任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十話 まさちんとくまはち

須藤組と川原組、そして、水木組が集まって緊急会議を開いていた。

「くまはちが、何かを始めたみたいやで」
「あぁ。さっき虎石から連絡あったよ」
「で、何や?」
「くまはちが、例の微笑みをしているそうだ」
「例の…? …大丈夫なのか? 誰も止めなくてええんか?」
「ええやろぉ。かなりたまってるだろうからなぁ」
「そうやな。五代目の流儀で、くまはちは、
 暴れ足りないみたいな面しとるからのぅ」
「最近、また、鍛え上げてるみたいやしな」
「あぁ」
「……だから、何が起こってんねん??」
「さぁ」

…会議になっていなかった。



「この車に間違いないな」

山黒一家の事務所の前に停まっている白いセダンを見つけた真北と原は、ナンバーを確認した後、事務所へ入っていった。

「うわっ! 真北さん!!」

原の叫び声が外まで聞こえてきた。悲鳴混じりの声が響いていた。人を殴るような鈍い音も聞こえていた。

「ひぃぃぃ!!!」

真子を拉致した井手と富山が事務所から勢い良く飛び出して来た。二人とも血だらけだった。

「だから、真北さん、駄目ですよ!!!」
「うるせぇ!」
「…あちゃぁ〜」

諦め混じりの原の声。両手を血で染め、少しだけ返り血を浴びた真北が、事務所から出て来る。そして、地面に横たわる二人を刺すような鋭い目で睨んでいた。そこへ、車が一台、やって来た。

「ちっ、先を越されたか」

車から降りながら、くまはちが残念そうに言った。くまはちに続き虎石も降りてくる。その虎石も、残念そうな表情を見せていた。

「こいつら、しらを切ってばかりだよ」

真北の声には怒りが籠もっている。そこへ、黒崎がやって来た。

「…何が遭った?」

黒崎は、事務所前の光景を見て驚いたように尋ねる。

「組長が、病院から、こいつらに拉致されたんですよ」
「真子ちゃんが、拉致された?」
「あぁ。……くそっ…!」

怒りが納まらないのか、真北が男達に蹴りかかろうとしているのを、原が、止めに入る。

「真北さん!!」

真北は、恐ろしいまでの目つきで原を睨むが、原は、ひるみもせず、唇を噛み締め、首を横に振っていた。

「わかったよ…」
「お前ら、本当か?」
「黒崎さん、助けて下さいよぉ〜」

二人の声は震えていた。

「俺達、阿山真子を拉致するように言われてその通りにしたんですよ。
 だけど、その後、どうなったのか、覚えてないと言ったら…」
「なるほどな。で、誰から言われた?」
「……それも、覚えてないんだよ」
「どこかの堤防で、見覚えのある男に阿山真子を渡したところまでは、
 覚えてるんだよ。だけどその後、気が付いたら、事務所に帰ってた…」

井手と富山は、首をかしげながら、黒崎に話していた。

「なんだよ、それ」

くまはちは、呆れたように言う。

「真北さん、どうやら、ここには、もういないようだな。
 他を当たられたらどうですか?」
「そうするよ」
「私も、協力させてもらいますから」
「よろしくお願いします。原、行くぞ」
「はい」
「くまはち、お前は、家で待機しておけ」
「しかし、真北さん」
「俺達に任せろ」
「わかりました。あとは、頼みます」

真北の口調に、くまはちは、渋々承知した。
そして、真北と原、くまはち達は、別々に去っていく。黒崎は、真北達を見送り、

「さてと…。傷の手当てせなな」

二人に優しく声を掛けた。

「…しかし、真北を怒らせたら駄目だろぉ」
「真北??」
「そっか、お前らは、噂を聞いていないのか。この世界では、有名だぞ。
 真北の怒りは。手当てしながら、じっくりと話してやるよ。ほら」

黒崎は、二人に手を差し出し、支えるようにして事務所へ入っていった。




「真北さん、どうしましょう」
「振り出しに戻ったということか。…あいつらが行ったという
 堤防辺りを探るとするか」
「…阿山組の幹部には?」
「何も言うな。あいつらのことだ。何を始めるかわかってるだけに、
 組長が、無事に戻った時のことを考えると、黙っていた方がええやろ」
「…そうですね…」

