任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第七話 母と幼なじみに揺らぐ心

真子の自宅。

「お休みぃ〜」
「お休みなさいませ。…明日は、ちゃんと起きて下さいね」
「いつもどおりぃ〜!」

真子は、まさちんに微笑んで挨拶をしてリビングを出ていった。

「ったく、いつになったら、一人で起きて下さるんですか。
 寝ぼすけは、昔からですけどね」

リビングのドアが開いて、スリッパがまさちん目掛けて飛んできた。まさちんは、しっかり受け取って、ドアの所に立っている真子に手渡した。

「スリッパは、履く物ですよ」
「べぇ〜!!」

真子は、まさちんにあっかんべーをして、二階へ上がっていく。まさちんは、微笑んでいた。

リビングに戻ってきたまさちんは、組関係の書類を広げ、まとめ始める。
日付が変わっても、まさちんは、リビングで何かをしていた。テーブルの上には、古い新聞の切り抜きや、たくさんの書類が広がっている。
組関係の書類ではなさそうな物ばかり。

「ふわぁ〜…」

まさちんは、ソファにもたれ掛かり、天井を仰いだ。そして、懐から一枚の写真を取りだした。
それをじっと見つめ、何かを思ったのか、フッと笑みを浮かべていた。
スゥッと目を瞑るまさちん……。



懐かしい夢を見ていた。
まさちんは、懐かしさのあまり、その雰囲気に浸っていた。
温かい雰囲気に包まれたまさちんは、ふと、何かの気配を感じ……。

寝てたのか………ん?? ……!!!!

「組長!! …っつ!!!」

まさちんは、真子の気配に気が付き、目を覚ました。そして、真子が手にしている切り抜きを見て、慌てて取り上げる。

「まさちん、それは、何?」

真子が尋ねる。

「私事ですので、申し上げられません」
「…まさちん、また、私に隠し事? それに、忙しそうにしてるけど、
 まさか、それは……」

まさちんは、何も言わなかった。それに腹を立てた真子は、強い口調に変わる。

「まさちん!」

まさちんを睨み付ける真子。暫く重苦しい沈黙が続いていた。

「……この記事は、…私の父のことです」

まさちんが、重い口を開いた。

「私が中学生の時でした。殺人の罪で父は、…刑務所に……。
 先日、ビルで逢ったサラリーマンは、同級生の芝山です。
 …一緒に学び、そして、遊び回った仲でした」

まさちんは、懐から何かを取り出した。それは、まさちんが中学生の頃、芝山と一緒に撮った写真。真子は、その写真を覗き込んだ。

「今とえらい違うのに、芝山さん、まさちんだって解ったね。
 …親友なのに、まさちん、嘘…ついたんだ……」

まさちんは、俯いてしまった。

「…真面目な父が、なぜ、殺人を…。私は、裏切られたと思い、そして、
 哀しむ母をしり目に、この世界へ…。暴れ回っていた私の腕をあの組に
 かわれて、そして、組長の命を狙い……。母には、あの日、組長を
 騙したあの日に、私は亡くなったと伝わっていたはずです…」

真子は、まさちんの話を聞きながら、目の前の書類を手に取り、読んでいた。

『阿山組の娘、誘拐される』

真子の手が、その記事の切り抜きで止まった。

「あらら、こんな記事が出てたんだ。…これは、まさちんの記事?
 …伝わってるね、死んだって……」

真子の記事の横に、敵対している組の組員、流れ弾に当たり死亡と小さいが書かれている。

「…母には、申し訳ないと思ってます」

まさちんは俯いて、言葉に詰まる。真子は、そんなまさちんを見て、慌ててしまった。

「ご、ごめん、まさちん。辛いことを思い出させて…」
「…実は、組の仕事をしていくうちに、解ったんです……。
 父は、ぬれぎぬをきせられていたことが…」
「…ほんとか、まさちん。…それで、一人で調べていたんだ…」
「私事だから、組長には、内緒で…。なのに、ご迷惑をお掛けして……」
「もっと早く言ってよ!」

