任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十四話 黒崎の想い

高級マンションの前に車が停まった。男が四人降りて来る。

「…こんなところに居たのか…」

高級マンションを見上げてそう呟いたのは、黒崎だった。

「…組長…!」

まさちんが、走り出した。その後を追うように真北、黒崎、そして、研究員が走っていった。



「真子ちゃん…大人になったんだね…。いつまでも子供だと
 思っていたのにな…。…俺…なんで、真子ちゃんの命を
 狙っていたんだろうな…」
「竜次さん…」

竜次は、真子を抱きしめている。真子は、まるで人形のように座っているだけだった。

「…やはり、真子ちゃんは、この世界に似つかわしくないよ…。…俺もだ…。
 二人で何処か別の場所で暮らそうか…?」

竜次は、真子の耳元で呟く。

「……うん……」

真子は、竜次の言葉に頷いていた。竜次は嬉しそうに真子を見つめた。真子も竜次を見つめていた。

「嬉しいなぁ〜。俺の言うことを訊く女なんて、この世に
 居なかったもんなぁ〜。真子ちゃん…好きだよぉ…」

竜次は、真子をソファに押し倒し、抱きしめていた。

「…俺の…コレクション……いいや、…俺のものだ…」

その時だった。ドアが勢い良く開いた。ドアのところには、怒りの形相のまさちん、刑事とやくざが混ざった顔をした真北、そして黒崎と研究員が立っていた。ソファで真子を抱きしめている竜次を見るやいなやまさちんは、部屋に駆け込んだ。

「きさまぁ〜っ!!!」

まさちんは、真子と出逢う前の暴れ回っていた頃に戻っていた。竜次の襟首を掴み、真子から引き離す。そして、今にも竜次に蹴りを入れそうな雰囲気を醸しだした時…。

「やめろっ!」

真北に停められた。まさちんは、真北の声に反応したのか、蹴ろうとして振り上げた脚を床にゆっくりと降ろした。

「組長!」

まさちんは真子に近づく。真子は、まさちんの声に反応し、振り返る。
まさちんを見つめるその顔は、まるで化け物を見たかのような恐怖に満ちた表情に変わっていく。
そして……。

「……きゃぁ〜っ!!」
「く、組長?」

真子は、悲鳴を上げ、次に、誰もが驚く言葉を発した。

「助けて、竜次さん!!!!!」

竜次は、真子の言葉を聞いて、高笑いをする。

「うわっはっはっはっっは!!! 竜次さん…か!はっはっは!」
「…竜次、貴様…、真子ちゃんに…一体…何を?」
「…黒崎さん、使ってます…」

研究員が、テーブルの上に置いてある黒い箱が開いていることに気が付き、バイアル瓶の『A1』『B1』が空になっていることを黒崎に知らせた。黒崎は、竜次を睨みつける。
竜次は、笑い転げていた。
真北は、この光景をただ見つめるだけで、そして、まさちんは、真子の言動に驚きを隠せないのか、真子を見つめたまま、呆然と突っ立っていた。
まさちんに見つめられる真子は、ソファの上で震えていた…。



黒崎が、『A2』に続き、『B2』と書かれたバイアル瓶から、液体を注射器で摂取し、ソファに眠る真子に打ち込んだ。
まさちんは、心配げな顔で真子を見つめている。

「これでいいんだな」
「あぁ」

黒崎と竜次の会話は、素っ気なかった。

「だけど、大丈夫かなぁ」

後ろ手に手錠を掛けられ、顔を腫らした竜次がふざけた口調で言った。

「どういうことだ?」

黒崎がドスを効かせて聞き返す。

「打つ前に、言っちゃったもぉ〜ん」

黒崎を見つめる竜次は、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

「何をだよ」
「あんたが、真子ちゃんの母を殺したこ・と! はっはっは!
 言っちゃったよ。その時の顔と言ったら、すごかったよ。
 はっはっはっ! 驚いていたよ。それに記憶に残っていたよ。
 真北、あんたは、ほんとに、ひどいよなぁ〜。真子ちゃんの
 記憶を封じ込めていたなんてなぁ。はっはっはっはっ!」

