任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第十九話 忍び寄る黒い影

真子は、部屋でじっとしていた。ドアがノックされる。

「はぁい」
「私です」

真北だった。

「テストはどうでした?」
「ごめんなさい……」

真子は、机の上に用意していたテスト結果を真北に差し出した。真北は、一つ一つ点数を確認していた。どれもこれも100の文字。しかし、一つだけ92。真北は、その答案用紙をじっくりと見つめていた。

「…ほんと、すごい問題を出すんですね…。これは、私でも難しいですよ。
 ましてや、習ってないところでしょう」
「うん…くやしいよぉ」
「ま、仕方ありませんね。他は正解でしたから。頑張ったね」

真北は、真子の頭を撫でていた。真子は、嬉しそうに微笑む。

「お疲れさまです。それでは、次、頑張って下さい」
「はい」
「ところで、体調の方は、どうですか?」
「ん?大丈夫だよ。今のところ問題なし」
「そうですか。何かあった時は、すぐに連絡してくださいね」
「はぁい」
「それでは、私は明日も早いので、お休みします」
「お休みなさいぃ〜」

真北は、真子の部屋を出ていった。真子はため息を付いた。

「ばれたのかと思った」

そう言って、真子は、服を着替え、その日は早めに床に就く。
まさちんは、真子の部屋の明かりが消えていることに気が付き、そっとドアを開ける。
真子は熟睡していた。
その様子を見て、安心したまさちんは、自分の部屋へ戻り、明後日の準備に取り掛かっていた。

「…って、何を持っていったらええんや??」

荷物を前に悩むまさちんだった。





「あっ、黒崎さん」
「久しぶりやのぉ、元気にしてたか?」
「えぇ。黒崎さんこそ。お兄さんもお帰りになられたとか」
「あぁ、少し丸くなってな」

ここは、山黒一家の組事務所。黒崎組と懇意にしている事務所だった。そこへ、訪れた、黒崎竜次は、優しく微笑んでいる。

「で、何か…」
「ちょいとな、若い者を借りたいんだよ…」
「若い者ですか?…また、何か……」
「いいや、特に、命に関わるようなことではないんだが…」
「ですよね? 今はほら、あの阿山組も大人しくなってるんですから、
 組同士の争いなんて、ねぇ〜」
「そうだよなぁ。今時、そんな事する組なんて、ないよな!」

竜次と山黒親分は、笑い合う。

「おい!」
「はい!!」

元気な返事と共に、若い男が二人、事務所の奥から出てきた。

「黒崎さんに力を貸してやれ。暫くは、黒崎さんの言うことを
 聞いて、期待に背かないよう、行動しろ」
「かしこまりました」
「よろしくな」
「井手と申します」
「富山と申します」
「じゃぁ、早速、来てもらおうか」
「はい」
「じゃぁ、山黒さん、お借りするよ」
「鍛えてやって下さい」

竜次は、微笑みながら、事務所を出ていった。






校庭ではしゃぐ真子をぺんこうは、見つめていた。

本当は、目が見えているのでは??

そう思ったその時だった。

「真北!!」

校庭で遊んでいた真子は、歩数を間違って、溝にはまった。すねを思いっきり側壁で打った真子は、涙を流しながら、クラスメートに笑っていた。そして、ベンチに腰を掛け、みんなが遊ぶ様子を伺っていた。そこへぺんこうが、そっと近づく。

