任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第二部 『笑顔を守る』

第三十話 楽しみは、山ほど!

「…いいか、絶対に、見つかるなよ」
「わかっております」
「ちゃんと報告しろよ、くまはち」
「任せて下さい!」

くまはちは、真子と野崎の卒業旅行先に来ていた。
二人の旅行先は…世界的有名なキャラクターがいる遊園地だった。大人から子供まで大人気のキャラクターが、勢揃いしているこの遊園地。二人は、遊園地に着くやいなや、キャラクターたちとじゃれ合い、そして、パレードや、パビリオンに入って楽しんでいた。



真子には、二人で楽しんでください!と言ったにも関わらず、やはり心配だらけの真北は、くまはちにガードを頼んでいたのだった。

くまはちは、二人が入ったレストランの近くに腰を下ろして、真北の言葉を思い出していた。

任せて…と言ったものの…。

くまはちは、辺りを見渡した。
親子連れ、カップル、友人同士…。
場違いな自分に気付いていた。

はぁ〜。

とため息を付いて、辺りの様子を伺う。
まぁ、これといって、警戒するようなオーラを持つ人物は、居ない様子。

「いけね!」

真子と野崎が、勘定を済ませてレストランから出てきたことに気が付いたくまはちは、慌てて姿を眩ました。



「次どこ行こ」
「…お城かな?」
「そやね。行こうか!」

真子と野崎は、はしゃぎながら、遊園地の中央に陣取るように建っているお城に向かって歩いていく。
くまはちは、こっそりと後を付いていった。
人混みの中。くまはちの行動を不審に思う者は誰も居なかった。二人が中へ入るのを確認した後、出口が見えるところで待機するくまはちは、再び、辺りを警戒する。



真子と野崎は、夜のパレード、そして、花火を観たあと、オフィシャルホテルへと向かった。ゆっくりとお風呂に入った二人は、窓から夜空を見上げていた。

「ええ天気でよかったなぁ」
「ほんとだね」
「花火、凄かったなぁ」
「うん…」

沈黙が続いた。

「なぁ、なんで、組長になったん?」
「ん?」

真子は、しばらく何も言わずに窓の外を眺めていた。

「自分でも、わかんない。なんでだろう」

そう呟いた真子は、昔を思い出しながら、ゆっくりと語り始めた。

「……父と母が残してくれたのが、阿山組。
 父と母が大切にしていた阿山組を私も
 大切にしないといけないのかなぁって。
 阿山組の組員やまわりの者に、私と同じ思いを
 して欲しくなかったんだ…」

真子は、笑みを浮かべた。

「こんな私なのに、みんな……まさちんやぺんこう、むかいん、
 くまはち、そして、真北さん…。阿山組組員は、こんな私を
 大切に見守ってくれた。自分の命の危険もかえりみずにね…」
「真北さん、大切に育ってんなぁ」
「だけどね、その分、好きなことできなかった。常に、誰かが側にいた。
 それは、組長になってから、更に多くなった。仕方ないよね」

真子は笑った。

「どしたん?」
「えっ? いやぁ、ねぇ、こうして、組員抜きで出かけるのって、
 初めてだから、うれしくて。林間も修学旅行もぺんこう以外に
 絶対誰かおったもんなぁ〜」
「よかったぁ〜。私、気になっとってん。真北さん、楽しんでるかなって」
「楽しんでるで。…ありがとう」

野崎は、真子を見つめていた。真子もまた、野崎を見ていた。

「これからも、よろしくね、野崎さん」
「なぁ、野崎は、やめような。だって、これから、真北さんとちゃうやん。
 うちは、理子でええで。真子で、ええか?」
「…初めて呼ばれる気がする。…慣れないなぁ。……真子でええよぉ〜」

二人は、笑い合う。

「真子のその笑顔って、みんなの為?」

野崎が突然言った。

「えっ?」
「見てたら、心和むやん。やくざでもそうちゃうかなって。
 先生見てたら、思うもん。お兄さんだってそうやん。
 絶対にやくざに見えへんもん。怒ったら怖そうやけど」
「そうかなぁ」
「そうやって」

