任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十六話 笑顔を取り戻せ!

真子は、補習が終わり、帰り支度をしながら、隣の席の女の子と楽しく話をしていた。

「お疲れさま!」

そう言って、教室を後にして、廊下を歩いていた。廊下の向こうから、校内を見回りしている校長が歩いてきていた。

「校長先生、こんにちは」

真子は、校長へ元気よく挨拶をした。校長は、真子を見て立ち止まり、そして、微笑んでいた。

「補習、終わったんだね。お疲れさま。真北さんの
 成績からすると、出席しなくても大丈夫なのにね」
「いいえ、父が、うるさく言いますので。それに、山本先生も、ご心配されておりましたので」

真子は、笑顔で応えていた。そして、軽く会釈をして、別れた。

「校長先生!」

真子は、何かを思いだしたように振り返って、校長を呼んだ。

「なんですか?」
「ありがとうございました」

真子は、深々と頭を下げていた。

「山本先生に辞められると、こちらとしても困りますからね。いい先生ですから」
「そうですよ。いい奴です」

真子は、『親』の眼差しをして微笑み、去っていく。真子の後ろ姿を校長は、優しく見守っていた。



職員室で、帰り支度をしているぺんこうが、電話を取った。

「もしもし。こちら寝屋里……明美さん?」

応対したぺんこうの顔色が徐々に変わっていく。
受話器を置いて時計を見た。時間は補習が終わっている時刻をしていた。そして、職員室の窓から、校門を見下ろした。校門には、真子が立っていた。まさちんを待っているのか、そわそわしている。ぺんこうは、急いで荷物を持って職員室を出ていった。


「はい?」

真子は名前を呼ばれたので、振り返りながら返事をした。そこには、ぺんこうが、ポケットから車のキーを取り出しながら、真子に近づいてきた。

「ぺんこう。あっ、まさちん遅いんだ」
「え、ええ。私が、お送りします」

ぺんこうの声は沈んでいた。

「まさちん、忘れてたな? それで、ぺんこうに頼んだんだなぁ?? ったくぅ〜」

真子は、ブツブツ言いながら、ぺんこうの車に乗り込んだ。ぺんこうは、何も言わずに車を発車させた。しばらく沈黙が続いていた。車は右折した。

「ぺんこう、道が違うよ。こっちは、橋先生の病院だよ。私は、ビルに…」

ぺんこうは、真子の言葉を遮るように言った。

「組長、落ち着いて聞いて下さい……先程、明美さんから、
 電話があって…。まさちんが、撃たれて、重体だと……」

真子は、声にならない程、驚いた。そして、何かを堪えるような感じでそっと呟いた。

「相手は? 厚木総会?」
「まだ、断定はできませんが、恐らく……」
「わかった…」

それから、病院に着くまで、車の中は、静かだった。ウインカーの音が、真子の鼓動を早めていくようだった。
真子は、震えていた。



橋総合病院・手術室前。
ひとみは、むかいんに支えられるように立っていた。そこへ、くまはちが駆けつけた。

「むかいん…状態は?」
「出血がひどくてな…。いくらまさちんでも、11発も喰らったら……」
「11発も…か? …まさちん!!」

くまはちは、手術室を見つめた。


静かな手術室の前に足音が響き渡った。真子とぺんこうが走ってきたのだった。真子の姿を見るやいなや、ひとみが、涙を流して、真子に謝った。

「真子ちゃん、ごめんなさい!ごめんなさい!」

ひとみは、泣き崩れた。

「ひとみさん…ひとみさんは悪くないですよ。
 だから、泣かないで下さい。ひとみさん」

手術室を見つめる真子に変わってぺんこうが優しく言った。

「でも、でも……」

ひとみは、それ以上声にならなかった。真子は、手術室のドアノブに手を掛ける。それに気づいたぺんこうが、真子の手を掴んで言った。

「能力はだめです」
「しかし、ぺんこう!」
「大丈夫です。ここは、橋先生の病院ですよ。組長が今、
 こうして生きているのは、橋先生のおかげでしょう?
 橋先生を信じて、そして待つんです。まさちんは、死にません」