「…なに、先生」

ぺんこうの気配に気付いたのか、真子は冷たく言った。

「観てましたよ」
「……あっそう」
「気を付けて下さいね」
「はぁい」

ぺんこうは、特に何も言わずに去っていった。そんなぺんこうの行動に疑問を抱きつつ、生徒達と笑いあう真子だった。


職員室に戻ったぺんこうは、大きなため息と共に、受話器を手に取り、どこかへ電話を掛ける。

『組長に何か遭ったのか?!』
「…第一声は、どうして、いつもそれなんですか?」

冷たい口調。

『お前がこんな時間に電話を掛けてくるのは、それしか…』
「別件とは思わないんですか?」
『思わん。…で?』
「実は、組長の目は見えなくなっているんですよ」

電話の相手は、無口になる。ぺんこうは話し続けた。

「学校では、周りに知られないようにと、いつもと変わらないように
 過ごしているんです。…観ている私の方が心配です。だから、
 真北さん。あなたから組長に言ってください。無理をするな…と。
 真北さんからだと、組長も渋々承諾するでしょう?」
『それは、そうだが、今夜は帰れないんだよなぁ。…それなら、今すぐにでも』
「それが、その…組長が、嫌がってますよ。ほら、明日は、まさちんを送る日でしょう?
 そのまさちんに気づかれたくないそうで…」
『そうは言ってもなぁ』
「まさちんは、真北さんの行動に気付くでしょう? 組長は、それを心配してるんです。
 まさちんを見送ったら病院に行くと言ってます」
『いつからだ?』
「明日でしょう?」
『違う。まさちんの出発日じゃない』
「昨日です」

真北の言葉で、何を尋ねたかったのか、すぐに解るぺんこうは、応えだけを言う。

『…昨日からなのか…。テストのことで話してたときは、
 そんな素振りを見せなかったんだけどなぁ』
「当たり前ですよ。例え視力を失っても、見えるときと変わらないようにと組長は、
 色々と考えていたみたいですよ。現に、職員室まで、普通に歩いて来ますし、
 クラスメートと戯れる時だって、見えないなんて、微塵も感じさせませんから。
 …ですから…その組長の努力を無にしたくないんです…」
『だけどな〜。……それにしては、今日、俺に相談か? 矛盾してるぞ…』
「解ってます。だから、まさちんが出発した後に、すぐにでも病院に行って、
 橋先生の意見を聞いてからでないと…。
 それに、明日は、休みですから、私も病院へ伺います」
『……お前が休みだから、一緒に行きたいだけだろが』
「うっ……と、兎に角…組長の想いを無駄にしたくないんです!
 まさちんに心配させたくないという…組長の優しさを無駄には
 したくありませんから…」
『…ったくぅ、組長は…。わかった。今夜はなんとか帰るようにするから。
 だから、組長の事、頼んだよ。今日の送迎は?』
「くまはちです。まさちんは、休みの間、組長が仕事しやすいようにと、
 ビルに行ってるそうですから」
『わかったよ。ありがとな、ぺんこう』
「宜しくお願いします」

ぺんこうは、受話器を置いた。そして、職員室の入り口に目をやった。そこには、真子の姿があった。真子は、ツカツカとまるで見えているような素振りでぺんこうに近づいて来る。

「先生!」
「なんだ、真北」
「ご相談が……」
「内ですか、外ですか?」
「内ですけど…」
「解りました…。しかし、それは、授業が終わってからでいいかな?」
「はい。そろそろ五時間目ですから」
「では、帰りに、お兄さんが迎えに来るまでということで」
「はい」
「相談内容だけでも、聞いておきましょうか?」
「その、明日出掛けるお兄さんのことですけど…」
「わかりました。…では、気を付けて教室へ戻って下さいね」
「はぁい」

チャイムが鳴っていた。真子は、少し急ぎ足で職員室を出ていった。ぺんこうは、真子の後ろ姿をしっかりと見送って、授業の用意をして、体育館へ向かって行く。



放課後。
くまはちの車が到着する十五分前。真子とぺんこうは、門の所で車を待ちながら、話し込んでいた。
授業のこと、クラスメイトとの戯れなど、この日の楽しいことを真子は、ぺんこうに話していた。
そして、話は……。


