任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第四話 須藤一平の出会い

とある家の前に高級車が停まった。運転席から男が素早く降りてきて、その家のチャイムを押す。

「よしのです」

玄関のドアが開き、その家の者が出てきた。その家の息子らしい。

「いってきまぁ〜す」
『ちょっと待ちなさい!!!』

家の奥から、その家の母親が叫んでいた。

「遅刻やないかぁ。もぉ、何ぃ!」
「…ハンカチ」
「……タオル持ってるから、ええって」

その言葉に、母親はムスッとした顔をした。見かねた息子は、ハンカチを受け取る。

「お金、持った??」
「ある!!」
「えっと…」
「…あのなぁ、俺は、もう、一人で大丈夫やって…。高校生やで」
「そやけどね……」
「いつまでも心配なんですよ、ぼっちゃん」
「…よしのさん、見てたん…」
「はい。一部始終……おはようございます」

親子の会話に参加したのは、この家の主を迎えに来た、よしのだった。よしのが頭を上げた時、家の奥から、主が出てきた。

「…いつも言ってるだろ。外で、じゃれ合うなって…」
「……。行って来ます!」

息子は、主の言葉を聞いた途端、急いで駆けていく。

「気ぃつけやぁ!!」

母親は、息子の姿が見えなくなるまで見送っていた。
よしのは、車のドアを開け、主を迎えた。

「行ってくるよ」
「何時になりますか?」
「…いつも通りだと思うけど、わからんなぁ。組長は、お休みらしいしね」
「わかりました。お気をつけて。よしのさん、宜しくお願いします」
「姐さん、かしこまりました」
「…よしのさん、もう、私は、姐ではありませんよ!」
「あっ、し、失礼しました。それでは」
「はい」

高級車は、去っていった。いつまでも見送っていた母親は、

「…今日も一人やん…寂しいなぁ」

ぶつぶつ言いながら家に入っていった。


この家の主は、あの、阿山組系・須藤組の組長、須藤。そして、よしのに、『姐さん』と言われていた母親こそ、ほんの数年前までは、その世界で生きていた女。
しかし、今は…普通の母親として過ごしている。

『家族に極道を強要するな』

須藤は、阿山組五代目組長に言われたことを実行したのだった。
息子はというと…、一体何処へ出かけたのか…??



関西では、大きいと有名な遊園地の前に、高校生が数人集まっていた。そこへ、やって来たのは、真子と野崎。真子は、少しドキドキした様子で、高校生の集団に近づいていった。

「来た来た!!」
「ごめんごめん、遅れた?」
「大丈夫やで。これで、みんな揃ったやんな」

この場を仕切っているのは、真子のクラスの徳田だった。
徳田は、クラス中に声を掛けて、遊園地へと誘っていた。ここに集まっているのは、真子、野崎、徳田の他に、鮫島、寺岡、中山、野村の男子、青山、安東、飯塚、上田の女子、そして、須藤の息子の一平。一平は、徳田と幼なじみの為、別のクラスなのに、誘われていた。
気になる事を確かめる為に。
入場券を買っているとき、徳田が、一平に近づき、そっと声を掛ける。

「一平の言ってた真北って、あの子な」
「ふ〜ん」
「こないだまで、入院してたから、あんまり、乗り物に乗らんみたいやから、
 チャンスがあったら、話してみぃ」
「うん……」

ゲートをくぐって、中へ入っていく真子達。一平は、何かを思い出していた。






須藤家のとある夜。
リビングでくつろぎテレビを観ていた一平に、須藤が声を掛けてきた。

「一平も、高校生か」
「そんなに驚くことないやろ」
「驚くぞ。こんな小っこいころは…」
「親父ぃ、やめれ! 恥ずかしいわい」
「確か、寝屋里高校やったよな」
「そうやで」
「…真北ちさとって生徒、同じクラスか?」
「いいや、おらんで」
「…そうか」
「なんやねん、親父。その真北なんとかって子に何かあるんか?」
「いいや、別に」

