第二話 狙いは、阿山組五代目の… 「真北、今、いいかな?」 「は、はい。先生」 終礼後、みんなが帰ろうとしていた時、真子に、声をかけてきたのは、ぺんこう。真子は、何事かと想いながらも付いていく。 クラブ活動をしている生徒が、行き交う校庭に、真子とぺんこうが立っていた。 「最近、授業中に私語が多いようですね。他の先生に 注意しておくように言われているんですけど」 「そうかなぁ。多いのかなぁ。……別にいいと思うけど。他に迷惑かけてないし」 「だめですよ。授業中は、勉強に身を入れて下さい。この間だって、授業中に、 何か真剣に書いていたと思ったら、議事録でしたし」 「あっ、あれは、ちょっと、……ごめん……。時間がなくて、つい、授業中に……」 「議事録は学校では、やめて下さい。真北ちさとですので」 真子は、口を尖らせた。 「真北が、何か真剣に書き込んでいるので、少し覗いてみたら、業務内容について、 とか、ミナミの状況とか書いていたと言ってましたよ。なんのことかと聞かれたので、 とぼけておきましたよ」 「すいません。あの時は、切羽つまってたので。もう、しないから」 「とにかく、授業中は、しっかりと勉学にはげんでくださいね」 「はーい」 真子は、気の抜けた返事をしながら、その場を去っていく。 そんな真子をぺんこうは、やれやれといった表情で真子を見送っていた。 夜。 真子の自宅の電話が鳴った。 まさちんが応対する。しかし、相手は……。 「……あのなぁ、何もわざわざ電話で……」 『うるさい!』 電話の相手はぺんこうだった。どうやら、朝の仕事を手伝ってもらいたい為、そのお願いの電話だったらしい。すでに、真子には頼んであるものの、真子は朝が苦手。早くに起きるなんてことは……。 ということで、確実な目覚ましに連絡を入れたということ。 ところが、まさちんは、中々承諾しない。 業を煮やしたのか、ぺんこうは、 『じゃぁ、明日は、遅刻やな』 嫌みったらしい声で言う。しかし、まさちんは、ぺんこうの嫌味が通じていないのか、普通に応えていた。 「大丈夫だって」 『組長、朝早いの、苦手だもんなぁ』 「あのなぁ、生徒に先生の仕事を手伝わせてどうするんだよ」 何かに気付いたように、まさちんが言う。 『しゃぁないやろ! 学級委員だからさ』 「起こせばええんやろ!」 『あぁ、そうだ。でも、遅刻かもなぁ』 「起こしてやる」 『なんなら、賭けてもええでぇ』 「あぁ、望むところだ」 『遅刻する〜』 無理だろう?と言わんばかりの挑戦的な言葉に、まさちんは、 「起こしてやるわい!」 思わずムキになり、受話器を勢い良く置いた。 「まさちん、電話が壊れる」 「す、すまん…つい…」 むかいんに優しく言われたまさちんは、焦ったように謝る。そこへ、真子がやって来た。 「まさちぃ〜ん」 その言い方は、何かを媚びる時の言い方だ。まさちんは、何を言われるのか、思わず構えてしまう。 「なんですか?」 「明日、早起きしないといけないんだけど…いつもより、 一時間早く起こして欲しいなぁ〜って…思って…」 「わかりました。一時間早くですね。…ちゃんと起きてくださいよ」 「ありがとう! お休みぃ〜」 「お休みなさい…って、組長、まだ、八時ですよぉ!!」 まさちんの声が聞こえているのかいないのか、真子は、そそくさと自分の部屋に戻っていった。 むかいんは、真子とまさちんの漫才に近い行動に笑い出す。 「むかいん、笑うなよ…」 「…あっはっはっは……すまん〜」 ポリポリと頭を掻いて、真子の部屋の方を見つめるまさちん。 う〜ん、やはり…難しいかな…。 まさちんの予想は、的中した……。 