任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十六話 行方を追え!

真北が運転する車が、寝屋里高校の校門を勢い良くくぐっていった。
駐車場に停め、素早く降りてきた真北。同時に降りた原に、

「原は、辺りを!」
「真北さん! それは出来ません!」
「お前らまで巻き込むことは…」
「覚悟の上です!」
「……原……貴様…」

原の言葉に、真北の声が震え出す。

「何が起ころうとも、私は、真北さんを守りますよ」
「断る」
「では、私の判断で…」

と言い合う二人。しかし、真北の表情が一変し、とある場所に振り返った事で、言い合っている場合では無いことを把握する原。

「真北さん!」

真北が、突然走り出した。それに続けとばかりに、原、そして、警察たちも駆けていく。

……この気配……このオーラ……。
もしかしたら…。

真北は、少し前に感じたことのあるオーラに警戒しつつ、オーラを感じる所へと自然と向かっていった。
目の前に、古びた倉庫があった。

「女の子が倒れてます!!」

原の声に、我に返った真北は、辺りを見渡した。
足下に女生徒が倒れていた。近づき、顔を確認する。

「崎 美香……」

ふと、人の気配を感じ顔を上げた。

「ぺんこう? …まさか…」

ぺんこうの姿に気付き、その向こうにある倉庫のドアに、真子の姿を確認する。

「まさか、組長!」

真子を呼ぶ真北。しかし、真子は真北の方をちらりと観て、ぺんこうに微笑んだ後、倉庫のドアを閉めた。
静かに鍵が掛かる。その途端、ぺんこうがドアに駆け寄り、真子を呼びながらドアを開けようと必死になる。
ドアの隙間に指を入れ、こじ開けようとするが、ドアは開きそうにない。ドアを叩き続けるぺんこう。
真北は、何が起こっているのか解らず、ただ、そこに立ちつくしているだけだった。

倉庫の中から、真子の声が聞こえる。
汚れた窓が、赤く光った途端、男の悲鳴が聞こえた。
銃声が立て続けに聞こえた事で、真北は再び我に返った。
ドアを開けようとしているぺんこうの両手が、血で真っ赤に染まり始める。

「ぺんこう!」

その声に反応し、ぺんこうの動きが停まった。ゆっくりと振り返り、そして、真北と警察の姿に気付いた。

「真北さん、組長の本能が、本能が! 術が解けて…」
「それは、本当か?」

ぺんこうの慌てぶりに真北は、体育倉庫内のただならぬ雰囲気を察知し、懐から銃を取り出し、体育倉庫のドアに向けて発砲した。
ドアが崩れるように開いた。
真北とぺんこうは、顔を見合わせて、同時に倉庫内へと駆け込んだ。

「組長!」

ぺんこうは、ぐったりとした表情で座り込んでいる真子に駆け寄る。

「まさか、組長……」

真子が一点を見つめたまま動かない。
真子が見つめる先には、黒田の体が横たわっていた。
真子が、ゆっくりとぺんこうに振り向く。

「大丈夫……。止めたから……」

そう言った途端、真子の目から、涙が溢れ、頬を伝い、床に落ちた。
ぺんこうは、真子を抱きしめる。

「もう、無茶はやめて下さい。お願いですから」

その声は震えていた。

「ごめんなさい……。私……」

真子は、ゆっくりとぺんこうから離れ、真北を見た。真北は、真子を見つめているだけだった。

「真北さん。私……、約束を……。守れなかった。
 ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!!」

えっ?!

真子の言葉と同時に、ぺんこうと真北は、腹部に強烈な痛みを感じた。
真子が拳を差し出している。
涙が、風に舞うように宙を飛んでいる。

組長…?