真子は、まさちんの言葉を遮るように言った。まさちんは驚いて顔を上げる。

「…だって、まさちんの事は、私の事でもあるんだから。それに、
 まさちん、私のこととなったら、無理をしてまで助けてくれるのに。
 …私、まさちんに、何も出来ない…そんなの…嫌だな…」

組長…。私は、あなたに助けられてばかりです…。

「まさちんと私の仲でしょ? 協力するよ!」
「組長……」
「それに、一人でするより、みんなでする方が、もっと情報が
 集まると思うよ! 阿山組の組織網をあまくみたら駄目だよ!
 って、まさちんの方がよく解ってるかな?」

真子は、まさちんに明るく微笑んで、そう言った。まさちんは、真子の言葉に驚いていた。真子の気持ちが解ったのか、それとも、真子の笑顔を観たからなのか、まさちんは安心したような表情に変わる。

「じゃぁ、私は、寝るよぉ。テストが近いし、遅刻したらあかんし」
「はい。頑張って下さい」
「…まさちんもだよ! 早く寝なさい! じゃぁ、お休みぃ〜!」
「お休みなさいませ」

真子は、まさちんに微笑んでリビングを出ていった。
真子の姿が見えなくなっても、暫くドアを見つめているまさちん。ほっとしたような、真子に事情を知られて困ったようなため息をついて、俯いた。

「…ありがとうございます、組長……」

まさちんの涙が床に一滴、落ちた……。



「それで、どうなったの?」

真子は、まさちんの集めた父に関する書類に目を通し、疑問に思ったところを質問していた。まさちんは、調べた範囲で真子に説明する。そして、真子なりに、幹部会でそのことを話していた。

「…組長、組を私用で使うのは、あまり…」

そう言ったのは、須藤だった。

「私用でなくて、依頼だって…。だから、お願い!!」
「…組長に、お願いされなくても、既に調べていますよ。
 実は、以前から気になっていたんですよねぇ〜、まさちんの
 謎の行動。組関係とは別の行動だったんで、ちょっぴり
 調べさせてもらっていたんですよ」
「!!」
「須藤さん……言ってよ……」

まさちんの顔色が変わると同時に、真子がふくれっ面になる。

「それよりも、組長、試験が近いのではありませんか?」

須藤は話を切り替えた。

「試験?」
「えぇ。期末テストですよ。大丈夫なのですか?」
「ご心配なく! 今まで習ったところしか出題されないでしょ?
 何も悩むことないやん」
「流石、組長ですね。うちの息子は…」

須藤は、そこまで言って、言葉を濁す。
危うく、息子の一平のことを話してしまうところだった。…と悩まなくても、真子は、まだ、真北ちさとの男友達・一平の事は、詳しく知らないが……。

「兎に角、ひっかかるのは、ここ! 時間に矛盾があるんだ。
 その辺りを、よく調べたい」
「…う〜ん。難しいでしょうねぇ。なにせ、事件は既に解決したことに
 なっとるでしょう…」
「しかし、当時の刑事も、不審に思う点があったみたいだから。
 ということで、みなさん、よろしくね!」

真子は、そう言って会議室を出ていった。
まさちんは、幹部達に深々と頭を下げて、真子を追っていく。幹部達は、書類をまとめながら、話し込んでいた。

「しっかし、なんで、そこまでやらなあかんのや。既に終わった事件やのにな」

川原組組長・川原が言った。

「その事件の裏に、あの男が絡んでいるらしいんだ」

水木が、その事件に詳しいような口調で言う。

「誰だよ」

幹部達は、声を揃えて水木に尋ねた。

「ん? あぁ、最近、よくテレビに出てるやつだよ。青柳翔平。
 表では、良いことばかり口にしてるけどな、陰では何をしとるか、わからん男だ。
 まさちんが、この男の名前をみて、何か気になったらしいんだよ。
 以前、阿山組にもアポ取って来た事あるらしいんだ。その時に、ちらっと
 まさちんの父がやっていた事業のことを口にしたらしいんだよ」
「そんな男とまさちんの親父とどう関係してるんだよ」
「さぁな。そこまでは、まさちん、言ってくれんかった」
「っていうより、水木は、なんで知ってるんや?」
「…まさちんが、裏事情に詳しい奴を紹介してくれと言ってきてなぁ。
 それで、紹介するから、何を知りたいのか教えろと言ったら…ね」

