…しかし、
 敵と思っていたカイトは、既にこの世に居ない。だが、例の組織の
 力もある。各自で組関係は守ってくれ。そして、俺達は、カイトに
 一番身近に居たライに接触する。そして、問いただす」

水木が、淡々と語り出す。

「組長をここから出さないようにせなな。よしの。見張っておけ」
「はっ」

須藤に言われたよしのは事務所を出ていった。そして、真子の事務所の前で中の様子を伺い始めた。
静かだった。



その頃、真子は、寂しさのあまり、まさちんにしがみつき、事務所の奥にある仮眠室のベッドの上で寄り添って眠っていた。
自分の腕の中で、眠る真子を見つめるまさちん。

「お一人ではないんですよ。いつになったら、解って下さるんですか?
 絶対に、一人で行動しないでください。組長…」

まさちんは、そっと真子に唇を寄せた。

「抱いてしまうと、消えてしまいそうだな…」

そう呟きながら、まさちんは、真子の頭を自分の胸元に抱きしめた。そして、目を瞑り、寝入ってしまった。
やはり、抱きしめるだけで、それ以上のことは、出来ない様子…。



朝を迎えた。

よしのは、真子の事務室の前で、事務室内の動きを伺っていた。
須藤達は、あちこちに連絡を取って、作戦を練りながら、朝を迎える。
そして、
真子の事務室。
まさちんは、自分の腕の動きで、ふと目を覚ます。

「!!!!!! うわっ!」

まさちんは、慌てて飛び起きて、ベッドに腰を掛けた。

「無意識かよぉ……」

まさちんは、自分の両手を見つめ、そして、ちらりと後ろに眠る真子を見つめる。
真子が着ているパジャマの胸元がはだけていた。
下着の肩のひもも、少し腕の方にずれている…。
まさちんは、真子の肩まで、そっと布団を掛け、

「気持ちの方が強いのか……。こんな時に、俺…何考えてるんだよ…」

項垂れた。



真子が目を覚ます。

「まさちん…」
「組長、お目覚めですか?」

少し疲れたような表情でまさちんは、振り返り、真子と目が合った途端、立ち上がり、頭を深々と下げる。

「すみませんでした!!!」
「えっ? ど、どしたん? あれれ…???」

まさちんの行動に慌てた真子は、起き上がる……真子のパジャマは、はだけている…。

「目を覚ましたら、…私、寝ぼけていたようで…その……」

しどろもどろになるまさちんを見て、真子は、微笑んでいる。

「ふふふ! ったく、まさちんは…」
「!!!!!」

まさちんは、いきなり胸ぐらを掴みあげられた。そして、真子に引き寄せられる。
真子の唇が、そっと、まさちんの唇に触れる……。

それは、かなり長い時間だった。

真子は、まさちんから離れた。

「…続きは、カタつけてからね…。組長と組員の関係は終わったから…」
「組長…」

真子は、素敵な笑顔をまさちんに向けた。

「さてと。兎に角、詳しいことは、本人に聞いた方がいいだろうから、
 早速、向かうとするかぁ」
「はい」

まさちんは、一礼して、仮眠室を出ていった。



廊下で伺っていたよしのは、事務室内の動きに気が付いたのか、急いで須藤組組事務所へと入っていく。

「おやっさん、動きました」
「そうか」

須藤の眼差しが、鋭くなる。それに感化されるようにその場に居た水木達関西幹部の醸し出す雰囲気が一変した。

長年、この世界で生きてきた男達の身に付いた性…。

真子とまさちんが、須藤組組事務所の前を通り過ぎる足音が聞こえてきた。須藤達は、事務所を出る。
真子とまさちんは、エレベータホールで、エレベータを待っていた。

「組長!」

須藤達の呼びかけに全く反応しない真子とまさちんは、到着したエレベータに乗り込んだ。

ガッ!

