任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二話 楽しいこと

朝。
真子の家はいつも以上に慌ただしかった。むかいんは、張り切ってお弁当を作っていた。それも、かなりの量だった。まさちんは、目覚めの悪い真子を起こしに部屋へ駆け込んでいた。

「起きてるって…」

ハイキング準備万端の真子は、まさちんを睨んでいた。くまはちは、珍しくハイキングらしい格好をしていた。…様になっている……。

「ほんとに無理しないでね、くまはち」
「はしゃぎすぎないでください。組長」

お互いがお互いを心配してる二人。むかいんは、真子のリュックに出来上がったお弁当を詰め込んでいた。

「ありがと、むかいん」
「お気をつけて!」
「うん。行って来ます!!」

真子の元気な声が家中にこだましていた。そして、足取り軽く駅へ向かって歩いていった。
楽しみだな!



真子と理子は、電車に乗っていた。真子は、ハイキングに行く許可をもらった時の事を理子に話していた。

「へぇ〜。橋先生のお弟子さんねぇ」
「そうなんだぁ。橋先生より優しそうだったよ」
「でも、その平野って医者、橋先生ご推奨なら、凄腕とちゃうかぁ。
 橋先生より恐いかもよぉ」
「…そうかなぁ〜」
「着いたでぇ。あぁ、もうみんな来てるやん。手ぇ振っとこ」

理子と真子は、ハイキングの待ち合わせの駅までやって来た。僕市へは、ここから僕市線へ乗り換えなければならないのだ。そのホームには既にサークルの仲間が集まっていた。サークルのリーダー・寺井という男とサブリーダーの江川という女の人が真子と理子に気が付き、階段を上ってくる真子と理子に声を掛けていた。

「真子ちゃん、待ってたでぇ〜!」
「寺井さん、おはようございます」
「ほんとにお弁当持ってこなくて良かったん?」

江川が真子に言った。

「えぇ。みなさんの分、持ってきてますから」
「真子ちゃんが作ったん?」
「私も作りましたけど、ほとんどが…ってお昼のお楽しみに!」
「もったいぶってぇ〜」

江川と真子が、楽しく話している間、理子は、とある場所に目をやった。そこには、くまはち、虎石、竜見が真子達と同じように電車を待っていた。服装は、ハイキングに出掛ける人達と変わらないが、雰囲気は…

「真子ぉ〜」
「ん? あぁ、ははは。…大丈夫だって」

理子は、くまはち達の雰囲気を気にしていた。くまはち達にとってはその雰囲気は当たり前なのだが…。

「理子、気にしすぎ! ほんま大丈夫やって! ね!」

真子は、くまはち達の方を見た。真子の目線に気が付いたのか、くまはち達は、振り返る。
真子は、微笑んでいた。


「楽しそうですね」

竜見が言った。

「組長、高校の時よりも輝いてますね」

虎石が言った。

「お前ら、気を引き締めろよ。俺達は仕事なんだからな」
「はい」

電車がホームに入ってきた。真子達が乗り込むのを確認したくまはち達は、隣の車両に乗り、真子の様子がよく見えるところに立つ。くまはちは、いつも以上に輝く真子を見つめながら、昔の事を思い出していた。

「兄貴、何を考えてるんですか?」

くまはちの雰囲気がやんわりとしていることに気が付いた虎石がそっと声を掛ける。

「あん? …昔の事だよ。組長の幼い頃だ。あの頃からは、今の
 組長は考えられないからなぁ」
「大阪に来て良かったんですね」
「あぁ。あんな所に閉じこもっていたら、あの笑顔も戻って来なかっただろな」
「ぺんこうさんやまさちんさんには、微笑んでいたんですよね?」
「まぁな。…俺にとっては、そこが悔しいんだけどな」
「…負けず嫌い…。…いてっ!」