真北の眉間にしわが寄った。
鈍い音がした。
笑い転げる竜次に黒崎が鉄拳をぶつけていた。

「痛てぇなぁ! ほんとのことやろ!」
「きさまぁ〜っ……」

兄弟喧嘩が始まったかのように思えた時、まさちんが突然叫ぶ。

「真北さん、組長が、息をしていません!!」
「何?」

真北が真子に駆け寄って息を確認した。脈も打っていなかった。すぐに心肺蘇生が行われた。

「どういうことだよ! 成功率は95%だぞ!」

竜次が焦って真子に近づいた。

「ま、まさか、頭痛薬の常用者か?」

竜次が言った。

「港事件の後から、常用しているよ」

心肺蘇生をしながら真北が言った。

「港事件…あれか…そうだよな…頭撃たれたもんな…。
 ……その薬の不成功の5%は、頭痛薬常用者なんだ!」
「何?」

まさちんの表情が曇る。

「本当なのか?」

黒崎が研究員に尋ねた。

「はい…。原因はまだ、研究中です……」

研究員が応えた。

「……恐らく、死……」

呟く竜次は、あまりの衝撃に竜次は、腰を抜かしたように座り込む。

「組長!」

まさちんと真北は、それ以上に衝撃を受けていた。



「そんなこと言われてもな、裏で捌いてる薬のことなんて、
 俺には解らないだろ!!」
「…だけど、なんとかしてくれ! ほんの少し鼓動するだけなんだよ!
 心肺蘇生を止めたら、停まってしまうんだ!」
「うるさい! 後は俺に任せておけ! 邪魔だ!」

橋総合病院に運ばれた真子の命は、橋の手にゆだねられた。心配のあまり、橋にすがりつく真北の手を払いのけた橋の口からは、関西弁が消えている。相手が親友なのに、冷たくあしらう。
これは、本当に……。

「橋……」

真北は、そう呟くと手術室のドアの前で立ち止まってしまう。その後ろを項垂れたまさちんがとぼとぼと歩いてきた。

「真北さん…」

ドアの前に立ちつくす真北に気付いたまさちんが、静かに呼ぶ。

「…橋に任せるしかない…だけど……あいつ……」

真北は、それ以上何も言えなかった。

橋の関西弁が無くなる時は…やばいんだよ…。




拘置所に入れられた竜次は、高窓を見つめて、微笑んでいた。

「竜次さん…か…。もう少しだったのにな…。…いつもそうだ。
 兄貴に邪魔される…。俺、何か悪いことでも…したのかな…。
 …したよな…。……真子ちゃん……死なないでくれよ…」

竜次は、膝を抱えて顔を埋める。その両手は、祈るように指を絡ませていた。




「もっとデーターは無いのか!」
「探します!!」

黒崎の経営する薬品会社の研究室は慌ただしかった。黒崎が白衣を着て、研究員と深刻な顔をして、何かの研究に没頭していた。

「黒崎さん、お休みになられたほうが…」
「できるか!!! そんな時間はないっ! 例え俺が倒れても
 絶対に見つけてやる…。真子ちゃんを…失っては駄目だ…!」

一体、黒崎の何が、これほどまで真子を助けようとしているのか…。
その昔から知っている研究員は、こんな黒崎を見るのは初めてだった。その黒崎に応えるかのように、必死になって研究を続ける研究員。研究室の明かりが消えることは無かった。




バシュッ!!

橋が真子に電気ショックを与えていた。真子は、あの日以来落ち着くことなく、時々、心停止に陥る。

「くそっ!」

橋は、今までにない焦りと苛立ち。どうすることも出来ない自分を責めていた。



「まさか、こんなことに…」

橋総合病院へ真子の様子を伺いに来た黒崎も自分を責めていた。

「頭痛薬を常用していた為に、なんらかの反応で、
 『A1』の作用が解毒されずにこのような状態を引き起こすようだ」

橋が言った。

「筋肉弛緩の作用が大きくなったと?」

真北が力無く言う。

「あぁ。そのようだ。今、解毒剤の解毒剤を研究中だ。
 ラボからの結果待ちだよ」
「早くしてくれっ、頼むよ、橋」

真北の声は震えていた。橋もまた、真子の血液を採取して、橋総合病院の研究室に依頼していた。そして、黒崎と研究成果の情報交換をしながら、対策を練っていた。


真子が命の危険に陥ってから既に五日が経った。
たった五日なのに、まさちんには、一ヶ月以上に感じられていた。真北達もそうだった。
まさちんは、一睡もせず、組の仕事もほったらかしで、真子にずっと付きっきりになっていた。