水木が、閉まるドアを手で停める。
ドアが静かに開いた。

「組長、どちらへ行かれるおつもりですか?」

水木は、ドスを利かせて真子に尋ねるが、真子は、見向きもせず、俯き加減に立っていた。
水木は、ドアを止めたまま、動こうとしない。
それを見つめる須藤達が、一歩踏みだそうとした時だった。

バッ! ドカッ!!!

水木が、胸ぐらを掴みあげられ、腹部に蹴りを入れられ、壁に背中からぶつかった。

「水木っ!!」

須藤達が駆け寄る。そして、エレベータの中に目をやった。
まさちんが、水木を見下ろして立っていた。
その目は、誰も寄せ付けない…そう語っているようだった。
水木がゆっくりと顔を上げる。
エレベータのドアは静かに閉まり、そして、降りていった。

「…くそっ!!」

水木は、壁を拳でぶん殴った。
須藤の手を借りて、ゆっくりと立ち上がる水木は、素早くエレベータのボタンを押す。ところが、ボタンは点灯しない。

「やられた…。組長は、その道にも詳しかったな…」

須藤が言う。エレベータ内で、何やら操作をした様子。

「二人で、何処に行くつもりなんだよ…」

水木が、寂しそうに呟いた。




真北は、とあるビルに脚を運ぶ。
そこは、外見は普通の建物だが、中は、かなりハイテクな設備が整っていた。
特殊任務に就く者だけが出入りできる場所。
真北は、深刻な面もちで、組織のトップに会いに行く。

「真北、ライのことだけどな…。世界をまたにかける裏組織に関わる者なら、
 特殊任務の力を使えば、それこそ、国を巻き込んでの戦いになるぞ。
 それでも、いいのか?」
「いいえ、そうではなく…」

そう口にした途端、真北の眼差しが変わった。
刑事としての眼差し、しかし、その奥には…

「阿山組関係が起こす問題をすべて闇に葬っていただいていたこと、
 感謝します。今回は、かなり大がかりなことになりそうなので、
 改めて御願いに参っただけです」
「改まって言う程、深刻なのか?」

真北は、ゆっくりと頷く。

「…アルファーの事件に関わる者として、警察関係で動きます。しかし、
 裏の組織に関わるものなので、最悪の事態を予測できます」
「そうだな。…真北、お前、まさかと思うが、大切な娘の為に、
 その命を…」
「真子ちゃんが一番嫌うことなので、それだけは、致しませんよ。
 ですが、最悪の場合を考えて、あの案を実行していただきたい」
「例の…ことか?」

真北は、真剣な眼差しで、トップを見つめていた。
ため息を付きながら、デスクの引き出しから、一枚の用紙を取り出すトップ。
それに書かれている事は…?




真北は、ビルから出てきたその脚で、原に連絡を取りながら、仕事場へと向かっていった。
仕事場に到着し、パソコンで情報を収集している時だった。
デスクの電話が鳴った。
真北は、受話器を取る。