それっきり、何も言わなかった須藤。一平は、そんな父親が気になっていた。

父が気にする『真北』とは、一体、何があるのか。

それで、幼なじみの徳田と話していた時に話題が出て、真北という生徒を気にするようになった。名前だけしか知らない真北。それが、いつの間にか……。






「いってらっしゃぁい!!」

真子の声で、ハッと我に返った一平は、声が聞こえた方に目をやった。
真子が、今流行のぶら下がりコースターの列に並ぶクラスメート達を見送っていた。後ろの方を歩いていた一平は、意を決して真子に声を掛ける。

「乗らへんの?」
「うん」
「あっ、そっか。医者に止められとったな。ごめんごめん。
 ほな、俺も見送るで。真北さん、寂しいやろ?」
「おぉっ!! 一平早くも!!!」
「ひゅぅひゅぅ!!」

二人をからかいながら、コースターの入り口に向かっていくクラスメート達。
真子と一平は、何かを話すわけでもなく、ただ、黙ってコースターを観ているだけ。
真子が手を振る。
真子の見つめる先には、野崎達が、こっちを観て手を振っていた。真子の横顔が輝いている。
一平は、ドキッとした。


そんな感じで、いくつもの乗り物をこなしていくクラスメート。そして、見送る真子と一平。四個目の乗り物を見送っている時に、やっと一平が口を開いた。

「真北さんのお父さん、刑事だって聞いたけど」
「えっ? ん、そうだよ。それが、…何か?」
「…こないだの暴走族の事件、大変やったんちゃうかなぁって」
「へへへ。大変だったよぉ。…だけど、別のクラスなのに
 一平君…知ってるんだ」
「学校中が知ってると思うよ」
「そっか……。…一平君のお父さんは、どんな仕事をしてるの?」
「えっ、それは……」

一平は、どういっていいのか、迷い始めた。刑事の親父を持つ人に、やくざの親父を持つ奴が、話しかけて…。

あぁ、それで、親父の奴、真北さんを気にしてたのか。

一平は、須藤が気にしていた『真北』のことを勘違いしたまま、真子と色々と話し始めた。


アイスクリーム屋の前で、どのアイスにするか、騒ぎながら迷っている真子達の集団。
その集団を見つめる黒い影……。
アイスを手に、真子は、遊園地を眺めていた。
初めてきた遊園地。
しかし、なぜか、懐かしい。
真子の記憶には、まさちんと遊園地に来た時の事、そして、幼い頃に遊びに来た時の事は、無い様子。あれから、いろいろな事がありすぎたのも原因の一つかもしれない。
真子が、ふと目をやった。

!!!

そこには、黒服の男が三人。その男達は、真子と目が合うと、すぅっと物陰に隠れた。
真子は、ため息を付いた。

「ったく…。ちょっとごめんね!」
「何処行くん??」
「すぐ戻る!」

真子は、野崎にそう言って、手に持っていたアイスを野崎に渡し、新たにアイスを三つ買い、どこかへ向かって走っていった。


物陰では、先ほどの男達が、暑そうにしていた。

「ご苦労さん!」
「く、組長!! なぜここへ??」
「…遊園地には、黒服、似合わないと思うよ。ったくぅ〜。
 大丈夫だと言ったのになぁ」
「仕方ありませんよ」
「はい、これ」

真子は、くまはちにアイスを手渡した。

「ありがとうございます。おい、組長からだ」

くまはちが、アイスを手渡した二人の男。それは、大阪に来てからずっと、くまはちと共に行動している、弟分の虎石と竜見という男達。

「ありがとうございます。いただきます」

二人は、深々と頭を下げる。

「それじゃぁね。あんまり、無理しないでね!」

真子は、かわいく手を振って、クラスメートのところへ戻っていく。
楽しく会話をしながら、次の乗り物を目指して歩いていく真子達。その集団に付かず離れずの距離で付いていく、くまはち達。