野崎は笑っていた。真子は、今までにない、とびっきりの笑顔をしていた。
それは、やくざでなく、高校を卒業した女の子の笑顔だった。

「マブだちだぁ〜っ!!」

野崎は、真子に抱きついた。

「私、そんな趣味ないっ!!」

そう言った真子は、野崎をベッドに押し倒していた。

「真子やめろぉ〜っ!!」
「よいではないかぁ〜っ!!」
「あれぇ〜っ! お代官さまぁ〜!!」
「ふふふふ…」
「はっはっはっは!」

真子と野崎は、大笑いしていた。

「しかし、卒業式、びっくりしたでぇ」
「えっ? あぁ。あれねぇ」
「うん。まさか、阿山真子で出席するとはぁ。うちのお母さん、びっくりしとったもん」
「他の人達もねぇ」
「そうやでぇ。これからは、どうするん?」
「何が?」
「もし、組長やって事が周りにばれたらさぁ」
「ま、ばれてもいいけどね。本当の事だもん」
「そっか」
「うん」

楽しく話す二人は、夜空を見上げる。
夜空には、星が輝いていた。



「はい。無事にホテルでくつろいでおられますよ」
『ばれてないやろな』
「ばれてません」
『それなら、気付いてもいないな』
「はい。それよりも、真北さん」
『なんや?』
「ホテルやガードマンにプッシュかけたのでは?」
『どういうことや?』
「行く先々で、私に一礼しますし、それに、ここは大丈夫だという
 眼差しを向けられるんですよ。私の仕事を取らないで下さいよぉ」
『しゃぁないやろ。くまはちは、組長の後ろを追いかけてばかりやし
 先に入る客の方も、警戒すべきだろが。…解ってるころやろがっ』
「はい」

くまはちは、痛いところを突かれた。

『明日の予定は?』
「明日は、お土産屋さんと思います」
『人混みの多いところだな…』
「はい」

受話器の向こうの真北は、暫し黙る。

『警戒するのは良いが、オーラには気をつけろよ』
「かしこまりました…では」

定時連絡を終えたくまはちは、フゥッと息を吐いた。
電話を懐に入れ、ベッドに腰を掛けた。
ふと耳を澄ますと、真子と野崎の笑い声が聞こえてくる。

そろそろ就寝時間ですよ、組長。

と思った途端、『お休みぃ』という声が聞こえてきた。
くまはちは、真子と野崎の隣の部屋に居た。普通なら、隣の部屋の声は、あまり聞こえてこないのだが、くまはちには、聞こえていた。
まぁ、それは、真子への思いもあるのだろうが…。

くまはちは、ベッドに寝転んだ。
ふと思い出す、この日の真子の姿。そして……。




次の日。
真子と野崎は、お土産屋さんに居た。あれこれと迷っている二人。真子は、駕籠一杯に商品を入れていた。
店の外で、真子の様子を目で追うくまはち。
真子が持つカゴの中に入っている商品の数にも気付き、フッと笑みを浮かべ、壁にもたれた。
真子と野崎は何やら楽しそうに話している。
真子が楽しそうにしていると、くまはちの心は、なぜか和んでいた。
遠い昔を思い出す、くまはちは、ふと、誰か目線を感じた。

「あーーーー!」

という声に顔を上げた、くまはち。

しまった!!!