寝屋里高校。
ぺんこうは、真子の事をくまはちから聞いていた。気が気で無いぺんこうだったが、教師としての仕事はしっかりとこなしていた。教師としてのぺんこうには、迷いが無いような雰囲気だった。

「こら、そこ!! 私語は慎みなさい!! 危険だろ!」
「すみません!!」

ぺんこうの教師っぷりを校長は、優しい眼差しで見つめていた。
学校には、真子の欠席は、『病欠』として届けている。そんなぺんこうは、毎晩必ず、橋総合病院に足を運んでいた。

「お疲れ…」

弱々しい声で、ぺんこうに言うまさちん。

「…お前の方が、お疲れやな…まさちん、どうだ?」
「変わらず…ってとこだな…。心停止が続くよ…」
「そうか…。それで、組長の反応は?」
「…話した通りだよ…」
「…恐い…助けて…か…。竜次は、言葉巧みに組長に
 あの事件のことを吹き込んだのか…」

まさちんとぺんこうがICU前のソファに腰を掛けて話し込む。
真子は、意識が回復したものの、まさちんをはじめ、組員を見ると恐怖に陥ってしまう。
それは、竜次の『組員も命を狙っている』という言葉が、未だに暗示のように真子の頭にこびり付いているからだろうと、誰もが口にした。

「明日、試すそうだ」
「解毒剤が出来たのか?」
「完全じゃないけどな…。ほぼ良さそうだから、試すと…。
 …組長は実験体じゃないんだぞ…」

まさちんが嘆く。

「仕方ないだろ。この際、少しでも可能性があるものを使用しないとな…」

そう応えたぺんこうだが、自分自身も、まさちんと同じ思いを抱いていた。

「竜次の奴…刑務所に入ったよ」
「早いな…」
「裁判なし。…真北さん関係だからだろうな…」
「まぁ、前々から目を付けていた事件が多いからな。特に、薬関係な…。
 組長に打った薬だろ、それにサイボーグ、即効性のやつに……」
「全部、廃棄されてるけどな…。竜次のことだ。どこかに隠してるだろな…」
「あぁそうだな。…休んでるのか、まさちん」

まさちんは、首を横に振った。

「少しは休めよ。俺が朝まで居るからさ」
「明日、仕事だろ?」
「…祭日だ」
「そうか…」
「あぁ」

まさちんは、ぺんこうの言葉に安心したのか、ぺんこうの肩に寄り添うようにして眠ってしまった。

「…ったく…眠りこけるくらいに弱ってるのに…無理するなよ」

ぺんこうは、まさちんの頭を自分の膝の上に置いて、まさちんに自分のコートを優しく掛けた。まさちんは、ぺんこうのこんな珍しい行為に気付かないくらい、本当に熟睡していた。
ぺんこうの目線は、窓の向こうの真子に向けられる。

組長…負けないで下さい!!

心の中で、叫んでいた。




次の日。
ラボからの薬を真子に投与していた。まだ、完全ではなかったが、その効果は少しだけあった。真子は心停止に陥ることは無くなった。しかし、真子の恐怖に陥る心までは、治っていなかった。
いつもの病室に移った真子は、まるで魂が抜けたような表情でベッドに座っていた。どうしても、真子に近寄ることが出来ず、遠くから見つめるだけの三人の男。真北、ぺんこう、そして、まさちん。
いつもなら、真子の力になっているのに、なぜか、出来ずにいた。



橋の事務室。

「…だから、側に寄っても大丈夫だって…」

橋が呆れたように言う。

「しかし…俺が組長の側に寄ると……」
「まさちん…」
「はい?」
「真子ちゃんが恐怖に陥るには、キーワードがあるんだよ」
「キーワード?」
「竜次の言葉は、『組長と言ってるが、本当は命を狙ってる』だろ?
 俺は、真子ちゃんに怖がられないぞ」
「俺や、真北さん、ぺんこうは、怖がられるよ…」
「…ふっふふ…。どこかが違うんだよ」
「……違い…??」

