任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第二十七話 真子に起こる異変

「…で、どこに行くつもり?」
「そこ」
「…はいはい。…はふぅ〜」

真子は、大きなため息を付いて、木原の車を降りた。木原が指定した場所は、えいぞうが経営する喫茶店だった。ドアを開けて中へ入っていく二人。

「いらっしゃいませ。…珍しいコンビですね。ちさとちゃん」
「来たくなかったんだけどね」

真子は、笑っていた。えいぞうは、真子の制服姿を見て、『組長』ではなく、『ちさとちゃん』と呼んでいた。木原が、それに気が付いたのは、真子とカウンターに座り、えいぞうが、真子にオレンジジュースを差し出した時だった。

「こんなとこまで」
「当たり前でしょ」

真子はオレンジジュースを口にした。そして、周りの客を眺めていた。

「…真北さんにつけるの?」

えいぞうは、苦笑い。

「でぇ、阿山組と厚木総会の関係、調べたよぉ〜。すんごい過去やな。
 それやのに、地島さんを…なぁ。狙いは阿山真子だと思っていたけどなぁ」

真子は、木原の言葉で、何かに気が付いた。

あれ? まさちんの殴り込みは、知らないの??

「まさちんは、阿山真子の側近だから、まさちんを狙えば、
 阿山真子が動くとでも思ったんだろうなぁ。だけど、動かない。
 しゃぁないやん。真北さんに止められた」

真子は、まさちんの殴り込みのことは、敢えて言わなかった。ちょっとふくれっ面になりながら、オレンジジュースを飲み干した。そんな真子を木原は、なんとなく見つめていた。
客が二人、入ってきた。その客はいかにも、『やくざ』という感じを醸し出している。店を見渡しながら、カウンターに近づいていく。真子と木原は、楽しく会話をしているふりをした。

「よぉ、兄ちゃん、あんた、阿山真子知ってるか?」

一人の男が、えいぞうに話しかけた。

「名前だけは、知ってるけどな」
「じゃぁ、さぁ。この辺りに、阿山組が経営する茶店があるって、
 聞いたんやけど、どの茶店か、知らへんかぁ?」
「さぁ。お客さん、何になされますか? ここは、茶店ですよ。
 注文お願いしますよ」
「…この茶店か」

男達は、受け答えでえいぞうの正体に気がついた。

「わかったところで、何にもなりませんよ」

えいぞうは、静かに応える。

「何もしないよ。あの地島とかいう男のようにはねぇ」
「あんた、誰だい」

えいぞうは、仕事の手を止めて、男達を睨んだ。

「厚木総会・副会長、厚木多聞だ」

一瞬、店内に緊張が走る。

「厚木多聞……。それで、地島がどうした?」
「地島のやつ、阿山組に入って間もない頃、今の組長の阿山真子の
 命令で、俺達の間で交わした杯を、見事に割ってくれたんだよ。
 武器の力での全国制覇の夢、破られたからねぇ。それで、俺達は、
 今の今まで、陰で力を蓄えてきたのさ。噂じゃ、阿山真子の命が
 危ないとか? 黒崎組との抗争で、危機に陥ったんだろ?だから、
 この機会に昔の恩をお返ししようと思ってねぇ」
「それだけを言いに、ここへ来たのか?」
「まぁ、ねぇ」
「帰った方が、ええぞ」
「そんなこと言っていいのか? ここの客も巻き込むことになるけどなぁ」

