任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第八話 冬の楽しみ、天地山!

真子の自宅。
電話が鳴り、まさちんが応対する。
その表情が、徐々に曇っていった………。
受話器を置いたまさちんは、大きく息を吐き、二階の真子の部屋の方を見上げた。

仕方…ないか…。

重い足取りで、真子の部屋へ向かっていくまさちん。

「組長、失礼します」

そう言って、真子の部屋に入っていくまさちんは、目の前の光景に、目が点に……。

「ん? 何?」

大きな鞄に荷物を詰め込んでいる真子が、顔を上げた。

「組長…その荷物は…」
「スキー行くやん、その荷物!」
「…そんなに荷物はいらないでしょ? ほとんどホテルに
 置いてあるんではなかったんですか?」
「そうやけどぉ、服は、新たに持っていかないと駄目でしょ。
 あれから、私は、成長してるんだよ!」
「…あまり変わっておられないと思いますけど…」
「身長だって伸びたし、少しは、大きくなってるやろ?」
「…そうですねぇ〜。う〜ん。あっ、た……」

真子は、まさちんの言うことが解ったのか、何かを言う前に、鋭い眼光で睨み付けた。

「…大きくなりました……」

少しふてくされたように、まさちんが応える。

「んで、何?」
「その…。先ほど、本部から連絡がありまして、その……」

言いにくい。どのように話せばいいのか…まさちんは、そう悩み、真子から目を反らしてしまった。

「…戻るのかって事でしょ?」

真子が静かに口を開く。

「は、はい…」
「戻るに決まってるやん。お正月も顔を出さないとね。
 組長面目丸つぶれでしょぉ。大丈夫。まさちん、ありがと」

荷物整理の手を止めて、真子は微笑んだ。
真子の微笑みを観て、まさちんは、一安心する。

「では、失礼します」

部屋を出ようとしたまさちんは、ふと、何かを思い、急に振り返った。

「組長、…その荷物は、ご自分でお持ち下さいね」

優しく言って、部屋を出ていった。

「ちっ、バレバレかぁ」

やはり、大きな荷物をまさちんに持たせようとしていた真子だった。




天地山は、すっかり白銀の世界。
そのホテルでは、従業員達の朝礼中。支配人・原田まさの言葉を一言一句、しっかりと頭に納めている様子。

「本日、大切なお客様が来られます。みなさまもご存じのお嬢様です。
 しかし、今回は、高校のクラスメートとご一緒です。名前も違います。
 真北ちさと様です。間違えないように。そして、財閥の……」

その日も、宿泊予定のお客への注意事項を述べていた。

真子が、クラスメートと天地山に来ることになった。
しかし、真子は、クラスでは『真北ちさと』と名のっている。そのことは、野崎以外知らないこと。あの後、真子は、まさちんと相談した結果、天地山ホテルのみなさまには、別人として扱ってもらうことにしたのだった。そして、有名人、お金持ちしか利用しない(できない)天地山を訪れることができる理由は、
『父(真北)の仕事の関係で』

「それでは、本日も宜しくお願い致します」
「はい」

朝礼が終わり、従業員達は、忙しく働き始めた。既に宿泊しているお客への対応、そして、新たに来る客、チェックアウトをする客への対応。それは、いつも通りの行動だった。



その頃、真子達は、天地山最寄りの駅に到着した。白銀の世界にうっとりする真子のクラスメート達。若さ溢れ、元気いっぱい!
そんな真子達とは反対に、同行しているまさちんとぺんこうは、少し疲れた様子。眠そうな目をしていた。

「だから、言ったやろ、大丈夫やって。ったく、まさちんは、一晩中起きてたでしょ?
 ぺんこうは、寝たかと思ったら、仮眠程度で起きていたみたいやしぃ…」

夜行列車に乗っている間、まさちんとぺんこうは、真夜中、乗客が寝静まっても、ずっと、警戒していた。それは、真子を守るため。もしも、寝ている間に、敵が襲ってきたら…。そう考えると、眠りにつけなかったのだ。