阿山組系幹部が、誰一人何も知らないのは当たり前だった。
親分を拉致されて黙ってるような連中じゃないことくらい、真北は知っていた。もちろん、原も解っている。

真子の拉致。
この事件は、あくまで一般市民として扱っていた。それは、同窓会で故郷に帰っているまさちんの為でもある。

しかし…。



「で、見つからないのか?」
『そうだ。真北さんに任せてるよ』
「すぐ、戻る」
『だめだ』
「なにぃ?」

くまはちが、まさちんに連絡を入れていた。
何も知らせなかったら、特別休暇後、まさちんがどんな行動を起こすのか、想像してしまった、くまはち。
恐らく、怒りを抑えることができないだろう。
もちろん、くまはちの『戻るな』の言葉にまさちんの怒りが頂点に達した。

「どういうことだよ、くまはちっ!」
『お前は、休暇を満喫してから、戻ってこい。わかるだろ?
 組長からの命令だろ? 何があっても、休暇を満喫しろって』
「だけど・・・」
『いいから。やっぱり知らせない方がよかったか?』
「いいや、知らせてくれてありがとう。わかった。
 そうするよ。定期連絡を頼むよ」
『あぁ』

まさちんは、電話を切った。後ろで、母が心配そうに立っていた。

「政樹、戻りなさい」
「いいえ、いいんです。……いいんです……」

まさちんは、目を瞑り、そして、静かに言った。



黒崎は、家に戻ってきた。家政婦から、竜次が寝室に籠もって出てこないと聞き、心配で竜次の部屋へ入っていった。
暫く、竜次の寝室のドアの前に立ち、中の様子を伺っていた。
中にいる気配はある。意を決して、ドアを勢い良く開けた。

「なんだよ、兄貴」

竜次は、ベッドの上で、女と寝転んでいた。その女の髪の毛をいじっている竜次を観た黒崎は、呆れたように項垂れた。竜次の隣にいる女性は、動く気配を見せない。

「お前、また、薬を使って女を。やめろと言っただろ」
「いいじゃねぇか。俺の勝手さ」
「寝室から出てこないと聞いたから、また具合でも悪いのかと思ったんだよ。
 元気なら、いいけどな」

黒崎は、寝室のドアを閉める時に竜次の横に寝ている女性に、さりげなく観て、ドアを閉めた。
しかし、少し歩いたところで、何かに気が付く。再び、竜次の寝室のドアを開けた。

「だから、兄貴、なんだよ」
「お前、その女は?」
「ふふふ…。阿山真子だよ。あんなガキが、大人になっていたんだよ。
 あの時、血だらけで呆然としていた、あのガキがな…」

黒崎は、竜次に近づき、竜次をベッドから引きずり下ろした。

「痛てぇなぁ。何するんだよ!」

真子は、何もされず、ただ眠っているだけだった。

「真子ちゃん? 真子ちゃん?」

黒崎は、真子の頬を軽く叩くが、真子は目を覚まさない。

「竜次、まさか、あの薬を?」
「あぁ、そうだよ。二、三日は目覚めないな」

黒崎は、竜次の言葉を無視して、真子を抱えた。そして、寝室を出ていこうと踵を返す。

「待てよ!」

寝室のドアに立ちはだかる竜次。

「どうするんだよ、俺のコレクションを」
「コレクション? お前が、拉致するように言ったのか?
 なるほどな、お前なら、あいつらの記憶を消すことできるよな」
「返せよ」

黒崎は、何も言わずに寝室を出ていった。真子を抱えたまま廊下を歩いていると、後ろから竜次が叫んだ。

「お前が、その子の母を殺したんだろ! なのに、
 なんだよ、その態度はよ! 守る? よく言うよ!」

黒崎は、立ち止まり、床に真子をそっと置いて、竜次へ近づき、そして、勢いよく殴った。

「俺は、この子を守ると誓ったんだ。だから、日本に戻ってきた。
 なのに、お前が、お前が……まさか、この子を狙っていたのも……」
「あぁ、俺だよ。あの時から、ずっと、ずっとな。
 あんたが、この子の母を殺した頃から、ずっとだ」