男は懐から銃を出し、えいぞうに向けた。えいぞうは、全く動じていない。

「肝が据わってらっしゃること」

えいぞうの目の端に、何かが素早く過ぎった。なんと、真子が、厚木に蹴りを入れていたのだった。真子の目は、怒りに満ちていた。

「…っつー。なんや、この女ッ!」

厚木は、真子に銃を向けた。えいぞうが、カウンターから、コーヒーメーカーを厚木の銃目掛けて投げつけた。銃を放した厚木は、コーヒーまみれになっていた。

「あつっ! てぇめぇえ〜」

熱がっている厚木のまわりに客がたくさん集まってくる。そして、懐に手を入れた。厚木は、身構える。客達は、何かを取り出し、厚木に見せた。

「ま、まじかよ!」

それは、警察手帳だった。
くまはちの情報を元に、阿山組系が経営する店という店に、客を装って刑事達が張り込んでいた。真子がえいぞうに言った『真北さんにつけるの?』の意味は、ここにあった。厚木は、観念した様子。しかし、もう一人の男は、逃げようと入り口へ駆けていったが…。

「どちらへ?」

入り口に立っていた原に捕らえられた。
こうして呆気なく、厚木総会は、解散へと追い込まれたのだった。
しかし…!!

「組長っ!」
「真子ちゃん!」

えいぞうと木原が声をあげた。なんと、左手に銃を持ち、赤く目を光らせた真子が、厚木に銃を向けていた。

許さない…。
「!!!!」

その声と行動に覚えがあるえいぞうが、カウンターを乗り越えて、真子の前に立ちはだかった。

「撃たせません」

えいぞうは、真子の目を見て言った。真子の目は、黒く戻る。その途端、銃を持った自分の左手を見て、小刻みに震えだした。えいぞうは、真子の手から銃をそっと取り上げ、

「早く出ていって下さい」

そう告げて、原に渡した。原達は、素早く店を出ていく。店の中には、えいぞう、木原、そして、呆然と立っている真子の三人だけになった。

「組長」
「えい…ぞうさん…。私、また……」

真子の目から、一筋の涙が流れた。

「どういうことや?」
「姐さんがなくなった理由を知った時も同じようなことを…」
「真子ちゃんの、本能?」
「真北さんには聞いてましたけど、やはり、 術は、解けてしまったんですね、組長」

真子は、ゆっくりと頷いた。えいぞうは、そんな真子に椅子を引いて座らせた。


コップの中の氷をストローでつついている真子にえいぞうが、静かに言った。

「銃を手にするなんて…。組長らしくないですよ」
「気が付いたら、持っていた……。まだ、感覚がある……。
 ずっしり重たくて、冷酷な感じの冷たい感覚が……」

真子は、自分の手を見つめていた。その手は少し震えていた。

「えいぞうさん、ありがと。…私、まさちんのとこに行くよ」
「お一人で、大丈夫ですか? お送りします」
「いや、いいよ。一人で大丈夫だから。木原さん、ありがとね。
 …取材はお断りだからね」
「ありゃぁ、行っちゃうの、真子ちゃん。そんなぁ〜」

木原の言葉に全く反応せずに、真子は店を出ていった。

「で、真子ちゃんの本能って?」

木原は、えいぞうに尋ねる。えいぞうは、重たい口を開いて、木原に真子の本能の全てを話していた。
本能、そして、光の能力……。
この二つは、密接に関係していると確信した木原は、心の底から、真子を心配していた。

何か…手助けできないのか?


真子は、橋総合病院に一人でやって来た。脚はそのまま、ICUへ向かう。まさちんは、未だ、意識が回復していない。

「まさちん……」

ガラスに額を当て、目を瞑って、唇を噛みしめる真子。
ガラスについた右手が青く光っていた。



「驚きましたよ。真子ちゃんが、銃を片手に…。
 引き金を引くかと思ってひやひやしてました」
「まさか、張り込み先に組長が来るとはね…。そこへ
 厚木も来るとは…。誤算だったな…。はふぅ」
「…それと、小島さんが、これを…」
「ん?」