「仕方ありませんよ。身に付いたものですから」

ぺんこうが言った。

「そういう組長の方こそ、起きていたんですか?」

真子も、同じように、眠そうな目をしていたのをまさちんは見逃さない。

「そうですよ。私たちの様子が分かるということは、起きていたという証ですから」
「そうですね」
「ほぉ〜、珍しく、意見の一致ですかぁ。へぇ〜」

真子は、二人をからかうように言った。その言葉の裏には、感謝の意が込められていることにまさちんとぺんこうは、気がついていなかった。なぜなら、二人は、にらみ合いをしていたから……。

「あのバスちゃうか!!」

徳田が言った。

「…みんな居る? …じゃぁ、バスに乗ってねぇ」

真子が、元気良く言った。まだ、にらみ合っているまさちんとぺんこうの手を引っ張って、バスの運転手に元気よく挨拶をして、天地山ホテル送迎バスに乗り込んだ。




阿山組本部

「天地山って、どんなところなんですか?」

純一が、山中の仕事を手伝いながら尋ねた。

「素敵なところだよ。あそこに居ると自分がやくざだということを
 忘れてしまうくらいだな」
「組長は、よく行かれるんですか?」
「あぁ。天地山ホテルの支配人・原田が、組長の為に管理してるようなもんだよ」
「原田さんって、まさか、あの…殺しの原田…?」
「ほほぅ。やはりこの世界の人間だな。よく知ってるなぁ。そうだ。その通りだ」
「亡くなったと聞いていましたけど…」
「亡くなったのは、殺しの原田だ。今は、支配人の原田しかいないよ」
「??? …山中さん、私には、少し理解に苦しむところが…」
「…足を洗ったんだよ。組長の為にね」
「組長の…為に…?」

山中の意味深な言い方が気になる純一だった。




再び、天地山。

支配人・まさは、何となく、浮ついた心に、そわそわとしていた。
落ち着かないのか、いつも以上にホテルのチェックを欠かさない。そんなまさを従業員は優しく見つめていた。
まさが時計を見る。
送迎バスが到着する時間が迫っていた。
自動ドアが開く。
まさは思わず目をやった。
しかし、待ち人ではなかったのか、少し寂しげな表情に変わった。

「支配人、少しよろしいですか?」

エレベータホールで仕事中の従業員に呼ばれ、まさは、足を運ぶ。


ホテルに送迎バスが到着し、真子達が降りてきた。真子に案内されながら、ホテルのロビーへ向かっていくクラスメート達は、ホテルの豪華さにキョロキョロしていた。


まさは、自動ドアが開いた事に気付き、振り返る。
団体客がやって来た。その中に……。

お嬢様……。

まさの表情がとろける瞬間。

「支配人、支配人!」
「ん?」
「顔っ!」
「あっ……」

従業員に言われ、まさは顔を引き締める。そして、受付のかおりと話し込んでいる真子へと近づいていった。
その表情は、支配人……。

「これこれ、おしゃべりはだめですよ」

その声に、真子が振り返った。

「ようこそ、いらっしゃいませ。当ホテルの支配人、原田でございます。
 ご予約ありがとうございました。ごゆっくりとおくつろぎくださいませ。
 宮田がお部屋までご案内致します」

大切な客として、まさは、真子を丁重に迎えた。まさの支配人っぷりを観て、真子は微笑んでいた。

「真北様、お部屋は810号室と811号室でございます」
「…なんだか、すっかり別人扱いだね。まささん」
「当たり前ですよ」

まさは、にっこりと笑っていた。そして、宮田が、クラスメートの荷物を、まさが、真子とぺんこう、まさちん、野崎の荷物を運んでエレベータホールへ向かっていった。


「…支配人が、荷物を運んでるよ…」
「そりゃぁ、そうでしょぉ。相手が真子ちゃんだもん。
 支配人、今日は珍しく、落ち着きがなかったよね」
「うんうん。そわそわしていたよね」