少年院から出てきた野崎の兄・守と、野崎は、仲良く一緒に登校していた。 その横をものすごい勢いで走っていく女生徒が居た。 真子だった。 守との挨拶もそっちのけで、学校へ向かって走る真子。校門のところには、ぺんこうが、仁王立ちしていた。 「きゃぁ〜!! ぺんこう、ごめ〜ん!!」 「真北っ! 遅い! 二十分遅刻だぞ!」 「はぁ、はぁ。ごめんなさい。遅くなりました…」 「……もう終わりましたから」 「すみません…」 「そんなに勢い良く走って来られたんですか? やはり真北さんには、 朝早い仕事は無理でしたね。ということで、まさちんに勝ったっと」 「…まさか…賭事?」 「はっ!! お、おほん…。兎に角、今日は、放課後にお願いします。 真北さん、よろしくね」 唖然としたままの真子を置き去りにして、ぺんこうは、嬉しそうな顔で去っていく。 そして、放課後、真子は、ぺんこうの手下となって、いろいろな用事を頼まれ、きちんとこなしていった。 …眉間にしわをよせたまま……。 次の日の放課後、ぼやきながら真子は野崎と帰路に就く。校門のところに人だかりがあった。 「お兄ちゃん!!」 以前、姿を現した暴走族が、またしても理子の兄に、ちょっかいを出してきた。 理子は、怯むことなく、人だかりを割って入っていった。 生徒達と話し込んでいたぺんこうは、少し遅れて職員室へと戻ってくると、職員室の窓際に人だかりができていた。 「どうしたんですか?」 数学先生に声を掛ける。 「あっ、いや、その……」 そっと窓の外を指さす。ぺんこうは指先に釣られるように、窓の外を見た。 「………って、野崎っ! あいつらぁ〜。…って、どうして 観てるだけなんですかっ!」 そう怒鳴った時だった。 その中に、真子の姿を見つけたぺんこう。 真子が相手に向かって何かを言っている。 真子が、暴走族の一人を抑え込んだ。 真子が壁に飛ばされた! 組長っ! しかし、真子は怯むことなく、相手を睨み付ける。 暴走族の一人が光る物を手にした。 「真北が危ないっ!」 数学先生が声を挙げた。 その声を耳にしても、ぺんこうは冷静だった。 それどころが、真子の変化に気付いてしまう。 やばいっ! そう思った瞬間、ぺんこうは職員室を飛び出していった。 校門の所には、たくさんの生徒が集まっている。その生徒達から、歓声が沸いた。 …まさか……。 その『まさか』は、的中する。 「真北?」 生徒達の歓声で、ぺんこうの声が聞こえていないのか、真子は、去っていく暴走族を睨み付けていた。 その姿は、自分が『真北ちさと』であることを忘れているかのようだった。 ぺんこうは、大きく息を吐き、そして、勢い良く吸い込んだ。 「ま・き・た・ち・さ・と!」 いきなり大きな声で聞こえてきた言葉で歓声が止み、一斉に声の方へ振り返った。その瞬間、真子は、何かを思いだし、声の方に振り返る。 生徒達が道を空けるように、隙間を作った。 その隙間の向こうに一人の教師が立っていた。 怒りに満ちあふれ、今にも爆発しそうな雰囲気を醸し出している、ぺんこう。 見物していた生徒達は、蜘蛛の子を散らすように、その場を去っていく。そこに残されたのは、真子と野崎兄妹だった。 真子は、恐縮した目でぺんこうを見上げるが、それは、既に遅かった……。 真北は、仕事場である署で、事務処理中。 真北が苦手とする仕事だが、この日は何故か、てきぱきと仕事をこなしていく。 側で真北の仕事っぷりを観ていた原が、 「珍しい事もあるんだなぁ〜」 と呟いた時だった。内線が鳴る。 原が内線を取り、その途端、表情を変えた。 「原、どうした?」 原の表情の変化を見つめていた真北が尋ねた。 