任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十二話 誰もが複雑!?

AYビルの真子の事務室のドアが開き、真子とまさちんが入ってきた。そして、ソファに腰を掛け、連絡を待っている様子。
その頃……。


くまはちは、どこかのビルのエレベータから降りてきた。サングラスを掛け、そして、右を向いた。そこには、辰輝(たつき)株式会社と書かれた看板があった。くまはちは、その看板の掲げられている事務所のドアをそっと開けた。

「いらっしゃいませ……」

カウンターに座っている女性従業員が、くまはちの姿を見て、客だと思い声を掛けたが、言葉を詰まらせた。くまはちの姿に何故か、魅了されていた。

「辰村義輝(たつむらよしてる)さん、お願いします」

くまはちは、優しく言った。

「社長は、今、来客中ですが…。あの、どちらさまでしょうか?」
「奥…ですね。では」
「は、はい…いや、その、ちょっと、あの…」

くまはちは、女性従業員に笑顔を向けながら、奥へと入っていった。
くまはちが近寄った部屋からは、二人の男性の声が聞こえてくる。そのうちの一人が、高笑いをしていた。

「お客様、困ります!!」
「いいからいいから!」
「お客様! あっ」

女性従業員はくまはちを止めようとしながら、一緒に奥の部屋まで来てしまった。廊下での騒ぎに気が付いたのか、奥の部屋から一人の男が出てきた。

「社長!」
「どうした、騒々しい……」
「…やぁ、辰村さん。お久しぶりですね。五年ぶりですか?」
「…お、お前は……」

くまはちは、不気味なほどの笑みを浮かべていた。辰村は、そんなくまはちに恐怖を覚えたのか、身震いしていた。そして、くまはちから逃げるように別の部屋へ入っていった。慌てて鍵を閉めたのが、わかる。
くまはちは、辰村が逃げ入った部屋の前に立ち止まった。

「何が起こってるんだよ、辰村」

辰村と話していたと思われる男が、部屋から出て廊下の様子を伺った。目の前にいるくまはちの姿を見て、口をあんぐりと開けたまま、立ちつくしていた。

「なんだぁ、新見(にいみ)さんもご一緒だったんですか」
「阿山組の…猪熊…」
「…関係、あるんですか?」

くまはちのあまりにも恐い雰囲気に、新見は、ただただ首を横に振るだけだった。

「お帰りください」

新見は、思いっきり頷いて、その場を急いで去っていった。くまはちは、女性従業員に、目で『去れ』と合図をする。女性従業員は、慌てたようにその場から去っていく。それと同時に、再びドアが閉まり、鍵が掛かった。

ったく……。

軽く息を吐いた、くまはちは……

バキッ!!! ドコッォン!!

ドアノブをいとも簡単に蹴落とした。そして、ドアを蹴り破り、中へと入った途端、部屋の奥から、ドスを片手に持った男達が、ドアの所に立っているくまはち目掛けて突っかかって行った。
くまはちは、予測していたのか、いとも簡単に男達を気絶させた。

「街ん中でぶっ放したのは、あんたらか?」
「な、何のことだ!!」
「おっかしいなぁ。街ん中でぶっ放した奴らが乗っていた車のナンバーは、確か、
 辰輝株式会社所有のはずなのになぁ。どうなんだい、辰村さんよぉ」
「知らん!知らん!!知らん知らん知らん〜っ!!!!!」

辰村は、机の影から顔を覗かせて、首を横に振りまくっていた。くまはちはそんな辰村の態度に腹を立てたのか、足下で気絶している男の襟首を掴んで壁に放り投げた。
一歩踏み出したところにも気絶している男が転がっていた。その男を蹴り上げ、タイミング良く髪の毛を掴み、そして、そのまま後ろへ放り投げる。
更に一歩踏み出した所に気絶している男の胸ぐらを掴んで、側にあったガラスのテーブルに放り投げた。
ガラスが激しく割れた。

「ひぃ〜っ!!!!!」
「こいつらだろ?」

くまはちの行動に恐れたのか、今度は自分が放り投げられると思ったのか、辰村は、頷いた。

「…だけど、辰村さん、あんたが、指示したわけじゃないだろ?
 須藤組は、あんた達とは、無関係だもんなぁ〜。誰に頼まれた?」

辰村は、何も言わないという感じで口を一文字にして、目を反らす。そんな辰村が隠れる机の前に立ったくまはち。机の上にある物を次々と辰村の頭の上に投げつけていく。辰村は、物が当たるたびに、首を引っ込めていた。

