任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十二話 それぞれが、守りたいもの

ぺんこうの病室の階にやって来たまさちん。ぺんこうの病室の前に立っている真子に気が付いた。

「組長、入らないんですか?」

真子は、静かに頷いた。まさちんは、不思議に思ったが、ぺんこうの病室から聞こえてくる楽しい会話に気が付いた。

「…来てるんですね?」

その時、病室のドアが開いた。なんと、ぺんこうの病室に、真子のクラスメートが大勢で見舞いに来ていたのだった。ぺんこうを茶化しながら病室を出てくるクラスメート。

「ありがとな、真北に逢ったら、言っててくれよ、野崎さん」
「解ってます! じゃぁ、お大事にぃ〜」

野崎が最後に病室を出てきた。ドアを閉めた野崎と目が合ってしまった真子。慌てて目を反らしてしまった。

「みんな、先、いっといて!」

そう言って、他の生徒を見送った後、野崎は、真子の所へやって来た。

「真北さん、お久しぶり! 元気…なわけないか」
「……うん」
「先生回復したんやで、なに落ち込んでるん? 腕、大丈夫なん?」
「まぁ、ね」

真子は、苦笑いしていた。

「先生、心配しとったで。学校休んでるの知らんかったみたいやし。
 あかんやろ、心配させたら。大丈夫やで、みんなも心配してるし。
 何も言ってへんし。おいでぇな」
「ありがとう、野崎さん」
「ほな、またな! 元気だしぃや。笑顔笑顔!」

野崎は真子に元気良く手を振りながら去っていった。真子は、ため息をつく。そのため息に込められている意味をまさちんは理解できなかった。

「組長。入りますか?」
「ごめん、まさちん。しばらく、一人になる……」

真子は、ゆっくりと歩き出した。

「組長……」

心配混じりの言葉だった。
そして、ぺんこうの病室へ入っていったまさちん。

「…よう!」
「……お前か…」
「俺で悪かったな」
「…組長は?」
「ん? ちょっとな」
「腕、大丈夫なのか?」
「…あぁ。心配ないよ」
「元気なんだろうな? 学校に行ってないみたいだけど…」
「あのなぁ、お前は、怪我人やろぉ。組長の事を考えるなら、
 怪我を治す事を考えろよぉ」
「わかってるよぉ。うるさいなぁ」
「…お前ら、相変わらずやなぁ……」
「…真北さん……」

まさちんとぺんこうが言い争っていたところへ、真北がやって来た。橋から、ぺんこうの回復の連絡を受け、急いで駆けつけたところだった。

「調子は?」
「大丈夫ですよ。痛みもありませんから」
「…ほんまに、お前は、体力の塊みたいな奴やな」
「真北さん、組長は?」
「庭に居たよ。…まさちん、まさかと思うけど…」
「…先程、ここにクラスメートが来てることに気が付いて
 それで、その…入りづらそうな雰囲気でした…」
「えっ? …じゃぁ、顔を合わせたのか?……いてて…」

ぺんこうは、まさちんの言葉に驚いて、起きあがった。

「起きあがるな! 顔を合わせたのは、野崎さんだけだよ」

まさちんが駆け寄り、手を差し出した。その手を払いのけるぺんこう。

「っつぅー…大丈夫だよ。……組長のところへ…」
「お前は寝ておけ。俺とまさちんで行くから」
「…お願いします」
「…ぺんこう」
「何ですか?」
「…それ以上無理すると、抑制させるぞ」

真北は、起きあがっているぺんこうを睨み付ける。ぺんこうは、渋々寝ころんだ。そして、病室を出ていく二人を黙って見送った。


病院の庭にある芝生の上に大の字になって寝ころんでいる真子は、流れる雲をじっとみつめていた。

「やっぱり、無理だったんだなぁ」
「あれ? そこにいるのは、真子ちゃんかい?」

その声に起きあがった真子は、声の主を見て、驚いていた。
それは、真子が頭を撃たれて、心身共に荒れていた頃、まさちんに頬を叩かれ、屋上に駆け上がった時、その屋上で真子のことを心配してくれたおばあちゃんだった。

