任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三話 真子の優しさに包まれて

「デート?!?」

と、突拍子もない声を張り上げたのは、橋総合病院の院長・橋。

「私が促したの。まさちん、好きな人と久しぶりに逢ったのに、
 未だ一度も誘っていないみたいだから」
「誰と?」
「まさちんの幼なじみ。初恋の相手だって。暫くこっちに居ると
 言っているのに、何の連絡もしないもん。なんでやろぉ。
 まさちんって、こういうのに、疎いんだからぁ」

真子は、真北を交えて、橋に検査結果を聞くために、橋の事務室に居た。

「そんなことをしなくても、まさちんは、ちゃんと
 連絡とってデートしてますよ」

真北の口調は、何かを悟っているかのよう。

「ほんと? …でも、約束してないっていっつも言ってるのに」
「茶化されるのが嫌なんですよ」
「誰が茶化すん?」

真北と橋は、息を揃えたように人差し指を同じ相手に向けていた。

「…わ、私かい!!」
「うんうん」

真北と橋は、息を揃えて頷いた。

「ったく、もぉ!!」

真子は、ふくれっ面。そんな真子を見て、橋に事務室のドア付近に立っているくまはちは、笑っていた。

「くまはち! 笑うなぁ!!!」
「す、すみません」
「で、真子ちゃん、話続けるけど……」

と橋が言おうとしたが、真子は立とうと腰を浮かして…。

「……真子ちゃん…」
「あとは、真北さんにぃ〜。くまはち、庭ぁ」
「はい」

真子は、事務室を出て行った。

「くまはち、無茶させんなよ」

橋が素早く言う。

「心得てます」

力強く言って、くまはちも事務室を出て行った。

「お前もそうやけど、くまはちも、真子ちゃんに甘いよな。
 厳しく言ってもええやろが」
「あまりにも酷いときは、くまはちも怒るぞ」
「くまはちが? 真子ちゃんを怒る???」

橋は、目を丸くする。

「まぁ、くまはちの場合は、危険が迫らないと駄目だけどな」
「それは向こうの世界。こっちの世界でも同じやろが」
「そういうお前も、甘いだろが。大丈夫かぁ? 他の患者にも
 同じように甘いんちゃうんか?」
「厳しいわい」
「さよかぁ」
「うわぁ、嫌な返事や」
「…続きは?」

真北が促す。

「それでな…」

橋の眼差しが変わり、深刻な話へと移っていった。


橋総合病院の庭。

真子とくまはちは、仲良く横に並んで歩いていた。
ハイキング以来、くまはちは、真子の後ろではなく、横を歩くようになっていた。
ハイキングの時、サークル仲間に誘われて、一緒に遊んだくまはち、虎石、竜見の三人。あまりのはしゃぎっぷりに付いていけなくなったのは、真子とくまはちだった。二人は、見学〜と言って、木陰でみんなの様子を見ていた。
その時、二人は横に並んでいた。
くまはちは、忘れていた。
自分の立場を…。

すみません。

そう言って、立ち上がろうとしたくまはちの腕を掴み、真子は、くまはちに言った。

二人の時は、気にしなくてもいいのにな。
思い出したもん。くまはち、…お兄さんでしょ?

真子が言いたいことは解っていた。
昔のように、一緒に居て欲しい。
真子が五代目になる前、むかいんやぺんこうが来る前の事。
くまはちが、真子の側に付くようになった時の、その雰囲気が、真子は好きだった。しかし、くまはちは、少しずつ、真子から距離を置いていた。
先代から言われたこともある。
だからこそ、真子と距離を置き、自分の立場を強調していた。