「しかし、なんだなぁ。須藤さんを狙ったのは、銃だろ?
 なんで、銃を持っていないんだよぉ。俺が入ってくるの
 わかっているなら、銃を向けておきゃぁええやろぉ」

机の上の物がなくなった。くまはちは、辰村の前に歩み寄る。くまはちを見上げる辰村は、恐怖で震えていた。そんな辰村を見つめるくまはちは、優しく微笑む。

「誰に、頼まれたのかな? 教えてくれたら、無事に過ごせるよ?」

辰村は、躊躇していたが、くまはちがサングラスを外したことで、震えながらも口走った。

「言います。言います!!」

くまはちは、サングラスを掛け、そして、懐に手を入れた。

「いやだぁ〜!!!」

銃を向けられると思ったのか、辰村は、悲鳴に近い声を張り上げた。…が、くまはちが懐から取り出したのは、携帯電話だった。

「組長、私です。例の車の所有者を見つけました。こいつは、
 誰かに頼まれただけのようですね。…相手ですか? お待ち下さい。
 …ほら、言えよ。ほら」

くまはちは、携帯電話を辰村の口に近づけた。

「お、お、追田社…の…追田社長に…須藤さんを消すようにと
 言われました……。…ごめんなさい…助けて下さい!!」
「ということです。組長」
『わかったよ、くまはち、引き上げろ』
「かしこまりました」

くまはちは、電話を切り、懐にしまい込む。そして、その場を去っていった。

「…よかった……」

辰村は、何もされなかったことに安心し、その場に崩れ落ちる。そして、部屋を見渡した。
自分の組員が、血に染まって気を失っている…。
ふと、見上げた所には……。

「忘れ物だ」
「!!!!!!!!!」

ドスッ…ズズズズ……。

くまはちが、戻ってきていた。そして、蹴りを一発入れられた辰村は、その勢いで壁に思いっきりぶつかり、そして、床にずり落ちた…。

「ふぅ」

息と服を整えたくまはちは、颯爽と辰輝株式会社を出ていった。



くまはちが、サングラスを外す…。
この行為は、マジになる前触れなのだ。
サングラスを掛けることでそれを抑えている。その事は、くまはちに関わった人間なら、誰でも知っている事。
もちろん、辰村も知っている……。





「真北さん、辰輝株式会社が誰かに襲われたそうですよ」
「…先を越されたか…」
「従業員の話だと、追田社が関わっているそうですが」
「急げ」
「はい」

真北と原は、パトランブが光る車で、追田社へ急いで走っていった。


追田社。
追田社長は、口から血を流し、両頬を腫らして、目を潤ませて椅子に座っていた。デスクに置いている両手は、凄く震えている。その両手を置いているデスクが、二つに割れた。

「う、うわぁ〜っ!!!!」

驚いた追田は、椅子ごと後ろに転けてしまう。目の前の割れた机に立ちはだかる女性。
それは、真子だった。
真子の顔は怒りで満ちあふれている。転けている追田の胸ぐらを掴み上げ、顔面に二発、腹に蹴りを一発見舞った。

「今のは、須藤に撃ち込まれた弾の分だよ…」

真子の左手が赤く光った。

「組長、いけません!!!」

まさちんが叫ぶ。
追田は、恐怖で震え、失禁する。その時、たくさんの足音が近づいてきた。

「そこまでだ」

真北が駆け込んできた。

「ちっ…」

真子は、追田から手を離した。しかし、怒りが納まらず、もう一発蹴りを入れた。その様子を真北は、楽しむような表情で見つめていた。

「まさちん、止めに入らないと死んじゃうよ」
「まだまだですよ」

この時の真北の雰囲気は、何故か、『やくざ』だった。
真子の雰囲気に感化されたのだろうか…。
そんな真北を気に留めることなく、真子は、事務所を出ていった。

「あっ、組長! …真北さん、後はお願いします」

まさちんは、真子を追って出ていった。

「やれやれ。死ななくて良かったよ」
「真北さん、よろしんですか? こんなので!」
「ん? 何か遭ったのか?」

真北の醸し出す不思議なオーラに原は、参ってしまった。そして、真北に合わすように事務所を見渡しながら、

「いやぁ、荒れてますね、この事務所はぁ」

と、惚けて見せた。


原は、追田に手錠を掛けて、引きずるように連行した。その後ろを真北が、頭を掻きながら歩いていた。
追田社の玄関には、報道陣がたくさん待ちかまえていた。もちろん、その中には、木原の姿もあった。真北たちは、報道陣に囲まれながら、パトカーに向かってゆっくりとした足取りで歩いていった。




