任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第五話 まさちんに注目!

「もぉぉぉっ!!!!」
「!!! いきなり何ですか! 組長!!!」

真子は、学校から帰ってくるやいなや、まさちんをポカポカと殴り始めた。突然殴られたまさちんは、訳が分からず、殴られるまま…。
真子は、落ち着いた。
そして、リビングのソファにドカッと座る。
ふくれっ面である……。

「何があったんですか、組長」
「……夏、終わった」
「はい。終わりました。今年も晴天ばかり続きましたね」
「…だね。…夏といえば?」
「…海に、山に…」
「…だよね。…夏に似合う姿は?」
「涼しげな格好に、日焼けで真っ黒になった肌。人参娘とも言いますね。
 …あっ、そんな歌、昔ありましたね」
「…知らん…」
「すみません。…それで、何か……」

真子は、自分の腕をまさちんの前に差し出した。まさちんは、真子の腕をじっと見つめている。

筋力…付いたというか…、う〜ん、いつもと変わらないんですが。
組長……何を仰りたいのでしょうか……。

ちらりと真子に目をやると、真子は呆れたような表情をして、ため息を付いた。

「私だけ、目立ってた」

当たり前です。組長の笑顔は素敵ですから。

「まるでオセロで、盤上が真っ黒で、ポツンと一つだけ真っ白がある
 ……負けた気分だった…」

そこまで真子の言葉を聞いて、何かに気付き始めるまさちん。

「そう言えば、組長は、ずっとビルでの仕事でしたね。
 日焼けするわけないですね」
「…私も、少しくらい日焼けしたい…」
「駄目ですよ。日焼けは、お肌の敵と言いますよ。今はよくても、
 後々が、大変ですから。シミになると困るのは、組長……うぐっ…」

真子は、まさちんの腹部に拳を入れた。まさちんは、防御できずに、腹を押さえて座り込んでしまう。

「日焼けしたい!!」
「…く、組長…。わかりました。日焼けしましょう。でも、海は
 駄目ですよ。泳ぐ時期は過ぎてますし…。どうなさいますか?」
「……日光浴…?」

何かを思いついたのか、真子の目は、爛々と輝き始めた。


そして、その週の日曜日…。
真子は、陽当たりの良い庭に、ボンボンベッドを置いて、日光浴をしていた。
上向き、左横、下向き、右横、上向き…と真子は、満遍なく日焼けしようと、徐々に方向を変えていく。
その動きが停まった。

「…あらら…組長、眠ってしまったよ…」
「あの姿勢のままだと、頬に跡が残ると思いますが…」
「起こした方が…。あっ、起きた。…やっぱり跡が付いたみたいですよ」

真北、くまはち、むかいんがリビングから、庭の真子の様子を見て微笑んでいた。真子は頬に付いた跡が気になるのか、頬に手を当てて、必死で擦っている。
その仕草は、リビングの男達の心を和ませていた。
三人とも、この日は丁度、休み。何することなく、ただ、家にじっとしていた。
真子が起き上がった。陽に焼けているのか気になって、服をめくっていた……あまり焼けていないようで、再び、寝転がって、日光浴を始めた。

「よろしいんですか、真北さん」
「ん?」
「組長ですよ。体力の回復だって、まだですよね」

くまはちが静かに尋ねる。

「日光浴は、いい治療法だよ。ちゃんと橋に許可は取ってあるよ」
「そうでしたか」
「それより、まさちんは、組長の代わりに仕事か?」
「いいえ、仕事の方は休みのはずですよ。私が休みですから」
「そうだよな。組の仕事が休みの時は、くまはちの仕事もないもんな。
 じゃぁ、まさちんは、組長をほったらかして、どこ行ったんだよ」
「私用で出かけると言って、朝早くに出ていきました」

むかいんが静かに応える。

「むかいんが起きてる時間と言えば、滅茶苦茶早いやないか」
「えぇ。朝の4時です」
「何してるんだか」
「何か、調べている様子でしたよ」
「調べもの…?」





まさちんは、古ぼけたビルの前へ、車で乗り付けた。窓を開け、ビルを見上げるまさちんの眼差しは、真子の前で見せる優しい眼差しでは無かった。
復讐に燃える眼差し。
…それは、真子に出逢う前の荒れきったまさちん、そのもの。
ビルから、男の人が出てきた。それに反応するかのように、まさちんは車から降りる。その男は、まさちんの姿に気付くやいなや、走り出した。まさちんは、その男を追いかけた。

