任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十五話 油断大敵!

寝屋里高校・職員室。
真子は登校して直ぐに職員室へと向かっていく。ドアをノックして、入っていった。
真子が入ってきたことに気付いたのか、ぺんこうは、顔を上げる。

「先生おはようございます」
「おはよう。検査結果、どうでした?」

ぺんこうが尋ねる。
実は、真子は『精密検査』と称して学校を一週間休んでいた。その検査結果をぺんこうに差し出す。そして、ぺんこうの隣の席に腰を下ろした。

「今年も大変だったぁ」
「私は、葬儀の時しか知らないのですが、…盛大なんでしょう?」

ぺんこうは、仕事をしながら真子と話し込んでいた。

「盛大にするのは、お父様、嫌がると思うけど、どう思う?」
「嫌でしょうね。…慶造さんは、そのような事を嫌う方でしたから。
 でも…」

ぺんこうは、真子に振り返る。

「そうはいかない立場ですから」

にっこり微笑んで、そう言った。

「そうだよね……」
「くつろがれましたか?」
「ん?」
「…何か…なさったとか?」
「あっ……ぺんこう…知ってるん?」
「いいえ。でも考えられることでしょう?」
「……色々とあちこち…一人で出掛けたんだ」

仕事をしていたぺんこうの手が止まる。

「……まさかと思いますが……」
「怒られちゃった!」
「私でも怒りますよ!!」
「やっぱり!?」

ぺんこうは、大きく頷いた。

「医者からの許可も出たことだし、体を動かしますか?」
「そうですね」
「では、思いっきりしごきますよ」
「…何よそれ!」
「まさちんからの依頼ですから。本部でのおしおきです。
 …実は、本部での事は全部知ってますからねぇ」

歩くスピーカーが、仕事場の近くに居る…。

「えぇ〜。ぺんこうからもぉ?? 本部で目一杯まさちんから
 もらって、家に帰ったら、真北さんからももらったのにぃ」
「だから、私からもですよ。みんなからプレゼントしないと不公平でしょ?」
「そんなことに公平も不公平もないっつーの!」

静かに嘆く真子に、ぺんこうは微笑んでいた。
その日の活力になる笑顔。
ぺんこうは、久しぶりに観る、真子の笑顔に喜んでいた。


真子は教室に戻っていった。そして、見知らぬ生徒が真子の隣の席に座っていることに驚いた。

「真北さん、真北さん!」

野崎が声を掛けた。

「な、なに??」
「崎さん、この人が、真北さん」
「初めまして。おととい転入してきた崎美香と申します」
「真北、ちさとです」
「真北さんのお話は、野崎さんからたっくさん聞いてます。
 宜しくお願いいたします」
「こ、こちらこそ…」

崎は、手を差し出した。真子も何気なく手を差し出し、握手していた。

ぺんこうのやつ、なんで言ってくれなかったんだよぉ。

「実はね、私、真北さんにお会いしたかったの。野崎さんのお話を聞いてね、
 すごく興味を持っちゃった」

素敵に微笑む崎だった。

真子は、崎の言葉に、行動に、驚くばかりだった。野崎とは、別の明るさを持つ崎。そんな崎とは、なかなかうち解けない真子。なぜか、警戒しているようだった。しかし、崎と接していくうち、真子は、崎の何かに惹かれていくようだった。

しかし、気になる言動がある。
真子は、ぺんこうに相談した。

その日の放課後、真子は職員室へ入っていく。そして、ぺんこうの隣の席に腰を下ろした。

「相談とは?」

ぺんこうは、真子を『真北ちさと』として接する。

「その…崎美香さんの事なんですが…」
「喧嘩でもしたのか? …って、真北さんにはあり得ないことですね。
 まぁ、まさちんには、別ですが……っ!!」

真子の蹴りが、見えないところで入る。

「すみません……。その……何か?」
「頻りに、阿山真子に逢いたがるんだけど…私は、ほら…」
「本人ですね」
「そうだけど、…一応、阿山真子と知り合いになった事だし…、
 逢おうと思えば、逢えるけど、私は一緒できないし…」
「一人ですから」
「…あれは、映像の処理だから、できたけど、逢うのは…ねぇ」
「何か、策があるんでしょう?」

