任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第六話 まさちんを探る!

遠くのビルから、真子にレンズを向ける男がいた。サーモ局の木原だった。木原は、まだ、諦めていない。
『阿山真子』と『真北ちさと』が同一人物である証拠を掴むため、真北ちさとが現れる場所で待ちかまえ、様子を伺っていた。
その木原の執念深さは、異常な程。同じ職場の者は、木原の性格を解っている為、何も言わず、ただ、身の安全だけど祈っていた。
相手が、阿山組だけに……。
その昔、阿山組は、報道関係の会社を襲った事がある。
上司が停めようとしても、木原は停まらない。
なぜ、そこまで、阿山真子に拘っているのか……。それには、訳があったのだ。

現像室で出来上がった写真を何度も何度も眺めている木原は、何かに気付く。
現像室から、木原の高笑いが聞こえてきた。側を通る同僚は、その声に体が硬直した。
自信ありげな表情で、現像室から出てきた木原。
一体、何があったのか……!





自然豊かな天地山。
そこにある天地山ホテルでは、冬に向けての準備を始めようとしていた。

「今年の冬は、かなりの雪が降りそうだね」

天地山ホテル支配人の原田まさが、フロント係の牧野かおりと話し込んでいた。

「そうですね。今年は雪に対しての準備もしなければ
 ならないでしょうね」
「あぁ。いつも以上に、忙しくなるけど、お願いします」
「今年こそ…来られるんでしょうか?」

少し心配そうに、かおりが尋ねる。

「ん? 待ち人ですか?」
「支配人が、一番お待ちしてると思いますよ」

にっこり微笑むかおりを観て、まさは微笑む。

「暫く連絡してませんから、どうでしょうか…。便りのないのは
 良い便りと言いますから、お元気に暮らしていることでしょう。
 もう、高校生になったでしょうね。…今日辺り、連絡してみましょうか」
「そうですね! お喜びになられますよ」

かおりの笑顔が一段と輝く。それ以上に輝いているのは、まさだった。


一仕事終えたまさが、支配人室へと戻ってくる。書類をまとめた後、デスクの引き出しを開ける。
幼い女の子の笑顔が輝いている写真が入っていた。
まさは、写真を手に取り、眺め続ける。
そして、何かを決意したように、受話器を手に取った。

呼び出し音が、まさの心を高鳴らせる。
しかし、出た相手は…。
当たり前なのだが、

『もっしぃ〜』
「原田です」
『おう! 元気か?』

まさちんだった。

「元気だよ。まさちんも元気そうだな」
『あぁ。そっちはどうだ?』
「いつも通り、忙しいよ。それよりも、そっちも大変なんだろ?」
『まぁ、色々となぁ』
「それで、その…」

何か言いづらいのか、まさは言葉を噤んだ。

『電話、変わるよ』

相手のまさちんは、まさの心境が解ったのか、まさよりも先に応えていた。

『あ、あぁ』

保留音が聞こえてきた。
何度も聞いた事のある保留音なのに、この日は、違うメロディーに聞こえてくる。
なぜなのか…。
保留音が途切れた。

『もしもし?』

少し不思議そうな声で電話に出たのは、真子だった。

「お嬢様、お元気そうで」
『まささん??』

真子の声が弾んだ。しかし、いつものように、はしゃいだ声が続くと思ったが、

『まささんこそ、お元気そうで! 何年ぶりかなぁ。
 声を聞くのは』

と落ち着いた声が続いたのだった。

お嬢様、すっかり大人になられましたね。

そう思いながらも、まさは言葉にせず、話し続けた。

「三年は、経ちますね。お嬢様もその後、いろいろとあったようで」
『うん。…その…まささんにも心配掛けたと思う…。でもね、
 私は変わらないよ! 天地山はどう?』
「こちらですか? 相変わらずってとこですよ」
『みなさんも?』
「…ええ。みんなも。高校生活は、どうですか?」
『楽しい! 学校に行き始めた時とはまた違ってね、
 凄く色々なことで楽しめるの! こないだね、遊園地に行った!』

真子の言葉を一言一句逃さないようにと耳を傾ける、まさ。遊園地の話を聞いているが、真子は、その昔にまさちんと、そして、幼い頃には、母のちさと達と行った事があるはずなのに、初めて行ったと…真子は言っている。

