任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第三話 罪と出会いとの衝撃

寝屋里高校・一年F組。朝礼後…。

「今日も休みや…。真北さん、やっぱし、停学かなぁ」

真子の机を見つめながら、親友の野崎が呟いた。

そんな野崎の心配をよそに、真子は、まさちん、くまはち、むかいん、そして、山中、北野の計六人で、東京の街をブラブラしていた。百貨店で、いろいろな店を見て回ったり、昼食時には、どの店に入るか迷ったり…。結局、混んでいたのもあって、どの店で食べるのか決まらず…。

「商店街を抜けたところに、いいお店がございますよ」
「よし! そこだっ!」

山中の言葉に、真子は勢いよく返事をした。


六人は、百貨店を出て、直ぐ横にある商店街を歩き始める。
……恐い集団なのだが…。


「…くまはち、いつも、こんな様子なのか?」

真っ直ぐ歩けない商店街。いろいろと誘ってくれるものがある…。
真子は、商店街にある店という店を覗き周り、まさちんは、そんな真子に付きっきり。
そして、むかいんは、食材に目を留めてしまい…脚も留まり……。
それを見かねた山中が、くまはちにそっと呟いていた。

「今日は、特別ですよ。組長は、組長でなく、ただの女の子、
 阿山真子になってます」
「ったくぅ…」

山中は呆れながらも、真子にすぐ来るように促した。真子は、少しただをこねていたが、まさちんとむかいんを呼び、山中に付いていった。

「いらっしゃいませ」

少し暗い声が聞こえてきた。
そこは、商店街を抜けたところにある大通りに沿って、いくつもの店が並んでいる一軒。

『喫茶 森』

その喫茶店は、山中の行き着けの店だった。

「久しぶりに、…寄せてもらったよ」
「山中さん。お久しぶりです。お元気そうで…」

と言ったマスターの頬には、絆創膏が貼られている。

「マスター元気ないね。それに、客が少ないな」
「ここ二ヶ月、こうなんですよ」
「あっ、紹介しますよ。こちらは、阿山真子様」
「初めまして」

真子は、かわいく言った。マスターは、真子を見て、首を傾げていた。

「そして、地島、向井、猪熊」

まさちん達は、軽く会釈する。

「マスターの森です。…あっ、阿山真子って、あの、テレビで昨日……まさか……」
「えっ? テレビに映ってたの?」
「山中さんは、確か、阿山組の方でしたよね。となると…。組長さんですか?」
「はい。でも、真子と呼んで下さい。周りの方が驚きますので」
「そうですね。では、真子ちゃん、ご注文は?」

少し元気のなかったマスターは、真子の笑顔を観て、ちょっぴり元気を取り戻す。

「マスター自慢のものを六つ」
「承りましたぁ。スペシャル六つね!」

なかなか注文の品を決められなかった真子達を見かねた山中は、勝手に注文をする。山中が推すくらいのものだ。きっとおいしいんだろうと真子達は思って、それに賛成した。


スペシャルを待っている間に、この喫茶店の土地を狙うチンピラがやって来た。マスターの傷は、そのチンピラ達に受けた傷だった。しかし、チンピラは、真子達の姿を見て、そそくさと去っていく。
どうやら、真子だけでなく、山中の事を知っている様子。

「ほっ。よかった。あいつら、もう来ませんね。いやぁ、しかし、
 真子ちゃんを見て、すぐに去っていくなんて、真子ちゃん、すごいねぇ」
「…私は、何もしてませんよ。山中さんでしょ?」
「客が少なかったのは、あいつらのせいだったんですね」

山中が心配そうな顔で尋ねると、マスターは恐縮しながら応える。

「実は、そうなんですよ」

山中は、ため息を付いた。

「はい、お待ちど〜さま! どうぞ!」

更に元気を取り戻したのか、マスターの声は一段と明るかった。

「うわぁっ! すごぉ〜い! いっただきまぁす!!」

それに釣られて、真子も声を張り上げ、食べ始めた。

マスター自慢のものは、かなりおいしかった。
真子は、あまりのおいしさに、終始ニコニコしていた。
まさちんは、腕を組んで、空になった皿を見つめていた。
むかいんは、何か、メモを取っていた。どうやら、店のメニューに加えようと考えているらしい。
くまはちは、食べ足りない様子で、スプーンをくわえて、もっと欲しいという表情を…。
北野は、おしぼりで、手と口を拭いていた。
山中は、マスターとカウンターで、話し込んでいる。どうやら、喫茶店の経営の話らしい。その話は、真子に聞こえていた。真子は、マスターのところへ近づく。