「そこで、そうしているということは、また、何かあったんだね」
「おばあちゃん……」
「話してごらん」

真子とおばあちゃんは、ベンチに腰を掛けた。真子はゆっくりと話し始めた。

「実は、私をかばって、先生が、大けがをしてしまったんです。
 先生は、元気になったんだけど、なんだか……。クラスの
 みんなとも顔を合わしづらくて……。どうしようかと悩んでたの」
「もしかして、あの事件? 今、すごく世間を騒がせている。
 真子ちゃんのことだったの?」

真子は、静かにうなずいた。

「お母様、こちらでしたか」
「あれあれ、見つかった」
「だめですよ、お一人では。あれ? お嬢さんは、確か…」

その声に振り返った真子は、思わず立ち上がる。それは、真子が例の男達に襲われた時に助けてくれた黒崎という男だった。

「黒崎さん、その節は、ありがとうございました」

真子は、こんなところだったが、その時のお礼を込めて、深々と頭を下げていた。

「真北さんだったよね。母と知り合い?」
「えっ? お母さん?」

真子は、おばあちゃんを見て驚いていた。そんなおばあちゃんは、息子・黒崎の言うことに驚いていた。

「何言ってるの、この子は、真子ちゃんだよ」
「真子ちゃん?」

黒崎は、首をかしげていた。

「真北さんだよね?」
「は……はい……、ま、ま、……」

真子は、どう応えていいのか迷ってしまった。



まさちんと真北が真子を捜して庭を歩いていた。

「ったくぅ、お前はぁ」
「そんなこと言わないで下さいよ! まさか、こんなに早く
 クラスメートが来てるとは思わなかったんですから!!」
「だからって、組長を一人にさせるなよ!」
「すみません…。あっ、あそこですよ、真北さん。……!!!」

まさちんは、突然走り出した。

「まさちん!」

真北は、まさちんの突然の行動に驚いたが、向かっていく先を見て、落ち着きを取り戻していた。

「黒崎っ! きさまぁ〜!!!」

まさちんは、真子の前に出た。

「まさちん、びっくりしたぁ。どうしたの?」
「黒崎、こんな所まで追ってきたのか? まだ、組長の命を!」
「まさちん、ちょっと、どうしたの? ねっ!」

真子は、まさちんのただならぬ雰囲気に驚いていた。今までに見たことのないまさちんの姿。

何事??

「組長? ははぁ、そういうことだったのか。なるほど、それで、
 真子ちゃんと真北さんと二つの名前があるわけだ。阿山真子と真北ちさと。
 同一人物というわけだ。俺はてっきり、真北の娘だと思っていたよ」
「俺の娘だけどなぁ」

真北がやって来た。

「黒崎さん、いつ、日本へ?」
「お久しぶりですね、真北さん。日本へは、半年前に」

真子は、親しげに話している真北と黒崎を見て、更に不思議がっていた。
まさちんは、まだ、黒崎をにらみつけている。

「真子ちゃん、どういうことなの?」

おばあちゃんは、真子に尋ねた。
真子が何か訴えるかのように、真北にちらりと目線を送ると、、真北は、そっと頷いた。

「おばあちゃん、私、阿山組の五代目組長なんです。
 そして、この真北を父とする真北ちさとでもあります」
「そうだったの。真子ちゃんが、五代目を」
「黒崎さんには、以前、命を助けていただいたことがあります。
 その…真北ちさとの時に」
「そう。それで、この子には、真北さんなのね」
「えぇ、お母様」
「まさちん、黒崎さんが、私の命を狙ってるって?」
「それは……」