ハイキングで言われてから、くまはちは、心に作った壁を壊してしまった。
本当に、二人っきりの時は、昔のように……。

真子は、ハイキングの時の話をしていた。

「私は、そうだと思いますよ。この目で見ましたから」
「ちゃうちゃう! 絶対ちゃうって!」
「そうですか?」
「うん。くまはちの見間違いやって」
「う〜ん」

くまはちは、腕を組んで悩み出す。
二人は、庭を一周し、そして、いつものベンチに腰を掛けた。

「もう一度、確かめておきます」

くまはちが言った。

「組長?」

真子は、何かを真剣に考えている。

「…同姓同名ですよ」
「それなら、いいんだけど……だって、あの階に居る患者は…」
「重症患者です」
「うん…」

真子は、先程、橋の事務所から出てきた時、同じ階の病室から出てきた人とぶつかりそうになった。その時、目に飛び込んだ病室の名札。そこに書かれていたのが、まさちんの初恋相手と同じ名前だった。
真子は、気になっていた。

「組長」
「ん?」
「まさちんは、今頃デートなんですよ。それに、あの病室には
 患者が居ましたよ。デート中の人間が、ここに居るということは、
 同姓同名、そして、二人いることになります」
「そうだよね。…そうだよ! うん。…別人だよね!」
「えぇ」
「良かったぁ。気になってたもん。…でも、どうしてだろうね」
「何がでしょうか」
「くまはちに言ってもらうと、凄く安心する。昔っからだよね」

真子が、微笑む。
くまはちは、真子の言葉に敢えて応えず、笑みで応えるだけだった。
くまはちの目線が、真子から別の所へ移る。

「帰りますよ」

真北がやって来た。

「いいの?」

真子がベンチに腰を掛けたまま、真北に尋ねた。

「話は終わりましたよ」
「友人と、ゆっくり話さなくてもぉ」

真子の優しさが伝わる瞬間。
真北は、優しい笑みを浮かべて、

「急患」

と、短く応えた。

「なるほどぉ」

それだけで、橋の行動が解る。

「ほな、帰ろっか、くまはち」
「はっ」

くまはちの態度が、がらりと変わった。
真子と真北が横に並び、そして、くまはちは、二人の後ろを歩いていく。
真北は、橋から聞いたことを真子に伝えていた。




AYビル。
まさちんは、先日のデートの余韻がまだ尾を引いているのか、少しぼけっとしていた。まさちんの事務室には、くまはちが手伝いに来ていた。
電話が鳴っている。まさちんは、やはり、ぼけっとしている。くまはちは、まさちんを見つめる。その眼差しにさえ、気付かないほど……。

ったく…。

「…まさちん、電話」
「あん? …あぁ」
「どうしたんだよ、なんかおかしいぞ」
「ん? 大丈夫だよ」

まさちんは、受話器を手に取った。

「もしもし。…はい。理子ちゃん? ……いつもありがとう。
 直ぐ向かうから。保健室ですね。ありがとう」

まさちんは、電話を切った途端、出掛ける支度を始めた。

「理子ちゃんから? …保健室って、組長に何か?」
「だるいと言って、座り込んだらしいんだよ。ったく、あれ程
 体調の悪いときは、休むようにと言ってあるのに…」

まさちんは、真子を迎えに行く格好に着替え終わった。

「俺は、ここに居るぞ。これ、全部終わらせないとあかんやろ」
「あぁ、悪いな」
「たまには、事務もいいだろ。終わったら、戸締まりしとくし。
 そのまま橋先生とこやろ」
「そうなるな。よろしく!」
「安全運転な!」
「わかってるよ」

まさちんの走る足音が遠ざかっていった。くまはちは、その足音で、まさちんの心情を察していた。

「こけるなよぉ」

くまはちの言葉の後、まさちんは、踏鞴を踏んでいた…。



まさちんの車が真子の通う大学の玄関先までやって来た。急停車し、急いで車から降り、近くに居た学生に保健室の場所を聞き、走っていった。
保健室を見つけたまさちんは、ノックもせずにドアを開ける。