真子の姿が急に消えた。
真子が倉庫を出て行った事に気付き、

「組長!」

と叫ぶが、声は真子に届かなかった。
ぺんこうと真北は、腹部の痛みに耐えながら、ふらふらと倉庫を出て行く。

「原! 組長を!!」
「は、はい!!」

原は真子が走っていった方向へ追いかけていった。校門を出たところで、原は、立ち止まってしまった。騒ぎで、人だかりが出来ていた。人だかりの向こうを走っていく真子の姿を見つけた原は、叫ぶ。

「真子ちゃん!!!」

真子は、ちらっと振り返っただけで、そのまま走っていった。その真子を追いかけるように、くまはちが走っていく姿に気付く。



「組長!!」

真子は、くまはちの声に気が付いて立ち止まる。くまはちは、真子に追いついた。

「組長、一体…!!!」

真子は振り向き様に、くまはちの腹部に拳を入れた。

「……うぐっ……」

突然の事で、身構えることが出来ず、くまはちは、その場に座り込んでしまった。

「く、組長……な、なぜ……!!!」

組長…目が赤い…。

真子の目が赤く光っていた。その眼差しに哀しみを感じるくまはち。立ち上がろうとするが、足に力が入らない。

「組長…、何を考えておられるんですか…」

必死に話しかけるくまはち。しかし、

「ごめん…」

真子は、そう呟いて、その場に座り込むくまはちに背を向けて、去っていった。ふらつきながらも、真子を追いかけてきた真北とぺんこう。

「くまはち!」
「すみません、真北さん。不覚を……」
「くまはちにまで…組長、一体……」

大の男が、三人も揃っているにも関わらず、その場にしゃがみ込んだまま、真子が去っていった方向を見つめるしかできなかった。




原が運転する車が、橋総合病院へ向かって走る。

「…すまんな…手当てをしたら、すぐに向かう」

真北が、まさちんに寝屋里高校での出来事を警察無線を使って伝えていた。

『須藤さんや水木さんにも伝えますよ』
「この際は仕方ない。…頼むぞ」
『あとは、私たちに任せてください』
「連絡を怠るなよ」

そう言って、真北は無線を切った。
真北が顔を上げる。
目の前には、橋総合病院の建物が見えていた。

「ぺんこう、大丈夫か?」
「私は…大丈夫です。…だけど……真北さん…」
「……また…使ったのか?」

真北が静かに尋ねると、ぺんこうは、

「恐らく…」

呟くように応えた。



原が、病室に入ってきた。

「どうですか、具合は?」
「なんとか、大丈夫だ。見つかったか?」
「…真北さん、あれから、まだ2時間しか経ってませんよ。
 今、捜しているところですから。見つかり次第すぐに
 連絡致しますから。もう少しお休み下さい」

原が言ったものの、

「…ゆっくりしてられないよ……っつぅーー…」

真北は、無理を圧してまで起きあがった。
真子にもらった拳は、内臓破裂寸前くらいの強烈なものだった。鍛えぬいた体を持つ真北、ぺんこう、くまはちだから、それくらいの怪我で(といっても、相当大きいが…)済んでいたが…。
唯一、動ける体のまさちんは、阿山組系事務所に声を掛け、真子を捜し回っていた。
電車に乗ったという目撃証言を元に、まさちんは真子の足取りを追っていく。

「もしかしたら……」

まさちんは、何か思い当たることがあるのか、どこかへ連絡を入れる。



真子は、制服のまま、富士山の見える場所へ来ていた。曇って見えない富士山を見上げていた。そして、てくてくと道路沿いに歩いていった。
夕暮れ時。真子は、フラフラしながら歩いていた。その時、後ろからクラクションを鳴らされる。真子は、ゆっくりと振り返った。

「お嬢ちゃん、何処行くの?」
「東京……」

真子は、トラックのナンバーを見て、そう応えた。


「歩いていくつもりだったの?」

真子は、トラックに乗っていた。運転手は女性だった。小柄ながらも、すごく元気で明るい女性だった。

「途中でお金が無くなって…」
「どこから?」
「大阪から…、富士山を見たくなって、途中下車したの」
「富士山かぁ。残念だったね。今日は曇ってたからなぁ。でも、よかったぁ、声を掛けて。
 ほんとに富士山の所から歩いていくつもりだったんでしょ?」