「何してんねん、こんなとこで」

買い物を済ませ、真子よりも先に店から出てきた野崎に、くまはちは見つかってしまった。

「まさか、ずっと?」
「はい。仕事ですから」

開き直ったというか、見つかった時の為に、言葉を用意していたのか、くまはちは、即答する。しかし、凄く気まずそうな表情になっていた。
あれ程、見つからないようにと言われていたのに、野崎に見つかってしまったからだった。

「あかんやろぉ〜。ったくぅ〜」
「しかし……」
「しかしもなんもないって。真子は、喜んでんねんでぇ、
 組員なしで旅行できてって。林間やって、修学旅行やって、
 いつでも組員がおったから、気が気でなかったって
 夕べ言ってたんやでぇ。ったくぅ〜」

確かに、林間や修学旅行にも、偶然を装って、くまはちだけでなく、健やえいぞうも姿を見せていた。
もちろん、真北も……。

「仕方ありません」

野崎は、店の中に目をやる。真子は勘定を終えて、出口に向かって歩き出した所。

「でも、安心した。だって、うちだけやったら
 もしもの時、困るやん。ほら、真子が来る」

野崎に言われ、くまはちは、軽く会釈して、その場を去っていく。
少し離れた場所に立ち止まり、真子が店から出てくる様子を見つめていた。
真子は、土産袋をたくさん手に提げていた。
少し立ち話をした二人は、ホテルに向かって歩き出した。
くまはちも、こっそりと付いていく。
野崎がちらりと目線を送ってくる。

気付かせへんから。

その目は、そう言っていた。
野崎の目が訴えた通り、野崎は、真子に話しまくっている。
そして二人と一人は、ホテルに到着した。




「すんません…野崎さんにばれました」
『何ぃ!?』
「でも、組長には、気づかれてません。野崎さんは内緒にしてくださったようです」
『なら、大丈夫かな…。明日だよな、帰宅は』
「はい。迎えには来られるんでしょうか?」
『家まで二人でという約束だからなぁ〜。くまはち、頼んだよ』
「わかっております」

そう言って電話を切ったくまはちは、ベッドに身を沈めてくつろいでいた。



帰路に就く新幹線の中。
真子と野崎の様子が伺えるデッキに、くまはちは立っていた。二人は、少しばかり話した後、それぞれが眠り始める。
いつもなら、富士山を眺める真子。
やはり、遊び疲れたのか、その場所になっても目を覚まさない。
真子の代わりに、くまはちが、富士山を眺めていた。
スゥッと広がる裾野。そこにそびえ立つ富士山。偉大な雰囲気に、くまはちは魅了されていた。



最寄りの駅に到着した真子と野崎。荷物をたくさん持って、改札を出て行った。
少し遅れて、くまはちも出てくる。そして、足早に自宅へと向かっていった。
回り道をし、真子と野崎よりも先に帰路に就く。

「組長は?」

玄関のドアが開いた事に気付いた、まさちんが、リビングから顔を出す。

「いつもの状態」

くまはちの言葉で、真子が野崎と公園の所で立ち話をしていることに気付き、リビングに戻る。
リビングに、くまはちが入ってきた。

「なぁにが、任せて下さい…だよ」

まさちんが嫌みったらしく呟く。

「組長には、ばれていない」

くまはちにしては珍しい言葉。

「……自分も楽しんで来ただろ……くまはち」

まさちんが言った。
くまはち、返す言葉が見当たら……。

『ただいまぁ〜っ!!!』

真子の声が家中に響く。
その声だけで、真子が、どれだけ楽しんできたのか解るほど。
まさちんは、真子の声を聞くやいなやリビングを飛び出していった。
その素早さで、まさちんが、どれだけ、真子を待っていたのかが解るほど。
くまはちは呆れ顔で、キッチンにいるむかいんを見つめた。

「まぁ、許してやれよ。どれだけ五月蠅かったか…」
「想像は出来たけどな」

と、くまはちは、苦笑い。



「これは、まさちんに」

真子は、お土産を手渡していく。

「これは、くまはち!」
「ありがとうございます」
「これは、むかいんだよ」
「……ありがとうございます」
「そして、これは、真北さんに」
「………ありがとうございます」
「お礼は、私が言うの! 真北さん。本当にありがとう!
 楽しかった。…自分が五代目だということ…忘れてたくらい」

少し、言いにくそうに、真子が言った。

組長……。

誰もが言えない。
真子を守るために、くまはちが常に付いていた事を…。
ゆっくりとくまはちに目線を移すまさちんたち。くまはちは、気まずくなり、それを誤魔化すかのように、真子からもらったお土産を見つめていた。

