任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第五話 酒が飲める歳

ミナミにある水木の経営する店。
水木は、店の準備をしていた。モップを持って床を拭き、掃除が終わった所だった。

「兄貴」
「お帰り。ご苦労さん。その顔はあかんかったな?」
「ちゃいます。承知してくださいました。心配事は別です」

水木の子分にあたる西田と佐野が、水木の使いで帰ってきたところ。その二人が、なぜ、暗い顔で帰ってきたのか…。

「実は今朝…まさちんさんと逢いました。その…。女の人と
 ご一緒だったので…俺達、その…まさちんさんのこれだと…」

西田が、小指を立てていた。水木は、笑い出した。

「ははっは! 勘違いしたんか。そういや、お前が逢ったのは、
 組長が五代目を襲名した頃だったよな。大丈夫やって。
 そんなことで怒るような組長やないことくらい、覚えとるやろ」
「そんなことって…兄貴、俺……あの時の怖さ…」
「あっ、そうか…」

西田は、初めて真子に逢った時の恐怖感が未だ、体から抜けていなかった。真子との約束通り、ドスは封印している。

「気にすんなって」
「それで、兄貴…。今夜、ここに来るとおっしゃておりました」
「今夜? …ここ??」
「はい」
「…そうか、そうやな。もう、そんな年齢に…」

水木は何かを思いだしたような遠い目をしていた。真子とまさちんが、お忍びで大阪に来た頃のことだった。そして、我に返る。

「何時や?」
「時間までは聞いてません」
「大学に向かったっつーことは、夕方やな。まさちんから
 電話あるやろ。お前ら、今夜は特に警戒を怠るなよ」
「御意」
「では、今から」
「あぁ」

西田と佐野は、店を出ていった。そして、ミナミの街の巡回をする人数を集めて、いつも以上に警戒をしていた。
街は、いつも通り、若者で賑わっている…。


太陽が西で、真っ赤に大きく、そして、空を赤く染めている頃だった。
真子とまさちんは、図書館から出てきた。

「やっぱり、まさちんには、似合わないね」
「落ち着きませんね、静かな所は」
「そうだと思った。さてと。水木さんとこ行こか」
「連絡入れます」

真子とまさちんは、駅に向かいながら、てくてくと歩いていく。
まさちんは、水木に連絡をしながら歩いていた。
電話をしながらも、信号の所で、すれ違った自転車から真子を守るような仕草をしたり、曲がり角から飛び出して来た車の運転手を威嚇したり…。
何か別のことをしていても、必ず真子のことを見守っているまさちんが、電話を切った。

「待ってますということでした」
「突然伺って驚かしたかったけどね。色々とあるんやろ?」
「えぇ。以前よりはかなり静かになりましたけど、
 夜のミナミは、危険ですからね」
「でも、水木さん達が居なかったら、もっとすごいんでしょ?」
「そのようですね。途中まで、西田が来るようです」
「ふ〜ん。あぁ、思い出した! 西田さんって、あの時の?」
「そうですよ。組長、あれだけの事をしていて、お忘れだったんですか?
 …ひどいですね………!!!!」

まさちんの足に、真子の蹴りが決まる!
まさちんは、脚をさすりながら、真子を見つめる。

「どうせ、物忘れは、激しいですよ!」

真子はふくれっ面…。

「すみません…」

それは、駅のホームでの光景。
同じように電車を待っていた他の客は、真子とまさちんの不思議な関係が気になるのか、二人をちらちらと見ていた。
なぜ、ちらちらなのか。
それは、まさちんの雰囲気から、まじまじと見ることは、やばいかも…ということで…。
横目で気にしながら、ホームに入ってきた電車に乗り込んだ。


真子とまさちんは、地下鉄に乗り換え、水木の店の最寄りの駅で降りた。地下鉄連絡路から出てきた真子とまさちん。外はすっかり暗くなっていたが、商店街は真昼のように明るく、賑やかだった。