真子は、静かに頷いた。

「こんな時間に一人でそれも、女の子が歩いていたら、危ないよ。
 …何があったのか知らないけど、変な気を起こさないことだよ!
 生きていれば、良いことあるから!」

女性は、真子に力強く言った。
その言葉が真子の胸に突き刺さる。
真子は、何か吹っ切れたのか、女性を見つめ、笑顔で言った。

「ありがとうございます」




天地山ホテル。
まさは、一仕事を終え、支配人室へと戻ってきた。デスクに着き、一息付いた時、電話が鳴った。
その電話こそ、まさに直接掛かってくるもの。
相手は決まっている。

「まさです。……まさちん? どうした、息を切らして」
『すまんな…。…ニュースにはなっていないと思うが、
 組長が高校で、また襲われた』
「えっ?…無事なのか? ……もしかして、お嬢様は
 一人で何処かへ向かったのか?」
『…その通りだ』

そう応えるまさちんの声は、とても暗い。

『組長の事だから、もしかしたら、そっちに向かうかもしれない。
 その時は…』
「あぁ、解ったよ。俺に任せておけ」
『組長…襲われた時に、本能が…赤い光が…』
「赤い光と本能?」
『あぁ。だから、組長は自分を責めるかも知れない…だから…』
「解ってるって、まさちん。みなまで言うな。お嬢様のことは任せておけ。
 そう慌てるなよ」
『慌てるに決まってるだろっ! 御自分を責める組長を
 止めることができるのは、お前くらいだろが!』
「あがぁ、もぉ………わかったわかった。もし、こっちに来たら
 直ぐに連絡するから。それでいいな? あまり無茶するなよ!」

まさは、強引に電話を切った。そして直ぐに、天地山最寄り駅に連絡を入れ、そして、ホテルのゲート、商店街などに連絡を入れた。
真子のことを伝えるたびに、何かが胸を締め付ける。
不安……。

「お嬢様……!!!」

まさは、事務所のデスクに座ったまま、指を絡ませ、何かを祈っていた。


全国の阿山組組員が、真子を捜し回っているものの、それ以上進展がなく、そして、次の日の朝を迎えてしまった。


「ここで降りたぁ?!」

まさちんは、真子の足取りを追って、富士山近くの駅まで来ていた。

「その女の子なら、富士山を眺めていたよ。そして、
 東京方面に向かって歩いていったような…」
「ありがとう」

まさちんは一礼をして、どこかへ連絡を入れる。しかし、目の前に現れた人物を見て、その手を止めた。

「真北さん、どうしてここに?」
「俺の情報網を甘く見るな」
「そうでした。…組長、ここから東京方面に歩いていったそうです」
「歩いて?」
「はい…。歩いてどこまで行ったんだろう、……組長!!」

まさちんは、真子が向かったと思われる方向を見て呟いた。

「まさちん、後は俺の仕事だ。休め」
「休めませんよ。万が一の事を考えると……」
「…そんなことは、ない! …真子ちゃんは、そんなに弱い子じゃないんだから。
 …俺に任せろ。お前は、ぺんこうに付いていてくれないか…」
「真北さん……わかりました」

そう言って、真北とまさちんは、別れた。



ぺんこうは、橋総合病院の屋上に居た。そして、階下に広がる街並みを眺めていた。フェンスを握りしめる両手には、包帯が巻かれていた。その両手を見つめるぺんこう。

「どうして…どうして、組長は…俺を外に……」
「…お前が教師だからだよ」
「まさちん…」

まさちんが、そっとぺんこうに近づき、話しかけた。

「……見守ってくれる人がいるから、みんな、楽しく過ごせるんだなぁ」

まさちんは、フェンスにもたれ掛かって俯き加減で呟いた。

「…何が言いたいんだよ」
「先代の法要の前の日にな、組長と遊園地に行ったんだよ。
 その時に、組長が言った事だよ。そして、大切なものは、失いたくない
 …もっともっとしっかりしないとね…とも…言ったんだよ」
「…まさか、組長…」
「組長は、真北ちさとを捨てて、教師のぺんこうを守った。…違うか?」

