任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十三話 輝く姿

真子は、AYビル前のタクシー乗り場で降り、肩の力を落としてビルへ入っていった。

「あれ? 真子ちゃん、タクシーで……真子ちゃぁぁん?」

ビルの玄関で警備にあたっている警備員の山崎は、たった一人でタクシーでやって来た真子を見て、声を掛けたが、そんな山崎に気づかずに歩いていく真子。山崎は、首を傾げて、真子を見ていた。

「あっ、真子ちゃん、荷物……ま、真子ちゃん???」

明美が、真子に声を掛けたが、真子は、俯き加減に、エレベータホールへ向かっていった。明美と山崎は、不思議そうに真子の後ろ姿を見送った。

「真子ちゃん、どうしたんだろ」
「いつもなら、体調が悪くても、声を掛けたら、返事していたのに。
 やはり、あの事件で…? …それにしても、どうして、一人なの?
 まさちんさんは??」
「連絡してみたら?」
「そうですね」

明美は、まさちんに電話を掛けていた。



「…そうか。来ていないか。わかった。ありがとう」

まさちんは、あちこちの阿山組系事務所を尋ね、真子の姿を見かけていないか捜し回っていた。そこへ、携帯電話が鳴った。

「…ビル? …もしもし。…明美さん」
『真子ちゃんが、一人でビルに来たんだけど…。声を掛けても、返事をしないくらい
 落ち込んでる様子だったんです。…まさちんさん』

明美の声は、どことなく切なかった。

「わかりました。すぐ向かいます」

まさちんは、電話を切って、車を急発進させる。相変わらず、運転が荒い……。



真子が、事務室へ入ってきた。ひっそりとした事務室内。電気を付け、窓へ向かって歩いていった。
窓の下に見える街並みを眺めていた。何することなく、ただ、眺めているだけだった。



まさちんの車が、AYビル地下駐車場に入ってきた。指定の場所に車を停め、車を降りた途端、勢い良く走って行く。受付に、ちらっと目線を送っただけで、エレベータホールへ向かう。一階で待機していたのか、ボタンを押した途端、扉が開く。まさちんは、素早く乗り込んだ。
エレベータが上昇する間、まさちんは、落ち着きが無かった。



真子は、ゆっくりとデスクに向かい、椅子に腰を掛けた。そして、どかっともたれかかり、天井を仰いだ。

「…お前のせいで、先生、死にかけてんぞ…か…。…真北は、
 ショックで学校に来てへんねんぞ……か……。行けるわけないよ…私のせいで、
 …私を守るために、ぺんこうが、あんな目に遭ってしまったんだもん…。
 私のせいで、……死にかけたんだもん……。行けるわけ…ないよ……。
 行けるわけ………うぅぅっ……うぅぅぅ……」

真子の目から涙が溢れ、頬を一筋伝った。
その涙は、真子の手に落ちる。

真子の事務室前。
まさちんが中へ入ろうとドアノブに手を掛けた時だった。中から、真子の泣き声が聞こえてきた。
まさちんは、どうすることもできず、そっとドアノブから手を離し、その場に突っ立ってしまう。しかし、意を決して、ドアを開け、真子に歩み寄った。

「組長…」
「あっ、な、なに??」

真子は、素早く涙を拭いて、平静を装って、振り返った。

「一人で行動しないようにといつも申し上げているでしょう」
「ご、ごめん。…ぺんこうの所から、慌てて出てきたから。
 …ぺんこうとゆっくり話そうと思ったけど、クラスの…
 みんなが、入ってきたから、慌てちゃった」

その笑顔はどことなく、ぎこちなかった。

「…あの、組長……」

まさちんが何かを言おうとしたときだった。ドアが開いて、真北が入ってきた。

「…真北さん、何か、進展あった??」

真子は、真北の姿に気付いた途端、真北が言葉を発する前に尋ね、ソファに移った。

「はい。その……おい」

真北は、少し落ち着きのないような素振りで、ドアを観た。
そのドアから入ってきたのは、木原だった。
真子は、木原の姿を見た途端、立ち上がり、拳を振り上げたっ!

