任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十七話 真北の決意、もう、哀しませない!

橋総合病院。
真北は、駐車場に車を停め、そして、橋の事務室へ駆け込んだ。

「真子ちゃんは?」

焦ったような真北とは対照的に、橋は落ち着いていた。

「真子ちゃんは、左肩を撃たれただけだ。弾は貫通。
 だけどな、真子ちゃんよりもまさちんの方が、重傷や。
 腹に銃弾を受けてるのにな、真子ちゃんをここに
 運ぶまで、黙っていたんや。自分のことは、後にしてな…」
「あほ…」

真北は、呆れたような表情をする。

「いつもの病室か?」
「あぁ。…真子ちゃん、思い詰めてるぞ。覚悟しとけよ」

橋の言葉に、ちらりと振り返るだけの真北は事務室を出ていった。
真北の眼差しには、何も感じなかった…。
橋は、知っている。
真北がそんな眼差しをするとき、それは、決まっている…。
目を瞑って息を整える橋。

覚悟を決めるか…。



真北が、まさちんの病室の前に来る。そこには、えいぞうと健が待機していた。
一礼する二人に軽く手を挙げて、真北は、病室へ入っていく。

「真子ちゃん」
「真北さん…」

真子は、哀しみ溢れる目で真北を見つめてきた。
そっと真子に近づき、力強く抱きしめる真北の声は、

「無事でよかった…」

安堵感で包まれていた。そっと真子の肩の傷に手を当て、優しく語りかける真北。

「大丈夫ですか?」
「うん。…痛み止め効いてるから…」

真子は、まさちんを見つめる。

「気付かなかった…まさちんが…撃たれたなんて…」
「こいつは、そんなことで倒れるような奴じゃありませんから。
 真子ちゃんの怪我の方が心配だったんですよ。それに、そうでも
 しないと、真子ちゃん…使おうとするから」

真北は、真子の右手を手に取る。

「そうでしょう?」

真北は、優しく微笑んだ。
その微笑みを見た真子の頬に一筋涙が伝っていく。真北はそっと、その涙を拭い、真子の前にしゃがみ込む。

「無茶しすぎですよ。水木たちに、あのようなことを言って、そして、
 二人だけで、ライに逢いにいくなんて…。ライの正体、御存知ですか?」
「…知らなかった。ライ本人に聞くまで知らなかった。私はてっきり
 カイトという人物の単独行動だと思っていたんだもん…。だけど、
 それは、違っていた。まさか、ライが、そう命令してたなんて…。
 私を手に入れるために、周りから責めるようにと…」

真子が静かに語り出す。そして、真北を見つめ、

「真北さんは、知っていたの?」

尋ねた。

「カイトの事件で、調べている時に…」

真北は、真子を引き寄せ、力強く抱きしめた。

「…あんな奴に…大切な恋人を…渡すもんか…」
「ま、真北…さん…」
「真子ちゃんの笑顔を奪うような奴は…俺が許さない…」

真北の言葉を聞いた途端、真子は、突然、真北を突き飛ばすように手をさしだし、真北から離れた。

「真子ちゃん?」

真北は、真子に睨まれる。

「真北さん、これ以上、このことに首を突っ込まないでよ…」

真子が冷たい言葉を投げかけてきた。

「真子ちゃん、私まで、突き放すつもりですか?」
「…私と関わることで、真北さんにまで危険な目に遭って欲しくない。
 だから…もう、首を突っ込まないで…」

真子の言葉に、怒りを覚えたのか、真北は、真子を睨み付けた。
しかし、怒りを抑えながら、真子に尋ねる。

「それは…私を必要としない…そう言うことですか?」

真子は、ゆっくりと頷いた……。





その頃、原達は、ライの宿泊するホテルに次々と到着していた。
客を装って、ロビーに集まる刑事達。
原は、ホテルの支配人や従業員と世間話をしているような感じで、状況を伝えていた。

「宜しくお願いします」

原は、丁寧に頭を下げ、集結した刑事達、一人一人に声をかけ始める。

準備は出来てますよ、真北さん。

原の眼差しが、鋭くなった。





橋総合病院。

「あなたは、阿山組と縁を切る」

真子が、静かに言う。

「阿山組と? …先に縁を切ったのは、真子ちゃんでしょう?
 しかし、まだ、五代目としての存在を残しているようですから、
 それを受け取りましょう」

真北は、ちらりとベッドを見る。
ベッドの上のまさちんが目を覚ましていた。

…駄目ですよ…組長…。真北さん…御願いします…止めてください…。

まさちんは、真北と真子に手を差し伸べ、真北を見つめ、目で訴えた。

安心しろ!