くまはちは、虎石に蹴りを入れていた。

「俺のことは、何も言うなといつも言ってるだろ!」
「すみません!!」
「着きました」

くまはちの顔つきが、厳しくなった。それにつられるように虎石と竜見も厳しくなっていく。真子の周りを常に警戒しながら、ハイキング、ハイキング……。

「兄貴、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「もうすぐ池に到着ですよ」
「……あと500メートルって書いてあるところから、滅茶苦茶歩いてないか?」
「…確かに…」

ふと真子に目をやった。真子は自然を眺めながら歩いていた。理子がそんな真子を促していた。それでも真子は、自然を眺める。真子は自然に溶け込むような感じだった。理子に手を引っ張られてやっと前へと進む真子。そんな真子をしっかりと見守るくまはち。ちらっと振り返った真子は、くまはちに手を振る。くまはちは、照れたように笑っていた。


「すっごぉ〜い!!」

真子は自然のあまりの美しさに驚くとともに、感動していた。天地山とは違った自然の美しさ。

大阪にもまだ、こんな素敵なところがあるんだ…。


真子達は、ゲームを始めたようだった。同じ年代の人達と楽しむ真子を見ているくまはち。

「特に怪しい奴は見あたりませんね」

虎石が、真子の居る場所の周りを見回っていた。

「理子ちゃんとボートに乗りますよ!! 大丈夫なんですか?」
「初めて乗るはずだよ…」
「組長は、確か…」
「落ちることはないだろうよ。万が一に備えろよ」
「はい」

そう言って虎石と竜見もボート乗り場へ向かっていく。真子達に続いて、ボートに乗る二人。しかし、くまはちの心配をよそに、真子は初めて乗るボートではしゃいでいた。そっと虎石達のボートに近づき、水を掛けたり、オールを手にとって漕いでみたり…。