黒崎の拳は、震えていた。しかし、ぐっと堪えて、踵を返して、真子を再び抱えて、その場を去っていった。
竜次の目には、怒りと淋しさがこもっていた。


黒崎は、真子を自分の部屋へ連れてきた。

「くそ…竜次のことだ…。原液で、それも特製を打った可能性があるな…」

黒崎は、真子をソファに寝かせ、そして、どこかへ電話を掛けた。

「…あぁ、俺だ。悪い…また、竜次が…。あぁ。そうだ。
 恐らくD−25だと思うよ。解毒剤頼む」

黒崎は慣れたような口調で告げ、そして、電話を切る。

竜次は、黒崎が経営する薬品会社の研究者の一員として働いている。そこで表への色々な薬を開発する一方、裏への薬も開発しているのだった。真子に打った特製麻酔薬の他、人を思い通りに操る薬や強靱的な力を引き出す薬など…。そして、黒崎は、その竜次が薬で起こした事件などの後始末を行っていた。



黒崎の部屋へ、電話の相手がやって来た。その相手は、研究者の一人だった。その研究者が持ってきた箱を受け取り、そして、中に入っている解毒剤を真子に打った。

「あれ? この子は、阿山真子じゃないですか。まさか、竜次さんの手に?」
「D−25を打たれただけで無事だよ。…ったく……」
「…あれから十年は経ってますね。ということは、もう、高校生ですか」
「あぁ。それに…阿山組の五代目をしてるそうだよ」
「五代目って…やくざ嫌いだという噂でしょ?」

真子のやくざ嫌いの性格は、ヤクザの世界に関わる者の間で、有名になっている。

「そのやくざに…俺達のように、人の命を何とも思っていない奴らに、
 命の大切さを教える為に…五代目を襲名したそうだよ。
 …あの…ちさとさんの血を継ぐ真子ちゃんだ。これからのやくざ界も変わるぞ」
「そうあって欲しいものですよ」

研究者は、力強く言った。その言葉は、黒崎の胸に突き刺さる。

自分がそうだった……。

「ありがとうな」
「では、失礼します。…あっ、そうでした。報告あります」
「…なんだ?」
「例の薬ですが、ヒントが掴めました」
「そうか」
「あと一息です」
「…あぁ。頑張ってくれ」
「はい。では、失礼します」

研究者は黒崎の部屋を出ていった。黒崎は、真子をそっと抱きかかえ、そして、自分のベッドに優しく寝かしつけた。
真子は、無表情で眠り続けていた。




「…どう説明するつもり?」
「そうですね…どうしましょか、お母さん…」
「取り敢えず、真北さんには、お知らせした方が…」
「そうですね……」

黒崎は、頭を抱えて悩んでしまった。


黒崎家の前に、高級車が停まった。中からは、真北を筆頭にくまはち、そして、まさちんが降りてきた。三人は、深刻な表情で家の中に入っていく。

「組長は??」

黒崎の姿を見るやいなや、まさちんが黒崎に突っかかっていった。

「まさちん!」

真北がまさちんを良いタイミングで引き留める。

「しかし、真北さん!!」
「…ったく、お前は、黒崎さんを見ると突っかかる癖、
 何時になったら治るんだよ」
「一生、治りませんね」
「組長の恩人だろ…。山黒一家の事務所近くに倒れていた
 組長を見つけてくれたんだよ…お礼が先だろ…」
「…ありがとうございます。…で、どこですか?!」
「二階の奥の部屋だよ」

まさちんは、黒崎が言い終わる前に、家に上がって階段を上っていった。

「すみません」
「仕方ありませんよ」

黒崎は、複雑な気持ちだったが、真北達に微笑んでいた。



「気が付いたかい?」

真子は、目を覚まし、そして、自分が初めて見る部屋に居ることに気が付き、更に、目が見えている事にも驚いていた。そこへ、やって来たのは、白原だった。真子は、白原を見て、首を傾げる。