「うわぁ〜っ!!!」

男よりも、まさちんの脚の方が早かった。
まさちんは、男の襟首を掴み、壁に押しつける。

「だから、俺は知らんと言ったやろ!」

男は怒鳴る。

「ほぉ〜。知らん…か…。じゃぁ、これだけは、尋ねるよ。
 ……誰が、手引きをしたんだ?」
「た、…武内だ…」

その名前を聞いた途端、まさちんの雰囲気が一転した。抑えつける男に、容赦なく蹴りを入れ、その場にしゃがみ込む男を睨んでいた。
拳が、震えている。

「…だ、だが…な、証拠は…見つからないはずだ…」

震える声で男が言うと、

「…見つけてやるよ…。その時は、お前も覚悟しておけよ」

怒りを抑えているのが解るほど、まさちんは低い声で言った。

「無理だな…。時効だよ…それに、世間一般では、解決しただろ?
 お前の親父が……」

そう言った途端、男は気を失った。
まさちんの蹴りが、男の側頭部に決まった瞬間だった。地面に横たわる男を更に踏みつけ、その場を去っていくまさちん。その後ろ姿は、怒りに満ちあふれていた。
一体、まさちんは、一人で何を探っているのか……。





現像室。そこで、写真を焼いている人物が居た。
浮かび上がってきた人物は、真子だった。
真子が、ビルに出入りしている姿と、真北ちさととして、学校に通っている姿が写っている写真が何枚もあった。それらをまとめ、現像室を出ていく男・サーモ局の木原だった。デスクで真子の写真を眺めている木原。その雰囲気は、どことなく喜びに満ちあふれた感じが漂っていた。
その木原の雰囲気が気になったのか、同僚が声を掛けてきた。

「何を眺めてるんだよ」
「あん?」

軽く返事をして、同僚に写真を見せる木原。同僚は、写真の人物を観て、目を見開いた。

「この女、阿山真子じゃないですか! どこで?」
「んー。AYビル」
「AYビル?! そんなとこで?」
「たまたまそこで、取材中に見かけたんだよ」
「意外でしたね。阿山真子が大阪にいるなんて。
 でも、まずいでしょ、大丈夫なんですか?」
「ばれてないよ」

同僚は、写真を手に取り、いくつかめくっていった。

「女子高生まで撮ってますね。あぁ、前に言ってた
 阿山真子に似ているとか似ていないとかの子。えっと……」
「真北ちさと。……似てると思ったんだけどなぁ」
「言ったでしょ、似ていないって」
「…勘が外れたか…。残念だ」

しょぼくれた木原は、同僚から写真を取り上げて、袋にしまい込み、ため息を付く。

「ま、気が合わなかったんですよ。さぁ、次の取材行きましょ」

木原は、同僚と事務所を出ていった。




朝。
元気のない様子の真子が気になる、まさちん。そっと声を掛けてみる。

「組長、何かございましたか?」
「ん?」
「夕べから、様子が少し…。体調でも…?」
「何にもないよ。ちょっと気になることが…ね」

真子は、学校へ行く用意をしながら、まさちんに応える。

「東北の方は、鳥居が何とか持ちこたえているようです」

真子が気になるのは、組のことだろうと思ったまさちん。気が付くと、そう応えていた。

「うん。鳥居なら、大丈夫だと信じてるよ。それにしても、長引くね…。東北の抗争」

どうやら、当たっていたらしい。真子が応えてくる。

「始まれば、こんなもんですよ」

と、真子の気を紛らわせようと、まさちんが言った。

「…長引けば、長引くほど、傷つく者が増えるのに…。
 どうして、それに、気が付いてくれないんだろう…」
「組長…。今は、これ以上考えないで下さいね。『真北ちさと』ですよ!」
「そうだね、そうだよね、まさちん」