真北の目は、そう応えてきた。
ゆっくりと手を下ろすまさちんは、目を瞑り、二人の会話に耳を傾ける。
真北が、真子に悲痛な声で怒鳴っている。

真北さん、あなたは、一人で行うつもりですか…ライは…あいつは……。

真北が、病室を出ていった。
ドアが静かに閉まった時、真子が呟く。

「…これで、いい…」
「組長……」

まさちんが力を振り絞って、真子を呼んだ。

「まさちん!?」

真子は、驚いたように振り返った。



廊下では、えいぞうと健が、何か言いたげな表情で真北を見つめていた。
真北は、一点を見つめたまま、

「絶対、外に出すなよ…」

静かに二人に告げて、去っていった。
その後ろ姿は、やくざな雰囲気を醸し出していた。
その後ろ姿に、一礼する二人。

「……どうする、兄貴」

健が静かに口を開く。

「真北さんの言葉通り、組長を……ここから出さない」
「それなら、真北さんの方は?」
「みなまで言わなくても解ってる。……あの人には、今は、
 俺達よりも強い絆で結ばれている男達が付いてるさ…」
「そうだよね」
「あぁ。……でも……」

そう言ったっきり、えいぞうは、真子が居る病室を見つめるだけだった。

兄貴……。

えいぞうの心は決まっていた。
それは、あの日から。




橋の事務室から、真北が、無表情で出てきた。振り返ることもせず、真北は、車に乗り込み、橋総合病院を後にした。
無表情の真北が、向かう場所…そこは、ライの宿泊先のホテル。

真北さん、準備出来てます。
いつでも…踏み込めます!

原からの連絡が、真北の本能を目覚めさせることになった。
アクセルを踏む真北。
意外と、落ち着いている自分に驚いていた。
ふと蘇る、あの日のこと。

二度も観たくない。

誰かの言葉が聞こえてきた。

「俺も……二度と……」

真北は呟いていた。



えいぞうと健は、まさちんが眠る病室の前で待機する。
橋は、これから起こりうる事態に対処すべく、準備を始めた。
AYビル・須藤組組事務所に残された須藤達は、えいぞうの連絡を待っていた。

いつでも、出動出来る……。





真北の車が、ライの宿泊するホテルの駐車場へ入っていった。
ロビーへとやって来た真北に気付いた原達が真北に歩み寄ってきた。

「状況は変化ありません」
「あぁ」

短く応えた真北は、当たりを見渡した。
ロビーは、この事件に立ち向かおうとする刑事達で埋め尽くされていた。
原の機転からなのか、ホテルの従業員は、平静を装っている。
緊迫する中を真北は、見回っていた。

準備は整った。後は…ライの動きを待つだけだ…。

真北の表情が、やくざに変わる……。




真子が、一人でタクシーに乗っていた。

「お嬢さん、何か、哀しいことでも?」

タクシーの運転手が、静かに尋ねた。
ルームミラーで、後部座席の客の様子をチラリと見る運転手。
真子の目に輝く涙が、気になっていた。真子は、運転手に振り返り、笑顔で応えた。

「うれし涙です」
「お友達の退院が間近とか?」
「大切な人の優しさを感じたんですよ」
「そうなんやぁ。良かったな。幸せなんやな」
「…えぇ。とっても」

真子は、輝く笑顔で、運転手と話していた。




ライの宿泊先のホテル。
真北達が、密かに行動を開始しようと動き出す。

「…ええか、危険性が高い。相手は、裏の世界を渡り歩く男だ。
 どんな手を使ってくるかもわからない」

真北は、真剣な眼差しで語り出す。

「俺は、お前達を失いたくない。無理はするな」
「俺達は、真北さんの下で仕事をすることを誇りに思ってます。
 無理はしてません。ご指示を!」

声を揃えて真北に応える刑事達。
その中には、キャラクターランドで護衛にあたっていたマニアの役をしていた男、大学生風の姿をしていた男、そして、ヤンキー五人組の男達が混じっていた。

「…そうか。ありがとう。心強い」

真北は、何かを誤魔化すかのように目を瞑る。そして、静かに続けた。

「ライの動きは、まだ、ない。このホテルの最上階の部屋に
 居るのは確かだ。もう暫く様子を見てから、行動を開始する。
 それまで、各自、平静を装って待機していてくれ。俺は、
 もう少し、様子を伺う」
「はっ」