分かり切ったような表情で、ぺんこうが言った。

「やっぱり……ぺんこうには、解るんだ」

真子は、ホッとした表情で、微笑む。

「えぇ。…入れ替わり……。明日実行したいんだけど、
 協力してもらえるかな…」

ぺんこうは、真子に微笑んだ。
その微笑みは、

改めて言わなくても…。

そういう意味が含まれている。
真子には解っていた。だから、敢えて答えを聞かず、真子は立ち上がり、

「じゃぁ、そういうことで」

そう言って、職員室を出て行った。
真子の足取りは、何となく軽く思えた。

楽しそうですね、組長。

真子の笑顔を守るため。そして、真子の心を和ませるため。

「さてと!」

なぜか、急に張り切り出すぺんこうだった。




いつもの明るい笑顔を持たない真子が、学校にやって来た。クラスメートが元気に挨拶をしても、静かに挨拶を返すだけだった。野崎に対してもそうだった。そこへ、崎が登校してきた。

「おはよう、真北さん、で、阿山真子のこと…!」
「崎さん、それ、どういうことなん? あれ程言ってたやん!!
 このクラスで阿山真子のこと言うのはあかんって。それに、
 真北さんに対しても失礼やろって。ほんと、崎さん、しつこいなぁ」
「わかってるって。でもね、これは、真北さんと二人だけの秘密なの!
 ねっ、真北さん!」

その時の真子の目を見て、何かを悟った野崎は、それ以上問いつめなかった。

「そうなんや。二人の秘密なんやぁ。まぁ、ええけどね!」

野崎は、真子に微笑んだ。真子も意味ありげな表情で野崎に微笑んでいた。

「崎さん、放課後ね」
「うん」

崎は、嬉しそうに微笑んでいた。


放課後。
ぺんこうは、職員室でその日の仕事の片づけをしていた。
ふと時計を見る。
真子が言った時間になっている。
ぺんこうは、そっと立ち上がり、教室へと向かっていった。

教室からは、二人の女生徒の声が聞こえている。
一つは、聞き慣れた声。しかし、その口調は、サーモ局の番組で、真北ちさととやり合った阿山真子そのものだった。
自分の前では常に笑顔の真子。
五代目としてのオーラは、感じたことは、あまりない。
もしかしたら、殴られるかもしれない…そう思いながら、教室のドアを開けた。
振り返る二人の生徒。しかし、一人は明らかに、自分が教える生徒ではない。
しかし、記憶にある顔だった。

「阿山、真子……」

驚いたように、ぺんこうは言った。

「あらぁ、山本先生、その後、お元気そうで」

病室での一悶着。
その話しは、時々、生徒達が話している事は知っていた。
阿山真子の言葉で、真子がどういう設定をしているのか、ぺんこうは瞬時に把握する。

「なんで、お前が、ここに?」
「あぁ、この子が会いたいっていうから」
「崎…」
「今日一日、真北さんと入れ替わって過ごしてたわけ」
「入れ替わってた? 真北は?」
「私の替わりに組長を」
「なにぃ〜? …真北に何か遭ったら、今度は俺が許さない…」
「おぉ。怖い怖い! …先生、組員が、組長に手を出すと思う?」

阿山真子を演じる真子は、ぺんこうをからかっていた。

「崎…、早く、帰りなさい」
「先生」

震える声、そして、戸惑いがちな雰囲気に、ぺんこうは力強く、

「ここは、先生が何とかするから」

そう言って、崎を促す。崎は、鞄を持って急いで教室を出ていった。
去っていく姿を教室から覗くように見送る真子とぺんこう。崎の姿が見えなくなるのを確認した二人は、『GOOD』の意味でお互い親指を立てていた。真子は、にこっと笑いながら、三つ編みをし始める。