原が、真北に差し出した紙切れ。それは、張り込んでいた刑事達の請求書。真北は、ちらっとそれを見て、目が飛び出るくらい驚き、原から取り上げた。

「なんじゃい!! なんつぅ金額になってるねん!!
 …で、珈琲メーカー一台って…」
「それは、真子ちゃんが厚木に蹴りを入れた時に厚木が
 真子ちゃんに銃を向けたんですよ。それを阻止する為に小島さんが…」
「…えいぞう…これとばかりにぼったくる気かぁ〜??」
「…あの、…開店から閉店まで入り浸りで、珈琲一杯というのは、
 …小島さんが許してくれなくて…」
「それで、店のメニュー全部が記載されてるわけか…。
 こいつらも、自分の好きなだけ飲み食いしたなぁ…。…経費は無理だなぁ。
 ……あっ、そだ。あっちの経費にしぃとこぉー」
「ま、真北さん!! あっちの経費って…」
「ん? 阿山組だよぉ」
「……真北さん…」
「なんや?」
「真子ちゃんが怒りますよ」
「……そ、そうか??」

呆れた顔の原と少し引きつった顔の真北は、そんなやりとりをしながら、署内を歩いていた。



真子の自宅・夜。
真北が真子の部屋に顔を出す。

「組長」
「ん?」

真子は、机に向かって真剣な眼差しで物書きしていた。

「あの…。昨日のことですけど…」
「あっ…。ごめんなさい…。その…気が付いたら…」
「…え、えぇ。ご無事で何よりです」

真北が真子に言いたいことは、違っていた。真子の顔を見たら、言いたいことが言えない…。

「その…えいぞうの店でのことですけど…」

真子は、真北の言いたいことが解っていた。それでも、顔色を変えず、恐縮した顔で、真北と話していた。

「まさか、張り込みしていたとは、思ってなくて…。木原さんと、まさちんのことを
 話していただけだったの。厚木総会との関係とかも…。…真北さんの仕事の
 邪魔をしてしまったみたいで…」
「そんなことは、ありませんよ。組長が狙いかと思っていたので、
 本当に、ご無事で…」
「本当に、ごめんなさい」

真子は、頭を下げていた。真北は、本当に言いたいことが言えなかった。そして、真子の部屋を出ていった。
少しふくれっ面の真北。

仕方ない…自分で出すか……。

真北は、自分の部屋へと入っていく。

真子は、堪えていた笑いを吹き出した。

もぉ〜、真北さんったらっ!

真子は、頭を下げた時、髪の毛で隠れていたので、気づかれなかったが、真北の仕草を見て、笑いを堪えていたのだった。
真北の足音が遠ざかる。真子は再び机に向かった。机の上には、まさちんがいつも行っている組関係の仕事を行っていた。
やれば出来るのに、いつまでもまさちんに任せっきりの真子。いつになったら、やるのだろうか…。

真子は、組関係の仕事をすることで、気を紛らわせていた。まさちんに匹敵するくらい、いや、それ以上の力を発揮していたのだった。そんな真子の側には、常にくまはちが付いていた。

後日、真北は、えいぞうの店での精算をポケットマネーで済ませていた。

「…ぼったくってないかぁ?」
「商売上手と言ってください」
「はいはい」
「組長、どうですか?」
「勉強も張り切ってるけど、組関係の仕事もな、いつも以上、
 まさちん以上に張り切ってるもんだから、退院した須藤が根を上げそうだよ」
「きちんと休んでるんですか?」
「睡眠は、ちゃんと取ってるけどな、起きてる間は、
 ぺんこうからも聞いたけど、休憩しないそうだよ」
「そこまでして、抑えさせること、ないんじゃありませんか?」
「俺は、強要してない。組長自身がそうしてるみたいなんだよ。
 倒れることがないように、むかいんには、ちゃんと頼んであるけどなぁ」
「追い打ちがなければいいんですが…」
「そのへんは、くまはちに頼んでるよ」
「…真北さんは、何を?」
「俺の仕事をね」
「あぁ、なるほど。例の仕事ですか…それで、他の組の動きが
 ないわけですか…。俺も健も待機しているんですけどね」
「…それこそ、組長の負担になるやろが!」
「そうですね…。…毎度ありがとうございます。また、お願いします」
「もう来ないよ」

真北は苦笑いをしていた。



ゴールデンウィークという時期。
世間では、大型連休ということで、行楽に勤しんでいた。しかし、真子には関係がなかった。いつも以上に組の仕事を張り切っていた。何かに没頭することで、何かから、逃げられるかもしれないと思っていた。
まさちんのこと? 自分の本能?