「今度、みんなで行こう! すごく楽しいから」

真子の声が弾んでいた。
確かに、みんなで楽しんでみたい。
だが、その場所は……。
誰もが絶対に、似合わないだろう……やくざだし…。





ある晴れた昼下がり。

「さてと」

ぺんこうは、がらんとした部屋を眺めて、気合いを入れ直す。
この日、引っ越しするぺんこうは、これからの生活を思い描いていた。
また、一緒に暮らせる。
いつでも、あの笑顔を、声を……。
ぺんこうは、部屋を出ていく。
ドアが閉まり、鍵の音がする。
その音は、まるで、これからの生活を応援するかのように聞こえた。



引っ越しトラックが、真子の家の前に停まる。そして、荷物を家の中へと運んでいった。
ぺんこうは、その様子を見つめ、買い物から帰ってきたむかいんと話し込む。

「組長には、挨拶したのか?」

むかいんが尋ねた。

「まだ」
「しっかし、この荷物……本…だよな」
「あぁ」
「……向こうから、持ってきたのか?」
「こっちで揃えた」

むかいんは唖然…。

「ぺんこう…向こうにも置いたままか?」
「ま、まぁ……。例の二人も居ることだし。それに…」
「そっか」

ぺんこうの思いを知っているむかいんは、それ以上何も言わなかった。
そうこうしているうちに、荷物を運び終え、引っ越し屋は帰って行った。

「夕飯、楽しみにしとけよ」
「おぅ。久しぶりだからさ。張り切れよ!」
「解ってる! ほな、ぺんこうの部屋は階段を上がってすぐだからな」
「はいよぉ」

そう言って、ぺんこうは階段を上がっていき、むかいんはキッチンへと向かっていった。


ぺんこうは、まだ段ボール箱が山積みになっている部屋へと入っていった。

お前が来ることを考えて、真子ちゃんが設計しなおした。

引っ越しが決まった時、真北が言った言葉だった。
以前、この家に来たとき、一室だけ、空き室になっていることに気が付いた。
その時は、気にも留めなかったが……。

まさか、俺のための部屋だったとは…。
組長。これからもお世話になります。

ぺんこうは、真子の部屋の方に向かって、一礼した。

「さぁてとぉ…」

部屋を見渡し、ぺんこうは、直ぐに片づけに入った。

ある程度、片づけ終えた。残りは……。
新たな箱を開けるぺんこう。そこには、大切な物が入っている。
丁寧に包まれた物を開ける。それは、写真立てだった。
そこには、真子とぺんこうのツーショットの写真が納められていた。
真子の卒業式の日に撮影した、おふざけバージョンと真面目バージョンの写真。
ぺんこうは、一番、目に付く場所に写真立てを置いた。そして、書籍を棚に並べていく。
ドアが開いた。

「早いね、片づけるの」

真子が入ってきた。

「慣れですよ」

素っ気なく応える。

「しかし、よくまぁ、あれだけの本がここに入るんだぁ」

真子は、綺麗に並べられた本を見ていた。ぺんこうは、真子に気づかれないように先程の写真立てを伏せる。

「あっ!」
「な、なんですか?」

突然の真子の叫びにぺんこうは、写真立ての事がばれたのかとドキっとしていた。

「この本、まだ、置いてるんだぁ〜」

真子は、絵本を取り出した。ぺんこうは、ばれていないことにホッとした。

「これこれ。笑顔になる本。おもろいんだよねぇ、これ。すんごい懐かしぃ〜」
「組長、覚えておられたんですか」
「当たり前やん。何度も読んだんやでぇ。笑顔が欲しいときに」