「あぁ、疲れた」
「それにしても、大胆な行動をぉ」
「崎さん、しつこかったんだもん。阿山真子の事を根ほり葉ほり聞きたがって、
 しまいには、逢いたいなんて言い出すからぁ。意表を突く!
 これが、私流ってとこかな? ま、これも木原さんのおかげだよね」
「そうですね」

真子とぺんこうは微笑み合っていた。




「二人居る?!」

暗がりの部屋。驚いたような声が聞こえてきた。

「はい。今日、真北ちさと演じる阿山真子に逢いました」
「どういうことだ?」
「ですから、真北ちさとと思っていた人物は、実は、阿山真子だったのです」
「…その通りだよ。二人は同一人物だからな」
「いいえ、そう思わせておいて、違うようです」
「美香。どうした。お前らしくないな。俺の命令は、なんだ?」
「真北ちさとの正体を暴いて、阿山真子を抹殺せよ」
「そのとおりだ。真北ちさとの正体は暴いたのか?」
「いいえ、まだ」
「…っくっくっく。もう、暴いたも同然だろ?」
「えっ?」
「…お前も毒されたのか? 阿山真子に」
「……」

崎は、何も言えなかった。

「よく考えろ」
「はっ」

崎は、部屋を出ていった。竜次は、拳を握りしめていた。

「何故、兄貴が毒されたのか、それを…知りたいな…」

そう呟く竜次は、少し、寂しそうな目をしていた。




「やっぱしなぁ。そうやと思ってん」

次の日、真子と野崎が一緒に登校している時に話していた。

「あの目、うちが、ビルで初めて見た阿山真子の目やったんや。
 それで、崎さんの行動で、ピィィンときたんや」

流石、野崎! 真子の事を理解し始める程、二人の仲は、深い関係に……?!
教室に着くと崎が真子と野崎に駆け寄ってきた。

「おはよう、崎さん」
「……真北さん、だよね?」
「そうだよ?」

真子は、微笑んでいた。

「どうだった? 阿山真子と逢った感想は?」

真子は、改めて尋ねる。

「ごめんなさい。もう、口にしません!!!」

崎は、すごく反省していた。




暗がりの部屋に、一本のダーツの矢が飛んだ。
矢は、写真に突き刺さる。
その写真には、ぺんこうが写っていた……。




「では、山本先生、お先です!」
「お疲れさまでーす」

ぺんこうは期末テストの採点のために、遅くまで残っていた。職員室には、ぺんこう一人となった。

「よしっ!」

仕事が終わり、帰り支度をし、戸締まりの確認をした後、警備員に挨拶をして学校を出ていった。

静かな夜道。
街灯の明かりだけで、人気も無い。そこをぺんこうが歩いていた。四つ角を過ぎた。
しばらくすると、その四つ角から人が出てきた。ぺんこうの後を付けている感じで歩いている。
ぺんこうは気づいていなかった。
付いてくる人影が、ポケットから何かを取り出した。ロープ。そのロープを両手で引っ張り、ぺんこうの後ろに近づいていった!!!!

「なんだよ」

ぺんこうが、声を出した。

「まぶしいなぁ」

前から来た車のライトが眩しかったぺんこうは、少し苛立っていた。
車が通り過ぎるのを目で追うぺんこう。後ろには誰もいなかった。一人夜道を歩くぺんこうは、自分のマンションに入っていった。



自宅でくつろぐ、ぺんこうは、アルコールを手に何かを考え込んでいた。
ふと立ち上がり、受話器を取った。
時刻は日付が変わる頃。もう寝たかもしれないと思いながらも、呼び出し音を聞いている。
相手が出た。