「ねぇ、その人手不足に対しての名案! 山中さん、こんなのどう?」

そう言って、真子は、まさちんの懐から、携帯電話を取り出し、どこかへ連絡を入れる。



デザートとしてチョコレートパフェを食べている真子。コーヒーを飲んでいるまさちんとむかいん。くまはちは、北野と将棋をうっていた。
真子達がかなりくつろいでいる時だった。
店の戸が開いて、男が二人、入ってきた。
一人は、モデル系の男。180センチは軽く越えていそうな程、背が高く、かっこいい顔をしている。そして、もう一人は、175センチくらいの高さだが、これまた、いい顔をしていた。

「待ってましたぁ! マスター、この二人をこき使って下さい。
 この背の高いのが、川原さん。そして、こっちが、純一!」
「宜しくお願いします」

実は真子。人手不足と護衛を兼ねて、阿山組の組員を店で働かせてはどうか? と提案したのだった。そして、あまり、『やくざ』には、見えない感じの二人を指名して、店に呼びつけた。

「うれしいよぉ。こんなにかっこいいお兄ちゃん達にお店を手伝ってもらえるなんて。
 真子ちゃん、ありがとう。私は、うれしいよぉ!!」

マスターは、少し目が潤んでいた。そんなマスターとは、反対に、純一先日の出来事が気になっているのが、落ち着きがなかった。

「私を殺そうとした罰ね! ここの売り上げに全力を尽くすこと。わかった?」

真子の言葉に、

「…かしこまりました」

静かに応える純一。実は、真子に何を言われるのか気が気でなかったのだった。
山中からは、心配するなと言われても、やくざの世界は、何が起こるか解らない。それは実家で充分解っている。それを考えると、落ち着きを失っていた。
ところが…。
純一の心配をよそに、真子は、やくざの世界とは関わりをほとんど持たない所で『罰』を与えていた。
真子の優しさを肌で感じたのか、純一は微笑んでいた。そして、山中に目をやると、山中こそ、とても温かな表情で純一を見つめ、そして、真子を見つめていた。

「ということで、帰ろっか。今から、しっかりと働いてね!
 マスター、思いっきりこき使って大丈夫ですから。うちの組員は、
 やわじゃないですよ! 今日はごちそうさまでした。
 …むかいん、盗んじゃだめだよ…」
「は、…な、なぜ解ったんですか?」
「わからいでか!」

真子は、むかいんのポケットから、メモを抜き取る。そこには、たくさん細かい文字で何か書かれていた。

  「構いませんよ、この店の宣伝になって、嬉しいです!」
「はぁ。すみません…」

恐縮するむかいんを見た、真子達は、笑い転げていた。
そして、真子達は、店を出て、表に待たせてあった車に乗り込む。真子は、にこやかに、マスターに手を振っていた。マスターは、真子の笑顔につられて、微笑んでいた。

「さぁ、しっかりと働いてもらうよ!」
「はい。宜しくお願いします!」

とても素敵な返事に、マスターはやる気満々。早速二人に指示を出していた。




寝屋里高校。
野崎が、職員室に向かって歩いていた。

「失礼します」

野崎の向かう先は、ぺんこうの机。

「先生、真北さんのことやけど、なぜ、休みなんですか?」
「あぁ」

ぺんこうは、突然話しかけられたが、驚いた素振りを見せなかった。

「やっぱり、あの事で、停学処分に…?」

野崎の表情は暗かった。その表情を観て、心情を直ぐに察したぺんこうは、笑いがこみ上げてくる。

「野崎……。違うぞ」
「へっ?」
「…単なる、休みなだけだよ。先代の…っと、真北さんの父の法事で、
 東京にいるだけだよ。そのついでに遊んでいたみたいだけどな。
 心配することないよ。停学処分では、ないから」
「……そうなんやぁ。もぉぉぉ。ずぅっと心配やったんやからぁ」