まさちんは、言葉を濁した。

「確かに、昔は人を殺すことは平気でしたよ」

黒崎は、淡々と話した。

「何かあったんですね」

真北が言った。

「歳を取っただけさ」

黒崎は、笑顔で応えた。

「真子ちゃん、行ってあげなさいよ、先生の所へ。
 そして、その笑顔を見せてあげなさい」
「おばあちゃん……。ありがとう。…でも…」

真子は、俯いてしまった。黒崎が真子の目線に合わせてかがみ込み、真子に優しく微笑んだ。

「心配しないでいいよ、真子ちゃん。俺も守ってやるから」

真子はその言葉に驚いていた。真子以上に驚いていたのは、まさちんだった。

「黒崎さん、ありがとう。おばあちゃんもありがとう……」

真子は、軽くお辞儀をして、静かに歩き出す。まだ、何かを悩んでいるのか、振り向きもせず、歩いていった。

「組長!」

まさちんが、真子の後を追って走り出す。
真北は、白原に振り返り、ホッとした表情を見せた。

「白原さん、あの時の組長に生きる力を与えて下さったのは、
 白原さんだったんですね」
「真子ちゃん、あんなに大きくなって。まさか、組長をしているとはね」
「組長は、これ以上自分の周りで他人が傷ついたり、
 命を失ったりする事を恐れているんです。だから、
 今回の事件で、かなり落ち込んでしまって…」
「申し訳ない。今は、そう思っている…」

真北の言葉を遮るかのように、黒崎が語り出す。

「昔は違った。そう。あの時、ちさとさんの命を奪ってしまった時、
 初めて、人の命を奪う罪の意識が芽生えたよ」

遠いあの日を思い出すかのように、目を瞑る。

「真子ちゃんのあの顔。今でも、脳裏に焼き付いている」
「ちさとさんの事は、組長の前では、決して言わないでください。
 組長の本能が……目覚めてしまうだろうから……」

何かを抑えるかのように、真北が言った。

「そうだな。目覚めさせてはいけないんだったな」

黒崎は、真子が歩いて行った方向を見つめていた。

「罪の償いというのも変だが、真子ちゃんを守るよ。
 ……許してもらうつもりはないが…な」
「黒崎さん、一体何が、あなたを変えたんだ?」

黒崎は、何も言わなかった。



真子は、何も考えないでただ、歩き回っているだけだった。その後ろを何も言わずにただ、付いて回っているまさちん。


黒崎とは、阿山組と対立していた阿山組と退けを取らないほどの巨大組織・黒崎組の組長だった。
話からも解るように、真子の母・ちさとの命を奪ったのは、黒崎組。そして、その事件の後、黒崎は、海外に逃げていた。
それは、真子の笑顔を奪ったことから逃げる為だった。幼子の顔から笑顔が消えた瞬間が未だに脳裏に焼き付いている黒崎。その黒崎が日本へ帰ってきた理由は…??



真子が急に立ち止まる。

「組長」
「…どんな顔をして、ぺんこうに逢ったらいい??」

まさちんに背を向けたまま、真子が尋ねた。
その後ろ姿から醸し出される雰囲気で、真子の心情が解るまさちん。そっと真子の近づき、優しく頭を撫でていた。

「…いつもの通り、笑顔で逢えばよろしいんですよ」

真子は、泣いていた。しかし、その顔をまさちんに見せようとしなかった。

組長…。

まさちんは、真子が泣いていることを感じていた。そして、泣き顔を見せないようにしていることも解っていた。
敢えて真子の顔を覗き込もうとはしないまさちん。

「…よかった……。ぺんこう、意識が戻って…よかった……」

真子は、振り返り、そして、まさちんにしがみつく。

「そうですね、組長」

まさちんは、泣きじゃくる真子を力強く抱きかかえ、そして、歩き始める。
その様子を真北は、そっと眺めていた。

真子ちゃん…。

グッと唇を噛みしめた瞬間、何かを決心した様な表情になった真北は、踵を返してどこかへ向かって行く。



「まさちん…」
「なんですか?」
「…私、子供じゃないんだけど…」
「…暫く、このままで…」
「まさちん?……うん…」

実は、まさちんの目は潤んでいたのだった。真子を抱きかかえることで、それを隠していた。

「組長、一度、家に戻りますよ。寝慣れたベッドでゆっくりと体を休めて下さい。
 そして、明日、ぺんこうのところに行きましょう。……組長?」

まさちんは、真子の顔を覗き込んだ。

「…寝てしまわれたんですね…。ったく…子供ですよ…!」

まさちんは、優しさ溢れる表情で真子を見ていた。そして、駐車場に停めてある車までやって来る。後部座席に真子をそっと寝かせ、備えている毛布を掛ける。運転席に座り、エンジンを掛け、病院を後にした。