「組長! 具合は…って、何してるんですか??」

ベッドで横たわっていると思った真子は、保健室の先生・大東と一緒にコンピュータに向かっていた。

「まさちん、うるさいよ」
「だるいとお聞きしたのに、なんで、その…
 コンピュータをいじってるんですか!!!」
「ごめんなさぁい!」

大東が、まさちんに平謝り。

「パソの調子がおかしいから、診てもらってるの…」
「そ、そうですか…しかし…」
「終わりぃ〜! これで大丈夫だと思いますよ。ところで、
 誰がプログラムを? 間違ってましたよ」
「ありがとう、真子ちゃん。先輩には連絡しておきましたから」
「お世話になりました」
「いいえ、こちらの方が…。気を付けてね!」

真子とまさちんは、保健室を出た。
橋総合病院に向かいながら、まさちんは、先程の大東の言葉が気になっていたのか、

「先輩って?」

と真子に尋ねてきた。

「橋先生の後輩みたい。インターンの時にお世話になったって。
 ったく、橋先生は、私の行く先々に手をまわしてるんだからぁ。
 …病院…か…いやだなぁ〜」
「…熱が更に高くなってますよ」
「うん…だるいの治らないもん…」
「朝からですか?」
「朝は元気だったの…」
「到着するまでお休み下さい」
「……そうする……」

真子は、直ぐに眠りについた。

「ったく、これ以上心配掛けないで下さいよぉ」

まさちんは、嘆く。



橋総合病院に着いたまさちんの車。到着したものの、真子は目を覚ます気配を見せない。車をいつもの場所に停めたまさちんは、真子を抱きかかえ、橋の事務室へ向かっていった。


「何が原因やろ…」

真子を診察している橋は、真子の体調不良の原因を考え込む。その時、真子が目を覚ました。

「元気だもん…」
「…目がうつろやで。やっぱし、熱が下がるまで寝とくか?」
「大丈夫なのにぃ〜。みんなして、心配するんだからぁ〜〜。
 それに大学まで手を回す先生って、すごいわ。感心するで」
「そう誉めんといてんか?」

急患のランプが点滅した。スピーカーから看護婦の声が聞こえてくる。

「先生、小川さんが急変しました」
「安定してたのに! くそっ! 真子ちゃん、悪い!」
「…いいえ〜」

橋は、事務室を急いで出ていった。
橋の事務室に残された真子とまさちん。突然の事で、きょとんとしていた。

小川さん…?

真子は、ふと何かを思い出す。

「まさちん」
「はい」
「最近、奈美さんに逢った? おとといデートだったよね?」
「その予定でしたけど、キャンセルでした」

まさちんがぼーっとしていたのは、奈美とのデートがキャンセルになったことが、気になっていたらしい。まさちんの表情を見て、真子は、以前抱いた疑問が、再び浮かび上がったのか、表情が硬くなった。

「…奈美さん…体調を崩したとか、体が弱いとか…持病あるの?」
「前々から体は弱かったんですけど…病名までは聞いてませんが…」

真子は、橋の事務室を静かに出ていった。

「組長?」

真子を追いかけるように、まさちんも事務室を出て行った。迷わず、真子の側にやって来る。
真子は、とある病室を見つめて立っていた。その病室は、看護婦が慌ただしく出入りしている。

「組長、出歩くのは…」

まさちんが声を掛ける。そのまさちんの言葉を遮るように、病室から運び出される患者を見つめながら、真子が言った。

「…あの患者…小川…奈美さんかも…」

まさちんは、不思議に思い、患者に近づき、覗き込む。

「奈美さん!!!」
「…政樹くん??」
「えっ? …おばさん……」

まさちんは、ベッドに横たわる奈美を見つめ、そして、奈美の母を見た。
突然の状況に驚きを隠せないまさちん。

「…一体…どういうこと…なんですか?」

言葉にならない程驚いているのか、まさちんは、やっとの思いで奈美の母に尋ねた。母は、目線を反らしたまま、まさちんを見ようとしなかった。見ることができなかったのだ……。

「奈美…さん…」



橋総合病院・ICU前。
ガラスの向こうには、橋の他、たくさんの医者に囲まれて奈美が横たわっていた。

「奈美が…さっきまで、話していたんです。
 政樹くんが近くにいるって」

奈美の母が静かに語り出す。

「…奈美は…あの子は小さい頃から、ずっと体が弱く、
 もう、だめかもしれないと言われていたんです。そしたら、
 良い医者がいると、ここに移ってきました。五日前までは、
 元気だったんです。だけど、おととい、急に具合が悪くなって…」