「実は、まさちんね、何年ぶりかに実家に帰るでしょう」
「そうですね」
「……帰る道忘れてるかもしれないでしょう…心配で…」
「方向音痴ですからね、あいつは」
「うん。…だから、心配なの…。誰か付いていった方が
 いいかなぁ…と思ってるんだけど、誰を付けた方がいいのか、
 解らなくて…」
「その相談ですか?」

ぺんこうは、怪訝そうな表情を見せる。

「…うん……。…もし、乗る電車を間違えたら…」
「そこまで、方向音痴じゃありませんよ」
「そうだけどね……」
「大丈夫ですから。心配なさらないように」
「でも、でも…もしね…」
「組長、まさちんは、あれでも大人ですよ。ちゃんと一人で行けますよ。
 しっかりと見送ってやってください」
「でも…」
「ったく、組長はぁ」

くまはちの車が門の所へやって来た。車から降りるくまはち。しっかりとドアを開け、真子を迎えた。

「だから、くまはちぃ〜」
「あっ、すみません…つい、癖で…」
「くまはち、どう思う?」
「何が?」
「組長は、まさちんがちゃんと無事に実家の駅まで行けるのかって
 心配してるんだよぉ」
「だって、心配やんかぁ」
「それは、私も心配ですけど、あいつは、子供じゃないんですから」
「ほら、くまはちも言ってますよ。だから、心配なさらないで下さい」
「まさちんの心配よりも、組長の方ですよ。真北さんから連絡ありましたよ。
 目の事で」

くまはちが、少し怒った感じで言った。

「…えっ?! …まさか、ぺんこうぅ〜〜!!」
「仕方ありませんよ。やはり、私には、秘密にしておくことできませんから。
 組長の怒りも怖いですけど、真北さんの怒りの方が、更に怖いですから。
 特に、組長に関してのことは…」

真子は、ぺんこうの脚を思いっきり踏んづけた。

「いてぇ〜!!!」
「帰るよ、くまはち!」
「はい」
「明日は、私も病院へ行きますから」
「あっかんべぇ〜〜!!!」

真子は、ぺんこうに舌を出して、車に乗った。くまはちは、ぺんこうに軽く手を挙げて、運転席に乗り込み、そして、車を発車させた。

「ったく、見事に踏まれたよ……。おにゅーなのにぃ〜。
 しっかし、ほんまに、見えてるみたいですね、組長」

ぺんこうは、靴の汚れを叩いて、職員室へ戻っていった。




「この写真の女の子が、橋総合病院に来るはずだから、
 連れてこい。手段は選ばない。傷つけないようにな」
「かしこまりました」
「捕まえたら、連絡しろ。受け取り場所は、その時に連絡する」
「はい」

白い車が竜次の前を去っていく。竜次は、なぜか、嬉しそうに微笑んでいた。そして、何か考えながら、自分の車に乗り、走っていった。





真子の自宅。
真子は、のんびりと気持ちよさそうに湯舟に入ってくつろいでいた。リビングでは、真北とまさちん、そして、くまはちが深刻な表情を付き合わせている。

「………」
「だから、心配しないで、思う存分楽しんでこい!」
「しかし、真北さん…」
「大丈夫だって。すぐに良くなるよ。…そんな顔をするなよ。
 組長は、お前にばれないようにと見える時と変わらない行動をしてるんだから。
 だから、…まさちん、いつもと変わらない顔で過ごせよ」
「…でも…、組長には、見えないのでは…?」
「ったく…。顔は心の現れと言うだろ。…組長の能力を考えてみろよ…。
 ……な、だから……」