「組長、楽しそうですね」

竜見が、静かに言った。

「ほんとだな。…久しぶりの姿だよ…」

くまはちが呟くように返事をした。


帰りの電車の中でも、付かず離れずの距離で、真子を見守るくまはち達だった。



「ほな、また」
「あぁ、そうだ。真北さん、楽しかった? 乗り物に乗れなかったけど」
「楽しかったよ。みんなでわいわいするの、それも、同じ年代の人達と。
 ありがとう、一平君。一緒に待ってもらって…」
「いやぁ、その、寂しい…かなぁ…と思ってさ」
「気を付けてね!」

真子は、一平に手を振って、野崎と歩いていった。
一平とは、同じ駅で降りたが、歩く方向は逆だった。
一平は、振り返りながら、真子の後ろ姿を観ていた。


「ほななぁ!」
「またね」

真子と野崎は、いつものように、公園前で長々と立ち話をして、別れた。二人が別れた途端、くまはちの弟分は、すばやく姿を消す。真子は、暫く歩いた後、振り返った。
くまはちが、真子に付いて歩いていた。

「くまはち、ありがと。あれ? 二人は?」
「そこで別れました。あいつら、お礼を言ってました」
「だって、暑そうだったんだもん。あの陽射しの下で…。で、まさちんから?」
「いいえ。…組長、楽しかったですか?」
「うん。すんごくね! でも、乗れなかったのは、寂しかったけど」

真子は、くまはちに笑顔で応えていた。くまはちも、少し微笑んでいる。そして、二人は、家に入っていった。

「たっだいまぁ!」

家中に、真子の声が響き渡った。





「阿山、真子…か……」

とある男が、暗がりでテレビを観ていた。
テレビの明るさが口元を照らしている。その口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。
テレビでは、真子が墓参りを終えた時の映像が映っている。
男は、何かを企んでいるのか…?



「いらっしゃいませぇ。あっ……」
「こんにちはぁ」

そこは、駅前の喫茶店。
入ってきたお客は、『真北ちさと』とテレビ関係者らしい三人。
その喫茶店のマスターが、注文を取りに近づいてきた。

「マスター、私は、いつもの! それと…」
「珈琲三つ」
「かしこまりました。オレンジジュース一つと珈琲三つね」

注文を繰り返したマスター。その男こそ、阿山組の組員・小島栄三だった。
そう。ここは、えいぞうの店。
若者の間で人気のある喫茶店だった。マスターが、マスター(=やくざ)だけに、集まる客も、見た目は恐いおねぇちゃんやおにぃちゃん…。みんな、えいぞうのおもしろおかしい話を聞きにやって来る。悩み事の相談にものってくれるえいぞうは、人気者だった。
真子達は、何やら、深刻な話をしている様子。
一応、真子のボディーガードでもあるえいぞうは、聞き耳を立てながら、オレンジジュースと珈琲を用意していた。
それを真子達のところへ持っていき、仕事をしながら、真子達の会話に聞き耳を立て……。

「暴走族をやっつけたという噂を聞きまして…。
 なんでも、友人のお兄さんを助けたとか…」
「は、はぁ。それで、凄い高校生というので取材ですか?」
「暴走族をやっつけたというのを取材するのではなくて、
 こんなに、心根が美しい高校生がいるということで……。
 真北さんの普段の姿を全国のみなさんにアピールを…」
「して欲しくありませんよ!!…それに、都合が悪いですから」
「都合って?」
「父の仕事です。刑事なんですよ。だから、もし、万が一の事が
 あったら、父の仕事に支障を…」

テレビ局の人達は、頭を抱えていた。真子は、訳の分からない取材に猛反対!
しかし、そこは、テレビ局の人間。
諦めない!

「学校の中での真北さんということで……」
「だけど…」
「お願いします!! この通りです!」

深々と頭を下げるテレビ局の人達。真子は、困っていた。

これは、断りきれないぞ…。

ちらっとえいぞうを観た真子。
えいぞうは、コップを拭きながら、くすくすと笑っている。

笑うな!!

