任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第九話 それぞれが抱く複雑な思い

天地山は、この日もスキー客で賑わっていた。
天地山ホテルの支配人・原田まさは、パソコンを前に、何かを調べているのか、深刻な表情をしていた。デスクの横に山積みになっている書類に目をやる。

…このままじゃ…溜まる一方か…。

真子が天地山に来てから、仕事をしているようで、実は通常の半分しか仕事をしていなかった。
事務処理は、後回し。
真子が楽しく過ごせるために、見回りの方を強化していた。
山積みになっている書類に手を伸ばし、それらに素早く目を通す。サインをし、はんこを押し、処理済みの箱へと入れていく。
手慣れた仕事。もう、何年、支配人として生きているのだろう。

「ふぅ〜」

と一息付いて、まさは立ち上がり、ゲレンデが一望出来る窓から、客の様子を………観ているようで、実は、真子を探していた。
まさちんと真子のクラスメイトが、ゲレンデで戯れている。
他の客も楽しそうに滑っていた。
客の一人がバランスを崩し、斜面を転がっていく。一緒に遊びに来ている仲間が慌てて駆け寄り、笑いが起こる。
人々の笑顔が、斜面の雪と同じように輝いていた。
しかし、探し人は見当たらない。

「…やはり頂上か…」

そう呟いたまさは、腰に付けている小型の無線機を手にし、スイッチを押そうとした…途端、無線が入った。

「まさです。お嬢様、何か……ぺんこう?」
『組長が、撃たれた』
「直ぐ行く」

短く応えたまさは、救急箱を手に取り、急いで外へ出ていった。




AYビル・須藤組組事務所。
くまはちと常に行動を共にしている竜見と虎石が、この日、組事務所でくつろいでいた。
組員達と話が弾み、笑顔が耐えなかった。
竜見と虎石。
この二人は、須藤組の組員。くまはちが大阪で仕事をしている間、補佐役として、くまはちと行動を共にしていた。その時に、くまはちの強さに惚れ、自ら志願して、くまはちの下で働いていた。
真子が居ない間は、くまはちは自由。
この日、くまはちは、とある場所で……働かされている。

話が弾んでいるところに、電話が鳴った。

「はい」

応対した竜見の表情が強ばり、徐々に顔色が変わっていった。

「どうした?」

受話器を置いた竜見に、虎石が尋ねる。

「兄貴は…」
「むかいんさんのお店」

そう聞いた途端、竜見が組事務所を出て行った。

「って、竜見!」

常に行動を共にしている虎石が追いかけていく。



「お待たせしました」
「いただきます!」

くまはちが、ウェイター姿で、むかいんの店で働いていた。お客に料理を運んだ後、厨房に入っていく。

「次、23番」

むかいんの厳しい声が飛んでくる。

「…むかいん…何も、従業員が三人も休暇を取ったからって
 俺を雇わなくても…。俺には、接客業は向いてない!」
「そう言いながら、だいぶ板についてきたよ。ほら、早く!」
「ったく」

ブツブツ言いながらも、お客へ料理を運ぶくまはちだった。厨房からくまはちの働きっぷりを眺めるむかいんのところへ、虎石と竜見がやって来た。

「むかいんさん、兄貴がここに居るって……兄貴……」

ウェイター姿をしたくまはちを見た虎石と竜見は、我を忘れる………。
そこへ、くまはちがやって来た。

「…お前ら…なんだよ」
「あっ、あっ、そそそ、その…」

竜見が、くまはちに耳打ちをした。

「…今からじゃ、間に合わないだろ」
「えぇ。真北さんには、連絡しております。真北さんは、
 近くまで行かれておられたので、直ぐに向かいました」
「くそっ!」
「くまはち、どうした?」
「ん? いや、何もない。お前らは、待機しておけ」
「兄貴は?」
「当分、解放されそうにないから、このままで。まさちんが居るから
 大丈夫だろ。真北さんも向かってることだしな」
「わかりました…。むかいんさん、失礼しました」
「食べていかないか? 二人も休みだろ?」
「いいえ、こういう時こそ、俺達は、休むことはできません」