まさちんは考え込む。…しかし、思考回路は停止している為、何も思いつかない。

「真子ちゃんを呼ぶ言葉だよ」
「言葉? 組長を呼ぶ言葉??」
「あぁ」
「あぁぁ!! そうなんですか?」

まさちんは、何かに気が付いたように声を張り上げる。

「そのようだよ。思い当たる節があるしな。普通に話している真子ちゃんを
 あいつやまさちんが、『組長』と呼んだ途端、急変していたからな」
「だけど…俺は…」
「…組長って呼ばなかったらええんや」
「どう呼べば…」
「…お嬢様でええんとちゃうか。昔呼んでたろ?」
「…お嬢様…か…。ここ数年呼んでないから、慣れないな」
「真子ちゃんに逢いたかったら、気を付けるんだな」
「はい…って、橋先生…」
「ん?」
「関西弁…消えてるんですけど…」
「…消えるに決まってるだろ。…真子ちゃんは完全じゃないんだからな」
「…そうでした……」

まさちんは項垂れる。
橋はそんな、まさちんを見て、注射器を手に取り、何かを摂取していた。そして、まさちんの腕を強引に引っ張って消毒して投与した。

「な、なにを?!」
「栄養剤。これ打っとけば、大丈夫やから。まさちん、
 しっかりと栄養取ってへんやろ。やつれすぎ」
「そうですか? 俺は、いつもと変わらないと…」
「…傷ついても、痛がらない。睡眠取らなくても平気。
 そんな人間は、本当はおらん。いつかは倒れる。
 まさちん…お前の気力は、一体、どこから来るんだ?
 俺もタフや言われるけどな、まさちんとは比べものに
 ならんわい。…誰かが止めないと、まさちん自身が
 気が付かないうちに倒れるぞ」
「俺は、倒れませんよ」
「…だから、その自信はどこからくるねん…」
「さぁ、わかりませんよ。では」

立ち上がるまさちんは、少しふらついていた。それでもまさちんは、真子の病室へ向かっていく。

「ったく、まさちんは…」

呆れたような安心したような顔をした橋は、カルテをまとめ始めた。


まさちんは、真子の病室へ入るのに躊躇していた。それは、真子の言葉が頭から離れていなかったからだった。
橋に呟いた真子の言葉は、廊下で真子の様子を伺っていたまさちんに聞こえていた。

「誰も信じない…信じられない……」

まさちんは、ドアにもたれ掛かって天を仰ぐ。
流れそうな涙を堪えていたのだった。



真夜中。

「組長?」

真子の病室の前で、常に真子の様子を伺っているまさちんは、病室から、真子の苦しむ声が微かに聞こえた気がした。まさちんは、そっと病室のドアを開けた。

「組長!」

真子が苦しんでいた。

「く…苦しい……」

真子は、まさちんの腕を掴んでくる。その力は、かなり強かった。真子の苦しみがまさちんに伝わっていた。ナースコールを押すまさちん。直ぐに橋が廊下を走ってやって来た。

「サンプルの効き目は、もうないのか?」

橋の必死な形相を見つめるまさちんは、真子に対して何も出来なかった。ゆっくりと廊下に出て、壁に頭をぶつけ、

「ちきしょうっ!」

悔しさを現していた。
真子の病室には、電気ショックの音が響き渡る。
思わず耳を塞ぐまさちん。ふと、窓の外を見上げた。
月が青々と不気味に光っていた。



朝を迎えた。
まさちんは、真子の病室の前の廊下に座り込んで項垂れていた。廊下を行き交う人達は、そんなまさちんを変な目で見ながら、通り過ぎていく。
まさちんの前に白衣を着た男が立ちはだかった。
それに気付いたまさちんは、ゆっくりとその男を見上げた。

「椅子に座らんかい…」

そう言った橋は、まさちんの額を消毒して、絆創膏を貼った。壁に額をぶつけた勢いはあまりにも凄かったのだ。

「自分の体だろ…手加減ぐらいしろって…」

そう言って真子の病室へ入っていった。まさちんは、絆創膏を貼られた額を触っていた。そして、ソファにそっと腰を掛け、頭を抱える。



「お母さん、俺は行きますよ」
「…また、寂しくなるよ…」
「申し訳ございません。あっ、それと、これを…」

黒崎は、白い箱と小さな箱を重ねて白原に渡した。

「これは?」
「…真子ちゃんに…」

それだけ言って、黒崎は、家を出ていった。運転手の坂本が寂しそうな顔をして黒崎を迎える。ドアを開けた坂本を黒崎は、そっと抱きしめた。そして、車に乗る。坂本は、流れる涙を拭いながら運転席に周り、そして、車を発車した。