「…あ、あの……寝屋里高校の山本先生から、真北さんに…」 原が言い終わるより先に、受話器を奪い取り、応対する真北。 その真北の表情も変わっていく。 「あのなぁ、俺に怒鳴るのはええけどな、他の人に怒鳴るなっ!」 『私は、怒鳴ってませんっ! 怒ってるだけですっ!』 電話の相手、ぺんこうの声は、受話器から漏れていた……。 受話器を置いた真北は、原の腕を掴み、あっという間に、署を出て行った。 職場の連中は、真北の行動に、呆気を取られていた……。 ぺんこうは、職員室にあるデスクに戻ってきた。 「ふぅ〜〜」 と大きく息を吐いて、机に突っ伏した。 あれは、雷が落ちるよな…。 言わない方が、良かったかな…。 先程、鬼の形相かと思える程の真北と真子の友達・理子の兄に直接関わった刑事の原が、学校にやって来た。そして、真子を迎えに来た真北の顔は、それはそれは……。 取り敢えず、ぺんこうとは他人を装っていたものの、真北はかなり焦った表情もしていた。 顔を上げたぺんこうは、気分を紛らわせたいのか、突然、電話に手を伸ばす。そして、 『…組長に、何か遭ったのか??』 呼び出し音が切れた途端に聞こえてきた声に、ぺんこうは、項垂れる。 「まぁ、遭ったことは、遭ったんだけどな……」 ぺんこうは、電話の相手に、先程の事件を事細かく伝え始めた。 「真北さんと一緒に帰ったから。…フォロー頼むよ」 『フォローって、俺は真北さんを停められないぞ!』 「いつもどおりにしておけば、真北さんを停められるよ」 『あのな、ぺんこう。俺は、お前のように…』 「まさちんのすっとぼけがあれば、真北さんの気も殺げるって」 『……………あのなぁ』 受話器の向こうにいる、まさちんのこめかみがピクピクしているのが、伝わってくる。 「ほななぁ」 と冷たく言って、ぺんこうは電話を切った。 AYビルで仕事を終え、帰る支度をしていたまさちん。 突然の連絡に、どう対処していいのか悩みながら帰路に就いた。 案の定、家に帰ると、真北に低い声で呼び止められた。 これは、やばいと想いながら、リビングに向かっていく。 真子は項垂れて、ソファに座っていた。その前に真北が腰を下ろす。まさちんは、真北の後ろで待機する。 真北は、何も言わず、真子を見つめていた。 恐らく、言葉を発したら、留まることを知らないかのように淡々と話し続けてしまうかもしれない。そして、怒りが頂点に達して…。それを抑える為に、自分が呼ばれたんだろうなぁ…。 と考えている時だった。 真北と真子の声の後に、少し甲高い音が聞こえた。 ふと顔を上げたまさちんは、真北が真子の頬を叩いた事に気が付いた。 あっ… と声を掛けようとするが、言葉が出ない。 真北は、自分の行動に驚いている。しかし、それを隠すかのように、真北は話し続けていた。 「では、どうして、真北ちさとで通学してるんですか? 組長の命を守るために、どれだけ…」 「…もういい!!」 真子は、リビングを飛び出していく。 ドアが閉まると同時に真北は、大きなため息を付いた。 「まさちん、すまん…」 「わかりました」 真北に言われ、まさちんは冷たいタオルを用意して、真子の部屋へ向かっていった。 真子の部屋に入ると、真子はベッドに座っていた。まさちんは冷たいタオルを真子に差し出す。 「ありがとう。…怒られちゃった」 真子の目線に合わせて座り込み、まさちんは優しく声を掛ける。 「明日、十時の新幹線ですけど、大丈夫ですか?」 「なんとかね」 「ぺんこうの奴、ハラハラしていたそうですよ。ばれるんじゃないかって。 すっかり、忘れていましたね?」 真子は、静かに頷いた。 「怒るなら、阿山真子でなく、真北ちさとで怒ってくださいね。 ……まだまだ、未熟ですよ」 まさちんの言葉で、真子はふくれっ面になった。そして、まさちんをギッと睨み付け、タオルを投げつける。 「どうせ、私は、未熟者ですよ!」 まさちんは、真子の頬の腫れに気付いた。真北の平手は、軽いように思えたが、それは音だけだったようす。かなり、強かったのだろう。それ程、真北は心配していたのだ。 真子の頬の腫れを観ただけで、真北の心境が伝わってきた。 「…頬、少し腫れてますよ」 まさちんは、真子の顔全体にタオルを押しつけた。もがいている真子にいつまでもタオルを押しつけているまさちん。真子は、まさちんに蹴りを入れて抵抗していた。 真子の心境が気になったまさちんは、いつものように接することで、それを確かめた。 いつもと変わりないか…。 真子の蹴りが、今の心境を語っていた。 阿山組組本部。 若い衆が、玄関の掃除を終え、出迎えの準備をし始める。 「今日だな」 「あぁ」 「久しぶりにお逢いするから、緊張するよなぁ」 「北野さんと江月さんが、お迎えに行ってるんだよな」 「あまり、大勢でお迎えするのは、かえって目立つよな」 そこへ、川原が少し緊張した面持ちで駆けつけた。 「門の前に、人だかりが出来てる」 「って、なんだよ! 俺達じゃ無理…」 「敵じゃなくて、報道陣。まぁ、ある意味、厄介だけどな。 兎に角、門の前には、誰も出るなよ。車を確認したら、素早く開けろ。 中の様子は、絶対に見せるな」 「かしこまりました」 突然慌ただしくなる本部。 この日、真子が本部に帰ってくる事になっていた。どこで嗅ぎつけたのかは解らないが、報道関係者が阿山組本部に通じる道に集まり始めた。何を取材しようとしているのか解らないが、兎に角、何年かぶりに帰ってくる真子が気にするかも知れない。 また、近所に迷惑を……。 その頃、真子は東京駅に着いた所だった。 北野と江月が迎える中、少し疲れた様子を見せる真子と真子を気遣うまさちん、そして、いつも渋い顔をしている真北、警戒を怠らないくまはちが新幹線から降りてきた。 「お帰りなさいませ」 「元気にしてた?」 「はい。おかげさまで」 真子達は、ロータリーに待たせてある高級車に乗り込み、本部へ向けて出発した。 「組長、お部屋の方は、いつもきれいにしております。いつでもお戻り下さい。 それから、例の場所も安心しておくつろぎできますよ」 「ありがとう、北野さん。でも、私は、あまり帰る気にならないよ。 大阪って、すごく素敵なところだもん」 「高校、どうですか? 楽しいですか?」 「楽しいよぉ。ぺんこうが担任で、私が学級委員。 なんだか、すごい取り合わせでしょぉ」 「なんだか、恐いですね」 車中では、楽しい会話が弾んでいた。 阿山組本部。 「そろそろお着きになるぞ!」 「車が、角に来ました」 「お出迎えの準備をしろ!!」 若い衆が、一斉に門から玄関まで並び、出迎える準備をし始めた。 真子が乗った車は、表に待ちかまえている報道陣の間を通り抜け、門の前までやって来た。 真子が五代目を襲名したことは、一部の者しか知らなかった。 同業者でも、そうだった。 四代目亡きあと、あれだけ世間を賑わせていた阿山組は、ここ数年、神秘のベールに包まれた雰囲気があった。五代目を襲名した人物は、誰か。その辺りに注目している様子。本部に入っていく車に向かって聞こえてきた言葉に、そのような言葉が飛び交っていた。 車は大きく開いた門を入っていく。 「お帰りなさいませ」 車から降りてきた真子を一斉に出迎えた。若い衆の声は、門の外まで響いていた。真子は、やはり、この出迎えが気に入らなかったようで、そそくさと玄関をくぐって、屋敷の中へ入っていく。 