そう言って、真子は、絵本を読み始めた。

「あの頃と変わりませんね、組長」
「ん? そう?」

ぺんこうは、絵本を読む真子を見ながら、遠い昔を思い出す。
それは、笑顔を忘れた幼い真子が、ぺんこうに心を開いた頃のことだった。

「組長、手伝いに来て下さったんではないんですね…」

ちょっぴり意地悪っぽく言う。

「覗きに来ただけや」

絵本を読み終えた真子は、冷たく応えた。

「やっぱり、いいね、この絵本」

真子は、絵本を本棚になおし、ぺんこうの部屋を一望した。
たくさんの書籍が、ぎっしり……。

「ねぇ、やっぱり、狭かった?」
「いいえ、そんなことはありません」
「ふ〜ん。あっ、そうだった!! ご飯の用意できたんだった」
「それを伝えに来たんですね?」
「そう。へへへ。ごめん」
「何年ぶりでしょうか、組長とこうして一つ屋根の下で、ご一緒になるのは」
「かなり経つよね。十年以上?」
「そんなに経ってませんよ」
「教師になって、何年?」
「えっとぉ〜」

そんな会話をしながら、真子とぺんこうは、階下に向かう。
キッチンでは、むかいんがおいしそうな料理を食卓に並べていた。

「お待たせぇ」

ぺんこうの歓迎パーティーとも思える程、豪華な料理が並んでいく。
料理に見とれている時、なんとなく、嫌なオーラを感じたぺんこうは、目をやった。
まさちんが、睨んでいる。
ぺんこうも睨み返した。
が、まさちんの表情が、少し苦痛に変わった。
真子が、テーブルの下で、まさちんの足を蹴っていた……。

「ぺんこう、これからも、よろしくね! では、いただきまぁ〜すぅ〜っ!!!!」

真子の明るい声が、家中に響いていた。
真北は、真子の明るい声に安心していた。
まさちんは、ぺんこうと一緒に暮らす事に嫌気がさしていた。
むかいんは、おいしそうに食べる真子を見て、満足している。
くまはちは、味わうこともなく、食べている。
ぺんこうも、久しぶりに味わう雰囲気に酔っていた。

それぞれの思いを知ってるのか知らないのか、真子は、これからの生活を楽しみにしていた。




ぺんこうが、目を覚ました。

「そっか。引っ越ししたっけ…」

休みボケである。
寝ぼけ眼で、髪の毛が跳ねたまんまのぺんこうは、自分の部屋の扉を開け、廊下をぼぉぉぉっとしながら歩き出した。

「ふぅ〜〜。肩凝ってるんかなぁ〜」

そう呟きながら、肩に手をやり、階段に向かう。

「組長!! 起きてくださいよぉ!!」
「うるさぁい! もう少し寝るのぉ〜!」
「駄目ですよ! 今朝は本当に大事な会議でしょぉ。ほら、早く!!」
「わかったよぉ。もぉ!」

真子の部屋から、まさちんと真子のやり取りが聞こえてきた。ぺんこうは、振り返る。すると、まさちんが、真子の部屋から飛び出してきた。

「うわっ! 組長! 止めて下さいぃ!!」
「駄目ぇ!」

まさちんと真子がじゃれ合っていた。真子は、ぺんこうに気が付く。

「おはよぉ、ぺんこう。ゆっくり眠れた?」
「はい」
「組長、早く支度してください」
「今日は、やめる!!」
「はぁ???」
「ぺんこう休みだから、ぺんこうとゆっくりする」
「…組長…。こいつは、これから毎日居るんですから、
 何も今日でなくてもいいでしょう!! 早く!」
「やだぁ!」
「…ったくぅ!!!!」
「あぁ! まさちん〜! 放せって!!」
「駄目です」