真子の口が、えいぞうにそう、言っていた。

そして……。


「はい、OK!!」
「お疲れさまぁ」

女子高生・真北ちさとは、取材を受け、撮影終了。後日、寝屋里高校・山本宛にビデオテープが送られてきた。

「なんで、俺宛なんだよ」
「いいでしょぉ、減るもんじゃないし」
「先生も観たいな」
「観に来る? 今夜まさちんと観る予定。放映は、まだだけどね!」

真子は、ぺんこうと笑顔で会話をして、荷物を受け取り、家に帰って行った。



真北家。
ビデオ鑑賞が終わった。

「これなら、大丈夫ですね。阿山真子ってばれません」
「当たり前やん。真北ちさとの取材やもん」
「しっかし、どうして、あの事件が、そんな遠いところの
 生徒にまで、広まるんですかねぇ」
「不思議でしょ。世間って広いようで狭いんだね」
「なのに、阿山組五代目の正体は、知れ渡ってないですよね?」
「だって、公にしてないもん。…したくないし……」
「すみません」
「気にしない、気にしない!!」

真子は、嬉しそうに、ビデオテープを片づける。真子とは反対に、まさちんは、少し不満そうな表情をしていた。その頬を引っ張る真子…そして、いつものように、じゃれ合っている二人だった。
一体、いつから、二人のじゃれ合いが、始まったのだろう。



「相手が悪いですよ!」
「大丈夫だよ。阿山真子は、やくざじゃないだろう?」
「そうじゃなくて、阿山組組員。だって、今はおとなしいけど、
 ほら、本部の山中。あいつ、確か、泣く子も黙るなんとやら」
「それは、昔の話だろ? 今は違うし」
「気を付けて下さいよ」
「俺を誰だと思ってる? サーモ局、敏腕ジャーナリストの木原三郎だぞ!
 そんなへまはしないよ。じゃぁなぁ」

自信ありげにそう言って去っていく木原だった。それを呆れ顔で見送るサーモ局の人達。

「あぁぁ、火がついた。もう、誰も止められないな」

寝屋里高校へ楽しく通う真子と野崎。その二人に遠くから向けられるレンズ、そして、シャッターを切る音。
突然出てきた、敏腕と言い切るジャーナリスト木原は、一体、何を探ろうとしているのか……。


一学期期末テストも終わり、世間は、夏休みに入ったっ!!!
もちろん、真子も夏休み……のはずだったが……。

「…………」

真子は、ふくれっ面で、一点を見つめていた。

「さぁ、思う存分、阿山真子になってくださいね!!」
「宿題……」
「それは、夜にでもできますよ! さぁ、がんばってください!」

ふくれっ面の真子の目の前に、どっさりと書類が置かれた。
ここは、AYビル、真子の事務室。
夏休みに入った途端、真子に、組関係の仕事がどっさりと廻ってきた。
それらは、いつもまさちんが行っていた仕事。
しかし、高校生になったら、少しくらいは、組の仕事も行う…と言っていたにも関わらず、真子は、勉強に明け暮れていた(……?)。
半ば諦めていたまさちん。
しかし、チャンスは、すぐに訪れたのだった。
朝、昼は、ビルでの仕事、夜は、宿題にと毎日がこの繰り返しだった。
遊びに行くこともなく…真子は、諦めていた時だった。
ある夜、電話が掛かってきた。それは、一平だった。

「明日? 映画? うん。大丈夫。ずっと暇。十時に駅ね。
 わかった。ありがとう。お休みぃ」

真子は、受話器を置いて、まさちんに振り返る。

「ということで、明日は、映画に行って来ます」
「仕事は?」
「一日くらいいいやん。だって、一平君、遊園地の時、ずっと一緒に
 いてくれたんだから。断れないでしょ? せっかくのお誘いを」
「…組長、それは、デートのお誘いですよ。それに、明日は…」

まさちんはいつになく、不機嫌だった。

「デートって、時間と場所を決めて合うことでしょ? なんで、不機嫌なわけ?
 仕事しないから??」
「そ、そういうわけでは…」

まさちんは、言葉に詰まる。

「わかんないなぁ、一日分くらい、次の日に取り戻すからぁ。
 いいでしょぉ?」
「わかりました。遅刻しないように、気を付けて下さいね」
「ありがとぉ、まさちん! じゃぁ、お休み!」
「お休みなさいませ」

