任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第一話 女子高生・真北ちさと

「ふんふふぅ〜ん」

高校の入学式を無事に終え、その日に受け取った真新しい教科書を本棚に並べている真子。
なぜか、鼻歌混じりだった。

「あっ!」

本棚に置いてあった写真立てに手が当たり、落っことしてしまった。

「大丈夫っと」

拾い上げ、再び本棚になおしたその写真。それは、ぺんこうが教員免許を取得した時に撮った写真だった。笑顔で写っている真子とぺんこう。真子は、その写真を眺めて、その頃の生活を懐かしんでいた。

「組長、失礼します」

まさちんが入ってきた。

「その…東北でのことですが…」
「その後、何事もなかったんでしょ?」
「ですが、不穏な動きがあるようです」
「…鳥居さん、大丈夫かなぁ。まさちん、力になってね」
「わかっておりますよ」
「…新しい教科書って、いいねぇ。これが、こんなになるんだもんなぁ。
 見て、この中学生の頃の教科書ぉ」

真子がまさちんに見せた中学の教科書は、手垢で黒くなり、ボロボロだった。

「それだけ、勉強をなさっていたんですよ」
「これが、その証になるんだぁ。高校ではどうなんだろうね」
「頑張って下さいね」
「解らないところは、教えてよね!」
「…く、組長。……それは、ちょっとぉ〜」
「…真北さんに言ってやろっと…」

真子は、意地悪っぽい眼差しでまさちんを見つめる。まさちんは、目を反らしいた。

「それよりも、組長、ビルでの仕事、高校生になったら始める
 とおっしゃっておりましたが、初日は、いつ頃に?」
「来週かなぁ。まだ、高校生活の雰囲気が掴めないから」
「わかりました。そのように、みなさんに伝えておきます」
「うん。よろしくね」

まさちんは、真子の部屋を出ていった。そして、悩んだ表情をしながら、真子の部屋の向かいにある自分の部屋に入っていった。

「ちっ。俺、組長みたいに、自分で進んで勉強しないからなぁ」

まさちんは、机の引き出しから、高校の参考書を取り出して、パラパラとページをめくっていた。
そんなとき、まさちんの携帯電話が鳴る。

「もしもし……。……わかった…。そのまま続けてくれ」

電話を切ったまさちんの顔つきは、先ほどとはうって変わって、深刻な表情ものになっていた。
高校の参考書の下にあった、ファイルを取り出す。そこには、古い新聞の切り抜きの他に、いくつかの書類が挟んであった。写真を眺めるまさちん。

お袋……

まさちんは、力強く拳を握りしめた。




「いってきます!」
「お気をつけて!」

まさちんは、元気に学校へ向かって出かける真子を見送った。もちろん、くまはちも、真子に続いて、出ていく。
真子を守るために…。
そして、むかいんも出勤の為に、玄関へとやって来た。

「まさちん、今日の予定は?」
「少し遅くなるかもな」
「わかった。じゃぁ、気を付けてな」
「むかいんも、笑顔を絶やすなよぉ」
「わかってるって!」

明るい笑顔をまさちんに見せて、むかいんも出勤。
全員を見送ったまさちんは、玄関のドアを閉める。
その途端、深刻な表情へと変わった。
出掛ける準備をして、まさちんは自分の車に乗り込む。
駐車場から出てくる車は、とても荒っぽい運転で、何処かへ向かって行った。



昨夜の電話の相手らしき人物と接触しているまさちん。話がこじれているのか、いきなり、相手の胸ぐらを掴み上げた。相手は、まさちんの怒りに恐怖を感じたのか、懐から封筒を出し、それをまさちんに渡した。
まさちんは、それを受け取り中身を確認する。
その時、相手の人物は、腰の辺りからナイフを取り出し、まさちんを斬りつけた。咄嗟に避けたまさちんだったが、左腕を斬られてしまった。
滲み出る血を見たまさちんの怒りが頂点に達した!