あっ、そうか…。

ふと何かを思い出した、まさ。
真子の話は続いていた。

『まささんも、かおりさんたちと行ってみては?
 とても楽しいよ!! 色々な乗り物があって!』

真子は、その後、学校での話を続けていく。
学校の話が終わった途端、今度は、AYビルでの仕事内容を話し始めた。
組関係の仕事は、まさちんが代わりにしているが、ビルで知り合った人や受付の女性との話、ブティックのママさんの話や、ガードマンの山崎との話などなど、延々と続いていく。
まさは、それでも、真子の話を聞いていた。
いつの間にか微笑んでいる自分に気付く。
ちらりと真子の写真に目をやった。

『今年こそ、滑りに行くからね!』
「えぇ。お待ちしております。もし、よろしければ、一度
 そのお友達のみなさんを誘われては、どうですか?」

まさが言うと、真子は言葉を発しなくなった。そして、暫くして静かに、

『いいの?』

と尋ねてきた。何を躊躇っているのか解らない、まさ。

「構いませんが…どうされました?」
『だって、天地山は…阿山組関係の人とか、社長さんとか…』

天地山の常連客の事を気にしていた。
いつの間にか、一般客は少なくなり、大富豪や有名人へと客層が変わっていた。
それは、真子のことを考えての、まさの行動もあるのだが…。

「ご心配なく。お嬢様は、『真北ちさと』という女子高生でしょう?」

真子が気にする、もう一つの事。
もし、顔見知りの客や従業員から、自分の事が知れてしまったら…という事。

「お客様をお守りするのも、私たちの仕事ですから」

まさの言葉で、なにやら一安心したのか、真子の声が明るくなる。

『ねぇ、まささん』
「はい」
『雪は降ってるの?』
「雪…ですか? …まだ降ってませんけど……。でも、今年は
 凄く降りそうですね」
『ほんと! じゃぁ、みんなも喜ぶかもしれない! 予定に入れとく!』
「はい」
『あっ、でも……』
「そうですね。あの方の許可は絶対に必要になりますから、
 その辺りは、お嬢様、一番お得意でしょう?」
『うん! 頑張るから!』
「えぇ。お待ちしております」
『わぁ、長々とごめんなさい!!』
「いいえ、お気になさらず。それでは、お体にお気を付けて
 お過ごし下さい」
『まささんもね、あまり無理したら、駄目だよ!』
「ありがとうございます」
『それじゃぁね!』
「はい」

電話が切れたことを確認してから、まさは受話器を置いた。そして、名残を惜しむように、暫くの間、電話を見つめていた。電話を切った後の、真子の行動を想像しながら、机に出した真子の写真を引き出しにしまいこむ。

どれだけ、美しくなられたのか、楽しみです。

目を瞑り、真子の笑顔を思い浮かべながら、背もたれにもたれる。
そっと目を開けた、まさの表情は支配人へと変わっていた。そして、デスクの上に残っている書類に目を通し始めた。


電話を切った真子は、仕事を終えて帰ってきた真北を玄関先で引き留め……、

「ねぇ、お願いっ!」

凄くうるうるとした眼差しで、何かを媚びるかのような雰囲気を醸しだし、真北を見つめていた。
真北は、真子に見つめられ、表情が固まっている。
真子の表情に、高鳴っている鼓動…しかし、それを押し込めるかのように、真北は真子の質問に応えた。

「そうですね、試験を頑張れば、いいでしょう」

真子の表情は、ちょっぴり暗くなる。しかし、すぐに何かを思いついたのか、にたぁ〜と笑い、真北に話しかけてきた。

「へへっ。わからないとこがあるんだけど……」

その日の夜中。
真子は試験勉強をしていた。
側には、真北が付いている。机の上に開いている教科書は、『数学』
真子の眉間のしわが、いつもより二つ多い……。





『スキー??? 雪山???? あのなぁ…お前もわかっとるやろがぁ。
 真子ちゃんには、あんまし無理させられんこと』

真北は、受話器を耳から離し、しかめっ面になっていた。その受話器から怒鳴り声が漏れている。
どうやら、相手は橋の様子。
真子の体調を気にしての連絡なのに、なぜか、真北自身の体調が悪くなっていく気がしてきた。