そう言って、刑事達は、再びばらけ始めた。



暫くして、タクシーが一台、ホテルに到着する。
そのタクシーから、左腕を固定された女性が降りてきた。
何かを決心した真子だった。
運転手に笑顔でお礼を言って、ホテルへ入っていく真子。

「真子ちゃん?」

ロビー近くの喫茶店で待機していた原が、玄関から入ってきた真子の姿を見かける。
玄関近くに居た刑事も、真子の姿を知っていた為、原に駆け寄ってきた。
原は既に、真北に連絡を入れていた。



エレベータホールに真子の姿があった。その姿は直ぐにエレベータの中へと消えていく。
原が駆けつけたが、ドアが閉まった所だった。
表示する数字が増えていく。
原は、真剣な眼差しで、その数字を見つめていた。

「遅かったか」

真北が、側にやって来た。

「すみません。止められませんでした」
「仕方ない。行動開始」
「はっ」

真北の姿を見た刑事達が、エレベータホールに集結。そして、エレベータのボタンを押し、到着したエレベータに乗り込んだ。



エレベータは上昇する。
真北の表情は、強張っていた。

「…真北さん、御無理なさらない方が……」
「大丈夫や。…お前ら、そこから絶対に動くなよ。窓の外の景色を
 俺に見せるな」

エレベータは、上昇する際、景色が見えるようにとドアの反対側は、ガラス張りだった。
真北は、目を瞑る。

「恐らく、ホールに待機させているだろうな。俺が先に降りて注意を引く。
 その間に、連行していけ」
「はっ」

刑事達の返事と同時に、ライが宿泊する階に到着。
エレベータのドアがゆっくりと開いた。真北が、仁王立ちして、ドアを両手で開き止める。
辺りの様子を伺いながら、一歩踏み出した。

シュッ!!

エレベータの影に、男が、左右に一人ずつ立っていた。
真北に向けて、右から拳、左からは、蹴りを同時に向けたが、真北は、それを予測していたのか、体をひねって、それらを避け、目にも留まらぬ速さで、拳を差し出す男の腹部に蹴りを見舞ったその脚で、蹴りを向けた男の側頭部に入れた。
二人の男は、一瞬の間の後、ばったりとその場に倒れる。
別のエレベータで到着した刑事達が、二人の男を連行した。

「行くぞ」

真北の言葉で、刑事達は、エレベータを下りる。そして、ホールの角を曲がった。
そこには、4人の男達が、待ちかまえていた。

こいつら……。

真北が戦闘態勢に入った時だった。
奥の部屋から銃声が三発聞こえた。

「真子ちゃん!」

真北は、銃声が気になり、怒りが頂点に達したのか、たった一人で四人の男を目にも留まらぬ速さで倒していった。
男達に攻撃の余地を与えずに…。

「真北さん、やりすぎです」
「あほんだら。そんな悠長に構えてる場合ちゃうやろ。
 原、お前にも銃声が聞こえただろ?」
「ライを逮捕するのなら、何を…」
「銃刀法違反で充分や。あの銃声が何よりの証拠や」

真北は、懐から銃を取りだした。

「真北さん…」

原は、真北のやくざそのものの表情が気になっていた。
その気持ちを察したのか、真北は、原に微笑む。

「大丈夫や。刑事の気持ちそのもの。…俺が、阿山組と知り合う前の
 気持ちや…だから、こんな表情になってるだけやで」
「…決して、無理なさらないでください」
「解ってるよ。お前らも…な」

強い絆で結ばれた男達。真北は、ライの部屋目指して歩き出す。
真北の代わりに、原がドアを叩いた。

「ライ、警察だ。開けなさい!!」

その声に直ぐに反応するようにドアが開いた。
刑事達は、ライの姿を見た途端、銃を向ける…が、直ぐに引っ込めた。
なんと、ライは、真子を抱きかかえ、真子のこめかみに銃を当てていた。

「…ライ…一体、何の真似だぁ?」

刑事達の後ろから声を掛ける真北。
真北は、ライに銃を向けたままだった。

「真北さん!」

真子は、真北の姿に驚いたような表情をしていた。

なぜ、ここに…。

真北の目。それは、阿山組と知り合う前の、刑事としての恐ろしいものを醸し出している。
真子は、その目を初めて見た。

これが、本来の真北さんなんだ…。
よかった…。

真子と真北は、お互い見つめ合っていた。

撃ちます。

真北の目が、そう語っている。
真子は、ゆっくりと頷いた。

その途端、銃声が響く。

「真北さん!!」

真北の行動に驚く原達。
なんと、真北は、真子の左肩の傷を狙って二発銃弾を放っていた。
真北の放った銃弾は、真子の肩を貫通し、真子を抱きしめるライの胸に当たっていた。
ライは、突然の事で、訳がわからないという目をして、真子を抱えたまま、後ろに倒れてしまう。