『もっしぃ。まだ起きてるんか?』

電話の相手は、まさちんだった。

「気になることがあってな…」
『俺に相談するより、真北さんの方が良いと思うけどぉ』

嫌がることを解っていながらも、まさちんが言う。

「いや、調べてもらいたいだけだ」

冷静に尋ねるぺんこう。
いつもなら、まさちんの冗談に怒りの言葉を返してくるのに、この時だけは違っていた。まさちんは、静かに耳を傾ける。

「組長のクラスに転入してきた女生徒だけどな。
 しきりに阿山真子に逢いたがっていたんだよ」
『その話は組長から聞いている。真北ちさととは別人だと
 理解したんだろ?』
「そうなんだが…」
『………煮え切らないなぁ。…で、誰だよ』
「崎美香という名前だ」
『崎……?』
「どうした?」
『あっ、いや……。調べておくよ。結果は早い方が良いか?』
「あぁ。職場でも構わん。よろしく」
『はいよぉ。…夜更かしすんなよ』
「お前もだ」
『俺は、寝てた所だぁ』
「す、すまんっ!!」

何故か焦ったように謝るぺんこうだった。

『じゃぁ、お休み』
「お休み…」

ぺんこうは受話器を置いた。
ソファに戻り、深く座り込む。そして、大きく息を吐いた。

……やばいな…。

体のだるさに気付くぺんこう。
テーブルの上に置かれたグラスを片づけもせず、ぺんこうは、寝室へと入っていった。ベッドに倒れ込むぺんこうは、そのまま眠りに就いた。


まさちんは、ぺんこうから聞いた名前が気になり、同じ部屋に居るくまはちの場所へ顔を出す。

「…ぺんこうは、なんて?」
「阿山真子に逢った生徒の事が気になるってさ」
「崎美香だろ?」
「ん? …あ、あぁ……って、知ってたんか?」
「まぁ、組長に接する人物は覚えておくのが当たり前だろ」

……そこまで徹底せんでも…。
組長にプライバシーも与えないつもりかよ…。

「俺の立場だ。文句言うな」
「何も言ってないっ!」
「顔に書いてる」
「…ちっ!」
「特に警戒する雰囲気は無かったが、高校生にしては
 大人びた雰囲気はある女生徒だよ。しかし、ぺんこうが
 気にしているということは、何かあるかもしれないよなぁ」
「あぁ」
「こっちからも調べておくよ」

くまはちの言葉を聞いて、まさちんは、ふと考え込む。

「………直接、えいぞうに言えばいいのになぁ。帰りには
 時々寄ってるんだろ?」
「そうだよなぁ。…まぁ、俺が嫌がるように、ぺんこうも
 えいぞうと健に頼むのは嫌なんだろうな」
「結構、細かいのになぁ。……俺は、そっちに当たろうっと」
「まさちんだけやぞ。二人を便りにしてるのは」
「俺は、嫌なことは無いからさぁ」
「そりゃそっか」
「むかいんも、そうだよな……阿山組に古くから居る
 人間にとっては、厄介なのか…」
「あぁ」

くまはちは、短く応えて、デスクの上にある電話の受話器を取った。

「夜にすまんな、今からいいか? データー、揃えておいてくれ」

そう伝えて、くまはちは受話器を置き、着替え始めた。

「今からって、おいおいぃ〜。虎石に悪いだろ?」
「いいや、徹夜で調べると言っていたから、ついでだ」
「組長には、どう伝える?」
「組関係」
「解った。無茶するなよ」
「お前こそ、早く寝ろ」

そう言って、くまはちは忍び足で(試験勉強中の真子に気付かれないように)、出掛けていった。
真子の部屋から灯りが漏れている事に気付いたまさちんは、真子の部屋のドアをノックする。

「組長、まだ起きてますか?」

返事がない。まさちんは、そっとドアを開ける。

「……ったく……」

真子は、机に突っ伏して眠っていた。
まさちんは、真子をそっと抱きかかえる。そしてベッドに寝かしつけた。机の上に広がったものを片づけようと手を伸ばす。

「…………って、これ、組関係じゃありませんかぁ。
 自宅には持って帰らないようにと、あれ程、申してるのに、
 それも、試験期間には…。それ程、気になる事でも
 あったんですか?」