かおり達従業員がエレベータホールで少し騒がしい真子達を見つめて話し込んでいた。


「…VIPだったの??」

真子は、驚いた表情でまさちんを見る。まさちんは真子から、ゆっくりと目線を反らしていた。
部屋番号を宮田に尋ねた時、八階と聞き、そして、その階は、VIP階ということを知ったクラスメートは、真子がいつも利用していた部屋だと知り、驚いていたのだった。それ以上に驚いたのは、真子。自分が愛用していた部屋がまさか、VIPだったとは、気がついていなかったのだった。

「お嬢様、ご存じなかったのですか?」
「愛用していた部屋が、VIPだったとは、今知ったよ!!
 どうりで広いなぁって思った」
「今回は、大勢ですから、狭いですよ」
「…ってことは、まさちんの部屋は、811だったから、まさちんも、そうだったの?」
「えぇ」
「…部屋にやばいもの、無いよね??」
「大丈夫ですよ。お嬢様の部屋の荷物も、まさちんの荷物も
 私の事務室へ移動させましたから」
「…ありがと、まささん」

まさは、真子に微笑んでいた。そんなまさを見て、まさちんだけでなく、ぺんこうも少しだけ不機嫌な顔をしていた。


部屋へ入ったクラスメート達は、近くで見る雪山の美しさ、そして、部屋の広さと豪華さに驚いていた。そして、バルコニーで、雪山を見て、うっとりとしていた。

「ほな、そろそろ、行こかぁ!」
「おーー!」

ぺんこうの号令に、真子達は、スキーウェアに着替え始める。そして、レンタルスキーを受け取り、外に出ていった。真子は、まさちんとぺんこうと受付のかおりと話し込んでいた。

「久しぶりに滑るけど、大丈夫?」
「大丈夫だと思う」
「スキーのコーチがいるから、大丈夫ですね、ぺんこうさん」
「私の方が、心配ですよ。久しぶりですから」
「あれ? 体育の教師でしょ?」
「ですけど、教職で急がしかったんで、ほんと久しぶりですよ」

真子達が話し込んでいるところへ、受付嬢の白山雪と草木みどりが、やって来た。

「真子ちゃんだぁ〜!!!」
「お久しぶりです!」

雪とみどりは、真子とはしゃいでいた。
朝礼での支配人の言葉は……吹っ飛んでいる……。

「まさちんさんも、ぺんこうさんも元気そうで!」
「この通り元気です!」

まさちんとぺんこうは、声を揃えて応える。

「今回は、組長とクラスメートと一緒なんですよ。それで、俺は、その担任。
 まさちんは、組長の兄として、来ました」
「お聞きしてますよ。ぺんこうさん、すっかり先生ですね!」
「えぇ」
「そろそろ行こっか。みんな準備出来たみたいやし。じゃぁ、また、今夜ね!」
「パーティー、楽しみにしてるからね!」

真子達は、外に出て、クラスメートと楽しく話していた。

「なんだか、真子ちゃんが明るいね」
「いつもの雰囲気と違うから」
「やっぱり、同じ年代の友達がいいと思うなぁ」

かおり、みどり、雪がそれぞれ、口にした。そして、みどりが付け加える。

「いつもは、こわいおじざんばかりだもんね」

三人は、笑っていた。



「12時半に、ここに集合だぞ! わかったな!」

ぺんこうが教師っぷりを発揮する。
そして、各人、リフトに向かっていった。ぺんこうは、初心者にスキーを教え始める。先にリフトに乗って頂上へと向かった真子とまさちんが斜面を滑ってきた。ぺんこうの側で、突然、雪煙が上がった!!
ぺんこうは、雪まみれ……。

