任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十一話 血

暗闇に人の気配があった。
二人……。
その手には、重たくて冷たい感じがするものが握りしめられている……。


阿山組五代目・阿山真子が行った会見から、二週間が経った。
報道関係の攻撃は全くなく、真子は、あの時の胸騒ぎが気のせいだと思い始めていた。
いつもの通り、『真北ちさと』は、登下校をしていた。
その真子の姿を見つめる目が四つ……。

暦も二月になろうとしている頃…。
ぺんこうは、生徒達が帰る様子を職員室の窓から見つめていた。
真子は未だ、出てこない。
しかし、その時、一台の車が校門の近くに停まり、一人の男・木原とカメラマンが降りてきた。

…ったく、あいつらぁ…。

そう言って、ぺんこうは、どこかへ連絡を入れる。

「もしもし、寝屋里高校の山本と……」

と名乗っている途中で、顔色が変わる。
受話器を握りしめる手が震え出す。

「あのね……そっちも大切でしょうが、私には…」
『暫くは任せると言った事、覚えてるんだろがっ』
「そうですが、…だけど……あがぁ、解りましたよ。
 万が一、怪我した時は、……貴方の威厳でお願いしますね」
『あぁ、解ってる。俺の威厳でお前を注意する』
「私じゃなくて…って、わちゃっ!」

そう言って、ぺんこうは受話器を勢い良く置いて、職員室を出て行った。

ぺんこうの電話相手は、突然の大きな音に、耳が、キーンとなっていた。

「……………ったく、慌てる事ないだろが。決められた事を
 きちんとしておけば……でも……心配だな」

そう言って立ち上がったのは、職場で色々と裏の手を回している真北だった。

「お疲れ様です」

と、少し苛立ちを見せた真北に、お茶を差し出したのは、原だった。

「…ありがと」

湯飲みに手を伸ばし、お茶をすする。

「…………まだまだ…だな」
「目下勉強中です」
「まぁ、がんばれよ」
「その…真子ちゃんの方ですが、サーモ局の木原は諦めませんね。
 警察の忠告も無理のようです。…何か思うことでもあるんでしょうか?」
「あるんだろうな……なにせ、木原は、俺と一緒で、やくざが大嫌いだからさ」

そう言って、お茶を飲み干し立ち上がる真北。

「って、真北さん!」
「あん?」
「仰ることと、やってることが、矛盾してますよ……」

やくざが嫌いなのに、真子ちゃんの為に翻弄している。
原が言いたいことは、それだった。

「それは、昔っからだ。ほな、出掛ける」

そう言って、署を出て行く真北。

「あっ、って待って下さい!!」

原が呼び止めるのも無理はない。
真北のデスクの上には、未処理の書類が山積み……。
それを見て、目が点の原。

「原の仕事…だな、それ」

向かいの席に座る刑事が言った。
原は苦笑いするしかなく、渋々、真北の席に座り、そして、書類整理を始めた。



真子の自宅。
真子は、部屋で勉強中。まさちんとくまはちは、リビングでテレビを観てくつろいでいた。
そこへ真北が帰宅する。

「お疲れ様です」

くまはちが素早く反応して、お茶を用意しにキッチンへと向かっていく。

「ぺんこうから連絡ありましたよ」

まさちんが言った。

「学校に木原が来たんだろ?」
「…え、えぇ」
「学校の方は、ぺんこうに任せているから、手は出せない」
「まぁ、そうですけど、それでも…」
「怒っていたのか?」
「八つ当たりですよ」

真北にお茶を差し出しながら、くまはちが代わりに応えた。

「いつもの事じゃねぇかよ」
「まぁ、そうですが……」

煮え切らないまさちんの言葉に、真北は呆れたように息を吐く。

「気が済むまでさせておけ。いつか機会を見つけたら、俺が
 直接、逢うつもりだからさ」
「まさか、例の任務を…」
「この際は仕方ないだろ」
「はぁ……」

まさちんとくまはちの方が煮え切らない返事をした。



ぺんこうは、自宅で何かを考え込んでいた。
真北が学校の方は任せると言ってきた。
それなら、こっちにも考えがある…。


次の日から、学校内、そして、登下校は、真子に付きっきりになっていた。
ぺんこうは、偶然出逢ったように装っていたが、周りの生徒達には、そう思えない行動に、誰もが疑問を抱き始める。
木原の行動も、毎日のように続いていた。
その都度、ぺんこうが真子を守るように側にやって来る。
そんな二人を見ていた校長は、真北に連絡し、そして、ぺんこうを校長室へ呼び出した。