幹部達は、水木の裏での仕事の力を知っていた。裏事情については、水木に聞くのが一番だった。そんな水木でも、手こずっている様子が伺われる。
青柳翔平。かなり名を馳せる男のようだ。
しかし、阿山組は、そんなことで手を引くような組ではない。その男が知らぬ間に、色々と調べまくっていた。
このことは、水面下で行われている為、真北の耳には、一切入っていないことを言っておこう。




真子は、その日も飽きずに、ビルの受付で明美と話し込んでいた。そこへ、一人のおばさんが尋ねて来る。

「あのう、お尋ねしたいんですけど」
「いらっしゃいませ。なんでしょうか」

明美は、素早く受付嬢の顔に戻った。

「あの、こちらに……」


地下駐車場では、まさちん運転の車が、定位置に停まっていた。しかし、運転席から中々降りようとしない。
ハンドルに蹲るまさちん。
何かを躊躇うような感じで、指を動かしていた。

「あがぁ、もっ!」

そう言って、体を起こし、車から降りた。
珍しく苛ついていた。
まさちんの父の事を、組絡みで調べ始めたものの、少しばかり手こずっていた。
今まで、絶対に手を借りたくなかった、えいぞうにまで知られてしまった。
それが、苛立つ原因でもあった。
自分の事は自分で。
そう思っていただけに、真子に知られ、周りにも助けられる事に、何故か、プライドを傷つけられた気分になっていた。
重い足取りで、一階の受付へ向かう階段を上がっていく。

「!!!」

何かの気配を感じ、警戒する。
その途端、ビル内の防犯装置が作動した。

まさか、組長!

まさちんは、階段を駆け上がる。
一階のロビーでは、人々が防犯ガラスの裏から、受付の様子を見つめていた。まさちんもそこへ、目をやる。チンピラ風の男が、一人の女性を人質に取り、真子と話している。

組長、無茶しないで下さい…。

まさちんは、気配を消し、受付へと足を運び始めた。
受付から少し離れた所にある柱に身を隠し、男の様子を伺う。
ふと視野に入ったのは、ガードマンの山崎の姿だった。
山崎も、まさちんの姿に気付いたのか、男の背後に向かうと合図した。
コクッと頷いたまさちんは、男の背後へと忍び寄る。
二人は同時に飛び出し、男を取り押さえる。
山崎は、警棒で男のドスを叩き落とした。
いきなりの事で怯んだ男のみぞおちに、まさちんの強烈な蹴りが一発入った。


………男は、駆けつけた警察に連行されると同時に、ビル内の防犯装置が解除された。

「組長、無茶はしないでください」

まさちんが真子に少し怒った口調で言った。

「無茶してないって。それより、おばさん、大丈夫ですか?」

真子は、人質になっていたおばさんに話しかける。
おばさんは、まだ、落ち着かない様子だったが、真子を見て、笑顔で応えた。

「ありがとうございます。大丈夫です」
「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」
「突然だったので……」

おばさんは、何かを言おうとして、言葉を詰まらせた。

「どうしました?」

おばさんの目線は、真子を通り越して、後ろにいるまさちんに向けられていた。
真子は、まさちんに振り返る。まさちんは、まだ、警戒しているのか、おばさんの目線には気づいていなかった。

「政樹? 政樹でしょ?」

おばさんの声にまさちんは、驚いた表情をして、振り向く。

「……お母さん……」

まさちんは、呟いた。



真子の事務室。
応接室に通されたおばさんは、真子が差し出すお茶に目をやった。

「…ありがとうございます。…お茶…おいしい香りがしますね」
「えぇ。…お茶に五月蠅い者が選びましたから」

そう言いながら、真子はおばさんの向かいに座った。

「息子は、死んだと聞いていました。だけど、先日、芝山君から
 政樹に似た男の人がこのビルにいると 聞いて……」


まさちんは、隣の部屋で待機していた。
真子とおばさんの話し声は聞こえている。
何かを堪えるかのように、拳を握りしめ、唇を噛みしめていた。
おばさんの声が震えた。

まさか、ここに来るとは…。

まさちんは、葛藤していた。
真子に、ばれるかもしれない。もし、ばれたら……。
尋ねてきたおばさんが、自分と関係のある……そう考えている時だった。
真子の言葉を耳にして、まさちんは揺らぐ心を落ち着かせた。

組長……私の事情…御存知なのですか?