野崎は、ふくれっ面になっていた。それを観たぺんこうは、失笑する。

「はっはっは。ごめんごめん。真北さんは、何も言わなかったんだ」

笑っているぺんこうの横で、安心し、いつもの明るい表情に戻った野崎だった。






「組長は?」
「熟睡だよ」
「張りつめていたんだろうな」
「仕方ないだろ。本部に居ることだけでも緊張してるのに」
「一体、いつになったら、本部でもくつろぐことができるのかなぁ」

大阪に帰ってきた真子達。真子は、帰る日に熱を出していたが、強引に帰宅。家に着いた途端、死んだように眠ってしまった。それを心配しているむかいんとまさちんが、リビングで話していた。
チャイムが鳴った。

「誰だろ」

むかいんが応対し、そして、受話器を置いた。

「むかいん、誰だよ」
「野崎さんって言ってるよ。ノートを持ってきたって」
「ふ〜ん。俺が行くよ」
「いいよ、俺が行くから」

そう言って、むかいんは、玄関へ向かった。
ドアを開けると、そこには、女子高生が緊張した面持ちで立っていた。

「こんにちは、野崎です」

ドアが開いた途端、野崎は深々と頭を下げた。
顔を上げた野崎は、驚いた表情になる。玄関から出てくると思ったのは、まさちんだと思っていたからだった。初めて見る顔。そして、まさちんと違い、とても優しい眼差しをする男がそこに立っていた。

「あの、あのぅ、真北さん……とは、どんな関係でしょうか…」

突拍子もない事を口にする野崎。それに真面目に応える、むかいん。

「居候ということに、なってますけど…」
「あの、その…やっぱり、やくざ…ですよ…ね?」
「はぁ」

野崎の訳の分からない質問に、驚いたような声を張り上げる、むかいん。

「すいません!! 変な質問をして…。その、やくざに見えなくて」

むかいんは、あたふたする野崎を見て、優しく微笑み、そして、

「初めまして。いつも組長から、聞いてますよ。野崎さんのことを。
 向井 涼(むかい りょう)といいます。組長共々、宜しくお願いします」

丁寧に挨拶をした。

「こ、こちらこそ、お世話になります!!!」

むかいんの眼差しに照れているのか、顔を赤くしている野崎の声は、上ずっていた。

「来ていただいたのに、申し訳ございません。組長は、お休み中ですので、
 私がお預かりしておきます」
「あ、はい! これです。…明日は、登校しますよね?」
「はい」
「実は、真北さんが、ずっとお休みだったので、てっきり、その…
 お兄ちゃんとの事件で、停学処分を受けているとばかり……。
 今日、山本先生に聞くまで、勘違いしたままでした」

緊張のあまり、標準語になっている…。

「そうですか。ご心配をお掛けしました」
「あの、その…。渡していてください。お願いします。では、帰ります」
「ありがとうございました」

野崎の言葉には、すっかり関西弁が消えていた。むかいんを前にして、緊張していた様子。
お辞儀をして去っていく野崎を、見送るむかいんは、真子の部屋を見上げて、呟いた。

「登校、するだろうなぁ…」

次の日、むかいんの思惑通り(?)…。

「いってきます」
「組長、大丈夫ですか?」

まさちんが声を掛ける。

「…うん…なんとかね…」
「無理なさらないでください。やはり…」
「…まさちん、今日は、家に居ないんだろ? まだ、学校の方が、安心だよ
 …もしもの時は、ぺんこうが居るしね…」
「…すみません。…わかりました。ぺんこうに伝えておきます」
「うん…よろしくね!」
「お気をつけて!」

だるそうな感じで、うつろな目をしたまま真子は、学校へ向かっていった。
真子を見送ったまさちんは、受話器を取った。


『…電話変わったけど、なんだよぉ』

受話器から聞こえた声は、ぶっきらぼう。
誰が掛けてきたのかが解ったのか、受話器の向こうに居る人物・ぺんこうは、それっきり何も言わない。

「あのなぁ、俺が掛けた時は、なんで、いつも、そんなに不機嫌やねん。
 そこ、職員室やろ。職場で、そんなんじゃ、周りに変に思われるぞ」
『それより、用件をさっさと言え』
「ったく…組長…本部から帰る日に熱を出してな」
『あぁ』