「心配することなかったか…」

くまはちは、木の陰から真子を見守っていた。

「くまはちぃ〜!!!!」

真子が立ち上がって手を振っていた。くまはちは、微笑んで真子に言った。

「危ないですよ!」
「はぁい! へへへ!」

真子は、座り、舌を出していた。


ランチタイム。
真子のリュックからは、かなりの量のランチボックスが出てきた。

「どうやったら、そんなに入るん?」
「……わかんない……」

リュックに詰め込んだのは、むかいんのようで…。

「じゃぁ、みんなで食べて下さい!」
「いっただきまぁす!」

真子は、ランチボックスを三つ手に取って走っていった。


「くまはち! 虎石さんに、竜見さんもお疲れさま! はい」
「ありがとうございます」

くまはち達は、真子からランチボックスを受け取った。

「むかいんがいつもより早く起きて作ったんだ」
「むかいんさんの…」
「料理…」

虎石と竜見は、感極まったのか、言葉が詰まってしまった。

「いただきます!!!」
「ちゃんと味わってよぉ」

真子は、がつく二人を見て微笑んでいた。

「で、大丈夫?暑くない??」
「これくらいの暑さは平気です」
「下よりも涼しくて、自然も美しいですね」

虎石、竜見が、箸を置いて、はきはきと返事をした。

「でしょ? だから、お二人も、楽しんでね! ほな、くまはち! あんまし無理したら
 駄目だよ! じゃぁね!」

真子はかわいく手を振って、みんなの所へ戻っていった。そして、楽しく会話をする真子を見つめるくまはち、そして、虎石と竜見だった。

「組長、輝いてますね」
「みんなと居るときがやっぱり輝いてるんですよね」

しみじみと言う虎石と竜見だった。

その通りなんだよな…。

くまはちは、敢えて口にしなかった。



「今頃お昼食べ終わったかなぁ」

まさちんが、AYビルの真子の事務室で仕事をしながら、呟いていた。ふと、真子のデスクに目をやる。そこには、書類が山積みになっていた。

「…まさかと…思うけど……組長…」

書類に目を通すまさちん。予想通りだった。真子がやならければならない仕事。それらが、放ったらかしになっていた。期限が明日のものばかり。

「…組長、知っていて、ここに……。はふぅ〜」

まさちんは、真子のデスクに座って書類を片っ端から、片づけ始めた。

俺より、凄腕なのにぃ〜。

それは、まさちんが仕事に集中するよう、真子が仕組んだ『罠』だった。お陰でその日の仕事は、真子のことを一時忘れるくらい真剣に行っていた。


「ひゃぁ〜間に合ったぁ〜」

真子達は、夕陽が沈む頃、しろらんど池最寄り駅に着いた。池の周りではしゃぎすぎ、時の経つのも忘れていたのだった。もう少しで暗闇の中、ハイキングコースを戻ってこなければならなかった。そんな時刻に駅の前に居るのは、真子達…だけではなかったのだった。かなりの人数のハイキング姿の人々…。それは、しろらんど池の自然が、みんなを帰してくれなかったのだろう。

「ほな、乗ろかぁ」

真子達は、改札を通って、電車に乗った。他のハイキング客に紛れて、くまはち達も改札を通る。

「…元気ですね…」

虎石が言った。

「そんなに年齢は、離れてないと思うけどなぁ」

竜見が呟いた。

「生活習慣の違いだろ」

そう言うくまはちも少し疲れた表情を見せていた。
実は、しろらんど池で、昼食後、真子達サークルのメンバーに誘われて一緒にゲームを楽しんでいたのだった。真子が、折角、自然の中にいるのに、楽しんでいないくまはち達をそれとなく誘うようサークルのメンバーに促したのだった。

「楽しかったですね、兄貴」
「あんな風に楽しんだのは、何年ぶりですか?」
「俺は無いぞ」

いつもは、素っ気ない返事をするくまはちは、竜見、虎石の質問に優しく応えていた。
しろらんど池の自然が、くまはちの何かを変えたようだった。


「では、兄貴、俺達は、これで」
「あぁ。お疲れ」
「失礼します」

虎石と竜見は、真子と理子が降りる駅では降りず、そのまま電車に乗って行った。くまはちは、真子をしっかりと見守りながら、改札を出て、いつもの公園まで歩いてきた。
真子と理子が、立ち話を始めた。

「向井さんに有り難うって言っといてな。おいしかったって」
「うん。むかいん喜ぶよ」
「ほな、気ぃつけてなぁ〜! お疲れさまぁ〜!!」
「またねぇ〜! お疲れさまっ!」

真子と理子は、お互い手を振り合って自分の家の方向へ歩いていった。理子と目が合ったくまはちは、会釈した。そして、真子の側にやって来た。

「お疲れさま。……大丈夫??」

くまはちの疲れた様子を見て、真子は優しく話しかけた。

「大丈夫ですよ。組長、楽しかったようですね」
「うん。これもくまはちがずっと居たからだよ! 安心してた。
 いつもありがとう」

真子の微笑みにくまはちも微笑んでいた。

「くまはちも楽しかったでしょ?」
「初めてですよ。あのように楽しむのは」
「虎石さんや竜見さんは、何年ぶりかのゲームだったんちゃうかなぁ」
「あいつらも楽しんでましたよ。仕事を忘れてね」
「それでいいんだって」
「…自然…美しかったですね」
「そだね」
「天地山と同じくらいですか…」
「うん」

そして、真子とくまはちは、家に入っていった。

「ただいまぁ〜!! 楽しかったよぉ〜!!」

真子の大きな声が家中に響いていた。

「お帰りなさい」
「はにゃ?? 真北さん、早い〜。お帰り!」
「くまはち、お疲れさん。どうでした?ハイキングは」

真子は、珍しく早く帰ってきた真北と話ながら、荷物の片づけをしていた。

「自然が美しかったぁ〜。今度、理子と二人で行こうって
 話してたんやけど…。今回は特別やからって、断った」
「それなら、今度は、我々もご一緒ということで」
「そっか、そうしよう! みんな不健康な生活だもんね。ほな、先に風呂ぉ!」

そう言った真子は、お風呂場へ向かっていく。

「くまはち、珍しく疲れてないか?」
「はぁ。組長のサークルのメンバーに誘われて、一緒にゲームを…」
「組長の策略か」
「えぇ。予想できませんでしたよ」
「まだまだだな」
「すみません…」