真北は、いきなり、まさちんの両頬を引っ張り上げた。

「な、にゃぁにすりゅんですかぁ〜」
「こういう風に、笑ってるんだぁ〜っ!」
「まきつぁさぁん!!」
「ぶはっはっは!!」

くまはちが、真北に頬を引っ張られたまさちんの顔を見て、大爆笑していた。そこへ、真子が入って来る。

「…何してるの?」
「えっ? いいえ、その……」

真北は、まさちんから手を離した。まさちんは、引っ張られた頬をさする。くまはちが、お盆の上にオレンジジュースを乗せて真子に差し出した。真子は、手に取った。

「ありがとう、くまはち。…で、二人は何してたの?」
「はぁ、まさちんが、明日のことで凄く緊張していたので、
 真北さんが、リラックスということで、まさちんの頬を引っ張っていたんですよ」
「まさちぃぃん、緊張しなって言ったやろぉ」
「そう言われましても、やはり、緊張しますよ」
「ほな、今夜は寝れないんとちゃうかぁ。子守唄、唄ったろか??」
「…組長…お願いします……」
「へっ?!??」

真子は、まさちんの言葉に驚いた。

「冗談ですよぉ」
「…まさちぃん!!!!」

真子は、飲み干したグラスを掲げた。

「うわぁ、組長!!」

くまはちが、真子が掲げたグラスを素早く取り上げる。

「あっ、つ、つい……。…少しは落ち着いた?」

真子は、微笑んでいた。まさちんは、真子の微笑みを観て、真子への心配事が少し和らいだ。

「組長、ありがとうございます。思う存分、楽しんできます」
「うん」

真子は素晴らしい笑顔をまさちんに向けた。
それは、いつもの心を和ませる笑顔とは違い、清々しい感じがしていた。



「ふぅ〜」

真子は、ベッドに寝ころんだ。

「明日のお見送りまでだね…頑張ろうっと。しかし…真北さんに
 怒られなかったのが幸いだなぁ〜。ふわぁ〜っ……」

そう言って真子は、眠ってしまった。

真夜中、まさちんはそっと、真子の部屋を覗き込む。嬉しそうな顔で眠る真子を見て、そっとドアを閉めた。

「真北さん…」

廊下に立っていた真北に驚くまさちん。真北は微笑んでいた。

「ったく…。組長にいつも言われてるんだろ? 自分の時間を大切にしろって」
「はい。…だけど…俺、組長から長い期間離れるなんて、初めてですから…」
「組長の事が心配なのか? それとも、組長から離れる自分の事が、心配なのか?」
「…両方ですね…」
「ふふっ、やっぱりな…」
「…真北さん、何が言いたいんですか?」
「組長の事、組のことを忘れて、ゆっくりと羽根を伸ばしてこいよ。
 これは、組長命令だけでなく、俺からの願いだよ」

真北は、優しく微笑んでいた。

「真北さん…。ありがとうございます」

まさちんは深々と頭を下げた。

「お休み!」

真北は、まさちんの肩を軽く叩いて部屋へ戻っていった。

「お休みなさい」

まさちんは、部屋へ戻り、阿山組日誌を取り出した。そして、その日の事を書き出した。

『明日から二週間の休暇。その間、組の仕事がし易いように
 色々と手配。少しでも組長の負担が減るといいが……』





まさちんを見送った後、真子は橋総合病院に連れてこられた。
真子の診察の後、真北は橋の事務室に呼ばれた。
深刻な表情でカルテを睨み付ける橋。それを観ていた真北は、橋の言葉を待っていたが…、

「なぁ、橋」
「ん?」
「深刻か?」
「そうだな」
「手術が必要か?」
「…いいや、ゆっくり休ませるだけで大丈夫だと…前にも言ったよな?」

そう言って、振り返る橋。その真剣な眼差しに、真北は何かを悟った。

「入院だけはさせたくない。頼むよ、橋」
「だめだ」
「頼むよ。こんな場合のために、組長はまさちんと努力していたんだ。
 目が見えなくなってもいつもと変わらない日々を過ごせるようにと……だから…」
「……しばらくはあかん。脳の検査と今後の対策を真子ちゃんと話し合ってからや。
 恐らく、通院で大丈夫やろ」
「橋……」
「お前らしくないなぁ。ほんまに。お前変わったな。
 それも、真子ちゃんの影響か? なっ、真北」
「さぁね」