おばさんは、まさちんを自分の息子・北島政樹だと言っている。しかし、真子は、別人だと…よく似た人物だと力強く言っていた。
まさちんの手に、汗がしみ出してくる。

どうすれば……。

言葉を必死に探すまさちん。しかし、良い言葉が浮かばない。
まさちん自身、頭の中が混乱しているのが解っていた。

『……では、その人と話をさせてください。私の息子の
 変わりに息子として、話を……お願いします』

おばさんの震える声を耳にする。

俺、どう応えれば……。

更に拳を握りしめるまさちんは、意を決して応接室の扉に手を伸ばした。
それと同時にドアが開く。

「く……」
「地島、この人の息子さんになったつもりで、お話をしなさい。
 いいね、息子さんになったつもりでだからね」

まさちんの言葉を遮るように、真子が『五代目』のオーラを醸し出しながら言った。

「かしこまりました」

まさちんと入れ替わるように、真子は応接室から出ていった。
おばさんは、ドアの所に突っ立ったままのまさちんをじっと見つめ、声を上げて泣き出した。
まさちんは、椅子にそっと腰を掛ける。

「よかった……。よかったよ。生きていて……」
「……お母さん。元気そうで、よかったです。父は?」
「半年前に、亡くなったよ。政樹の事を心配しながら」
「亡くなった……」

まさちんは、膝の上で拳を握りしめていた。

遅かったのか……。

「あの人は、政樹はずっと生きていると信じていたのよ。
 よかった。生きていて。本当に本当に……」
「父の事件……ぬれぎぬをきせられていたんですよね」

おばさんは、まさちんの言葉に驚いて、さらに泣き崩れる。そして、その事を知っていたのか、軽くうなずいた。まさちんはテーブルに拳をぶつける。
その音には怒りが込められていた。

「くそっ! やはり…」
「だけど、もう、いいのよ…。あの人は、そのことで悔やんではいなかったの…。
 悔やんでいたのは、…政樹…、あんたの事だった。自分のせいで、政樹が
 居なくなり、そして、やくざとして…命を失ったと…。それなのに、
 ある日突然、『政樹は生きている』と言った。それから、ずっと政樹、あんたのことを
 探していたのよ…。芝山くんにもお願いして、出張先で、探してくれていたの…」
「芝山…が?」
「そうなの」
「俺が生きてると、どうして?」
「テレビで、政樹に似た男が映っていたのよ。父は、それを観て、
 絶対政樹だと言い張って…」
「それは、いつ?」
「…どこかの組長さんが撃たれて亡くなったという事件だったわ。
 あのニュースは、…阿山組の組長さんのニュースだったのね。
 その時に、政樹が女の子と一緒に映っていたらしいの」

まさちんは、記憶を手繰っていった。

「あの時…、報道関係者が多かったからなぁ。俺と組長が、
 一緒に居たときに、ライトを向けられたなぁ」
「その女の子が、今の?」
「…俺にとって、命よりも大切な方です」

まさちんは力強く言い切った。

「……そう……」

まさちんの言葉に対して、複雑な思いを抱いたような返事だった。

「生きる……生きる世界が違うんです。……だから、本当は
 見かけても、声を掛ければ、迷惑が掛かる。それを考えて
 私は……」

静かに語るまさちん。おばさんは、一点を見つめたまま、まさちんの言葉に耳を傾けていた。

「過去はもう、ありません。…その記事に載っていたように、
 貴方の知っている政樹は死にました。なので、もう…」
「…そうね……。その世界の恐ろしさは、嫌というほど…」