「俺を刺すなんて、死に急ぐようなもんだと言ったろ? あぁ?」

まさちんの鉄拳は、とどまることを知らないかのように、男に降り注がれていく。



まさちんが見下ろす先には、男が、血だらけになって、うめいていた。その男に、更に蹴りを入れるまさちん。男は、気を失った。
懐に先ほどの書類を入れて、車でその場を去っていったまさちん。向かう先は…。


「全くぅ。真子ちゃんにも真北にも、内緒って……」
「すみません…」

まさちんが向かった先は、橋総合病院だった。
まさちんの傷は、かなり深かった。ブツブツと文句を言いながらも、まさちんの傷口を華麗に縫合していく橋。

「暫くは、動かすなよ…っていっても、お前は無茶するかぁ」
「痛みは感じませんから」
「お前なぁ、痛みを感じないって、危ないねんぞ。…ほんまに、
 痛みを感じへんみたいやな。麻酔もせぇへんと治療したもん。
 それも、真子ちゃんの能力の影響か?」
「…昔っから、そうなんですよ。組長を守ると決めてからは、
 更に、すごくなったみたいですけどね」
「痛がるまさちんを観てみたいもんやな」
「見せませんよ」
「……刺したろか?」
「…医者が、何を言ってるんですか……」
「冗談や」

沈黙…。

「ところで、橋先生。組長のことですけど…」

まさちんは、その場の雰囲気を切り替える。

「あぁ。もう、だいぶ回復してるやろ。体も思う存分動かしてもええしな。
 って、そんなこと言わんでも、真子ちゃん、動かしてるんとちゃうかぁ」
「その通りですけど…」
「…心配あらへんって。真子ちゃんの体のことは、真子ちゃん
 自身がようわかっとるやろ。…気にしすぎやで、まさちん」
「はぁ。それなら、安心やけど…」
「ふふふ」
「…何か、おかしいですか?」
「関西弁、うつっとるで」
「さよでっかぁ」

まさちんは口調に、橋は、大笑い。
まさちんの新たな面を観た気分だった。




寝屋里高校。
真子のクラスでは、クラスでの初めての行事(?)が行われていた。

「ほな、学級委員は、徳田と真北で決定な。頼んだよ」
「はぁい!」
「う…ん」

クラスでの始めの行事(?)『学級委員を決める』で、真子が選ばれた。真子は、お下げ髪でいかにも優等生という雰囲気だったため、クラス中から推薦され、更に、ぺんこうの強引さに負け、なぜか、渋々引き受けてしまった。
ぺんこうは、学校にいる間、少しでも真子と接触する時間を増やしたかっただけだった。
学校内では、ずっと付きっきりと言うわけにはいかないし…。
真子は、少しふてくされていた。
それもそのはず。
家では、『組長』、学校では『学級委員』と忙しくなるからだった。

「あっ、真北さん、お兄さんから電話ありましたよ。
 直ぐにでも、電話欲しいと言ってましたから」
「わかりました。ありがとうございます。…って、
 山本先生、電話はどこにあるんですか?」
「職員室のを使うといいよ。一緒に来る?」
「はい。お願いします」

真子とぺんこうは、職員室に向かって歩いていた。二人は、取り敢えず、先生と生徒を装っている。

「…まさちんから?」

真子は、静かに尋ねる。

「えぇ。事情は聞いてますよ。緊急幹部会との事です」
「…そっか」

ちょっぴり寂しげに返事をする真子だった。

真子は、ぺんこうに案内されて、職員室の電話を借り、まさちんに電話を掛けていた。
その表情には、嫌気が指している…。

「わかった。駅だね。うん」

受話器を置いた真子は、ため息を付いた。

「山本先生、ありがとうございました」
「お忘れなく」

ぺんこうは、優しく微笑んでいるが、なぜか、威厳を感じた。真子は、軽く手を挙げて、職員室を出ていった。

折角、高校生活を楽しもうとしてるのに、電話は…なぁ。

ぺんこうは、寂しげに去っていく真子の後ろ姿を見つめながら、そう思った。
四時限目開始のチャイムが鳴った。




大阪の中心部にあるAYビル。都会の真ん中なのに、青々とした木々に囲まれるこのビルでは…。
まさちんは、事務所で書類をまとめ、昼食をとるために、むかいんの店にやって来た。

「それで、鳥居んとこは、大丈夫なのか?」

むかいんが料理を持ってきたついでに、まさちんに尋ね、自分はまさちんの向かいの席に座った。
組関係からは離れているはずのむかいんだが、なぜか、組の情勢を知っている。