『…って聞いとるんかぁ!!』
「…聞いとるわい!! うるさいなぁ。そんなに怒鳴るな! 電話が壊れるやないかぁ。
 だからぁ、雪山に行くにはな、お前の許可がいるやろ? どうなんや?!」
『…ええに決まっとるやろ! 真子ちゃんは、もう充分体力は回復しとる。
 思う存分滑ってこいやぁ。それに、友達も行くんやったら、めっさ楽しめるやろ。
 羽を伸ばすように言っとけよぉ』
「橋……」

真北は、受話器を耳からゆっくりと離し、そして、受話器を見つめ、目を瞑る。

「……だったら〜…」

地を這うような声……。何かが起こる……。

「怒鳴りつけるなぁ〜っ!!!!!!」

受話器の向こうの橋が、椅子から転げ落ちたのか、ものすごい音が受話器から聞こえてきた。



寝屋里高校の校門前に、一人の男がカメラ片手に佇んでいた。
学校内の何かに気が付き、カメラを向けた。
ファインダー越しに見えるのは、『真北ちさと』の姿…。



ぺんこうが、職員室に戻ってきた。窓際に集まる教師達に気付き、

「また、暴走族ですか?」

そう言いながら近づいていった。

「あぁ、山本先生。真北さんが、また…」
「ったくぅ、前にも言ったのに……って、誰だ、あの男は」

職員室からは、校門の様子が見下ろせる。そこでは、ぺんこうの顔色を変えるような出来事が!

「くそっ」

ぺんこうの目つきが一瞬変わる。そして、職員室から勢い良く飛び出していった。


校門まで駆けつけると、そこでは、木原が真子に手を伸ばし、前髪を掻き上げる姿があった。
自信ありげな表情で、真子に詰め寄っていた木原は、真子の前髪を掻き上げた途端、焦ったような表情に変わった。真子と一緒に帰宅しようとしていた野崎が、木原に何かを言っている。その言葉を耳にして、ぺんこうは、ホッと一安心した。
その表情は、教師へと変わる……。

「君、うちの生徒に何の用だ? 勝手に取材されては困るんですよ。
 前のテレビ局の人は、前もって連絡をもらっていたので許可した
 んですけどねぇ。許可は取ってないんでしょ? 警察呼びますよ?」

ぺんこうが、睨みを効かせて木原に言うと、木原は気まずくなったのか、その場を去っていった。

「ふぅ〜。……傷がどうのこうのって言ってましたが、どういうことですか?
 額の傷は…」
「ずっと写真を撮られていたのは、気が付いていたんだけど、まさか…。
 う〜ん、一体どうしてだろうねぇ〜。……あっ、まさちん!」

少し離れた場所に停まった車を見て、真子が言った。

「そうやって、話を誤魔化すんだからぁ、組長!!」

真子は、急にビルでの仕事が入った為、迎えに来たまさちんの車向かって走っていった。
急な仕事。
それは、東北で未だに静まる事を知らない抗争に対しての会議だった。
野崎が、ぺんこうに近づいた。

「先生、額の傷って、何なん? 阿山真子は、約二年前に頭を撃たれて
 その傷が残っとるってあの男が言っとったけど、真北さん…
 額に傷なんてあらへんで」

ぺんこうは、まさちんと楽しくじゃれ合っている真子を見ながら、静かに応えた。

「今では、あのように、楽しくじゃれ合っている二人だけど
 あの、まさちんが、やつらに薬で操られて、組長を撃ったんですよ。
 その時の傷です。組長は、まさちんが自分のせいで危険な目に遭った。
 まさちんは、操られていたんだけど、自分の手で組長を殺そうとした。
 お互いに自分を責めているんです。だから、傷のことは、あまり、……」
「そんなことがあったんや。だけど、先生、今は真北ちさと。
 うちの知っとるのは、真北さんだけ。真面目で頭のいい真北ちさとやもん。
 阿山真子なんて、知らへんよ。だから先生、そう暗くならんといてぇな。
 いややなぁ」

野崎は、沈んだ様子のぺんこうに、元気良く言った。

「野崎さーん! お兄ちゃん乗せてくれるって!」
「ほんまに? やったね! ほな、先生」
「野崎」

ぺんこうは、真子の所へ走ろうとした野崎を呼び止めた。

「ん?」
「組長の事、これからも、よろしくお願いします」

野崎は立ち止まり、ぺんこうを見つめ、そして言った。

「ややなぁ、先生。うちら親友やで。何言ってんねん!」
「野崎……」
「先生、それって、組員の山本が、言ってるよ。ここは、
 学校やで。忘れたらあかん! ほな!」

野崎は、ぺんこうに手を振って、真子の車に乗り込んだ。真子と野崎は、後部座席に乗り、ぺんこうに手を振っていた。ぺんこうも吊られて手を振る。いつまでも見送るぺんこうは、