AYビル・真子の事務所。

まさちんと真子が入ってくる。真子は、何やら気が抜けたようにソファに、ドカッと座った。

「ふぅ……」

と息を吐く真子を見つめるまさちんは、真子の異変に気付く。棚に納めている救急箱を手に取り、真子の前にしゃがみ込んだ。

「組長、手当てを」
「えっ?」

まさちんは真子の右手を手に取る。そこには、かなり深い切り傷があった。驚いたような表情をする真子に、

「まさか…、組長、気が付いていないのですか?」

まさちんが、静かに尋ねる。

「感覚が…」
「よろしく」

真子は、まさちんの言葉を遮る様に短く言って、手を差しだし、目を瞑った。まさちんは手際よく手当てをし、包帯を巻く。

「終わりました」
「しばらく、一人に…。まさちん…ありがとう」

真子は、振り向かずに奥の仮眠室へ入っていった。
真子の後ろ姿を見つめるまさちん。ドアが静かに閉まる。

…感覚が再び無くなっているのか?

手当ての間、真子の反応をさりげなく観察していたまさちん。消毒薬が染みるはずなのに、そんな素振りも見せない。薬を塗るとき、わざと傷口を強く抑えたのに、痛がる素振りも無かった。
下手すりゃ、蹴りが出るはずなのに…。

片づけながら、まさちんは、真子のことを真北に伝える言葉を探していた。

でもなぁ〜。

救急箱を棚に片づけ、隣の事務所へと入っていく。
この先の真子の行動は、何となく想像出来た。その準備をしておいた方が…と思った途端、机の上に重なる書類に目を通し始める。
周りが見えてないのか、まさちんは集中していた。


内線が鳴る。

「もっしぃ〜」
『春野です。下の喫茶店で、木原さんがお待ちですよ』

忘れてた……。

「すぐにお伺いします」

追田社から戻ったら、打ち合わせを…と約束していた事を想いだしたまさちんは、受話器を置いた途端、すぐに真子の仮眠室へと歩み寄る。
ドアをノックする。
しかし、真子の返事が無い。

「組長、失礼します」

まさちんは、真子を起こさないようにと気を遣いながら、静かにドアを開け、入っていく。

組長……。

真子はベッドで、ぐっすりと眠っていた。その頬に残る涙の跡に気付いたまさちんは、起こすべきか悩んでしまう。
真子の目から、涙が流れた。
哀しい夢を見ているのかもしれない。
そう思った途端、

「組長、起きて下さい」

少し大きめの声で、真子を起こした。

「何ぃ〜??」
「木原さんが、長いことお待ちになってますよ」
「逢う気に…ならない……手紙書くから、渡しててねぇ。
 …それと、私、一人で、出掛けるから」
「どちらに?」

解っている事を敢えて尋ねるが、

「内緒」

そう言って、真子は起き上がり、事務室のデスクへと向かっていった。

後は……まさに任せるか…。

木原宛の手紙を書く真子を見つめながら、そっと微笑んだ。





天地山の頂上から観る景色は、とても美しかった。
辺り一面真っ白な雪景色。とても美しく……。

雲が流れる……。

真子は、雪の上に大の字になって寝転んでいた。そして、流れる雲を、ただ、なんとなく眺めていた。




受話器を持つ、ぺんこうの手が震えている。
怒りを抑えているのが解るくらい、眉間にしわが寄っている。

『知らんわい』

電話の相手が、短く言った。

「解っとるっ! だけどな、本来なら、お前かくまはちの役目だろがっ!」
『怒れる組長を停められる訳ないだろがっ! それは、お前も知ってるだろ!』
「それでも、停めろや……」
『………出来るなら、そうしてた。…何度も言わせるなよ…』

