任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第五部 『心と絆』

第十九話 穏やかな朝

阿山組本部。
山中の部屋へ向かって回廊を北野が走っていく。そして、勢い良くドアを開けた。

「なんや、北野」
「…大阪で、大変な事が起こってます」

山中の表情が強張る。

「なに?」
「まさちんが、組長を守って銃弾に倒れ、そして、真北さんが、ライに…」
「ライ? 組長に迫っている、あの研究者が…なんだ?」
「…組長が、さらわれました…」
「……さら…われた?」

山中の表情が険しくなる。

「川原が、川原親分から聞いたそうで、…ライこそが、裏の世界を牛耳る
 あの組織のトップだったんですよ。組長と同じ、特殊能力の持ち主です。
 …そして、今、組長奪還の為に、動いていると…」

ガン!!!

山中は、目の前のテーブルに拳を叩きつけた。

「どうするんだよ…。俺達は、どうすればいいんだよ!!!」

山中が叫ぶ。

「山中さん…」

山中の握りしめる拳は、震え出す。

またしても、組長の力になれないのか…!!!





湖の別荘内。
激しい銃声が響き渡る。
少し離れた場所で待機しているヘリの中に居る二人は、その銃声を耳にして、事態の最悪さを想像する。

「…どうする…」
「俺達は、ここから、動かないように、言われているぞ」
「あぁ」

心配な面もちで、別荘に目をやる二人だった。




別荘内。
銃声が止み、辺りが静かになった。
組員達は、すくっと立ち上がり、ライの居た場所に目をやった。
その場所は、赤く染まっている……。

「やったか?」
「……違う…。違う!! 全員、構えろ!!」
真子が叫ぶと同時に、組員達は、再び、銃器類を構える。
真子が見たのは、赤く染まった…攻撃による血の赤ではなく、攻撃を守るような光の赤だった。

「真子…。どういうことですか? あなたが、攻撃の命令をするなんて…。
 どうしてですか?」

真子は、ライに言われて初めて自分が率先して、攻撃命令を出したことに気が付いた。
そんな自分に驚く真子。

「そうですか…。これが、あなたの気持ちですか。
 それならば、私の気持ちも教えてあげましょう。
 …せっかく、二人で素敵な日々を過ごせると思ったのに、
 真子、あなたは、やはり…血を見るのが好きな
 …極道なんですね」

ライの言葉に、その場にいた誰もが反応する。

それ…組長の怒りの起爆剤……。

ちらりと真子に目をやるまさちんたち。しかし、真子の表情は至って穏やかだった。
ライを見つめる目。
それは、哀しみに包まれている。
自分に対する哀しみではない。ライに対する哀しみだった。

組長…なぜ、こんな時にでも、敵の心を心配するんですか…。

誰もがそんな思いを抱いて、真子を見つめていた。





美しく輝く湖の側で待機しているヘリ。
その中の二人は、別荘から飛び出すように出てきた重装備の男達を見つめていた。

「いくらなんでも、あれは、闇に葬れないよな…」
「俺達だけしか知らんやろ。大丈夫ちゃうか」
「……女性が居ないぞ」
「あの面もちは、一対一で勝負してるんだろな…」

別荘から出てきた男達…まさちんたちは、厳しい顔をして、別荘の方を見つめていた。

「阿山組五代目…か。その世界では、一目置かれているだけじゃ
 ないんだろうな」
「…真北さんの大切な娘…。真北さんも、一体何を考えて…」

その時だった。
大音響と共に、別荘の半分が吹き飛んだ。
いきなりのことで、身を屈めるまさちんたち。
ヘリの二人も、離れているにも関わらず、身を伏せてしまった。


辺りが静かになった。
ヘリの二人は、ゆっくりと体を起こす。
まさちんたちは、叫びながら、崩れた別荘の中へと入っていった。

「…まさか…」
「不死身なんだろ? 阿山真子って…」
「そう聞いている。だけど、あの状況は……」

緑の服を血で染めた男が、崩れた別荘から出てきた。そして、迷わずヘリへと駆けてくる。
操縦士が、扉を開けた。

「頼む。救助してくれ」
「山本さん…娘さんは?」
「…暖炉の柵が、体を突き刺している。柵は固定されていて、動かない」

その言葉に直ぐに反応する二人の男は、救急医療器具を手に持って、素早くヘリを降りて、ぺんこうと一緒に崩れた別荘へ向かって走り出した。




人だかりを押しのけるように暖炉があっただろう場所へ駆けつける二人の男は、胸から腹部にかけて等間隔に柵が突き出ている真子を見て、息を飲む。
幸い、まだ、生きている。