「なんとかな。それよりも、むかいん、仕事は?」
「今、休憩に入ったところ」
「……組長に怒られるぞ。こんな忙しい時間帯に…」

店を見渡すと、満席。入り口では、「お待ち」状態。なのに、料理長が、のんびりとしている…。

「俺は、今日は夜までなんだよ」
「そうだったな…」
「夕食はどうする?」
「あぁ。緊急幹部会だから、夕食は、ここで」
「わかった。準備しとくよ」

むかいんは嬉しそうに微笑んでいた。
まさちんは、そんなむかいんの表情が気に入らなかったのか、少しふくれっ面になっていた。


まさちんは、地下駐車場に待機していたリムジンに乗り込む。そして、真子の学校へ向かった。


「…何が、やってみるか? だよ…ったく、ぺんこうは!
 両立するの、難しいやんかぁ」

真子は、ブツブツ言いながら、靴を履き替えていた。そこへ、一人の女の子がやって来た。
真子をじっと見つめる。

「あっ、後ろの席の真北さん」
「はい。えーっと…」
「野崎です。一緒に帰ろっか」
「へ? う、うん」

それは、同じクラスの野崎理子という女の子だった。真子は、いきなり声を掛けられ、そして、一緒に帰ろうと言われた事に驚いていた。驚きながらも、野崎と一緒に駅に向かって歩き出す。


駅のロータリーにリムジンが到着した。いきなりの高級車に、誰もが振り返る。

「少し早いですね」

運転手が声を掛ける。

「まぁ、ええやろ」

まさちんが静かに言った。

「あっ、その…」
「ん?」

慌てたように言った運転手の目線に合わせるように、まさちんが目をやると、一人のひげ面の男が歩いてきた。
まさちんが窓を開けると、

「おいおい、こんな街にリムジンで乗り付けるなよ」

声を掛けてきたのは、この駅の前で喫茶店を経営している小島栄三・通称・えいぞうだった。

「あかんか?」
「あかんわい。人目に付く。次から迎えに来るときは、お前の車にしろ」
「………ええやろが。この方が安全」
「真北さんに言えば、特殊なやつを用意してくれるやん」
「まぁ、そうやけど…」
「ったく、運転手は誰かと思ったら、松本さんとこの…」
「お世話になります」

運転手は丁寧に頭を下げる。

「で、幹部会か?」
「あぁ。組長は乗り気じゃないけどな」
「そりゃそうやろ。高校生活を始めたばかりやん」
「……で、えいそうは、何をしてる?」
「買い物の帰りに見掛けたから、近寄っただけ」
「さよか…ほな、シッシッ!」

まさちんは、冷たくあしらう。

「ほんま冷たいなぁ。帰るわい。組長にあまり負担掛けるような事は
 避けろよな。…独占欲の塊パート2に怒られるぞ」
「解ってる解ってる」

そう言って、まさちんは窓を閉めた。

「独占欲の塊パート2…とは?」

運転手が尋ねる。

「あぁ、この近くの高校教師のこと」
「ボディーガードをするために、教師になった組員ですよね」
「あぁ」
「…2…ということは、1は?」
「聞かなくても解るやろ」

まさちんの言葉に考え込む運転手。暫くして、何かに気付いたような表情に変わった。

「あぁ〜」
「そゆこと。…少し眠るから」
「かしこまりました」

まさちんは姿勢を崩して、目を瞑った。




「来られました」
「んー」

素っ気ない返事をしたのは、駅前にリムジンを停めて真子を待っているまさちん。
ちょっぴり待ちくたびれていた。

「あ、あれ??」

運転手が突拍子もない声を出したことで、体を起こす。

「ど、どうした? …って、なんで、そっちに歩いて行くんですかぁ、組長ぉ〜!!」

まさちんは、真子が全く違う方向へ歩いていく事に、ちょっぴり慌てる。
しかし、車を降りて、呼び止める訳には………。
その時、真子と一緒に歩いている女の子が、リムジンの方を指さした。それに釣られて、真子が振り返り、一瞬だけ、焦ったような表情を見せる。
そして、女の子に何かを話したのか、女の子は、駅に向かって歩いていった。
真子は、女の子を見送り、姿が見えなくなった事を確認し、辺りを見渡し警戒しながら、リムジンに向かって歩いてきた。そして、ドアを開けて、乗り込んでくる。

「お疲れさまでした」
「ごめん、まさちん。車見るまで忘れてた」
「組長、今日は……」
「わかってるって。ぺんこうにも言ってたんだけど、野崎さんと
 話ながら歩いていて、すっかり忘れてしまった」
「野崎さんって、先ほどの女の子ですか?」
「そうだよ。同じクラスなんだ。面白い子みたい。関西弁ばかりで
 いろいろと聞かれちゃった。それよりも、…私、学級委員になっちゃったよ」

矢継ぎ早に話す真子。
その様子で、どれだけ楽しかったのか、まさちんには解っていた。

「それは、いいことですね」

優しく応えるまさちん。しかし、真子は、

「よくないよぉ。組長と学級委員だよ。頭の切り替えが大変。
 これって、ぺんこうの意地悪なのかなぁ」
「それもあると思いますが、もっと他にも目的があるかもしれませんよぉ」