「へぇ〜。すごいね。前に来た時は昼だったっけ。
 その時と変わらないね、夜なのに」
「えぇ」

真子が話しかけてきたが、まさちんの返答は、短い。
まさちんは、周りの様子を伺っていた。
かなり、警戒しているまさちんを観て、真子は、軽くため息を付く。

仕方ないか。

「ほな、行こかぁ」

真子は、まさちんに微笑んだ。まさちんは、真子を守るように歩き出す。
いつもなら、商店街には、客引きのお兄さんがかなりの人数で居るのだが、この日は、一人も居なかった。
それは、真子が来るということで、水木達が圧力を掛けていた。
それでも、一般市民には、『ナンパ』をする者がいる…。
真子に目を付けた男が居た。そして、真子に歩み寄ってくる。

「おねぇちゃん……」

と声を掛けた時だった…。
まさちんが、その男の胸ぐらを掴み上げ、鋭い眼光で睨み上げる。

「す、すみません!!!」

男は、殴られると思ったのか、目を思いっきり瞑った。
まさちんが、何かを言おうとした時だった。
何やら、チクチクと刺さるモノが…。
ちらりとそれに目をやると、真子が睨んでいた。

………。

まさちんは、何も言わず、男から手を放す。それと同時に、少し離れた所に目をやった。

あっ、組長…。

そして、歩き出した真子を追いかけていった。
二人は、アーケードを抜けた。すると、西田が、真子とまさちんに気が付き、小走りで近づいてきた。

「お疲れさまです。ご案内します」
「ありがとう」

真子は、微笑んでいた。


先程、真子に声を掛けた男が、そんな真子達を見ていた。

「そのスジの…女だったのか……!!!!!」

そう言って、振り返った途端、

「兄ちゃん、ちょいと付き合ってもらえへんかなぁ」

声を掛けられた。

「えっ…そ、その……」
「時間たぁっぷりあるやろぉ?? なぁ」
「は、はいぃ〜」

男に声を掛けてきたのは、水木組の組員達だった。
真子に声を掛けた所をばっちり見られていたらしい。まさちんが手を離した時、目をやった場所に、組員達が待機していた。それに気付き、目で合図を送る。
水木に連絡を入れていた時、もしもの場合を想定して、アーケードには、組員を配備していると聞いていたのだった。まさちんは、歩きながら、組員の場所を確認する為に、辺りを警戒し、それらしきオーラを感じ取っていた。



「こんばんはぁ!」
「ようこそ。どうぞ」

水木は、真子を待ちわびていたかのような顔で迎える。カウンターに座る真子とまさちん。

「約束通り、遊びに来ましたよ。それと、水木さんの店の雰囲気も楽しみにね!」
「では、お客様、何をお飲みになりますか?」
「えっとねぇ〜。アルコール! …って、何がおいしいの?
 私、飲まないし、周りも飲まないし…水木さんのお薦めで!」
「解りました。では、これを。組長の為に用意しました」

水木は、高級ワインを真子に差し出し、グラスに注ぐ。
真子は、恐る恐る口を近づけた。

「…おいしいぃ〜!!」

真子はじっくり味わっていた。

「大学は、どうですか? 楽しいでしょう?」
「うん。高校と違った感じで楽しいんだぁ」
「あの雰囲気は、私たちの頃と変わってないんでしょうね」
「…そっか、水木さん、大学出だったんですよね! 水木さんの
 その話、聞かせてよぉ」
「今夜は特別ですからね」
「うん!」

真子は、ワインを飲み干していた。水木は、グラスに注ぐ。
水木は、仕事をしながら、真子と大学の話で盛り上がる。頬を少し赤らめながら、水木と笑顔で話し込む真子を、隣の席で見つめるまさちんは、

酒の飲める歳かぁ…。

ふと、思った。


客が、水木と話している真子を気にして声を掛けてきた。

「今夜は、また、違った女のお相手でっか」
「えぇ。とても大切な人ですよ」
「ありゃ、姐さんよりも?」
「えぇ」

水木は、さらっと交わすように返事をする。真子は、その客に会釈した。客は、何かに気が付いたのか、それ以上何も言わなかった。

「あれれ?」
「…そう言えば、弱かったっけな」
「もぉ、しゃぁないなぁ。くつろいじゃって…」

真子の隣の席に座っているまさちんが、眠りこけていた。まさちんも、水木にすすめられて、アルコールを口にしていた。ところが、真子のガードを忘れて寝入っている。

「安心してるんでしょ」
「だろうね。…私と居ると、まさちん、いつも気を張りつめて
 のんびりできないからね」
「それで、高校や大学に通っているんですか?」
「…それもあるかなぁ。だって、ずっと私に付きっきりだと
 自分の時間作れないでしょ、夜くらいしか」
「この世界では当たり前のことですから。でも、まさちんは、特別ですよ。
 私のとこには、そこまで気を張りつめた奴は、居ないですからね」
「なんでだろうね。…まだ気にしてるんかなぁ」