「…誰だよ、そいつは」

真子の手をしっかりと握りしめているまさちんが、怪訝そうに尋ねてきた。
しかし、男達が手にしている物に気付き、

「組長が助かるなら、誰でもいい。…御願いします」

そう言った。
二人の男は、素早く処置にかかる。


息の荒い真子の口に酸素マスクを付け、少しでも息を楽にさせる。
柵を固定するかのように、しっかりと握りしめるえいぞうと健。その柵にチェンソーが入る。
火花が飛び散る中、柵に切れ目が入っていく。
まさちんは、チェンソーの火花から真子を守るような感じで体の位置を変えた。そのまさちんの手が真子の頭を優しく撫でていた。

「組長、大丈夫ですよ。安心してください」

まさちんが、そっと呟く。
真子が目を瞑る。

「組長!! 眠っては駄目です!!」

まさちんとぺんこうが同時に叫ぶ。

…ったく、ほんまに仲良いんやから…。

真子は、そう思っていた。
そんな真子の頭をぺんこうは、自分の胸に埋めるかのように抱きしめる。
ぺんこうの強さが真子に伝わる。

「頑張ってください…あと、少し…もう少しです…」

ぺんこうの呟きが真子の耳から、そして、強い思いが、真子の心に流れ込む。
まさちんが、柵を切っている男に突っかかっていた。
真子は右手でまさちんの袖を引っ張る。
まさちんは、振り返った。
真子は、微笑みながら、首を横に振っている。

…私は、大丈夫だから、…落ち着いて…。

「組長……わかりました…」



ガクッという音と共に、柵が台座から切り離された。
切り離された柵が体に突き刺さったままの真子を側にある担架に乗せ、別荘を出ていく。

「俺とまさちんは、先に行く」
「あぁ。直ぐに向かうよ」

ぺんこうの言葉に対して、静かに応えるえいぞうは、ヘリに乗り込む操縦士と真子の容態を診ている男、そして、真子に付き添うまさちんとぺんこうを見届けていた。扉が閉まり、ヘリは勢い良く上昇した。
プロペラの風に目を細めるえいぞう達は、ヘリが遠くへ見えなくなるまで見つめていた。



その間、別荘の瓦礫が微かに動き、血だらけのライが、ゆっくりと起き出した。
目の端に映るヘリ。
ライは、ゆっくりと歩き出し、湖側のバルコニーの下に身を隠す。
えいぞうたちが、辺りを探る気配に気付き、息を潜めた。
たくさんの車が去っていったのが解ると、自分の車に乗り込んだ。
血を吐き出すライ。
真子の赤い光の衝撃波をまともに喰らった様子。

「真子…私の体に傷を付けた代償は…大きいですよ…」

両手を見つめるライ。
手の平には、丸くやけただれたような痕が付いていた。

「実戦で使ったことのない者がここまで、するとは…。
 やはり、お前の力が必要だったな……カイト……!!!!!」

ライは、その両手で頭を抱えた。
悔しさと哀しさで、自分の髪の毛を握りしめるライ。
手の平から、腕を伝って、血が流れ始めた。

「…許さない…。真子には……死…を…」

色々な思いが脳裏を過ぎったのか、ライの体が、赤く光り出した。
ライは、そのまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。





橋総合病院へ向かうヘリの中。
操縦士が、無線で、連絡を取っていた。
無線から聞こえる橋の声。関西弁が消えている。

「…とても…悪い…の?」

真子がかすれた声で、まさちんに尋ねる。

「どうでしょうか…」

どう応えていいのか解らないまさちんは、なぜか、誤魔化した。

「…少し…眠って…いいかな…」
「駄目です」

まさちんとぺんこうが、同時に言う。
真子は、ニッコリと笑った。

「仲…いいん…だから…ったくぅ…」
「そんな冗談言ってる場合ではありませんよ!!」

ぺんこうの声は、少し震えていた。
真子の口元から血が、流れる。
ぺんこうは、慌てて、酸素マスクを取って、血をふき取る。そして、操縦士に尋ねた。

「まだですか?」
「もう少しです」
「お前は、それだけか!! そのもう少しが長いやろが!!」

まさちんが、怒鳴る。
そんなまさちんに手を差し伸べる真子。

「はい?」

まさちんは、真子に顔を近づけた。

ボカッ!