まさちんは、奈美を見つめていた。

「大阪に来てから、毎日のように笑顔で…元気で……。
 だから、病気も治るだろうと、奈美も、思っていたんです」

奈美の母は、これ以上声にならなかった。
橋がICUから出てきた。
いつになく深刻な表情をしている橋。

「…政樹くんと言ってるけど、まさちんのことなのか?」

まさちんは、動揺していた。

「橋先生、奈美さんの…容態は?」

橋は、首を横に振る。

「悪いが、これ以上、もう……」

奈美の母は、泣き出した。まさちんは、ICUへ入っていく。そして、奈美の側に立った。
意識があるのか、奈美は、まさちんに気が付き、ゆっくりとまさちんを見つめた。力無く差し出された奈美の手を素早く手に取り、握りしめるまさちん。
声を掛けたいが、言葉が見つからず、ただ、奈美を見つめるだけしか出来ない。そんなまさちんの心を察したのか、奈美が、ゆっくりと口を開き、最後の力を振り絞って、まさちんに言った。

「…政樹君……、ありがとう…。楽しかった」

奈美の目から大粒の涙が流れた。まさちんは、そっと手を差し伸べ、その涙を優しく拭う。

「奈美さん…」

まさちんは、やっと声を掛けることが出来た。
その声は少し震えていた。
そんなまさちんに応えるかのように、奈美は笑顔を向けた。

モニターから、冷たい音が聞こえてきた。
奈美が息を引き取った瞬間だった。
橋が、臨終を静かに告げる。

「うわぁ〜、奈美ぃ〜…奈美ぃ!!!」

奈美の母は、声を上げて泣き出してしまった。
まさちんは、自分の手の中で、まだ、温もりのある奈美の手を手放すのが惜しいような感じで、そっと胸の上へ置いた。奈美を見つめ、そして、足どり重くICUを出ていった。



まさちんは、壁にもたれて天井を見つめる。そして、ふと目線を移した。
そこには真子が立っていた。
掛ける言葉が見当たらないのか、真子は、まさちんをじっと見つめているだけだった。
まさちんは、フッと笑みを浮かべた。

「…組長…。俺、知らなかった…。奈美さん…病気だったなんて…。
 知らなかった…。元気だったんだよ、笑顔で、そして…」

言葉に詰まるまさちん。

「俺って…なんで、こんなに…にぶいんだろう」

まさちんは、必死で涙を堪えていた。真子が、まさちんの前に、そっと歩み寄ってきた。

「…好きな人に、心配かけたくないからだよ」
「…く、組長…!! うっうっ……」

まさちんは、真子の言葉で、堪えきれずに涙を流し、声を上げて泣き崩れた。
真子は、自分より頭一つ背の高いまさちんの首に腕を回し、そっと抱きしめた。

「まさちん…」

まさちんは、真子の肩に顔を埋め、泣いていた。
その姿は、やくざには、見えなかった。
好きな人を目の前で失った、哀しみにくれる男の姿だった。


奈美の母がICUから出てきた。

「政樹君、これ…奈美が渡して欲しいと…」
「…おばさん…」

奈美の母は、まさちんに一通の封筒を渡した。
それは、奈美がもしもの時の為に、まさちんに宛てた手紙だった。綺麗な花柄の封筒。奈美らしさが現れているその封筒を見つめ、まさちんは、手を差し伸べる。そして、手にした途端、すぐに封を開けて、手紙を読み始めた。

 『政樹くんへ。
  黙っていてごめんなさい。あまり心配かけたくなかったの。
  大阪に来て、政樹くんに逢って、とても嬉しかった。
  あの頃とかわらない政樹くん。
  いろいろと楽しく過ごすことが出来たの。
  ありがとう。
  政樹くんの言っていた、天地山。行くことができないかもしれない。
  でも、とても素敵な所なのね!!
  真子ちゃんにもありがとうって伝えてね! 料理、おいしかった。
  政樹くん、本当にありがとう。
  体、無理しないでね。