誤魔化すように返事をし、そして、立ち上がる。

「何処いく?」
「決まってるだろが」
「そうやな」

そう言って、橋も立ち上がる。

「なんで、お前が?」
「俺からの方が、言うこと聞くやろ?」
「そうだけどなぁ」

と話ながら、真子の病室へと向かっていった…が、

「…………居ない……」

真子の病室のドアを開け、中を観たが、誰も居ない。真北は、何かに集中する。そして、急に歩き出した。

「って、おい、真北ぁ!」

橋が呼び止めても、真北は歩いていく。
一階に下り、廊下を曲がったところ、そこに、真子の姿があった。看護婦と何かを話している。
真北の表情が綻び、そして、静かに歩み寄っていく。
その行動を見ていた橋は、

楽しそうなら、俺は何も言わんけどな。

真子を見つめる真北を見つめて、優しく微笑んでいた。


「真子ちゃん、だめでしょ、歩き回ったら」
「じっとしてられなくて……。庭にいるから。いいでしょ?」
「だめですよ!」

真北が、話に加わる。

「げっ! 真北さん?」

真子が驚いたように首を縮めた。

「病室にいないと思ったら、こんなところに」
「ねぇ、いいでしょ? ねぇ〜。お願いぃ〜!」

真北の腕を掴んで、真子が駄々をこねてくる。それには、真北も驚いた。真子の仕草は、まるで見えているかのようで…。

「組長、見えているんですか?」

驚いたように尋ねるが、

「いいって、橋先生が言ってるよ」

真子に軽く交わされた…。

「ほう、真子ちゃん、ようわかったな。少しだけならな」
「ということで、行こっ! 真北さん。心配なら、一緒に散歩しようよぉ。ほらぁ、早くぅ!!」
「ちょっ、ちょっと組長!」

真北は、真子に引っ張られ、外へと出て行った。

「見えてないんですよね、真子ちゃんは」
「みごとやな」

橋と看護婦は、真子の姿を見て感心していた。



庭では、真子と真北が散歩しながら、まさちんのことを話していた。

「今頃、まさちんは、お母さんに逢ってるね」
「そうですね。駅まで迎えに来られるそうですから」
「私の事忘れて、ゆっくりするかなぁ」
「無理ですね。きっと毎晩電話がかかってきますよ」
「そうだね。ふふふふ!」

真子は笑う。そんな真子を見ていた真北は、真子の病状が心配ながらも、何故か安心していた。


その頃、まさちんは、迷わず無事に実家の最寄り駅に着いた。
駅には、芝山と母が待っていた。そして、迎えに来た芝山の車に乗って、実家へ向かっていく。
まさちんの隣には、まさちんの母が座っていた。
二人は、何話すことなく、ただ、じっと座っているだけ。

何か話せよ…ったくぅ。

「久しぶりの街、楽しみだろ、政樹」
「あ、あぁ」
「政樹と別れてから、しばらくの間はなぁ……」

その場をなんとか盛り上げようと芝山は、まさちんと別れてからの十年間の事をおもしろ可笑しく語り始めた。




真子達が予想していたように、案の定、まさちんは、毎朝、毎晩、電話を掛けてきた。始めの頃は、むかいんや真北、くまはちが電話に出ていたが、その日は、業を煮やした真子が、受話器を取った。

「もしもしぃ〜!!」
『えっ? く、組長?』
「私だよぉ〜。その声は、まさちん? …どう?懐かしいでしょ?
 ちゃんとお母さんとお話してる??」
『組長、そんなに一気に話さないで下さい。懐かしいですよ。
 母も元気です。そちらは、お変わりありませんか?』
「…だからぁ、こっちのことは、心配しないで、ゆっくりしなさいって言ったでしょぉ!
 ということで、帰る日まで電話したら、駄目だよ!! いいね?わかった??」
『組長…わかりました。ありがとうございます』
「じゃぁ、まさちん、またね、元気でね!!」