「組長!」

真子の腕を、まさちんが掴む。

「真北さん、どういうことですか、こんな男を……」

まさちんが言い終わる前に、真子が、怒りの籠もった声で叫んでしまった。

「…れよ…かえれ…帰れ!!! なんだよ、何しに来たんだ?
 取材か? あんなことが起こったのに、凝りもせずに……。
 いい加減にしろよ!! あぁ、そうだよ、私が阿山真子で、
 真北ちさとと偽名を使って、高校生をしていたよ。
 悪いか? …組長だって、やくざの子供だって、
 普通に学校に行きたいんだ! 普通に登校して、普通に勉強して、
 遊んで、友達と楽しく……。だけど、他の生徒に
 迷惑を掛けることが多いから、こうして、偽名を使って
 ……それが、悪いことなのか!!!」

真子は、怒りで震えていた。
まさちんが真子の腕を捕まえていなければ、真子は、相手を殴っていただろう。
真子を掴む腕から、真子の気持ちが伝わってくる。

「帰って下さい。これ以上、組長に近づかないでください」

まさちんも必死で怒りを抑えて言った。
本当なら、相手の意識が無くなるまで殴っていそうなものの、側には、真北が居る。
真北が居るということは、何か話があるのかもしれないと思っていたのだった。
そんなまさちんの心情を真子は察した。
まさちんに目で『大丈夫だから』と訴える。

「…真北ちさとはね、阿山真子が暴走するのを抑える役目があるんだよ。
 だから、真北ちさとは、必要だったんだ。……あの事件で、真北ちさとは…
 …消えてしまった。…消したから。だから、真子は、暴走を始めるかもしれない…」

真子は、獣のような目をしていた。その目の奥には、哀しみが…。
そんな真子を見た木原は、自分の考えは間違っていないと確信したのか、自信溢れる笑顔を真子に向け、そして言った。

「その、暴走を止めに来たんですよ。真北ちさとを生き返らせるんです。
 阿山真子と真北ちさとを世間にぶちまけるんですよ。未だに、
 同一人物だのと騒いでいる世間に、二人の存在をアピールするんです。
 逆に、我々、マスコミを利用して、アピールしましょう」

木原の言葉に、真子とまさちんは、きょとんとする。

「これを実行することで、木原さんは、許して欲しいと。
 組長、どうですか? 二人の存在をアピールしてみませんか?
 私は、その方法が良いと思います」
「…いきなり、そんなことを言われても…」

突然の話に、真子は考え込んでしまう。

「もし、失敗したら?」

まさちんが静かに尋ねてくる。

「我々サーモ局に失敗という文字は、ありません!」

自信たっぷりに、木原が言い放つ。
それでも、不思議そうな顔をしている真子に、真北が一枚の紙を手渡した。
それは、真北とサーモ局との間に交わされた誓約書だった。

『今後、あらゆる面で阿山組に協力します』

最後にそう書かれてあった。真子は、驚いた顔で真北を見る。真北は、優しく微笑んでいた。

「本当、なんですね?」

真子が、もう一度尋ねる。

「任せて下さい!」
「…あんた……き、木原さん」

まさちんは、木原の名前を呼んだ。

「なんですか?」
「…一体、何が、あなたをここまで変えたんですか? あれ程、
 やくざが嫌いという雰囲気を露わにしていたのに」
「口にしなかったけど、わかってましたか。…阿山真子ですよ。
 …真子ちゃんの、その本心を知ったから…かな?
 命の大切さ。それをやくざの世界に広めようとしている真子ちゃんの
 心に、撲たれた…とでも言うかな。それと、笑顔ね」
「…当たり前だよ。みんなの為に笑顔を絶やさない。これ、大切!」