            奈美より』


「組長…、奈美さんが…ありがとうって。俺…、奈美さんに、
 何もして上げることできなかった。…していないよ…。くそっ!」

まさちんは、壁に拳をぶつけた。

「くそっ、くそっ!!」

何度も何度も拳をぶつけるまさちん。
奈美との哀しい別れを壁に拳をぶつけることで、うち消すように。
まさちんの拳から血が滲み出した。それでもぶつけるまさちんの拳を受け止め、そして、優しく包み込む者がいた。
まさちんは、その手の主を見つめた。

「組長…!!!」

真子は、まさちんを見つめ、首をゆっくりと横に振った。

「組長!!!!」

まさちんは、その場に座り込んでしまった。
真子の腕が、まさちんの涙を隠すように優しくまさちんを包み込む。
奈美の手紙を握りしめるまさちんの拳は、激しい哀しみに震えていた…。


奈美の葬儀は、密やかに行われた。
真子とまさちんも参列していた。奈美の遺影をじっと見つめるまさちん。奈美がまさちんを尋ねて大阪へやって来た日を思い出していた。

『しばらく大阪に居ることになったので、政樹君に逢いに来たの!』

奈美さん…奈美さん……奈美さん…!

奈美を乗せた車を見送るまさちんは、ずっとそう呟いていた。
真子は、ただ、まさちんの後ろ姿を見つめるだけだった。なぜか、顔を見ることを躊躇っていた。




いつもと変わらない日々を送っていた。しかし、どことなく雰囲気が違っている事があった。
それは、まさちんだった。
あの日以来、なんだかもぬけの殻のような雰囲気のまさちん。組の仕事は、きちんとこなしているが、それは、体に染みついた習慣がそうさせているだけで、気持ちは、どこへやら…。
そんなまさちんを気にするあまり、真子自身にも変化が起こり始めていた。
真子とまさちんの間に、何かが挟まった様子が続く。



真子の自宅・リビング
真子は、のんびりと過ごしていた。そこへ、お風呂上がりのぺんこうが入ってくる。

「いい湯やったやろ」
「えぇ。今度は、どこで手に入れた入浴剤ですか?」
「商店街の方が、新しいのできたからって」
「またですか」
「感想、伝えたってな」
「はいはい」

ぺんこうも同じようにくつろぎ始めた。

「組長、試験勉強は? たくさんあるはずですよ」
「息抜き、息抜き」
「息抜きが、勉強ですか…」
「……うん…」

真子は、ジュースを飲みながら、ぺんこうと同じ番組を観ていた。なんとなく、上の空。

「…ねぇ、ぺんこう」

真子が、呟くように言った。

「なんですか?」
「…まさちん、いつになったら、元気になるんかなぁ。
 奈美さん亡くなってからずっと、落ち込んでるんだもん。
 …私、まさちんに何もしてあげれない…」

真子は、寂しく言った。

「組長…。はい、あ〜ん」

ぺんこうは、お菓子を真子の口に向けてそう言った。真子は、言われるまま口を開けていた。しかし、そのお菓子は、真子の口に入らず、ぺんこうの口に入る。

「ひどぉ〜、ぺんこう!!!」
「…組長が、暗いんですよ」
「私が? 暗いかなぁ」
「そうですよ。まさちんに元気が無くなった分、組長も、
 それにつられて暗くなってます。まさちんは、もう、充分大人ですよ。
 だから、組長は、いつものように明るく笑顔でいてくださればいいんです。
 そうすれば、まさちんも元気になりますよ」
「そうかなぁ。う〜ん…」