「山本先生。過剰な接し方は、誤解を招きますよ」

校長の言葉に、ぺんこうは思わず反論した。

「解っております。だが、今は…組長を守れるのは私だけ。
 それに、高校生の真北ちさとを守らなければ、それこそ…。
 確かに、過剰に接しているように見えるでしょうが、私は、
 真北ちさととして、接してます。…そうしなければ、相手は
 いつまでも、阿山真子と同一人物だと…責めてきますから…」
「…事情はわかりました。だけど、気を付けて下さい」
「しかし、やはり…」
「山本先生。真北さんを…阿山組五代目組長・阿山真子さんを守ることが
 仕事だというのは知ってます。ですが、ここでは、教師と生徒ですよ。
 教師と生徒の噂は、御法度でしょう? 生徒の間では、噂になっているんですから…」

校長先生が、ぺんこうに深刻な表情で話してきた。

「…わかりました。ご迷惑をお掛けして…」

ぺんこうは、それ以上何も言えなかった。

「真北さんのお父さんにも協力してもらって、これ以上、
 騒ぎにならないようにしましょう。あまりにも続くようなら、
 連絡をくれ…と言われてましたから。…これ以上は、
 真北ちさとさんだけでなく、山本先生の立場も危うくなりますよ」
「…校長先生……。…ありがとうございます。お気遣い頂きまして…」

静かに応えたぺんこうは、一礼し、校長室を出て行った。




それは、前触れだったのかもしれない。
何かが反応したのかもしれない。
そして、それは、これからの考えを覆すことにもなった。
木原、そして、ぺんこうたち…真子を守る者達にまで…。




校門前。
いつも以上に食ってかかる木原。
それを阻止しながら真子を守るぺんこう。
そこへ、一台の高級車が、勢いよく角を曲がり、真子達に近づいてきた。
真子、ぺんこう、木原達は、その車に目をやる。
後部座席の窓が開いた途端、銃口が真子を捕らえた。

真北っ!

「危ないっ!!!!!」

真子とぺんこうが叫ぶより、銃弾の方が早かった。
突然の銃声に、木原達は身を伏せる。
銃声の中に聞こえる音…それは、何かが飛び散り、それが地面に落ちる音…。
聞き慣れないその音。
木原は、そっと顔を上げた。
目の前に居た二人が、折り重なるように地面へと倒れていく。その体からは真っ赤な物が吹き出して、弧を描いて、辺りを染めていた。

うそ…だろ……。

その時、聞き慣れた声を耳にして、我に返る。一緒に来た仲間は、地面に倒れる二人を映そうと振り返った。木原は何故か、カメラの前に手を伸ばし、撮影を遮っていた。

「やめろ…。救急車! 早く!」
「は、はい!」

木原に促され、救急車を呼ぶカメラマン。
その間、木原は、ただ、立ちつくし、地面に横たわる二人を見つめるだけしかできなかった。

教師の方は、体を真っ赤に染めていた。生徒を守って、自分が撃たれたのだろう。
生徒の方は、真っ赤に染まっていく教師の姿を目の当たりにして、震えている。震える手を差し伸べ、出血を止めようとしていた。
しかし、その手を掴む教師。
まるで何かを阻止するかのように思えた行為に、木原は何かを思い出したような眼差しになった。

親が子を守る世界が、阿山組だ。

誰が言ったのかは覚えていない。
阿山組の事を追いかけ始めた時に、耳にした言葉だった。
教師は、満足げな表情で気を失った。

「…ぺんこう…!! 目を瞑っちゃだめだよ…。ぺんこう?」

痛いはず。…しかし、出血の多さから、痛みも感じないのか?
なぜ…満足そうな表情をしている??