真子は、微笑んでいた。
その微笑みは、心を和ませるものだった。
少し、真子らしさを取り戻したのだろう。
真北は、安心した表情で真子を見つめていた。



そして、世間を賑わせるこの事件に、終止符が打たれた。

『緊急特別番組! 真北ちさと対阿山真子』

というテロップがデカデカと街角のテレビや電化製品店のテレビに流れていた。そして、二人の対決が映し出される。真北ちさとが、阿山真子に怒鳴りつけている映像だった。

木原の側で、その映像を観ている真子、真北、まさちん。真北が、真子の頭をそっと撫で、微笑んだ。そして、

「明日から、登校しなさい」
「……うん!!」

心のモヤが取れたような素敵な笑顔だった。木原は、そんな真子の笑顔を観て、今までの自分を恥じていた。

「真子ちゃん、これからは、俺を便りにしてくれ。
 阿山組関係の報道を抑える程の力は持っているからな」
「木原さんって、いっつも自信たっぷりな言い方ですね」
「この仕事、自信を持っていないとできないからね。それに、
 好きな仕事だからさ」
「…私、見習わないと…」

真子は木原を見つめて、そう言った。
その言葉には、いろいろと深い意味が含まれていた。


真子は、サーモ局の人達と楽しそうに話し込んでいた。いつの間にか、仲良しさんになっていたのだった。

「…やくざの組長とは、思えないなぁ」

局の人達とふざけ合う真子を見ていた木原が呟く。

「やくざではないやくざですからね」

真北が、訳の分からない言葉を言った。

「真北さん…どういう意味ですか?」
「そういう意味だよ」
「はぁ?? …ま、兎に角、俺も、真子ちゃんの笑顔に
 大きな影響を受けたっつーことか」
「そういうことだ」
「あいつらも影響を受けたんだろうなぁ。今まで俺と同じように
 やくざのことを嫌っていたのにな。それも、真子ちゃんの事となると、
 躍起になって探っていたのになぁ。あのように、ふざけ合ってるよ…」
「不思議だろ?」
「そうですね」
「それが、…真子ちゃんさ…」

優しい眼差しで真子を見つめる真北を見て、木原は、真北の何かを悟っていた。




橋総合病院。
ぺんこうは、庭を散歩していた。

「だいぶ回復したようだなぁ。体を動かすことが、
 すごく気持ちいいなぁ〜!!! うりゃぁ〜!!」

妙に元気なぺんこうは、辺りの目を気にせずに、思いっきり体を動かしながら、歩いていた。

充分歩き回った後、病室へと戻っていった。病室のドアを開け、中へ入ると……。

「どこいってたんだよぉ」

なんと、真子が、病室に居た。

「すみません。日課の散歩です。まさか、組長が来られるとは思ってませんでした」
「すっかり回復したんだね。あの姿が嘘みたい」
「ありがとうございます。今日は、お一人で?」
「そう! なーんてね。まさちんに送ってもらった。
 まさちんね、なんだか、すごく忙しそうなんだ」
「そうですか。いろいろと大変そうですからね、あいつは。
 あっ、でも、帰りは、どうされるんですか?」
「今日は、泊まりだよ」

ぺんこうは、驚いていた。

「うそだよぉ。二時間ほどでまさちんが来るけど」
「驚かさないで下さいよ。傷に悪すぎます」
「ごめんごめん!」

二人は、笑っていた。阿山真子と真北ちさとの事件と報道が終わり、世間も少し静かになった頃。真子とぺんこうの間には、あの頃の気まずさが無くなり、お互いにすっきりした表情で、昔のように、笑い合っていた。

「学校の方は、どうですか?」
「みんなから、激励の手紙を山ほどもらったんだ。嬉しかった。
 すごく、すごく、うれしかった……。学校に通っていて
 よかったって思ったよ」
「組長……」