くまはちは、頭を掻いて、恐縮していた。
真子は、気持ちよさそうにお湯に浸かっていた。お風呂場から、真子の歌声が聞こえてくる。

「ほんと、楽しかったんだな、組長は」
「笑顔が輝いてましたよ」
「そうか…見たかったな」
「真北さん…?」

くまはちは、真北の呟きに驚いていた。自分の聞き違いかと思うほどの言葉だったのだ。

真北さんは、最近、何かがおかしい…。

くまはちの考えは当たっているようだった。それもそのはず。いつまでも子供だと思っていた真子は、もうすぐ二十歳。大人の仲間入り。真北は何かを意識し始めたのだろうか…。



阿山組本部。
梅雨がそろそろ顔を見せる時期。真子達は、父・慶造の法要の為にやって来た。やはり本部へ戻るのが嫌な真子は、帰ってくるたびにふくれっ面をしていた。しかし、この日は、違っていた。
部屋に向かう真子に近づく純一。

「組長」
「ん? あっ、純一。元気だった?」
「はい。その…お疲れのところ申し訳ありませんが…、その…。
 明日、時間ありますか?」
「んー法要は明後日だから、明日は、特に予定ないよ。何?」
「その、これに…」

純一の手は、マイクを持った形になっていた。

「明日?? うんうん! 行こう! …まさちん、いいでしょ?」
「えぇ。あまりはしゃがないようにしてくださいね」
「うん。ありがとう!! じゃぁ、純一よろしくね!」
「はい」

真子は、笑顔で純一に手を振って部屋へ入っていった。

「…で、お前ら、何を企んでるんだよ」
「まさちんさんも参加ですよ」
「はぁ??」
「その……………」

純一は、まさちんに耳打ちした。まさちんは、純一の言葉に驚いていたような表情をする。

「ったく、お前らはぁ〜。組長、そういうのは嫌いだぞ」
「解ってますよ。ですから、カラオケなんです」
「なるほどね」


そして、次の日。
真子、まさちん、そして、純一達若い衆は、カラオケ『DONDON』へやって来た。

「おぉ、いらっしゃぁい。真子ちゃん! 久しぶりぃ〜」
「こんにちは、店長! 店長、一段と元気になって!」
「純一達が、毎日来てくれるお陰でね」
「なぁるほどぉ。…って、今日は誰も居ないみたいだけど」
「ま、そんなことより、ほら、みんな部屋に入ってるよ」
「組長! 早く!!」

純一が、真子を呼んでいた。

「はぁい」
「真子ちゃん、楽しんでよぉ!」

店長の怪しい笑み。真子は不思議に感じながらも、部屋へ入っていった。
部屋は暗かった。真子が入ると同時に電気が付く。

「組長、おめでとうございます!!!」

そのかけ声と同時にクラッカーが鳴り響いた。

「えっ? なに?なに??」

真子は、驚きながらも、部屋を見渡すと、壁には、『組長、おめでとうございます!』と書かれた物が貼られていた。

「な、なんなん??」
「大学入学と少し早いですけど、二十歳の誕生日ですよ!」
「えっ?! な、な…どうして?!」
「俺達、お祝いしたかったんです」
「だけど、組長は、騒ぐの好きではないこと知ってましたから、
 こうしてここで、店長に頼んで、今日は貸し切りにしました」
「そ、そんな…」