力強く応える竜見と虎石。
まるで、誰かを観ているような気分になった、むかいんは、

「あまり、無理しないようにね」

優しく声を掛けた。

「はい」

虎石と竜見は、厨房から出ていった。二人を見送った後、むかいんが声を掛ける。

「解放してやるよ。行ってこいよ」
「…むかいん、今の話…」
「聞こえなくても解るよ」
「悪いな」
「無理はするなよ」
「わかってるよ」

くまはちは、厨房から出ていき、竜見達を追いかけた。

「…組長、どうか、ご無事で…」

むかいんは、気を紛らわすかのように、料理を作り始めた。




真北が、天地山ホテルの到着した。
パトカーや救急車がホテルの玄関先に停まっている。

ちっ、一足遅かったか…。

そう思いながら、警察の制止を難なく交わし、ホテルへと入っていった。
真北の姿に気付いたホテルの従業員が、真北に声を掛けてきた。

「真北さん!」
「まさは?」
「今、会議室で事情聴取を受けてます…」
「………まさか、まさの奴……ちっ!」

真北は、会議室に向かって走り出す。
会議室に面した廊下を曲がった時だった。廊下で待機している刑事に自分の身分を証かし、会議室へ通してもらう。会議室のドアを開けようと手を伸ばすと、ドアが開いた。

「真北さん……」
「組長は!!」
「気が付いた時には、もう姿が無く…」
「まさ……てめぇ〜。あれ程、戻るなと言っていただろがっ!
 なんだよ、その眼差しは! そして、真子ちゃんの事を
 任せているのに、……てめぇ……気を引き締めろっ!」

真北の怒鳴り声が、辺りに響き渡った。

「すみません……。私の…失態です…」
「なぜ、真子ちゃんを停めなかった?」

真北が静かに尋ねる。既に、何らかの情報が耳に入っているらしい。

「停められなかったんです……。まさか……」
「そのまさかだ」

真北の言葉で、まさは、真子とまさちんの行動に気付いた。

「真子ちゃんの事だ…。お前の事も守ろうとしたんだろうな」

ゆっくり口を開いた真北。その心境は……。

その時、真子の姿が目に飛び込んできた。

「お嬢様」

真子は、無言で真北とまさの横を通り過ぎた。

「お待ち下さい」

真北に呼び止められ、真子が歩みを止めた。そして、同じように真北の横を通り過ぎようとしたまさちんの腕を掴んだ。

「来い…」


まさの事務所内に、真子はソファに腰を掛けていた。真子の横に立っているまさちん。真北は、どこかと電話をしていた。その横にまさが立っていた。真北の眼差しが変わる。それこそ、やくざではなく、『刑事・真北』だった。
電話を切った真北。ゆっくりと真子の方へ振り返った。

「…組長、千本松組に何者かが殴り込みに入ったそうです。
 顔を判別できないほどの怪我を負った荒木が重体という
 話を聞きましたが…。……どこへ行かれてましたか?」
「……」

真子は、何も言わなかった…というより、放心状態だった。そんな真子の様子で何が起こったのか、直ぐに察した真北とまさ。

「まさちんがついていながら、なんてことだ!」

真北の怒鳴り声が、まさの事務所内に響く。まさちんは、真子を見つめたまま、真北の言葉を聞いていた。

「後のことを考えて下さい。結局は私が始末をしなければいけないんですよ、全く…」

真子が静かに立ち上がる。

「組長?」

真子は、真北を静かに見つめ、そのまま部屋を出ていった。まさちんが真子の後を追って出ていく。

「あーーー、もう!」

真北は怒りをどこに持っていっていいのか解らず、苛立ち始めた。

「こんなのが続くようじゃ、俺の立場がないよ。
 …なんの為に、この仕事を…あぁっ、くそぉ!!!」

諦めた混じったような、それでいて、少し嬉しそうな口調で言う真北。そんな真北を観て、まさは、

「大丈夫ですよ、真北さん。お嬢様も反省してます」
「まさ…。お前に言われなくても解ってる。真子ちゃんが、何も言わずに
 俺を見つめて去っていくのは、深く深く反省している証拠だ。
 しかし、お前まで怒りの感情を現すとはなぁ〜。以後、気をつけてくれよ。
 今は、もう、あの頃のお前じゃないんだよ。…殺しの原田は
 もう、この世には、居ないんだからな」
「わかっております。今回は、ホテルの支配人としてです」
「あぁ、わかってるよ。ったく、組長はぁ〜〜」