電話の相手の声が小さくなっていった。

「すまん。言い過ぎた。……でもなぁ〜〜」
『ん?』
「幹部会なかったっけ?」
『………………あった……』
「お前、物忘れが激しいぞ……」
『組長が嫌がる事に対しては、忘れるようにしてる』
「代行だろが」
『だからだ』
「そこまで、代行はせんわい」
『俺だから、ええねんって。ほっとけや』
「ほっとく………。でな、話は、そっちじゃなくて、こっちや」
『こっち? ぺんこうの事か?』

電話の相手は、やはり、すっとぼけ……。ぺんこうが項垂れたのは、言うまでもない。

「まぁ、俺のことだろうが、真北ちさとの出席日数だよ。
 これこそ、忘れていたとは、言わせないんだがなぁ、まさちん」

受話器の向こうに沈黙が続く。

「おいおい、ほんまに、忘れてたんちゃうやろ?」
『組長自身も忘れてるかも…』
「あのなぁ〜〜〜っ!!!!」


まさちんは、受話器を耳に当てたまま、困ったように頭を掻いていた。

「本当にすまん…。ぺんこう……組長の進級…大丈夫なのか?」
『本来なら、講習に出るだけで済むんだが、…今回のことを
 考えると、無理だろうな…。まぁ、いつもの手で…』
「結局、そうなるんだな」
『あぁ』
「今夜、俺も向かうよ。そろそろ、落ち着いた頃だろうし…」
『……まさに任せておけば、安心だからな…』
「あぁ。…悔しいけどな」
『そうだな』

犬猿の仲でも、やはり、抱く思いは同じである二人。
そして、電話を切った。




天地山ホテルの真子愛用の部屋に戻ってきた真子とまさ。まさが、そっとオレンジジュースを差し出し、そして、真子の話に耳を傾けていた。
真子は悩んでいた。
自分は変わってしまったのか…と。五代目になった事を悩み始めていた。
そんな真子に、まさは、優しく応えている。そして、まさは、真子の右手の甲を優しく撫でた。

「それに、私がお嬢様とお呼びするのは、阿山組の人間ではないからですよ」
「じゃぁ、阿山組の人間になったら、組長って…呼ぶの?」
「私は、阿山組の人間にはなりませんよ」
「どうして?」
「…ホテルの、支配人ですから」

まさは、微笑んでいた。

「そうだよね。そうだった。支配人だもんね」
「お嬢様との、約束ですから」
「うん」

真子は、何か吹っ切れたのか、すっきりした素敵な笑顔をまさに向けた。まさは、真子の笑顔を観て、安心したのか、優しく微笑み、真子の頭を撫でていた。

「明日、まさちんが迎えに来ますよ」
「えぇ、もう、帰るのぉ?? もっと…居たいなぁ。ずっとここに居たいよぉ」
「私も、お嬢様には、ずっとこちらで過ごしていただきたいです。
 しかし、…学校がありますから」
「…あっ!!!そうだった…忘れてた…、講習…」
「ふふふ。ぺんこうが怒るよりも嘆いていたようですけど」
「なんで知ってるん?」
「まさちんから聞きました」
「ったくぅ〜」
「お嬢様」
「ん?」
「…いつでも、安らぎに来て下さい」

まさの言葉は優しかった。

「うん。ありがと、まささん」

真子も優しく応えていた。
天地山に、雪がシンシンと降り始めた……。





まさちんが運転する車で、家に帰っている真子。少し雪焼けしていた。

「組長、ぺんこうが怒ってましたよ」
「講習と終業式に出なかったから?」
「私もですよ」
「幹部の連中もだろ?」
「えぇ。今度こそ出席すると言ってしまっただけに、
 幹部は、ほんとに、カンカンです。組長、どうしますか?」
「ほっとけばぁ。そのうち、静まるって」
「そんなぁ、口では簡単に言えますけど、あの人達はねぇ〜」

まさちんは、苦笑い。ルームミラー越しに見てた真子の顔が、ふくれっ面になっていた。

「四日後からですよ、学校は」
「うん…。宿題してないよぉ」
「四日で充分できる量だそうですよ」
「ぺんこうから?」
「えぇ」
「ったくぅ〜」

その日から、丸四日間、真子は、ずっと家に閉じこもったまま、宿題に明け暮れていた。…野崎から聞いた宿題の量より、少し多いことに気が付いたのは、冬休み最後の日だった。