真子は、何か思い当たる事があった。不思議そうな顔をしていた。

「ぺんこう、その言葉……。まさちんが言ってた。
 ぺんこうが、撃たれた時に、手術室の前で。
 ……まさちん、大丈夫だよね」

真子は、一筋の涙を流す。ぺんこうは、それを優しく拭い、そして、側にあるイスに真子を座らせた。ひとみもぺんこうに言われて、真子の横に座った。

「大丈夫だから。ひとみさん、ありがとう」

真子の声は、震えていた。
真子を見守るぺんこう、くまはち、そして、むかいんの拳は、それぞれ力強く握りしめられていた。
真子は、そんな三人を睨む。
その眼差しの意味を理解した三人は、ゆっくりと拳を緩めた。それを確認した真子は、俯いた。


ぺんこうが、真子の前にしゃがみ込み、真子を見上げる。その途端、真子は、ぺんこうにしがみつき、そして、声を殺して泣き始めた。

「大丈夫ですから…」

ぺんこうは、子供をあやすような感じで真子の背中を優しく叩いていた。


まさちんの手術は長引いていた。橋は汗だくになりながら、手術中。まさちんの体内からは、撃ち込まれた弾丸が次々と取り出されていた。

「心停止です!!」
「くそっ!! ……まさちん、死ぬな!!!!」

電気ショックの音と共に、橋の声が手術室に響き渡った……。



時刻は夜の九時を回った。
まさちんの手術は未だ終わっていない。真子とひとみは、ソファに腰を掛けたまま、動かなかった。むかいんとくまはちは、真子とひとみを挟むように横に立っていた。ぺんこうは、二人の向かいの壁にもたれるように立っていた。
ぺんこう達は、真子を守るような配置で周りを警戒しているのだった。それは、自然に行われていた。
廊下に足音が響く。その音に気付いたのか、三人が一斉に、廊下の先を見た。

「真子ちゃん、ひとみ!」
「明美…」

ひとみが呟いた。手術室の前にやって来たのは、明美とその上司だった。

「…未だ終わってないんだって?」

ひとみは、頷いた。そんな二人のやりとりをただぼんやりと聞いているだけの真子。

「真子ちゃん…。…あっ、ひとみ、着替えと荷物」
「ありがとう」

いつもの明るさがないひとみだった。

「ひとみさん。後は、私たちが居るから。今日は…ありがとう」
「でも、真子ちゃん…」
「大丈夫だから。まさちん、あれでも頑丈な奴だから。
 すぐに元気な顔を見せるって」

真子は、笑顔で言い切った。

「真子ちゃん……」

そう呟いたひとみは、ちらりと、くまはちを見た。
くまはちが、そっと頷くと、ひとみは、

「じゃぁ、私は、これで」

真子の笑顔に応えるかのような、明るい声で言った。

「うん。ありがとう、お疲れさま! 明日は大変だと
 思うけど、しっかり睡眠をとって明日に備えてね」
「はぁぁい。上司より説得力あるなぁ。真子ちゃんもだよ!」
「うん」

いつも受付で見せる雰囲気で、二人は話していた。

「失礼します」

ひとみ達は、ぺんこう達に軽く挨拶をして、手術室の前から去っていく。真子は、立ち上がって、ひとみ達を笑顔で見送る。姿が見えなくなった時だった。ぺんこうが真子を支えた。