「親友かぁ」

そう呟いていた。

年を取ったのかなぁ。

ぺんこうはそう思いながら、職員室へと戻っていく。



木原は、サーモ局に戻っていた。

「同一人物やと思ったけどなぁ」

木原が手にしている写真は、阿山真子と、真北ちさとが映っていた。風で前髪が舞い上がり、額が見えていた。そして、その額には、阿山真子と同じ傷が、残っていた。
木原は、同僚に呼ばれ、次の仕事へ向かっていった。写真は、そっと机に引き出しに納められた。



その日の夜、真子は、リビングのソファでテレビを観ながら、寝入ってしまった。
お風呂上がりにTシャツに短パン。
この時期には、少し寒そうな格好だった。

「組長、起きてください。部屋で寝ないと…」
「もう少し…ここで……寝るぅ〜」
「ったくぅ」

まさちんは、真子を抱きかかえ、部屋まで連れていく。ベッドにそっと寝かしつけ、真子に布団を掛けた。

「これからは、気を付けてくださいね、組長」

まさちんは、ぺんこうから、この日の出来事を聞いていた。真子の頭を優しく撫でて、静かに部屋を出ていく。
真子は、寝返りをうった。
額には、うっすらと傷が残っていた。





一人のサラリーマンが、AYビルを訪れた。受付で少しばかり会話を交わした後、エレベータホールへ向かって行く。

真子は、この日も学校が終わった後、AYビルへ向かっていた。

「………私も強制的に、参加になるんですか?」
「自動的にでしょ。私の行くところに、まさちんあり! でしょ?」
「そうですけど…。しかし、よろしいんですか? 天地山に
 クラスの方々を連れて行って。阿山真子とばれたら…」
「…しまった…。どうしよう…。忘れていたぁ。すっかり、スキーに
 行くことで舞い上がってしまった…。まさちん〜!!」

真子は、天地山の客の事は考えていたが、クラスメイトへの事を考えていなかった。
まさちんは、真子の困った顔を見ていた。

ったく……。

まさちんは、優しく微笑みながら、

「冬休みまで時間がありますから、それまでに考えましょう」
「…うん…」


真子の学校では、スキー講習がある。
しかし、参加者人数に制限があった。安値でスキーができるということから、毎年、希望者が殺到している。先着順のため、真子のクラスで参加したかった生徒が申し込んだものの、既に締め切られていたのだった。それを聞いた真子は、まさに言われた事を思い出し、クラスメートを連れて行くのに丁度いいと思い、スキーの話をしたのだった。
もちろん、生徒達だけで行くのは、心配。
ぺんこうは、保護者として参加。保護者一人というのが心配な為、真子の兄である、まさちんも参加させられることになった。

「ほな、お先!」

そう言って、AYビル地下駐車場にあるビルの入り口近くに、いつもの通り、真子は車から降り、そして、受付向かって歩いていった。まさちんは、真子を見送る。

「関西弁に染まってきましたねぇ」

まさちんは、呟いて、いつもの場所に車を回していた。
真子は、明美と話し込んでいた。そこへ、サラリーマンとその同僚が近づいてきた。
明美が応対する。
真子は、明美の仕事ぶりを見つめていた。
まさちんが駐車場から上がってきたので、明美に手を振ってまさちんに駆け寄っていった真子。サラリーマンは、明美の仕草を観ていた。何気なく、明美が送る目線の先にいる人を見た。女の子が、一人の男と楽しそうに話をしながら、エレベータホールへ向かって歩いていく。その男を観た途端、思わず叫んでしまった。