「もしもし」
『真北さんか?』
「…その声は、優雅…」

真北自身も、裏情報屋の優雅を知っている様子。

「なんや、今更。足を洗ったんやろ?」
『…あんたの大切な娘に関することなんだけどな』
「なに?」

真北の表情が変わったのは言うまでもない。

『この間、原田に頼まれた情報に付け加えるよ。これ以上、
 血を見たくないのでね。ライの本当の姿だよ…』

口を噤んだままの真北は、受話器から聞こえてくる言葉一つ一つを真剣に聞いていた。
そして、そっと受話器を置いた。

「俺としたことが…!!!!!」

真北は、思いっきり拳をデスクにぶつけた。
そこへ、原が近づいてくる。

「真北さん、人数集まりました。準備に入りますよ」
「あん? …あぁ。そうだな。緊急会議。作戦を練る」
「はっ」
「狙いは、ライ…だ」

真北の目つきが、がらりと変わる…やくざな目。

「真北さん…」
「なんだ?」
「どちらで動くおつもりですか? 刑事? それとも…」
「どっちでもない。…ただ、お前らと行動するときは、刑事だ」

優しい眼差しを送る真北に、安心する原。

無茶だけは、しないでくださいね…。

原も、微笑み返す。そして、二人は、会議室へ入っていった。
すでに、刑事達が集まっている会議室内は、緊迫した空気に包まれていた。





橋総合病院。
橋は、手術を終え、一段落着く。そして、ゆっくりとした足取りで、くまはちの病室へ向かって歩き出す。ドアを開けるとそこは、もぬけの殻だった。
ドアノブを握りしめる橋の手はぷるぷると震え出す。
いきなりきびすを返し、トレーニングルームへと走り出す…が、そこには、見あたらない。
ふと嫌な思いが過ぎったのか、玄関へ走り出した。ロータリーに目をやると、そこには、探していた人物の姿が。

「くまはち!!」

その叫び声に振り返るくまはちは、ヤバイッ!という表情をして、急いで車に乗り込んだ。その車こそ、虎石と竜見が乗っている車…。橋が追いかけて走ってくるが、車は勢い良く去っていった。

「こんの、あほんだらぁ!!!!」

橋は、側にあった木を思いっきりぶん殴り、事務室へと向かって走り出す。そして、電話を掛けた。

「真北ぁ、すまん。くまはちが、逃げ出した…。用心してたんやけどな。
 …すまん…。…あぁ。大丈夫や。むかいんは、まだ、動かないよ。
 そっちこそ、無理すんなや。…って、お前行くつもりか?」

橋は、受話器の向こうに聞こえる真北の声を聞いて、笑い出す。

「下が見えなくても、お前は、あかんやろが…。…そうやな。解ったよ」

橋は、受話器を置く。そして、堪えていた笑いが、ついに吹き出してしまった。

「高所恐怖症がぁ。…真子ちゃんの事務室は、38階やろが…」

橋は、椅子の背もたれにそっともたれかかった。
急患のランプが点灯する。目を爛々と輝かせて、事務室を出ていく橋だった。




真北は、健に連絡を入れる。

『はい』
「今、どこや?」
『仕事中ですよ』

真北は、受話器の向こうに聞こえる声に耳を傾ける。

ヒットか…。

「そうか、悪かった」

真北は、そう言って、電話を切った。そして、車から降りた。
そこは、AYビル地下駐車場。
真北は、エレベータホールへと歩き出す。そして、ボタンを押して、到着したエレベータに乗り込んだ。
エレベータが上昇する中、真北の拳は、力強く握りしめられる。

「あいつら、何を考えてるんや?」

エレベータが38階に到着した。真北は、ゆっくりとした足取りで、エレベータから降りて、そして、真子の事務室へと向かっていく。
ドアには鍵が掛かっていなかった。
真北は、そっとドアを開ける。そして、事務室内を見渡し、何かに気が付いた。

「二人で向かったか…。ったく…」

真北は、真子の事務室を出て、そして、同じ階にある須藤組組事務所の前に立つ。
中から感じられる殺気に気付いた真北は、ドアを開けた。
組事務所内に居る須藤達は、戦闘態勢に入り、ドアを開けた人物に警戒した。

「真北さん…」
「何してんだよ、お前ら…」

事務所には、須藤達だけでなく、くまはち、えいぞう、そして健が、鋭い眼差しをして、立っていた。
それこそ、その世界に生きる男達を醸し出している。
軽く息を吐いた真北は、事務所内の状態を見て、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出して、一人一人を見つめはじめた。
それは、真北が未だ、阿山組に来る前の、あの刑事・真北よりも、更に凄みを利かせた雰囲気だった。
誰もが、そんな真北の姿に、恐れる…。