「…ったく、無理しないでください」
「こうでもしないと…ひとみさん、人一倍責任感強いから」
「そうですね…」

ぺんこうは、ひとみに話す真子が、かなり無理をしていることに気が付いていた。笑顔を向けていても、手は震えていた。立ち上がった時は、膝が震えていた。

こんな時にでも…。


「こんな時にでも、真子ちゃんは、自分のことより、
 他人のことばかり考えるんだね…。無理して…」
「そうだね…」

ひとみ達は、少し項垂れて帰路に就いていた。


夜十一時を回った。
真子は、手術中のランプを見つめていた。未だ、点灯中。

「長いですね…」
「…うん…」

ぺんこうが、真子に言った。

「組長、少しお休みになられた方が…」
「…大丈夫だから…」

真子は、ランプを見つめたまま静かに言った。

「…くまはち、むかいん、なぜ、立ってるの?」
「えっ、そ、それは…」
「は、はぁ」

くまはち、むかいんは、言葉を濁す。真子は、ソファの右に居るくまはちを見て、そして、左に居るむかいんを見た。

「…大丈夫だから」

真子は、二人の態度に気が付いた。

私のガード…か…。


ランプが消えた。真子は、立ち上がり、ドアが開くのを待っていた。
手術着を赤く染めたままの橋が、マスクを取りながら出てきた。目の前に居る真子を見て、微笑んでいた。

「ICUに移ったよ。一命は取り留めたけどな、…意識は、
 まだ、戻っていないけど、大丈夫だから」
「…うん!」

真子は、ICUに向かって廊下を走っていった。くまはちとむかいんが、真子を追いかけて行く。ぺんこうが、橋を見つめていた。

「ん?ぺんこう、何や?」
「ありがとうございました」

ぺんこうは、深々と頭を下げていた。

「何やぁ、かしこまって。俺の仕事やしな。ふふふ…。また、俺は、腕を上げたで。
 十一発も喰らった人間を助けたからなぁ」
「…腕は上がってませんよ」
「なんでや?」
「あいつの…驚異的な生命力のお陰ですよ」
「…それもそうやなぁ。まさちんは、痛さや疲れを知らない奴やもんなぁ。
 …チェッ。前と変わってへんのか」
「橋先生が、それ以上に腕を上げたら、なんだか、恐いですよ」
「それより、早く真子ちゃんとこいかんでええんか?」
「そうでした。失礼します」
「あぁ」

ぺんこうは、橋との会話でまさちんの容態を確かめていた。

関西弁が、混じっていたぞ。

ぺんこうは、ICUの前にやって来た。真子は、ガラスにへばりついて中で眠るまさちんを見つめている。

「…ぺんこう、橋先生と何話してたの?」
「まさちんのことですよ。くまはち、むかいん、後は俺が」
「あぁ」
「解った」
「むかいん…。笑顔忘れたら、駄目だよ」

真子が言った。むかいんの表情に気が付いていたのだった。

「はい。…すみませんでした…」
「くまはち、…何もしては駄目だからね」
「…はい。では、失礼します」

むかいんとくまはちは、去っていった。



日付が変わった。
真子と真子を気遣いながら、側から離れないぺんこうが、ガラスの向こうで機械に囲まれて眠っているまさちんを、見つめていた。
症状は安定している。

「去年、私があそこにいたんですよね」
「うん」
「あの時、こうして、組長とまさちんは私を見守って下さった。感謝してます。
 目が覚めた時、組長とまさちんが、ガラス越しに…こうして、私を見つめて
 …そして、組長は、凄く喜んでいました。…まさちんもきっと…」
「そうだよね」

しみじみと語るぺんこうに振り返って、真子は微笑んだ。しかし、その微笑みは、表には現れていなかった。

空が白々と明るくなり始めた。
真子は、一睡もせずにまさちんの様子を見守っていた。ぺんこうが、朝ご飯を買ってきた。

「組長、どうですか?」
「変わらない……」
「…そうではなくて…朝ご飯ですけど…」

ぺんこうは、パンを袋から出し、真子へ見せた。

「ありがとう」

真子は、ぺんこうから朝ご飯を受け取り、食べ始めた。

「ぺんこうの時は、気が気でなかったのになんでだろう。
 あの時と気持ちが全然違うんだ…。落ち着いてるみたい…」
「そんなことは、ありませんよ、組長。笑顔が……。
 …少し落ち着いておられるのは、組長が、大人になられたのでしょう」
「そうかなぁ。……私、まさちんのこと…大切に思ってないのかなぁ」
「私は、組長が心配ですよ」
「なんで?」
「まだ、体力が回復していないのに、一睡もせずに…」