真子が広げていた書類に目を通し、そして、片づけるまさちん。
その手さばきは、早かった。



真子が、ふくれっ面になりながらも、学校へと登校する。まさちんは、真子を見送った後、直ぐに出掛けていった。
昨夜ぺんこうから聞いた名前が気になっていた。
AYビルに到着したまさちんは、直ぐに事務室のパソコンの前に座った。そして、そこから健に連絡を取る。
健からの返事を待つ間、まさちんは、昨夜、真子から受け継いだ書類を仕分けし始める。そして、いくつかを手に、須藤組へと向かっていった。

「おはようございます! おやっさんはまだです」
「おはよっ。須藤さんに渡すだけでいい分だから」
「かしこまりました」
「よろしく」

そう言って、まさちんは事務室へと戻っていく。
いつもなら、返事が早い健。
この時は、遅かった。

まぁ、特に、急いてる訳じゃないし…。

まさちんは、いつものように、『五代目の代行』としての仕事を始めた。



寝屋里高校。
ぺんこうは、体の不調を感じながらも、仕事をこなしていた。
体調が悪くても、いつもと変わらないように過ごすことには慣れている。
真子に気付かれないために、その昔、身に付けた事。
職員室に戻ったぺんこうは、学年主任から声を掛けられた。

「山本先生、転入してきた崎美香さんの進路はどうなりましたか?」
「あっ、すみません。まだ聞いてませんでした。明日には
 報告します」
「お願いしますね」

ぺんこうは、引き出しの中から『生徒進路指導』のファイルを取り出し、準備を始めた。




午後三時過ぎ。
まさちんは、妙な音に気付き、音が聞こえる方へと近づいていく。

「わぁっっと、忘れてた!」

妙な音は、パソコンから聞こえていた。
画面の中央に、健の似顔絵がでかでかと現れていた。その似顔絵は、泣いている。
返事をしているのに、中々見てくれない時に、健が仕掛けたプログラムが作動していた。
まさちんは急いで、返事を見る。
そこに書かれている文字を見て、まさちんの顔色が変わった。急いで連絡をする…。

「すみません。山本先生をお願いします!!」

ほんの少しだけ待たされたが、まさちんには、長く感じる程、鼓動は激しく打っていた。

『おう、どうした』

いつにない、元気のない声のぺんこうが話しかけてきた。

「例の件だよ! あの崎って子。黒崎竜次の側近の娘だぞ!
 黒崎に関わりがあるということは、やはり、組長の命を
 狙っているぞ。気をつけろ」

焦った口調で話すまさちんだが、ぺんこうは、至って冷静だった。

『まさちん、まだ、黒崎さんの事を悪く思っているのか?』

そう尋ねてくるぺんこうに、まさちんは疑問を抱く。

『でも気をつけておくよ。この間のこともあるしな。ありがと』
「いや、だけど……って…おいぃ〜」

ぺんこうは、一方的に電話を切っていた。

「あんな時間に聞いてくるから、急いだのになぁ。それにしても
 あいつらしくない……」

そう思い、軽く息を吐いた時、事務所のドアが開いた。

「ほれ、資料」

入ってきた途端、そう言って、分厚いファイルを一冊放り投げるくまはち。上手い具合にキャッチしたまさちんは、ファイルを広げながら、

「例の女生徒…黒崎竜次の側近の娘だった」
「…あぁ。そのようだな。えいぞうに頼んでおいた」
「……………結局、便りにしてんじゃねぇかよ」
「ぺんこうの職場の辺りは任せろって、豪語されたら
 俺だって手を出せないって」
「その割には、影で何をしてる?」
「それは、俺の仕事」
「はいはい。ったく。組長にもばれたというのに、いつまでも〜」
「ほっとけ。…で、ぺんこうには伝えたのか?」
「伝えたけど、忙しかったんだろうな。一方的に切りやがったから」