「真子ちゃん!!」

ひとみがエレベータホールから歩いてきた真子を呼び止めた。呼び止めなくても、いつもの如く、受付で話し込むのだが…。

「今ね、橋先生から電話があったよ!!」
「橋先生から? …まさか!」

ひとみの嬉しそうな笑顔を見て、真子は、橋の電話の内容を予測した。

「そのまさかだよ!! まさちんさん、意識回復したって!」
「ほんと?? やったぁ!!!」

真子は、笑顔で喜んでいた。

「やっと笑顔になったね!」

ひとみも微笑んでいた。その時だった。警備の山崎の制止を振り切って、真子へ銃を向けて走ってくる男がいた。

「組長!」

くまはちは、素早く真子の前に立ちはだかった。男は、走りながら銃を撃っていた。そのうちの何発かが、くまはちの右腕に当たる。

「くまはち!!」

真子が叫んだ。くまはちは、真子の盾になりながら、男に向かっていく。そして、左の拳を男の腹に連発で見舞った。
呆気なく男は倒れてしまった。
山崎が、その男を素早く取り押さえる。そして、直ぐに駆けつけた警察に引き渡された。
何か遭った場合のことを考えて、真北がAYビルに警察を配備させていた。
男は、未だ阿山組を敵視している組のチンピラ。阿山真子のボディーガードのまさちんが重体だということ、そして、今なら阿山真子の命を狙えると策略していたようだった。…くまはちの存在を忘れてるとは…。敵の組もかなり頭が悪い…。

「っつ……」

くまはちが、真子の安全を確認した途端、激しい痛みを感じたのか、座り込んでしまった。くまはちにしては、珍しい行動。弾は貫通していた。真子は、そんなくまはちを見て、

「くまはち! 自分のことは、大切にしないとだめだって、常に言ってるでしょ!」

叱ってしまう。

「すみません、組長」
「でも……ありがとう」
「組長……」

次の瞬間、真子の右手が青く光り、くまはちに向けた。傷は跡形もなく消えた。

「組長!!」

あまりに速さにくまはちは、真子の能力を阻止できなかった。

「さて、早速、まさちんのところに……」

真子は、まさちんに逢うことを楽しみにしているような嬉しそうな表情でそう言った。

「!!!」

しかし、激しい頭痛に襲われ、その場にしゃがみ込む。突然、苦痛に歪む真子の顔を見たくまはちは、落ち着きを失ったように、真子に近づく。

「組長、取りあえず、事務所に!」
「うん……頼んだよ、くまはち……」
「真子ちゃん!」

真子は、くまはちとひとみに連れ添われて、ふらつきながらもエレベータへ向かっていった。ひとみが真子を支えるように側に居た。くまはちは、真子の様子を伺いながら、エレベータのボタンを押した。エレベータの中で真子は、上昇による重圧に耐えきれず、しゃがみ込んでしまう。下りる階についても、立つことができない真子。

「真子ちゃん…あと少しだよ…。…大丈夫? 歩ける?」

真子は、ひとみの言葉に返事できないくらい弱っていた。

「くまはちさん、お願いします」
「えっ…そ、その…」

くまはちは、なぜか躊躇していた。真子は、かなり苦しそうな顔をしている。

「…っ! 申し訳ございません!! 失礼します」

くまはちは、真子をそっと抱きかかえる。そんなくまはちを観て、ひとみは、首を傾げた。

なぜ、謝ってるんだろう…。

そして、真子の事務所の奥の部屋へ、真子をそっと寝かせつける。くまはちは焦ったように、真子から距離を取る。

「くまはち、どうしたの? 何かあった?」
「組長、申し訳ございません。私を始め特別な者以外、
 組長に触れてはいけないことになっております。
 ですから、私が触れることは許されておりません。
 本当に……申し訳ございません」
「何それ」