「まさちん、どういうこと??」

真子が突然リビングに飛び込んで来て、まさちんに書類の束を差し出していた。

「さぁ、私は知りませんよ」
「どう考えても、これって…組の仕事やんかぁ!!!」

真子は、不思議に思いながらも、経済関係の書類をまとめていた。まさちんは、真子に投げつけられた書類に目を通す。

「すごっ……」

真子のまとめ上げた物は、かなりわかりやすかった。

「ったくぅ、経済っつー授業はないのに、なんでかと思ったらぁ!」

真子は、まさちんの首に後ろからしがみつき、左脇腹をこしょばしていた。

「く、組長!! 止めて下さいぃ〜っ!!!」

まさちんは、真子の腕を掴み、ソファに引きずり倒す。真子は、倒れた瞬間に、脚でまさちんの腹を蹴り上げていた。まさちんは、真子の脚を見事に掴んでいた。そして、真子を見下ろして微笑んでいた。

「にくたらしぃぃぃ!!!」

真子は、腹筋で起きあがり、まさちんの胸ぐらを掴んで、まさちんの腕から脚を抜いた。そして、連発で軽い蹴りを入れていた。
いつもの二人のじゃれ合い。
それをリビングの外で見ていた真北は、少し不安な顔をしていた。



夜中。
真子は、明日に控えて早めに寝た。リビングでは、真北とまさちんの二人が深刻な顔をして座っていた。

「なぁ、まさちん」
「はい」
「その…組長とのじゃれ合いだけどな…」
「や、やはり、まずいですか? その…組長に手を上げるのは…」
「そうじゃなくて…。そのじゃれ合いの中で、攻撃と防御を鍛える様にって
 俺が言ったけどな…。だけど…なんだ…ほら…」
「真北さん、はっきり言ってくださいよ」
「…組長も、十八だろ…その、世間で言えば、年頃じゃないか。
 だから、なんだな…ほら、恋愛感情ってものも…」
「須藤さんの息子さんとは、お友達関係だと言ってましたよ。
 好きだの嫌いだのという恋愛には発展しないようですけど…」
「そうじゃないんだって。…お前だよ、まさちん」
「俺?? …そりゃぁ、好きな人、居ましたし、それに、こっちだって」

まさちんは、小指を立てていた。真北は、それを払いのけた。

「違うよ。…組長とだよ」

真北は、声を控えて言った。まさちんは、真北の言葉に驚いていた。

「お、俺と組長が、ですか?? …真北さん、大丈夫ですか??
 仕事のしすぎでお疲れじゃないですか??」
「う、うるさいなぁ。…だから、…じゃれ合いなんだけどな…」
「安心してください。俺は、組長に仕える身ですから。組長に対して
 そのような気持ちは一切ありませんよ。そりゃぁ、月日が経つ毎に
 素敵になられる組長を見て、一瞬、クラッとくることもありますよ。
 ですけど、真北さんが考えているような事にはなりませんから」
「…なら、いいんだけどな…。でも、気を付けてくれよ。
 …お前ら見てたら、恋人の取り合い見たいな雰囲気だからなぁ」
「…お前らの『ら』って、俺と誰のことですか!!!」
「うるさいなぁ。もう、忘れろ」

真北は、まさちんを睨み付ける。
真北の心配は、本当に取り越し苦労というものだった。
なぜなら、真子の頭には、『恋愛』の『れ』の字も無かったから。(それは、それで困るのだけれど…)
真子は、恋愛に関しては、かなり疎い方だった。それは、恐らく物心着いた頃から、真子の周りには、男の人ばかりで、女心を育てる余裕が無かったからかもしれない…。