必死になって先生に呼びかける生徒。しかし、先生は目を覚まさない…。

「嫌だ、嫌だよ!……返事をしろ、返事をしろよ! 嫌だ、死んじゃいやだよ、
 ぺんこう、ぺんこう、………死んじゃいやぁ〜〜!!!!!!」

真子の絶叫にも近い声がこだましていた。




救急車が到着した。寝屋里高校の周りには、真子の叫び声で集まる、かなりの人だかりが出来ていた。
救急隊員が、真子とぺんこうの所へ駆けつけ、素早く手当を施す。
真子は、その間、ぺんこうの手を握っていた。

「…橋総合病院まで、お願いします。担当医は…橋先生です」

この言葉は、自然に出てきた。
この言葉は、真北から、万が一の時に、伝えれば、必ず橋総合病院へ運んでくれるという言葉だった。
救急車へ運ばれるぺんこう。その間にもぺんこうの血液は、どんどん流れていた。倒れていた場所は、体内の血液全てが流れ出たのではないかと思われるほど、血の海が出来ていた。
真子もぺんこうに続いて救急車に乗り込む。
ドアが閉まった。
けたたましいサイレンと共に、救急車は去っていった。

「…後を追う……」

木原が、呟くように言った。そして、急いで車に乗り込み、橋総合病院へ向かった。



「お嬢ちゃんも怪我してるやないか」

救急車の中。酸素マスクを付けたぺんこうを見つめている真子に、救急隊員が、声を掛けた。

「…大丈夫です……」

真子は、ぺんこうの手を握りしめたまま、ぺんこうをじっと見つめ、静かに言った。

「ったく、近頃のヤクザは、一般市民まで襲うとは…。ひどい奴らだなぁ。
 ほら…先生は、大丈夫だから、お嬢ちゃんの傷も手当てせな」

救急隊員の言葉が、真子の心に突き刺さる。

やくざ…一般市民まで…襲う……。

唇を噛み締める真子。握りしめる手は、震えていた。
救急隊員は、そんな真子の腕を半ば強引に引っ張り、手当てを始めた。
救急車は、橋総合病院に向かっていた。
応急手当を終えた真子は、胸の前で祈りのように指を絡ませている。
その手には、ぺんこうの血が、べっとりと付いていた。




AYビル
まさちんは、須藤組組事務所の応接室で真子のサインをした書類を手渡した。
須藤は静かに受け取り、それぞれに目を通す。
テーブルの上にあるシガーケースから煙草を取りだし、火を付ける。
吐き出す煙に目を細め、眉間にしわを寄せた。
まさちんは、須藤の表情の変化をジッと見つめていた。

「仰りたい事があるのなら、組長にお願いしますよ」
「……ちゃうわい。…細かい所まで目を通すよなぁと
 思ってだな。…確か、跡目の教育って、一週間だけだろ?
 その間に、…先代の事業を受け継ぐことも習ったのか?」
「いいえ、組長は五代目としての心構えと組の大雑把な事しか
 習いませんでしたよ」
「……それなら、お前か?」
「はぁ、まぁ……」