「…真北……!!!!」

真子を睨んだぺんこうは、その後にやって来たまさちんからも雪煙を上げられ、更に雪まみれになってしまった。

「て、て、てめぇ〜……!!!!!」

ぺんこうが、まさちんを追いかける。まさちんは逃げる。真子とクラスメートは、そんな二人を見て、歓声を上げていた。楽しそうにはしゃぐ真子を支配人室から眺めていたのは、まさだった。

「相変わらずですね、お嬢様」

いつまでも、変わらない真子、そして、まさちんとぺんこう。
そんな雰囲気を大切に守っていこうとする天地山ホテル支配人・原田まさ。
彼の優しい眼差しが、突然変わるのは、真子が危険に陥った時だけだった……。
そんな天地山に、魔の手が忍び寄っていた。

とある部屋にいる男二人が、カーテンを開けた。明るい光が部屋に飛び込んできた。

「今夜だよなぁ、パーティーは」
「あぁ」
「しっかりと、顔を見ておけよ」
「わかってるよ」
「狙うのは、人気のないところでだ」
「あぁ」
「準備は?」
「いつでもOKだ」
「……そうか…っくっくっくっく…」

不気味な笑いが、部屋に響いていた。
雪山では、いろいろな客がスキーを楽しんでいた。その中に、真子達のクラスメイトの姿もあった。
ゲレンデの様子を見渡す二人の男。
一体、何を企んでいるのか…。



天地山の頂上。スキーの板が二組、雪に突き刺さっていた。そして、木の向こうに人影がある。
真子とまさちんが腰を下ろして、美しい景色を眺めていた。

「天気がいいので、よく見えますね、組長」
「うん。きれいだなぁ。久しぶりの天地山。変わらないね」
「そうですね」
「う〜ん!」

真子は、大の字に寝ころんだ。

雲が流れる。

「まさちん、こうやってのんびりすること、久しぶりだね」
「そうですね。組長が五代目襲名後、ばたばたとしてましたから。
 私も久しぶりです」
「そうだね、まさちん。まさちんも、寝ころんだら?」
「お言葉に甘えて」

まさちんも大の字に寝ころんだ。

雲が流れる。

「なに雪に埋もれてるんだよ」

真子とまさちんは、がばっと起きて、声の方を向いた。そこにはぺんこうが立っていた。

「なんだぁ、ぺんこうかぁ」
「探しましたよ。どこ滑っても見当たらないのでまさかと思ってここに来てみたら…」
「初心者講習は?」
「上達早くて、もう一人で滑ってますよ」
「流石、ぺんこうだね。教えるの上手いから! 暇なら、ぺんこうも寝転ぶ? 気持ちいいよ」

ぺんこうは、スキーを脱ぎ、まさちんとは反対側の真子の横に寝ころんだ。

雲が流れる。

「のんびりしてますね。こんなにのんびりする事、何年ぶりでしょうか」
「たまには、いいでしょ?」
「長いこと教師してるよなぁ、ぺんこう」
「あぁ」

雲が流れる。

かなり長い間、三人は、雪の上に寝ころんで、何も考えずに空をぼんやりと眺めていた。
真子がむくっと起きあがり、軽く息を吐いて、立ち上がる。

「そろそろ下りよっか」
「そうですね」

まさちんとぺんこうは声を揃えて応え、そして、三人はスキーを履いた後、斜面を滑り出した。





「お兄さん、一緒に滑りましょ!」

ゲレンデの途中で呼び止められた真子達。そこへ滑って来たのは、野崎達クラスメイトだった。元気な声で、まさちんを誘ったのは、まさちんに一目惚れした安東。
滑りながら、まさちんを探していたが、なかなか見つけることができず、半ばあきらめていた時に、姿を発見!
そんな安東に誘われたまさちんは驚いていた。