なんとなく、ぺんこうの考えが解ったまさちん。

「ほんとぉ? なんだろう。…悩むやん…」

真子は気付いていない様子。ふくれっ面になる真子を見つめて、まさちんは、安心したように微笑んでいた。

組長、これから、楽しみですね。

そして、車は、AYビルへと向かって走り出す。


AYビル。
緊急会議中と書かれた札が掛けられている部屋のドアを開け、真子とまさちんが入っていった。
議題は、東北での抗争のことだった。真子は、今まで以上に、何か不安を感じている様子だった。



「ここまで、手を焼くとは、思いもしなかったよ…」

帰路に就いた真子とまさちん。車の中で、真子が、ぼそっと呟いた。

「鳥居も頑張っている様子ですが…。やはり、銃器類に対抗するには、銃器類…」
「駄目だよ。そんなことしたら、…それこそ、近隣に迷惑掛かる。
 …それに、真北さんの時のような事態になって欲しくない…」
「組長…」
「…大丈夫。なんとかなるって…」

真子は、そう言ったっきり、目を瞑っていた。まさちんは、真子の様子を伺いながら、安全運転を心掛ける。

学校生活に支障が出なければいいんだが…。

まさちんの心配は、どこへやら。真子は、学校生活を思う存分楽しんでいた。毎日、同じクラスの野崎と一緒に通学し、家の近くの公園で長い間立ち話をする。

「あぁっ! 帰らないと!! 暗くなってる」
「ほんまや、いつの間に! ほな、また明日な!」
「うん。バイバイ!」

真子と野崎は、楽しそうに手を振って別れた。
真子の行く先に、一台の車が停まっていた。ドアが開き、運転席から男が降りてきて、真子を見つめていた。

「お疲れ!」

真子は、元気な声でその男に言った。その声の具合で、真子の心が弾んでいる事が解る。…が、

「駄目ですよ。こんな時間まで立ち話をしては!」

ちょっぴり怒った口調で言ったのは、ビルでの仕事帰りのまさちんだった。この日も、東北での抗争の話をしていたが、進展は無かった。少し落ち込み気味のまさちんだったが、真子の笑顔でそんな気分も吹き飛んでいた。

「乗せてよ」
「だめですよ。すぐそこなんですから。歩いて下さい」
「けちっ!」

真子は、まさちんに「あっかんべぇ〜」をして、横を通り過ぎていった。まさちんは、車に乗り、自宅へと向かっていく。途中、真子を抜いていた。

まさちんが家の駐車場に車を停めて降りてきた頃、真子が、家に到着。

「お疲れ様でした、組長」
「只今ぁ」

先程、逢ったということを微塵も感じさせないような雰囲気の会話。思わず二人は笑い出していた。

「一体、野崎さんとどんな話をしているんですか?」
「いろいろとね!」

楽しそうに笑いながら、二人は、家の中へ入っていく。
それは、四月の下旬。真子が高校生活を楽しみ始めた時期だった。




阿山組本部にある大きな桜の木は、すっかり緑色になっていた。

「そろそろか…」

哀しげな目をして、桜の木を見上げているのは、何かを企んでいる純一だった。
本部で、何かが起こる…!?




「行ってきます!!!」
「お気をつけて!」

の言葉を聞き終わるよりも先に、制服姿の真子は、玄関のドアを開け、表に飛び出すやいなや、駅に向かって猛スピードで走っていた。改札をすり抜け、電車に飛び乗った。

「もしもし、一年F組の真北と申しますが、山本先生をお願いします。
 ……おう、俺。…組長、今出発した」
『今って、お前、遅刻やないかぁ。もっと早く起こして上げろよなぁ』
「わかってるって。でもな、夜中まで、会議が長引いていたんだよぉ。
 例の抗争の件でな」
「そうか。わかったよ」

ぺんこうは、電話を切って、職員室の窓から外を見下ろした。生徒達が、この日も楽しそうに登校している。
ふと目線を移したところが、気になった。

「なんだぁ、あいつらはぁ」
「…あぁ、またあの連中ですかぁ」

ぺんこうの背後から、同じように外を眺めていた数学先生が応える。

「ご存じなんですか?」
「山本先生がこちらに来られる前の話ですよ。
 今、少年院に入っている生徒がいるんですがね、
 その生徒とあの連中、対立しているんですよ。
 …その生徒、山本先生のクラスの野崎の兄ですよ」
「知らなかった」
「無理もありませんよ。誰も話したがらないからね」
「生徒ってことは、退学処分ではないんですね?」