自宅に戻った真子とまさちん。真子をベッドまで運び、そして、真子の部屋を出ていった。

「くまはち、暫く頼んだよ。俺は、また、病院に行って来る」
「あぁ。ぺんこうに宜しくな」
「直ぐ戻るから。…組長が起きる前に帰ってくるよ」
「真北さんは?」
「恐らく、今日も無理だと思うよ」
「休んでないんだろ?」
「休んでられないそうだ。じゃぁ」
「気を付けろよ!!」

まさちんは、再び橋総合病院に向かって車を走らせていた。




サーモ局。
木原は、自分のデスクに真子の写真をたくさん並べ、それを眺めていた。
ぺんこうが病院に運ばれて、手術中に廊下で待っている真子。
ICU前での真子、ぺんこうが回復した頃の真子。
学校での真子とビルでの真子。
あらゆる場面の真子の写真だった。
気の抜けた顔でそれらの写真を眺めている木原に同僚が声を掛けてくる。

「木原さん、お客さんです」
「客?」
「警視庁の真北さんです」
「真北? 警視庁? なんで、俺に?」

真北は、木原の目線の先に立っていた。木原を見つめる真北の目は、獣のように鋭く……。
真北が、つかつかと歩み寄ってきた。真北の姿が段々大きく映ってくる。

「…あんたが、木原三郎か……」

ドスの利いたその声に、局内が静まり返る。

「そ、そうですが……」

木原は、蛇に睨まれたカエルのように、身動きがとれなかった。




「じゃぁ、ぺんこうの所に行ってるからね」
「組長、笑顔ですよ!」
「いつも通りでしょ? 解ってるって!」

そう言って、真子とまさちんは、橋総合病院・橋の事務室前で別れた。もちろん、真子は、ぺんこうの病室へ向かい、まさちんは、橋から真子のことを聞くために、橋の事務室へ入っていく。




「ありがとう」

真北は、お茶を持ってきた社員に笑顔でお礼を言って、お茶をすすった。

「高級茶だね。いい具合に味が出ているよ」
「…お茶の話をしにやって来たんじゃないんでしょ? 警視庁の真北さんが、
 私に、何の用ですか? あの事件のことでしたら、全てお話しましたよ。
 逃げた車を写した映像も、お渡ししましたし。…で、まだ、何か?」

真北は、コップを置き、そして、ゆっくりと目線を木原に移す。
その眼差しは、先ほどまで、木原を睨んでいた時のものとは、全く違っていた。
優しさ溢れる眼差し…。

「すでに、知っているだろう? 阿山真子のこと」
「えぇ。かなり調べさせてもらいましたよ。なぜ五代目を
 継いだのかは、不思議ですけどね。やくざが嫌いなのにね」
「それだけじゃないだろ?」
「……真北ちさとという女子高生と…? ……真北さん、真北ちさとの父!!!!」

木原は、驚いて立ち上がってしまった。あまつさえ指を指している。

「今更驚くことはないだろう」
「そうだけど…その、一体……」
「なぜ、阿山真子が、真北ちさとと偽名を使ってまで高校に
 通っているのか、説明した方が、いいだろう?」
「……えっ?」

木原は、突然の事で、驚いてばかりだった。
そんな木原を見つめながら、真北は静かに語り出す。

「五代目を継いだのは、これ以上、血で汚すことのないように、
 斬った張ったの世界に、命の大切さを教えるためなんですよ。
 ご存じのように、組長は、目の前で母を失っている。その時の
 哀しみは、未だに消えていない……。そして、そんな哀しみを
 他の人に味わって欲しくないというのが、本音…。
 命の大切さを教える為に、五代目を…。恐らく、あの山中が
 五代目になっていたら、今頃、血の海ですよ」
「そうだろうなぁ。山中の刀は、血を吸って輝くようなものでしたよね、確か」
「まずは、銃器類を禁止した」