「お帰りなさいませ。お疲れさまでした」 山中が丁重に真子を迎え出た。 「ただいま。いつもありがとう、山中さん。助かってます」 「いいえ、組長がいてからこそ、私が働けるのです」 「ん〜!!! 疲れたぁ。久しぶりだね。では、早速、例の場所に行くからね! じゃぁ!」 「かしこまりました」 まさちんが、真子の後を追っていく。山中は、そんな二人を優しい眼差しで見つめていた。廊下の先で真子は、振り返り、後ろから付いてくるまさちんに何かを言っていた。まさちんは、真子に頭を下げ、真子は、そんなまさちんに後ろ手に手を振って去っていく。 「まさちん!」 山中が、何かを思いだしたようにまさちんを呼んだ。 「遅かったか。まぁいい。組長に、今夜は大広間に来ていただくように伝えておいてくれ」 「まさか、宴会じゃないでしょうね」 「そうだ。久しぶりに組長も帰ってきたことだし、若い衆も組長の顔を 見たがっていたことだしな。七時からだ。よろしくな」 「はい」 そう言い残して、山中は去っていった。 まさちんは、ポケットに手を突っ込んで、ため息を付く。 「組長を説得するの、大変なことって知ってるだろうに…。 あんな馬鹿騒ぎ、嫌いなんだけどなぁ。それに、体調も 優れないようだからなぁ」 まさちんはブツブツと言いながら、廊下を左へ曲がり、真子の行き先=例のくつろぎの場所へ向かっていった。 真子は、すでにその場所でくつろいでいた。まさちんは窓から真子の様子を見つめ、何も言わずにそっとその場を離れていく。 まさちんからは、死角になっていた場所に、純一が立っていた。 真子を鋭い目つきで睨んでいた。真子は、その目線に気が付いたのか、パチッと目を開け、目だけでその場所を見つめる。そして、見知らぬ若い衆が立っていることに気が付いた。真子は、じっと見つめる。その男の目が気になっていた。 …哀しそうな眼差しで…私を睨んでる……。 真子は起き上がり、屋敷へと入っていく。そして、純一が立っていたところに目線を移したが、そこには、誰も居なかった。 「組長」 「なぁに、まさちん」 去っていったと思われたまさちんは、真子の見えないところで、真子の行動にすぐ反応できるように待機していた。 それは、長年の癖。 「今夜七時から、宴会が…」 「OK! まさちん」 その言葉には、メロディーが付いていた。それを不思議に思いながらも、まさちんは、続けた。 「よろしいんですか? 体調が優れないのでは?」 「大丈夫だよ。それに、久しぶりにみんなの顔も見たいし。 私が与えた無理難題に、幹部のみなさん、どれだけ困っているのかが、 知りたいしねぇ〜」 真子は、何か楽しみにしているような口調で言う。 「じゃぁ、六時半に部屋へ来てね」 「かしこまりました」 「…まさちん」 真子が静かに呼ぶときは、いつも決まっている。 自分の時間を大切にしろ…ということだ。 「はい」 「ここに居るときは、くつろいでね。大丈夫だから」 「わかっております」 思った通りの真子の言葉に、まさちんは優しく微笑んだ。その微笑みを観て、真子は安心したような顔で自分の部屋へ入っていく。 「安心できませんよ、組長。本部には、まだ、組長のことを 良く思っていない輩がいるんですから」 まさちんは、本部で真子に安心して過ごせるように、笑顔を送ったのだった。そして、真子の部屋から、それ程離れていない場所に立って、辺りを警戒し始めた。 阿山組本部・夜七時。 大広間では、かなりドスの利いた賑やかさで、宴会が行われていた。次々と料理や飲み物が運ばれていく。忙しそうに仲居さんが出入りしていた。そんな中、真子は、あまり機嫌のいい顔をしていなかった。 