真北の大きなため息が部屋にこだました。


夕焼けの時刻。
天地山の頂上から、素晴らしい景色を一望出来る場所に、真子が立っていた。
まさちんは、少し離れた木陰から真子を見守っている。
真子の背中が寂しそうに、何かを物語っている。
まさちんの脳裏に過ぎる、千本松組での真子の怒る姿。
止めなければ…そう思ったものの、止めることすら出来なかった。
そんな自分に苛立ち始める。
真子の本能を知っている。
それでも、真子には、その手を赤く染めて欲しくない。

まさちんは、木にもたれ掛かって空を仰いだ。
雪が、ちらほらと降ってきた。
辺りはすっかり暗くなり、ナイタースキー用のライトがゲレンデを照らし始めた。
幻想的な世界に見えるゲレンデ。
まさちんは、じっと見つめていた。雪を削る音が聞こえてくる。ナイトスキーを楽しむ客が居るのだろう。
まさちんの目線は、真子に移動する。
もう、景色は見えない。しかし、星空は輝くほど美しく光っていた。真子は座り込み、ジッと空を見上げていた。

組長…。

まさちんは、その場にしゃがみ込み、俯いた。

「何してんだよ」
「…ぺんこう」
「聞いたぞ。真北さん、えらいカンカンだってな。
 連絡を受けたくまはちも、もう駆けつけたぞ。
 流石…組長の事になると、無茶をする男だ」

ぺんこうに声を掛けられた時は、振り向いたが、まさちんの目線は再び、真子の方に向けられていた。

「もう、景色…見えないだろ?」
「解ってる。…だけどな、…声……掛けにくくてな…」
「あぁ。確かにな…。でも、俺に任せろ。今は、『真北ちさと』だ」

そう言って、ぺんこうは真子に近づいていった。

「早くホテルに戻らないと、みんなが心配しとるぞ、真北」

ぺんこうは、敢えて『真北』という名前の所を強調して言った。真子は、その言葉に反応したのか、一瞬、体がピクッと動き、そして、振り返る。

「…先生」
「…みんなには、取り敢えず病院に行ったと伝えてるから」

ぺんこうは、優しく微笑んでいた。暗くてそれは、はっきりと見えなかったが、真子には、ぺんこうの優しさが、感じ取れた。そして、ぺんこうの後ろにいるまさちんの優しさも……。

「……ありがとう、ぺんこう、…まさちん」

真子は、そう言って、立ち上がる。そして、ホテル目指して、雪山を下りていった。


「温泉もええし、雪山も綺麗やし! めっさええ旅行やなぁ」
「パーティーも楽しかったしな」
「明日帰ると思ったら、なんか、もったいないなぁ〜!」
「しゃぁないかぁ」

810号室のバルコニーでほとんど宴会状態になっている真子達女生徒。811号室のバルコニーも同じ様だった。バルコニー越しで、はしゃぎまくるクラスメート達。真子は少し不機嫌な顔をしていた。そんな真子にいち早く気が付いたのは、野崎だった。

「傷、痛むんか?」
「ん?」
「なんか、不機嫌そうやから…」
「…あっ。ごめんごめん。普通にしてるつもりやけど、
 顔に出てる?…あまり、はしゃぐの嫌いだから…」
「そっか。そうやったな、真北さん」
「でも、みんなとはしゃぐのは、好きだよ!」

真子は、笑顔だった。野崎は、安心したような顔をしていた。

「やった!!! やっと笑ったな、真北さん」

そう言ったのは、安東だった。実は、事故から(なぐり込みから)ずっと笑顔がなかった真子のことをクラスメートは心配していたのだった。バルコニーでの宴会は、真子の笑顔を取り戻すために開かれたのだった。本来なら真子にとって、この行動は、裏目になるが、『真北ちさと』には、違っていた。
そして、真子も同じように、楽しみ始める。そんな真子は、『女子高生・真北ちさと』にしか見えなかった。ぺんこうとまさちんは、真子のことを気にしながらも、クラスメート達とはしゃいでいた……大人げなく……。


12月28日。
この日、クラスメート達は、帰路に就いた。しかし、真子は、そのまま天地山に残っていた。少し寂しそうな顔で、送迎バスで帰っていくクラスメート達を見送る。ぺんこうは、安心したような不安が残っているような顔をして、バスの中から真子を見ていた。