真子の拳が、まさちんの頭を叩いていた。

「組長!!」

真子は、再び拳を握りしめる。

…もう一発いる?

「すみません。これ以上、何も言いません」

真子は、ニッコリと笑いながら、拳を力無く下ろした。




橋総合病院。
橋は、この日、近くで起きた交通事故で運ばれてきた患者の治療に当たっていた。
真北の手術の後、心身共に休んでいない橋は、流石に疲れを見せていた。

「橋先生、代わりますよ。お休みください」

平野が、手術の準備をして、橋の側に立った。

「大丈夫や」
「…休んでください」
「平野…うるさい」
「もし、今、真子ちゃんを助けに向かっている男達が怪我をして、
 戻ってきた場合、…もし、真子ちゃんの身に何か遭った場合、
 処置をするのは、先生、あなたなんですよ! 他の患者より、
 真子ちゃん達の方が優先でしょう?」
「平野…その言葉、嬉しいがな…患者は、みんな平等や。
 真子ちゃんたちに手をかけてられへん。それに、あと100人は
 大丈夫や。どんとこい。…ただな、参ってるのは、真北のことでや。
 …あんにゃろ…一発殴らな、 わしの気ぃすまんやないかっ!!
 …約束破りやがって…あんにゃろぉ〜〜」

橋のこめかみがピクピクし始める。

「出しゃばりました。すみません」

平野は、深々と頭を下げる。
そんな平野をちらりと見る橋の目は、優しく微笑んでいた。

「ありがとな。ほな、代わってくれるか? 俺、休むわ」

橋の言葉に、ずっこける平野は、笑っていた。

「ったく、素直じゃないんですからぁ〜」

手術室を出ていく橋に語りかける平野だった。
橋は、手術室を出て、手術着を脱いだ後、暫く、壁にもたれかかる。そして、天井を見つめ、ため息を付いた。
しばらく天井を見つめたまま、動かない橋。何かを考えている様子。
そして、ゆっくりと立ち上がり、事務室へと戻った橋は、奥の部屋まで行く元気がないのか、診察台の上に寝転び、寝入ってしまう。

「ほんと、俺の仕事を増やさないでくれよぉ〜」

……それから、三十分後に入ってきた無線で、橋の願いは、もろくも崩れ去った…。


『胸部から腹部にかけて、矢のような鉄の柵が突き刺さってます……』




橋総合病院の屋上にあるヘリポートには、橋と平野、そして、看護婦達が待機していた。
近づくヘリを見つめ、着陸と同時にストレッチャーを押しながら、走り出す。
扉が開くと同時に、まさちんとぺんこうが飛び降りた。そして、真子を乗せた担架に手を伸ばし、ストレッチャーに乗せる。

「ひどい…」

橋が呟いた。想像していた以上の怪我…。

「左腕に銃創が三つ、そして、左肩に刺し傷があります。
 血圧、呼吸ともに安定。出血がひどいです。血を口から流しました」
「肺がやられてるのは、見てわかる」

ストレッチャーが建物の中へ入っていった。
真子は、ストレッチャーの周りに居る人物を一人一人見つめていた。

…滅茶苦茶…やばいんだな…。次はないと言われてたっけ。
このまま……お母さんのところに…行くのかな…。
そうしたら、また、楽しく……。

「…組長…!!」

まさちんとぺんこうの叫び声が、響き渡っていた。




手術室。
麻酔で眠る真子の体に突き刺さっている鉄柵が、ゆっくりと抜かれ始める。
一つ抜くたびに、真子の容態が変化する。そのたびに、処置に追われる橋。

休憩を取っていて正解だな。

平野に感謝する橋だった。
最後の柵の一本は、大動脈を傷つけていた。
最後の一本を抜いた時、血が噴水のように飛び出した。
橋は、急いで切り開き、傷ついた大動脈の出血を止める。