おばさんの言葉に、まさちんは唇を噛みしめた。

「でもね…政樹が生きていた…それだけで、充分だから。
 こうして、声も聴いたから。……変わってない……」

おばさんは微笑んでいた。まさちんは、どのような表情をすればいいのか、戸惑ってしまう。
その時だった。
応接室のドアが開き、真子が入ってきた。

「組長……」
「息子さんとして、お話した?」

真子の言葉に、まさちんは、そっと頷いた。

「これ、どうぞ」

真子は、すっきりした表情のおばさんを見つめ、そして、手にしている猫柄の封筒を差し出した。おばさんは、何かわからないまま、その封筒を受け取り、真子を見つめ、優しく微笑んだ。

「組長さん、ありがとうございます。息子と会話できて、
 ……うれしかったです。今日はこれで」
「お気をつけて」
「息子は、……」

おばさんは、何か言いかけて、口を閉じる。そして、真子に丁寧に頭を下げ、応接室を出ていった。
静かに閉まるドアを見つめるまさちん。

お袋……。

真子が、まさちんに目線を移しても、まさちんは、ドアを見続けていた。
まるで、ドアの向こうを透視しているような雰囲気で……。


腕に細い何かが突きつけられた。それにハッとした時だった。

「嬉しいくせに、無理しちゃって」

真子が、からかうように話しかけてきた。
我に返るまさちんは、

「ほっといてください」
「無理しちゃって」

まさちんの目は潤んでいた。
真子の手が、まさちんの頭に伸び、頭を撫でてきた。

「……組長ぅ〜、私は子供じゃないんですけど……」
「気にしない、気にしない!」

ニッコリ微笑んでいた真子が、急に五代目の表情へと変わった。

「ほな、そろそろ、事件にケリをつけないとね!」

まさちんはそんな真子の雰囲気に反応し、やくざの目に戻っていた。



それから三日後、まさちんの父にぬれぎぬをきせた男が、逮捕された。
昔の事件かと思われたが、報道関係は、そのことをかなり取り上げていた。
もちろん、サーモ局の木原もそれに加わっていた。
青柳翔平。それまで、善人の姿しか観たことがなかったが、裏の顔まで報道されてしまった。
全国に衝撃が走ったのは言うまでもない…。


……その影には、真子とまさちん=阿山組が関係しているとは、誰も気づいていなかった。もちろん、まさちんの父の事も取り上げられていた。



まさちんの母は、仏壇の遺影に手を合わせていた。

「あなた、あの子が、やってくれましたよ。政樹が……。
 ほんとに、立派な男になったね…。………やくざだけど……ね」

まさちんの母は、真子からもらったまさちんの写真を手に、嬉しそうに微笑んでいた。その微笑みは、まさちんが真子にだけ見せる、優しさ溢れる笑みにそっくりだった。




「なぁ、まさちん」
「はい。やはり、それでは、許可無理ですか?」

AYビル・真子の事務室。
書類に目を通していた真子に突然声を掛けられた、まさちんは、素早く真子に駆け寄った。

「そうじゃなくて……。あっ、これは、却下だから」
「はい。そのように伝えておきます」
「ひとみさんから連絡なんだけど……」

ひとみという名を耳にして、まさちんの表情が、ちょっぴり引きつった。

「芝山さん…来てるって…」
「えっ?」
「一件落着したやんか。…もう、逢っても大丈夫でしょ?」
「しかし、私が生きている世界は…」
「まさちんっ」

真子の言いたいことが解っている、まさちんは、即答した。それには、真子の五代目としての威厳が発揮される。
真子に力強く呼ばれ、まさちんは首を縮めた。

「解ってるよ……まさちんが気にしてる事。でもね…安心して!」
「???」
「…そんなこと、私がさせないから。……それに、まさちんには、
 それだけの力量があるでしょ? だから、もう、大丈夫だって」
「…組……長………」
「さてと」

そう言って、真子はデスクから立ち上がり、まさちんの腕をがっちり掴み、事務室を出て行く。

「…へっ? …ほっ?!? ……はぁ?! あの、ちょ、ちょ、ちょっと  組長ぅ〜〜〜」

真子の強引な行動に、度肝を抜かれているまさちんの声が、廊下を通り、エレベータの中へと消えていった。
真子の事務室と同じ階にある須藤組組事務所には、まさちんの拍子抜けた声が聞こえていた。
気になり、事務室から顔を出す組員達。しかし、まさちんの姿はエレベータへと消えた後だった。
少し遅れて、水木と須藤が組事務所から顔を出す。