真子は、くまはちの言葉というより、自分に触れてはいけないという決まりがあること自体、知らなかった。自分の体の不調をすっかり忘れているのか、

「特別な者って、だれ?」

くまはちに尋ねる。

「真北さんと、まさちんとぺんこうです」

真子は、自分の記憶を探っていた。

そういえば、真北さんとまさちん、ぺんこう以外、自分に触れたことなかったなぁ。

「一体、誰が決めた? 私は、知らないよ」
「先代です」
「……知るかっ、んなことぉ〜。くまはちぃ〜、そんな規則……廃止ぃ〜……」

真子は、意識が薄れていったのか、呟きながら、深い眠りについた。

「組長、組長?!」

くまはちの呼びかけにも反応しない真子。
一体、真子に何が起こったのか!!




阿山組本部。
阿山組幹部が集まっていた。誰もが眉間にしわを寄せていた。

「…まさちんが撃たれて、そして、組長自身も
 襲われたというのに、動かないとはなぁ」
「この世界の笑い者になってるよ」
「組長は、一体何を考えてるんだよ。山中ぁ、聞いてないのか?」
「……真北に止められてるよ」
「真北か…」

幹部達は、黙りこくってしまう。

真北が相手じゃ…なぁ〜。

「ところで、山中、最近、何を企んでる?」
「まさかと思うけど、組を分裂させるような事でも?」
「……何も企んでないよ」
「もし、組長にばれた時はどうするつもりだよ」
「あの二の舞はご免だぞ…」

そう言って、身震いしたのは、真子が五代目を襲名した頃に、真子に胸ぐらを掴み上げられ、真子の恐ろしさを目の当たりにした幹部の西岡だった。

「それには及ばんよ」
「山中…」

山中の言葉に裏があると誰もが感じた瞬間だった。

「気にするな」

冷静な顔で言い放つ山中だった。
銃器類を購入しているとは言えないしな。





橋総合病院。
真子は、愛用の病室で目を覚ました。ふと右横に目をやると、そこには、ぺんこうが椅子に腰を掛けて真子を覗き込んでいた。真子が目を覚ましたことに気が付いたドア付近に立っていたえいぞうが、歩み寄ってくる。

「ここは…」
「橋先生とこですよ。気分はどうですか?」
「ん?? …力が入らないような…。くまはちは?」
「廊下で」
「呼んで」

えいぞうが、廊下にいるくまはちを呼び入れた。

「くまはちから…聞いたけど。私に触れていいのは、特別な者だけだとか…。
 それもお父様が決めた事だって」
「えぇ。真北さんとまさちん、そして、私の三人だけです」
「何故?」
「それは、先代が、組長に手を出す者はこの世から姿を消せと
 おっしゃったからですよ」

えいぞうが、言った。

「そんな昔の事…。くまはちぃ、気にしなくていいからね。
 それは、今日から廃止にするから」
「その件については、真北さんと相談してからですね」
「…ぺんこう…組のしきたりは誰が決めるの?」
「組長です」
「組長は、誰?」
「阿山真子様です」
「阿山真子は、誰?」
「それは……」

ぺんこうは、真子をそっと指さした。

「真北さんは、関係ないでしょぉ」
「はい…」

ぺんこう達は、気まずそうな顔をする。

「私、どれくらい、寝てた?!」

真子が突然言った。

「ビルで二時間、こちらでは、五時間程です」
「…ってことは、もう、夜??」
「はい」
「まさちんは?」
「明日、一般病棟に移るそうですよ」
「そうなんだ。じゃぁ早速明日…」
「駄目ですよ。組長…ご自分の体調を考えて下さい」
「それは…できないよぉ。ちゃんとまさちんに逢わないと余計に心配掛けるやん。
 まさちんのことだもん。私に何か遭ったって知ったら…それこそ…」
「それも一理ありますけど…」