「真子ちゃんは、俺とは関係ないからな」

冷たく言いながらも、真子に手を差し出す真北。
素直に真北の手を掴む真子。

阿吽の呼吸。

「ったく…」

真子と真北は、同時に同じ言葉を呟いていた。
そんな二人を見つめる刑事達は、二人の間にある、不思議で、それも、かなり強い絆を肌に感じていた。

突然、真北が、真子を守るように抱きしめる。

プシュプシュ!!

「くそっ…」

真北は、脚に力が入らず、急にしゃがみ込む。そして、真子を原の前に押し出した。
真子は振り返る。
真北の力強い背中が、目の前に立ちはだかったが、そのまま、真北の背が低くなった。

「うそ…」

真北は、両足を撃たれて、力無くその場に座り込んでいた。
見上げているだろう先には、胸元を撃たれたはずのライが真北に銃を向けて立っていた。
真北は、必死に立ち上がろうとする。

ドカッ!

「うっ…」

真北の腹部に蹴りを入れたライ。真北は、壁に背中からぶつかっていた。

「原…早くしろ! 真子ちゃんを…」

一瞬の出来事に、誰もが動こうとしなかったが、真北の言葉に反応するかのように、原は、手を差し伸べるが、空を切った。

「!!!!」

ライの腕の方が早かった。
原は、再びライの腕の中に抱きしめられる真子を見る。
ライは、周りのことを全く気にしていないのか、真子を抱きしめたまま、原達とは反対の方向へ歩き出す。

「!!!!」

ライは、脚を掴まれた。

「…行かせない…」

真北が、ライの脚を掴んでいた。その目は、恐ろしく凶暴だった。しかし、ライは、冷たく真北を見下ろし、再び蹴りを入れる。
真北は、その脚を受け止めていた。

プシュ!

「!!!!!!」

真北の目は見開かれる。
ライは、無情にも真北に一発、銃弾を浴びせた。
真北の腹部を貫通した銃弾は、真北の血と共に、後ろの壁に突き刺さる。
腹部を押さえる真北の手。
指の間から、血が流れ始めた。

「再び…悪夢を見るんだな…真北さんよぉ」

冷たい声が、廊下に響いた時だった。
ライの足下に、丸い輪っかに一本の棒が付いたものが落ちた。
その直後に、真北の側に、小さなパイナップルが転がる。
真北は、それを見つめながら、叫ぶ。

「…走れ!!!」

刑事達は、その声に従うように走り出す。

「真北さん!!」

原は、刑事達の波に逆らうように真北の側に駆け寄った。

「あほ…」

真北は、原の手を払いのけるが、原は、真北に肩を貸して、立たせ、走り出す…。

大音響が、周りの時を、一瞬止めた。




ロビーで待機していた刑事達、そして、駐車場で待機していた刑事達が、爆発音に反応する。そして、一斉に最上階へ目指して走り出した。



白い煙が立ちこめる最上階の廊下。その中に輝く赤い光が、エレベータホールとは反対の方へ遠ざかっていった。

『真北さん!!』

真子の声が、微かに聞こえたのか、床に横たわる真北は、ゆっくりと顔を上げる。
真子は、ライに抱えられたまま、遠ざかっていく。
必死に手を伸ばす真北。
その手は、ばったりと床に落ちた。

「何が起こった??!!!」

最上階に到着した刑事達が、床に倒れる刑事達を見て、唖然とする。
それぞれに駆け寄り、容態を診る。ほとんどが、打撲で気を失っている様子。
エレベータホールから一番離れた所に二人が折り重なるように倒れていた。
その一人が、ムクッと起き上がる。

「……真北さん!!」

原は、自分を守るような感じで上に居る真北を見て、声を上げる。
真北は、手榴弾の爆風をまともに受けたのか、背中から、かなりの出血、そして、口元から、血が滴り落ちていた。

「原刑事!」

他の刑事が、駆けつける。

「俺は、大丈夫だ。…真北さんが…。救急車を呼べ!! 早くしろ!」
「はっ!」
「ライは?」

原が辺りを見渡すが、ライの姿はすでになく、ライの借りていた部屋の様子を伺いに入った刑事が、首を横に振る。
原は、真北に応急手当をしようと手を伸ばすが、体に激痛が走り、気を失ってしまう。