ぺんこうは知っている。
すでに、真北から連絡があったのだ。

「それでだな、今日……登校したから」
『はぁ???』
「俺の仕事もあるから、組長が休むとなると、家に誰も居ない。
 それで、組長は、俺の仕事も考えて登校すると言って、向かった。
 学校にはお前が居るから、学校の方が安心だと言ってだな…」
『……だけどなぁ。ったく、解ったよ。気をつける』
「本当に頼むぞ」
『あぁ。任せとけって』

そう応えた、ぺんこうは、ふと疑問を抱く。
眉間にしわを寄せながら、受話器の向こうに居るまさちんに低い声で尋ねた。

「なんで、送らないんだよ」
『……組長、未だに気にしてるからさ…』
「そっか、まだ……」
『熱があるのに、更に気を沈めかねないからさ…だから、頼んだぞ。
 そろそろ到着する頃だと思うからさ』

ぺんこうは、ちらりと時計を見て、時刻を確認する。
確かに、真子が登校する時間だった。

「あぁ。解ったよ。じゃぁ切るぞ」

ぺんこうは、そっと受話器を置いて、自分のデスクから離れ、窓際に寄った。校門には、登校する生徒達が、わんさか歩いていた。その中に、元気のない表情をした真子を見つける。その表情は、校門を通りすぎると一転した。

「組長…。無事に登校ですね…。よかった」

真子の表情は、『真北ちさと』になっていた。窓から眺めていたぺんこうは、真子の表情の変化に気が付く事は出来なかった。

…せめて、学校にいる間は……。

ぺんこうに心配を掛けないようにという真子の心遣いだった。
しかし、そんな真子の心遣いは、六時間目の体育の授業までしか、もたなかった…。


「う、う〜ん…」
「真北、気が付いたか??」

真子は、保健室のベッドの上で目を覚ます。体育の授業中、終始、気を付けていた真子。我慢も限界まできていた。 ぺんこうがそれに気が付いたのは、真子が、授業終了後、教室に向かう生徒達の中で、ばったりと倒れた時だった。 真子が目を覚まして、真っ先に観たのは、心配顔で真子を覗き込むぺんこうだった。真子は、ぺんこうを見て、自分がどこにいるのか、さっぱり解らない。

ここは、家??

「ぺんこう……」
「真北の家には誰もいないようだから、先生が送るよ」

真子の『ぺんこう』という言葉をかき消すかのように少し大きめの声でハキハキと言う、ぺんこう。その言葉と仕草で、自分がまだ、学校にいるということに気が付いた。



ぺんこうは、真子を抱えて、自分の車に乗せ、真子の荷物を持って付いてきた野崎に、後ろの席へ荷物を置いてもらった。

「気ぃつけてな。お大事に」
「うーん」

野崎の言葉に、うつろな目で応える真子。それでも笑顔は忘れていない。
学校の門を出て行く車をいつまでも見送る野崎だった。


帰路に就く車の中。

「組長、まさちんは、家にいませんが…」
「そりゃぁ、そうでしょ。今日、家に誰も居ないから…」
「…家に着くまで寝ていて下さいね」
「うん…。ありがと、ぺんこう…」

真子は、眠った。ぺんこうは、そんな真子を気遣いながら、慎重に運転して、真子の家に向かっていた。




「…あぁ、そうだ。俺が居るから。あぁ」

ぺんこうは、真子をそっと寝かしつけた後、廊下にある電話で、むかいんとくまはちに連絡を入れた。まさちんには、携帯電話に連絡をしたが、繋がらなかった。仕方なしに、留守番サービスへメッセージを吹き込む。そして、真子の部屋で、仕事を済ませていった。