「白原さん。ここ、白原さん家?」
「いいえ、息子の家」
「黒崎さんの? なんで、いるの?」
「それは…」

強烈な足音が近づいてきた。

「組長!!!!」

叫び声と共に部屋に駆け込んで来るまさちん。

「まさちん、うるさい!」
「組長ぉ〜…。よかったぁ〜」

まさちんは、今にも泣き出しそうな顔をして、真子を抱きしめた。

「こ、こらっ! 白原さんの前で…」
「すみません…」

まさちんは慌てて真子から離れた。真子は、まさちんを見て微笑む。

「お帰り、まさちん。同窓会どうだった?」

真子に話しかけられ、まさちんは、きょとんとなる。

「組長…、その……」
「わかってるって。自分に何があったかぐらいは。
 でも、こうして、無事だったんだから」

まさちんは、真子の言葉、そして、笑顔に安心する。ふと何かに気が付いた。

「組長、まさか、目…見えている…とか??」
「治ったみたい…って、知ってたの?」
「はい」
「そうだったんだ。…ごめんね、黙ってて…」
「…いいえ、組長…私の方こそ……」

まさちんはそれ以上言葉にならず、ただ、頷くだけ。そこへ、真北、くまはち、そして、黒崎がやって来た。

「真北さん。黒崎さん」
「組長、ご無事で…」

真北は、言葉につまった。

「真北さん、大丈夫?」

真子は、少しからかうように真北に言った。真北は、ただ、頷くだけ。
誰もが、真子の無事を、そして、目が治っていることに、喜びを感じたものの、声を発すれば、震えることが解っているだけに、ただ、頷く事しかしない。

「黒崎さんが? お世話になりました」

黒崎は、何も言わず微笑むだけだった。


竜次は、自分の部屋を出てきた。そして、玄関に通じる廊下に出たときだった。
玄関先が賑やかなのに、気付く。
ふと、目をやると、そこには、真子達が白原とそして、黒崎と楽しそうに話し込んでいる姿があった。竜次は、恨めしそうな眼差しで見つめる。
拳が自然と握りしめられていた。
真子が、竜次に気が付いたのか、軽く会釈していた。竜次は、そんな真子をじっと見つめ、そして、去っていく。



真子達が帰った後、黒崎家は静まり返っていた。

「竜次…。あのな…」

黒崎は、廊下に立っていた竜次に気が付き声を掛けた。しかし、竜次は、黒崎の言葉を遮るように啖呵を切った。

「兄貴、俺はもう、あんたとは、縁を切る」

そして、その場を去っていった。
その日以来、黒崎家には、竜次の姿が見えなくなった。

「竜次…どこに……」

黒崎は、なぜか、竜次の身を心配していた。
竜次は、黒崎家とは、別の家に居た。寂しそうな顔でソファに座り、そして、手には、一枚の写真を持っていた。

「真子ちゃん……。俺の…コレクション……諦めないよ」

竜次の口元が不気味につり上がる。




寝屋里高校。
真子は、元気に登校してきた。
そんな真子を見つめるぺんこうは、すごく安心したような表情をしていた。
ぺんこうの姿に気が付いた真子は、とびっきりの笑顔で微笑み、手を振った。




「かわいいぃ〜〜〜っ!!!!! でっかぁぁい! 見て!見て!!
 ほら、ほらぁ!!!」

真子の声が家の中に響いていた。まさちんの母が、真子にと購入した猫がでっかく編まれているセーターを着て、真子がはしゃいでいた。

「ありがとう、って電話しなきゃ!」
「あっ、組長?」

まさちんも言葉を無視して真子は、まさちんの実家に電話をかける。真子とまさちんの母との会話は、すごく弾んでいた。

「なんだか、私より、会話が弾んでますね…」
「そんなもんだよ」
「元気ですよぉ。あっ、変わります。まさちん、はい!」

真子は、まさちんに受話器を渡した。まさちんは、受話器を持ったものの、話す言葉が見当たらない。

「なに照れてるんだよ、ほら!」
「も、もしもし…、あ、はい…」

たどたどしく、まさちんは話し始めた。



トントン……トントン……

朝六時。真子の部屋に不気味な音が響き渡っていた……。

「組長、朝ですよぉ、起きてますか??」

そう言って真子の部屋に入ってきた、まさちん。しかし、真子は、まだ、眠っている様子。まさちんは、そっと真子に近づき、声を掛ける。

「遅刻しますよぉ」
「ん?…んーー……。起きるぅ〜」

寝ぼけ眼で起きあがった真子。その様子を見たまさちんは、

「早く支度してくださいねぇ〜」

優しく声を掛けながら、部屋を出ようとしたが…真子が、ベッドから降りた途端、ふらふらしていることに気が付き、慌てて真子を支えた。
寝起きだが、いつもより体温が高いことに気付く。

