任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十三話 窮地に陥った!!

真子は、学校でも終始沈んでいた。そんな真子を、野崎は心配していた。
クラスメートも真子をチラッと見て心配している。
真子の気持ちが、なんとなく、解るだけに……。

「真北さん…」
「ん?」
「元気ないやん…。わかるけどな…。その、先生のこと」
「んーー」

真子の返事は、かなりいい加減……。

「あかん。ほんまに、重症や……」

真子と野崎は、いつものように、はしゃぐことなく帰路に就いた。
いつもと変わらない下校風景。
道路いっぱい広がって帰っている生徒達を注意しながら、生徒達が無事に帰るのを見送っているぺんこうの側を真子と野崎が通り過ぎていった。

「さよなら、先生」

野崎が言った。

「おう。さよなら。気をつけろよ」

ぺんこうがいつもと変わらない感じで元気に挨拶をしているにも関わらず、真子は、何も言わずに歩いていた。ぺんこうは、真子の後ろ姿を見届ける。

「先生」

別の生徒がぺんこうに声を掛けた。

「ん?」

ぺんこうが、その生徒に優しく応対している時だった。自分の視野に、黒塗りのベンツが入ってきた。ふと目線を移す。

「…真北!!」

ぺんこうは、真子と野崎が男達に強引に路地に連れ込まれる瞬間を見てしまった。

「悪い、明日にしてくれるか!」

ぺんこうは、声を掛けてきた生徒にそう言って、急いで真子の所へ駆けていく。





路地までやって来たぺんこうは、男と会話をしている真子の声を聞いて、少し安心する。

今は、教師だ…。

自分に言い聞かせて路地に入っていった。

「うちの生徒にどのようなご用件かな?」

ぺんこうは、男を見つめる。
真子の側に居る男を見て、自然と戦闘態勢に入る。

教師として…。

まるで暗示を掛けるかのように、ぺんこうは心で繰り返す。

「困りますねぇ、うちの生徒に、ほれ、そんなものを向けちゃぁ」

慣れたような口調で、そう言って、銃を指さした。銃を持っていた男は、慌てて懐にしまい込む。そんなぺんこうに、竜次も慣れた口調で応える。

「いいえ、道を聞いただけですよ、山本先生。お嬢ちゃん、ありがとね」

竜次は、男達に車に乗るように合図し、自分も乗り込んで、去っていった。
車が見えなくなって、初めて、ぺんこうは、拳を握りしめている事に気付いた。
その拳をそっと弛めながら、

「ご無事ですか?」

真子に声を掛けた。

「ありがとう。あいつ、誰だよ」
「黒崎竜次。黒崎さんの弟ですよ」
「なんで、こんな事を?」

竜次の思惑は、真北から聞いている。真子に尋ねられたものの、敢えて応えず、

「今日は、私がお送りします」

教師を忘れてしまう。

「ん? あっ! 野崎さん!」

真子は何かを思いだしたように振り返った。

「よかったぁ〜。真北さん無事で」

野崎は、座り込んで真子の無事を喜んでいた。

「野崎さんは?」
「…ちょっと、本物見て……腰抜けたみたい……」
「ご、ごめん…」

真子は、それ以上何も言えなかった。

野崎は、ぺんこうに背負われて、ぺんこうの車に真子と乗り、家まで送ってもらった。腰を抜かした野崎は、家に着いた頃には、すっかり元気を取り戻し、いつものように真子へ話しかけ、元気に手を振って真子とぺんこうを見送っていた。

手を振る野崎をルームミラー越しに見ている真子は、不安だった。もう少しで親友を自分の世界に巻き込むところだった。車の中で、元気のない真子を見つめるぺんこうは、真子が何を考えているのかは解っている。

「明日から、送迎を」

静かに言ったが、

「いらない」

真子は、冷たく返事をした。
その真子の返事を聞いた途端、ぺんこうの心に何かが突き刺さった。




真子の家の前では、まさちんが、今か今かと待ちかまえていた。ぺんこうの車を見て、近づいて来る。

「組長」

何も言わずに車から降り、家に入っていく真子。まさちんは、真子のぺんこうに対する気持ちを察していた。
ちらりと運転席に目をやると、そこには、落ち込んだ様子のぺんこうが居た。

ったく…。

「ぺんこう、どうするんだよ」
「何が?」
「組長、悩んでいたぞ。お前が辞めるって」
「あぁ。今は、目も合わせてもらえないよ」
「なんでだよ」
「言わなくてもわかるだろ」
「あぁ、だけどな、それは、お前の意志か?」
「俺にもわからないよ……」