「後は、任せろって言ったのになぁ」

まさちんは呟いた。

「ん?何?」
「いいえ、何も」
「あっそう。じゃぁ、滑ろうっか!」
「はい」

真子とまさちんは、ゲレンデへ向かっていった。リフトの係員と楽しく話して、リフトに乗る真子とまさちん。その二人を、事務所の窓から見ているまさは、複雑な顔をしていた。

「お嬢様が安心して、過ごしていただけるように、
 もっともっと、気を配らなければ……」

自分の未熟さを痛感したまさは、更に気合いが入ったようだった。
真子は、まさちんとふざけ合いながらゲレンデで滑っていた。

「組長、今のは、酷すぎます!!!」
「いいやんか!! うきゃぁ〜っ!!!!」




阿山組本部。
天地山から本部へと戻ってきた真子は、正月の準備で慌ただしく動いている若い衆の様子を伺いながら、屋敷内をうろうろしていた。真子の姿を見ると、ビシッとした姿勢で真子に頭を下げる若い衆。
真子は、苦笑いをしながら、それに応えていた。


真北と山中が深刻な表情で話し込んでいた。
千本松組との事を細かく話す二人。
真北は、本来の仕事の方で終止符を打った事を、山中に告げた。

「一番気になるのは、純一の事だよ…」

山中が、嘆くように言った。

「それは大丈夫だろ。組長が自ら伝えると言っていたから。
 …組長の事、信用…ならんのか?」

真北が静かに言うと、山中は、大きく息を吐き、頭を抱える。
何かを抑えるかのようにも思えた、その仕草に、真北は何も言わず、立ち上がり、その場を去っていった。

ったく……。

ゆっくりと立ち上がり、気になる純一の居る部屋へと向かっていく。
山中が向かう先が、何やら騒がしかった。

まさか…な…。

と気になるのか、威厳を醸し出しながら、その場所へと近づいていった。
どうやら、若い衆の部屋で、ゲームをしている様子。
賑やかな若い衆の声に、女性の声が混じっていた。不思議に思いながらも、また、組本部に女を連れ込んだと思った山中は、ドアを開けた。

「……あっ……」
「山中さん…」

山中の姿に気付いた若い衆が、声を挙げる。それと同時に、騒ぎが収まった。
その時、山中の目に飛び込んできた女性の姿は……。

「組長、だから、やめて下さいとあれ程言っているでしょう!
 若い者にしめしがつかないと……」

山中の眼差しには、怒りが……。

「お前達!」

山中の声に、若い組員は、びしっと立つ。

「山中さん、気にしないでよ。いいじゃない、別に。
 山中さんもやる? トランプ。おもしろいよ!」

その場の雰囲気を変えるかのように、真子が言ったものの、

「組長……。自覚があるんですか?」

山中の厳しい言葉が返ってきただけだった。

「…あるよ。じゃぁ、私、戻るね。みんなありがと! 楽しかったぁ」

真子は、トランプを純一に渡して、部屋を出ていった。
山中は、真子の後ろ姿を見つめる。その目には少し怒りが込められていた。

「ったく……」

そして、静かに部屋を出ていった。

「やばくないか…」
「やばいな…」

若い衆は、顔を見合わせて、恐縮そうに首をすくめていた。




大阪。
ぺんこうが部屋の片づけをしていた。年末の大掃除。どの部屋もドタドタと掃除をしているようだった。

「は、は…はっくしょん。…埃が溜まってるんだなぁ。
 ったく、掃除する時間が少なかったからなぁ」

ぺんこうは、ブツブツと言いながら、掃除をしていた。

「はっくしょん!!」



「…やっぱり出ないと駄目?」
「えぇ。毎年行っているものですから。それに…」
「……でもなぁ」

真子は、愚図っていた。それもそのはず。真子が大っ嫌いな宴会。阿山組での忘年会があるとのこと。真子がまだ、五代目を襲名する前、毎年行われていることは知っていた。宴会の楽しい音が、自分の部屋まで聞こえていた。しかし、真子は、聞こえないふりをしていた。

「噂なんですけど、若い衆の一発芸があるそうですよ」
「一発芸?」
「えぇ。唄あり、笑い有りで、おもしろいとか」
「でもなぁ〜〜」
「純一が言ってましたよ。楽しみにしていて下さいって」
「でも……」