「まさちんの妙な声が聞こえたけど、なんだ?」

廊下で待機している須藤組組員に、水木が声を掛けた。

「その…組長に引っ張られて…一階へ…」
「……まぁ、あの二人だから、何か楽しいことでも
 思いついたんだろうな」

呆れたような感じで須藤が言う。

「で、須藤。…事後処理は?」
「終わってる。……それにしても……」

二人は話の続きがあるのか、事務所へと戻っていった。



一階にエレベータが到着し、真子とまさちんが降りてきた。
真子は、歩き出すが、まさちんは、歩みを停めた。
まさちんを見上げると、目線は喫茶店の入り口に向けられていた。真子も釣られるように目線を移す。そこには、芝山の姿があった。

やはり…逢えない……。
俺は……やくざだし…それに……。

まさちんの心の声は、真子に聞こえていた。

ったく…。

真子の両手が、まさちんの背中にピッタリと付けられた。
まさちんは、突然の事に驚き、

「く、組長??」
「ほら、行ってこぉぉぉぉい!!」

真子に力強く押されてしまった。まさちんはよろけながらも、ロビーへと足を踏み出してしまった。

って、組長っ!

引き返そうとしたまさちんだが、真子のオーラが…五代目を…。
それでも、引き返そうとするまさちんは、

「政樹!」

名前を呼ばれた。
そっと振り返る。その声の主が誰なのかは、解っていた。
自分を呼んだのは、幼なじみの芝山だった。まさちんの姿を観て、嬉しそうに叫び、手を振ってくる。

「……よ、よぉ!」

まさちんは、照れくさそうに手を挙げた。
まさちんに駆け寄ってくる芝山。その表情を見て、まさちんの心は変わる。
目の前に、懐かしい顔があった。
まさちんと芝山は、お互い見つめ合い、そして、微笑んだ。
右手同士をたたき合わせ、思わず抱き合った。

「…心配…掛けて、…悪かったな…」

まさちんが、静かに言う。

「…心配なんて、してなかったよ…」
「…言ってくれるなぁ、芝山ぁ〜」
「いつものことだろ!」

二人は、喫茶店へと入っていく。
まさちんは、ちらりとエレベータホールに目をやった。
真子が、そっと手を振って、エレベータへと乗り込んでいった。。

組長…ありがとうございます。



まさちんと芝山は、ビルの喫茶店で、楽しそうに話し込んでいた。

「ひどいな、政樹。騙すなんて」
「仕方ないだろ、俺、やくざだし」
「でも、俺、信じられないよ。お前がやくざって」
「そうか?」
「あの真面目が、今じゃぁ、なぁ」
「なぁ、ってなんだよぉ」
「それよりも、覚えてるかぁ、ほら…」

二人は、昔に戻ったような雰囲気で笑い合っている。
事務室の片づけを終え、帰り支度をして再び降りてきた真子は、まさちんの様子を母親のような眼差しで見つめていた。

「まさちんったら!」

クスッと笑みを浮かべ、真子は受付へと歩いていく。

「明美さん、私、一人で帰るから。終わったら、伝えててね」
「一人でって、真子ちゃん、それは…」
「私がお送りしますよ」

帰宅する水木が、真子の表情が気になったのか、喫茶店に居るまさちんを観ていたらしい。

「水木さん」
「しかしまぁ、幼なじみにも善し悪しがありますから。
 生きてる世界が変わっていても、昔のように接してくれる
 友人が居ることは、本当に幸せな奴ですよ」

水木の言葉に、真子は微笑んでいた。

「それにしても……まるで、ガキのようですね、あの二人」
「そりゃぁ、楽しく過ごした日の頃を語り合ってるみたいだから、
 仕方ないでしょぉ。…水木さん、ありがとう」
「これくらい、ちょろいですよ」