「へっ?」

まさちんは、真子を見る。真子は、無表情……。

「お兄ちゃん、もてもてやん。二人でどうぞ。先生、行きましょ!」

ぶっきらぼうな言い方をした真子。

「そうですね」

冷たく応えたぺんこうは、真子と野崎と一緒に滑り出した。

「あ、あのぉ〜」

なぜか焦っているまさちんをほったらかして、真子は去っていった。

「滑りましょ」

嬉しそうな表情の安東は、まさちんと一緒に滑り出した。


真子は、なぜかふくれっ面になっていた。

「なんで、ふくれっ面なん?」

野崎が尋ねた。

「べぇつぅにぃ〜」

真子が語尾を伸ばして応える。

「たまには離れてもよろしいかと」
「そうそう。でも、恋人を取られたって顔やで」

ぺんこうと野崎は、真子をからかうように言った。

「うるさぁ〜い!!!」

真子はスピードを上げて滑り出した。

「あっ、組長!!」

ぺんこうと野崎は、真子を追いかけていった。

「先生、真北さんとお兄さんって、どんな関係なん?」
「兄だよ」
「そうやなくて、ほら、真北さん、ふてくされてるし…」
「おもちゃを取り上げられた気分なだけでしょう」
「おもちゃ、ねぇ〜」

真子は、ふてくされた顔をして、一人でリフトに乗っていた。その後ろのリフトに、ぺんこうと野崎が乗っている。

「それにしても、真北さんって、スポーツ万能やなぁ。
 頭もええし、ほんま、優等生やわぁ」
「そうでないと私が困りますから」
「先生、真北さんの家庭教師やったっけ」
「えぇ」
「そんとき、どうやったん?」
「教えた事は、直ぐに覚えましたよ。そして、応用してました。
 特に格闘技は、私よりも、凄腕ですよ」
「…なんで、格闘技? 将来の為?」
「いいえ。護身術として、教えただけなんですけどね。組員の中に
 組長の腕を見込んだ者がいて、いつの間にか、攻撃として…」
「そこぉ! 何を話してる!!」

真子が、振り返って叫んでいた。リフトは、離れているのに、ぺんこうと野崎の会話が聞こえていたのか??

「ええやん。もっと先生に聞きたいねん!」
「あかんで、先生! それ以上話したら!!!」
「話そうか、野崎」
「是非是非!」
「あかんって!!!」
「組長、前!!」
「へ?? わぁぁぁっ!!」

リフトが終点に近づき、それに気づくのが遅れた真子は、体勢を整えたものの、ブレーキを掛けられず、正面の雪壁に突っ込んでしまった。ぺんこうは、慌てて真子に滑り寄る。そして、真子を雪壁から引っぱり出した。

「はふぅ〜」
「気を付けてくださいよ」
「ありがと、ぺんこう。じゃ、なかった、先生」
「真北ぁ、おもろぉ〜!!」
「見たでぇ、珍しいやん」
「うるさいなぁ、油断しただけやんかぁ!! もぉ」

真子の決定的な瞬間を見ていたのは、ぺんこうと野崎だけでなく、リフト近くでのんびりしていたクラスメートの徳田や中山の二人もだった。
真子は、ふくれっ面…。
真子が、急にぺんこうを『先生』と呼び替えたのは、この二人に気がついたからだった。

「真北、お兄さんは?」
「安東さんと一緒」
「やっと見つけたんか。ずっと捜し回ってたもんな」
「先生と真北は、まだ、上に行くけど、どうする?」
「俺らは、ここで休憩中」
「私は、行く!」
「そっか。ほな、またなぁ」
「あぁ」