と、ちょっぴり怒っているまさちん。

「まぁ、連絡してきたのが、お前だったからじゃないんか?」
「うるせぇっ!」

特に気にした素振りも見せず、いつものように軽く言い合う二人。
しかし、これが、この後に起こる最悪の出来事に繋がるとは、この時、誰も考えなかった。
危機感が薄れ始めた証拠でもある。
真子の思いを大切にするばかりに、誰もが、一番大切な事を忘れ始めていた……。



寝屋里高校の片隅にある倉庫。
人の出入りを感じられない雰囲気の場所に、人の気配がしていた。
ドアが静かに開いた。
そこから出てきたのは、女生徒の崎と教師の黒田。黒田の手には、小さな箱が握りしめられていた。

「これだけ打ち込んでも、動こうとするんだもん。恐ろしいわぁ」

崎は息を整えた。

「しかし、本当に動くのか? 真北ちさとは」
「恐らくね…。大切な先生みたいだから」
「付き合っている仲じゃないんだろ? そういう素振りは無かったぞ」
「どちらにしても、…彼女は来るわよ…」

自信たっぷりに崎が言う。そして二人は去っていった。

倉庫の中には、ぺんこうが後ろ手に括られ、口には猿ぐつわをはめられていた。腕には何かを刺したのか、小さな赤い点がいくつも付いていた。
動く気配を見せないぺんこう。
猿ぐつわの裏には、クロロホルムが染みこませてあり、そして、体には、特殊な液体が打ち込まれていた。
ぺんこうが動かないようにする為のもの。
崎と黒田は、ぺんこうを利用して、真子をおびき寄せ、命を奪おうと計画を立てていた。

そうとは知らずに、真子は、終業式の日、無断欠勤をしているぺんこうが気になりながら、教室に居た。
何か気になるのか、無言のまま考え込んでいる真子。そんな真子を崎は、観察するかのように、見つめていた。

「真北さん、どうしたの? 元気ないけど。何か、気になることがあるの?」
「ん?うん。…山本先生、どうしたのかなって」
「真北さん、知ってるんじゃないの? だって、ほら、
 真北さんと先生、ラブラブでしょ? 昨夜何かしたとか?」
「ちょ、ちょっと崎さん、言って良いことと悪いことがあるよぉ。
 私と先生は、そんな仲じゃないって」
「冗談よぉ。あまりにも元気がないから、からかっただけよ!」
「ったく、崎さんはぁ」
「ごめんなさい!……でも、先生、どうしたんだろうね」
「そうだよね。無断欠席なんて、ほんと珍しいことだから。心配だなぁ」
「先生の身に、何か起こっていたりして!!」
「崎さぁん、またぁ、からかうぅ〜」
「からかってないわよぉ。だって、先生って、撃たれたんでしょ?
 やくざに。だから、また、狙われてるとかさぁ」
「それは、……ないと思うけど……」

真子は、考え込んでしまった。

「狙われるなら、真北さんの方だよね」
「…なんで?」
「阿山真子にうり二つでしょ?」
「…崎さん…。怒るよ!」
「冗談よ! ほら、元気になった。大丈夫だって。先生は、元気にしてるから」

崎は、笑っていた。真子もその場は笑っていたが、やはり、気になることがあった。
なぜ、気になるのか解らないが、取り敢えず、確かめようと、下校する前に人気のない場所へと歩いていく。
そこは、今は誰も使っていないはずの倉庫だった。
休み時間、倉庫の中に人影を見つけ、気になっていた。
特に気にすることは無いような事なのに、なぜか、胸騒ぎがする。
倉庫の前にやって来た真子は、少し高いところにある窓から中を観ようと、背伸びをする。しかし、窓の汚れが思いっきり酷いため、中は見えなかった。


人の気配を感じたぺんこうは、物音を立てて存在を示そうと試みたが、諦めていた。

「…わかってるだろうな」

ぺんこうの後頭部には、銃が突きつけられていた。黒田が、不気味に微笑んでいた。
真子は、ドアの隙間から中を覗こうとしたが、見えなかった。

「気のせいかなぁ」

首を傾げながら、その場を去ろうとした時だった。真子へ向かって何かが飛んできた!!!