窓の外を流れる景色を、黒崎は、ただ見つめていた。




窓からそよそよと風が病室に入ってくる。真子は、ベッドに座ったまま外を見つめていた。看護婦が手に何かを持って、真子の病室へと入ってきた。

「真子ちゃん。お手紙届いてるよ」

看護婦が、真子の手に手紙を挟み、真子の頭を撫でて病室を出ていった。廊下にいるまさちんに軽く会釈をした看護婦は、隣の病室に入っていく。


ばさっ

真子の手から手紙が落ちた。それでも真子は、ただ、窓の外を見つめていた。
真子は、自分の手に何かを感じたのか、目線を手に下ろす。手には、一通だけ手紙が残っていた。その手紙にそっと目をやる真子。その手紙の差出人の名前を見た途端、慌てて封を切った。



今日も駄目だろうな……。

項垂れたまま、廊下で真子の様子を伺っているまさちんは、真子の病室のドアが開いたことで顔を上げた。

「組……お嬢様!」

慌てて言い直したまさちんは、立ち上がる。しかし、真子は、まさちんに気が付かず、そのまま廊下を歩いていった。
まさちんは、真子を追いかける。

組長っ!

足に力が入らずに、しゃがみ込む真子に手を伸ばし、しっかりと支えた。

「まさちん…」

真子が振り返る。

「どちらに行かれるのですか? 無理をなさっては」
「お願い、放して…」
「だめです」
「まさちん。お願い。謝らないと…。黒崎さんに、謝らないとっ!!」

まさちんは、真子の言葉を理解できなかった。ふと目線を移した。真子の手には、手紙が握りしめられている。そっと手紙を取って読み始める。
その手紙は、黒崎からの手紙だった。
真子への謝罪の言葉、そして、真子への思いが書かれていた。
真子がなぜ、黒崎に謝ろうと口にしたのか、この時、まさちんは少しだけ理解した。

「まさちん、お願い…」

真子が涙ながらに訴えてくる。しかし、今、真子に無理をさせるのは…そう思うと、

「だめです」

強く否定してしまう。

「なんで? どうしてよ!!」

真子の訴えに、まさちんは、ふと何かを思いつく。

「……私がお連れ致します」
「まさちん……」

まさちんは、真子を抱きかかえて、歩き出す。
その行動は素早かった。
駐車場へとやって来たまさちんは、抱きかかえる真子を助手席に座らせる。
真子は一点を見つめたまま、何かを考え込んでいる様子。運転席に座ったまさちんは、真子に振り返ることなく、キーを差し込みエンジンを掛けながら、

「行き先は、黒崎さん…ところですね」

静かに尋ねた。
視野の端に映る真子が、静かに頷いたのが解る。
まさちんは、アクセルを踏んだ。




空港。
ガラスの向こうには、たくさんの飛行機が乗客を待ちわびていた。荷物も運び込まれていく。その様子を見つめる二人の男の後ろ姿が、そこにあった。

「一体、何があんたを変えた?」
「真子ちゃんの笑顔だよ……」

それは、真北と黒崎だった。

「そういうあんたも変わったな、真北」
「あぁ。本職に戻ったしな…」
「そうだな…。俺の知ってるお前は、例の任務に就くのに、やくざ顔負けの
 表情をしていたもんな…。…阿山四代目と匹敵する程の恐ろしさ…。
 俺は身に染みていたが………」
「…あの後、外国に逃げ、ぷっつりと消息が絶えた…。恐らく、俺達の
 手の届かない場所で、何かを始めてると…そう考えたくらいだ。
 ………慶造の言葉で、逃げたとは思えないんだが……。
 あんた……なぜ、外国に逃げた?」
「恐くなったんだよ。日本に居ることがな…。いつかきっと、
 真子ちゃんに狙われると思ったからな。だけど、それを
 阻止していたとはな…。真子ちゃんの記憶を消そうと
 術を掛けていたとは知らなかったよ」
「その術も、今は、必要無くなったけどな」
「俺が、真子ちゃんに銃を向けたのは、光の能力の事を知ったからなんだよ。
 傷を治す青い光…。そんなものを持っていたら、阿山組の連中をいくら襲っても
 無意味なことだからな…」
「……慶造から聞いている。…真子ちゃんにじゃなく、…ちさとさんだと
 勘違いしていたと言うこともな……。あんたは知っているのか解らないが、
 青い光には、赤い光が付いているからな…。俺が術を掛けなかったら、
 今頃、大変な事態に陥っているよ。この世が、血で染まってしまったかもな…」
「あぁ。でも、真子ちゃんは、しなかった。…術をかけられていてもな…。
 真子ちゃん自身の思いだろ。…真子ちゃんは、自分の考えを実行する
 芯の強い女の子だ」
「えぇ。私の想像を遙かに超えるくらいにね…」
「そんな風に育てたんだろ、真北。誰かに対する思いの強さもあって…」