「政樹! 政樹だろ! 北島政樹だろ??」

その言葉に、真子とまさちんが振り返る。
まさちんは、話しかけるサラリーマンを観て、首を傾げていた。サラリーマンは、懐かしそうな顔をして、まさちんに近づいて来る。

「政樹、こんなところにいたのか! おばさん、探してたぞ」
「…失礼ですが、どなたかと間違っていませんか? この人は、
 地島と言いますが…」

真子は、そのサラリーマンに応える。

「地島? …北島、政樹じゃないのか…。申し訳ない。
 中学時代の友人にすごく…似ていたので…」

少し沈んだ様子のサラリーマンが気になりながらも、

「失礼します」

と言って、真子は、まさちんとエレベータホールへ向かっていった。まさちんは、そのサラリーマンから、目線を反らすような感じで真子に付いていく。

「似てるのになぁ。で、あの女の子は、誰?」
「あぁ、このビルのオーナーやんな、明美ちゃん」

サラリーマンの同僚が応える。

「…だから、その明美ちゃんは止めて下さい。あの方は、ここのオーナーの
 阿山真子ちゃんですよ。それで、あの男の人は、地島さん。真子ちゃんの
 ボディーガード…あっ、ひ、秘書?」

明美は、慌てて言い直す。ビルの経営者が阿山組だということは、あまり世間に知れ渡っていない…はず…。

「阿山組の人だよ。やくざに見えないけどね」
「ご存じだったんですか?」
「まぁね。…って、おい、芝山、何考えてるんだよ」
「ん。あっ、…やくざに見えないな。うん」

サラリーマン・芝山は、明美と同僚の話をそっちのけで、何か考え込んでいた。
一方、エレベータの中では、軽くため息を付くまさちんに、真子が話しかけてくる。

「疲れた?」
「いいえ」
「あの人、知り合いだった?」
「……いいえ」
「ふ〜ん。世の中、似た人がサン人いるっていうけど、まさちんに似た人
 いるんだね。きっと、まさちんと違って……」

真子は、いつものようにまさちんをからかおうと思ったが、まさちんの雰囲気がいつもと違っていたので、それ以上何も言わなかった。

何か、隠してる…。

そう思った真子。
まさちんは、この件に関して、あまり、触れたくないのかもしれない……。

真子は、組長の顔をして、エレベータから降り、会議室へ向かって歩いていった。
真子に付いていく、まさちんの足取りは、少し重かった……。




日曜日のお昼、AYビル。
もちろん、真子は、『組の仕事』でビルに来てるはずなのに…。

「……それでね、まさちんったら、慌ててさぁ」
「それは、真子ちゃん、ちょっとやりすぎやでぇ」
「やっぱり、そう思う? でも、まさちん、怒らないしぃ」
「怒れないの間違いとちゃうかぁ。……あっ……」
「ん? …あっ……」

受付で、真子とひとみが話し込んでいたところへ、少し怒りの形相でまさちんが近づいて来る。初めに気が付いたのは、ひとみ。そして、その後に真子だった。

「…ひとみさん……」
「は、はい!」
「やはり、組長が悪いですよね、その件は…」

まさちんは、凄みを利かせてひとみに言った。ひとみは、ただ、頷くしか出来ない……。

「でぇ、組長。いっつもいつも言っておりますが、ひとみさんは、仕事中ですよ」

まさちんは、真子の襟首を掴んでいた。

「ごめんなさぁぁい…」
「行きますよ」
「はぁい。またねぇ〜」

真子は、ひとみに手を振っていた。

「またね、じゃありません!!」
「ごめんなさぁぁい…」

ひとみは、二人のやりとりを見て、大笑い。

「夏水くん…」
「あはは…はい……申し訳ございません!!!」

ひとみは、上司に怒られてしまった……。



「ところで、まさちん」
「はい」
「今日も居たけど…」
「そのようですね」
「本当に、知らない人? あの人、どうも諦めきれないみたいだよ。
 …えっと、芝山って名前みたいだけど…」

エレベータの中で真子は、先日、まさちんに話しかけたサラリーマン・芝山が、ほぼ毎日のようにAYビルに来る真子とまさちんを見ていることを気にしていた。真子は、芝山を見かけるたびに、まさちんに聞いていたが、返事はいつも曖昧だった。



その日の夜。
まさちんは、真子の自宅の庭に寝転んでいた。
あいにく、空は曇っており、星は見えない。

はぁ……。

とため息を付き、大の字になる。
近寄りがたい雰囲気を醸し出している、まさちん。
真子は、リビングの窓から、庭をそっと覗いていた。リビングの灯りが漏れ、庭を照らしているというのに、それにすら気付きもしない、まさちん。

まさちん……どうしたの……?