真子は、自分の部屋の灯りを消し、制服のまま、ベッドに寝転んだ。


「なんでわからないんだよ。自分のことだろ?」
「教師を続けたいのは本当だよ。好きだしな。だけどな、
 俺が、教師になろうとしたのは組長が安全に学校で
 過ごせるようにということからなんだよ。……今日みたいに
 危険な目に遭わせてばかりだろ……自信を無くしたんだよ。
 教師とボディーガードの両立ができないんだよ。
 まさちん……どうしたら、いいんだよ」

ぺんこうは、ハンドルに額をぶつけて、嘆く。

「どうしたら…いいんだよ」

またしても、弱々しいぺんこうの姿。
どう答えて良いのか、まさちんは、考えた挙げ句、

「……組長の意志に背かないようにしろよ…」

まさちんは、呟くように言うしかなかった。

「まさちん……」

静かに言うぺんこうは、まさちんを見た。その目は、少し潤んでいた。


ぺんこうの車が去っていくのを、まさちんは、見送り、そして、真子の部屋の方を見上げて呟いた。

「組長……」

複雑な思いが隠されたような言葉。
まさちんは、大きく息を吐いて、家に入っていった。


その夜。
まさちんは、『阿山組日誌』を付けていた。

『組長とぺんこうの問題か、それとも、ぺんこう自身の問題か…。
 これは、阿山組にとって、深刻な問題だろうな…。俺としては、
 奴には、奴の好きなように生きて欲しいがな』

「ったく、ぺんこうの奴…。あの日からおかしいよなぁ」

まさちんの言ったあの日。
それは、真子を守って命を失いかけた事件の事だった。
確かにそうだった。いつにない、ぺんこうの弱気なところ。そんなぺんこうを何故、自分が、支えようとしているのか…。

俺自身もおかしいよなぁ。




複雑な顔をしたままのぺんこうは、体育館に向かっていた。真子のクラスが体育の授業だった。浮ついた心のまま授業を進めているぺんこうに渇を入れたのは、なんと、真子だった。

「先生、浮ついたままで、授業にならないよ。悩んでいても、授業は授業。
 仕事は仕事やろ!中途半端でやるなら、いっそのこと、やめてしまえ!」

真子の言葉は、ぺんこうの胸に突き刺さる。
周りの生徒達は、真子が突然発した言葉に驚いていた。そんな真子は、拳を握りしめ、何かを我慢している様子。そして、体育館を飛び出していった。
生徒達は、その光景に唖然とする。もちろん、ぺんこうもだった。

「先生、真北さんを怒らせたね」

野崎がそっと行った。

「野崎……」
「真北さん、ごっつぅ気にしてるで。先生が、辞めるって言ったこと。
 たぶん、先生より悩んでるんとちゃうかなぁ」
「……組長!」

ぺんこうは、野崎の言葉を聞いて、授業もそっちのけで真子を追いかけて体育館を飛び出していった。



組長……。
組長……。
……どちらへ? …まさか、外に?

そう考えながら、ぺんこうは、学校内を走り回り、真子を探していた。
ふと中庭に目をやると、そこに、探している人物の姿があった。
真子だった。
拳を握りしめ、俯き加減で、真子はそこに立っていた。
ぺんこうは、真子に駆け寄る。

「組長…」

真子の背後から声を掛ける。

「ぺんこう……。辞めないでよ…私の為にだったの?
 教師になったのは。だから、私のために、辞めるの?」
「…組長…確かに、教師になったのは、組長の為です。
 組長が、安心して学校で過ごせるようと思って……」
「それだけじゃないでしょ?」

真子は、振り返った。その目には、今までにない哀しみが含まれていた。ぺんこうは、そんな真子の目を見て、自分の気持ちを打ち明ける。

「教職は、私の、夢です。だけど、やくざな世界に生き始めた頃に、組長と出会った。
 組長と過ごしているうちに組長が学校に行きたいこと、同じ年頃の子供と
 遊びたいことに気が付いた。だけど、身の危険から、それは無理だと思った。
 そんな矢先に組長が私の気持ちを察したのでしょう? 『教師になれ』と……。
 私が教師になれば、組長を学校内でもお守りできる。それに、教師は、私の夢。
 一石二鳥だと思いました。夢も現実になる。……だけど、私は……」
「ぺんこうは、私を守れなかったと?」
「そうです。だから……」
「だから、私が卒業すると同時に辞めるって?
 そんなの、そんなの、私が許さないからっ!」