まだ、煮え切らない様子の真子の頬をぺんこうは、つまみ上げた。

「このように、笑って下さい」
「痛いよ、ぺんこう! こにょやりょぉ!!」

真子も負けじとぺんこうの頬を摘んだ。

「その調子どうぇすよぉ!」

ふざけ合う二人。

「そんなまさちんは、まだ帰らないんですね?」
「そうみたい。今日はそんなに忙しくないんだけどな…。
 あっ…初七日だ…」
「そうでしたね…。まさちんも、自分の時間を作らないとな…」
「…ご飯もそんなに食べてないんだよなぁ」
「…だから、組長ぅ〜」
「うにゃぁん! 何するん!!!」

まさちんのことばかり気にする真子の頬を再びつまみ上げるぺんこう。

組長に心配掛けるなよなぁ。

ぺんこう自身も気になっている様子。そんなとき、まさちんが帰宅する。
賑やかな応接室とは裏腹に、暗い表情のまま……。

「ただいま…」
「あっ、帰ってきたよ! お帰りぃ〜! お疲れさん!……」

真子は、明るくまさちんを迎えたが、その明るさは、空振りだった。暗い表情のままリビングに入ってきたまさちん。それでも、真子は明るく声を掛けていた。

「ご飯は?」

まさちんは、首を横に振るだけ。

「ほな、お風呂?」

再び、首を横に振った。

「もぉ、まさちん、ご飯、少しでもいいから、食べなって!」

そう言って、まさちんの手を掴んだ真子は、何かに気が付いた。そっとまさちんの額に手を当てる。真子の表情が一変した。それは、『親』としての表情だった。

「まさちん、すごい熱だよ、すぐ寝た方がいい。ぺんこう、氷枕よろしく!」
「組長、私が、まさちんを部屋へ連れていきますので、
 氷枕の方、お願いします」
「…そうだね。うん。よろしく!」


ぺんこうは、まさちんを部屋へ連れていき、服を着替えさせて、ベッドに寝かしつけた。

「こんなにひどくなるまで、何してたんだよ。組長、心配してたぞ。
 ここんとこ、お前元気ないだろ? 奈美さんのこともあったけど、
 お前、無理してたな?」
「…わからないよ…」

熱のせいか、 まさちんの意識は、朦朧としていた。真子が氷枕を持って、部屋へ入ってくる。

「どう?」

まさちんの体温を測るぺんこうに話しかける真子。

「三十九度六分…って、お前、すごい高いぞ。大丈夫か?」

まさちんは、何も言わなかった。目を瞑るまさちん。

「まさちん?!??」

心配する真子。怪我したまさちんを見たことはあるものの、病気で寝込むまさちんを見るのは、初めてだった。

「組長、後は、私が診てますので、もうお休み下さい。
 大丈夫ですよ、こいつはそんなに簡単にくたばりませんから」

心配顔の真子を気遣って、ぺんこうが、真子に優しく話しかけた。

「…二人だけにしておくのも心配なの」

なるほど…。

「大丈夫です。こんな時は、休戦しますから」
「…ほんと?」
「やりがいがありませんから。それでは、お休みなさいませ」
「…うん…。お休み…」

真子を部屋の外へ送り出したぺんこう。真子は、自分の部屋へ戻っていった。

「気にせずに、休めよ」

ぺんこうが優しく声を掛けると、まさちんは、そっと頷き、深い眠りに就いた。

ったく……。

まさちんの側に座り、大きく息を吐く、ぺんこう。

親に心配かけて、どうするんだよ…あほ。




暫くして、真子の部屋のドアが開き、真子が階下に降りていった。

組長?

ぺんこうが気付き、気を集中させる。
真子はリビングで何かをしている様子。
ぺんこうは、まさちんの頭の下から溶け始めた氷枕をそっと取り出し、階下へ降りていった。
真子は、リビングのテーブルに広げていたコップを片づけていた。