真子は、受話器を置いた。

「組長、それは、まさちん、かわいそうですよぉ」

むかいんが言った。

「いいの。これくらいしないと、ほんと自分の時間を作らないんだからさぁ。
 むかいんが出た時は、ちゃんと言ってね。電話するなって言われただろ! って」
「かしこまりましたぁ」
「…組長、むかいん…なんだか、まさちんを苛めることを楽しんでませんか??」

真北が静かに言う。真子は、微笑んで頷いた。

「楽しんでるもん!」
「いよいよ、明日ですね、まさちんの同窓会」
「ほんとだね。なんだか、わくわくするね」
「はい」
「同窓会が終わった頃に電話掛けてくると思う」
「私も思います」
「私もですよ。明日、電話の前で待っておきましょう」

真北が楽しそうに言った。

「…真北さんも楽しんでるやん」
「わかりました?」
「うんうん」

和やかな雰囲気の真子家。しかし、それは、一転するのだった。



真子の家のリビング。
電話が鳴った。そこには、真子だけでなく、真北が居た。

「ほら、まさちんからだよ、きっと」
「そうでしょうねぇ」
「うふふ…!! はいはいぃ〜!!」
『えっ? 組長??』
「まさちん! どうだった?? 同窓会!」
『……組長の方が、はしゃいでませんか…? 今、終わったところです。
 いろいろと話してましたよ。昔を思い出しました。楽しかったです』
「よかったね!」

まさちんと電話で話す真子を優しく見つめている真北は、これからの真子の事を考えていた。真北の目線に気づいた真子は、電話しながら、振り返り、真北に微笑む。

「芝山さんの話の初恋って、何?? ね、まさちん、聞きたいな…って、まさちん!?
 あっ…ったくぅ」

真子は、電話を見つめ、そして、そっと受話器を置いた。

「まさちん、どうでした?」
「なんか、慌てて電話を切ったよ。二次会って言ってた」
「二次会じゃ、済まないでしょ。恐らく朝帰りかと」
「ふ〜ん。じゃぁ、まさちんのお母さん、怒るのと違うかな?」
「そうでしょうね」

真北と真子がそのような噂をしているのを知っていたのか、まさちんと芝山達は、二次会だけでなく、三次会、四次会……と延々明け方まで騒いでいた。

朝。まさちんは、通勤、通学の人達が向かう方へ背を向けた歩いていた。そして…。

「ただいま…」
「えらい、早い帰りだね」
「…すみません……」

朝の準備をしていたまさちんの母は、まさちんをからかうように言った。まさちんは、なぜか、恐縮そうに家に入っていく。




「ほな、まさちんさん、朝帰りやったんや」
「うん。朝に電話してきて、真北さんと大笑い。それでね…」
「真北さん、危ない!!」
「えっ? …うそ…きゃっ!!」

野崎と話しながら廊下を歩いていた真子は、歩数を間違えたのか、階段に気づくのが遅れ、脚を踏み外して転げ落ちてしまった。咄嗟に受け身の体勢になったものの、右腕に怪我をしてしまう。

「痛っ……」
「真北さぁぁぁ〜〜〜ん!!」

野崎が血相を変えて真子に駆け寄った。



廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。そして、勢いよく保健室のドアが開いた。

「真北が、怪我をしたって?」
「山本先生、すみません」

右腕に包帯を巻いてもらっている真子は、恐縮そうに言った。



真子は、ぺんこうに付き添われるような形で教室に向かっていた。真子のポケットからは、小さな猫の鈴が出ていた。真子が一歩踏み出すたびに、ニャンニャンとかわいい音を鳴らしていた。