まさちんは、空を仰ぐ。

「…守るべき人に…俺達が守られてしまったな…」
「俺…、教え方を…間違ったのかな……まさちん……」

ぺんこうは、フェンスの網が歪む程力強く握りしめていた。包帯が、赤く滲み始める。まさちんが、その手をそっと掴んだ。
ぺんこうは、泣いていた。
まさちんは、そんなぺんこうの顔を腕で覆い隠すようにして、自分に引き寄せる。

「……すぐに見つかるよ…。…しっかりしろぉ」
「………あぁ……」

ぺんこうの声は、震えていた。



「じゃぁ、ここで。ほんと、変な気を起こさないでね」
「はい。…お世話になりました」

真子は、素敵な笑顔を女性に向けていた。女性は、真子の笑顔を見て、心が和んでいた。そして、クラクションを鳴らして、去っていく。
真子が降りた場所は、笑心寺の近く。トラックが見えなくなると同時に、真子の表情が、暗くなった。先程の笑顔は一体……。
暫くすると、雨がパラパラと降ってきた。傘も差さずに歩いている真子。辺りは、かなり暗くなっていた。

雨が激しく降ってきた。

『阿山家代々之墓』

と彫られた墓石の前に力無くしゃがみ込む真子。雨で解らなかったが、真子の顔は、涙でぐしょぐしょに濡れていた。
その顔には、生気が全くといって無かった。

「ごめんなさい……お母さん、…お父さん……」

雨が一層激しく降り出した。その雨は、真子の何かを流し出すような感じで降っていた。

「真子ちゃん」

どこからか、真子を呼ぶ声が聞こえてきた…………。




「あぁ、その女の子か解らないけど、確か東京方面に向かうトラックに
 乗っていったなぁ。道をフラフラと歩いていたから、危ないと思ったんだよ。
 そしたら、後ろを走っていたトラックの運ちゃんに呼び止められて
 そして、乗っていたよ」
「そのトラックを覚えてるか?」
「確か、東京駕籠運輸だったと思うよ」
「わかった。ありがとう」
「がんばれよぉ」

トラックステーションに立ち寄って情報を集めていた真北は、決定的な証言を得て、そして、その運輸会社に向かって行った。



真子が行方不明になって、五日が経った。
真北は、『東京駕籠運輸』とでっかい看板を見上げていた。
ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせている。そして、意を決して、中へ入っていった。



ぺんこうのマンション。
ぺんこうは、何やら準備をしている。

「明日か…。大丈夫か?」

ぺんこうの行動を眺めながら、まさちんが尋ねた。
寝屋里高校は、明日が登校日。
その準備をしているぺんこうを、まさちんが眺めていた。
あの事件以来、まさちんは、ぺんこうのマンションに連日泊まっていた。
ぺんこうの事を任された手前、離れるわけにはいかなかった。

はぁ、やれやれ…本当に…大丈夫なのかよ…。

と思いながら、軽くため息を付いたまさちん。その時、ぺんこうの手が止まった。

「組長の行方は?」
「もうすぐ解るって…何回言わせるんだよ」
「…お前と毎日暮らしていたら、話すことないだろ」
「そ、そりゃ、そうだけどなぁ」
「…もう、大丈夫だよ」
「泣けばすっきりするだろ?」
「…不覚だったな。弱気になってたよ」
「……まだ、戻ってないなぁ」

まさちんは呟くように言った。

「なんだぁ? なんか言ったかぁ?」
「なぁんも言ってないぞぉ」

ぺんこうは、明日の準備を終えた。
その途端、一点を見つめたまま、何かを考える。
いつもの元気さがないぺんこう。
そんなぺんこうの気持ちが痛いほど解っているまさちんは、必死に、平静を装っていたのだった。