ぺんこうは、何かに気付き、そう尋ねた。

「えぇ。かなり名を馳せるくらい悪なんですけどね、
 他人に迷惑は掛けないんですよ。我々があの連中に
 手こずっていた時にね、手助けって言うのもおかしんですけど、
 助けてもらったんですわぁ。それで、少年院に入ったのは、
 人の罪を被った訳で…。それを聞いたのは、刑事からなんですけどね。
 だから、退学処分はやめてくれっと言われたんですよ」
「ま、兎に角、生徒達の何人かは、怖がってますから、
 ちょいと外へ行って来ます」
「私も出ましょうか」

そう言って、ぺんこうと数学先生は、職員室から出ていった。


「おはようございます!」
「おはよう。…顔色悪いけど、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ!」

ぺんこうは、登校する生徒達に元気よく声を掛けながら、真子が来るのを待っていた。
予鈴が鳴った。

「ほらぁ、急げ! 門閉めるでぇ!!」
「先生待ってぇ〜!!」
「ややぁ!!」

ぺんこうの声を聞いた遅刻しそうな生徒達が、慌てて校門へ駆け込んできた。
ぺんこうが、ふと目をやった所を全速力で走っている人物が居た。
お下げ髪が後ろになびいている生徒。
それは、真子だった。滑り込む感じで校門を通りすぎた真子。

「セーフ!」
「びっくりしたぁ」

どうやら、門が閉まるのを見ながら、周りに目も暮れず、走ってきた様子。

「ぎりぎりですね。もう少し、早寝早起きを心掛けましょう」
「はーい、先生」

真子は、にこやかに返事をした。

「まさちんから、電話がありまして、遅刻しそうだと。
 夕べは遅かったんですね。お疲れさまです」
「そうなのよぉ。…そんなことより、私に何か?」

生徒を装いながら真子は尋ねる。

「いいえ、すぐそこに、暴走族風の男達がいるので、
 こうして、立っているんですよ」
「そういえば、居たなぁ、六人。で、何かあるん?」

一目散に走ってきた訳では無かったらしい。
周りの事は、目に入っていた真子だった。

「生徒達に、危害を加えないように、観ていただけですよ」
「ご苦労なこったぁ!」

真子は、ふざけた口調でぺんこうに言って、集中下足室へ向かって走っていった。
ぺんこうは、安心した表情で真子を見送り、暴走族を見つめ、それぞれの特徴を頭に叩き込む。
校門が閉まった。
遅刻した生徒達をチェックする生活指導の先生。ぺんこうは、それを横目に職員室へ向かって歩いていた。



放課後。
生徒達は、帰る準備を終えて、それぞれが帰っていく。そんな中、真子と野崎も一緒に教室を出て行った。
真子達を見送るように教室に残っていたぺんこうは、真子が教室を出て行ってから、すぐに職員室へと向かっていく。そして、窓際にある自分の席に着く。
ふと、今朝の事が気になったのか、立ち上がって、窓から、校門の様子を見た時だった。
そこには、今朝、学校の様子を伺っていた暴走族達の姿があった。
そして、そこには、真子と野崎の姿も……。

「あいつら…」

ぺんこうは、そう呟き、職員室を出て行った。
校門に向かう間、脳裏に過ぎった事があった。
それは、真子が中学生の時の事。
男達に囲まれ、攻撃を受け、傷だらけになりながらも、自分は『真北ちさと』だと言い張った事。
あの時、ぺんこうは、『組長』と口にした。それが、その後、真子に影響することになった。
幸い、その中学校の校長先生の優しさで、真子の正体は全校にばれることは無かった。
その日を境に、ぺんこうは、決意した事がある。
それを繰り返すかのように、心で唱え、そして、校門へと走っていった。
ぺんこうが駆けつけると、暴走族達は去っていく所。そして、周りには誰も居ない。

組長……は?