「ちょっと考え事をしていて、踏み外しました」
「まったくぅ、階段を下りるときは、階段に集中してくださいね」
「はい……」
「野崎さんから、聞いた時は、心臓が停まるかと思うほど驚きましたよ…。
 これ以上怪我をしたら、まさちんが心配しますよ」
「そだね。気をつける。…まさちん、今頃、何してるのかなぁ」
「やはり、まさちんのことが、気になりますね??」
「うん…。気になるよぉ。長い間、側にいるからね」
「……その鈴、どうしたんですか? 猫の鳴き声ですよね。珍しい…」
「猫だもん。野崎さんからもらったんだ。名前入りだよ!」

真子は、鈴を鳴らした。鈴には、『mako』と書かれていた。

「兎に角、病院に行きますから」
「…ぺんこうが?」
「えぇ」
「…授業は??」
「今日は、早退の予定ですよ」
「なんで?」
「さぁ」
「誤魔化すな!!…痛て…」
「駄目ですよ! 怪我してる腕でぇ〜」
「ったくぅ〜」

真子は、いつもの如く、ぺんこうの腹部に肘鉄を喰らわそうとしたが、ぺんこうは、真子の右側に居たため、怪我していることをすっかり忘れて右腕で肘鉄を喰らわしてしまったのだった。ぺんこうは、慌てて、真子の腕をさすっていた。



橋総合病院。
検査を終えた真子は、結果を聞くのに嫌気が指し、庭を散歩していた。

「1、2、3歩。んなこと言ってもあかんな」

真子は、気分転換に、ぶらぶら歩いていた。猫の鈴が少しうるさく鳴っていた。
足下にボールが転がってきた。
真子は、そのボールを拾い上げる。

「ありがとう」

小さな女の子が、真子に言った。

「はい」

真子は、見えていないのに、女の子の目線までしゃがみこんで、女の子にボールを渡した。女の子は、真子からボールを受け取って、手を振って走っていった。少し離れたところで、ボールを壁に当てて遊び始める。真子は、その音を確認しながら、歩いていた。



「…やっぱりなぁ」
「だと思いましたよ。じっとしていられないでしょう」
「庭を捜そうか」
「そうですね」

真子の検査結果と今後の対策を橋から聞いた真北とぺんこうは、帰る為、真子を迎えに来たものの、やっぱり、病室には真子は居なかった。真子を探すため、病院内を歩き回る真北とぺんこう。
その頃、散歩中の真子は、何かにぶつかった。

「な、なに? あっ、すみません。ぼぉっとしてました」

人だった。

「阿山、真子さんですね?」

その声に殺気を感じた真子は、後ずさりする。しかし、後ろにも男が立っていた。その男にぶつかった真子は、肩を掴まれる。

「なんだよ!」

突然の事で身構える真子。真子の口にクロロホルムを染み込ませたハンカチを当てる男。ハンカチを持っているなんて、目の見えない真子が気づくはずはなかった。

しまったっ!!!

真子は、気を失い、力無く倒れる。男達は、真子を抱えて、病院の外に停めてあった車に乗せ、素早く去っていった。

「ったく、なんだよ、あいつらはぁ」

駐車場の管理人は、男達を不審に思っていた。そして、車のナンバーをメモっていた。



庭に来た真北とぺんこうは、辺りを見渡すが、真子の姿は見当たらず。

「真北さん、病室に戻られたのでは?」
「う〜ん」

真北が、立ち止まって、辺りを見渡していた。

ニャンニャンニャン…ニャ…

「ん???…これは…!!」

ぺんこうは、何かを蹴った。なんだか、聞き覚えのある怪しい…?珍しい??鈴の音だった。ぺんこうが拾い上げたそれは、『mako』と書かれた猫の鈴…。

「これは、組長の……」

ぺんこうがふと目をやった所に、ハンカチが落ちていた。それを拾い上げる。
微かに何かが臭ってくる。

「クロロホルム…。まさか…」
「どうした、ぺんこう」

真北は、ぺんこうの行動に不審を抱き、ぺんこうの手にあるハンカチを奪うように取り上げ、匂いを確認した。その二人の足下にボールが転がってきた。それを拾い上げ、駆け寄ってきた女の子に優しく渡すぺんこうが、女の子に話しかける。