それもそのはず。 幹部の連中が次々と真子の前へ挨拶にやって来て、いろいろな話をしていたからだった。新しく入った若い衆を紹介したり、酔った勢いで愚痴を言ったり…。それでも、真子は、きちんと話を聞いていた。その姿は、五代目を襲名した頃よりも、更に成長した姿だった。 「組長も立派になられたのう」 「だけど、あの時の雰囲気は、無くなった感じだけど、更に威厳があるよなぁ」 「五代目に付いていて正解だな」 「あぁ。そうだな」 幹部の連中が、上座で、他の幹部の話に耳を傾けている真子の姿を観て、感心していた。 「そろそろお開きに致します。これからも、各人、 無理することなく、宜しくお願いいたします」 それぞれが、大広間を出ていった。真子もまさちんと真北と揃って出ていこうと立ち上がったところへ、山中が純一とやって来る。 「組長、新しい若い者を紹介致します。純一です」 「よろしくっす」 純一は、深々と頭を下げていた。 「あんまり、無理をしないでね」 真子は、優しく声を掛けた。 「組長の部屋を毎日のように掃除をしているのは、こいつです。 何か不備がありましたら、言ってください」 「別にないよ。綺麗だったから、驚いた。ありがとう。 これからもよろしくね!」 そう言って真子は、真北、まさちんと去っていく。純一は、更に深く頭を下げていた。 …しかし、その目には、殺気が含まれていた。 「組長!! お疲れのところを申し訳ありません!! 報告書を……」 幹部のおじさんたちが、真子を追いかけて来た。真子は、振り返り、 「まさちんに全てよろしくぅ! 真北さん、行こう!」 そう言って、その場にまさちんを残して、真北と去っていった。 幹部の連中は、呆れた顔で、まさちんに話し始める。 「地島ぁ。いつになったら、組長は…」 「まだ、慣れないんですよ。恐い連中に。さてと。どれですか?」 まさちんは、慣れた口調で幹部達の言葉をさらりと交わしながら、本題に入っていった。 そんなまさちん達の様子を純一は横目で観ながら、大広間を去っていった。 何か思い詰めた表情で自分の部屋の机に向かって座っている純一。 いきなり、引き出しを開け、そこにしまい込んであったナイフを取り出した。それを懐に入れ、目を瞑って座り込んでいた。そして、何か決心したように目を開け、立ち上がる。 部屋を出て、何処かへ向かって歩いていった。 真子の部屋に通じる廊下を歩く純一が、角を曲がろうとした時だった。 「!!!!」 真子の部屋の前にまさちんが立っていた。部屋をノックして、中へ入っていく。 純一は、唇を噛みしめて、静かにその場を去っていった。 真子の部屋に入ったまさちんは、幹部達から預かった書類をテーブルの上に置いて、直ぐさま真子の額に手を当てた。 「やはり……」 「大丈夫だって」 「駄目です。今日はもう、お休み下さい。これらは、私が預かっておきます」 まさちんの力強い口調に観念したのか、それとも、単なる疲れからなのか、真子は、素直に従った。 「はいはい。もう寝ます」 「それでは、お休みなさいませ」 「お休みぃ」 まさちんは真子を心配しながらも、部屋を出ていった。 夜十時。 真子はパジャマに着替え、部屋の電気を消し、布団に潜って何か考えていた。 まさちんは、自分の部屋に戻り、幹部達からの書類に目を通していた。暫くして、まさちんは部屋を出ていった。真子の部屋の前で、真子の様子を伺い、そして、どこかへ歩いていった。 草木も眠る午前三時。 一人の男が、真子の部屋の前にやって来た。懐の何かを確認し、そっと真子の部屋のドアを開ける。 男は、ベッドに近づいた。 真子は、すやすやと眠っている。 男は、静かに懐から光る何かを取り出した。 