真子は、元気を取り戻し、鞄を持つ。その時、顔が歪んだ。

「組長?」
「あっ、大丈夫。行って来ます!」

真子は、慌てて出ていった。

「組長!!」

真子を追って玄関に来たが、真子の姿は、すでに遠く…。真子は一目散に駅を目指して走っていく。

「組長……何か隠してる気がする…」

気が付けばまさちんは、受話器を手に取り、短縮ボタンを押していた。
駆けた相手は、寝屋里高校の……。
第一声は、やはり

『なんだよ、朝っぱらから』

不機嫌さが伝わってくる、ぺんこうの声に、まさちんは項垂れるしかなかった。




紺色のベンツが、街を走っていた。後部座席に座る男へ、運転手の男が街の案内をしている。

「ここは、新たな住宅街か」
「えぇ。確か、松本建設が買い占めたという話です」
「松本建設?」
「阿山組系です」
「阿山組…か……。ん? 坂本、あれは?」
「路地に入っていきますよ…。一体、何を?」
「どうみても、同業者の男五人と、女子高生だよな。まさか…」

後部座席の男が目にした男五人と女子高生。
物陰に入っていったが、車からは見えていた。
女子高生が男達に怯むことなく、男達に攻撃を仕掛ける。しかし、相手は男。所詮、力では敵わない事もある。
女子高生が蹲る。そこに男達の容赦ない蹴りが炸裂する!!

「坂本、持ってるか?」

後部座席の男が、静かに言った。

「はい。こちらに」

運転手の坂本は、後部座席の男に、懐から取り出した何かを手渡した。男は、車の窓を開け、受け取った物を真子達の居る方向へ向けていた。
黒い鉄の塊。それは、銃だった。
狙う先は、真子に銃口を向けている男の手……。

銃声

いきなりの銃声に、驚いた男達は、一斉にその場を去っていく。
それを見届けた後部座席の男と坂本は、車を降り、大の字に寝転がっている真子に近づいていく。
坂本が、真子の顔を覗き込んだ。

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

真子は突然の事で驚き、上体を起こした。そして、その坂本の後ろに居る男に気付き、きょとんとした顔で二人を見つめる。

「は、はぁ…なんとか……」

そう応えるのが精一杯だった。



真子の自宅では、むかいんが鼻歌交じりに夕食の用意をしていた。
野菜を切る音が、爽やかに弾む!
まな板に当たる包丁の音が、軽やか〜。
その時、車の音が耳に入る。キッチンから離れ、リビングの窓から外を覗いた。
自宅の前に停まった車から、真子が降りてくる姿が目に飛び込んだ。

「組長? 何が…!!!!」

むかいんは、包丁を手にしたまま、慌てて玄関に向かっていった。

「うわっ!」

ドアを開けようとした時、手にしている包丁に気が付き、急いで包丁を置きに台所へ戻り、再び玄関へ。そして、外へ飛び出した。

「くーーーーーー…ど、どうしたんですか?? 何が…??」

組長と呼ぼうとしたが、真子の側には、見知らぬ男が立っていた為、慌てて言葉を飲んだ。むかいんの慌てっぷりに、真子は驚いていた。
坂本が真子に鞄を手渡しながら、むかいんに応える。

「やくざ風の男に襲われていたところを通りがかったんです」
「助けてもらっちゃった!」

真子は、かわいらしくむかいんに言った。

「やくざ風の、男?」
「…あの五人組…」
「五人組?!」

驚きを隠せないむかいんは、それ以上何も言えなくなった。

「あぁ、私はこれで。お嬢さん、お大事に。それと、女の子があんな事をしては、
 いけないよ。もっとお上品にしようね」
「はい。今日は本当にありがとうございました」

真子は、深々とお辞儀をし、車を見送った。

「組長」

むかいんは、真子に付き添うような感じで側による。玄関まで来た時だった。

「いてて……」

真子は、あまりの痛さに我慢の限界が来て、座り込んでしまった。
動く気配が無い。
動けない真子にむかいんは、

「病院へ行きましょう」
「…誰が、連れて行くんだよぉ。運転手いないでしょ? 大丈夫だから。
 二階で寝ころんでおくよ…」
「しかし、組長、動くこと、できないでしょう? 仕方ありません。
 ここで、待っていてくださいね!」