「…ここから、出ようとする奴は…俺が許さない…」

真北は、一人の男に目をやった。

「くまはち…お前、病院を抜け出してまで…」
「真北さんが、なんと言おうと、この事態にじっとしてられませんよ。
 それに…私の仕事…ですよ…」

くまはちは、真北の言葉を遮ってまで、力強く言った。

「…真子ちゃんが、どんな思いを抱いて、お前らに言ったのか
 そして、こんな行動に出たのか…わからないのか?」

真北の言葉が、それぞれの心に突き刺さった。
くまはちは、真北に歩み寄る。

「なんや、くまはち」

真北の声には、ドスが利いていた。

「これは、真北さんには、関係のないことですよ。組長が行くとこに、
 向かうのは当たり前でしょう?」

その時だった。
真北の拳と蹴りが、怪我が治っていないくまはちの体に思いっきり入っていた。
その場に崩れ落ちるくまはち。

「くまはち、いい加減にしろよ…」

真北の言葉を聞きながら、くまはちは、気を失った。
真北の目線が須藤達に移る。

「お前ら…今までのことを考えてみろよ。…俺が、お前らの問題を
 抑えていたのは、なぜか、解っているんだろう?…真子ちゃんが、
 阿山組を離れた今、俺を敵に回すと…どうなるか、解っているだろうな…」

語尾に感じる真北の怒り。それこそ、刑事としての……。
だが、それに恐れる男達ではない。
すでに、心は決まっている。

「それは、昔に戻るだけですよ。五代目が離れた今、俺達が
 阿山組に何の義理があるというんですか?」
「…なに?」
「…俺達は、阿山組五代目を助けに行くんじゃない。
 …阿山真子を助けに行く…それだけですよ」

水木が言う。

「水木…」

真北は、水木の目を見て、何かを悟る。

真子ちゃんを愛する男…か…。

真北は、フッと笑いを浮かべ、そして、言った。

「あほか…。お前らが、真子ちゃんを助けに行く必要はないだろ。
 俺が行くよ」

静かに語る真北は、横たわっているくまはちに手を差し出した。

「!!!! くまはち?」

差し伸べた手を掴まれた真北は、驚いた表情をする。
気を失ったと思われたくまはちが、真北の手を掴み、そして、ムクッと起き上がったのだった。
真北を睨む目。
それは、今までに見せたことのない恐ろしい雰囲気だった。
真北は、この後に出るくまはちの行動を予測したのか、腕を返し、そして、くまはちを後ろ手にして、壁に押しやった。