そう言って、真子達と徳田達は、別行動になる。



「じゃぁ、私とお兄さんは、ナイトスキーを楽しんでくるね!」

夜六時。
それは、天地山恒例のクリスマスパーティーが始まる前の事。スキーウェアを着た真子とまさちんは、ぺんこうとクラスメート達とは、パーティー会場の前で別れた。

「パーティーより、スキーかぁ」
「ま、俺らは、目一杯楽しもや」
「そやな」

まるで高校生とは、思えないほど豪華で煌びやかな姿となったクラスメート達は、会場に入って、いろいろと見渡していた。
大広間の中央には、大きなクリスマスツリーが、きらきらと光っていた。そのまわりには、丸テーブルがいくつかあり、たくさんの料理をのせて、華やかな人達に囲まれていた。お金持ち!という雰囲気を醸し出す人達に混じってクラスメート達は、料理に手を出していた。会場の雰囲気がそうさせるのか、はたまた服装がそうさせるのか、上品な仕草だった。
支配人・まさが、会場に入ってきた。まさに続いて、素敵な衣装を身につけた、いかにも、お嬢様という雰囲気の女性とその後ろから、紳士が入って来る。そして、まさが、マイクを手に取り、スピーチを始めた。

「皆様、本年も当ホテルをご利用下さいましてありがとうございます。
 本年もこうして、クリスマスパーティーを開催でき、うれしく思います。
 さて、今年は、真子お嬢様が来られました」

まさの後ろに控えていたのは、真子だった。もちろん、紳士は、まさちん。ナイトスキーを楽しむと言ってゲレンデに行ったと思われたこの二人。実は、パーティーでのスピーチをまさに頼まれていたので、『阿山真子』に戻らなければいけなかったのだった。
少し照れながらマイクを手に取り、挨拶を始める真子。

そんな真子を見ているクラスメート達。

「…真子お嬢様って?」

徳田が、ぺんこうに尋ねていた。

「この天地山の持ち主だよ」
「ふ〜ん。ほんまお嬢様って雰囲気やなぁ」
「なんか、真北に似てるんとちゃうか?」
「俺、近くで見たるわ」
「こらこら、あまり、周りに迷惑掛けるなよ」
「わかっとるで、先生! そっと見るだけや」

そう言って、中山が何処かへ行った。

「ったくぅ」

ぺんこうは、困っていた。
真子は、挨拶を終了し、ちょこっと舌を出しながら、まさちんを見つめる。まさちんは、優しく微笑んでいた。

「ちっ」

そんな真子とまさちんを見ていたぺんこうは、二人の雰囲気に何故か、焼き餅を焼いていた。

「どんなんやった?」
「すんごい、おじょぉって感じやで」
「で、真北に似てた?」
「……わからん」
「真北さんなわけないやん。パーティーよりもゲレンデやもん。
 あぁぁあ、お兄さんも一緒やもんなぁ」

安東が、口を尖らせながら言った。

「だけど、なんとなく、似ていたよなぁ」
「まぁ、ええやんか、そんなこと」

徳田と中山は料理をほおばりながら話していた。

「…短冊……つるそか」

野崎は、クリスマスツリーを見上げて呟いた。そして、ちらっと目線を真子に移した。

「先生、あそこにいるのは、真北さんやんなぁ」
「そうだよ」
「…あんな表情の真北さん、初めて見たで」
「あれが、営業用スマイルってやつですよ」
「ふ〜ん、営業用ねぇ。一体どれが、ほんとの真北さんなん?
 わからんようになってきた」

ぺんこうは、野崎をしっかりと見つめ、そして、言った。

「野崎さんの前にいるのが、本当の組長ですよ」

野崎は、教師以外で初めて見るぺんこうの表情に、魅了されていた。それは、教師をしている時よりも、輝いて見えていた。

真北さんを語る先生って、ほんと輝いてるなぁ。

真子は、会場中を歩き回って、いろいろなおばさま達と挨拶を交わし、にこやかに話し込んでいた。その傍らには、まさちんがずっと付いている。
そんな真子に怪しい目線を送る二人の男。会場を見渡していたまさは、この二人が気になっていた。