真子は、嬉しそうに部屋へ戻っていった。その足取りは、めっさ軽かった。

「組長に、そんな言い方、わからないぞ。それに、いいじゃないかよ。
 同じ年の男の子とデートくらい。そういう年頃なんだから」

真北が、言った。

「そうじゃなくて、こんな時期に出歩くなんて、危険ですよ」
「そういいながら、くまはちが、行くんだろ」
「そうですよ。だけど、明日は、会議もあるし…組長なしだと
 話は、先に進まないんですよ。それは、昼間に組長も承知して
 いたことなんですよぉ。ったく、組長はぁ……って、……真北さん、
 親として、心配じゃないんですか? 娘のデートですよ、普通なら、
 すごく心配して、怒るでしょ?」

突然のまさちんの言葉に、真北は、お茶を吹き出してしまった。

「まさちん、まるで、お前の方が、父親みたいだよ。だけど、
 珍しいなぁ、まさちんが、そんなことで、ふてくされるなんてさ」
「そ、そうですね…。どうしてでしょう……」

まさちんは、そんな自分自身に少し驚いていた。真北は、何かに気が付いた様子。

「お前は、阿山組の組員、組長の代行であって、ボディーガードでも
 あるんだぞ。しっかり肝に銘じてるよな?」
「もちろんですよ、真北さん。…明日の会議は、なんとかがんばります」

真北の言いたいことは、まさちんには通じなかった。
というより、まさちんは、別の意味でとらえてしまったらしい。

真子に手を出す組員は、その手を切り落としてしまえ!

以前、慶造が口にした言葉。
それは、真子が本部から外へ出ることなく、大人になって恋を知った時、周りは組員しかいない。
もし、組員と恋愛感情になってしまったら…。
慶造が、一番心配していたことだった。
しかし、今は、本部から外に出て、一般市民とのふれ合いも増えている。それに、今までそんな素振りはなかった。それが、同じ年頃の男の子とデートの約束をした。
それも二人っきりで。
本来なら、心配することだが、真子の言葉で、そんな感情は芽生えていないことを知った真北。真子は、同じ年頃の子供達と遊ぶことを楽しみにしているだけのようだった。しかし、まさちんのあの反応は…。

組長と組員の愛は御法度。

それを言いたかったのに、まさちんは、全く、気が付いていない様子。

「大丈夫」

真北は、そう呟いた。
まさちんは、何かに鈍い。…それは、真北にもあった。その何かに気が付くのは、まだ、先の事?



真子と一平が映画館から出てきた。そして、昼食後、いろんな店でウインドーショッピングをしていた。楽しそうにしている真子を影からじっと見つめるのは、くまはちだった。真子に目で帰れと言われようが、少しの間、まかれようがくまはちは、絶対に、真子を見守っていた。



「それじゃぁ、意味ないな。延期やな」

そう言って、AYビルの会議室を出ていったのは、須藤。
須藤は、仕事を先に進めたかったが、それには、真子の意見が必要な内容のため、その真子が会議に出席しないことでは先に進まない…てなことから、怒って帰ってしまった。しかし、真子が、高校生をしていることを知っている須藤は、怒るに怒れなかった。

「忙しいもんなぁ、勉強で」

そう呟きながら、地下駐車場へやって来た須藤。よしのが後ろから追いかけてきた。

「おやっさん!」
「あぁ、よしの。悪いな、今日は一人で帰る」
「わかりました。お気をつけて」

よしのが見送る中、駐車場を出ていく須藤だった。

「ご機嫌ななめ…か…」

よしのは知っていた。
須藤が一人で運転して帰る時は、機嫌が悪いことを…。
須藤は、わざと一人になるようにしていた。それは、組員に八つ当たりをしてしまうかもしれなかったから。