そう言うと、むかいんは、素早く二階へ上がっていった。そして、自分たちの部屋へ入り、くまはちのデスクに置いてある受話器を手に取った。

「向井です。実は、組長が、怪我をして帰ってきたんですよ。
 病院へ直ぐに連れていきたいんですけど……そう。お願いします」

真子は、玄関で俯いていた。顔は苦痛で歪んでいる。そんな真子を気遣いながら、むかいんは、橋の病院、そして、真北、まさちんへと立て続けに連絡を入れる。その素早さは、普段のむかいんからは想像できないものだったが、真子は何も言えず、むかいんの優しさを肌で感じていた。
玄関のドアの向こうに足音が聞こえた。ドアが開いた途端、黒服の男達が二人、そこに立っていた。

「組長、歩けますか?」

男達に気付いた途端、むかいんが真子に優しく声を掛ける。むかいんは、その男達に警戒していない。しかし、真子は少し気がかりだった。突然やって来た男達を見つめながら、真子はむかいんに支えられて、男達が乗ってきた車に乗り込む。むかいんは玄関に鍵を掛け、車に乗った。
車が走り出す。
真子は、運転席と助手席の男をジッと見つめていた。そして、ふと、何かを思い出したのか、明るい表情に変わった。

「あっ、あなたたち、見たことある。思い出したよぉ。確か、学校の前と
 遊園地で、くまはちと一緒に居た人達でしょ??」
「竜見です」

運転席の男が応える。

「虎石です」

助手席の男も応えたら、

「…真子です…。あれ?」

と二人につられて、真子も名乗ってしまった。

「組長のことをお守りするように兄貴に言われておりました。しかし、
 今日は途中で見失ってしまったので…。俺達、捜し回っていました。
 申し訳ございませんでした。まさか、こんな……」
「そのことは、内緒だろ!」

むかいんは、虎石の言葉を遮るように言ったが、それは、遅かった。真子に、ばれてしまった!

「まさか、影でガードしていたわけ? それで、時々見かけていたんだ。
 ……ありがとう」
「竜見、急げ!!」

むかいんの声は、少しドスが利いていた。むかいんは、真子が虎石にお礼を言った事で、真子は、かなりやばい状態だということを察した。そんなむかいんの腕を引っ張った真子は、力無い声で訴えてくる。

「むかいん、お願いがあるんだけど……」

むかいっは、真子の言葉を耳にして、眉間にしわを寄せた。



橋総合病院・真子の病室の前。
なんだか、険悪なムードが漂っている。
くまはちが、怒りのオーラを醸しだし、拳を握りしめ、一点を見つめていた。
くまはちが見つめる先には、むかいんが、虎石と竜見を守るかのように立っている。

「組長からの…伝言だよ。
 二人は悪くないから。隠していた自分の責任だから、
 二人を怒らないで欲しい」

ゆっくりと真子の伝言をくまはちに伝える。しかし、くまはちは、怒りを鎮める気配を見せない。むかいんは続ける。

「組長は、くまはちが二人を殴ると解っていた。確かにそうだよな。
 俺も、そうするかもしれない。だけどな、二人は必死になって
 組長を捜していた。それを知れば、俺は殴らない」
「…むかいん…お前…」
「二人が任務を放っておいたのなら、別だろ?」

くまはちは、むかいんの後ろにいる虎石の目を見る。
とても真剣な眼差し。そして、反省の色が見える。
竜見も同じだった。
くまはちの怒りのオーラが消えていく。

「解ったよ、むかいん。…しかし、お前ら…」
「解っております。即!」

くまはちの言いたいことが解っているのか、虎石と竜見は、くまはちに深々と頭を下げ、素早く去っていく。くまはちは、フッとため息を漏らした。

「しかし、なんで、あいつらが、出てきてるんだよ」
「それを真北さんが、調べに行ってるんだよ」

遅れてやって来たまさちんが静かに言う。そして、真子の病室に入って行った。むかいんとくまはちも、まさちんに続いて入っていく。


ベッドで横たわり、すやすやと眠る真子を見つめる三人。
真子の体には、打ち身、擦り傷、そして、急所をガードした際に出来た青黒いあざがあった。目にするだけで痛そうな傷。真子は痛み止めが効いているらしい。
穏やかに眠る真子を見つめる、まさちん、くまはち、そして、むかいん。
それぞれの目には、怒りが籠もっていた。