「組長。あとは、私がしますよ」
「うん…」

と言ったものの、

「様子は?」

真子は気になっていた。

「まだ、熱は下がりませんね」
「…むかいんに、特製頼むから、帰ってくるまでここに居る…」
「…では、お願いします。勉強道具は、ここに持って来て下さいね」

こんな時にも厳しいぺんこうは、優しく真子に微笑んで、二階へ上がっていった。



むかいんとくまはちが、同時に帰ってきた。真子は、リビングから、飛び出すように二人を出迎える。

「く、組長」
「むかいん、くまはち、お帰り!! …あのね、むかいん…。
 まさちん、熱を出して…。三十九度六分なの…だから…」

真子は、矢継ぎ早に話している。むかいんは、真子の様子でただ事ではないと、すぐにわかった。

「まさちんが、熱? 珍しい事もあるんですね」

くまはちが、驚いたように言った。

「しゃぁないやろ。色々とあったしな…。特製ですね。
 しかし、まさちんの様子を診てからでないと…」
「…それとね…。その……」

くまはちとむかいんは、真子が言いたいことが、またまた、すぐに解ってしまう。

「わかりました。ぺんこうに、頼みましょう」
「そうやな」

むかいんとくまはちが、優しく応える。そして、真子達は、二階へ上がっていった。


「様子はどうだ?」

くまはちが言った。

「食欲がないんだったら、作っても駄目だな。
 食欲が出るまで、待っておくよ」

むかいんは、まさちんの最近の様子を思い出し、何か精の付く物を作ろうと考え始める。

「それと、俺達、別の部屋で寝るよ」
「なんで? 別に移る必要ないだろ…あっ…組長…」
「ごめん。なんか心配で…。私もここにいていい?」

くまはちとむかいんの後ろに恐縮そうに立っている真子は、試験勉強の用意をして、まさちんの部屋へ入ってきた。

参ったなぁ。

ぺんこうは、呆れたような表情で、真子に微笑んだ。そして、むかいんとくまはちに、目で合図をして、

「俺の部屋を使ったらいいよ」
「ありがとな」
「何か遭ったときは、いつでも言ってくれよ」
「あぁ」

むかいんとくまはちは、そっと部屋を出ていった。真子は、まさちんの愛用している机で、勉強を始める。ぺんこうは、まさちんの看病と共に真子の勉強の様子を見ていた。

「そこは、この方が解りやすいですよ」
「ふ〜ん」


ぺんこうの部屋へ入ったくまはちとむかいんは、取り敢えず部屋の中央に座った。そして、ふと目をやった所に飾ってあるものを見つめていた。

やっぱりな…。

それは、真子とツーショットの写真だった。

「あいつらの睨み合いは、永遠に続きそうやな」
「そうだよなぁ。ま、それが、楽しみやけどな」

くまはちとむかいんは、それぞれ、床に寝転がった。



むかいんとくまはちを送り出したぺんこうは、首を傾げていた。

「何か、忘れているような……。…組長、そこ、違います」
「えっ? う〜ん……」

真子の眉間にしわが寄った。



ぺんこうが、氷枕の氷を替えてまさちんの部屋へ戻ってきた。

「組長」

真子は、左手に鉛筆を持って、机に突っ伏して眠っていた。ぺんこうは、真子の肩に、そっとカーディガンを掛け、頭を優しく撫でる。そして、まさちんの頭の下へ氷枕を置いた。

「…ぺんこう…」

まさちんが目を覚ました。

「調子はどうだ?」
「ぼちぼちってとこかな…」
「何か喰うか?」
「いらないよ」

まさちんは、起き上がると、

「組長、…こんなところで…」

机に突っ伏して眠っている真子を見て驚いてしまう。

「あぁ、お前は寝てろって」
「しかしなぁ、組長を…。確か、試験がもうすぐ…」
「お前のこんな姿、初めて見たから、組長、気が気でなかったんだよ。
 すごく心配してむかいんとくまはちを追い出してまでここにいるって」
「ぺんこう、ひどいなぁ。むかいんとくまはちを
 追い出したなんて…。そんなことしてないのにぃ」