まさちんは、真子の首根っこを掴み、階下に連れていった。ぺんこうは、二人のやり取りを観て、唖然としながら、階下に下りていく。

キッチンでは、むかいんが朝食の用意を済ませ、出勤の準備をしていた。

「おはよ。眠れたか?」
「んー、あぁ。…むかいん、組長の朝って、いっつもああなのか?」
「そうだよ。今日はまだ、ましな方かな。いつもは、まさちんが
 階段から転げ落ちるくらいだよ」
「ったく、組長は、朝が弱いのは、治ってないんだな」
「そうだな。昔は、真北さんか、ぺんこうだったよな」
「あの頃も大変だったけどな。…更にひどくなってないか?」
「かもな」
「まさちんの教育が悪いか」
「どうだろな。…で、ぺんこう、今日は一日何するんだ?」
「さぁ。その辺ぷらぷらしてるかな」
「結構楽しめると思うよ。…そろそろかな?」

と、むかいんが言うと同時に、真子が顔を出す。

「むかいんおはよぉ! 一緒に行くやろ?」
「お願いします」
「ぺんこう、…髪の毛跳ねてるよ」
「そのうち、元に戻りますから」

真子は、箸を手に取った。

「いただきます」
「まさちんは?」
「もうすぐかな。ふっふっふ!」

まさちんが怒りの形相でキッチンへ入ってきた。手にはタオルを持っている。

「組長ぅ〜…」
「今朝は何を?」

むかいんが真子に尋ねた。

「タオルで両手を縛った。…意外と早いんだね」
「私は、関節外せますからね」
「ほらぁ、早くご飯食べないとぉ、遅刻するで!」
「そっくりそのままお言葉を返しますよ!」

そう言いながらまさちんは、食卓に着いた。その横で静かに食べているぺんこう。

「ぺんこう、今日は何するん?」
「何も決めてませんよ」
「だったら、その辺ぷらぷらしときぃ。結構楽しめるで」
「組長」
「ん?」

ぺんこうは、箸を置いて、真子を見つめる。

「いつから、そんな行儀悪い事をなさるようになったんですか」
「…あっ…。ごめんなさい…」

真子は、久々にぺんこうに叱られてしまった。
その昔。ぺんこうが家庭教師として住み込んでいたとき、真子に礼儀作法をきちんと教え込んでいたのだった。その中に、『食事中は静かにする』というのが含まれていた。

「ったく…私が離れてから、ずっとそうだったんですか?」
「ここへ引っ越してからかな。それまでは、静かにしてたよ。
 ここ二、三年かな?」

むかいんが助言する。

「…やはり学校の影響ですか。仕方ありませんね。
 お弁当の時間は楽しくはしゃぎながらでしたでしょ」

真子は頷いた。
ぺんこうの教育の厳しさを目の当たりにしたまさちんは、驚いたのか、静かに食べ始める。
いつもは、がつくように食べているのに。



「ほな、行って来ます! ぺんこう、お留守番宜しくね!」
「お気をつけて!」

ぺんこうは、まさちんの車に乗って、出勤する真子とむかいんを見送った。

「さてと。…何しようかな…」

ぺんこうは、頭を掻きながら、家に入っていった。



「久しぶりに怒られちゃったね」
「その辺りは、昔っから変わってないんですね、ぺんこうは」
「すっかりはしゃいじゃった。むかいん、ありがと」
「本当の事ですから」
「噂には聞いてましたけど、あいつ、本当に厳しいんですね」

まさちんが、言った。

「そりゃぁ、真北さんと連れ合った仲だもん。いっつも二人から
 厳しく言われたよぉ」
「その割には……!!!! 組長! 今日はむかいんも乗ってるんですよ!!」
「そうだった!」

真子は、まさちんが言おうとしていた事に気が付いたので、言われる前に行動に出た。行動とは、運転手の目隠しである。時々、真子にそんなことをされながらも、きちんと運転するまさちんは、運転が上手いんだか、下手なんだか、ようわからん…。
そして、AYビルへ到着した…。




ぺんこうは、庭に出ていた。じっくりと眺めているぺんこう。

「やっぱり、こういう所も念入りにするんだな、くまはちは」

庭の手入れは行き届いていた。それは、くまはちが本部に居た頃からの癖かもしれない。
ぺんこうは、ぷらぷらと歩いて近所の公園までやって来た。桜は、三部咲き。それを見上げるぺんこうは、ふと、何かを思う。