賑やかなパーティーも終わり、静けさがホテルを包み込む。

「……誰だぁ、あいつらは……」

まさが、顧客リストをめくっていく。
その目つきは、真子の前で見せる優しさ溢れるのとは、正反対に鋭かった。

「…323号室か…」

顧客リストを閉じ、何かを調べ始めた。




「くまはち、今日は休みか?」
「ん? あぁ」
「そっか。組長おられないと、仕事減るもんな」
「まぁね」

朝五時。大阪の真子の家では、一番早く起きるむかいんが、出勤準備をしていた時に起きてきたくまはちに話しかけた。真子の自宅は、真子、まさちんが居ないだけで、かなり静かになる。

「今日は、何をする予定?」
「…何も考えてないよ。成り行き任せ」
「ほほぉ」

むかいんの不気味な微笑み。くまはちは、何故か危険を察知していた。



今日こそ、あいつには…。

そんな意気込みで、スキーウェアを身にまとったまさちんは、同じようにスキーウェアを着たぺんこうをちらりと観て、部屋のドアを開けた。

「お兄さん、今日も一緒に滑ろ! 真北さんみたいな華麗な
 滑り方を教えて!!!」

部屋から出た途端、安東が待ってましたと言わんばかりに言い寄った。

「あっ、その、あの…」

まさちんは、突然のことで、戸惑う。戸惑いながらも真子を目で探していた。

「真北さんなら、先に行ったで」

野崎が、まさちんの行動にいち早く気が付き、そう言った。

「お兄さん、モテモテやなぁ。…安東と滑ってやってや。
 妹さんのことは、ちゃんと俺が見ておくからさぁ」
「は、はぁ」

ぺんこうの言葉に、怒りを覚えながらも、素直に従うまさちんだった。

「やったぁ! 先生ありがとぉ! ほな、行こ!」
「あの、その、ちょ、ちょっと……」

まさちんは安東に引っ張られながら、歩いていく。その様子を見ていたぺんこうや野崎たちは、笑っていた。

「ほんま、安東、積極的やなぁ」

徳田が言った。




ホテルのロビーでは、真子がみどりたちと話し込んでいた。

「…ところで、まささんは?」
「支配人は、今朝から、何か調べ物してるみたいですよ」
「ふ〜ん」
「あっ、真北さん! お兄さん借りるね!」

突然、声を掛けられた真子は、振り返る。
そこには、ちょっぴり困った表情のまさちんが、安東に腕を掴まれていた。

「ん??? …うん。…ふっふっふ…頑張ってねぇ!」
「あーー」

まさちんは、安東に引っ張られたまんま、外へと出ていった。真子の姿を見たまさちんは、真子に何か言いたげな顔をして口を開けたまま。そんなまさちんのおかしな姿を見て、笑い出す真子とみどりだった。
ぺんこう達が少し遅れてロビーへ到着。真子は、合流して、ゲレンデへと向かっていった。

真子達は、初心者ゲレンデを滑っていた。真子とぺんこうが先頭となって滑っているため、初心者は、追いつけない…。

「居た居た!」
「ほな、先生、俺らも、お兄さんに教えてもらうで」
「ということやから、お兄さん、コーチをよろしく!」
「おねがいします!!」

ぺんこうの言葉とクラスメート達の期待に満ちた声。仕方なしにコーチを引き受けるまさちん。
優雅に滑る真子とぺんこう。リフトに乗って、頂上へ向かう二人を目で追いかけるまさちんだった。

「まさちん、上の空だね」
「そのようですね。きっと思いっきり滑りたいんでしょう」
「そうだよね。まさちんには、似合わないよね、コーチ」
「そうですか? 私は、ぴったりやと思いますけど」
「ほんと?」
「少し休憩しましょうか、組長」
「ほな、喫茶店行こ!」