「!!!!」

無意識に避ける真子。しかし、真子が避ける先々に、それは容赦なく飛んでくる!
真子は全て避けていた。

辺りが静かになった。
真子は、立ち上がり、制服に付いた土を叩いていた。

「流石、すごいわね」
「えっ? …なんだ、崎さん。ビックリしたぁ」

崎は、鞭を片手に持って立っていた。

「だれもいないと思ったでしょ? だから、あんな動きをした。
 ねぇ、阿山真子さん。しかし、わたしの鞭を全て避けるなんて、
 ほんと、あんたって、運動神経の塊ね」
「何言ってんの? 私、真北だよ」

崎は、すばやく鞭を真子に向ける。鞭は、真子の三つ編みをしている左右のゴムを切った。
ぱさっと真子の髪の毛がほどかれ、ストレートになる。真子は、崎の方を見ていた。

「お久しぶりね、阿山真子。あの時は、よくも騙したわね」

崎は、鞭を持ってかまえた。一瞬の出来事に、真子は、身動きできない。



「…なんだ、真北が来ていたのか」
「んーー、んーーー!!!!」
「静かにしろって。手荒なまねはしたくないからな」
「!!!!」

表に出ようと一歩進んだ黒田は、脚を挟まれた。ぺんこうが、両足で黒田の行く手を阻ませていた。黒田は、振り返り様に、ぺんこうを殴る。ぺんこうの口元から、血が流れた。

くそっ!

ぺんこうは、表に向かう黒田の後ろ姿を睨んでいた。



崎の鞭は容赦なく真子に降り注ぐ。真子は、全て避けていた。
その時、体育倉庫のドアが静かに開いた。
そこには、黒田が立っていた。
一瞬、気を取られてしまった真子の右腕を、崎の鞭が、捕らえた。

「しまった!!」

崎は、真子を引き寄せようと鞭をたぐらせる。真子は、それに堪えながら、黒田を見つめていた。その黒田の後ろにいる人影に気がつき、それがぺんこうだということに気づくのに時間はかからなかった。

「山本先生! なんで、そこに? 黒田先生が山本先生を
 捜していたんですか? 自宅に電話してもおられなかったので、
 すごく心配して……。黒田、先生…?」

真子は、黒田の右手に握られているもの凝視する。

銃……。

真子へゆっくりと銃口を向ける黒田の目つきが、徐々に変わっていく。
真子は、その目には、覚えがあった。
身震いをする真子。

「お前は、あの時の!!」
「よう気がついたなぁ、阿山真子」
「先生に何をした!」
「まだ、何も。崎、離すなよ、こいつの動きは速いから、
 一発で仕留めないと、弾の無駄だ」
「わかってるわ」

崎は、更に鞭をたぐりよせた。

銃声!

銃声が学校内に響き渡った。

「銃声? なんで?」

驚いた生徒が非常ベルを押す。
職員室では、教師が銃声の聞こえた場所を探して廊下を走り回っていた。
警察へ電話をする教師も居た。
学校内は、いきなりパニックに陥った。
幸い、ほとんどの生徒が帰宅していた為、混雑にはならなかったが、教師達や、生徒は、慌てふためき始めた。




あまりにも信じたくない光景に、真子の目は見開かれていた。
黒田の銃口は、体育倉庫の中に向いている。
その先には、胸から血を流してぐったりしているぺんこうの姿が!
その瞬間、真子の雰囲気が一変した。