「ったく、組長には、困ったもんだな」

須藤は、ブツブツ言いながら、帰路に就く。



会議室に残っていた水木が、片づけをしているまさちんに尋ねてくる。

「ところで、組長は?」
「デートですよ」
「デート? 彼氏でもできたんか?」
「できてませんよ!! こないだ行った遊園地でのお礼とか…。
 乗り物を禁止されていた組長は、乗れないから、入り口の所で
 みんなを見送っていたところを、寂しそうだからと言って、
 一緒に待ってくれていた子がいたそうで、その子へのお礼だと。
 昨夜電話がかかってきて、いきなりですよ。ったく…」

まさちんは、水木に八つ当たりをしているかのような勢いで、話していた。

「って、なんで、まさちんが不機嫌なんだよ。真北さんなら、わかるけどさぁ」
「真北さんは、平気な顔でしたよ」
「だから、なんで、まさちんが不機嫌やねん」
「…わかりませんよ、俺にも」
「さよかぁ」

水木は、まさちんの様子をみて、なぜか、笑いがこみ上げる。

「組長も、恋愛する年頃かぁ。高校生だもんなぁ」
「水木さん」
「ん?」
「…恋愛なんて、組長には…早すぎます」
「そうやな。…なんか、まさちんの方が、父親みたいやな」
「水木さんまで!!」

真北と同じような事を言われたまさちんは、思いっきり項垂れてしまった。




須藤が、自宅の最寄り駅前を通り過ぎようとしていた。

「あれは…」

見慣れた人物に気付き、クラクションを鳴らす。
そのクラクションに振り返ったのは、駅前に居た人達全員。振り返った人達は、自分に関係ないと思うとすぐに、元に戻った。しかしその中に、須藤の車を見つめる人が居た。それは、一平と一平の兄、そして、真子だった。

「おやじ、早かったな」
「お前こそ、こんなとこで何してんねん。帰るぞ」

須藤は、息子達に声を掛ける。一平が、振り返った。その一平に隠れるように女の子が立っていた。その女の子をちらりと観ただけで、須藤は車に乗るようにと、目で合図する。

「じゃぁな」

一平が真子に言った。

「今日はありがとう。楽しかった」
「俺も。よかったら、また、どこか行こな」

真子は、かわいく頷いた。
一平と兄は車に乗り込み、真子が見送る中、去っていった。

「おやじ、一平のやつ、今日、デートやってんで。それで、
 別れを惜しんで、駅前で話し込んでるとこに出くわした」

大学二年生の一平の兄が、なんだか嬉しそうな顔で、須藤に話すと、

「ほぉ。あの子か?」

須藤は、バックミラーに映る女の子を見てみた。
バックミラーに映る女の子=真子。その真子に近づく男がいた。須藤は、その男を凝視した。

「あの男は…」
「おやじ、今日は、早いな。何かあったんか?」
「あぁ。組長がな、来なかったんだよ。だから、仕事が先に進まないから、
 帰ってきた。……あの男…猪熊?? 一平、あの女の子の名前は?」
「真北ちさと。隣のクラスの子やで」
「真北、ちさと…?」

須藤は、振り返る。しかし、車は、曲がり角に来ていたので、よく見ることができなかった。


角を曲がり、しばらく走り家に着く。一平達は、車から降り、そして、須藤も家に入っていった。玄関で靴を脱いでいる時だった。

「一平、あの子と付き合うな」

須藤が言った。

「おやじ、いきなりなんやねん。俺は、まだ、そんな中じゃ…。
 …前、親父が言っとったよな。真北ちさとって。まさか、
 付き合うなっていうのは、真北さんが刑事の娘やからか?
 やくざの息子と付き合うと、真北さんに迷惑が掛かるからとか
 そんな理由で、止めろって言うんか?」
「刑事の娘…だけど…」

いつもは機転の利く須藤だが、この時ばかりは、言葉が浮かんでこなかった。
真北ちさとは『刑事の娘』ではなく、『阿山組五代目組長』の阿山真子の偽名だということを、どのように説明していいのか。

『真北ちさと』と『阿山真子』は、別人として、扱わなければならない。

真子が大阪で普通の暮らしをするという話を聞いた時、その事を注意されていた。
須藤は、自分には関係ないと思っていたので、軽い気持ちで考えていた。
しかし、まさか、こんな形で自分に降り注いでくるとは……。
須藤は、悩む。
しかし、そんな須藤の事情と気持ちを知らない一平は、父親に怒鳴る。