「橋先生、最後の一本になります」
「…直ぐに終わらせる」

短く応える橋。
最後の一本。
それは、こんな時の為に準備していた真子自身の血液。
検査と称して、真子の血をため込んでいた橋。それは、真北の指示だった。

他人の血を使って欲しくない…。

「…あのわがまま野郎…。この際、仕方ないだろ? 足りなかったら、
 使わせてもらうで…」

最後の一本は、徐々に減り始める……。




手術室前。
まさちんとぺんこうは、何話すことなく、ソファに座り、手術中のランプを見つめていた。

フッ。

手術中のランプが消えた。
ドアが開くと同時に、二人は立ち上がる。
橋が、ゆっくりとした足取りで、出てきた。

「一命は取り留めた。あとは、いつも通りや」
「ありがとうございます!!!」

まさちんとぺんこうは、同時に頭を下げ、そして、急いでICUに向かって走り出す。

「息ぴったりやな…。ふぅ〜〜」

大きく息を吐いた橋は、ソファにドカッと座り込み、天を仰ぐ。

「…やっぱし、引き抜くぞ……」

橋は呟いた。
引き抜く…それは……。




天地山ホテルでは、慌ただしく…。

「だから、兄貴!」
「うるせぇ!!」
「兄貴が向かっても、何もできません!!」
「じゃかましい!! 真北さんが、重体、お嬢様も重体。まさか、ライが
 そんな男とは…俺の情報が、足りなかったばかりに…こんなことに…」
「だからといって、兄貴は、何ができるというんですか!!」

真子と真北のことを聞き、慌てて向かおうとするまさを店長と湯川が必死に引き止める。

「俺の知識…医者としての知識を…」
「橋先生で充分です!! その世界では、プロの腕なんでしょう?
 そんな橋先生のプライドを傷つけることに…!!!」

ドカッ!!!

まさは、店長をぶん殴ってしまう。
そんな自分の仕草に驚くまさは、店長を殴りつけた拳を見つめ、震え出す。

「すまん…」

店長は、まさを睨み付けた。

「…兄貴は、支配人ですよ。ライの姿が消えたからって、それを心配して
 兄貴が向かえば、何が起こるか…。今度は兄貴が怪我を…。そうなったら
 誰がこの天地山を守るんですか? 真子お嬢様の大切な天地山を…。
 回復して、遊びに来たとき、兄貴が居なかったら、お嬢様は哀しみます。
 だから、いつものように、兄貴は…ここで…」

店長の頬を涙が伝う。

兄貴を失いたくない…。

それは、まさが、阿山組の手で殺されたと知った時の想い…
しかし、まさは、阿山組に殺されたのではなく、守られていたということ…。
生きていた。
元気な姿を見た時は、嬉しかった。

「俺…あのような想い…したくありませんよ…」
「店長…」
「俺もですよ…兄貴…」
「湯川……」

まさは、二人の気持ちが伝わったのか、二人に歩み寄り、抱き寄せた。

「悪かった…約束……だったよな」
「はい…。…お嬢様も…ですよ」
「あぁ…」

お嬢様、待ってます。元気な姿で、遊びに来て下さい!!

まさは、涙を流していた。





橋総合病院・ICU前
真子とライの光と光の壮絶な戦いから一日が経った。
真子は、未だに意識を回復していない。
ようやく大阪へ戻ってきたえいぞうと健が、駆けつけた。