「…熱出てますよ…。今日は、お休み下さい」
「…学校…行くぅ〜」
「……そんなヘナヘナな声で言っても無理ですよ」

まさちんは、そう言って真子をベッドに寝かしつけた。

「むかいんに頼みますから。今日一日、寝てて下さいね」
「…まさちん、居るん?」
「私は、仕事ですよ。休暇の間にたまった仕事を終えないと、
 次に進みませんから。特に、例の新事業ですよ」
「…あれは…須藤さんに任せてるやん…」
「任せっきりは、いけませんよ」
「う〜ん……」
「兎に角、寝てて下さいね」

まさちんは、急いで真子の部屋を出ていった。


キッチンで朝食の用意をしていたむかいんがまさちんの足音で、事態を把握したのか、まさちんが言う前に、特製料理の用意を始める。

「むかいん〜組長が…」
「五分で作るよ」
「よろしく」

ふと、視野の端に映ったリビング。そこのソファに居るくまはちに気付き、声を掛けた。

「くまはちぃ〜」
「心配するなよぉ。任せとけって」

実はくまはち。この日は休暇を取っていた(もらっていたが正しい。組長命令)。
まさちんは、自分の言いたいことを全て先に言われたのが、くやしかったのか、ふくれっ面になっていた。

「まさちん、まだまだだな…」

くまはちが呟くように言った。

「何がぁ?」
「…ふくれっ面」
「ふ、ふふくれっ面ぁ〜?!?? いつ、俺が?」
「…まさちん、気づいてないんか? お前、時々するぞ」

むかいんがまさちんをからかうように言った。

「俺が?」
「あぁ」
「……知らん…」
「ほらぁ〜」

くまはちに指摘されてまさちんは、自分のふくれっ面に気が付いた。
むかいんがトレーに特製料理を置いて、まさちんに目で合図した。まさちんは、すぐにそれを手に取り、リビングを出ていった。



「組長、お持ちしましたよぉ。…って、なんで着替えてるんですか!」
「ふにゃぁ? 学校……遅刻するぅ〜」
「駄目ですよ。熱が高いんですから」
「うん…大丈夫だよぉ。今日は誰も居ないだろぉ」
「くまはちが居ますよ。…組長命令で休暇与えたの忘れてませんか?」
「ん??」
「…駄目だ…。組長、これを飲んでから、すぐに着替えてお休み下さい。
 ぺんこうには、私から連絡しておきますから」

まさちんは、真子のベッドサイドテーブルの引き出しから、体温計を取り出し、真子の耳に当て、熱を計る。

「…三十八度ですよ」
「うん〜」
「…真北さんから聞いていたでしょう? 薬の副作用で熱が出るかもしれないから、
 出た時は、絶対安静にしておくようにと。解りましたね?」
「うん…」

真子は、むかいん特製料理を飲み干し、そして、着替え始めた。まさちんは、空容器を持って真子の部屋を出ていった。



「っつーことだよ」
『解ったよ。ま、今日は土曜日やし、授業内容もそんなに重要な
 ものやないから、ゆっくり休むように、伝えておいてくれよな』
「あぁ。よろしくな」

まさちんは、受話器を置き、大きく息を吐いた。
むかいんは出勤の用意をして、玄関に向かいながら、くまはちに話していた。

「三回分あるから。温めてから差し上げてくれよな」
「あぁ」
「じゃ、行って来るよ。帰りは遅いから。くまはち、自分の分は
 自分で作ってくれよな。…汚したら、駄目だぞ」
「わかったよ。むかいん、笑顔、笑顔」
「…わかってるって…。行って来ます!」
「行ってらっしゃい」

むかいんは、くまはちとまさちんに見送られて出勤。

「…お前は、遅刻せぇへんのか?」
「…あっ。俺も出勤だって。ほな、くまはち、よろしくな」
「……あのさぁ〜、もし、組長が倒れた時は…ええんか?」
「この場合は、しゃぁないって。大丈夫だって」
「しかし…」
「…特別な者以外組長に触れるな…ってことだろ? 仕方ないだろ。
 真北さん仕事で明後日まで帰って来ないし、俺は居ない。だからと
 言って、あの体調で組長を登校させるわけにはいかないし…。
 くまはちしか居ないんだから。あの命令には、特殊な場合を除くって
 後から真北さんが加えていただろ。気にするなよ」
「あぁ」
「じゃ、行って来る。頼んだよ」
「あぁ」