俺の方が厳しかったんだよ…。

軽く息を吐くまさちん。
その時、まさちんの携帯電話が鳴った。

「すみません」
「あぁ」

まさちんは、懐から携帯電話を取りだし、応対する。

「もっしぃ」
『直ぐに橋総合病院に向かえっ!』

相手は、えいぞうだった。

「…まさか、組長…」
『ぺんこうだっ』
「なにっ!!」

まさちんは、えいぞうに簡単な説明を受け、電話を切る。

「須藤さん、後は目を通せば解りますから!」

素早く言って、まさちんは、応接室を出て行った。

「…………なんだ?」

まさちんの突然の行動に、首を傾げる須藤だった。


AYビルの地下駐車場から、まさちんの車が勢い良く飛び出していった。
赤信号を無視、遅い車を強引に抜き、そして、更にアクセルを踏み込んだ。

ぺんこうが、組長を守って撃たれた。
かなりの出血だったらしい。
組長も一緒に橋総合病院に向かっている。

えいぞうの言葉が頭の中を繰り返し繰り返し、巡っている。

組長……無事なのか?
ぺんこう………死んだら……俺が許さねぇっ。

ハンドルを握りしめる手に、力がこもった。



橋総合病院の駐車場へ一台の車が勢い良く入ってきた。そのまま、玄関に向かい、急停車する。
運転席からは、まさちんが勢い良く飛び出し、

「いつもの所に宜しく!」

駐車場の管理人に叫び、建物へと駆け込んだ。その足は、自然と手術室へと繋がる廊下を曲がる。突き当たりにある手術室のドアの前に、制服姿の女の子がしゃがみ込んでいた。

「組長っ!!」

まさちんは、制服姿の女の子・真子に駆け寄り、声を掛ける。

「組長、お怪我は?」

その声に反応したように、体がピクッと動き、ゆっくりと振り返る真子。

「まさちん……」

まさちんの姿に気付いた真子は、突然、泣き叫んだ。

「……ぺんこうが、……ぺんこうが死んじゃうよ。
 私の……私のせいでまた、……人が死んじゃうよ!!!」

組長…。

「!!!」

まさちんは真子を力強く抱きしめた。

「大丈夫です。大丈夫ですよ、組長。ぺんこうは死にません。
 ここは、橋先生の病院です。組長が今、こうして生きているのは、
 橋先生のおかげでしょう? 橋先生を信じて、そして、待つんです。
 ぺんこうは、死にません」

力強く言ったまさちんは、泣きじゃくる真子の顔を覗き込み、頬を伝う涙を優しく拭った。真子の目からは、止まることを知らないように、涙が溢れ零れてくる。
真子に怪我は無いのか。
まさちんが一番心配しているのは、そこだった。
それとなく、真子の体をチェックする。その時、右腕の傷に気が付いた。

「組長、手当てを」
「ぺんこうの無事がわかるまで、いい」
「しかし……その手の血は……」

真子の手は、どす黒く汚れていた。それが血だと、観ただけで解る。

「これは……ぺんこうの……」

何かを思い出したのか、真子の体が震えた。

「手、洗いましょう」

まさちんは、動こうとしない真子を抱きかかえ、洗面所まで連れて行った。

ぺんこうの血で汚れた真子の手を優しく洗うまさちん。真子は、突然、手をひっこめた。

「組長?」

真子は、一点を見つめたまま、硬直していた。そして震え出す。

組長…。

真子が何を考えているのか、まさちんは直ぐに悟った。
ぺんこうが撃たれた瞬間を思い出したのだろう。

「組長。ぺんこうは、大丈夫ですよ」

まさちんは、優しく声を掛けた。

「う、うん……」

まさちんは、真子の腕の傷も手当てし直した。



「ぺんこう……」

手術室前に戻ってきた真子は、手術室を見つめて、何度も何度も呟いていた。


手術は長引いていた。
真子は、手術室のドアの前に立ったまま、ランプを見つめている。
そんな真子をしっかりと支えているまさちんは、人の気配を感じ振り返った。
真北、くまはち、むかいんが走って来る。足音に気が付いた真子は、振り返った。
真北の姿を観た途端、真子は、再び泣き出した。

「真北さん…どうしたらいいの? どうしたら……。私のせいで、私の…為に…
 …また……真北さん…私のせいで、…また…命がひとつ、消えるかもしれない
 消えるかも……しれないよぉ…私…、私……」

絞り出すように真子は真北に訴え、そして、力無くしゃがみ込む。
唇を噛みしめ、真子は泣いている。
真北が、真子の目線まで身を屈め、真子の頭を優しく撫でた。

真子が何を思い、そして、真北に言いたいのか。
真北自身は解っていた。

「組長……今は、ぺんこうの無事を祈るだけです。
 …その後に、ゆっくりと考えましょう。…大丈夫ですよ。
 組長。…橋の腕と、ぺんこうの生命力は、並はずれていますから」

真北の声は、聞いている者全てが心を落ち着かせるかのように、安心させるものだった。

「……うん……」
「…疲れたでしょう? …座りましょう」

真北は、真子の両肩に優しく手を置いて、真子を立たせ、側にある椅子に座らせた。
真子は、両膝に両手を置いて、拳を握りしめる。
真北は、真子の真っ正面にしゃがみ込み、真子を見上げた。
二人の様子を、まさちん、くまはち、むかいんは、やりきれない表情で見つめていた。





「何? 組長が襲われた?」

阿山組本部にいる山中が、一報を聞いた。その言葉で、組員達がざわつき始める。

「…組長は、無事だ」

山中は、幹部達を集め、会議を開いていた。

「しかし、山本が、組長を守って、重体だ…」
「山本が? …あいつが、なぜ?」
「…組長が、こっそりと高校に通っていることは、知ってるよな。
 その高校の前で、襲われたんだ。その時居合わせた山本が、
 組長を狙った奴から、組長を…守ったということだ。
 組長を狙った奴は、未だ見つかっていない」
「それは、先日、組長が、会見したことと関係あるのか?」
「可能性はある」
「で、それでも、我らは、納めておけ…と?」
「……その通りだ」