「組長は?」
「まだ……」
「…ライの姿が消えていたって?」

まさちんが、静かに言った。

「あぁ。組長を乗せたヘリが去ったあとに気がついたんだよ」

えいぞうが言った。
健は、ガラスに顔をぴったりとひっつけて真子の様子を見ていた。

「…生きているかもな…」

ぺんこうが、言う。

「…恐ろしい奴だ…」

えいぞうが、健の肩に手を置きながら言った。
健は、哀しい顔をして、振り返った。

「組長、起きて下さい…!」

健は、祈るように指を絡める。
そんなICUの前から、ぺんこうの姿がいつの間にか消えていた。

「…ぺんこうは?」

まさちんが、尋ねる。

「そっとしといたれ。…ぺんこうにとって、大切な者が二人も
 倒れたんだぞ。…冷静でいられるわけないやろ…」

えいぞうが、静かに応えた。

「そうだよな…」

まさちん、えいぞう、そして、健は、真北の病室の方向を見つめる。



ぺんこうが、真北の病室へ静かに入ってきた。
真北は、まだ、眠っていた。
ゆっくりと側に歩み寄り、側に座るぺんこうは、何かを堪えているかのように、震え出す。
そして、絞り出すように真北へ語りかけた。

「…俺、どうしたら、いいんですか…!」

震える手。
爪の間には、まだ、血が残っていた。

「ライの野郎……」

そこへ、くまはちが入ってくる。
ぺんこうは、気が付かないのか、真北を見つめたままだった。

「これ以上、血を流すなよ。…血で、その手を染めるな」

くまはちが、静かに言う。
その声で我に返るぺんこうだが、真北を見つめたまま、語り出す。

「もう、遅い…。俺は、自ら選んだんだ。再び、あの日を…」
「むかいんもだよ。…なぜだよ。あれだけ組長に言われておきながら…」
「ほっておけなかったんだよ。この人がこんな姿になってまで、組長を
 守ろうと…、原さんたちを守ろうとして。…なんでだよ…なんで…」

ぺんこうは、涙目でくまはちに振り返る。

「なんで、俺から、逃げようとするんだよ!!!!!」

ぺんこうは、叫んでいた。

「ぺんこう…」
「俺の思いは、どうなる? この人のことを尊敬していた。追いつこうと
 必死になって、頑張っていた。なのに、あの日、俺の前から姿を消して、
 七年近くも連絡せんと…。大切なことを隠してまで…」
「ぺんこう、お前の事が、一番大切だからや」
「橋先生……」

ぺんこうの叫び声に反応した橋が、真北の病室に入ってきた。

「こいつの悪い癖や。肝心なことは絶対に表に出さへん。
 なんでも自分一人でしょいこみよるからな。それに
 気が付いてやるのが、俺の役目」

橋は、真北の容態を診ながら、ぺんこうに語り始める。

「親父さんが、亡くなった。それも、やくざの抗争に巻き込まれてな。
 それまで、教師になることが夢だったのにな…。親父さんの仕事を
 見ていて、そう思ったんだとよ。一人一人の良いところを見つけだして
 その子に向いた生き方をして欲しい。それには、教師となって、
 教えていくしかない…って常に言ってたよ」

橋の表情が和らいだ。

「だけどな、親父さんのことを聞いて、その気持ちが、
 いつしか、やくざ壊滅に変わっていた。やくざの世界で言う
 報復だ」

橋は、くまはちをちらりと見る。

「それを…橋先生が、止めてくださったんですよね」
「ぺんこう、知ってたんか?」
「一度だけ、ちらりと口にしましたよ。命の奪い合いをしてどうする、
 何処かで歯止めを利かさないと、繰り返すだけだろう…ですよね?」

静かに言うぺんこう。
遠い昔を思い出しているのか、心、ここにあらず…そういう雰囲気だった。

「あぁ。俺は、医者になることが夢だったからな。命を助ける仕事」
「この人の気持ちは、…組長の気持ち…そのものなんですよ。
 命を大切にする。血で争うことのない、世界を…築く…。
 なのに…結果は…? なぜ、こうなるんですか? 何がいけないんですか!」

ぺんこうは、真北の袖口を力強く握りしめた。

「一度、血の味を覚えると、やめられない…」

ぺんこうは、呟いた。





事件から三日が経った。
AYビルでは、いつもと変わらない時間を過ごしていた。
変わったといえば、むかいんの店が閉店になったままだということ。
事件と料理長の怪我。
閉店の理由はそうだった。
実際は……。