「いい加減にしろ…。くまはち、そして、お前らに何か遭った時、
 一番に心配するのは、真子ちゃんなんだぞ。そんな真子ちゃんの
 気持ち…解っているんだろ?」

悲痛な真北の声。

「解ってますよ…。解っているからこそ、こうして…」

えいぞうが、静かに言った。
えいぞうの表情は、極道そのもの。

いつもいい加減な男が、本気になる。

真北の脳裏に過ぎる関西との抗争…。
ここにいる須藤達を殴り倒して、たった一人で終止符を打った男…。

これ以上、血を流したくない…。

真北の本当の気持ちだった。
ゆっくりと目を瞑る真北は、何かを決心したのか、目を開ける。
そして…。

「…俺に…任せておけ。お前らは、こっから、動くなよ。
 えいぞう、くまはち、こいつらを見張っておけ」

真北は、くまはちの腕を放して、事務所を出ていった。
静かにドアが閉まった……。

「どうするんだよ…」

須藤が言う。

「…くまはち、えいぞう、俺らをここから、出さないつもりか?」

水木が尋ねた。
くまはちとえいぞうは、水木達を見つめ、そして、

「真北さんが、ビルを去るまで、このままさ…」

声を揃えて言った。
二人は、同じ様に不気味な笑みを浮かべ、口元をつり上げる。

これが、阿山組組長のボディーガードの真の姿…。

真子を守る男達は、くまはちとえいぞうだけではなかった。





寝屋里高校。
夏休みの講習を終えたぺんこうは、一段落を着いていた。職員室のデスクで、珈琲を飲むぺんこう。意識は、別のところにある様子。

「…い?…山本先生!」

ぺんこうは、現実に戻される。
その声に振り返ると、そこには、青野という生徒が立っていた。

「おぉ、どうした?」

教師面になるぺんこう。

「意識ここにあらず…やな。どしたん? 阿山真子のこと、気になるん?」
「…まぁな」
「…先生は、無茶せんよな?」

青野は静かに言った。

「なにが?」
「あいつらから聞いたんや。向こうの世界で、今、大変なことが
 起こってるって。阿山真子が築き上げた世界が、崩れ始めたって…」

ぺんこうは、すごく心配そうな表情で語る青野を見つめ、そして、おもむろに頭をなで始めた。

「ちょ、ちょぉ、何するんよぉ」
「青野が心配することちゃうやろ」
「そやけど、先生、暗いんやもん」
「俺が?」
「そうやで。教壇に立ってる時は、先生なんやけど、こうして、
 一人で居るときは、凄く、寂しそうな表情をしてるんやもん。
 なんでなん?」
「ったく。お前は、人の心が読めるんか? 痛いとこ、つくんやなぁ」

ぺんこうの目は、フッと教師から、一人の男に変わる。

「そりゃぁなぁ、愛した女性に危機が迫ってるのに、何もできへんからな。
 俺の心は、揺らいだまんまや。このまま、ここで、教師をする方がええのか
 まさちんたちのように、組長を守るべきなのか…」
「…普通の暮らしを望む阿山真子の帰ってくる場所…必要ちゃうん?
 ケリがついたら、戻ってくるんやろ? …先生は、別の方法で守る…
 そう言っとったやんか。…やっぱし、一度染まると、そっちに走るんか?」
「青野……」

ぺんこうは、青野の言葉に衝撃を受けたのか、唇を噛みしめた。
チャイムが鳴った。

「予鈴や。先生は、先生やで。やくざとちゃうねんから」

そう言って、青野は、職員室を出ていった。
ぺんこうは、珈琲のコップを手に取り、窓に歩み寄る。そして、珈琲を飲みながら、空を見上げていた。

「そうやな…俺には、俺のやり方があったよな…。ありがとな、青野」

ぺんこうは、優しい笑みを浮かべ、珈琲を飲み干した。




真北は、AYビルの駐車場を出て、別の場所へ向かっていた。
真北の胸ポケットに入っている携帯電話から、かわいいメロディーが流れてきた。

「橋のやろぉ、何や?」

ブツブツ言いながら、電話に出た。

『真子ちゃんが襲われた。銃弾を肩に受けてるらしい』
「らしい?」
『こっちに向かっているまさちんからの連絡や』
「解った。直ぐ行く」
『来たみたいや。早く来いよ!』

電話が切れる。
真北は、その手で、原に連絡を入れた。

「原、全員をライのホテルに集結させろ。発砲事件として、
 ホテルの人に伝えて、張り込め。俺は、橋んとこ寄ってから、
 向かう」

そう告げて、電話を懐に入れながら、アクセルを思いっきり踏み込んだ。




AYビル・須藤組組事務所。
須藤達が、出動準備に入り、いざ、出発!という雰囲気を醸し出している時だった。くまはちの携帯電話が鳴る。
画面に表示される文字…橋総合病院。

「橋先生?」

くまはちは、疑問に思いながら、電話に出る。

『くまはちか? …まさちんが、出血多量で運ばれて来たぞ』

相手は、橋だった。

「まさちんが? …組長はどうなんですか!」

くまはちの言葉に事務所内が緊迫する。

『左肩を撃たれただけで、無事だ』
「そうですか…ありがとうございます」

くまはちは、電話を切り、えいぞうを見る。
えいぞうは、くまはちの言いたいことが解ったのか、ゆっくりと頷いた。

「須藤さん、水木さん。取りあえず、組長に会ってきます。
 まさちんの様子を伺ってからの出動ということで、よろしいですか?」
「あぁ。連絡してくれ。すぐに出動できるように待機している」
「御願いします」

そう言って、くまはちとえいぞう、そして、健が、事務室を出ていった。

「最悪な事態になりそうやな…。覚悟、決めとこか」

須藤が静かに言うと、

「とっくに出来てるよ」

水木は、にやりと笑みを浮かべて、返事をした。



(2006.8.20 第五部 第十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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