真子は、愚図っているばかりだった。
しかし、そんな気分が一変する出来事が起こる。

「ふふふ。…プッ……」

夕方近く、本部内を珍しくのんびり歩いている時だった。若い衆が、人気のないところで、何かをしていた。真子は、それを影からこっそり覗いていた。
それは、忘年会で披露するだろう一発芸を練習している光景。あまりにもおもしろかったので、真子は、笑いを堪えながら、見ていた。

「組長、こんなところで何をしておられるんですか?」
「は、うわっ!!」

純一が真子にそっと声を掛けた。

「いや、その、ちょっと…」

真子は焦っていた。

「今年は、組長が出席するとのことで、みんな張り切ってますよ」
「…で、でも…なぁ」
「私もやりますから、楽しみにしていて下さいね。絶対、楽しいですよ。
 …嫌がらずに、少しでも顔を出して下さい」
「…純一……」

純一は、微笑んでいた。真子は、少し困った顔をしていたが、すぐにそれは、笑顔へと変わっていった。

「楽しみにしてるよ!」


そして、夜。
阿山組本部は、いつもとは、違った雰囲気に包まれていた。一年の出来事を反省…するのではなく、忘れてしまえぇ〜という勢いがある(のか、わからないが)忘年会。照れたように真子が挨拶をした後、料理が運び込まれ、手を付けながら若い衆達の楽しくて、愉快で、時には、引くほどつまらない…一発芸や、唄で盛り上がっていた。真子は、影からこっそり見ていた若い衆の一発芸を改めて見て、大笑いしていた。
純一の番になった。唄を披露する様子。マイクを持って、舞台に立つ。そして、歌い始めた。
歌声は、なぜか、心に響いていた。今まで騒いでいた者達や芸に興味が無く、ただ飲んで喰ってをしていた者達まで、純一の唄に聴き入っていた。
盛大な拍手が響き渡った。

「純一、すごい! 上手い!!!」

真子は、感動していた。その感動をいつまでも拍手をして伝えていた。純一は、そんな真子を見て、照れる。照れながらも、続いて、純一は一発芸を始めた。それがあまりにも面白かった。

よかった。純一、元気を取り戻したんだ。

自分の命を狙った事、そして、真子自身が純一の親父さんにケリを付けたこと。それに対して、純一の心には、何かもやがかかっているようだった。真子は、それを感じていた。今は、すっかり『本当の純一』になった様子。純一も真子と同じように、生まれ育った世界に束縛されていた。


夕べの賑わいはどこへやら。本部はすっかり、新年を迎える準備に追われていた。真子は、のんびりと窓から若い衆の様子を眺めていた。

「…暇だなぁ」
「組長、宿題は?」
「…暇…だなぁ」
「…ですから、宿題は?」

真子は、まさちんの言葉が聞こえていないふりをしていた。まさちんはそんな真子に近づき、目の前に、ファイルを差し出した。

「……何?」
「どうぞ」

真子は、受け取り、中身を確認した。
真子は、硬直していた。

「真北さんが持って来ましたよ。ぺんこうから宿題を聞いて、
 組長の机の上に置きっぱなしになっていた分を全部です」
「…家に帰ってから、やろうと思ったのに」
「お暇でしたら、今、どうぞ」

真子は、ふくれっ面になる。そして、部屋に入っていった。
ドアは、静かに閉まった。まさちんは、ホッとしたような顔をして、自分の部屋へ戻っていった。



年が明けた。郵便局員がせっせと年賀状を配達している。
そんな中、笑心寺は、重々しい雰囲気に包まれていた。
阿山組組員が笑心寺の周りを囲んでいた。ということは、笑心寺には、真子が来ていると……。

真子は、お墓参りを済ませ、住職と軽く会話を交わして、長い階段を下りてきた。その時、子供が走ってやって来た。

「こら!」

黒服の男が怒鳴った。

「びっくりしたぁ。なにしてるの?おじさん」
「うるせぇ。今は、入っては駄目だ」
「どうして?」
「駄目なんだ」
「…どうしてなのか、教えてくれないと嫌だ」
「うるせぇ!!」
「…うるさいのは、お前だよ。子供に怒鳴りつけて。ぼく、ごめんね」
「ううん。大丈夫だよ。おねぇちゃんも墓参り?」
「そうだよ」
「僕もね、おばあちゃんに挨拶しに来たの。おめでとうって」
「えらいね。…ぼく…」
「しょうたっていうんだ」
「しょうたくん、またね」
「うん。ばいばい、おねぇちゃん」