ふと人影に気付き、それが真子だと解った途端、ぺんこうは、

「組長!! 大丈夫ですか?」

真子が誰かに手を挙げて合図をしている所に、声を掛けた。

「先生…何が起こったのか、理解できないんだけど、
 兎に角、野崎さんと、暴走族が関係してるみたい…」

真子は、やはり『真北ちさと』として接してきた。

「それと……。くまはちが、なぜ、あそこに居たんだろう…」

真子が合図をした相手は、真子を影で見守るくまはちだった。

「そ、それは……」

くまはちが、こっそりと影で真子を見守っていることは、真子には、未だ、知られていない事。
ぺんこうは、口を噤むが、真子は別のことを気にしていた。

「野崎さん……」

真子は野崎が走っていった方向を見つめていた。

次の日、野崎は学校を休んだ。
それを気にしている真子は、学校の中庭で、ぺんこうに相談する。

「野崎守。野崎の二つ上のお兄さんです。今は少年院に入っているそうです」

ぺんこうは、数学先生に聞いた事を、真子に伝える。
真子は、ぺんこうの言葉を一言一句逃さぬように、頭に叩き込んでいた。
そして……

「ようし! 家に行ってみようっと」

力強く立ち上がった真子。その雰囲気に、ぺんこうは覚えがあった。

「組長。まさかと思いますが…。私の勘違いだといいんですが……」
「大丈夫だって!」


真子は、ぺんこうに微笑むだけだった。


その日の夕方。真子は、自宅近くの公園の道を左に曲がった。そして、『野崎』の表札を見つめ、呼び鈴を押す真子。

「はーい」
「あの、…真北です。理子さんと同じクラスの真北です」

真子は、意を決した表情をしていた。



真子が野崎家から出てきた。見送りに出てきた野崎の母に、しっかりと挨拶をして、自宅に向かって歩き出す。
公園に差し掛かった時だった。
誰かの目線に気付き、目をやった。

「まさちん…」
「お疲れさまです」

公園のフェンスにもたれ掛かって、真子を待っていた様子。
二人は何話すことなく、自宅に向かって歩き出す。

「ぺんこうから、電話がありましたよ」

まさちんが静かに言った。

「野崎さんに一人で逢いに行ったって?」

真子が電話の内容を知ってるかのように言った。

「それと、…もしかしたら、組長が、何かを企んでいるかもしれないと言うことも…」
「何を企んでるか言ってた?」
「暴走族は、任せておけ、もしくは、真北ちさとの正体を証すか…。
 どちらにしても、阿山組を利用するかも知れないと」
「ふ〜ん」

真子は、何かを誤魔化したような返事をする。

「組長、誤魔化さないでください。本当のことをおっしゃってください。
 お願いします」
「…それよりも、まさちん、何か遭った?」

真子は話を切り替える。

「…結局、話を逸らすんですね…。ありましたよ。さつま組が、とうとうやりました」
「糸山か?」
「えぇ」
「ったく…。あれ程きつく言っておいたのになぁ。明日は、九時にビルへ。
 そして、さつまと荒川と糸山をビルに呼んで。それと、阿山真子にお客が
 十時頃に来るから。お客の名前は、野崎理子ね。真北ちさとのお友達」
「組長、後者なんですね…」
「そゆこと」

真子とまさちんは、玄関のドアを開け、家に入っていった。



次の日・AYビル。
午前九時半。真子の事務所を阿山組系・さつま組のさつま、荒川、糸山が訪ねて来る。
真子が、さつまを睨んでいた。

「言っていたよね。あれ程面倒を起こさないようにって。
 これは、何?」

真子は、かなりの書類をさつまに投げつけた。それらは全て、さつま組が行っていた悪事の数々。

「裏の仕事は、手を引くようにって言ったはずだけどなぁ。
 それに、糸山…。銃器類を手に、何をした?」

糸山は、真子の質問に何も答えなかった。

「ま、今更、糸山の言い訳を聞いても、済んだことはどうすることもできないから、
 仕方ないけどね。どうして、未だ、銃器類を持ってるんだよ!!」
「それは、…東北での抗争の影響が、ここにも及ぶかもしれないと思いまして…」
「……そのようなことが起こらないように、東北では、鳥居が、頑張っているのに…。
 何を考えているんだよ!!」

真子は、さつま達の行動に対して、かなり怒っていた。怒りを抑えてはいるものの、さつまを睨む目は、鋭い。
真子が五代目を襲名してから、裏家業の方も規制され、しのぎに困っていたさつま組。
真子の目を盗んで、しのぎ続けていたが、実は、真子には、ばれていた。
以前から気にしていたことだったが、ここ数日、一般市民からの苦情が多く寄せられ、真子の方が困り始めた矢先、糸山の銃器類を使った暴発。とうとう真子の堪忍袋の緒が切れたのだった。
糸山に怒鳴りつける真子。
その時、内線が鳴った。まさちんが真子の顔色を伺いながら、応対をしていた。