ぺんこうは、真子の体調を一番心配している。

「みんなで行けばええとちゃうか」

えいぞうが、言った。真子達は、一斉にえいぞうに目をやる。

「そうしよう」

えいぞうの言葉に納得する一同。
珍しいこと………。


真子の病室の前の廊下にぺんこうとくまはちが何話すことなく、静かにソファに座っていた。

「なぁ、くまはちぃ」

いつになくだらしなく座っているぺんこうが先に口を開いた。

「ん?」
「なんで体を張ってまで組長を守った?」
「お前に言われたくないなぁ」
「ふふっ。それもそっか」
「…ぺんこう、お前と一緒だよ」
「そうだよな…。…命を粗末にしてまで、守るな…と…難しいよなぁ」
「あぁ。体は自然と…そう動くからなぁ」
「それでも、真子ちゃんを守るのがお前らなんだろ?」
「橋先生…」

橋が、ぺんこうとくまはちの前に立ちはだかる。

「真北が、何故、真子ちゃんの能力を封じ込めていたのか、
 忘れたのか? ぺんこう」
「…忘れてませんよ。…まさか、今回の事で?」
「真子ちゃんの脳に変化が現れていると言ったよな。
 前回の結果と今日の結果。かなり変化が現れてるんだよ」
「変化が?」
「あぁ。それで、真北と相談したいんだけどな、連絡取れないんだよ」

橋は本当に困った表情になっていた。恐らく、親友の橋に伝える時間も、仕事の方に回しているのだろう。
ぺんこうは、さりげなく応えた。

「今日の事件で、例の仕事が忙しくなって、戻るのは、
 三日後だとおっしゃってましたよ」
「そうか。ほな、それまで、真子ちゃん入院な」
「はぁ? そ、それは、困りますよ。じっとしてないでしょう」
「しゃぁないやろぉ。また、今回の様に使ったら、それこそ、困るやろ」
「そうですけど…」
「そういうことやから。ぺんこう、真子ちゃんに言っといてや」
「それは、橋先生からお願いします」
「なんでや」
「…組長に仕える身ですよ。逆らえませんから」
「大丈夫やって。ぺんこうからの言葉には逆らえへんやろ。
 いつものように、言うたらええやん。俺よりも、説得力あるやろぉ。
 …俺、これ以上真子ちゃんに嫌われたくないからなぁ」

そう言って去っていく橋を見つめるぺんこうは、呟いた。

「俺もだよ」

ぺんこうは大きなため息を付く。
くまはちはそんなぺんこうを見て、笑いを堪えているのか、肩が震えていた。ぺんこうは、くまはちの目線に気が付き、苦笑い。


そして、まさちんは、真子愛用の病室と同じ階にある一般病棟に移った。
真子は、ぺんこうに支えられるような感じで廊下を歩いている。その後ろをくまはちが、歩いていた。

「いいですか、無理なさらないでくださいね」
「うん」
「入りますよ」

真子は頷く。
そして、ドアをノックして中へ入っていった。病室には、意識が戻ったまさちんがベッドに居た。

「組長」

声には力が無かったが、意識ははっきりしているのが解る。

「まさちん…」

真子は、そっとまさちんに歩み寄り、まさちんの右手を手に取り、自分の額に当てた。

「よかったぁ」
「ご心配をお掛けしました」

まさちんは真子の手を握り返す。
完全に力は戻っていなかったが、まさちんの気持ちは、真子に伝わっていた。

「ぺんこうがね、まさちんと同じ事言ってたんだよ」
「同じ事?」
「ほら、去年、ぺんこうも同じような目に遭ったでしょ?
 その時、手術室の前で、まさちんが言った言葉。全く
 同じ事言ったから、びっくりしたよ。…仲が悪いっていうのは、嘘でしょぉ?」
「俺は、あいつが嫌いですよ」
「組長、私も、こいつが嫌いですから」