トラックの運転手は、自分の会社へ向かっていた。そこへ無線が入る。

『よぉ、お疲れさん』
「今、向かってますよ。後三分で着きます。次は、どこですか?」
『聞きたいことがあるんだけどなぁ』
「何?」
『制服を着た女子高生を富士山近くで乗せなかったか?』
「乗せましたよ。なんだか思い詰めた感じだったけど」

無線の向こうで何か話している様子。

「ちょっと主任!! 何かあったの? って言ってる間に会社に着いたよぉ!!」

トラックに駆け寄る男達。運転手は、何が起こっているのか解らなかった。運転手がトラックから降りてきた。ドアを勢いよく閉めながら、駆け寄る男達に言った。

「主任、何ですか? そして、この方は??」


東京駕籠運輸の応接室に真北と主任、そして、真子を乗せたと思われる女性の運転手が居た。真北が、真子の写真を運転手の前に、そっと差し出す。

「そうそう、この女の子ですよ。この女の子なら笑心寺の近くまで乗せたよ。
 なんだかね、思い詰めた表情をしていたから、変な気を起こすなよって言ったんだ。
 そしたら、笑顔で、ありがとうって言ったよ。その笑顔、とても素敵だったぁ。
 心が和んだよ」
「笑心寺ですか…」

真北は、安心したような顔をして、運転手に深々と頭を下げていた。そして、急いで運輸会社を出ていった。



笑心寺。
夕暮れ時、真子は、子供達を見送っていた。そこへ、住職が近づいてきた。真子は、振り返る。

「すっかり、自分を忘れてしまいました」
「…あの頃の真子ちゃんだったよ。ちさとさんと一緒に
 遊びに来ていた頃の、あの真子ちゃんだった」
「そうですか?」

真子は照れたような顔をしていた。

「……話してくれるね?」
「はい…」

真子と住職は、真子が使っている部屋へやって来た。

土砂降りの雨の中。真子は阿山家の墓前で倒れていた。その姿に気付いた住職と小坊主が、真子を看病し、そして、今…。

真子の前にお茶が差し出された。真子が何故、墓前で倒れ、生きる気力を失っていたのか。
真子は、ゆっくりと口を開いて話し始めた。

「自分の本能に気が付いたんです。…というより、目覚めたという方が、
 正しいのかも知れません。あの時、自分の心の奥から、恐ろしいまでの
 自分が…まるで血を見ることが好きかのような恐ろしい自分が現れて…。
 あれが、本来の自分なんだと…。そう思ったら、なんだか、怖くなって…。
 恐らく、誰かが、そんな私を今まで、閉じこめていたんだと思います。
 今思えば…何度か、そんな自分に逢ったことがある気がします……」

真子は、両手を見つめた。そして、ぐっと握りしめる。

「色々と考えているうち、やはり、私には、やくざの血が…。
 仕方ありませんよね。父も、そして、優しい母も、その血が
 流れていたんですから。その二人から生まれた私は……、
 生粋のやくざなんですよね。そんな自分から
 逃げることしか考えられないんです…」
「…だけど、その時、それを止めることができたんだよね?」
「はい。…でも、自分の中にあんな恐ろしい人格があると思うと、
 いつ、また、みんなを傷つけるかと……。これ以上、みんなに、
 関わりたくない……」