木原の言葉に耳を向けず、真北は話し続ける。

「そして、そんな、やくざの為に、夢を与えた」
「夢?」
「木原さん、あなたの夢は?」
「そりゃぁ、世界的なジャーナリストになることですよ」
「…俺は、刑事だ。そして、組員の中にも、色々な夢を抱いてるものがいる。
 教師に、調理師、喫茶店のマスター。しかし、組員のほとんどが、血の気が多く、
 その夢を諦めてこんな世界で生きている。そんな組員に、夢を諦めるなと。
 それぞれが目指していた夢を実現させた」
「じゃぁ、あの山本という教師は…」
「組長の家庭教師として阿山組にやって来たんだよ。だけど、
 山本と接しているうちに、組長は、山本の夢を知った。
 元々、教師を目指していたのもあるが、組長は、その隠れた
 思いに気付いて、強引に薦めていた」

真北は、お茶を一口飲む。

「組長にも夢がある。『普通の暮らしをしたい』」
「普通の暮らし?」
「やくざな家庭に生まれない一般市民の暮らしですよ。
 学校に通って、同じ歳の子と楽しく過ごすということですよ。
 組長が、学校に通うことは、命を狙ってくれと言ってるような
 ものだろう? 一度は、命を狙われた。だから、こうして、
 偽名を使って…俺の娘ということで、通って居るんだ。
 それを、あんた達は、ぶち壊した」

真北は、コップを握りしめた。

「俺は、ただ、阿山真子の事を知りたかっただけだ」
「世間を巻き込んでまで?」
「…それが、……俺の仕事だからな」

木原の目が一瞬輝いた。しかし、真北は、

「俺達の忠告も無視してまで、知りたがるとはね…」

静かに言った。

「俺、やくざが、嫌いなんですよ。命をなんとも思わない…やくざがね」
「…俺も嫌いだ」
「なら、なぜ、やくざと親しく?」
「…俺も昔、やくざ壊滅を目指して、張り切っていたんだよ。
 だがな、やくざ同士の抗争に巻き込まれ、仲間を失った。
 その時に、俺も瀕死の重傷を負った。そんな俺を介抱して
 くれたのが、銃器類を体の一部として、暴れ回っていた
 阿山組だった。その後暫くの間、その阿山組と接することで、
 俺が抱いていた阿山組のイメージが変わった。
 やりたくて、やっているのではない…と。命の大切さを
 知っているが、この世界では、どうすることもできない…と」
「…できないよな」
「そんな阿山組四代目に、娘が出来た。四代目姐は、その娘を
 血で争う世界に生きて欲しくないと願っていた。しかし、
 姐さんは…亡くなった。命の大切さを訴えていたのは、
 その姐さんだった。なのに、姐さんは……」

真北は、言葉を詰まらせてしまった。
気を取り直して、話を続ける。

「組長の笑顔を観たことあるか?」

真北の質問は唐突だった。

「あぁ。高校に通ってる時と、AYビルの受付で話し込んでいる時に、観たよ。
 しっかりと写真にも納めてある」
「あの笑顔は、組員の心を和ませている。実際、組長の笑顔を観て
 自分がやくざだということを忘れる者もいる。あの笑顔は
 大切にしないといけないんだ。その笑顔を守るには、組長の
 夢を…組長に普通の暮らしをしてもらわないと……。
 …今回のことで、今、組長は…真子ちゃんは、心のバランスを
 失いつつある。真北ちさととして、生きていけない…とね」
「…いろいろと考えていたんですよ。阿山真子を追いかけていくうちに
 俺の心に、何か違うものが芽生えているようだった。それが、あの事件で、
 何なのか解った。…俺は、物の一面しか観ていなかったんだと」

木原は静かに言った。

「一つの物を観るには、あらゆる面から観ることが、必要なのだと…。
 そして、俺は、思った。なぜ、阿山真子は、偽名を使ってまで、
 高校生として通っているのか。一体何がしたいのか…とね」
「十七才だよ」
「…十七?! 見えないよ。あの会見の時の姿はぁ。そりゃ、高校生だわな」
「あぁ」