真子がむくっと起きた。

「ちょっと居眠りしてただけだよぉ。
  …まさちん、まだ、寝てないとだめだよ」

真子は、まさちんを優しく寝かしつける。まさちんは、真子の行動に驚いていた。

「…組長…」
「何驚いてるん? まさちんがいつも私にしてくれてたでしょ?
 私が寝込んだ時は。回復するまで、側にいてくれた」

真子は、幼い頃を懐かしむような表情でまさちんに微笑む。

これは、出る幕ないな…。

少しうらやましそうな顔で二人を見つめるぺんこうだった。

「お休み、まさちん」
「組長、ありがとうございます…」

まさちんは、再び眠りに就いた。

「組長、勉強の方は?」
「終わったよ。…ぺんこうも、眠りなよ。疲れてるでしょ?
 後は、私がするから」
「組長、それは…」
「たまには、いいじゃない!」

真子が促すと、ぺんこうは、むかいんのベッドに腰をかけ、そして、布団に潜り込んだ。

「お言葉に甘えて。お休みなさい」
「お休み、ぺんこう」

真子は、しばらくの間、勉強をしていた。勉強が終わったのか、ペンを置いて、本を閉じ、ノートを閉じた。
まさちんの側に腰を下ろし、まさちんの手を握りしめ、頭を優しく撫でる。眠りにつけないぺんこうは、そんな真子を見つめていた。

母親のようだなぁ。…大人になったなぁ。



時計の針は、朝の五時を少しまわっていた。
ぺんこうは、眠っていた。しかし、まさちんが、ごそごそと動き出したことに気が付き、体を起こす。

「…組長……くみ…」

まさちんは、自分の右手を握りしめたまま真子が眠っているのに気が付いた。真子の気持ちよさそうな顔を見て、起こすのを躊躇ってしまう。

「調子はどうだよ」

ぺんこうが、そっと近づき尋ねた。

「もう、大丈夫だ」
「ほんとか? 無理してないな?」
「あぁ」

その時だった。

「…まさちん…、早く元気になってよぉ〜。私…寂しいよぉ〜。
 元気のないまさちんを見てるの……つらい……」

真子が寝言を言った。

「組長…、すみません。ご心配を…お掛けしてしまって…」

まさちんは、真子の言葉に感動したのか、言葉をつまらせてしまった。

「ぺんこう、頼んでいいか? まだ、力は入らないんだよ」
「あぁ」

まさちんはベッドを降りた。ぺんこうは、真子を抱きかかえ、まさちんのベッドに寝かしつけた。

「俺は、もう出勤するぞ。あとは、任せたよ」
「あぁ。腹減った…」
「むかいんが、何か作ってるはずだよ」
「そうか。…組長は、暫くこのままに…」
「そうだな。目覚めたら驚くぞ」
「それが、狙いだよ」
「なるほどね」

まさちんとぺんこうは、お互い笑みを交わす。そして、一階へ降りていった。キッチンには、むかいんが、まさちん用として、たくさんの料理を並べていた。

「おはようさん。これくらいは、食べるだろ」
「あったり前だよ。いっただきます!」

いつものまさちんに戻っていた。いいや、それ以上の、何か吹っ切れたようなすっきりした表情をしている。
それは、輝いていた。



目を覚ました真子は、まさちんのベッドに寝ていることに気が付き、慌てて起きあがった。

「まさちん?」
「お目覚めですか、組長」

まさちんは、服を着替え終わって、クローゼットの扉を閉めたところ。

「もう、平気なん?」
「組長、ありがとうございます。色々とご心配をお掛けして、
 申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」

まさちんは力強く言った。

「よかった。ほんとに、心配だったんだからぁ〜」
「今日は、午後からですね。まだ、八時ですから、あと二時間お休み下さい。
 組長、あまりお休みになっていないでしょう? だから…。あっ、組長…
 眠ってしまったんですね。ベッドくらいは、移るようにと言いたかったんですが…」

まさちんは、真子の布団をかけ直し、優しい表情で、真子を見つめていた。
真子の寝顔は微笑んでいた。

組長、ありがとうございます。

心で語るまさちんは、何かの衝動に駆られたが、グッと我慢していた。 



(2006.1.16 第三部 第三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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