真子は、何故か戸惑っていた。ちらりと、まさちんに目をやる。
まさちんは、微笑んでいた。

みんなの気持ちですよ。楽しんで下さいね、組長。

まさちんの声が聞こえたのか、真子は微笑んだ。

「…ありがとう…みんな、ありがとう!」

真子の笑顔が輝いた。
その微笑みに純一達は、魅了されていく。
自分たちが、やくざだという事を忘れて……。

そして…。

「俺達からです」

若い衆は、真子にプレゼントを渡す。

「ありがとう! 何??」

真子はドキドキしながら箱を開ける。中には、たくさんのCDが入っていた。どれも人気のアーティストのベスト盤。

「これからも、思う存分カラオケで!」
「今夜から早速聴くね!」
「お待たせぇ〜」

店長が料理を運んできた。そこには、ケーキも乗っていた。

「はふぅ!!!」

真子がろうそくの火を吹き消す。拍手とともにカラオケの前奏が始まった。
飲み、喰い、歌いまくり、そして、楽しい時間があっという間に過ぎていく。
真子は、思いっきり楽しい時を過ごしていた。若い衆ともふざけ合っている。そんな真子を優しく見つめるまさちんに気付き、純一が、まさちんの側に腰を掛ける

「どうしたんですか、まさちんさん」

純一が、まさちんらしくない雰囲気が気になっていた。

「ん?? あぁ。組長、大きくなったなぁと思ってな」
「まさちんさんは、組長とのお付き合いは…」
「まだ、八年にもなってないんだけどな。すごく昔から知っている
 ような感じなんだよな」
「毎日ご一緒だからですよ」
「そうだろうな。初めて逢った時は、あのような笑顔は無かったよ」
「そうなんですか。俺達、組長のあの、笑顔が楽しみなんです」
「みんなの為の笑顔だからな」

まさちんも真子と同じくらいの笑顔になった。

「まさちんの番やで!!」
「はい」

まさちんは、マイクを持って歌い始める。真子は、まさちんをじっと見つめていた。その眼差しは、とても優しく…。

まさちん、楽しんでるよね!!


その夜、真子は、ぐっすり眠っていた。まさちんは、真子の様子をそっと伺い、自分の部屋へ入っていく。

「…二十歳か…」

まさちんは、ベッドに横たわって、真子と過ごしてきた日々を思い出していた。




笑心寺。
慶造の法要が密かに行われていた。笑心寺の周りには、黒服の男達の姿は少なかった。墓参りを済ませた後、真子は、一人で笑心寺の自然を肌に感じていた。そこへ、住職がやって来る。

「真子ちゃん」
「住職。本日はありがとうございました」
「護衛が少ないけど、大丈夫なのかい? かなり危ないのでは?」
「危険ですけど、ご近所にご迷惑をお掛けすることになりますから」
「はっはっは。時々苦情がありましたよ。恐いってね。ところで、
 何をお探しかな?」
「しょうた君、来るのかなって」

真子は微笑んでいた。

「真子ちゃん、覚えてるかなぁ。小さい頃、ここで、カブトムシが、
 真子ちゃんの顔の上に落ちてきて、怖い怖いって泣いていたのを」
「はい…覚えていますよ。顔の上にね。今でも、怖いですね。
 黒く光って、強そうだし。この時期は、まだですね」
「今年の夏は、かなり多く出てくると思うよ」
「しょうた君たち、喜びますね」
「組長。終わりました」

笑心寺の周りにいた組員を本部へ戻るように指示し終えたまさちんがやって来た。そして、笑心寺に残ったのは、まさちんと真北の二人。真北もゆっくりと歩いてくる。

「しょうた君、まだですか?」

真北が優しく声を掛ける。
真子は笑心寺に来るたびに、しょうたと遊ぶことを楽しみにしていた。しょうたは、毎日のように笑心寺へと遊びに来ていた。

真子ねぇちゃんは?