ぺんこうは、そこまで言って、真子を見た。その時、真子の様子がいつもと違うことに気がついた。

「組長? 何か…」
「ん?」

真子は、ぺんこうを見つめた。その目は、微かに赤く光っていた。

「ぺんこう、何?」
「目が…」
「目? 目がどうかした?」
「いいえ、何も…。気のせいでした」

ぺんこうは、なぜか否定した。真子の醸し出す雰囲気がいつもと違う感じがする。ぺんこうは、得体の知れない恐怖を感じていた。

そんなことは、初めていや、一度感じたことがある…。
何かが起こる……。
組長、何を考えているのですか?


ガラス越しにまさちんを見つめる真子と真子を守るように後ろに立っているぺんこう。
そこへ誰かがやって来た。

「真北さん」

ぺんこうの声で真子が振り返った。

「…ったく…。組長、ずっと見つめていても、直ぐには起きあがりませんよ」
「うん…わかってるけど…側に…居たくてね…」
「去年もそうでしたけど、今回もですか?」

真子は、静かに頷いただけだった。真北は、真子の横に立つ。

「まさちんを撃った人物ですが…。今、防犯ビデオを検索中です。
 …ビルに行きませんか?」

静かに語る真北に、真子は、振り返る。
その眼差しは、『組長』だった。

「俺が、ここに居ますから」
「…ぺんこう、何か変わったら、連絡してよ、ね、ね!」
「わかっております。では、お気をつけて」
「絶対だよ!!」
「はい」

ぺんこうは、振り返りながら真北と歩いていく真子を、優しい眼差しで見送っていた。姿が見えなくなると、ソファに座り、まさちんを見つめる。

「…お前、去年俺を見てた時、どんな気持ちだったんだよ…。
 俺と、同じだったのか? …早く目を覚ませ…って……。
 組長に心配掛けるなよ…って……」

ぺんこうは、壁にもたれ掛かって天井を見つめていた。その姿からは、『教師』の雰囲気が消えていた。



AYビル。
真子は、まさちんが撃たれた場所を見下ろしていた。拳を握りしめた真子の左手が微かに赤く光る。

「組長、用意が出来たそうですよ。行きましょう」

現場検証をしている鑑識達と情報交換をしていた真北が、真子に声を掛けた。その声で真子は、そっと拳を弛める。そして、真北と須藤事務所へ向かって行った。


「こいつらは、厚木総会の!! くそっ!」

防犯ビデオを見入っていた真子は、怒りのあまり、机を叩いた。

「…遅かったってことか!…くそぉ……」

握りしめる拳は震えていた。

「組長、あとは、我々にお任せ下さい」
「だけど、真北さん!」
「任せて下さい」

真北は、真子が行動に出ることが無いように、力強く言った。真子は、拳を更に強く握りしめたが、すぐに緩めた。

「わかった…お願いする…。この件に関しては、阿山組は、
 一切、手を…出しません…。よしのさん、そのようにみなさんに伝えて下さい」
「わかりました」

真子は、この件を全て真北に任せることを決心した。真北には、何か策略があるようだった。なぜなら、ほくそ笑んでいたからだ。
それこそ、阿山組壊滅に精を出していた頃の真北そのものだった。



「組長、阿山組系が経営している店という店に厚木総会の者が、
 今回の事件を自慢げに話しているという連絡が入りました」
「なるほどね…」

ICU前のソファに座ってまさちんの様子を見つめている真子に、くまはちがそっと伝える。

「真北さんは、知ってるの?」
「未だ連絡してません」
「連絡お願いね。…全ての店?」
「いいえ、まだ、えいぞうの店には来てないようです」
「えいぞうさんとこだけ?」
「ミナミは、全てですが、キタは、まだ」
「うん…それも、真北さんにね」
「はい」
「…くまはち!」
「はい、なんでしょうか」
「無茶したら駄目だからね」
「ご心配なく! では」