真北と原が、パトカーに乗っていた。不機嫌そうな顔をした真北を気にしながら、何も言わずに座っている原。

「…早く、奴らを捜さないとな…。阿山組が探し当てる前にな…」
「真北さん、どういうことですか?」
「阿山組の者は、何をするのか解らんからな」
「大丈夫でしょ。第一、真子ちゃんが…」
「その組長がやられたんだぞ。いくら組長が、命令していても、
 組長の解らないところで……」
「わかりました。急がせます!!」

真北が言わんとした事を理解した原は、突然、無線を手に取り、あちこちに連絡を入れ始めた。パトカーが目的地に着くまで、真北は何かを考えていた。
座っていても、いつもの癖は出ている。
ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせて、俯き加減。一点を見つめたまま、動かない時は、声を掛けても返事は無い。
そんな時でも、ただ一人の声だけには反応する。
その人物は、まだ、すやすやと眠っている…。


橋総合病院。
真子愛用の病室から、橋とまさちんが出てきた。深刻な顔をしている橋が気になっていたまさちんは、橋に声を掛ける。

「なんでしょうか?」
「まさちん…実はな、今回の事件で、真子ちゃんの体力がかなり
 消耗しとる事がわかったんや」
「体力が? それで、あいつらに…。まさか、頭の傷…」
「なぜなのか、調べているとこや。言いにくいんやけどな、恐らく…
 こないだ頭に受けた衝撃と、真子ちゃんの特殊能力が関係しとると
 思うねん…。だから、まさちん。真子ちゃんを今以上に守ってあげて欲しい。
 特に頭に打撃を与えるような事は避けて。そして…、能力を使わせないように…な」
「能力と言っても、俺にはいつ、組長が使うか、検討つきません!」
「…しっかりと守ってあげろ。そしたら、使わないよ。…頼んだよ」
「はい…」

橋は、まさちんの肩を軽く叩いて、去っていった。
まさちんは、病室へ戻っていく。そして、ぐっすりと眠っている真子を見つめて、

「…組長の命は、私の命に代えても、お守りいたします。
 たとえそれが、組長の意志に反しても…。絶対に…」

そっと呟いたその言葉には、揺るぎなかった。




古びた倉庫を目指して歩いている男三人。
倉庫の前に立ちはだかり、壊れ掛けた入り口を蹴破って中へ入っていった。
倉庫の中には、突然、大きな物音が響き渡った。その音に驚いたのか、男が五人、飛び出してきた。逃げる男達を入り口を蹴り破った男三人が追いかけていく。その三人は、くまはち、竜見、そして虎石だった。逃げる男達こそ、真子を襲った五人だった。
逃げる五人。足が絡まりふらついた男を、竜見が捕まえる。
石に躓き、前のめりに倒れた男に、竜見の蹴りが入った。
仲間が捕まったのを知りながらも逃げる残りの三人。しかし、くまはちの足は想像以上に速く、三人に追いつき、それぞれに蹴りや拳を見舞った。
真後ろに倒れる三人。そのうちの一人の胸ぐらに手を伸ばす。
その時、パトカーのサイレンがけたたましく聞こえてきた。
振り返るくまはち。
その目の前にパトカーが停まった。その途端、ドアが開き、原、そして、警察達が降りてきて、素早く駆け寄ってくる。

「そこまでだぁ〜!!」

と叫びながら、近づいてくる原。その声に、くまはちは、振り上げた拳を引っ込めた。

「しまった!」

くまはちが、原たちに気を取られたほんの一瞬。くまはちに倒された三人のうち、くまはちに捕まえられていない二人の男が、体を起こし、逃げ去っていった。逃げた男達を見つめるくまはちの側で、警察達が残りの三人を連行する。

「ご協力、感謝します!」

原は、くまはち達に深々と頭を下げ、素早くパトカーで去っていった。

…くそっ…。

パトカーが去った後、くまはちは、二人が逃げた方向を見つめていた。

再び、組長を襲うかもしれない……。

チッと舌打ちをしたくまはちに、竜見が声を掛けてきた。

「兄貴、あいつらを追いますか?」
「いいや。…後は、真北さんに任せるよ」

と応えたものの、くまはちは後悔していた。




真子は退院し、自分の部屋のベッドで寝転んでいた。
大きなため息を吐く。

「また…か……。やだなぁ〜」

そう呟いて、布団を引っ被ってしまった。
真子の部屋の前では、まさちんが、真子の様子を伺っていた。

「やだなぁ〜…か……。そうだよなぁ。組長にとって一番嫌なことだもんな。
 でも、仕方ありませんよ。五人のうち、まだ、二人は捕らえてないんです。
 いつ襲ってくるか、わからないんですよ…」