山中は、机を思いっきり叩き、怒りを現した。幹部達も同じように、苛立ち始めた。

「…親を狙われて、黙ってるなんて…なぁ」
「…兎に角、末端の組には、伝わらないだろうな。
 …狙われたのは、女子高生・真北ちさとだ」

山中は、新聞を机の上に出した。
新聞の見出しは、
『女子高生を守り、教師重体!』
『なぜ、狙われた女子高生!!』
『某巨大組織の組長と間違われて??』
など、真子とぺんこうが撃たれた事件のことをでかでかと報じていた。

「…気を付けるのは、この『某巨大組織の組長と間違われて』の
 ことで、報道関係が押し掛ける可能性があることだ。
 知らぬ存ぜぬで、通すように。…以上だ」

幹部達は、それぞれ、会議室を出ていった。山中は、新聞を見つめ、そして、ため息と同時に天を仰ぐ。

「…くそっ」

今回の事件、阿山組は一切関係ないということになっている。阿山組五代目が襲われたのは本当だが、世間的には、『女子高生』なのだ。山中は、何も出来ない自分を責めていた。それは、阿山組組員達もだった。


大阪の阿山組系組事務所も慌ただしかった。水木、須藤、川原、藤、松本達が集まり、AYビルで緊急幹部会を開いていた。ここでも、本部と同じ様な内容の話となっていた。

「一般市民を阿山組五代目に似てるからと言って襲うのか?? …一体誰が…」
「……似てるって、組長、本人だけどな…」
「あぁ」

沈黙が続いていた。
そこに、須藤の携帯が鳴り響く。

「あっ、悪ぃ。…なんだよ、一平か」
『真北さんが、撃たれた…山本先生もや。…親父…。
 阿山真子に間違われて撃たれたって…』
「…あぁ、知っている。女子高生って、真北ちさとの事だったのか」
『…親父、俺、俺……阿山真子が…にくい…』
「わかってる。…今、会議中だから、切るぞ。真北さんの容態が
 わかったら、また、連絡くれ。…あぁ。落ち着けって」

須藤は、電話を切り、そして、ため息を付く。

「…忘れてたよ…」
「どうした、須藤」
「ん? あぁ。なんでもない。……一平の同級生が撃たれたんで、慌ててるだけだ」
「…って、そっか。組長と同じ学校だったな、一平君」

水木が言った。

「…大変だよ…」

再び、沈黙が続いているAYビル会議室だった。

報復はするな。
これは、真子の意志を尊重して、真子をこれ以上混乱させないために、真北が幹部達それぞれに、言った言葉だった。
襲われたのは、女子高生・真北ちさとであって、組長・阿山真子ではない。
報道関係が、報じた事を利用することで、誤魔化せると考えていた。
これは、賭けである。
女子高生で通れば、阿山組が非難されるかもしれない。
同一人物だったことが、明るみに出ても阿山組が非難される。
どちらにしても、阿山組にとっては不利なことだが、真北は、真子のことだけを考えていた。
真子が無事なら……。


須藤は組事務所の組長室に戻り、一服吸う。
よしのがお茶を差し出した。

「ありがと」
「おやっさん。どうされるんですか? 一平坊ちゃんは、真北ちさとの事が
 好きなんですよね…」
「…あぁ」
「阿山真子に間違われて真北ちさとが狙われたと思っておられるのなら、
 これは、本当に……」
「大変だな。…一平が、昔のように荒れなければ…いいんだが」
「暫くは、様子を見ておきます」
「あぁ。……まさちんが、仕事をほって出ていったのは、
 このことだったんだな。……あいつこそ…」

真北さんの言いつけを破りそうだが…。
…それ以上に、奴も動くかもしれないな…。

須藤が気にする『奴』とは、自分の組員が心底惚れている男…くまはちの事。

「はぁぁぁ………」

須藤は、大きくため息を付いた。

「お、お、…おやっさん?!?」

珍しく付いたため息に、よしのは首を傾げていた。




午前二時。橋総合病院・ICU前。
右腕を吊った真子が、ガラスにへばりつくような格好で、ICUの中をうかがっていた。一点を見つめていた。真子が見つめる先には……。

「だから、大丈夫だと言ったでしょう、組長。……傷の方は、
 大丈夫ですか? 痛みませんか?」
「痛いけど…ぺんこうに比べたら……」

まさちんは、真子をソファに座らせる。

「何か、飲みますか?」
「……何も、いらない……」

真子は、静かに立ち上がり、再びガラスに顔を近づけて、ガラスの向こうに居る患者を見つめていた。
ガラスの向こうには、たくさんの機械に囲まれて眠っているぺんこうが横たわっている。
ぺんこうは、出血多量で一時危なかったが、一命を取り留めた。その影には、橋の外科医としての凄い腕が働いていた。