くまはちは、去っていく。真子は、くまはちの後ろ姿をしっかりと見送っていた。

「…ほんと、無茶しないでね、くまはち…」

そこへ、橋がやって来た。

「真子ちゃん、ここで寝起きせんといてや」
「してませんよ」
「まさちんは、安定してるから。後は意識の回復を待つだけやし。
 …真子ちゃんも、栄養剤打つか?」
「打ちません。まさちんと違ってちゃんと栄養のあるものを
 毎日食べてますから」
「…朝と夜は兎も角、昼は、むかいんのお弁当って…。真子ちゃん、
 …何か勘違いしてへんか???」
「なんで、そんなこと言うんですかぁ」
「学校とちゃうで」
「わかってますよぉ」
「学校と言えば、…明後日終業式とちゃうんか?」
「…もう、そんな時期なの???」
「ちゃんと出な、あかんで。俺よりも、あいつが怒るやろ」
「う〜ん……」
「怒りますよ」
「ま、真北さん!! っと、ぺんこうまで…」
「今、くまはちに聞きました。情報ありがとうございます。
 …っと言うことで…。ちゃんと終業式には出席してくださいね。
 少ない出席数に成績も気になりますから」

真北が言った途端、真子は少しふくれっ面になる。

「まさちんの意識が回復したら、連絡するから。真子ちゃんは、
 家でゆっくりしとき。ちゃんと女子高生せな」
「側に居たい」
「…気持ちは解りますが、目覚めた時、まさちんが怒りますよ」
「目が覚めた時、側に居なかったら、拗ねそう…」

一同、真子の言葉に沈黙。

あり得る…。

「兎に角、終業式には出席してください」
「…はい…」

真子は、渋々承知した。

そして、終業式の日。
真子達は、二年生最後の日。この四月からは、いよいよ三年生! 受験生となる真子は、まさちんのことが気になりながらも、この日、しぶしぶ登校していた。元気のない真子を気にしながら、ホームルームで、教師っぷりを発揮しているぺんこうは、生徒達の質問にもしっかりと応えていた。
そして、一人一人に成績表を配り始めた。

「真北さん。…真北ぁ〜?? 真北ぁ…おーーい!」

気持ちは、橋総合病院に飛んでいるのか、ぺんこうが呼んでも、返事をしない真子。
ぺんこうが、真子の側にやって来る。それでも、真子は、ぼぉぉっとしていた。

「真北、成績表だぞぉ」
「…あん…?? …ぺんこう…。あっ…先生…」
「…真北さん…気をしっかり持って下さい」

ぺんこうは、真子に成績表を渡して、真子の頭を優しく撫でた。

「ありがとうございます…」

それでも真子は、ぼぉぉぉぉっとしていた。

「…仕方ないか…」

真子の気持ちを知っているぺんこうは、そっと教壇に戻っていった。


「先生、真北さん、何か遭ったん??」
「ん? ちょっとな…。俺も気が気でないけど、仕事はきちんとせな、
 真北、あぁ見えても、教師っぷりを観察してるからなぁ〜」
「…やっぱし、あっちの世界関係なん?」
「…まぁね」

真子の事を心配した野崎が、終礼後、ぺんこうにこっそり訊いていた。

「野崎さんにだけ、教えるね。安東が知ったら、それこそ大変やから。
 …まさちんが撃たれて…まだ、意識が回復してないんだよ…」
「ほんまに??…知らんかった…。それでか…」
「ICUの前から離れなかったのを、無理矢理な…」
「そうなんや…。終礼終わっても、ぼぉっとしてるし…。
 …あのままほったらかしとったら、おもろそうやけど…」
「それは、俺が困る」
「どうしたらええん?」
「…取り敢えず、帰るように促すか…。組長!」
「先生っ!」
「あっ…真北ぁ〜。終礼終わったぞぉ!」