そう言うと同時に、二人は睨み合う。その二人の火花の間に居る真子は、呆れ返っていた。

「…ったくぅ………」

真子は、少し目眩を起こしたのか、黙ってしまった。ぺんこうが、真子の体調の異変にすぐ気づく。それでも真子は、普通を装っていた。

「まさちん、私三年生になったんだよぉ」
「無事に進級されたんですね。おめでとうございます」
「ありがとぉ」
「いよいよ受験生ですかぁ。頑張って下さいね。やはり、大学は…」
「うん。目指す大学は一つだけ! 野崎さんと一緒なんだ」
「やはり、いくつか受けた方がよろしいかと…」

ぺんこうが真子に近づきながら言った。

「もったいないやん、受験料が。去年よりもまた高くなってるんでしょぉ?」
「そうですけど…」
「絶対に、その大学だけしか受けないもん」
「ったく、頑固なんですからぁ」
「うるさい!」

真子は、ぺんこうを睨む。

「すみません…」
「それでさぁ、まさちぃん〜」

真子のこの言い方は、何かを強請る時の言い方だ…。まさちんは、身構えた。

「私、頑張るからね!」

真子は笑顔で言った。まさちんは、肩すかしを喰らった感じだったが、真子の笑顔に安心していた。
真子とまさちんは、いろいろと話込んでいた。その二人の様子を優しく見つめるぺんこうとくまはち。まさちんに笑顔で話す真子の体調は、限界に達していた。ぺんこうとくまはちは、真子を早く休ませたい一心で、まさちんに言った。

「じゃぁ、まさちん、これ以上話し込んだら、橋先生に
 どやされるから、帰るぞぉ。組長、よろしいですね?」
「う、うん…じゃぁ、まさちん…ゆっくりと休んでね!」
「ありがとうございます。…ご心配をお掛けしました」

真子は、笑顔を向けていた。ぺんこうは、真子を守るような形で、側に付いていた。その時だった。

「くまはち!」

まさちんが言った。

「あん?」
「ちょいと聞きたいことがあるんだよ」
「俺は、先に組長と帰るぞぉ」

ぺんこうは、からかうような言い方をし、まさちんに合図して急いで病室を出ていった。そして、真子を抱きかかえる。

「…だから、無茶しないでと…」
「ご、ごめん…」
「仕事疲れで、能力を使うからですよ」
「反省してます…」
「組長が素直だと、心配ですよ」
「どうしてぇ〜?」
「…体力の限界を超えている証拠です」
「ばれた?」
「組長の事なら、なんでも解りますから」

ぺんこうは、真子へ優しい笑顔を向けていた。真子は、ぺんこうの笑顔を見て、安心したのか、眠り始める。
まるで、幼子のように…。


「何が遭った? …組長、体調を崩してるだろ?」
「…ったく、お前は、そんな状態でも組長のことを考えるのか」
「…何が遭ったんだよ」
「…まさちんの変わりに組の仕事に精を出してるんだよ。
 これを基に、組長に全て任せたらどうだよ」
「他に何かあるだろ?」