寂しげな眼差しをして、真子はその場を去っていった。
庭を照らしていた灯りが消えた。そんな変化にすら気付かず、まさちんは、夜空を見つめ、何か深く考えていた。




寝屋里高校。

「山本先生、ちょっとご相談したいことがあるんですけど…」
「内ですか、外ですか?」
「外です」
「わかりました…」

終礼が終わった後、真子は、教壇のぺんこうに、話しかける。
『内』とは、学校の事。『外』とは、組関係の事。これは、二人の暗号となっていた。
放課後。グランドは、クラブ活動で活気溢れていた。その片隅で、真子とぺんこうがベンチに腰を掛け、何やら深刻な表情で話し込んでいた。

「…ねぇ、ぺんこう…」
「はい」

それっきり、沈黙が続く。
真子が何かを言いたいが、言い出せずに居る事は判っている。しかし、敢えて、強制せず、ぺんこうは真子が話し始めるまで待っていた。

「あのね……。まさちん……可笑しいの…」

それは、いつものこと……とは言えず、ぺんこうは真子の話に耳を傾けた。

「まさちん、何か隠し事してるみたいなんだ…」
「隠し事ですか? よくないですね」

ぺんこうの言葉に、真子は何かを決意したのか、話し続けた。

「ビルにね、まさちんの事を北島政樹だろ?って言って
 近づいて来た人が居たの。その人は、まさちんの事を
 良く知ってる感じだったんだけど、まさちんは知らないって言うんだ…。
 その人、AYビルでしょっちゅう見かけるんだけどね…」

ぺんこうは、真子の話を真剣に聞いていた。
『北島政樹』
この名前を聞いた時、一瞬、身が縮んだ。
まさちんが、阿山組に来る前の名前。まさちんの本名だった。そして、真子がまだ、五代目を襲名する前のあの事件。真子の記憶には、一体どのように残っているのか。
確か、あの時、真子はまさちんの正体を知っていたはず。本名が『北島政樹』だということも。しかし、今の話の流れからして、真子には、『北島政樹』という名前に記憶がない様子。

「それでね、ぺんこう」
「は、はい」
「まさちんのこと、知ってる範囲で教えて欲しいなぁと思って。
 よく考えたらね、私、まさちんと一緒にいる時間多いわりに、
 まさちんのこと、あんまり知らないんだよね。好きな物とか…。
 映画は良く観るって知ってるけど…」
「それは、言えませんよ、組長」
「なんでぇ?」
「私たちは、過去の話しなんてしたことないですよ。
 まさちんも話さないし、私もまさちんに話したことないですよ。
 それに、私たち、二人っきりで話したこともそんなにありません。
 二人の時間って、無かったといっても過言じゃありませんよ」
「そうかぁ。ぺんこうは、まさちんが来る前に出て行ったんだっけ。
 まさちんと二人で話したことないんだ。なぁんだぁ。
 ぺんこう、物知りだから、まさちんのことも知ってると思った」

残念そうに、真子が言った。

「組長、まさちんが話したがらないんだったら、あまり
 無理に聞かない方がいいですよ。親しい仲にも礼儀あり。
 いくら組員でも、もしかしたら、組長に心配を掛ける事が
 あるから、秘密にしている…そういう事もありますし、
 まさちんは、自分で解決しようとしてるかもしれませんよ。
 だから、内緒にしている……そう考えられませんか?」
「それもそうだなぁ。う〜ん。そのうち話してくれるよね」

真子は、ぺんこうに微笑んだ。

「そうですよ。ところで、スキーの申し込み、来ましたか?」

ぺんこうは、上手い具合に話を切り替えた。

「うん。野崎さん、青山さんに、安東さん、飯塚さんと吉沢さん」
「いつものメンバーですね。男子は?」
「加藤君、近藤君、徳田君、中山君、寝屋君、野村君」
「やかましいメンバーですね」
「そう? かなり楽しいスキー旅行になりそうだね」

真子は、嬉しそうに話し始めた。

まさが怒らなければ……いいんだけどなぁ…。
ま、組長が楽しいなら、まさも喜ぶか!

真子が言った名前を聞いて、ぺんこうは心配しながらも、真子の笑顔を観て、心を和ませていた。



(2005.10.7 第二部 第六話 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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