夜七時を廻った。
ぺんこうは、次の日の仕事の準備も既に終えてしまった。

「かなり下がったみたいですね…。よかった……」

真子の頭の下から氷枕を取り出し、氷を交換して、そっと戻したぺんこう。そして、優しく真子の頭を撫でる。

「あまり、無理をなさってはいけませんよ、組長」

優しく声を掛けると、真子が少し微笑んだ。
その微笑みを観て、温かな眼差しに変わるぺんこうだった。

むかいんとくまはちが一緒に帰宅。すぐに真子の部屋へと足を運ぶ二人。

「熱は、かなり下がったよ」
「そうか。なら、そろそろ目を覚ます頃だな。準備しとくよ」
「頼むよ」

阿吽の呼吸でやり取りする、ぺんこうとむかいん。
それはいつものこと。
未だ幼かった真子が、このように熱を出した時に交わされた会話。むかいんは、すぐにキッチンに向かい、何かを作り始めた。


真子が目を覚ます。

「ぺんこう、くまはち、お帰りぃ〜〜」
「…組長、私は、組長を送ってきたんですよ。お帰りは変ですよ…」
「そぉぉかなぁ。……あっ、むかいん〜」
「そろそろ目が覚める頃だと思いまして。これを」

むかいんは手に持っている物を差し出した。

「あー、それぇ〜。…むかいん特製熱冷まし?」
「正解です。どうぞ」

真子は、むかいんから特製熱冷ましを受け取り、飲み始めた。

「ごちそうさまぁ」

と言った途端、真子は眠りに就く。

「あらら…」

真子の手から離れた空容器を上手い具合にキャッチするぺんこう。

「寝ぼけていたのかなぁ」
「そんな感じでしたね」
「ま、これで、回復しますよ」

ぺんこう、くまはち、むかいんが、真子の様子に安心した表情で、語り合う。
そこへ、まさちんが、少し疲れた様子で帰ってきた。階段を上ってきたまさちんは、真子の部屋から出てきたむかいんとくまはちに真子の様子を聞いて、急いで部屋へ入っていった。

「お帰り。また眠ったところだよ。遅かったなぁ」

ぺんこうがそっと言った。

「あぁ、まぁな。お前が付いていると聞いたから、安心してたよ」
「体力回復まで、登校させるなよ、ったくぅ」
「今日は、仕方ないだろ…。家に誰も居なかったしな…。それに、
 組長が学校に行くと言い張るから…、誰も止められなかったんだよ」
「…がっこ、行くぅ〜」

それは、ぺんこうとまさちんの言い争いに割って入るような、絶妙なタイミングだった。

「寝言?」

声を揃える二人は、真子の寝言に驚いていた。

「明日は、絶対に、登校させるなよ」
「…無理かもなぁ。あの寝言…。絶対に、行くかもな」
「…あぁ。もしもの為に、気を付けておくけどな」
「今日は、悪かったな」
「…気にするな。じゃぁな」
「あぁ」

素っ気ない会話の後、ぺんこうは、帰っていった。

その夜遅くまで、まさちんは、何かをしながら、真子の様子を伺っていた。
そして、朝が来る。
一睡もしていないまさちんが、真子の部屋へ顔を出………。

「うそ…だろぉ!!!」

真子の部屋はもぬけの殻。
真子は、まさちんの目を盗んで、登校していた。慌てて受話器を手に取り、寝屋里高校へ電話を掛けるまさちん。受話器の向こうは、このことを予測していたのか、落ち着いた様子のぺんこうが応対していた。



まさちんは、心配ながらも、AYビルへやって来ていた。時間を気にしながら、仕事をこなすまさちん。夕方に迎えに行くとぺんこうには伝えていたが……。

「悪い!! 倒れたよ。迎えに来てくれ。俺、授業がまだ…」

それは、ぺんこうからの電話だった。まさちんは、受話器を勢い良く置いて、事務所を出ていった。信号を無視しながら、学校へと猛スピードで走らすまさちん。

「もしもし、橋先生、実は……」

途中で何かを思い出したのか、まさちんは、信号待ちで素早く電話を掛けた。



寝屋里高校の校門をものすんごい勢いで通り抜けてくる高級車が、玄関近くで、急停車する。ちょうど休み時間だったので、ブレーキの音で生徒達は、一斉に、玄関に目をやった。

「なになに?!」

高級車からは、まさちんが降りてきた。…濃紺だが、光の加減で輝くスーツを着ていた…見た目は、派手である……。そして、醸し出される雰囲気は、もう、それは、そのもの……。