真子は、俯いてしまった。

「真子ちゃん、気の済むまでここに居ていいよ」

住職は優しく真子の頭を撫でていた。そして、にっこりと笑っていた。真子は、そんな住職を見て、少し落ち着いたようだった。


その日は突然やって来た。阿山家の墓前で手を合わせていた真子。スッと立ち上がり、歩き出した時だった。

「えっ?」

突然、目の前が真っ暗になる。真子は、墓前で俯いていた。そんな真子に急いで近づく住職。

「真子ちゃん、どうした?」
「目が……」



ぺんこうは、足取り重く、寝屋里高校に向かっていた。今朝のまさちんの言葉を思い出しながら……。

「取り敢えず、真北さんと笑心寺へ行って来るよ。
 …大丈夫だよな? しっかりしろよ。教師だからな!!」


少しやつれた表情で教室に通じる廊下を歩いていた。教室に入る前に、気合いを入れた。
その表情は、『教師・山本』。
そして、元気よくドアを開けた。

「おぉ、みんな黒なっとんなぁ。元気やったか?」

そう言ったぺんこうだったが、教室内の異様な雰囲気に気が付いていた。一生懸命普通を装っているぺんこうに、徳田が言った。

「先生、真北が来てへんけど、なんでや?」

ぺんこうは、その言葉を聞いて、顔が強ばった。そして、右手を、左腕にそっと当てた。その場所は、体育倉庫で真子をかばった時に撃たれた所だった。

「…真北が、阿山真子やったって、ほんまか?」

徳田は、続けていった。ぺんこうは、徳田を見た。そして、教室を見渡した。なんと、生徒が向けている眼差しが、いつもと違っていた。

「先生、ほんまのこと、言ってや!」
「先生は、知っとったんやろ?」
「なんで、隠すんや?」
「教えてやぁ!!」
「何が遭ったんや!!」

生徒達は、口々に真子の事でぺんこうを責め立てる。ぺんこうは、どうしていいのか解らなかった。いつもなら…いつもの『教師・山本』なら、いとも簡単に問題を解決するはず…しかし、真子のことで平常心を失っているため、生徒達の責めにどうしていいのか、解らず、頭を抱えて、教壇にうつぶせになってしまった。
ぺんこうの頭の中に、生徒達の声が響き渡っていた。
責め立てる生徒の中に居る野崎が、我慢しきれず立ち上がった。

「先生、もう、隠せへん! 言ったほうがええ!!」

ぺんこうは、野崎の声で、我に返った。そして、そっと顔を上げ、野崎を見つめた。

「野崎……」

ぺんこうは、体勢を整える。そして、何かを決心したのか、表情が一変した。

「みんな、聞いて欲しい……」

教室内が静かになった。



まさちんは、慣れた道を車で走っていた。
目の前には自然豊かな森が広がる笑心寺があった。
車を停め、そして、長い階段を昇っていく。
その足取りが、途中で停まった。

組長……。

真北から、真子の行き先を聞いた。それと同時に、真子の様子も耳に入る。
真北は、既に住職と話をしたらしい。
自分が逢おうと思ったが、寝屋里高校での事件の時に、その場に居た人物は、真子を更に警戒させる可能性があると、住職に言われた。その住職から指名のあったのは、まさちんだった。
そして、まさちんは、笑心寺へとやって来た。
真子に逢いたい。真子を助けたい。
その一心でやって来たのだが、いざ、真子に逢うと思うと、足を止めてしまった。
耳を澄ませると、木々のざわめきの中、子供の声と女の子の声が聞こえてきた。
まさちんの足が自然と動き出す。
声が聞こえる方へと足を運んだまさちん。
木陰に立ち、そこで戯れる子供と女の子を見つめる。

組長…。

子供と戯れているのは、真子だった。暫くの間、まさちんは、真子を見つめていた。
真子の笑顔が輝いた。
それは、いつも自分に向ける笑顔よりも輝いている。
真子のことを聞いていただけに、どのような顔で逢えばいいのか、悩んでいた。しかし、真子の笑顔を観ただけで、その悩みは吹き飛んだ。
一歩踏み出した。そして、ゆっくりと足を運び、真子に近づいていく。


ぺんこうの話を真剣な眼差しで聞いている生徒達。ぺんこうは、淡々と話していた。それは、真子と自分の関係のこと。『組長と組員』の関係だと。そして、真子がどれだけ、普通の暮らしを望んでいたのかを…。