午前六時。
真子は、まさちんの膝枕でソファに横たわり、毛布にくるまって寝入っていた。そこへ、真北が紙袋を片手にやって来る。少し安心した表情をしていた。

「落ち着いたようだな」
「はい。四時頃にやっと眠ってくださったんです」
「…朝ご飯だ。むかいんからだよ。おそらく組長はぺんこうの意識が
 戻るまでずっと、ここにいるだろうと言っていたよ」
「…そうですね。ありがとうございます」
「それと、…俺は、当分ここへは来れないからな。組長のこと、頼んだよ。
 しっかりと…な。仕事がなぁ、大変なんだよ」
「あいつら、なんですか?」

まさちんが静かに尋ねる。

「恐らくな…。車は盗難車だったよ」
「ちっ!」
「馬鹿な気を起こすなよ、まさちん。わかってるな? 俺がなぜ、
 幹部達に、報復するなと言ったのか…」
「わかってます」
「その口調は心配だが…。まぁ、組長の方が心配だ。
 もしもの事がある。だから、まさちん、しっかりと
 …真子ちゃんを捕まえておけよ。……じゃぁな」

真北は静かに去っていった。その後ろ姿を見つめていたまさちんは、

刑事の真北…か……。

フゥッと軽く息を吐く。

膝枕で眠る真子に目線を移す。真子のまつげは濡れていた。
ぺんこうの手術が成功した時の、真子の表情を思い出す。
まさか、学校にまで、奴らの手が伸びるとは…。
油断していた…。

「…組長、申し訳ございませんでした。私の…力不足で…。
 こんなことになってしまい…申し訳ありません」

まさちんは、何かを堪えるかのような表情で、真子に優しく語りかけていた。




真子は、学校を休んだまま、ICU前で毎日を過ごしていた。
ぺんこうは、未だ、意識が回復していない。
その間、この事件のことが、思いっきり取り上げられ、警察は、かなり叩かれていた。
真子を襲った男達は、刑務所からの脱走犯五人組のうちのまだ、捕まっていない二人という話も浮上する。
そして、案の定、阿山組も対立組織への対策を何も取っていなかったということで、非難を受けていた。
阿山組は、複雑な思いで、この事態を乗り越えなければならなかった。



暗闇にテレビの明かりだけが光っている部屋。テレビの明かりに照らされる人影が一つ。そこへ、二つの人影がやって来た。

「…失敗したな…。教師の方が重体らしいな」
「まさか、あの状態で、守るとは…」
「それが、あの組の恐ろしいところだ。…次の手を出す…。解ってるな…?」
「はっ」

二つの影が去っていった。
テレビでは、非難される刑事=真北が映し出され、深刻な顔で、報道関係者に応えていた。

「くっくっくっく…」

不気味な笑いが部屋中に響いていた……。



「真子ちゃん、あまり寝てないんや…。早く目を覚ませよ」

橋が、ICU内で眠るぺんこうに話しかける。話しかけながらも、仕事はこなしていた。

「ほな、あとはよろしくな」
「かしこまりました」

橋は、看護婦にそう言って、ICUのガラスにへばりつくようにぺんこうの様子を見ている真子を見た。そして、手招きして、ICUを出ていった。真子は、気になりながら、ICUのドアの前に歩み寄る。橋が出てきた。

「真子ちゃんの検査やけど…」
「…そんな気にならない…」
「心配ないから。ぺんこうは、順調だから。意識が戻れば、
 一般病棟に移すから」
「…本当に?」
「あぁ」
「…橋先生に、関西弁が…ないんだけど…」
「…あのなぁ、俺の関西弁は、そんなに大切なんか? 無かったら
 なんでも悪いっつーことは、無いんやで」