ちらりとまさちんを観る真子は、ちょっぴり微笑んでいた。

「それもあるでしょうが、まさちんの組長に対する思いは、すごいですから。
 ほら、組長が、お忍びで大阪に来られた時、私たち、明け方まで
 飲み明かしたでしょう、顔合わせで。その時、一晩中、組長の事を
 たっぷりと聞かされましたよ。そして、家に戻った後は、組長が
 お休みになられてた部屋の前でずっとガードしてましたから」
「…ったく、まさちんはぁ」

真子は、少し照れたような目をして、まさちんを見つめる。まさちんは、気持ちよさそうに眠っていた。

「無邪気な寝顔だね。じっくり見たことないもんなぁ」

真子は、まさちんの頬をつついていた。そして、微笑む。

恋人同士みたいやなぁ。ぺんこう怒るやろな。

水木は、敢えて口にしなかった。

「組長、時間はよろしいんですか?」
「ん? あっ、過ぎてるね。でも、まさちんが起きるまで、
 居とくね。だって、まさちん、熟睡してるもん」
「真北さんに連絡しておいた方がよろしいですね」
「大丈夫だって。水木さんと一緒だから、安心してるし」
「頼りになりませんよ、私は」
「そんなことないって。…これ、おいしいね。気に入った!」
「では、お土産に一本!」
「私専用ね!」
「えぇ」

水木と真子は、微笑み合っていた。
それでもまさちんは、スヤスヤと眠っている……。



「…ったくぅ」

なかなか帰ってこない真子とまさちんを迎えに来た真北は、店に入った途端、眠りこけているまさちんを見て、呆れ返ったように呟いた。

「ガードを人に任せて、自分は寝入るとはなぁ〜」

まさちんは、真北に抱えられて車に運ばれた。本当に起きないまさちん。

「ごめんなさい、真北さん」
「近くを通ったから、いいものを、もし、目が覚めなかったら…」
「水木さんとこに泊まろうと思ってた」
「…ったく、水木ぃ、どれだけ飲ませたんだよ」
「ストレートで2杯…」
「こいつが、弱いこと知ってただろがぁ」
「はぁ、まぁ…」
「組長、明日、朝から会議でしょう? こんな時間まで…」
「いいやんかぁ」
「ふくれっ面になっても駄目ですよ。頬まで赤らめて…。
 どれだけ飲んだんですか!!」
「二本と、お土産に一本……」

真子は、水木からもらったワインを真北に見せた。

「…水木の店だから安心してましたけど、それ以外は、
 絶対に許しませんから。水木、悪かったな」
「いいえ、組長とゆっくりお話できましたから。
 ビルでの姿と全く違った組長を楽しみにしてましたよ。
 たまには、遊びに来て下さいね、組長」
「うん。今夜はありがと! またね! お休みなさい!」
「…お休みなさいって、組長…朝の四時ですよ!!
 新聞屋さんはすでに働いてます」

朝刊を配っている姿を見て、真北は、怒っていた。

「はぁい。帰ります」
「お気をつけて」

水木は、真子達を見送り、そして、店を片づけ始めた。



朝焼けが白々とし始めた頃、家に着いた真子達。真子はすっかり眠ってしまっていた。反対にまさちんは、目を覚ます。

「頭…いてぇ〜」
「…二日酔いだ」
「すみません…」
「ったく、水木の店だからと安心しきって、飲むからだっ」
「すみませんでした……」

真子を抱えた真北に平謝りのまさちん。そこへ、むかいんが、二日酔いに効く特製を差し出した。

「お前らしくないなぁ」
「…飲まずにはいられない心境だったんだよ…」
「なるほどな…」
「組長…益々素敵になるから…」
「当たり前だろ」
「…ごちそうさん。ほな、ビルに行く準備するよ」
「俺は先に行くよ。今日はパーティーがあるからね」
「そうか。がんばれよぉ」
「ほな、お先ぃ」