真北は、静かに返事をする。

「…俺は、恐らく、何か途轍もないことをしでかしたのだろう。
 今まで感じなかった、罪悪感を感じている。目の前で
 血の海を観たのは、初めてだったからな。それで、俺は、考えた。
 世間は、阿山真子と真北ちさとを同一人物と考える。
 いや、別人だと思うかもしれない。では、なぜ、真北ちさとが
 この世にいるのだろうと。…真北さんのお話を聞いて、その
 答えが見つかりました。必要な存在だったんですね」
「あぁ。組長にはね」
「今回の事件で、真北ちさとは、消えるかもしれない」
「消すかもね」

真子ちゃんなら、そう考えるだろう…。

真北は、軽くため息を吐いた。
これからの、真子の生活を考えているのだろう。

「そこで、今、結論が出たんですよ」

木原が言った。

「結論?」

真北は、尋ねる。

「我々を利用して、阿山真子と真北ちさとの二人をアピールするんですよ。
 二人が居るということを世間にぶちまけば、真北ちさとは、消えることはない。
 そして……」
「………どうして、そんなことを?」

木原の言葉を遮って、驚いたように真北が尋ねた。

「…思えないんですよ。阿山真子が組長とは。あの笑顔。
 あの笑顔があの事件を発端に消えたと思うと、
 なぜか、すっきりしなくて、ずっと気になっていたんですよ。
 やくざは、人の命を何とも思わない奴ですから、
 自分の命を張ってまで親分を守ることが当たり前やないですか」

木原の眼差しは、光が射したように輝いた。

「なのに、阿山真子は、自分の命を守って目の前で血だらけになる
 組員のことを叱っていた」
「叱った??」
「えぇ。恐らく誰にも聞こえていなかったと思いますよ。
 阿山真子は、あの教師の血を止めようと必死になっていた時にね、
 救急車が到着するまで、呟くように言ってましたよ。
 『ばかやろ、命を粗末にしてまで助けるなと、いつも言っているだろう』…と」

真子ちゃん……。

木原の言葉に、真北は衝撃を受けた。
真子が常に言っている事は判っている。そして、思いも…。


「その時に…」

木原の声を聞いて、我に返る真北は、再び耳を傾けた。

「もしかしたら、俺が思っていた、やくざとは、違うのかもしれない」

あぁ。それは、慶造の時からだよ…。

フッと笑みが浮かぶ真北だった。

「阿山真子が五代目を襲名したと言われる時期から、
 阿山組の行動ががらりと変わったのは、何かがあるんじゃないかとね」
「……その通りですよ」

真北は、静かに口を開いた。

「…ご存じのように、組長は……真子ちゃんは、目の前で母を失っている。
 ちさとさんは、真子ちゃんを守って、命を落とした。真子ちゃんは、未だに
 そのことが脳裏に焼き付いていて、目の前で命の灯火が
 消えることを怖がってしまう。…それは、誰でも感じること…」

真北の話しに耳を傾ける木原は、寝屋里高校前の光景を思い出していた。
追いかけていた人物が狙われ、架空の世界でしか観たことのない光景を目の当たりにした……。

「真子ちゃんの命令なんです。…五代目組長の命令」
「命令?!」
「えぇ。『私の為に、死なないで。生きて欲しい。』
 こう言ったんですよ。…斬った張ったの世界の男達に
 命を粗末にするなとね。そりゃぁ、あいつらも初めは
 戸惑っていましたよ」

真北の表情が少し綻ぶ。

「それに……あの世界で生きると決めたのは…跡目を継ぐと言ったのは、
 真子ちゃん自身なんですよ」
「やくざの世界が嫌いで…避けていたはずなのに?」
「全く何も知らなかったような素振りを見せていたのに
 実は、組員誰よりも、この世界の事を知っていた。
 それには、この俺も驚いたよ」
「…流石、生粋のやくざ…」
「…木原さん、その言葉を真子ちゃんの前で言うと、首がなくなりますよ」
「は?」
「…やくざが嫌いですから。…自分の体に流れるそのやくざの血…がね。
 …実際そのことを口にした幹部が真子ちゃんのことを恐れてしまったからねぇ」
「…怒ると怖いっつーことか」
「えぇ」