「ねぇ、ずっと、ここにいた?」
「うん」
「髪の毛を後ろに束ねた女の人見なかった?」
「そのハンカチを持っていた人が、連れていったよ。ハンカチ落としたから、
 拾ったんだけど、おじさんが女の人抱えて、あっちに走っていったの。それ、
 おじさんに届けてあげて」
「おじさんは、一人?」
「二人だったよ」

ぺんこうと真北の顔色が変わった。

「お嬢ちゃん、ありがとう。これ、おじさんに渡しておくね。じゃぁ、気をつけるんだよ」
「うん」

女の子は、明るく返事をして、三度ボール遊びを始めた。真北とぺんこうは、女の子が指さした方へ走っていく。

「女の子と男二人が、通らなかったか?」
「あぁ、その三人なら、確かに、そこから、出て行ったで。女の子は、抱えられていたでぇ。
 車は外に置きっぱなしで、エンジンかけっぱなしやったから、不振に思ったんや。
 ナンバー控えてるで。ほら、これや」

駐車場の管理人は、控えたナンバーを真北に見せた。

「白のセダンやった」
「ありがとう」

真北は、内ポケットから、携帯電話を取りだして、原に連絡を入れる。電話を切った真北は、苛立っていた。

「くそっ!」
「真北さん…」
「ぺんこう、まさちんには、絶対に言うなよ!!」

真北は、ぺんこうに力強くに言って、病院を去っていった。

「真北さん」

刑事・真北の背中を見つめるぺんこうは、複雑な気持ちだった。



河川敷。
白いセダンの車が停まっていた。そこへ、黒塗りの高級車がやって来た。白いセダンに乗っていた男が、降りてきた。そして、黒塗りの高級車に近づいた。

「約束の品です」
「…乗せろ」

白いセダンに乗っていた男達は、後ろの座席から女の子を抱きかかえ、黒塗りの高級車の後部座席に乗せた。

「ご苦労だった」

高級車の男は、懐から銃を取り出した。そして、素早く男達に向け発砲する。男達は、その場に力無く座り込んだ。高級車の男の口元が不気味につり上がり、そして、去っていった。

「…なんで、俺達、ここに?」
「さ、さぁ。確か、阿山真子を拉致したよな…」
「あぁ。…それから??」
「さぁ」
「…帰ろっか」
「あぁ」

脈絡のない会話をしながら、男達は、河川敷を去っていった。


高級車の男。それは、黒崎竜次だった。運転しながら、後ろの座席に横たわる女の子=真子をルームミラーで見ながら、微笑んでいた。そして、とある屋敷に着いた。真子をそっと抱きかかえ、屋敷の中へ入っていく。

屋敷内の一室に真子を抱えて入っていった。真子を床にそっと寝かした。

「阿山真子か…。ほんと、大きくなったなぁ」

不気味な笑みを浮かべ、竜次は、真子を見つめていた。




無線を切った原は、助手席に座る真北に振り返る。

「真北さん、その車は、山黒一家所有ですよ」
「山黒一家が、また、なぜ」
「…んなこと私に聞かないで下さいよ」
「急げ。阿山組が気づく前にな」
「どういうことですか?」
「ぺんこうが知ってるんだよ。俺に任せろと言ってあるんだがな、
 ぺんこうの事だ。今頃、くまはちに伝えてるよ」
「って、くまはちさんに知れたら…それこそ…」
「だから、急げ!!」
「はい!!」

原はアクセルを踏み込んだ。

真北の想像通り、ぺんこうから真子の事を聞いたくまはちは、既に行動を開始していた。虎石と竜見を引き連れて、山黒一家の事務所に向かって車を走らせていた。
くまはちの顔は、なぜか、微笑んでいた。

久しぶりの『殴り込み』になる……。



(2005.11.22 第二部 第十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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