来るたびに、住職や小坊主に尋ねる。
しかし、真子が来る時期は決まっている。住職は、敢えて、その事は、しょうたに伝えなかった。

「おねぇちゃぁ〜〜ん!!!」

遠くから叫びながら、走ってくるしょうた。

「こんにちは!」

真子は、しょうたに手を振った。幼い頃に戻ったような顔なる。しょうたは、うれしさのあまり、真子に飛びついた。

「げんきだった??」
「元気だったよ! しょうたくんもだね!」
「うん!」


真子としょうたが遊んでいるところを真北と住職は、少し離れた縁側に腰をかけて、お茶をすすりながら見ていた。まさちんは、真子につかず離れずの場所で、周りを気にしながら真子を見守っている。



笑心寺の階段を上ってくる男が居た。
笑心寺の門をくぐった男は、周りを見渡す。
子供のはしゃぐ声が聞こえていた。その方向へと歩いていく男。
ズボンのポケットに手を突っ込んでゆっくりと歩いていく男は、子供とはしゃぐ女の人をじっと見つめ、歩みを止めた。
人の気配を感じたまさちんは、振り返る。
真子を見つめる男がゆっくりとポケットから手を出し、素早く懐に手を入れ、銃を取り出した。銃口は真子に向けられていた。

「組長!」
「危ない!!」

まさちんと真子は同時に叫んだ。
まさちんは、真子に駆け寄った。真子はしょうたをかばう。しょうたは、何が起こったのか解らずに真子の腕の中で、きょとんとしていた。

「ま、まこねぇちゃん??」

サイレンサーが付いているのか、銃声は聞こえていない。
しかし、真北と住職は、ただならぬ雰囲気を感じたのか、それぞれが、行動に出ていた。
真子は、数え切れないほどの銃弾をしょうたをかばいながら避けていた。

「組長!」

男の姿が消えていた。

「まさちん、しょうたを! 狙いは、私だ!」

真子は、まさちんの返事を聞く前に、しょうたを託し、そして、素早く去っていった。
真子を追って男が走り出す。

「くそっ!」

しょうたを任されたまさちんは、真子を見送るしかできない。
そんなまさちんの心を察したのか、

「ぼくは、だいじょうぶだから…まこねぇちゃんのとこにいって!!」

しょうたが力強く言った。

「しょうたくん…。…本堂まで走って、そこから動かないように」
「うん」

しょうたは、本堂まで走っていった。

「組長」

まさちんは、真子が走っていった方向へ急いで向かう。



真子は、木陰に隠れ、男の気配を探っていた。
突然、葉が揺れた。
真子は上を見た。それと同時に、男が真子の目の前に舞い降りる。着地するやいなや真子へ銃を向けて発砲した。
真子は、その素早さに対応できず、左腕を打たれてしまった。
赤く滲む腕。
男の手が、逃げようとする真子の腕を捕らえた。振り向き様に真子は蹴りを入れるが、男はビクともしない。

「!!!!」

次の瞬間、真子は、強烈な蹴りを胸に喰らってしまった。勢い余って木に背中をぶつけ、その場にしゃがみ込んでしまう。

「くっ……」

あまりの痛さに、真子は立ち上がれない。そんな真子の様子を察知した男は、にやりと笑い、銃口を真子の頭に突きつけた。

『もう駄目だ!!』

真子がそう思った瞬間だった。

「ぐぉっ!」

真子の足下に銃が落ちた。驚き、真子は、顔を上げる。

「死にたいのか?」

その声は住職だった。その手には長刀が。その長刀で男の手を殴ったのだった。住職の気合いは、凄かった。男は戦意を失い、砂利に脚を取られながら逃げていく。

「住職、強いぃ〜」
「大丈夫かい、真子ちゃん」
「大丈夫…と言いたいけど…強烈なのを喰らっちゃった…」

真子は弱々しく言った。そこへ、まさちんが駆けつけてくる。

「組長!」
「…何をぼさっとしてる! 君はそれでも真子ちゃんのボディーガードか!」

住職は、まさちんに怒鳴りつける。まさちんは、驚いていた。それ以上に真子が驚いていた。

「油断大敵ですよ」
「ごめんなさい…」

真北が、真子の足下に落ちている銃を手に取りながら、真子に言った。そして、真子を抱きかかえ本堂へ向かう。



「だいじょうぶ? おねぇちゃん」
「かすり傷だから」
「……また、おねぇちゃんとあえない日が来るの? …さみしいな。
 また、前みたいに、たくさん恐い人が周りに来るの?」
「そうなると思うけど、しょうたくんと遊ぶことは大丈夫だから」