まさちんはため息を付いて、自分の部屋へ入っていった。

「組長は?」

くまはちが尋ねてくる。

「やっぱり、ふてくされてるよ…」
「仕方ないだろ。俺らもしっかりと探しておくから」
「あぁ」

くまはちは、何処かへ連絡をしまくっている。
真北に任せると言ったものの、やはり気になるくまはち。残り二人の行方を必死で捜していた。
まさちんは自分の机に向かい、引き出しから何かを取り出した。

阿山組日誌

と表に書かれた冊子を開き、何かを書き始める。

『明日より、組長の送迎。組長にとっては、悪夢に近い事。
 まだ、あの頃のことが尾を引いているようだ……』

阿山組日誌…なのだが、内容のほとんどは、真子に関する事。
阿山組日誌というより、まさちんの日記になっているかもしれない………。




まさちんは車を運転していた。
ルームミラーをちらりと観る。
そこには、後部座席でふてくされた表情をしている真子が写っていた。

「やはり、まだ、お休みになっていた方が良かったのでは…」

真子の気持ちが解っているものの、それを敢えて言わず、体調を心配するまさちん。

「んー? 大丈夫だよ。元気だもん。だけど嫌だなぁ、車での登下校」

真子が言った。
以前の真子なら、自分の気持ちは誰にも伝えなかった。しかし、まさちんと二人っきりの時は、思いっきり甘えてくる。真子が嫌がる車での送迎。それは、昔の嫌な思いがあるからで…。
真子に掛ける言葉を探している時だった。
まさちんの目に飛び込んできた光景に、まさちんの心は温かくなった。

「大丈夫ですよ。心配はいらないでしょう。
 ほら、今は、一人ではありませんから!」

まさちんの声に顔を上げる真子。まさちんが見つめる方向に目をやると、そこは、寝屋里高校の校門前。
そこに居る人物こそ…。
真子が乗っている車を見た途端、思いっきり手を振っている。

「野崎さん……そうだね、一人じゃないもんね!」

まさちん以上に明るい声で、真子が言う。

「えぇ。では、お気をつけて!」
「行って来ます! まさちん、…ありがと!」

真子は、車が停まると同時に勢い良く飛び降りる。そして、まさちんに笑顔を向け、野崎の居る所まで走っていった。
真子と野崎は、再会を喜び合うかのように、ふざけ合っている。まさちんは真子を見つめながら、

「あぁ、まだ、暴れたら……」

と心配した矢先…。

「ほらぁ〜」

包帯が取れていない右腕の怪我を痛がる真子。心配する野崎には、『大丈夫、大丈夫』と言ってるのだろう。二人は微笑み合っている。
まさちんは、そんな真子を温かい眼差しで見つめていた。
心が和む…。いつの間にか微笑んでいる自分に気付く。
運転席の窓をノックする者が居た。

「よぉ、運転手、ご苦労さん」

なんとなく嫌味たらしく声を掛けてきたのは、ぺんこうだった。

「何だよ、うるせぇなぁ。これからは、お前の仕事やぞ」
「終わりは、午後四時な」
「わかってるよ」

阿吽の呼吸で語り合う二人は、真子の方に目をやった。
校門の所で、未だにはしゃいでいる真子と野崎の所へ、クラスメートが集まり、真子に声を掛けていた。
真子の目に光る物を見つけた二人は、何も言えなくなった。
ふと、何かに気付いたまさちん。

「ぺんこう〜、組長の傷のこと、なんて伝えてあるんだよ」
「ん? あぁ。いろいろと悩んだ末、轢き逃げ」
「おいおい…。そんなので、ええんか?」
「言えないやろ、やくざに襲われたなんて」
「…そうだよな」