「原刑事!!!!」

自分の名を呼ぶ声が、遠くに聞こえていた。




真子を乗せたライの車は、高速道路を猛スピードで走っていた。
助手席に眠る真子の目には、一筋の涙が溢れこぼれていた。
ライは、その涙をそっと拭い、笑顔を向ける。

「真子…優しく抱いてあげますよ…。もう、離しません…」

不気味な微笑みに変わるライの表情。





橋総合病院。
えいぞうは、まさちんの側に座り、様子を見ていた。
まさちんは、未だに目を覚まさない。

「よっぽどひどかったんやな…。無茶すんなよ…」

健が、病室へ駆け込んでくる。

「兄貴、ライの宿泊先に反応した」
「そうか」
「それと…看護婦に聞いたんですが、真北さんたち刑事が、重傷を…」
「何? …真北さんは?」
「原刑事を守って、重体に…」

えいぞうは、椅子を倒す感じで立ち上がり、病室を出ていった。
健も同じように走り出す。




手術室前。
手術中のランプを見上げるえいぞうと健は、深刻な面もちで立ちつくしていた。
平野が手術室から出てきた。
その腕を掴むえいぞう。

「真北さんは?」
「今はなんとも…。橋先生にお任せするしか…」

平野は一礼して、素早くその場を去っていく。

「くそっ…」

えいぞうは、怒りを壁にぶつけた。

「兄貴…」
「健…」
「はい」
「本気に…なって、いいか? ライの野郎…ゆるせねぇ…。
 大切な組長を…組長が築き上げた世界を…簡単に
 つぶしやがって…。この手を…血で、染めて…いいか?」
「兄貴…それだけは、…親父にも反対されていること
 …命を奪うことは…」
「真北さんにもしものことがあれば、俺が…動く…。
 お前は、その後のことを頼む。…ええな、健…」

振り返るえいぞうの眼差しには、やくざな雰囲気が現れていた。それは、途轍もなく狂気に満ちあふれている…。
見ているこっちが、心が痛くなるほどの狂気。

「兄貴……」

健は、えいぞうを呼ぶだけで、何も言えなくなっていた。



えいぞうの狂気が伝わってきたのか、手術室内で、必死になっている橋が、呟きながら、真北の手術をしていた。

「例え、機械だらけになろうとも、お前には生きてもらわないとな…。
 廊下で待つ男の手を、血で染めたくない…。真子ちゃんの為にも…な。
 いいよな。文句は、言わせないぞ。あれ程、気を付けろと言ったのに、
 お前が無茶をしたからだ。生きろ…生きろよ…」

橋の額に浮かぶ汗を助手が素早く拭く。
橋の指先は、目にも留まらぬ速さで動いていた。





寝屋里高校。
珍しく校内放送が入る。

『山本先生、お電話が入ってます。大至急、職員室へお戻り下さい』

教壇に立っていたぺんこうは、頭上のスピーカーを見つめる。

「あと五分やけど、ここまで。今日もお疲れさん。あと三日や。
 がんばれよぉ」

ぺんこうは、講習を受けている生徒達に笑顔で、そう伝え、荷物をまとめて教室を出ていった。
廊下を軽く走りながら職員室へ入っていくぺんこう。

「こちらです」
「ありがとう。…もしもし。……えっ? 真北さんが? 手術は?
 ICUですか…。わかりました」

ぺんこうの表情から、笑顔が消える。

「先生、すみません。今日は、これで。あとの授業は数学なので、
 先生に御願いしますよ」

隣の席で、くつろぐ数学の先生に声を掛けながら、帰る用意をしているぺんこう。
なんだか、焦ったような感じのぺんこうに、数学の先生は、頷くしかできなかった。

「…もしかすると、ずっと、御願いするかもしれません」
「えっ?」

ぺんこうは、真剣な眼差しで数学の先生を見つめる。

「山本先生?」
「…戻れないかもしれません…」

ぺんこうは、深々と頭を下げて、職員室を出ていった。
いつもと違う雰囲気…。
どことなく、くまはちが醸し出す雰囲気に似ていた。

「まさか…山本先生…」

慌てて窓際に駆け寄る数学の先生は、窓を開け、車に乗り込むぺんこうを見つめる。

「山本先生! 待ってますよ。絶対に、戻ってきてください!!」

その声に、ぺんこうの行動が停まる。
職員室を見上げるぺんこう。
その表情は、素敵な笑顔を現していた。そして、ぺんこうは、車に乗り、寝屋里高校を去っていった。

「どうされました?」

他の教師が、窓に寄ってくる。

「…緊急事態ですよ。…山本先生が、昔に戻りました」
「えっ? それって、もしかして…」
「恐れていた通りになりましたね…。阿山真子に危機が迫った時は、
 教師を捨てると…」
「まさか…」
「山本先生ですよ…くそ真面目な…」