真子の微笑みで、真子の嬉しさが伝わっきたぺんこうは、目を潤ませていた。

「でもね、寂しいよ、ぺんこうがいないから」
「組長……」

ぺんこうは真子の言葉が嬉しかったのか、何とも言えない表情をする。

「いじめる人いないんだもん」

ぺんこうは、ずっこけた。

「く・み・ちょう、どういうことですかっ!」
「冗談だって、ぺんこう!冗談!!」
「それより、学年末試験、近いですよ。大丈夫ですか?」
「たくさん覚えないとだめだから、大変だよ」
「まっ、四年生まで通えますから、安心して下さい」
「ったくぅ、まーたそんなこと言うぅ〜。意地悪だなぁ!!
 ……ぺんこう、退院は、三日後なんだって? おめでとう!!」

真子が素敵な笑顔でぺんこうに言うと、ぺんこうは、その笑顔に負けない表情で応えた。

「ご心配をお掛けしました。退院後すぐに出勤します」
「だけど、あんまり無理しないでよ!」
「大丈夫ですよ。走る事もできますよ。このままだと
 42.195キロは、軽いですよ!」
「すごぉぉぃ!!!」
「う・そ!」
「冗句を言うくらいやね、完全に回復だ!!」

それから、真子とぺんこうは、まさちんが迎えに来るまで、色々な話をして過ごしていた……。




寝屋里高校・一年F組の教室は、すごく派手に飾り付けをされていた。

『先生、退院おめでとうパーティ!!』

黒板に、デカデカと派手に書かれている。
ぺんこうが、教室に入ってきた。そして、派手に飾られた教室内を見渡して、驚いていた。

「退院おめでとう、パーティ?」
「当たり前やん。先生、待ってたで!!」
「退院おめでとぉぉ!!!!」

生徒達が、声を揃えてそう言って、クラッカーを鳴らしていた。少し騒がしい声が、廊下を通じて、他のクラスまで聞こえていた。しかし、それを注意する先生は居なかった。それは、事前に、徳田達が、断りを入れていたからだった。

「ありがとう。みんな、ありがとう。心配を掛けたな…」

ぺんこうの目は、少し潤んでいた。

「毎日のように病院まで来てくれてありがとな」

ぺんこうは、嬉しそうな顔をして、生徒達一人一人を見つめていた。

「ほな、先生、これ、退院祝い!! みんなから」

徳田は、大きな箱をぺんこうに渡した。ぺんこうは少しビクビクしながら、それを受け取り、そっと開ける。中には、生徒達からの心のこもった贈り物の数々。

「これは?」
「うちやで!!!」

ぺんこうは、一つ一つの贈り物を生徒達に尋ねながら開けていた。
いつの間にか、ぺんこうの周りには生徒達が集まり、いろいろと話していた。
ぺんこうの笑顔は絶えない。
その様子を真子は、自分の席に座って眺めていた。

「ぺんこう、光ってる…すごく、光ってるよ……。
 今のぺんこうが一番光ってる。素敵だよ、素敵だ……」

真子は、そっと立ち上がり、廊下に出ていった。そんな真子の行動に生徒達は、気が付かなかったが、ぺんこうだけは気が付いていた。
生徒達の相手をしながらも、やはり終始、真子を見ている。
気になるものの、今は…教師だから…と自分に言い聞かせて、生徒達と楽しく話していた。

真子は、廊下で、泣いていた。
静かに静かに、泣いていた……。



成績表。
真子は、真北の前に成績表を広げて、差し出した。
真北は、当然の事のような顔をして、ちらっと観るだけ。
そこに並ぶ数字は、『5』だけだった。

「無事に進級ですね。更に頑張ってくださいよ」

真北の厳しい表情は変わらない。

「解ってるよぉ」

真子は、少しふくれっ面で応えた。

「では、春休みは、組の仕事に精を出してくださいね」

まさちんが、期待に満ちた目で言うと、

「それは、難しいかなぁ〜」

真子は、からかい半分でそう応えた。まさちんの方が、ふくれっ面になる。
そんな二人のやり取りを観ていた真北の表情には、笑みが浮かんでいた。



AYビル。
真子は、春休みになり、無事、進級できるということで、組の仕事に精を出して……。

「まさちん、終わった??」
「まだですよぉ。ったく……これは、組長の仕事…」
「何か言った???」
「何も言ってません」
「あとどれくらいで終わるぅ??」
「二十分です」