まさちんは、くまはちの隠し事に気が付いているかのように、見つめてくる。
観念したくまはちは、ボソッと呟いた。

「狙われた」
「何?」
「ガードしたよ…。俺が撃たれた。…その傷を…」
「能力か?」

くまはちは、頷いた。

「あまりの速さに阻止できなかったよ…すまん…」
「…くまはち…。俺が復帰するまで、頼んだよ…」
「あぁ」

まさちんとくまはちは、お互い鋭い目つきで見つめ合う。
それは、大切な人を守りぬく者の強い決心の現れだった。


真子は、愛用の病室で眠っていた。ぺんこうが側に付き添い、くまはちは、真子の病室の外で、ガードしていた。




「真子ちゃんのこの部分……更に大きくなっているんだよ。
 光を使ったからか? この脳と光……関係があるのか……?」

橋の事務室で、橋と真北は、真子の検査結果を見ながら、何やら深刻な話をしていた。橋は、悩んでいた。真北もそれを見て、真剣な眼差しをしている。

「何か、資料がないか、調べてるんだよ」

真北が静かに言った。

「それで?」
「……ない……。恐らく、この光のことを知っている人間が少ないんだと思うよ。
 ……あっ、一人いたぞ。あいつだ。それで、組長は、そこを選んだのか」
「どういうことだよ」
「組長が、大学に行くと言い出したのは知ってるよな。
 その行きたいという大学にいる津田という教授が、確か、
 かなり昔に光の事を調べていたと思うんだよ」
「まさか、真子ちゃんは…」
「そのまさかだよ…。自分で調べようとしているのか…。
 ……組長……」
「いずれにせよ、真子ちゃんにはこれ以上能力を
 使わせないようにしないとな」

橋は、考え込む。

「…俺も、組長を狙っていそうな組に圧力を
 掛けてるんだけどな、なかなかだよ」
「あんまし、無理すんなや。お前が倒れたらほんまに困る」
「俺は倒れられないって言っただろ!」
「…お前が倒れる所、久しぶりに見たいもんだな」
「…まだ覚えているのかよ」
「忘れられへんって。あのお前の姿は」

真北の鋭い眼差しが、橋に突き刺さる。
橋は、ただ、笑っているだけだった。

「それで、真子ちゃんは?」
「今、まさちんと、戯れてるよ」
「戯れるって…。いつものじゃれ合いなんかしてへんやろな。
 あぁ見えてもまさちんは、まだ、安静にしてなあかんのやで。
 ったく、真子ちゃんも、まさちんも、自分の体を…」
「それが、組長とまさちんだからな」
「……お前もや」
「そうかいなぁ」

その時だった。突然、大きな物音が、橋の事務室まで響き渡った。

「何だ?」
「……組長?」

真北は、音が聞こえた方向に耳を澄ませる。その方向こそ、真子とまさちんの居る病室の方向だった。
真北と橋は、顔を見合わせ、慌てて事務室を飛び出していった。



「組長!」

まさちんの病室では、想像を絶する事が起こっていた。

頭を抱えてしゃがみ込んでいる真子は、右手が青く、左手は赤く光っている。
まさちんは突然の真子の変化に驚いているのか、動けずにいた。
真子に近づこうとしたが、近づけない。
それは、自分の体力がまだ、充分に回復していないこと、そして、得体の知れぬ何らかの恐怖からだった。

激しい風が起こった。それと同時に、真子の長い髪が風に舞う。
両手の光は段々強く光り出した。そして、青と赤が合わさり、紫へと変色する。
風は、嵐のように病室の物を次々と吹き飛ばしていった。

「なんだよ、これはっ!!」

駆けつけた真北と橋。病室内の光景を見て、唖然となる。

紫の光は、オレンジ色に変化し、そして、稲妻が、発せられた。その稲妻は、病室のあちこちの壁にぶち当たる。

「まさちん、離れろ!!!!!」

危険を察したのか、真北が叫ぶ。しかし、まさちんは、その場から離れず、真子をしっかりと見つめていた。

しゃがんでいた真子がすっと立ち上がった。うつむき加減の顔が徐々に正面に向く。
その光景に、誰もが驚いた。
真子の両目はオレンジ色に光っていた。その光が閃光となって辺りを一瞬真っ白にした……。

…嵐がおさまり、静かになった。

突っ立っていた真子が、硬直したまま前に倒れていく。

「組長! うわっ!」

真子に駆け寄ったまさちんの体に電気が走った。

なに?!

まさちんは、真子の体に、再び手を伸ばす。その手から、電気が伝わってきた。

「近づかない方がいい」

橋が冷静に言う。
真子の体は、電気が帯びているのか、少しでも真子の体に近づくと電気が走った。

「これが、真の力? あの光の、力なのか?」

真北が、呟く。
まさちんは、何も言えず、ただ、真子を見つめるだけだった。



(2005.12.7 第二部 第二十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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