それは、ナイフだった。そして、膨らみ目掛けてナイフを勢い良く振り下ろした! えっ?! 膨らみは、凹んだだけだった。手応えがなかったことに違和感を感じた男は、布団をめくった。 もぬけの殻だった。 「そんなに、殺気立ってると、嫌でも目が覚めるよ」 真子の声が聞こえた。しかし、真子は、部屋のどこに居るのか解らない。男は、焦り、その場を逃げようと入り口へ向かって走り出したが、何かに掴まり部屋の奥へ放り投げられた。 大きな物音が響き渡った。 それを耳にしたのか、本部内のあちこちで電気が付いた。そして、音が聞こえた方へと足音が向かっていった。足音が向かう先は、真子の部屋。いくつもの足音が近づいてくる中、真子は部屋の電気を付け、部屋の奥へ目をやった。 「お前は、純一?」 純一が、部屋の奥の方で、腰をさすりながら、四つん這いになっていた。 「組長!! 何事ですか!!」 組員達が、真子の部屋に駆けつける。その声に気を取られた真子は、ドアの方に振り返った。純一は、真子に目線を移した時、目の前のナイフに気が付き、それを手に取り、真子に向かっていった。 「覚悟!!」 しかし、純一は、真子にナイフを取り上げられ、ナイフを向けられた。 真子にナイフを向けられた純一は、抵抗する素振りを見せなかった。真子は、そんな純一の行動に疑問を持つ。 「刺しても、いいのか?」 静かに語りかける真子に、純一は、震える声で応えた。 「…殺して下さい。…その方が…いっそ、……楽です!」 「どういうこと??」 まさちん、真北、山中、北野たちが真子の部屋へ入って来る。二人の様子を観て驚いていた。 山中が、真子と純一の間に割って出た。 「何してるんだ!!」 山中は、純一を殴ろうとしたが、その腕を真子に停められた。その後ろでは、真北が、真子の手にするナイフをそっと取り上げる。 真子は、ちらっと真北を観て、純一に近づいていく。 「…話してください」 純一は、正座をして、ゆっくりと口を開き、語り出す。 「…私は、阿山組組長暗殺に、ここへ来ました。父の…命令で仕方なく……」 「お父さん?」 「はい。…私の父は、千本松組の頭、荒木元造です」 「東北の、千本松組?」 「はい。阿山組の組長を殺せと…。今の組長は、山中か慶造の娘のどちらかだと 言われました。しかし、ここへ来て、山中さんは、組長じゃ無いことがすぐにわかりました」 「この時期に来ることを知って、狙いは、今夜だと思った?」 純一は、言葉を詰まらせた。床に涙が一滴落ちる。 「…私には、人を殺すなんて…できません…できません…」 純一は、泣き崩れてしまった。そんな純一を観ていた真子は、真北から、ナイフを取り上げ、そして純一に差し出した。 「…これで、私を殺せばいい」 「組長、何を!!」 山中が叫ぶ。 「山中さん。私はね、自分の周りの人達は、いつも、私の事しか考えていないでしょ? 組長、組長って…。でもね、いつも思ってることがあるの。私の命は、本当に、 その人より、大切なのかなぁって……。だれでも、自分のことが一番大切なのにね。 なのに、その人の命を奪ってまで、私は、助かりたくない…。助けて欲しくないんです。 …自分の命くらい、自分で守れるよ。だけど、守れなかった時は、それまで なんだなぁって…」 真子は、笑顔で山中に言った。 「だからといって、それと、これとは、全く違います!」 「山中さん。純一は、人殺しをするように思えますか? 私には、見えなかった…。私の目には、狂いがなかった」 「しかし、人には、殺意というものが、存在しているんですよ!! こいつだって、いつ…」 「本物の殺意だったら、今頃、純一が、死んでるはずだよ。