「保健室、どこ?」

まさちんは、側にいた女生徒に声を掛ける。女生徒は、何も言わず、ただ、保健室の方向を指さすだけだった。

「ありがとう」

素敵な笑顔でまさちんは、そう言って、保健室目指して走っていった。
保健室と書かれたプレートを観て、ノックもせずに、ドアを開けると、

「…組長!」
「お兄さんですよね!」

ドアを開けたと同時に、真子が前のめりに倒れてきたのを、しっかりと受け止めたまさちんは思わず、『組長』と口にしてしまった。無理を言って、保健室を出ていこうとする真子を止めようと近づいたぺんこうが、まさちんのオーラと姿、そして、声を聞いて、それをかき消すかのように、大きな声でハキハキと、言った。

「すみません、妹が、ご迷惑を……」

それに応えるように、まさちんは兄を装う。

真子は、二人のやりとりを見て、くすくすと笑い出した。…しかし、まさちんの服装に気が付いた途端、不機嫌な顔になり、そして、呟くように言った。

「なんだよ、その服装は…」
「すみません。ビルから直接……」

真子のクラスメイトが、真子を心配して、保健室の近くまで来ていた。しかし、真子、まさちん、ぺんこうの姿を観て、それ以上、近寄ることができず、ただ、離れた所で真子の事を気遣っていた。


玄関近くに、斜めに停まっている車のエンジンがかかった。『教師』を演じながら、心配顔で助手席を覗き込むぺんこう。

「ちゃんと治してから、登校しなさい」
「は〜い」
「では、先生、お世話になりました。このまま、病院へ直行です」
「その方が、いいね」
「げっ、び、病院〜?!」
「こちらに来る途中に、橋先生に連絡しておきました」
「…は〜い……」

まさちんの言葉に、しゅんとなる真子だった。

「じゃぁ」
「あぁ」

高級車は、学校を出ていった。ぺんこうは、校門を出て、真子の乗った車をいつまでも見つめていた。車が見えなくなっても、まだ、その方向を見つめ続ける。
授業開始のチャイムが鳴った。
ぺんこうは、気を取り直して、教室へ向かって歩いていく。

「ほら、早く教室に入る! チャイムは鳴ったぞ!!」

廊下に居た生徒達は、ぺんこうの声に、すぐ反応して、教室へ入っていった。




橋総合病院。

「緊急、手術?」
「あぁ。今からだよ。早めでよかった。手遅れだったら、ほんとに
 大変なことになっていたよ。取り敢えず、真北にも連絡頼むで」
「は、はい…」

真子の検査を終えた橋は、まさちんにそう伝えて、素早く手術室へ入っていった。
手術中のランプが点灯する。
まさちんは、じっとランプを見つめていた。そして、近くの電話を手に取り、真北に連絡を入れる。
受話器の向こうに聞こえる声は、冷静で、それがかえって怖いくらいだった。



「かなり強い衝撃を体に受けなかったか?」

手術を終え、真北とまさちんに、真子の容態を説明している橋が、二人に尋ねる。

「…確か、暴走族との一件で…」

まさちんが、思い出したような口調で言った。

「壁に思いっきりぶつかったという話でした。まさか…」
「恐らく、その時だろうな。…頭の傷が、悪化してしまったらしい。
 …今まで何も無かったのが、不思議なくらいだよ。ま、これで、安心だからな。
 だけど、真子ちゃんにも注意してもらわなあかんな。脳への刺激を避けるようにな」
「あぁ。わかったよ。ありがとな、橋。で、組長は?」
「病室で眠ってるよ。まだ、麻酔から覚めてないかもしれへんなぁ。
 …あの病室、真子ちゃん専用になってるなぁ。予約しとこか?」
「…しょっちゅう来いってか?」