「…組長とばれないように、俺が、こうして、教師として
 ボディーガードとなってまで……なのに、俺のせいで…
 俺のせいで、組長が……。…俺達やくざは、親分の為に
 命を懸ける。だけど、組長は…阿山真子は、違った……。
 親分の為に生きてくれと…。そんな組長の気持ち、すごく嬉しかった。
 …俺の夢は叶っている。だから、こうして、俺は…俺達は、
 組長の夢を叶えさせて…あげたくて、…こうして……こう…して……」

ぺんこうの目からは、涙が流れる。そして、これ以上何も言えなくなった。生徒達は、今まで見たことのないぺんこうの姿を、ただ、見つめているだけだった。

「みんな、ごめん! うち…知っとってん。お兄ちゃんのことで
 うちが悩んどったとき、真北さん、自分の正体を打ち明けてくれた。
 そして、先生の事も聞いた。その時な、言ってくれてん。
 たとえ、周りがどうであろうと、自分は自分だって。普通の暮らしがしたい、
 同じ年頃の子と一緒に遊びたい、学びたい…。だけど、組長として学校に通うと、
 みんなにも危険が…。だから……。でもな、みんなに向けていたあの笑顔…
 真北さんなんや。…本当の、真北さんやで。阿山真子とちゃうやん。別にええやん、
 偽名でも。真北さんなんやもん。真面目な女子高生の……」

生徒達は、野崎の言葉を真剣に受け止めていた。

「ひどいやろ!! そんな大事なこと、隠しとったなんて!」

徳田が叫んだ。

「そうや、ひどすぎるわい!」
「隠さんでもええやんか!!」

生徒達が再び騒ぎ出した。ぺんこうは、唇を噛み締め、教壇を見つめる。
突然の生徒達の言葉に、ぺんこうは、何も言えなくなった。
その時、徳田が立ち上がった。

「始めから、話してて、よかってんで、先生」

ぺんこうは、驚いて顔を上げた。

「と、徳田……」
「別に、俺らは、責めるつもりはないねん。心配やねん。
 真北のことも、その真北を思う先生のことも。先生のことや。
 絶対、真北のことで悩んでると思っとったんや。今朝見た時、思ったんや。
 だから、俺達、真実を知りたかってん。こうして、先生を責める形でしか
 できへんかったけどな…。ごめんな、先生。…真北、あの日から、
 姿消しとんねんやろ?」
「あぁ。まだ、見つからないよ…」
「はよ見つかるとええなぁ。帰ってきぃや、真北ぁ!」
「…みんな……ありがとう……。ありがとう…」

ぺんこうは、涙声でそう言って、机に突っ伏して大泣きしてしまった。

「あぁぁぁ!! 先生泣かしたぁ!!!」

安東が言った。

「先生、泣くなよぉ!」
「みっともねぇぞぉ!!」

生徒達は、いつものようにぺんこうをからかいだした。

組長……組長…、みんな、待ってますよ…。
帰ってきて下さい…組長!!

ぺんこうは、泣きながら、心の中で叫んでいた。そんなぺんこうに、生徒達が駆け寄り、ぺんこうの肩を優しく叩いていた。ぺんこうは、眼鏡を外し、涙を拭く。
その顔は、教師だった。
…眼鏡を外していても、教師の顔をしていたのだった。




まさちんが、少しずつ真子に近づいていく。
その時だった。

「おねぇちゃん、危ない!!」
「へっ!? わっ!!!」

男の子・しょうたを追いかけていた真子は、石に躓き、後ろにふんぞり返る。
真子がバランスを崩し倒れてきたところこそ、まさちんの前だった。
まさちんは、そっと手を差し伸べ、真子を支えた。

「びっくりしたぁ。すみません、ありがとうございました」

真子は、自分を支える人物に、思わずお礼を言った。

「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」
「なんとかね。この人のお陰で」

真子を支える人物は、なかなか真子を離そうとしなかった。真子を支えるその手は、震えていた。

「組長」

そう言うのが、やっとのまさちん。

「…ま、まさちん?」
「はい」

自分を支えたのが、まさちん。そして、声を掛けてきたのもまさちん。
真子は突然、まさちんの手を払いのけ、いきなり走り出した。
まさちんは、真子を追いかけ、そして、捕まえた。
その手に力がこもる。