真子の目線が、まさちんの車に移った。そこに、ぺんこうが居る事に気付き、慌てたように近づいてくる。

「ごめん、まさちん。飛び降りて…」
「夕方は四時でよろしいんですね?」
「よろしくぅ〜!」

真子を追いかけるようにクラスメートがやって来た。

「お兄さん、おはようございます!」

女生徒達が、まさちんに大きな声で挨拶をしてくる。いきなりの行動に驚くまさちん。もちろん、側に居る真子とぺんこうも驚いていた。

「では、先生、宜しくお願いします!」
「はい」

まさちんは、慌てて車を発車させた。

「あらら??」

まさちんの慌てっぷりに驚く真子は、ただ、去っていく車を見つめるだけ。
そんな真子に、

「真北さん、明日もお兄さん来るん?」
「ねぇ、お兄さんの写真ある? 欲しいなぁ」

とクラスメートが語りかけてきた。

「お前ら、急になんや?」

女生徒の言葉に驚きっぱなしのぺんこうが尋ねる。

「だって、お兄さん、かっこええやん! なんかさぁ、ほら、
 危険な男! って感じやん!!」

確かに。

真子とぺんこうは、頷いていた。

「そや、明日も来るんやったら、プレゼント用意せな!」
「そうやな! お兄さん、何が好き??」
「えっ、その……何が好きなんだろう。先生、知ってる?」
「趣味は映画鑑賞やけど、他は知らんなぁ」
「そうだよね…。長年一緒にいて、知らないや…」
「ちょっと、真北さん、先生!」
「あっ!」

真子とぺんこうは、野崎に声を掛けられて、何かに気が付いた。
真北ちさとの兄のことを知っているはずがないぺんこう。
真子とは、真北ちさととして接する。
すっかりそのことを忘れていた。
ぺんこうとは、教師と生徒の間柄。
真子もすっかり忘れていた様子。
野崎がいなかったら、二人の怪しげな会話は、生徒達の質問責めに遭うところ……なんだけど、女生徒達は、まさちんにどんなプレゼントをあげるか、考え込んでいた。

「話聞いてへんかったみたいやね」

野崎が言う。

「よかった…」

ホッと胸をなで下ろす真子とぺんこう。

「反省、反省……」

そして、授業のチャイムが鳴った……。




「組長、明日も、これを……」
「またぁ〜??? 毎日毎日、飽きないねぇ、まさちんもぉ」
「やっぱり、お礼はしないといけませんから」
「わかりました。…って、三年生も居たの? 知らなかった…」
「…教師からもですけど…」
「あの先生はぁ〜!!!」

真子が送迎されはじめた次の日から、両手一杯にプレゼントが届けられるようになった。
それは、すべてまさちん宛だった。
そのプレゼント攻撃は、とどまることを知らないように、日に日に増えていく。その原因の一つをまさちんが作っていた。
まさちんは、プレゼントや手紙をくれた生徒達に、必ずお礼の手紙を書いていた。
その手紙をもらった生徒達は、もちろん、大喜び。毎日同じ生徒からのプレゼント攻撃。
まさちんの噂を聞いた他の生徒も、同じように毎日……。
まさちんの人気が急上昇。寝屋里高校のスターになってしまったのだ。


ぺんこうが、校長室に呼ばれた。

「山本先生からも、きつく言っておいてくださいね」

呆れたように校長先生が言った。

「既に、妹の真北さんが、伝えているようです」

ぺんこうが、恐縮そうに応える。

「……しかし、ここまで発展するとは…ねぇ〜」
「えぇ。私も驚きました。…なんで奴がそんなに人気になるのか…」
「山本先生?」
「はい」
「…別の感情が入っているようですが……」
「……すみません!!!」

まさちん目当てで遅刻する生徒が減ったが、車に駆け寄る生徒が続出。危険を生じ始めたため、送迎を禁止するようにとの通告。しかし、真子の送迎禁止は、阿山組としては難しい。困り果てる校長とぺんこうは、色々と話し合うが、ぺんこうは、まさちんの話をしている時、ずっと不機嫌…。

「兎に角、門までの送迎は、止めておきましょう」

ぺんこうの心境を察したのか、校長が言葉を締めくくる。

「わかりました。その辺りを充分話し合っておきます」

ぺんこうは一礼して、校長室を出て行く。ドアを閉めたぺんこうは、大きなため息を付いた。

「奴が、人気者か…。信じられんわい」

やはり、ふてくされているのか、ぺんこうは、かなり不機嫌だった。
足取りが、怒りを現している………。



(2005.10.2 第二部 第五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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