「本部の桜はどうなったんだろうなぁ。大きくなったかな。
 組長も大きくなったらかなぁ〜」

しみじみと何かを思い出していた時、

「あっ、先生やん。 せんせぇ〜!!」

大きな声がした。
野崎がぺんこうに気付き、元気に走って近づいてきた。

「そっか。先生、真子と暮らし始めたんやっけ」
「野崎、なんか、その言い方やと、同棲してるみたいやぞ」
「よう似たもんやん。何してるんですか?」
「ん? 今日は休みやから、散歩。野崎はどっか行くんか?」
「うん。真子に呼ばれてるから、ビルに行くねん」
「組長に?」
「ブティックのママさんが、入学祝いに洋服くれるんやって。
 それも、ママさん手製の!! 寸法合わせやねん!」
「それは、素敵な祝いですね。…時間は大丈夫ですか?」
「うん。真子、会議が長引きそうやって言ってたから、先に
 行っとこぉ思てんねん。…先生も行く?」
「遠慮するよ。この街の散歩だけにする」
「楽しめると思うで! ほな、またね!!」
「気を付けろよ!」

笑顔で手を振り、野崎は駅へと向かっていった。


ぺんこうは、しばらく公園のベンチに腰を掛けて、人々を眺めていた。
お年寄りから、親子連れへと公園を訪れる人が変わっていった。楽しくはしゃぐ子供、泣き出す子供、喧嘩を始める子供に、それを叱る母親。
またしても、何かを思い出した。

「…組長にも、あんな時代があったんだろうなぁ。
 俺の知ってる組長は、子供なのに子供じゃなかったからなぁ。
 今の組長は、年相応に見えるけどなぁ。…組の仕事以外だけどな」

そして、立ち上がり、そのまま脚は、駅前に向かった。

駅前の商店街は既に賑やかになっていた。活気溢れ、人々が行き交う。その中に紛れて歩くぺんこう。そして、ファンシーショップの前に立ち止まった。

「ここかぁ。組長と野崎が時々寄ってる店はぁ」
「あれ? 山本先生?」
「ん? あっ、須藤」
「真北さんと一緒に暮らし始めたんですよね。
 真北さん、嬉しそうに話してましたよ」
「組長に聞いた?」
「えぇ。今日は何を?」
「休みだからな、その辺をぷらぷらと」
「楽しめるでしょ? この街は」
「あぁ。いろいろとな。須藤は?」
「大学準備ですよ。いろいろと必要なものが揃ってなくて」
「…で、なんで、ファンシーショップから出てくるんだよ」
「えっ…そ、その…それは、真北さんへのプレゼント…」
「…ったくぅ。お父さんに怒られるぞ」
「それは、大丈夫ですよ。説得しましたから」
「説得って…あの、須藤さんを…か?」
「真北さんに説得できて、俺ができないことはないと思うと
 急に力が沸いてきて…。つい…。でも、大丈夫ですよ。
 恋人ではなくて、お友達ですから」
「俺は、別に、そんなつもりで…」
「先生の事は、おやじから聞いてますよ。真北さんとの関係を詳しく詳しく!」
「…なんだかなぁ〜」

ぺんこうは、自分の生徒が真子と繋がりがありすぎることに、ため息をついた。

「じゃぁ、先生またなぁ!」
「おう、須藤、がんばれよぉ!」

一平とぺんこうは、反対方向に歩いていった。

「……組長の家の周りで、…何を楽しむんだ?!」

ぺんこうは、この時やっと気が付いた。
ぺんこうに話しかける者は、必ず『楽しめる』と言っている。

どういうことだ?!