しょうたは、笑顔で真子の手を振り、笑心寺へ続く長い階段を駆け上っていった。
真子は、優しい眼差しでしょうたを見送り、そして、車に乗った。

「組長の新たな一面を見ましたよ」
「新たな一面?」
「えぇ。子供にも優しいんですね………」
「……帰るよ」

まさちんは、真子に肘鉄を喰らっていた。
真子の乗った車は、本部へ向かっていった。



コーン コーン コーン。
阿山組本部内から、珍しい音が聞こえていた。少し甲高い音。
コーン コーン コーン。

「はい、吉田の負けぇ」

なんと、真子、まさちん、純一、南、吉田が正月恒例(?)羽根突きをして遊んでいた。真子と吉田が勝負していた。吉田が羽を落とし、顔に墨を塗られていた。顔の真ん中に大きく『×』と書かれているのは、吉田だけではなかった。南、そして、純一もそうだった。

「残りはまさちんだけやね!」
「組長、手加減はしませんよ!!」

真子とまさちんが羽根突き勝負をしていた。その様子を真北と山中が、そっと見ていた。

「真北ぁ。組長は、自覚あるのか?組長として」
「ありますよ。私の思っていた以上の五代目ですよ。驚きです。
 ほら、見て下さいよ、あの純一達の表情を。あんなに楽しく
 笑う姿、見たことありますか? ないでしょう?山中さん」
「全くないな」

まさちんが羽根を落とした。

「やったぁ〜!!! まさちん、墨!!!」

真子は、まさちんの顔に大きく『×』と書いた。

「…組長、純一より大きくありませんか?」
「小さいよ」
「…くそぉ。負けませんよ!! 勝負!!」

まさちんはリベンジを嗾けた。そして、再び羽根突き勝負が始まった。

「組長は、その人の本来の姿を引き出す何かを持っているようですね。
 むかいんは、料理長、ぺんこうは先生。えいぞうは、茶店の店長。
 という感じでね。これが、上に立つ者としての常識ですよ。力を
 振り落とすだけが上に立つ者ではない。それは、弱い者がすることです」
「そういうもんかなぁ」
「えぇ。そういうもんですよ」

まさちんが羽根を落とした。真子は、嬉しそうに墨付きの筆を手に取った。そして、ニタァっと笑っていた。

「組長は、一体、何を考えてるんだよ。…本部に来ること、嫌がっていたんだろ?」
「そうですよ。だけど、組長だから、顔を出さないとね…って
 言いましてね。それで……あっ」
「あいつらぁ!!!」

真北と山中は、真子達の様子を見てそう言った。
なんと、真子は、まさちんの顔に墨を塗りたくり、それに対して、まさちんが反撃に出て、真子の顔に墨を塗りまくっていた。墨の塗り合いをしている二人を止めに入った純一達まで、塗られてしまった。
なぜか、もみ合いになっている……。
山中は、いくらなんでも、五代目ともみ合うなんて…ということで、怒っていた。しかし、真北は違った。

「いつものことですよ。組長とまさちんは、いつもああなんですよ。
 そして、…それを止めるのが、私の役目です。…では」

真北は、先ほどまでとはうって変わった態度で、真子達の所へ歩み寄り、そして、怒鳴り始めた。静かに真北の言うことを聞いているかと思われた真子。突然、筆を手に取り、真北の顔に墨を塗った。

「……!!!!」
「…塗られたかったんでしょ?」
「……くみちょぉぉぉっっ!!!!!!!」
「うそ! いやぁ! 冗談だって、冗談!! 冗談なのにぃ!」
「冗談では、すみませんよ!!! 待ちなさい!!」

真子は、真北から逃げ回る。真北は、真子を追いかけ回していた。その姿は滅多に見かけないものだったのか、まさちんをはじめ純一たちは、大笑いをしていた。

「真北、お前は、刑事というより、父親だな」

山中は、微笑んでいた。



(2005.10.10 第二部 第九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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