甲高い音が聞こえた。それと同時に、頬に強烈な痛みを感じた、ぺんこう。
真子に、頬を叩かれた事に気付き、そして、驚いたように目を見開いた。

「…組長……」

真子自身もぺんこうに平手打ちをしたことに驚いていた。

「組長……私は……」

ぺんこうは、真子を見つめる。しかし、真子は、下唇を噛みしめて、その場を走り去っていった。
ぺんこうは、そんな真子を追いかける事ができなかった。
その場に立ちつくしたまま、ぺんこうは、真子に叩かれた頬に手を当てて、項垂れる。

この様子を校長が見ていた。



休み時間。
ぺんこうは、いつもの明るい雰囲気とは正反対に、暗い表情で廊下を歩いていた。
真子のことを考えると、叩かれた頬に、自然と手を当てていた。

「山本先生」
「…校長……」
「お話があります。来て下さい」
「は、はい…」

ぺんこうは、校長室へ入っていった。



校長は席に着いた。ぺんこうは、その前に立つ。

「一体どうされたんですか。生徒達から抗議がきてますよ」
「抗議…ですか?」
「えぇ。授業になっていない…とね。悩み事は、教職を辞めるということですか?」
「は…はい…」
「何故、突然そのような事を…。私は、辞めて欲しくないのですが…。
 …真北さん…いいえ、阿山真子さんもそのようですが…」
「校長……」
「見てましたよ。中庭での一部始終を」
「…すみません…授業を忘れて…」
「仕事熱心なあなたが、仕事を忘れてまで阿山真子さんを
 追いかけてしまうということは…既に結論が出ているのでは、ありませんか?」
「…結論…ですか?」

ぺんこうは、校長の言葉にきょとんとする。校長は、ただ、微笑んでいるだけだった。

「この仕事は、辞めたくないんでしょう? 阿山さんの夢、
 その前に、山本先生の夢なのではありませんか?」
「…組長の夢…?」
「今の山本先生に、何を言っても無駄かもしれませんね。
 少し落ち着いて、よく考えてみてください」
「……夢……組長の……夢……」

ぺんこうは、その日、早退した。そして、自宅のベッドで着替えもせずに寝転んで、考え込む。

「俺の…夢……」



その日の夜。
真子の家の前にまさちんが立っていた。真子が帰ってくる方向を見つめている。

「おっかしいなぁ。何処かに寄るとは聞いてないのに」

くまはちが走って来た。

「すまん…今日は、誰も付いていなかったんだよ…」
「仕方ないって。仕事だったろ」
「あぁ。…まさか…」
「んー。組長の事だから、また、黙って遊んで時間を
 忘れてるのかもなぁ」
「…って、夜十時まで、遊ぶかよぉ」
「……それもそうだなぁ。…野崎さんに連絡してみっかぁ」

まさちんの半ば呆れたような表情は、野崎に電話したことで、一変した……。




野崎は、家でのんびりとテレビを観ていた。そこへ電話が鳴り、守が応対していた。

「はい、お待ち下さい。理子、真北さんのお兄さんから」
「はぁい。もしもし。…えっ? はい。一緒に帰った…んだけど……ん??」

野崎は、言葉が詰まった。何かひっかかるものがあった。その時テレビから、『言わなくても、わかるやろ?』という声が聞こえた。野崎はテレビ画面を観た。画面には、銃口を向けられた人物が、写っていた。野崎は、突然、何かを思いだしたように叫ぶ。

「お兄さん、大変!!! どうしよう。私、私っ!!!!」
『野崎さん落ち着いて…。何が遭ったんですか?』
「一緒に帰ったのは、帰ったけど…途中で…、男の人に声を掛けられた。
 …確か…黒崎……。黒崎竜次って名前だったと思う!!!」

野崎の言葉を聞くやいなや電話を切った。

「…まさちん…」

くまはちが、まさちんの表情を見て、何が起こったのか把握する。

「…くまはち…どうしたら、いい??」

まさちんの焦りがヒシヒシと伝わってくる。くまはちは、真北に連絡を取った。



高級マンションへ黒塗りのベンツが入っていった。ベンツは停まり、運転手が出てきた。
黒崎竜次だった。
助手席のドアを開け、そこに眠る女子高生を抱きかかえた。
その女子高生こそ、真子だった。
竜次は、嬉しそうに微笑む。自分のマンションの部屋へそのまま向かって歩いていった。


真子をソファに寝転ばせた。その向かいのソファに腰を掛け、懐から黒い箱を取り出し、テーブルに置いた。そして、その横に置いてあるワインをグラスに注ぐ。そして、真子を眺めながら飲み始めた。




黒崎の家に、薬品会社の研究員がやって来る。深刻な表情で黒崎に何かを伝えた。

「本当か…?」
「はい。…竜次さんの命令には背けないんですが…。あの薬を
 何に使おうと思っているのか、それを考えると……」

そこへ、黒崎組組員が駆け込んでくる!!