「…離してよ、まさちん、離して!!」
「もう離しません。どこにも行かせません、お一人では!!」

その途端、真子が振り返り、そして、抱きついてきた。

「まさちん、ごめんなさい! ごめんなさい!!! ……うわぁぁ〜〜ん!!!」
「組長!」

まさちんは、真子を力一杯抱きしめる。
真子が居なくなってから、今まで、何かをグッと堪えて平静を装っていたが、それが、一気に表へ現れた。
真子だけでなく、まさちんも目に涙を浮かべている。
そんな二人を真北と住職が見ていた。その真北の足下には、しょうたが立って、真子を見つめている。

「おねぇちゃん、よかったね」
「しょうたくん、ありがとう」

真北がしょうたの頭を優しく撫でてそう言った。しょうたは、照れていた。
そして、真子は、しょうたに元気よく素敵な笑顔で手を振って、真北とまさちんと一緒に笑心寺を後にした。しょうたと住職は、いつまでも真子達を見送っていた。




真子とまさちんは、帰路に就いている間、一言も話さなかった。真子は、幼子のように、ただ、まさちんの手をしっかりと握りしめていた。まさちんには、真子が握りしめる力で、真子の気持ちが伝わっていた。まさちんも、真子に応えるように、しっかりと握り返す。

組長…。


大阪に着き、真北の運転する車で、橋総合病院に向かう。
車の中、後ろの座席では、まさちんが、真子の手を握りしめていた。真子は、まさちんの肩にもたれかかり、眠っている。

「安心したんだな」

ルームミラー越しに真子の様子を伺っていた真北が呟いた。

「そうですね」

まさちんは、優しい眼差しで真子を見つめ、そして、そっと頭を撫でる。

「で、連絡は?」
「…あぁ〜っ。誰にもしてません…」
「ったく。組長を橋にあずけたら俺が連絡しておくよ。
 まさちんは、組長にずっと付いててくれな」
「ぺんこうは?」
「もう、大丈夫だろ。それに、まさちんと居るより落ち着くだろうからな」
「ひどいなぁ、真北さんはぁ」
「本当のことだろ!」
「ま、まぁ…はぁ」

真子だけでなく、まさちん、そして、真北も安心したのだろう。冗談を言えるくらいになっていた。




真子は、愛用の病室で目を覚ました。がばっと起きあがり、辺りを見渡す。
真子の目は、見えていない。
笑心寺で雨に打たれた事も関係しているのだろう。
高熱を出した後、体力が回復したかに思えた時、突然、目が見えなくなったのだった。
それは、真子の頭のことも関わっているのかも知れない。

真子が目を覚まし、辺りを見渡している事に気付いたのは、真子の側に付いたまま離れようともしなかったまさちんだった。

「お目覚めですか?」
「…よかったぁ」

安堵に近い声で、真子が言った。

「まさちん、ずっと側にいてよ」
「ずっと側に居ますよ。心配なさらないでください」

まさちんが、真子に手を差し伸べると、真子がその腕を掴んできた。

「絶対、離れないでよ。ねっ、ねっ!!」

まさちんは、真子の言動に驚いたが、優しく話しかける。

「離れませんよ、組長」
「……私ね、笑心寺でまさちんに逢ったこと、夢だと思ったんだ…
 ……離れないでよ、ねっ」
「はい。離れません」

真子は、なぜかまさちんに甘えていた。そんな真子にまさちんも、微笑んでいた。真子には見えていなかったが、まさちんの暖かさを感じていた。
安心したのか、真子も微笑んでいた。



(2005.11.11 第二部 第十六話 UP)



Next story (第二部 第十七話)



組員サイド任侠物語〜「第二部 笑顔を守る」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.