橋の少し怒った口調に真子はちょぴり微笑んでいた。

「…解りました」

真子は、静かに言った。そして、まさちんと一緒に、検査室へ向かっていった。


検査から戻ってきた真子とまさちん。やっぱし、いつもの体勢になる。真子は、ガラスに額をくっつけ、その後ろからは、まさちんが真子を守るように立っていた。



ICUの看護婦があわただしく動きはじめた。真子とまさちんは、その様子をじっと観ていた。ぺんこうに近づく看護婦。ぺんこうが微かに動いていた。看護婦がぺんこうに顔を近づけ、何かを言っていた。ぺんこうは、そっと頭を持ち上げ、看護婦が指さす方を見つめた。
ガラスの向こうにが真子いた。

「組長……」

看護婦が、真子に『OK!』の意味で合図を送った。真子の顔が思いっきり緩む瞬間。

「まさちん、ぺんこうの意識が戻った!」
「本当ですか?」

まさちんは、ガラスの向こうのぺんこうを見た。真子は、ぺんこうに左手を振る。ぺんこうも、手を軽く動かし、そして、真子の後ろにいるまさちんを観て、少ししかめっ面になっていた。
真子はまさちんに体当たりをしながら喜んでいる。そんな真子の顔は、緩みっぱなしだった。
まさちんはぺんこうに『がんばったな。』の意味で親指を立てた。
ぺんこうも同じように親指を立てて、返事をした。



とある丘に大きな真っ白い屋敷が建っていた。その屋敷から、何やら親子の会話が聞こえてきた。

「お母様。時間ですよ」
「今日は、一緒なの?」
「当たり前です。お母様の体調を詳しく知るのも息子の役目ですから」
「はいはい。わかりましたよ」
「一体何を観ていたんですか?」
「これなのよぉ。某巨大組織の女組長といえば、真子ちゃん?
 でも、真子ちゃんは、大変な事故に遭ったんじゃかなったかしら?」
「…阿山組…ですか…。四代目が亡くなったことは、知ってますが、
 その娘が、跡目を継いだのは、事実なのか、そうでないのか…。
 はっきりしたことは聞いてませんねぇ。あの会見も嘘だったという
 そんな噂が飛び交ってますからねぇ。…って、早く出発しないと!」
「そうですね」

ここは、白原邸。それは、この屋敷の主、白原おばあさんと、その息子の会話だった。息子とは…。何処かで観た事がある人物だった。

「坂本、橋総合病院までだ」
「かしこまりました」

運転手・坂本は、ドアを開け、白原とその息子を迎えた。坂本…ということは……もしかして…黒崎?? 一体、この二人は、何者??




真子は、なんだか、はずんだ気持ちで橋の事務室から出てきた。脚の向く場所は、もちろん、一般病棟に移ったぺんこうの病室。その足取りは軽かった。

「…何から話そうかなぁ」

真子は、そう呟きながら、歩いていった。
一方、まさちんは……、
橋の事務室に残ったまま、真子の検査結果を聞いていた。

「こ、これは……!!!」

まさちんが、驚いた表情で言った。まさちんが観ていたものは、真子のCTの結果だった。検査を始めた頃のもの、そして、三ヶ月後、そして、この日のもの。その三種類を比べて観ていたのだった。

「…素人にも解るほど、真子ちゃんの脳に変化があるんだよ。
 …この部分はな、…普通、人間にはないものなんだよ」
「まさか、あの能力に関係があるとか?」
「…よくわからない。ただ、この部分が少しずつ発達しているのが
 解っているだけだよ。…命に別状はないが、心配だ。ここ。
 視神経に当たってるんだよ。もしかしたら、視力障害が起こる
 可能性がある。…まさちん」
「はい」
「真子ちゃんのこと。充分注意して見守ってくれ」
「解りました」

まさちんは、一点を見つめたままだった。

「…さっ、真子ちゃん所へ行ってあげろよ。事件のことで、
 真子ちゃん、何から話していいか迷ってるんとちゃうか?」
「そ、そうですね。では、失礼します」

まさちんは立ち上がりドアに向かって歩いていった。

「まさちん」
「はい?」
「…いいや、…なんでもない。…喧嘩するなよ」
「…わかってますよ。相手は怪我人でしょ!」

まさちんは、そう言いながら事務所を出ていった。

「…言いにくいなぁ」

橋はため息を付いてしまった。



(2005.10.15 第二部 第十一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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