私にやられてね!」 真子は、山中の言葉を遮るように明るく言い放ち、そして、部屋を出ていった。まさちんと真北も、やれやれと言った顔で真子に付いていく。山中は呆気にとられていた。 「…ふっ……恐ろしい娘だな。…純一、さっさと出ろ! 組長がお休みになれないだろ!」 「は、はい」 呆然とナイフを見つめていた純一に渇を入れる山中。 廊下に出ると、真子達が待っていた。純一は何か言おうと口を開けるが、言葉にならなかった。 「明日、早いから、その後に後かたづけよろしくね! 純一、お休み!」 笑顔で言った真子は、部屋に入っていく。笑顔で話しかけられた純一は、張りつめていた糸が切れたような顔をして、山中達と去っていった。 「全く、いつものことながら、組長には、ひやっとさせられますよぉ」 平静を装っていたまさちんが、呟く。 「まさちん、いい加減に慣れないと駄目だよ。じゃぁ、お休み」 真北が眠たそうな声で言って、自分の部屋へと向かっていく。 「真北さん…。お休みなさい」 まさちんは、真子の部屋の前から動けずに居た。 もしものことを考えて…。 しかし……。 真子の部屋のドアが静かに開いた。 「…まさちん、いいよ、別に。そこにいなくても…」 「しかし、組長…」 「ありがと、まさちん。もう大丈夫だからね。お休み!」 「それでは、失礼します。お休みなさいませ」 そう言ったものの、朝までその場から離れることは無かったまさちん。 ほんの短時間でも、真子の側を離れた自分の行動に、反省していた。 住宅街の一角に大きな木があった。そこは、『笑心寺』というお寺があるところ。鳥や、昆虫が溢れ、まるで、森のような雰囲気のお寺。いつもは、子供達の遊び場となっていたが、この日だけは、違っていた。 「位置に着け!」 「そろそろ来られるぞ!」 「うぃっす」 黒服を着た強面の男達が、寺を囲むように大勢立っていた。本殿に通じる階段にも男達が警戒しながら、立っている。そこへ、リムジンが到着。ドアが開くと同時にまさちんが降り、続いて、真子が降りてきた。真子は、本殿に通じる階段を上り始める。真子に続いてまさちん、そして、別の車から降りてきた真北、くまはち、むかいんが上って行く。 本殿では、住職が待っていた。真子達の姿を観るとゆっくりと頭を下げ、真子達を案内する。 この日は、慶造の法要の日。それが、この笑心寺で静かに行われていた。 しかし、笑心寺の周りには、報道陣が集まり始め、騒ぎ出していた。 法要を終えた真子達を待ちかまえ、そして、取り囲む。 突然の事に、真子は驚きながらも、黒服の男達に守られて、報道陣の間を素早く通り抜ける。そして、車に乗り込んだ。 「ご無事ですか?」 「なんとかね…。でも、驚いたよぉ。一体私の何を知りたいんだろうねぇ」 「阿山組の本性を探っているのでしょう」 「見つからないのにね!」 真子は、同乗した真北、まさちんに微笑んでいた。 途中で、真北を東京駅に送る。 「組長、では、お先です」 「気をつけてね。真北さん、狙われやすいから」 真子は、にこやかに冗談めいて真北に言った。真北は、そんな真子を見て、父親のように微笑んで、そして、駅構内へ入っていく。いつまでも見送っていた真子。 「行こうか」 真子の声と同時に車は出発した。 真北が先に帰ったのは、先日の寝屋里高校校門前での事件の事後処理が残っていたから。真子が大阪に戻り、そして、普通の高校生として通えるようにと、準備をするためでもあった。 そうとは知らず、本部に戻った真子は、くつろぎの場所でのんびりとし始めた。 (2005.9.5 第二部 第二話 UP) Next story (第二部 第三話) |