「むかいんは、まだ、あかんか…」
「あぁ。やはり、尾を引いてるみたいやな。俺達には、
 拳や怒りを見せていたんやけど、…あの感情をなぁ」

ぺんこうとまさちんは、ICUの前のソファに座ったまま、話し込んでいる。

「少しは、落ち着いたんか?」

まさちんが、唐突に尋ねた。

「少しは…な」
「そうか…」

まさちんとぺんこうは、ガラスの向こうに眠る真子をじっと見つめる。
じっと見つめる……。
見つめ続ける……。

「…まだ、三日…か。…目を覚ますわけないか…」

まさちんが、呟く。

「そうだよな」
「…見事だったな…」
「何が?」

まさちんは、刀を持つ真似をして、振り下ろす。
ぺんこうは、まさちんの腹部に肘鉄…。

「すんな…あほ…」

ちらりとまさちんを見るぺんこう。まさちんは、微笑んでいた。

「それが、お前だ」

まさちんは、立ち上がる。フッと笑うぺんこうも同じように立ち上がった。
そして、二人は、仲良く並んで、ガラスの向こうを見つめている。

「なぁ」

ぺんこうが、静かに尋ねる。

「ん?」
「あの時…ライが赤い光の矢を放った時、なんで俺をはねのけた?」

ぺんこうは、まさちんを見る。
まさちんは、優しい微笑み…真子にだけ見せる微笑みを現して、

「自然と、そうしていたよ。…なんでだろな」

そう応えた。
ちらりとぺんこうを見るまさちん。

「俺は、ボディーガードだろ?」
「…ありがとな」

二人は、微笑み合い、再び、ガラスの向こうの真子を見つめていた。




真夜中。
橋が、真子の側にやって来る。ガラスの向こうの二人にちらりと目をやり、

ったく…。

呆れたように、笑みを浮かべた。

いつまで見てるんや。

橋は、目で二人に言う。そして、真子の容態を確認する。

「…ん? …真子ちゃん?」

真子の体が、微かに動いた。
橋は、真子の様子を見つめる。
真子がゆっくりと目を開ける。

「気分どうや?」

真子は、頷く。
橋は、背中に突き刺さる何かを感じ、目だけをちらりとガラスの向こうへ…。
真子が動いていることで、まさちんとぺんこうは、ガラスにぴったりと額を付けて、中の様子を伺っている。

「真子ちゃん、俺に穴が空いたら、あいつらのせいな」

真子は、橋の見る方向に目をやる。そして、橋を見て微笑んでいた。
その表情で橋は、安心したように真子を見つめる。

「もう、大丈夫やな。…病室へは、明日な。苦しくないか?」
「うん。…先生、みんなは?」

喉に入れられていたチューブを外された真子は、ゆっくりと話し始める。橋は、やっぱり感心する。

ったく、驚異的な回復力やな…。

「元気やで」
「……真北さん…は?」

その言葉で、橋は、口を噤む。そして、そっと真子の目を手で塞ぐ。

「あいつも大丈夫や。…心配せんと、休みぃ〜」
「…うん…」

真子は、眠り始めた。
真子の目から、手を離し、安心したようにため息をつく橋。
ガラスの向こうの二人に目をやった。
そして、ICUをゆっくりと出ていった。
ガラスの向こうで、橋は、まさちんとぺんこうに何かを話している。
真子は、橋が動いたことで、目を覚ましていた。

まさちん…怪我は、治ってるんだね…。
ぺんこう、大丈夫なのかな…封印切ってたけど……。
真北さんは…? 本当に大丈夫なの?

そう想いながら、深い深い眠りにつく真子だった。




その頃、一台の車が、高速道路を走っていた。
車の中は、真っ赤な光で、照らされている。

真子…真子……。

不気味な呟きが聞こえる車の中。
赤く光るのは、電気ではなく、体から、発せられているもの…。
ライが、真っ赤な光に包まれながら、車を運転していた。
体の傷はすっかり、消えていた。しかし、体調はかなり悪い様子…。
真子へ逢いたいという執念だけで、車を運転しているライだった。






朝焼けが、眩しく街を照らし始める。鳥が鳴き、飛び立っていく。
この日に起こる出来事とは、正反対に、穏やかな朝だった。



(2006.8.29 第五部 第十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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