「親父はやくざやけど、家族の俺らには、関係あらへんって言うたんは、親父やろ!
 阿山真子に言われて、初めて俺らの気持ちを理解してくれた。親父、何で、何で…な…。
 …俺は、真北さんの事が、気になるんや。あの笑顔が、忘れられへん…。あの笑顔を
 見ていたら、心が和むんや! 親父、これ以上、俺のことに首突っ込まんといてや!!」

そう言って、一平は、自分の部屋に駆け込んでしまった。

「一平!! …親父、一体どうしたんや。親父!!!」

須藤は、何も言わず、一平の兄の声が聞こえていないような雰囲気で、部屋へ入っていった。
家の奥から、この様子をじっと見つめていた母。
『お帰り』の言葉も掛けられなかった。しょんぼりした様子で、母は台所へと戻っていった。



須藤は、書斎で悩んでいた。

「組長…。真北ちさとの時くらいは、阿山真子から離れて下さいよぉ。
 …って無理かぁ。笑顔までは、別人にはなれないよなぁ。あの笑顔は…な…」

須藤は、真子のあの笑顔を思い出していた。


一平は、いきなり父親に言われたことに腹を立てていた。

「なんでだよ…。なんで、付き合ったら、あかんのや。
 親がなんであっても、俺ら子供には、関係ないやろ…。くそっ!!」

一平は、机の上の教科書を部屋中にぶち蒔けた。そこへ、母が入って来る。

「一平、何があったの?」
「…おかん…。黙って入ってくるなっていつも……」
「ノックしても返事してくれへんやん。で、どしたん?
 デートやったんやろ? 楽しかったんやろ? …まさか、フラれた???」
「…ちゃう…。次のデートの約束もした。わからんのは、親父や。
 いきなり、真北さんを見て、付き合うなって…」
「…何か訳があるんよ、きっと。あの人のことだから」
「理由は、言ってくれへんかった」
「私から、聞いとこか?」
「いいよ、そんなことせんでも。…で、ご飯やんな」
「そうや。はよ来てんか」

一平は、ふてくされた顔で、部屋を出ていった。母は、そんな一平を優しい眼差しで見つめていた。



その夜…。

「…一平の、気になる女の子な……組長なんだよ…」
「はぁ〜?!?!?!?!!」

寝室で、ベッドに横たわっている須藤が言った。須藤の言葉に、突拍子もない声を張り上げてしまった母。

「以前、話したことあったよな。組長が、普通の暮らしをする為に
 偽名を使って、高校生をしているって」
「覚えてるわよ」
「ちらっと聞いたことあったんだよ。どの高校に通っているのか。
 寝屋里高校だって。…組員の山本も、教師として、そこに居るんだよ。
 だから、一平に、真北ちさとの事を尋ねてみた」
「応えは?」
「おらん、やった。だけど、おったんやなぁ。それも、一平の心を
 つかみ取った女の子…か」
「どうするんよ。組長と、組員の息子がつき合い始めたら…。
 あんた、それこそ御法度でしょぉ!!」
「…だから、言えなかったんだよ。一平に聞かれた時に。
 どう説明したら、ええんや」
「……事実を…」
「あほ。偽名を使ってることは、誰にも言えないだろ。それに、
 一平が惚れたのは、真北ちさとであって、阿山真子じゃない。
 だから、大丈夫…のはず……なんだよ…なぁ。…はふぅ〜」

ため息を付いて、腕を組んで考え込む須藤。

「…あんた、一平は、奥手なんだから。…あんたと違って…ね」
「…お前なぁ。それは、何か? 俺は、手が早いとでも…」
「早いやん」
「………………」

須藤は、何も言えなかった。
確かに、女に手を出すのは、早い。

「ねぇ、あんたぁ」
「……それに、魅了されたんや」
「うちのせいなん?」
「知らん」

寝室の明かりが消え、そして……。(ご想像にお任せします。)



(2005.9.18 第二部 第四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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