自慢げな顔をする水木と一緒に、真子は帰宅する。




「水木さんと帰った??? …組長〜」
「それと、伝言」
「伝言??」
「むかいんさんの店を予約してあるから、今宵は思いっきり楽しんでくるように」
「…組長……」
「ということで、楽しんでくださいね、まさちんさん」
「ありがとう。じゃぁ、芝山、行こうかぁ」
「どこにだよ」
「とびっきりの店だよ。夕飯にどうだ? 時間あるだろ?」
「あぁ。…って、いいのか? その、組長さんを一人で…」
「組長のいうことには、逆らえないから。お言葉に甘えて、目一杯楽しむよぉ」
「OK!」

まさちんと芝山は、まるで、中学生に戻ったような雰囲気で、むかいんの店に向かっていく。
まさちんの姿に気付いた店長が、特別室へと案内する。

組長…本当に予約していたんですね…。

何度か足を運んでいたAYビル。そこにある料理店の話は耳にしたことがある芝山。その料理店に案内されていた。何かを言いたいが、言葉が出てこない。
目の前に並んでいく、料理の輝きに魅了されていた。


「俺が、この世界に入った後、一度だけ、逢ったよな、芝山」
「そうだよな、政樹と最後に逢ったのは、おじさんの事件があってから、
 半年後だったよな。お前は、おじさんの事件の後、みるみる性格が
 変わっていったから、俺、話しかけづらくなったんだよ」

食後の珈琲を飲みながら、二人は、話し込んでいた。

「あの時は、俺、もう、誰も信じられなくなったから誰とも話すのも嫌だった。
 だから、あんなことまでやってしまったんだよ。まだ、十四才だったのにな」
「ほんとだよ。十四才でやくざの道を歩き始めるとはね」
「俺も馬鹿だったよなぁ。もう、十年近くやくざしてるよ」
「だけど、政樹を観ていたら、活き活きしてるぞ。
 やくざを楽しんでるって感じだよ」
「そうか?」
「俺、もっとドロドロとした世界だと思っていたからなぁ。
 荒んだ表情だらけの世界だとね」
「…あぁ。でも、昔はそうだった」

まさちんは何かを思い出したのか、懐かしむような表情になった。芝山はそんなまさちんをじっと見つめ、

「なるほどね…。組長さんのせいか…」

と呟くように言った。

「組長の??」
「笑顔だよぉ。お前を押し出して見送っていた時の、あの優しい微笑み。
 その影響だな」
「…あぁ、そうだよ」

まさちんは、なぜか、嬉しそうな顔をしていた。




「ところで、どうだった???」

家に帰ってきたまさちんを迎えながら真子は、わくわくした顔で話しかけていた。

「いろいろと懐かしい話までしました。まるで、あの頃に戻った感じでした。
 組長、ありがとうございました。芝山も喜んでいましたよ」
「……楽しかったみたいだね」

真子は、まさちんの満足げな表情を見て、まるで自分の事のように嬉しそうな声で言った。階段を上りながら、自分の部屋の前で話し込む真子とまさちん。

「芝山さんは、いつまで、大阪に?」
「今年いっぱいだそうですよ」
「ふ〜ん。じゃぁ、まさちん、これから、更に忙しくなるんだ」
「どういうことですか?」
「毎日、芝山さんと遊びまくるんでしょ?」
「そんなことしませんよ。お互い忙しいんですから」
「…まさちんのお母さんのこと、聞いた?」
「えぇ。私が居なかった間、芝山は、ずっと気にしていてくれたみたいです」
「…まさちん……」
「はい…?」

突然、しゅんとした真子。まさちんは、気になっていた。

「どうされました?」
「じゃぁ、明日早いから、これで。お休み!」
「お休みなさいませ」

真子は、急いで自分の部屋へ入っていった。まさちんは、真子の突然の行動が気になっていた。いつまでも真子の部屋を見つめるまさちんは、何かに気が付いた。

「…組長…。すみません…思い出させてしまいましたね…」

まさちんは、いろいろ複雑な思いを抱きながら、自分の部屋へ入っていった。



真子は、部屋で母・ちさとの写真を眺めていた。

「お母さんか……」

真子もいろいろ複雑な思いを抱いているようだった。



(2005.10.8 第二部 第七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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