少し怒気のはらんだ声で橋に言い、睨み付ける真北に、観念した橋。

「冗談やって。ったくぅ〜」

そんなやりとりをしている二人をよそに、まさちんが、橋の事務室を静かに出ていった。

「あちゃぁ。まさちん、気にしてへんか?」
「…恐らくな…」

息を吐くように、真北が応えた。

「俺も……悪いのにな…」

真北の呟きを耳にした橋は、何も言わず、ただ、真北を見つめるだけだった。
あの港での事件は真北も関係している。
自分の力が足りなかったばかりに、二人の心に癒えることのない傷を負わせてしまった。
真北は、恐らく今も、悔やんでいるのだろう。
橋は、真北の呟きに、そう考えていた。
……が、真北は、違う意味で言ったのだった。
壁にぶつかった衝撃の後に、強烈な平手打ちを見舞っていた。
真子の頬が赤く腫れるくらいの……。
真北は、真子を叩いた手を見つめ、そして、何かを抑え込むかのように、グッと拳を握りしめた。



真子の病室にそっと入っていくまさちん。真子は、ベッドの上で静かに眠っていた。頭には、包帯を巻いている。真子の側に座り、真子を見つめるまさちん。

「傷の…悪化……」

かなり落ち込んでいた。
港での事件を思い出す……。
右手を見つめるまさちん。自分の意志じゃなかったとはいえ、大切な人を、この手で握りしめた銃で、撃った。

もし、あの時、自分が捕まらなかったら…。
もし、自分の意志を保てたなら…。

悔やんでばかり居る。そんな自分に対して怒りも覚える。
まさちんは、拳を握りしめた。
その時、ドアが静かに開き、真北が入ってきた。

「眠ってるか?」
「はい」

いつものように、拳を壁にぶつけることで、怒りを鎮めようとしたまさちんだったが、真北の声で我に返ったのか、そっと拳を緩めた。

「大事に至らなくて、よかったよ…。これからは、もっと気を付けないとな…」
「…真北さん、俺……」
「…まだ、言うのか?」
「しかし…」
「…これ以上、何も言わない約束だよなぁ、まさちん」
「…すみません……。でも、気になります…」
「大切なのは、これからだよ」

真北は、まさちんに優しく言った。

「…そうですね…。…橋先生は、他に、何を?」
「…組長が嫌がることを…ね…」
「そうですか……」

真北とまさちんは、大きなため息を吐く。
真子が嫌がることは、解ってる……。



「ぜぇぇったい、嫌っ! 大嫌いなここに、月2回は来いって? 冗談じゃない!」

真子は、すんごいふくれっ面で、そっぽを向いた。その横には、橋と真北が、腕を組んで、真子を説得するような感じで立っていた。

「どうしても、必要なんです」
「嫌ったら、いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!!!!」

真子の機嫌は悪くなる一方だった。

こりゃ、駄目だ…。

橋と真北は、諦め顔で、病室から出てきた。

「やっぱり、駄目だよぉ」
「真子ちゃんの気持ちも、わかるんやけどな、でも、必要なんやでぇ。
 真北ぁ、お前からしっかりと言ってもらわなぁ」
「…私が言います」
「ま、まさちん!!」

意を決した感じで、今度は、まさちんが真子の病室へ入っていき、真子を説得していた…というより、一生懸命頭を下げているだけだが……。

「まさちん、必死やなぁ」
「そりゃぁ、なぁ」

廊下から、二人の様子を見届けている橋と真北。
真子がそっぽを向く。

やっぱし、まさちんでも、あかんか…。

諦めたような表情で、真北と橋は顔を見合わせる。そして、再び、真子の病室に目線を移した。
まさちんは、必死に言い続けている。
それでも真子はそっぽを向いたまま。
しかし、必死に言い続けるまさちんの言葉に耳を傾ける真子は、まさちんを見つめ、静かに頷いた。

「…わかったよ…。まさちんの為に、通うよ…」
「ありがとうございます!!!」

真子は、自分の為にではなく、まさちんの為に、月二回の定期検診を受けることにした。
真子は、病院嫌いだが、まさちんが、あまりにも真子の頭の傷を気にするので、まさちんの負担を軽くするために、承知したのが本当の理由。
だから、『まさちんの為に』となるのだった。

一週間後、真子は、無事に退院する。そして、次の日から、早速、通学していた。流石、回復力の早い真子。いつもの通り、『お下げ髪』で登校。しかし……。

「……、……つまらん……」

激しい運動は、避けるように言われている為、しっかりと体育の授業は、『見学』だった。
見学している間、ずっとふくれっ面の真子を気にしながらも、しっかりと仕事をしているぺんこうだった。



(2005.9.13 第二部 第三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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