去っていくぺんこうの車を見つめる教師達だった。





橋総合病院・ICU前
ガラスの向こうには、真北が、機械に囲まれて横たわっていた。
原が、看護婦に付き添われながら、駆けつけてくる。

「真北さん……」

原は、ガラスにへばりつくようにもたれかかり、項垂れる。そこへ、えいぞうと健、そして、まさちんが、やって来た。

「原さん。あなたは、まだ、起きてはいけないと…」

えいぞうが、言った。

「寝てられませんよ…。真北さん、俺を守って…」

えいぞうは、優しく原に手を添えて、ソファに座らせる。

「仲間を失いたくない…。それは、真北さんの思いなんです。
 御存知でしょう? 真北さんは、以前、仲間を失っている。それも、
 今回のように、阿山組に関わったことで…」

静かに語り出す、えいぞうの言葉に耳を傾ける原。

「組長…阿山真子は、真北さんと縁を切ったはずなのに、
 なぜ、こうして…」
「…俺達は、アルファーの事件に関わる者として、ライの逮捕に向かっていた…」

原が静かに応えた。

「真北さんは、俺達に、そう言っていた。だけど、まさか、あの場所に、
 真子ちゃんが来るとは…。それも、一人で…。その真子ちゃんは…」
「ライに連れ去られた」

まさちんが、冷たく言った。

「原さん。あとは、俺達の仕事ですよ。警察の出る幕ではない」
「しかし…」
「俺達にとって、大切な人が連れ去られたんですよ? それなのに、
 行動しないなんてこと…できるわけないでしょう?」

えいぞうの言葉は、とても柔らかい。

「それに、あなたたち、刑事は、もう、人手がないはずですよ。
 真北さんやあなただけでなく、他の刑事も、重傷なのでしょう?
 あなたは、ここでしっかりと傷を治して下さい。…そして…」

えいぞうは、拳を握りしめた。

「……治った頃に、俺達を…」

原は、振り返る。

「大丈夫でしょう。…真北さん……すでに手を打っていたようですから」

原の言葉に、呆れたように笑みを浮かべるえいぞう。

「ったく、あの人は、すっかりこの世界に染まっていたんだな…」

えいぞうは、眠る真北に目をやる。

「原さん、病室へ」
「…無茶は、しないでください…生きて…戻って来て下さい…」

原の声は震えていた。

「あぁ」

えいぞう、まさちん、そして、健は、声を揃えて言った。
その声は、とても力強かった。
原は一礼して、看護婦と一緒に、ICU前から去っていった。
三人は、揃ってソファに腰を掛ける。

「…くまはちは?」

まさちんが、言う。

「AYビルで作戦中。俺達も、すぐにAYビル向かう。そう言うまさちんこそ
 大丈夫なんか? 貧血やろ?」
「…暴れるのに、ちょうどええやろ。…血の気が多いのと少ないので…
 橋先生…」

人の気配に顔を上げるまさちんたち。そこには、少し窶れた表情の橋が立っていた。そして、ガラス越しに真北を見つめ、深刻な表情をする。

「かなり悪いぞ…」

橋は、標準語…。

「そうですか…」
「…行くのか?」

橋は、三人の醸し出す雰囲気に気が付いていた。

「えぇ。真北さんを…宜しくお願いします」

まさちん、えいぞう、健は、声を揃えて橋に深々と頭を下げる。

「真子ちゃんとの約束は、ちゃんと守れよ」

静かに言う橋。
まさちんたちは、橋に微笑み、ICUを去っていった。




駐車場にぺんこうの車が到着した。素早く降り、病院内に駆け込んでいく。
ふと何かの気配に気付き、振り返った。

「あいつら…」

ぺんこうが見つめる先。
それは、真子を助けに向かう男達の姿だった。
ぺんこうは、そのまま、ICUへ向かって行った。

…ったく、二の舞はするなと言ったのに…。

ぺんこうの表情に、怒りが現れた。



(2006.8.23 第五部 第十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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