真子は、しょうたの頭を優しく撫でていた。

「ほんと?」
「約束!」
「ゆびきりげんまん、うそついたら、はりせんぼんのぉます! ゆぎきった!」

はりせんぼんを飲むのは、組長だな…。

真子としょうたの様子を見ていた真北達は、そう思っていた。

「また、護衛か…」

真北は呟いた。




阿山組本部。
真子は一日中ベッドに寝転んでいた。
強烈な蹴りを喰らった胸の痛みは激しかった。しかし、それを周りに悟られないように過ごしていた。

「失礼します。組長、医者をお連れしました」

まさちんが、真子の部屋へ入ってきた。

「医者? 橋先生がこんなとこまで?」
「いいえ、違います。橋先生の紹介で、本部に居るときに万が一の事を
 考えて、連絡していただいたようです。道先生です」
「えっ?? あの有名な??」
「有名なって、俺は、橋ほど有名じゃないよ。初めまして真子ちゃん。
 橋の野郎から聞いてるよ。それに、昨日の傷を診せてもらうね」
「橋の野郎って…」
「橋とは、良きライバルだよ」
「は、はぁ…」

道は、てきぱきと真子を診る。そして、ため息を付いた。
おもむろに携帯電話を取り出し、いきなり相手を怒鳴り始めた。

「お前、しっかり診てるのか? 俺が教えた通りに診てれば、
 こんなことは、起こらないはずだぞ! どうなんだよ!
 …昨日、撃たれた事も気が付かなかったということだよ。
 あぁ。真子ちゃんにちゃんと説明するけどな、お前にも
 更に詳しく説明するからな…。…あぁ。お前、あまり無理するなよ」

電話を切った道は、真子を見つめた。真子は、びくびくしている……。

「ということで…って、真子ちゃん、怯えていないか?」
「べ、べ、別に…」
「組長は、先生を怖がっていますよ」

まさちんが呟くように言った。

「どうして?」
「こわぁい橋先生を怒鳴るからですよ。だから、それ以上に恐いと
 思っていますね? 組長」

真子は、たくさんたくさん頷いていた。道は困った表情になる。

「俺自身、橋に怒鳴られることもあるんだよ。だから、怖がらないで
 欲しいなぁ。橋と同じくらいでいいからぁ〜」

真子は、作り笑いをしていた。

「まだ、怖がってるだろ?」

真子は軽く頷いた。

「困ったなぁ〜。はい、これは、痛み止めだからね」
「ありがとうございます」
「それと、あんまり我慢しないこと。この痕から想像すると、
 かなり凄い蹴りだったんだろ? 息苦しくなかったか?」
「それは、大丈夫でした」
「…えらい頑丈な体なんだな。橋の言うとおりだな。
 でもな、真子ちゃん、痛いときは痛い、苦しいときは苦しいって
 言ってもいいんだからな。我慢は良くない」
「はい…」
「組長でも、痛いものは、痛いんだから。気にするな」
「…はい」
「さてと。他に何かないかな?」
「ありません。本日はありがとうございました」
「大阪に帰ったら、その脚で、橋のとこに行くこと。まさちん、
 わかったか?」
「はい。ありがとうございました。組長、ゆっくりお休み下さい」
「うん」

まさちんは、真子が眠りについたのを確認して、道を見送りに玄関までやって来た。

「まさちんも、充分注意すること。真子ちゃんは、絶対に
 自分の体調の悪さを言わないだろ?」
「えぇ。今までに何度も…」
「まずは、真子ちゃんのそう言う性格を治さないとな」
「そうですね。…心強い方が増えて、嬉しいです」
「…阿山組の事は昔っから知ってるからね。俺は、嫌だったんだよ。
 だけどな、あの橋が、真子ちゃんの事を褒めまくっていたからな。
 一度逢ってみたかったんだよ。…逢ってよかったよ」
「道先生…」
「真子ちゃんの持っている特殊能力のことも…協力するよ。
 …ま、何か遭った時は、便りにしてくれ。じゃぁ」
「ありがとうございます!」