真北は無表情のまま、飛び立つ飛行機を見つめていた。

「今回は、本当に悪かった。結局、真子ちゃんを守ることができなかったな…」

黒崎が寂しげに呟く。

「そんなことは、ないよ。ありがとな…」

安堵に近い雰囲気で、真北は応え、そして、黒崎に振り返る。
優しく微笑むその表情は、今の真北の心境を語っているように思えた黒崎は、

「例の薬は、母に預けたから。取りに行ってくれ。
 …まさか、あんたが、見送りに来てくれるとは思ってなかったよ」
「こっそりと出るなんて、あんたらしいからな。
 今度こそ、見送ってやろうと思ってな…」

ちょっぴり嫌味っぽく真北が言う。

「…真子ちゃんの能力…、まだ、調べてるんだろ?」
「あぁ。なかなか文献がないよ…。あの教授くらいだな」
「海外に、それを調べる奴が居るらしいな。そっちに当たるよ」
「…誰か解っているのか?」
「目星はついている。その事に関しては、薬の方に役立てたいと
 昔っから……あの頃から思っていたからさ…。だから、任せろ」
「……広いぞ」
「俺を見くびるなよ…。じゃぁな」
「あぁ」

黒崎は、真北に背を向けて、手を高々と掲げて国際ゲートをくぐっていった。
真北は、ポケットに手を突っ込んで、黒崎を見送る。


飛び立つ飛行機を小さくなるまで見つめる真北は、手に握りしめる物を見つめていた。

黒崎……本当に、変わったんだな……。
でも、俺の思いは……。

ぐっと握りしめ、その手をポケットに突っ込み、そして、歩き出す。
小さな女の子が、真北の横を走り去っていった。





真子とまさちんは河川敷に座っていた。まさちんの手には、白い箱が、そして、真子の手には、小さな箱が。
真子は、その小さな箱を開けた。
中には、小さな猫の付いたブレスレットが入っていた。猫の背中には、『mako』と書かれている。そのブレスレットを手につけた。箱の横にメッセージカードを見つけた真子は、それを広げる。

いつまでも、笑顔の素敵な女性で。

「黒崎さん……。もう、迷わない…ありがとう……。
 信じるから………みんなを信じるよ…」

真子は空を見上げた。空には、飛行機雲が流れていた。

「組長、そろそろ戻らないと…」
「ん?…そうだね。橋先生に怒られるね…。帰ろっか、まさちん!」

真子に笑顔が戻った瞬間。
まさちんは、真子の笑顔に応えるくらい素敵な笑顔を向けて、

「はい」

元気に応えた。




黒崎の残した薬を投与した真子は、いつもの病室でぐっすりと眠っていた。

「これで大丈夫だよ。もう心配ない」

橋が真北に言った。真北は、研究室からの臨床実験結果報告書を見ながら、橋の言葉を聞いていた。

「後遺症はないのか?」
「わからん」
「はぁ?」
「ん? うそうそ。冗談や。後遺症はない」
「橋ぃ〜……」

睨み上げる真北に、橋は苦笑い。

「怒んなよ。ほんまに大丈夫やから。あとは、真子ちゃんの
 目が覚めて、そして体力が回復したら、退院や。安心せぇや」
「退院まで、安心できないよ」
「そりゃ、そうやわな。なんせ、俺も初めてのことやから。
 でも……悔しいなぁ」
「何が?」
「俺の研究施設は、何処よりも優れてると自負してただけに。
 やっぱ、黒崎んとこには、負けるなぁ」
「なんだよ…ったくぅ」

真北は、橋の医者魂に呆れたように笑みを浮かべた。




「行ってきまぁす!!」

元気よく家を飛び出した真子が、駅に向かって走っていく。

「気をつけて」

真子を見送る真北は、振り返りながら手を振る真子を見つめ、嬉しそうに微笑んでいた。
真北の心配は、どこへやら。
真子は、すっかり元気を取り戻し、いつものように登校した。

「なんだかなぁ〜」

そう呟きながら、真北は仕事へと向かっていった。



(2005.11.27 第二部 第二十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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