そんな真子の悩みは、別の所にあった。



「真北さん!」

駅のベンチに腰をかけて、悩んでいる様な雰囲気で俯いている真子に、一平が声を掛けた。


一平と真子は、駅のベンチに、黙って並んで座っていた。先に口を開いたのは、真子だった。

「須藤さんの具合はどう?」
「かなり治ったよ。あの時は、ありがとう」

一平は、真子を見ていた。髪を掻き上げた右手の甲にある傷を見て言った。

「おやじから、聞いたよ。その右手の傷」
「えっ? あぁ、これ」

真子は、右手を見て、苦笑いをした。

「暴れたんやろ」
「ちょっとね」
「女の子が、あかんでぇ」
「そうだよね。反省してる」
「おやじがね、言っとった。阿山真子は、やくざじゃないって。
 俺、どういう意味かわからんかった。しばらく考えたんや。
 俺な、悪やってん。やくざの子は、やくざってことでな。
 兄貴もそう。おかんもそうやった。極道の女。でも今の俺や、
 兄貴や、おかんを見ても、そうとは思わへんやろ」
「うん。見えないよ」
「真北さんも、そうやんな。……おやじはな、それまで、
 兄貴には、跡継ぎ、おかんには極道の女を強要していたのに、
 突然や。『お前達の好きにしろ』って、一言だけ。どういうことかと思ったら、
 『前々から気づいてた。やくざが嫌だということを』だって。その時は、
 おやじがおかしなったと思ってたんや」

一平は、真子を見た。

「ん?」

真子は、一平の目線を感じ、顔を上げた。

「おやじが、急に変わったのは、阿山真子に逢ってからなんやで。
 やくざ嫌いやのに、やくざのことも大切に思っとると。そして、
 それまで何とも思わんかった命の尊さを教えてくれたとね。
 親分の為に死ぬのではなく、生きろと。命を粗末にするなと。
 そんな世界に、大切な人を巻き込もうと考えるな。強者から、
 命令を下すだけでなく、弱者の気持ちを考えろと。自分より
 強い者に挑んで初めて、強い者になると。……こんな話、
 最近まで知らんかった」

真子はうつむいて、照れたような笑いを浮かべていた。

「おやじから、阿山真子が、撃った相手の事務所に乗り込んだと
 聞いたんや。おやじは、よしのさんからやけどな。その時に、
 傷を負ったともね。それで、俺、阿山真子のことを聞いたんだ。
 どんな人かって。逆らえない、怖い組長だってさ」
「ふふっ、ひどいな」
「だけど、誰よりも優しいって。おやじ、なぜか、
 阿山真子の笑顔に負けるってさ。俺もだよ」

真子は、一平を見て、目を丸くした。

「俺は、真北さんの笑顔にだけどね」

真子は、うつむいた。

「で、何か、あったん? 落ち込んでるやん」
「山本先生が、先生を辞めるって、聞いてね」

真子は、ぼそっと言った。

「その噂、聞いたで。山本先生の事、おやじに聞いたよ…。
 阿山組の組員だって。それに、何か関係あるんちゃうん?」
「私が卒業すると同時に、辞めるって事。ぺんこうの夢なんだ、
 教師になること。そして、実現して、今、楽しそうに、
 生徒の前で光ってる…なのに、辞めるって…わからない」

真子は、沈み込んだ感じで、うつむいていた。

「先生に聞いてみたらいいやん」
「何も、言ってくれないよ」
「……待っとったら、ええやん。先生が先生の口から、
 その事を言うまで、待っとき。先生も、言いづらいんやで」

一平は、笑顔で真子に言った。真子は、一平の言葉が嬉しかったのか、微笑んでいた。

「そう、その笑顔。笑顔が一番!」
「ありがと、一平君。悩みが吹っ飛んだ。待ってみるよ、先生から言ってくれる時を」

真子と一平は、電車に乗って、楽しく会話をしながら帰路に就く。くまはちが、そんな二人の会話を聞いていたのか、複雑な表情をしながら、真子を見守っていた。

駅で別れた真子と一平。一平は、真子の姿が見えなくなるまで見送っていた。くまはちが、影からそっと出てきた。そして、一平に頭を下げ、真子の後ろを着いていった。

「…くまはちさん……。真北さんの悩みを解決してくれるのは、
 俺じゃぁ、無理かぁ。やっぱし、先生本人やなぁ〜」

そう呟いて、一平は家に向かって歩いていった。



「ねぇ、くまはち」
「はい」

真子は、自分の後ろを歩くくまはちに声を掛ける。

「どうしたら、いいかなぁ」
「ぺんこうのことですか?」
「うん」
「ぺんこうに任せておけばよろしいかと…」
「教師、嫌になったのかなぁ」
「そんなことは、ないと思いますよ。あの仕事が好きなはずです」
「そうだよね…。…私、何か間違ってるのかなぁ」
「…組長……」

くまはちは、真子のあまりにも沈んだ様子にそれ以上言葉を掛けることができなかった。そして、公園を過ぎ、家に着くまで、二人は何も話さずに歩いていた。



(2005.11.25 第二部 第二十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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