さつま達は、かなり項垂れて真子の事務所を出ていった。

「ったく、困ったなぁ。何か嫌な予感がするけどね」
「組長、下にお客様がお待ちですよ」
「…あっ! 時間過ぎてるやん! 呼んで呼んで!」
「かしこまりました」

まさちんは、真子に微笑んで、受話器を取った。

「失礼します。野崎様をお連れいたしました」
「ありがとう。どうぞ、こちらへ」

まさちんは野崎を事務所内へ案内し、背を向けた椅子に近づき、そこに座っているだろう人物に何か声をかける。

「あのう、私、真北さん、クラスメートの真北ちさとさんに
 このビルを訪ねるようにと言われて来たんですけど……」
「野崎さんでしょ? …お兄さんが不良で、今、少年院に入っている…。
 でも、もうすぐ出てくるんだよね」
「ど、どうして、それを? あなた、だれ?」

野崎は、いきなり確信を付かれて、動揺していた。

「こちらは、阿山組五代目組長、阿山真子様です」
「組長って、や、やくざ?」
「またの名を真北ちさととも言うけどね!」

そう言って、真子は、イスを回転させて、野崎の方を見た。野崎は、驚いて後ずさりして、ソファにこけた。

「ま、真北さん??」
「ひどいじゃない。お兄さんのこと隠すなんて。
 ……みっともないとか、軽蔑されるとか、
 なんで、そう考えるの? 野崎さんは、野崎さんでしょ」
「真北さんが、組長で、組長が、やくざ……えっ? 何? どういうこと??」
「私は、父がやくざだということで、小さいときからいじめられたり、
 命を狙われたり……。母は、私をかばって、亡くなった。そして、父は、
 阿山組四代目として命を奪われた」

静かに語る真子。
まさちんには、真子が何を決意したのかが解っていた。
真子の話は続いていた。

「私が五代目になって、私も命を落としかけた。
 一年程、病院にいたので、本当は、今、十七歳」
「えっ?」
「私は、やくざが大っ嫌い。だけど、やくざの頭をしている。
 ……それは、なぜなのか、私はわからない。普通の暮らしがしたい、
 同じ年頃の子と一緒に遊びたい……学びたい……。
 でも、組長として、阿山真子として、学校に通うと、敵対する
 組の連中が、私の命を狙って学校にやってくる。そうなると、
 みんなに迷惑が……。そして、私は、”真北ちさと”と名のって、
 こうして学校に通っています」

野崎は、真子の話を真剣に聞いていた。沈黙が続く。

「どうして、そんな話を私に?」
「……親友だから……。隠し事嫌だし。それに、
 野崎さんのこと、勝手に先生に聞いたから……」

野崎は、唇を噛みしめた。そして、安心したような、何かふっきれたような顔で真子に見向く。

「安心した。……だって、真北さんって、真面目でお下げ髪で、いかにも
 優等生ってイメージだったんやで。なんか、イメージが変わった。
 だって、お兄ちゃんの不良より……タチ悪い!!」

真子は、野崎の言葉に、一瞬驚いたが、いつもの明るい野崎に戻ったのを見て、微笑んだ。
野崎も、真子に微笑んだ。

「親友かぁ〜。ここ何年聞いてないだろう。……初めて聞くかもしれない。
 真北さん、もし、私が、このこと誰かに話したら、どうする?」
「……信じてるよ。…でも、もし、ばれたら、…もう潮時かなって」
「信用されているわけか。へへへっ! しゃべんないよ、このこと。
 だって、いいネタやん。私だけの秘密にしておく。……ところで、
 先生に聞いたって? 山本先生?」
「そうだよ。……実は、山本 芯は、阿山組の組員なんだ。
 ほら、普通の生徒が、こんなやくざみたいなのを連れて、
 授業なんか受けないでしょ。校内は、ぺんこう…山本先生に
 ガードしてもらってるわけ。私は、嫌なんだけど、父がうるさくて」
「父? って、刑事だよね? いいの?」

不思議そうな顔で尋ねる野崎に真子は、まさちんと顔を合わせて、くすくすと笑い出した。

「それは、よくないね。父と言ってるけど、みかけね、
 みかけ。このまさちんもなぜか兄になってるし」
「なんかさぁ、お芝居観てるみたいやで。これとないシナリオの」
「そうねぇ、私の人生は、お芝居かな。シナリオられてる」
「……寂しいね。真北さん」

真子は、野崎の想像しなかった言葉が、胸に刺さった。
単刀直入に寂しいと言われたのは、ぺんこうが、家庭教師として来ていた時以来だった。

「でもさ、これからは、私、野崎理子がいるから、……人生楽しく行こうよ!!」

手を差し出す野崎。

「よろしく! 変な組長さん!」

握手…??