ここは、真子の事務室。だが…デスクには、まさちんが座っていた。真子は…どこ?
ソファにどっかりと座り込み、何かに熱中している様子。

「あ、あかんって!! あちゃぁ〜」

両手で何かを持って、その何かで遊んでいる様子。

「難しいよぉ。まさちぃん」

真子は、その何かを持って、デスクのまさちんの所へ駆け寄った。

「私は、できませんよ。やったことありませんから」
「うそぉ。実戦の経験あるやろぉ」
「まぁ、多少なりとも…って、組長、非道すぎますよ…」
「あっ。ご、ごめん…。でも、これぇ〜」
「ですから、私は、ゲームなんてしたことありませんよ、
 それも、RPGっつーものは。ったく、誰に借りてきたんですか?」
「…一平君…。おもしろいからって、貸してくれたんだもん」
「これが、終わりましたら、やってみます。それまで、お待ち下さい」
「…だったら、私がそれするから、これやって」

私がしてるのは、組長の仕事なのになぁ。

と思いながらも、

「わかりました。続きは、ここからです。どれどれ?」

真子とまさちんは、それぞれの仕事を替わった。
真子が組の仕事に精を出し、まさちんがゲームに精を出し……。

「出来たぁ!!!」

真子とまさちんは、同時に叫ぶ。

「…まさちん、出来たん?」

真子は、期待に満ちた目でまさちんに近づく。まさちんは、見事、ゲームのエンディングを迎えていた。

「…流石…。どうやったん??」
「えっとですね、あの場合は……」

まさちんは、真子がクリア出来なかった場面の説明を始めた。真子は、真剣にそれを聞いていた。



AYビル・受付前。
真子は、いつものように明美とひとみの二人と話し込んでいた。そこへ、休憩に入った警備の山崎が加わって、賑やかになる。
真子に笑顔が戻った。
そのことが一番嬉しかったのは、まさちんだった。まさちんは、楽しく話す真子を見つめ、いつ、エレベータホールから出ていこうか悩んでいた。エレベータホールの壁にもたれかかって、俯いているまさちんの前に、一人の男が立った。

「よぉ、久しぶり!」
「…芝山ぁ〜」
「今日から一週間、また、大阪に出張でなぁ」
「そうかぁ」
「…なんか、元気ないなぁ。…色々あったみたいやしな。
 組長さん、無事やったんやろ? テレビ観たけどさぁ。
 まだ、何かあるんか? 俺で良かったら相談してくれよ」
「ん? まぁね。悩み事は、たくさんあるけどな、今は、
 大丈夫や。…入りにくくてなぁ」

まさちんは、真子の居る方向を指さした。芝山は、こっそりと受付を覗き込んだ。

「…なるほどなぁ。…で、なんで入りにくいんだよ。組長さん
 素敵な笑顔してるのに。ま、俺は、あの笑顔が楽しみで、
 出張を申し出たんだけどな。ほら、行こう」
「あ、う、うん」
「……まさかと思うけど、お前、その態度、その雰囲気…。
 あの時と全く同じやけど…。ええのかぁ? 俺は、政樹の
 生きる世界のことは、ようわからんけどさ、御法度と違うのか??
 その、恋……」
「違うよ。そんなんじゃない。あの時の…気持ちとは違うよ」

少し焦ったように、まさちんが言った。

「ただな、事件で組長の笑顔が消えた時を思うとな、今は、
 あのように笑ってるけど、もし、また、同じ様なことが
 起こったら…そう考えるとな…」
「…政樹、お前が守るんだろ? だったら、しっかりと
 側に居ないと駄目なんじゃないのか? …あの笑顔を
 絶やしてはいけないんなら、尚更な。お前、気づいていないんだな」
「何を?」
「…いいや、なんでもない。ほら、行こうや」