ぺんこうは家に帰ってきた。そして、キッチンで昼食を作り始めた。手慣れた感じでフライパンを扱う。

「いただきます」

朝食の時と違って、静かな雰囲気に、ちょっぴり寂しさを感じているぺんこうだった。

食べ終わると綺麗に片づけをして(台所を汚すとむかいんが滅茶苦茶怒るのだった…それは昔っから…)、部屋へ戻っていった。ベッドに大の字に寝転んで、天井を見つめていた。

「暇だなぁ〜」

ボソッと呟くぺんこうは、いつの間にか寝入ってしまった。
時計が三時を指した頃、起き出したぺんこうは、再び、街の探索を始めた。
朝とは違った雰囲気を感じているぺんこう。
やはり、公園のベンチに腰を掛けて、人々を眺めて時を過ごす。
そして、何かに気が付いた。

「なるほど。楽しめるわなぁ〜これは!!!」

ぺんこうは、真子達が言った『楽しめる』の意味を理解したらしい。
街の所々にあるモニュメント。そこに書かれている言葉。

「組長は、こんな素敵な街に住んでいるのか。
 俺が知っている組長は、幼い頃と、学校での姿だよな。
 組長が変わっててもしゃぁないか…」

ぺんこうは、俯いて笑っていた。


所々にあるモニュメントとそこに書かれている言葉。
それは、この街を設計した松本に、真子が提案したものだった。疲れて帰ってくる人、嫌なことがあった人、哀しいことがあった人、辛いことがあった人…そんな人達の心が少しでも和むような言葉が書かれている。そして、その言葉に合わせたようなモニュメントだった。

夕日が赤々と空を染め始めた。からすも帰る時間。公園から出てきたぺんこうの前を一台の車が通り過ぎ、そして、停まった。

「ぺんこう!!」
「先生!!」

真子と野崎が、車の窓から手を振っていた。そして、野崎が車から降りてくる。

「ここでええでぇ。ありがと! 先生もまたね!」
「おぉ、気ぃつけろよぉ!」

野崎は、思いっきり手を振って真子の車を見送っていた。ぺんこうは、テクテク歩いて行く。

「お帰りなさい、お疲れさまでした」

車から降りた真子に話しかけるぺんこう。

「ただいまぁ。どうだった?? 楽しめた??」
「はい、目一杯楽しめました。心も和みましたよ。
 明日からの仕事の活力になります」
「うん。よかったぁ」
「夕飯は?」
「まだだよぉ。実は、久しぶりにぺんこうの手料理がいいなぁと思ってさぁ」
「わかりました。では、早速!」
「俺は、嫌だったんだけどな」

まさちんが、二人の会話に割り込んでくる。

「お前には作らん!」
「何ぃ〜?!」
「何をぉ〜!!!」

真子が、まさちんとぺんこうの胸ぐらを掴み上げた。

「ったく、いっつもいつも…二人はぁ〜!!!!」

真子が睨む。

「だって、ぺんこうがぁ!」
「まさちんがぁ!」

二人の子供じみた仕草に馬鹿受けした真子は、大笑いしながら、家に入っていった。

「それでは、組長と二人で、夕食ということで!」
「だから、ぺんこう!!」
「ったく、二人はぁ!!」

そんな繰り返しが、家の中から聞こえていた。



ぺんこうは、机に向かって明日の準備を始めていた。新学期への準備。再び、一年生を受け持つことになっているぺんこうは、どんな生徒が入学してくるのか楽しみにしていた。
それは、三年前、真子が入学してくる時のこと。新入生よりも落ち着きがなかったぺんこう。その時よりは、かなり落ち着いていた。

「組長も、大人になったなぁ。ほんと、学校での姿しか
 知らなかったもんなぁ。…これからが、楽しみだなぁ」

ぺんこうは、部屋の明かりを消して、ベッドに横たわり、そして、布団に潜り、眠りに就いた。



そして、朝…。
ぺんこうが食後の珈琲を味わっている頃、昨日と同じように、二階が騒がしくなった。階段を転げ落ちる音が家中に響き渡る……。

「……じゃかましぃ!!!」

ぺんこうの怒鳴り声の方が、大きかった。

「ごめんなさいぃ〜!!」

こうして、真子の家は、更に賑やかになってしまった。



(2005.12.18 第二部 第三十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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