ぺんこうの言葉に反応したのか、真子は、急に鞄を手に取り、荷物を入れ、そして、教室を飛び出していった。その素早さにぺんこうと野崎は、驚いていた。

「わぁ!! 真北ぁ!!!」

ぺんこうは、真子を追いかけようと教室を飛び出したが、既に真子の姿は無かった。

「はやぁ…」

野崎は、真子の行動に感心していたが、ぺんこうは、焦っていた。慌てて懐から携帯電話を取り出し、くまはちに連絡を取った。

『既に、車に乗ってるよ。そして、家に向かってる』
「そっか…それならいいんだけどな…」
『心配ないよ。じゃぁな』
「じゃぁなって、おぉぉいぃ、くまはちぃ〜」

くまはちから一方的に電話を切られたぺんこうだった。野崎は、そんなぺんこうの仕草がおもしろかったのか、笑っていた。

「なんだかなぁ〜」
「先生、まさちんさんのお見舞い行こ!」
「今から、ですか?」
「うん。真子を元気付けせな」
「でも、一度家に帰ってからにしてくださいね」
「じゃぁ、先生迎えに来て」
「迎えにって…」
「ええやろぉ。真子の家から近いんやしぃ」
「…先生の家からは、遠いやないか」
「ええのええの!」


そして、野崎は、一端家に帰り、ぺんこうの車で橋総合病院へ向かっていった。



「真北さぁぁぁん!!」
「…野崎さん…ぺんこう…」

ICU前のソファに腰を掛けて、まさちんを見つめている真子は、明るく声を掛けてきた野崎に驚いていた。もちろん、くまはちは、真子から付かず離れずの場所に立っている。

「先生から、聞いたで…。まさちんさんのこと。
 真北さん、元気なかったやん。気になっとってんや」
「ありがとう…。今日一日ぼけっとしてたみたいだから…。
 ぺんこうに声を掛けられても、意識はこっちだった」
「真北さん寂しいかなぁっと思ってな、話し相手」
「…野崎さん……」

真子は野崎の優しさを肌で感じたのか、それ以上何も言えなかった。

一体、ICUの前で何を話すのかと思ったら……。
ぺんこうを加えて、勉強の話だった。野崎は、解らないところを真子に、そして、ぺんこうに尋ねていた。ぺんこうから直接聞く説明は、解りやすく、そして、学校では習わない事まで話してくれるので、野崎は、感心しっぱなしだった。

「そら真北さん、頭ええわな…」
「はぁ?」

真子は、野崎の突然の言葉に驚いていた。

「先生の説明解りやすいもん。なんで、体育の教師なん?」
「…なんでだろ…」

ぺんこうは、何故自分が体育教師なのか、不思議に思っていた。

「ぺんこうは、オールマイティーだけどね、一番は格闘技だったもん。
 やっぱり体育教師でしょ?」
「組長…格闘技が一番って…まるで、私は暴れるのが好きみたいな言い方を…」
「好きだったろ…」
「…くまはちぃ〜お前までぇ〜」

ぺんこうは、くまはちに突っかかっていった。

「ね」
「ほんまや」

真子と野崎は、ぺんこうの行動を見て、納得していた。

「ちょ、ちょっと組長…野崎さんまで…」
「見たまんまやん。先生」
「……あのね……」

ぺんこうは、真子が野崎と笑っている姿を見ていた。

組長が、高校生として、笑っている…。野崎と楽しく笑っている……。


野崎を送り、真子を家まで送ったぺんこうは、後から帰ってきたくまはちと玄関先で話し込んでいた。

「組長、少しは、和んだかな…」
「あぁ」
「…やっぱり、こんな状況の時に、組長の心を和ませるなんて
 俺には、無理なのかな…。…自身ないや…」
「ん? ぺんこうのお陰で、今の組長があるんだぞ。
 もし、お前が阿山組に来なかったら、今の組長は居ないな…」
「そうか?」
「そうだよ」
「…お前にそう言われると安心するのは、なんでやろ…」
「さぁな。じゃ、気を付けてなぁ」
「おぅ。えっと、明日はくまはちで、俺は明後日だったな」
「そして、水木さん、俺という順番だからな」
「はいよ! じゃぁな」