「失礼します。…その…阿山組の方が……」

組員が言い終わる前に、まさちんが飛び込んできた。

「黒崎!!! 竜次の居所を教えろ!!!」

まさちんは、黒崎の胸ぐらを掴み上げた。まさちんの後から入ってきた真北を見て黒崎は静かに口を開く。

「真北、何か遭ったのか?…この様子からいくと、真子ちゃんの身に
 何か起こったんだな?……竜次が関係しているのか?」
「……黒崎さん、まさか、あの薬……」

研究員の言葉で、黒崎の顔色が変わっていく。そして、今まで優しさ溢れる顔しかしなかった黒崎の雰囲気が、『やくざ』そのものの顔に変わる。

「竜次の居所を探せ!」
「かしこまりました!」

黒崎は、組員に命令し、組員は、素早く行動した。

「…探せって、黒崎、知らないのか?」
「…あの日以来、兄弟の縁を切られたからな…」
「くそっ…!」

まさちんは、落ち着かなかった。そんなまさちんの肩に、真北はそっと手を置いた。
そんな真北の顔つきも、刑事ではなく、やくざになっていたが……。




「う…うぅ〜ん…。ここは…?」

目を覚ました真子は、見慣れぬ家のソファに寝転んでいることに気が付いた。

「お目覚めかな? 真子ちゃん」
「黒崎竜次…。野崎さんは?」
「心配しなくていいよ。あれは、打たれた五分前後を忘れる薬だよ。命には……」
「だから、なぜ、私を?」
「俺の、コレクションにね。くっくっく」
「その台詞…。まさか、あの時の!」
「覚えていてくれたのか!! あの時は真子ちゃん、
 目を悪くしていたから、すごく心配だったんだよ」

竜次は、もの凄く嬉しそうに言った。それとは、反対に、真子は凄く警戒していた。

「…私の命を狙ってるって?」
「だから、もう、狙ってないよ。狙っているなら命はもう、ないだろ?
 まだわからないのか?」

竜次を見つめる真子の目には怒りが籠もる。

「……母を殺したのは、あんたか?」

真子の左手が微かに赤く光っていた。それに気づいた竜次は、真子に微笑んだ。

「俺は殺していない。気を鎮めろよ、真子ちゃん」

真子は、ソファから立ち上がった。

「許さない……」

真子は、竜次の胸ぐらを掴んだ。しかし、竜次は、冷静だった。

「思い出してみろ、あの頃を。母と公園に遊びに行ったんだろ?
 楽しそうだったな」

竜次は、真子の幼い頃を知っているような口振りで話し始めた。

「危険だから、あんまり、外に出るなと言われていたのにな。
 なんで、遊びにそれも公園に、行ったんだよ」
「そ、それは……」

真子は、思い出したくないような素振りを見せた。真子の脳裏に、母・ちさとと公園に行ったあの哀しい日がさっと過ぎる。

「よく思い出してみろよ。あの時をさ」

真子は、頭を抱えながら、脳裏に横切るちさとが撃たれた光景をじっくりと見ていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あんたたちは…!」

幼い真子と歩いていたちさとは、目の前に停まった車から降りてきた男達を見て、言った。

「お久しぶりですなぁ〜。…その子ですか、お嬢ちゃんは」
「あんたたちには、関係ないよ…」

優しい母の雰囲気が一変した。姐さんの雰囲気を醸しだし、真子を自分の真後ろに隠すちさとだった。

「噂は本当だったんだな。あんたが、脚を洗ったって…。
 だけど、その雰囲気は…昔のまんまじゃないかよ…」
「車をどけてもらえないかな?」
「それは、難しいねぇ〜」

男は、そう言って銃を懐から取り出し、ちさとに向け、近づいていった。

「お嬢ちゃんの名前は?」

男は、真子の目線までしゃがみ込む。真子は、ちさとの後ろから、顔をちょこっと出して、微笑んでいた。

「……ふふふ…何も知らないって顔だな…」

遠くから『姐さん!』と叫ぶ男達の声が聞こえてきた。銃を向ける男は、その声に気が付く。そして、何故か、ちさとから、真子へと銃口の向きを変えた。

「止めて!!」

引き金が引かれると同時にちさとは、真子を守るように抱え込んだ。

「…ママ…?」

真子を抱きかかえるちさとは、真子に笑顔を向けていた。

「…駄目だからね、真子…。青い光を…使っては…駄目よ…」
「ママ…?」

ちさとが赤く染まっていく。真子は、笑顔のまま、それを見ていた。
真子は、ちさとの肩越しに見える人物を足下からゆっくりと目線を上げていく。銃を向けている男は、なんと、黒崎だった。