まさちんは、深々と頭を下げて道を見送った。

「あれが、極道の親分かぁ。見えないなぁ」

道は、そう呟きながら帰路に就いた。



真子は、その日一日、熟睡していた。
道が渡した痛み止めは、睡眠薬も兼ねていたのだった。

「…橋だな…」

真子の様子を見に来た真北が、真子の側に座り、呟いた。

「恐らくそうでしょう」

まさちんは、真北の後ろから真子を覗き込むように立っていた。

「ま、こうでもしないと、組長、無茶するからな」
「そうですね。でも、今日は大阪に…」
「午後でいいだろ」
「そう手配します」
「真北さんは?」
「ん? あと二日休みだよ」

真北は、微笑んでいた。

「あとは、俺が付いてるから」
「お願いします」

そう言ってまさちんは、真子の部屋を出ていった。
真北は、真子の部屋の中央にあるソファに腰を掛ける。そして、テーブルに置いている箱を覗き込んだ。そこには、若い衆からの贈り物のCDが入っていた。真北は、一つ一つ手に取って、CDを見ていた。

「これか。組長が嬉しそうに話していた贈り物は。ったく、
 あいつらは…。真子ちゃんを友達と思ってるんじゃないか?
 ふふっ…それでもいいか…。普通の女の子…ね…」

真北は、真子の方を振り返った。その時、真子が目を覚ます。

「…真北さん?」
「お目覚めですか、お姫様」

真北の言葉に、真子は笑い出す。

「ふっふっふ! なんか、昔を思い出すね。そうやってよく
 真北さんに起こされた」
「そうでしたね。目覚めの悪い組長をこうして起こしたもんですね」
「…うん」
「具合はどうですか?」
「…あれ?? 朝?」
「えぇ。道先生が帰ってから、ずっと眠ってましたよ」
「そうなんだ。でも、お陰で体調が良くなったよ。あぁ〜!
 今日、帰る日じゃなかったっけ。時間、間に合う?」
「午後に変更しましたよ」
「なら、まだゆっくりできるんだね」
「そうですね」
「じゃぁ、真北さん、久しぶりに、おもしろい話を聞かせてよ。昔みたいにね」

もうすぐ二十歳になるというのに、真子は、無邪気に笑っていた。そんな真子を見つめる真北も、真子を子供扱いしてしまう。

「では、とっておきの話を…」

真北は、真子に優しく語り始めた。
その声からは、あの厳しい真北のイメージは湧かなかった。
真子は、真北の話に聞き入っていた。まさちんやぺんこうとは違って、難しい言葉がたくさん含まれているが、それでも真北の話は、真子にとって心地よかった。

それは、真子が幼かった頃の子守唄代わりによく聞いていたから…。

真子の部屋の前では、まさちんが立っていた。真北と真子の雰囲気が、誰も寄せ付けないように思えたまさちんは、そっと自分の部屋へ入っていった。

「チェッ…」

ふてくされながら、ソファに寝転ぶまさちんだった。





とある暗い部屋。そこに誰かが入ってくる。

「具合は、どうですか?」
「…ましだ…」
「そろそろ実行に移しますが…」
「もう少し…待ってくれ…。こんな姿では、逢いたくないからな」

そう言って、体を起こした一人の男…黒崎竜次。
真子を危機に陥れた頃とは全く別人のようにやせ衰えていた。
特別刑務所に入れられていた竜次は、昨日、脱走していた。
その竜次を迎えに来たのは、同じように刑務所に入れられていたはずの黒田。
黒田が先に脱走し、そして、態勢を整えた後、竜次を迎えた。
竜次の体調を気にした黒田だが、真子に痛めつけられた時の傷は、未だに完治していない。
痛々しい姿の黒田、そして、やせ衰えた竜次。
またしても、何かを始めようとしている二人。
再び、真子に危機が訪れるのか…?



(2006.1.9 第三部 第二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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