むかいんは、出勤した。


朝の六時。ぺんこうが起きてきた。

「おはようさん。…なんや二日酔いか?」
「うるせぇ!」
「ったく、俺と違って、弱いのに、飲むから」
「…うるさいよぉ」
「騒いでやろかぁ」
「やめれ! 頭に響くわい!」
「そこが、ええんやろ」
「…ったく…って、こんな時間に起きるって、休みか?」
「あぁ。お前は仕事やろ? 朝早くに会議ちゃうんか?」
「九時やから大丈夫や」
「…組長やで」
「……それは……難しいな…」

まさちんは、頭を抱えてしまう。その様子を朝食の準備をしながら、楽しんで見ているぺんこうだった。




「…確か…お前は、阿山真子の命を狙っていたよなぁ」
「あぁ」
「それを実現させてやろうか? …あの黒崎竜次の敵でもあるだろう?
 阿山真子はぁ。…なぁ、黒田ぁ〜」
「あんた…何を企んでいるんだよ…」

黒田は、取り調べを受けていた。しかし、その最中に途轍もない事を持ちかけられる。
一体、それは……??



それから三時間後…。
黒田は、とある高級住宅街を歩いていた…。



「…すまん。真北…うかつやった…」
「…ったく、黒田のやろう…」

真北は、黒田が逃走したと連絡を受けて、署に戻ってきた。
同僚の鹿居は、黒田に暴行を受け、怪我をしていた。

「後は俺らが、なんとかするから、鹿居さんは、休んでおいた方がいいぞ」
「いいや、俺のミス…」
「無理はするな」
「すまん…真北……」

真北は、刑事の顔で鹿居に微笑み、そして、原と一緒に黒田を捜しに出ていった。
その後ろ姿を見送る鹿居の口元が、徐々につり上がる……。




「…大丈夫かいな…。むかいんに特製もらったし、これでも
 飲んで、今日は休んでおいたらぁ〜」
「駄目ですよ。また、真北さんにどやされます」
「大丈夫やって」

真子とまさちんは、ビルの仕事を切り上げて、帰路に就く。




午前で仕事を切り上げて、家に帰ってきたぺんこう。帰ってくるなり電話が鳴った。

「もしもしぃ。おぉ、野崎。なんや?? 組長なら、
 後二十分くらいで帰ってくるけどさぁ。えっ?
 大学祭の話?? あぁ、いいよ。待ってるで」

電話を切ったぺんこうは、時計を見た。

「もうすぐかな?」



まさちんの運転する車が家の駐車場に入ってきた。真子は車から降り、郵便受けから郵便物を手に取り、確認していた。

「あれ? 理子からだ。わざわざポストにぃ。
 まさちん、ちょっと公園まで行って来るね!」

真子は、明るくそう言って、玄関先に来たまさちんに郵便物を渡して、公園へ向かって走っていった。理子からの手紙を広げたまま上にしていたので、まさちんの目には、その手紙の内容が、否でも目に飛び込む。

「なるほど」

まさちんが、玄関のドアを開けようとしたとき、中からぺんこうがドアを開けた。

「お帰り。組長は?」
「理子ちゃんからの手紙で公園へ」

まさちんは、手紙をぺんこうに見せた。

「なんで? 電話で遊びに来るって言っていたのに、
 わざわざ公園に呼び出しするなんて、野崎はぁ〜……」

ぺんこうは、理子からの手紙を読んで、眉間にしわを寄せた。

「まさちん、これ…。野崎からの手紙じゃないぞ…。文字は似せて
 あるけど…ここに、野崎マークがない…」
「なんだよ、それ」
「授業中によく手紙を取り上げてたからな…。…野崎…」

理子が家の前に立っていた。

「真子帰った?」
「理子ちゃん、この手紙…」
「うち、書いてへんで。似顔絵マークないやん…」

その途端、まさちんとぺんこうは、顔を見合わせて叫んだ。

「組長!!!」
「何?!???」

まさちんとぺんこうは、公園に向かって走り出す。


公園の方から、悲鳴が聞こえていた。警察を呼んで!!という叫び声も…。

「まさか…」

まさちんとぺんこうは、人をかき分けて公園へ入っていく。
そこには、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
公園の中央付近には、赤い物が点々と落ちている。それは、徐々に奥へと続いていた。目でその赤い点を追っていくまさちんとぺんこう。