芝山は、まさちんの腕を引っ張って、受付までやって来た。

「芝山さん!! お久しぶりです。…まさちんに捕まった?」
「いいえ、その逆ですよ。俺が捕まえました。元気そうで、
 よかったよ、組長さん…おっと、真子ちゃん」
「色々とあったんだけど、もう、大丈夫ですよ!! ご心配かけました!」

明るく笑顔で芝山と話す真子を見ているまさちんは、何かに気が付いた。

「まさちん、どうしたん? 疲れたかな?」

真子は、まさちんの額に手を当てた。

「熱はないみたいやけど…」
「真子ちゃん、こいつが、熱出すような奴かよぉ」
「そっかなぁ。…そう言えば、まさちんが寝込んだとこ観たことないなぁ。
 …でも、大丈夫??」

真子は、すごくまさちんのことを心配しているようだった。

「…大丈夫ですよ…ただ…」
「ただ…?」
「…明美さんも、ひとみさんもお仕事中なのに、また
 話し込んでいるので、呆れてしまっただけです……」

まさちんはため息を付いた。

「そうなんだよなぁ…」

そう言ったのは、明美とひとみの後ろに立っていた二人の上司だった。

「まさちんさんの言う通りなんだけどなぁ。…何度言っても
 これは、治らないよなぁ〜。はふぅ〜」

上司は、ため息を付いて、受付奥の事務室へ入っていった。

「と、いうことですよ、組長」

まさちんは、真子の襟首を掴み上げた。真子は、首根っこを掴まれたネコのように大人しくなった。

「ご、ごめんなさいぃ〜。以後気を付けますぅ〜」
「政樹、いいじゃないかよぉ。真子ちゃん可哀想や」
「駄目です!! 行きますよ!!!」
「うぎゃぁん!! またねぇ〜。明美さん、ひとみさん、山崎さん!
 芝山さぁん! また食事一緒にしましょうね!!」

真子は、手を振った。

「そうだな!またな!」

真子は、まさちんの腕を掴んで、襟首から引き離した。そして、蹴りを入れ、まさちんとじゃれ合いながら、地下駐車場に向かって階段を下りていった。

「だから、真子ちゃんの笑顔は、お前に向けてる時が一番
 輝いているんだよ…気が付かないもんかなぁ」

芝山が呟くように言った。

「気が付かないと思いますよ」

山崎が応えた。

「常に一緒に居るから、もう、慣れているんですよ」
「ほんと、あの二人、主従関係に見えないよね」
「真子ちゃんが一番嫌ってることだもんね」
「ま、あれが、あの二人っつーことで」

明美とひとみが、嬉しそうに話していた。真子達が去った受付では、二人の話で盛り上がっていることを知っているのか、知らないのか、真子とまさちんは、車に乗っても、じゃれ合っていた。
真子の笑顔は、とても、素敵に輝いていた。それに応えるかのように、まさちんの笑顔も輝いている。



むかいんが、厨房で嬉しそうに調理中。
いつも以上のにこやかな顔をしているむかいんを観ている他のコック達は、少し、不気味に思っていた。

「できた。じゃ、行って来るよ」
「はい。…料理長、次は?」
「デザートだよ」
「では、準備に掛かります」
「いいよいいよ、俺がするから。他の方を頼むよ」

むかいんはそう言って、厨房を出ていった。

「ったく、料理長は、真子さんが来た時は、張り切り度が
 いつも以上になるんだからぁ」
「そうだよなぁ。でも、その気持ちわかるよ。真子さんの笑顔を
 観るだけで、更に料理することが楽しくなるもんな」
「そうだよなぁ。…ほんと、やくざとは思えないよ」