真子は、差し出された野崎の手を取り、強く握った。そして、

「こちらこそ、よろしくっ。…変わった野崎さん!」

真子の声は、少し震えていた。そして、二人は、笑い出す。
それから真子は、高校生の顔になって、野崎と楽しく会話し始めた。
楽しそうな雰囲気を、まさちんは優しい眼差しで見つめていた。
そこへ、内線が鳴る。
まさちんが受話器を取り、応対した。少し顔色が変わって、受話器に手を当て、真子に言った。

「組長、お話中申し訳ございません。糸山が、
 ロビーで暴れて、今、こちらに向かっていると!」
「だから、言ったんだよ。ったくぅ」

呆れた顔をした真子は、すぐに組長の阿山真子の顔に戻る。その様子を野崎は、じっくりと観ていた。

これが、組長の顔かぁ。ふ〜ん。

心の中で、思った野崎だった。


真子が出てから暫くの間、まさちんと野崎は二人っきりになっていた。
そわそわする野崎に、まさちんは紅茶を差し出す。

「どうぞ」
「ありがとうございます。…その……」
「はい」

その返事は、とても優しく、野崎は何も言えなくなる。
まさちんは野崎の言いたいことが解っていた。

「私は、やくざです。だけど、組長は違います。御自分の思いのため、
 そして、残された私たち組員の為に、五代目を継いだだけ。
 ……ただ、やくざの家系に生まれただけで、五代目に」
「……やくざに見えないね。…でも、先程の顔は…親分の雰囲気だった。
 …こんなこと言ったら、悪いかな…」
「何ですか?」
「かっこよかった。…私、これでも……慣れてるから…。
 あっ、その、やくざに慣れてるんじゃなくて、…お兄さんの
 事があるから、その……」
「あまり慣れて良い事じゃないですよ?」
「うん。解ってるけどね。…でも、どうして、私に打ち明けてくれたんだろう」
「親友…だからですよ」
「親友?」
「野崎さんと話している時の組長は、私の知っている組長じゃありません。
 普通の女子高生にしか見えないんです。だから、野崎さん」

まさちんは、少し心配げな表情をしていた。

「大丈夫やって! お兄さん……えっと…」
「地島です」
「地島さん、心配せんといて。うちは、真北ちさとの親友やもん。
 阿山真子なんて、知らんで!」

野崎は、明るい声で言った。
その声は、まさちんの何かを吹っ切るものだった。

「ありがとうございます。これからも、真北ちさとを、宜しくお願いします」
「って、地島さぁん、まるで選挙みたいやで」
「あっ、そうですね…あらら…」

すっとぼけた表情のまさちんを見て、野崎は笑い出す。

「ほんま、やくざに見えへんな!」
「はぁ…。……っと、そろそろ、帰る時間ですね。…組長…戻ってこない…。
 …………。まさかなぁ〜」

嫌な予感がしたまさちんは、慌てて帰り支度を行う。そして、野崎と一緒にエレベータに乗り込んだ。


下降するエレベータの中で、野崎は、まさちんを見つめていた。

やくざ…か……。

その目は、何かを考える眼差し。
野崎は何かを話そうと口を開いた時だった。
エレベータが一階に到着した。
野崎は、まさちんに促されてエレベータを下りる。野崎の後に、まさちんも降りてきた。

「あちゃぁ、思った通りだなぁ」
「ん?」
「恐らく、御自分で後片づけをするだろうと思ったんですよ。
 その通りだなぁと思いましてね」
「ふ〜ん。真北さんって、組長としての自覚…あるん?」
「さぁ、それは……」

と応えたまさちんに、野崎は笑い出す。

「では、帰りますか」
「そうやな!」
「組長、そろそろ帰宅時間ですよ」

まさちんが、真子に声を掛けた。




まさちん運転の車が、野崎家の前に停まる。
野崎は、自ら車を降りた。

「じゃぁね。……えっとぉ」
「真北でいいからね、野崎さん」
「真北さん、今日はありがとう。そして、これからも、よろしくね!」
「私の方こそ、よろしくね!」

野崎は、いつもの明るい表情で、家に入っていった。
まさちんはアクセルを踏む。

「組長、よろしいんですか?」
「何が?」
「組長は、口が軽いと噂でもされたら…」
「大丈夫だって。大丈夫」

あっけらかんと言い放つ真子に、少し不安を感じているまさちん。
まさちんの不安は、的中した………。




(2005.8.26 第二部 第一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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