「兄貴! 何を!!」

その黒崎の銃を取り上げたのは、竜次だった。真子の顔から徐々に笑顔が消えていった。真子自身も、ちさとの血で真っ赤に染まっていたのだった。黒崎は、そんな真子を見つめていた。
竜次は、『姐さん』と叫ぶ声が近づいてくることに気が付き、黒崎を促して車に乗せ、去っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー




「う、うそ…黒崎さんが…?」

真子は、急に震えだす。

「…記憶に残ってるんだな…。それを抑えていたとは…」

竜次は呟いた。

「なんで? だって、私のことを守るって。何があっても守ってくれるって……」

真子の目から、滝のように涙が流れ始めた。
その様子を見ていた竜次は、テーブルに置いた黒い箱の中から『A1』とラベルの貼ってあるバイアル瓶と注射器を取り出し、バイアル瓶の液体を注射器で摂取し、それを持って真子に近づいていった。

「兄貴は、真子ちゃんを守ると言って、実はいつ殺そうかと
 考えているんだよ」
「うそ……」

真子は、竜次を見た。竜次は、優しく微笑み、

「阿山組の組員もそうだよ。真子ちゃんを組長、組長と
 言ってるけど、実は、命を狙っているんだよ。気をつけないとねぇ」

優しく告げた。
竜次は、注射器を銜えた。そして、恐怖で震える真子の両腕を掴み、真子の目を見つめていた。真子の両手を左手で持ち、右手で注射器を持った。
真子は、抵抗する素振りも見せず、放心状態になっている。
「だけど、俺は、真子ちゃんの見方だよ」

そう言って、『A1』を真子に注射した。真子は、力無くその場に倒れる。そして、竜次は、『B1』を同じように真子に摂取した。意識が朦朧とする真子の耳元で竜次が呟いた。

「俺を信じてくれるよな、真子ちゃん」

真子は、急に目をしっかりと開け、竜次を見つめた。

「うんっ!」

竜次の呼びかけに明るく応える真子だった。


『A1』は、筋肉弛緩剤のような役割があり、『B1』は、体内に摂取すると、意識が朦朧となり、その時、最初に聞いた声の人物の言うことを聞く、いわば、催眠状態になるという薬。そして、『A2』『B2』は、それぞれの解毒剤である。
この薬を摂取した者は、約十日は生きていられるが、それ以降は、解毒剤を打たないと死に至るというとても危険な薬だった。解毒剤を打たれても催眠状態は続くこともあるとデータには記載されている。この薬を開発したのは、なんと竜次だった。
竜次はこの薬で真子を自分の『コレクション』にしようとしていた。



「真子ちゃん、お待たせぇ〜」
「うわ〜、おいしそう!!」

食卓には、たくさんの料理が並んでいく。全て竜次のお手製料理だった。

「いただきます!」

真子は、ナイフとフォークを手にして、食べ始めた。

「おいしい!!」

真子の微笑む顔を見つめる竜次は、嬉しそうに微笑んでいた。そして、真子は笑顔で竜次と話をし始める。

真子の様子は何処か変だった。
そう。真子の笑顔は、あの心が和むような真子らしさの笑顔では無かったのだった。本当に催眠状態に陥っているのか…?

「竜次さん、おいしかった」
「真子ちゃんにそう言ってもらうと嬉しいよ」

真子は、いつの間にか『竜次さん』と呼んでいた。



真子は、ソファにくつろいでいた。竜次は、赤ワイン1本とグラスを2つ持って、真子の側に腰を下ろす。
ワインをグラスに注ぎ、真子に渡す。真子は微笑んでいた。
グラス同士が鳴った。
竜次は、嬉しそうにワインを口にした。真子もワインを口にし、そして、微笑む。




「竜次さんの居所が解りました」
「…行くぞ!」

黒崎の側には、真北、そして、まさちんが組員の連絡を待っていた。立ち上がったまさちんの表情は、今にも人を殺しそうな、そんな顔だった。
それは、真北、そして、黒崎も同じだった。




テーブルに置いてあるワインは、ほとんど空になっていた。竜次は、グラスをテーブルに置く真子の肩に手を回し、真子の首筋に顔をうずめた。そして……首筋に軽く口づけをする。
真子はただ微笑んでいるだけだった。



(2005.11.26 第二部 第二十三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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