コック達は、真子とむかいんの話をしながら、仕事をしていた。それぞれが、素敵な笑顔である。

「お待たせいたしました」

むかいんの店の特別席に、真子とまさちん、そして、芝山が座っていた。

特別席は、個別の部屋になっている。十八人までのパーティーから、二人の特別な日、そして、一人で優雅に過ごしながら食事をしたい時に使用する部屋なのだ。

真子は、その部屋が空いている時は、いつも利用していた。この部屋の予約は、絶えない程、好評なのである。

「これ、初めてみるけど…」
「えぇ。いつもは、自宅での試食になりますが、今回は、
 こちらで試食ということで……」
「じゃぁ、私達が初めて??」
「はい」
「いっただきまぁす!!」

真子は、料理をほおばった。そして、よく噛み、飲み込んだ。

「おいしぃぃぃぃっ!!!」

真子の声は、大きかった。

「ほら、まさちんも芝山さんも食べてよぉ、おいしいよぉ!!」
「いただきます」
「はぁ」

芝山とまさちんは、それぞれ料理を口にした。そして、二人とも、驚いたように目を見開いていた。

「おいしいですね」
「…むかいん、また、腕上げたなぁ〜」
「ありがとうございます」

むかいんは、深々と頭を下げていた。

「これだけの腕だったら、コンクールに出品したらいいのにな。
 優勝間違いなしやで」

芝山が言った。

「いいえ、興味ありませんので。私は、お客様の笑顔の為に
 こうして料理を作るだけで幸せですから」
「客じゃなくて、真子ちゃんじゃないのか?」

芝山の言葉に、むかいんは、口をあんぐりと開けたまま…。

本心…突かれてやんの…。

笑いを堪えるまさちん。体が軽く震え出す。いつもなら、むかいんからの蹴りがくるはずだが…。

「そんなことないよぉ、ね、むかいん」

真子が、優しく反論した事で、それを回避されていた。

「え、えぇ。まぁ。はい……。そ、それでは、そろそろ
 デザートにとりかかります。失礼致します」

むかいんは、深々と頭を下げて、部屋を出ていった。

「しっかし、ほんとに、もったいないよぉ。全国的に通じる味だよ。
 なんて、言うかなぁ。お袋の味、プロの味?……う〜ん、なんて表現したら、
 いいんだろうか…」
「むかいんの味だよ」

真子がさらっと言い放つ。

「…むかいんの味…かぁ。なるほどね。どこにもない味だもんな。
 真子ちゃん、流石だね」
「むかいんの味は、昔っから、むかいんの味だもん」

真子は食べ終わってしまった。そして、デザートが来るのを待っていた。
デザートもほおばる真子。なんだか、幸せそうな顔をしていた。


春になり、真子は高校二年生に無事に進学。
ぺんこうは元気に教師っぷりを発揮中。新学期の準備に取りかかっていた。
真子は、今の事しか見えていない様子。そんな真子とは反対に、まさちんは、これからの事を考えていた。

また、同じ様な事が起これば…。
もし、目の前で組長が撃たれたら…。



その日の夜、まさちんは、一睡も出来ずにいた。
真子はすやすやと眠り、同室のむかいんも眠りに就いている。
くまはちは、起きているのかいないのか、さっぱり解らない。
まさちんは、机に向かい、阿山組日誌を開けたまま、何も書けずに朝を迎えてしまった。

「朝…か……」

朝焼けが眩しい。
まさちんは、ペンを取り、そして、一言書いた。

『反しても、守る』

そして、日誌を閉じ、部屋を出ていった。

むかいんが出勤し、くまはちも出て行く。二人を見送ったまさちんは、真子の部屋の前に立った。

「組長、朝ですよ。今日から、新学期ですから!!」
『もう少し…寝るぅ〜〜』
「いけません!!」

まさちんは、真子の部屋に入っていき、真子をたたき起こす。
いつもの日々が繰り返されるかと思われた新学期。
まさか、魔の手が迫っていようとは……!!!!

「いってきまぁす!!!」

元気いっぱいに学校へ向かう真子だった。



(2005.10.17 第二部 第十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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