真北は、お茶をすすった。

「なぜ、あなたは、阿山真子を組長と言ったり、真子ちゃんと言ったりするんですか?
 …一体あなたは、…あなたの正体は…?」
「…ひみつ」

再びお茶をすする真北。木原は、真北の醸し出す不思議な雰囲気にそれ以上何も訊けなかった。

「これだけは、言えるかな。…阿山真子の幸せを考えるなら、
 どんな手でも使える男だ…とね」
「阿山真子の幸せか…」
「真子ちゃんの笑顔は絶やしてはいけないんだよ。組員のためにもな」
「なるほどね。なぜ、あの阿山組はおとなしくなったのか。
 その訳は、阿山真子にあったんですね。あの笑顔が、心のもやを
 消し去ってしまうんですね。……不思議な少女だな、阿山真子は」
「えぇ。色々な意味で底知れぬ少女ですよ」
「……で、底知れぬ少女に、この企画をどのように話せばいいんですか…。
 恐らく、俺の顔を見たら…」
「…命の保障はありませんねぇ」

真北はふざけた口調で言った。

「…止めて下さいよ、そんな冗談はぁ」
「…冗談じゃないですよ。俺にもわからないからね」
「ま、真北さん…。…頼みますよぉ」
「わかってるって、今、考えてるんだよ」

真北は、立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせながら、窓に歩み寄っていった。その後ろ姿を見つめる木原は、今にも心臓が飛び出すかも知れないほど、緊張していた。



ぺんこうの病室のドアをノックするまさちんは、ドアを開けてビックリ。

「あぁ、あれれ?」
「真北のお兄さんや」

徳田の言葉で、ぺんこうは、まさちんに気が付いた。
ぺんこうの病室に、今日もクラスメートが見舞いに来ていたのだった。まさちんは、真子が居るものと思って、病室に入ったので、『真北の兄』と言われるまで、『まさちん』の状態だった。

「そ、その後、調子はどうですか、先生」
「この通り、元気ですよ。…真北さんの様子は?」
「あっ、その、…大丈夫ですよ。ご心配をお掛けしまして…」
「お兄さん、真北さん、学校に来ぇへんのは、やっぱし、この事件、気にしてるんかなぁ」

徳田が言った。

「…気にするなと言う方が無理だと思うよ。日にち薬。
 時間が解決してくれることを望んでるんだけどね」
「…真北は悪くないんやで。悪いのは、あの阿山真子や。
 …あぁぁぁ、なんか、ムカムカするぅ」
「えっ、阿山真子??」

まさちんは、徳田の言葉に何か引っかかるものがあった。

「さっき、来とってん。先生に謝りにな」
「…逢った?」
「あいつ、やっぱり、やくざやな。真北にも謝れって言ったのに、
 何も言わずに、出ていったんや」
「…謝りに来たよ。思わず、俺、殴ってしまったけどな」

まさちんは咄嗟に嘘を付く。

「そうなんや。…案外ええやつやったりしてな」
「でも、真北のお兄さんに殴られたら、やくざでも、びびるやろ。
 なんせ、真北のお父さん、刑事やもんな」
「そやな」
「…ほな、先生、そろそろ帰るで。はよ学校来てや、待ってるで」
「あぁ」
「真北にも、待ってるって言っといてな、お兄さん」
「あぁ」
「ほなねぇ」

徳田達は、病室を出ていった。まさちんとぺんこうは、生徒達を笑顔で見送った。
ドアが閉まった途端、まさちんの顔色が変わった。

「ぺ……」

まさちんが言うより先に、ぺんこうが焦った様に言う。

「…徳田が、組長を、責めてしまった…まさちん、悪い…組長を…」
「わかったよ。…お前は絶対に動くなよ。怪我人なんだから。
 俺に任せておけ」
「しかし…。あの状況で何も…」

ぺんこうは、まさちんの『阿山真子を殴った』という言葉に驚いていた。

「『真北ちさと』のことを思う人間なら、『阿山真子』を責めて当たり前だよ。
 世間では、人違いで襲われたことになってるんだからな。じゃっ!」

まさちんは、出ていった。
ぺんこうは、ドアをずっと見つめ、

「…組長……」

寂しく呟いた。



(2005.10.16 第二部 第十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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