「きぃさぁまぁ〜っ!」

真子は、崎を睨んだ。そして、左手で、鞭を握りしめ、右手でたぐり寄せた瞬間、鞭を引きちぎった。その弾みで崎は、壁へぶつかった。

「きゃっ! ちょっと、なんて力なの!!」

真子は、右腕に巻き付いていた鞭の端を投げ捨てた瞬間、崎の右側頭部に蹴りを入れた。
崎は、その素早さに防御できず、地面に頭をぶつけ、気を失った。
真子は黒田の脇をすり抜け、体育倉庫へ駆け込んだ。その速さは尋常ではなかった。

「山本先生?」

すでに虫の息のぺんこうを呼ぶ。しかし、ぺんこうは、返事をしない。
真子は、右手を見つめ、ぺんこうに向けた。

青い光が真子の右手から発せられ、ぺんこうを包み込む。

ゆっくりと目を開けるぺんこうは、目の前の真子に気が付いた。真子は、ぺんこうを縛り付けている縄を引きちぎり、猿ぐつわを取った。

「真北、だめだろ、こんなところで」

…ぺんこう…。

ぺんこうの眼差しと言葉で、芝居を続ける真子。

「先生、どうして?」

そんな二人に、黒田が呆れたように声を張り上げた。

「いい加減に芝居はやめたらどうだよ、お二人さん」

その言葉を耳にした途端、真子の眼差しが変わった。
何かを決意した眼差し…。
真子は、ゆっくりと振り返り、ぺんこうの前に立ちはだかる。そして、拳を握りしめ、黒田を睨み上げた。

「山本先生は、関係ないだろ? そうだよ、私が、
 阿山組五代目組長 阿山真子だ!」

獣のような眼差し…。
真子の雰囲気が、がらりと変わった瞬間だった。
目が赤く光り、左手には、うっすらと赤い光が発せられていた。

「組長! 能力はだめです!」

ぺんこうが叫ぶと同時に、黒田の銃弾が二人を襲った。
ぺんこうの眼鏡が飛ぶ!
真子を守るかのように、右腕に抱え、真子の体を黒田の視界から隠すように動いたぺんこう。
その動きは、ぺんこうの眼鏡が吹き飛ぶほど素早かった。
ぺんこうは振り返る。
その時、左腕から血が滴り落ちた。
左腕を撃たれていた。

「その目を見たかったんだよ、山本」

黒田が言った。
なんと、ぺんこうの眼差しは、『教師』ではなく、『やくざ』な雰囲気を醸し出していた。

「うるせぇ。てめぇら、いい加減にしろよ。何度も、何度も
 組長の命を狙って、その度に殺り損ねているのに、
 まだ、諦めないのかっ! 今日という今日は、
 ……もう、許さねぇ」

ぺんこうが、真子の前に立ちはだかり、黒田を睨み付ける。
ぺんこうの醸し出す恐ろしいまでの雰囲気を真子は、初めて感じていた。
真子は、何も言えず、ぺんこうの後ろ姿を見つめるだけだった。



「寝屋里高校で、発砲事件?! またかよ!」

原が、受話器を投げつけるように置いた。そして、暢気に事務所へ戻ってきた真北に向かって叫ぶ。

「真北さん!! 発砲事件! 真子ちゃんの高校!」

真北は、原の言葉に直ぐ反応した。そして、踵を返して、駐車場に向かっていった。

「ちょ、ちょっと真北さぁん!!!」

原は、真北を追って走っていった。

「一体、なんだよ!!」
「だから、発砲事件ですって」
「怪我人は?」
「そこまでは、まだ連絡ありませんが、ただ、銃声が響き渡っていたとしか…」
「響き渡っただけならいいけどな…」

真北の言葉には深い意味が含まれていた。
真北は、まさちんから、真子に近づく少女の話を聞いていた。
そのことで、真北は動き始めようとしていた矢先の発砲事件。
狙いは、真子だというのは、解っている。

……俺は、二度も見たくないっ!

ハンドルを握りしめる手に、力がこもる真北。
気が気でなかった。



(2005.10.29 第二部 第十五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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