ぺんこうは、去っていった。くまはち、ぺんこう、水木の順番とは……。


春休み。
真子は、毎日のように病院へ来ていた。その真子のボディーガードの順番だった。日替わりで、真子に付くくまはち達。

「くまはちぃ、無茶してないよね…」
「はい。情報は逐一、真北さんへ報告しております」
「うん…ありがと」

くまはちが、暴れ出さないように気を配る真子。


「ぺんこうぅ〜。仕事はぁ?」
「…組長、春休みですよ…」
「クラブ活動はぁ?」
「毎日ありませんから」
「…新学期に向けては?」
「…きちんとこなしてますので、ご心配なく」
「うん…」

真子は、少し厳しい顔をぺんこうに向けていた。


「まさか、まさちんを狙うとは…」
「うん…」
「まさちんが回復した時の事を考えなかったのかなぁ。
 あの時の二の舞をしたいんかなぁ」
「…水木さん…。怒るよ…」
「すみません…。でも、まさちんのことですよ。組長に内緒で…」
「…私の内緒で、今まで何かしてたの?」
「あっ…」
「……水木さん」

真子は、水木を睨んでいた。水木は、あらぬ方向を見る。

「組長、無茶はしないでくださいね」

水木は優しく声を掛けた。真子は、少し微笑んだ。

「ありがとう、水木さん」

このような会話が、ICUの前で毎日のように行われていた。


桜が咲き、空気が桜色に染まった頃、真子は、三年生となった。
野崎は、春休みの間、何度か見舞いに来ていた。笑顔の無い真子を見て、心配していた。

「まだなんだ…」
「うん…」
「そんなんやったら、勉強に身が入らへんやろ…」
「うん……」
「気分転換に…と思っても、そんな気せぇへんやろ?」
「うん………」
「ったくぅ。まさちんさんが目覚めたら、怒ったるから。
 真北さんに心配掛けやがってぇ〜って」
「う〜ん……」
「…うんうんって、何かしゃべれって!」
「…心配だもん」
「…あかん…。…真北さんのの気持ちも解るけどな、真北さんが
 そんなんやから、あかんのとちゃうかぁ。いつものように笑顔を
 見せな、あかんって」
「…笑ってるんだけどね…。表情に出ないみたい…」
「…今、笑ってる?」
「うん」
「わからんわ…。…どうしたんやぁ〜真北さぁん!
 あん時、笑っとったのにぃ〜!!!」
「ごめん…」

野崎は、いつものように話しかけることで、真子が少しでも元気になるかなぁっと思っていたが、それは、本当に空振りになっていた。野崎の気持ちは、解っている真子。
本当に気が抜けた感じだった。



桜も散り始めた頃の下校時間。
真子は一人で校門から出てきた。門の所で、立ち止まり、ため息を付いた。

「連絡…なしか…」

真子は、時計を見た。

「やぁ、お嬢さん、ちょっと乗っていかない?」
「えっ?…!!」

真子は、誰かに声を掛けられて振り返る。
壁にもたれてカッコつけた男が、真子を見てニヤリと口元をつり上げていた。
親指を立てて、自分の車を指している。真子は、その男の仕草を見て、呆れたような表情をして項垂れた。

「ったく…。木原さんはぁ。格好つけて…」

その男は木原だった。真子は、目線を感じ、ふと職員室を見上げた。そこには、ぺんこうが居た。木原も真子の目線に合わせて見上げる。ぺんこうと木原は、目で言葉を交わしているのか、ぺんこうが、そっと頷いた。
真子は、ぺんこうの仕草で全てを察したのか、木原の車に乗り込む。そして、車は、とある場所へ向かって走り出した。



(2005.12.6 第二部 第二十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
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※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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