まさちんも出勤した。そして、くまはちは、一人となってしまった。

「さぁ、どうしたもんかなぁ〜」

少し悩んでいるくまはちは、取り敢えず、真子の部屋の前で待機する。


十一時。
熟睡していた真子が目を覚ました。起きあがり、自分で熱を計る。

「三十七度五分…少し下がったか…。よいしょっと」

真子はベッドから降り、ドアを開けた。廊下で待機していたくまはちが、慌てて立ち上がった。

「くまはち…ずっとそこに居たの??」
「起きて大丈夫ですか?」
「うん。少しましになったから。……ごめんね、くまはち」
「はい??」
「折角の休暇……駄目にしちゃって…」
「気になさらないで下さい。それより、どちらへ?」
「…お腹空いた…」
「…まだ十一時ですけど…」
「むかいん、三回分作ってるでしょ? それ食べるぅ」
「解りました。すぐ用意してお持ちします」
「いいよぉ。下で食べるからぁ」
「駄目ですよ。部屋から出さないようにとまさちんに睨まれましたから。
 部屋でお待ち下さい」
「はぁい。じゃぁ、よろしくぅ〜」

くまはちは、急いでキッチンへ向かった。真子は、部屋に戻り、ベッドに腰を掛けてくまはちを待っていた。




「まさちん、明日だろ? 準備はできてるけどさぁ…」

AYビルの会議室で須藤が落ち込んだ様子でまさちんに話していた。

「大丈夫ですよ。手は打ってますから」
「手は打ってるって言ってもだなぁ、あの三社は、なかなかだろぉ」
「追田社は、難しいでしょうが、あとの二社は、組長が調べたところ、
 追田社が裏で糸を引いているようですね」
「そうなのか?」
「えぇ。資料はこれです」

まさちんは書類の束を須藤に渡した。須藤はじっくりと目を通していた。

「これ、組長が一人で調べたのか?」
「あぁ」
「…流石だな…」

須藤は、感服する。

「この件を全て俺に任せたのは、何故だ?」
「須藤さんの実力をすでに見極めておられるからですよ」
「俺の実力??」
「えぇ。須藤さんの言葉は、説得力があると常におっしゃっておりましたから。
 ですから、一般市民の方々を、このように納得させたのでしょう?
 それも一般市民として接して」
「ま、まぁな。組長から言われたからなぁ。一般市民として、この企画を進めるようにって」
「あと一息ですね」
「そうだな。…なぜだろう。組の拡大を謀っているときよりも
 やりがいがある気がするのは…」
「こういうことが、一番向いているんですよ、須藤さんは」
「…なるほどな。…俺自身のことなのに、組長の方が俺のことを
 理解していたという訳か…。流石だよ…組長についていくこと、正解だな」