真子とぺんこうは、スキーを脱いで、中腹にある喫茶店へ入っていった。

「おー真子ちゃん、夕べは素敵だったねぇ。ウェア姿より
 ドレス姿の方が、似合うよ」
「またぁ、店長さんったらぁ。よしてくださいよ」

喫茶店の店長が、明るく真子に声を掛ける。

「いつもの?」
「そう。それと、珈琲ね」
「はいよ。って、ぺんこうさんじゃないですかぁ」
「お久しぶりです」
「いやぁ、長いこと来なかったね。真子ちゃんから聞いてるよぉ。
 先生してるんですよね」
「はい」
「真子ちゃん、寂しがってましたよ」
「店長さん!!」

真子は、慌てて店長の言葉を遮った。

「おっと、ごめんごめん。今日、まさちんさんは?」
「下で滑ってるよ。今年はね、友達と来てるんだ。その友達の
 スキーのコーチしてるよ」
「へぇ。…想像できないね」
「ほらぁ、やっぱし、まさちんには、コーチ似合わないんだよ」
「そうでしょうかねぇ〜」

カウンターに座ったぺんこうは、真子と店長の会話を聞いていた。

寂しがっていた?

ぺんこうは、この言葉が気になっていた。




阿山組本部。

「山中さん、鳥居からの連絡ですが、突然、攻撃が止んだそうです。
 あまりの静けさに、怪しさを感じたので、調べたところ、…刺客が二人、
 縄張りから出たとの事……」
「…行き先は?」
「恐らく……」
「…組長……天地山…」

阿山組本部は、突然、慌ただしくなった。その中で、純一は、一人落ち着かなかいのか、体を震わせていた。

「まさか……」

嫌な考えが、脳裏を過ぎった。




「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました。お気をつけて」

喫茶店を出ていく客二人。真子とぺんこうは、まだ、のんびりと休憩していた。

「ほんと、大変だったね。でも、真子ちゃん、こうして
 元気になって、よかったよぉ。これから毎年来るだろ?」
「決まってるやん。だって、毎年冬は、楽しみにしてたもん!」

真子は、とびっきりの笑顔を店長に見せる。

「そう! その笑顔を楽しみにしてたんだよ!!」

店長は、すごく心が和んでいるようだった。

「そろそろ、行こか、ぺんこう」
「そうですね」
「店長さん、ごちそうさま」
「気を付けてね。また来てね!」
「うん。じゃぁね!」
「失礼します」

真子とぺんこうは、店長に挨拶をして、出ていった。

「益々美しくなるねぇ、真子ちゃん。支配人も喜ぶよ」

店長は、外に出て、ぺんこうと楽しそうに話す真子を見て、微笑んでいた。
スキーを装着した真子とぺんこうは、頂上に向かうリフト乗り場へと向かって滑っていく。
この様子をじっと見つめるものが居た。


頂上に着いた真子とぺんこう。二人は、斜面の前に立つ。

「競争な!」
「組長が勝ちますよ」
「…手加減したら、雪に埋めるよ!」
「…わかりましたよぉ」

ぺんこうは、真子に追いつけとばかりに勢い良く滑り始める。真子もぺんこうに抜かれまいという勢いだった。二人は同時にリフト乗り場へ到着した。

「組長、手加減してはいけませんよ」
「してないって…」

そんな会話をしながら、リフトに乗る真子とぺんこう。
リフトを降りるなり、すぐに滑り出す真子。
ぺんこうも付いていく。
その二人の速さにあわせて、木の間を二つの影が滑っていた。
真子達を抜いたその瞬間、何かが、真子に向かって飛んでくる。それは、サイレンサー付きの銃から発射された銃弾だった。真子は、避けたが、滑っている最中の出来事だったため、バランスを失い、勢いよく転げていった。雪煙が激しく立ち上がった。

「ちっ!」
「組長!」



雪煙がおさまった。
雪まみれになった真子が体を起こす。ぺんこうが斜面を登って真子に近づいた。

「組長っ!!」

真子の右側の雪が、仄かなピンクに染まっていた。



(2005.10.9 第二部 第八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
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