須藤は微笑んでいた。

「えぇ。素敵な親分ですよ」

まさちんは、遠くを見つめるように言った。




「ごちそうさまぁ」
「では。お休みなさいませ」

空容器を持って部屋を出ていくくまはちを、真子が呼び止める。

「くまはち」
「はい」
「暇ぁ〜」

真子の言い方で、何を訴えているのかが解る、くまはちは、

「…組長…。私は、まさちんの様に話題豊富ではありませんよ」

直ぐに応える。

「そんなことないよぉ。色々と聞きたいこともあるしぃ」
「しかし…」
「…組長命令」

真子は、組長命令を出すところを間違っている……。
真子の言葉に逆らえない、くまはちは、少し困った表情をする。
そんな表情も素敵なくまはちだが………。

「わかりました。これを片づけましたら、すぐに戻ります」
「うん。早くね」

くまはちは、食器を洗いながら、真子に何を聞かれるのか考え込む。なぜか、ドキドキしていた。




「そうですねぇ、私の父よりももっと昔になりますね」

くまはちは、真子のベッドの側に座り、真子と語り合っていた。

「私が知ってるのは、おじさんだけだよ。お父様のボディーガードと
 いうことしか知らないんだけど…」
「私の家系は、代々、阿山家を守るのが義務だったようですよ。
 ですから、先代の父の父…阿山組と名のる前からだと思います」
「そんなに古いのぉ??」
「えぇ」
「でも、それは、昔のことでしょぉ。私の代で終わりにしたら駄目なのかなぁ」
「…父に怒られますよ」
「ふふふ。くまはちのお父さん、恐いもんね。私、まだ覚えてるよ。
 あの時の…おじさんの顔ぉ」
「まさか、あの…あれ…ですか??」
「うん。まだ、幼かった私と初めて逢った日だったよね」
「はい。私が十六で組長が五つの時でしたね。あの頃、私は、まだ、
 この世界に入りたてで、右も左も解らなかったんですよ」
「私が、くまはちの手を引っ張って、遊び回っていたんだよね」
「えぇ。組長の姿が見えないと本部で大騒ぎになって…」
「私と一緒に居たくまはちが、誘拐犯と間違われて、えいぞうさん達に
 囲まれて…」
「大騒ぎの発端が私だったと親父が知って、思いっきり殴られた」
「…くまはち、ちゃんと説明すればよかったのに」

真子の言葉に、くまはちは、微笑んでいるだけだった。

「…十六でこの世界って、くまはち、学校行かなかったの?」
「行きましたけど、私の性格は、学校に馴染まなかったですね」
「幼なじみは?」
「居ませんよ。私は、暴れん坊でしたから、友達居ませんよ」
「またまたぁ〜。そんなこと言って、ほんとは、まさちんみたいに居るんじゃないん??」
「どうでしょうか…。私の事、覚えてる連中は、居ないでしょう」
「…ねぇ、まさか、組員みんな、そんな感じなの?」
「我々のような連中は、みんなそうでしょう。根っからの悪は」
「…そうなんだ…」
「でも、大丈夫ですよ」
「えっ??」
「組長の笑顔で、元気になりますから」
「くまはち…」

真子は、ちょっぴり照れていた。

「そんな組長の笑顔をお守りすることが、私たちの仕事です。
 組長が笑顔で居る為に、命を大切にする。きちんと守っておりますから」
「…ありがと、くまはち。…ところで、おじさん、元気?」
「元気にしてますよ。隠居生活に嫌気がさしてるようですけど」
「そうだろうなぁ。力有り余ってるみたいだったもん」
「もう、歳ですから」
「そんなこと言ったら、おじさん、怒るんとちゃうかぁ」
「自分でも言ってますから、大丈夫ですよ」
「…くまはちは、いつまで?」
「えっ?」
「その…私の…ボディーガード…」
「…組長が望むまで。私は、阿山真子のボディーガードですから」
「そだね……。…私は、いつまで、続けることできるかなぁ」
「組長……」
「くまはち」
「はい」
「無理しないでね。…今日の休暇は、明日に延ばしていいからね」
「あ、あの、組長……」
「今日は、休暇になってないもん」
「しかしですね……。…解りました。そのように致します」

くまはちは、真子の睨みに恐縮していた。

「虎石さんと竜見さんには、私から言っておくね」
「お願いします」

電話が鳴っていた。

「まさちんだよ、きっと」
「恐らくそうでしょうね」

くまはちは、廊下にある電話に出た。案の定、相手は、まさちんだった。
くまはちの口調の変化に、少し笑いながら、真子は、眠りに就いた。
くまはちが電話を切って、真子の部屋に戻ってくる。

「お休みなさいませ」

真子の布団をそっと掛け直し、くまはちは部屋を出ていった。
リビングのソファに腰を掛け、何かを考えていた。そして、受話器を手に取り、何処かに電話を掛ける。

「あっ、親父。俺。……元気にしてるかなぁと思ってさぁ。…大丈夫だよぉ。
 ちゃんと仕事してるって。あぁ。…いや、その…組長との会話に親父の事が出て
 …気になったんだよ。あまり連絡してないからなぁ。……当たり前だろ、
 誰だと思ってるんだよ。五代目組長だよ…。素敵な組長だよ。俺、組長の
 ボディーガードでよかったよ。この仕事、やり遂げるからな。あぁ。俺は、負けないよ。
 親父にはね……」

くまはちの顔からは、『やくざ』な雰囲気が消えていた。



(2005.11.23 第二部 第二十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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