「!!!!!」

なんと、逃走中の黒田が、日本刀を持って振り上げていた。その黒田の足下には、真子が血だらけで、倒れている。
黒田が持つ日本刀が振り下ろされるその瞬間だった。

「ぐぉっ!」

黒田は、後ろから強い衝撃を受け、前のめりになる。そして、振り返った。

「…山本…」

体勢を整え、ぺんこうに日本刀を向けた瞬間、腹部にかなりの衝撃を受けた。
まさちんの回し蹴りが見事に決まった瞬間だった。

「組長、大丈夫ですか?」

ぺんこうが、真子を安全な所まで連れてきた。

「はぁ、はぁ…なんとかね……それより…」

真子は、黒田が居る方を見た。黒田は、真子を見失った事で八つ当たりのように、まさちんに斬りかかっていた。黒田が振り下ろした日本刀を素手で受け止めるまさちんを見た真子は、何かを感じ取る。
まさちんは、受け止めた日本刀を強く握りしめていた。
その手から、血が滴り落ちる。そして、日本刀を真っ二つに折り、その刃先を黒田に向け、じりじりと歩み寄っていった。

「まさちん!! …駄目…駄目!! ぺんこう、まさちんを…まさちんを止めて!!!!」
「組長?」
「お願い!! 早く!! ね、ぺんこう!!!」

真子の慌てぶりに驚くぺんこうは、まさちんを見た。
その時、パトカーが到着し、銃を片手に持った警察が次々と降りてきた。その姿を見た黒田は、折れた日本刀を振り回しながら、人混みの中を走って逃げていく。
その一部始終を見届けたまさちんは、ふと我に返ったのか、真子の居る所に振り返る。

「…駄目だろぉ…? 約束…でしょ?」
「しかし、組長……」
「…だけどね……」

真子は、気を失ってしまった。

「組長!!」

ぺんこうは、真子の傷口を止血しながら、真子に呼びかける。
真子は、右大腿部を深く斬られ、その出血は、なかなか止まらなかった。
まさちんは、握りしめている刃先をゆっくりと自分の手から抜いて、その場に立ちつくす。
そして、自分の手を見つめていた。
ぺんこうが真子に呼びかける声が、遠くに聞こえていた……。



「…失敗しよって……。恐らくあの病院だろな…。行くぞ」
「はっ」

黒田は、ある車に逃げ込んでいた。
その車の持ち主こそ、黒田に真子暗殺を嗾けた人物だった。

車は、静かに公園を去っていく。




体中に絆創膏や包帯を巻いてベッドに横たわっている真子。その傍らには、ぺんこうが、真子を心配そうに見つめて座っていた。
真子が目を覚まし、起きあがる。

「いてっ…」
「駄目ですよ、組長。傷口が開きますから」
「まさちんは?」
「手の傷、かなり深かったようで、今、治療してますよ」
「ったく……。まさちん、暴走しそうになって…」
「組長、約束って、あれ、ですか?」
「そう。あの時の約束」
「あの場合は、仕方ありませんよ。私も同じ様なことしますから」
「駄目。それは、私が許さないよぉ!」
「わかっておりますよ」

ふくれっ面の真子に優しく笑顔を送るぺんこう。

「しかし、えらい、不格好だよぉ」
「かなりの傷ですよ。ですから、今日は一日、ゆっくりして
 おくようにと言われました」
「うん…わかった」
「素直ですね。…何か飲みますか?」
「飲んで、大丈夫なのかな?? …じゃぁ、よろしく!」
「はい。では、静かにお休み下さい。動かないで下さいねぇ〜」
「はぁい」

ぺんこうは、小銭を探りながら病室を出て、ドリンクコーナーへ向かって歩いていった。
ぺんこうの姿が廊下の先を曲がった。その時、廊下に居た男が、静かに歩き出し、真子の病室の前に立ちはだかった。
片手に刃先が折れた日本刀を持ち、服のあちこちを赤く汚した男…黒田だった。
不気味につり上がる黒田の口元…。


病室の真子は、ベッドに横たわって、天井を見つめていた。


ぺんこうは、小銭を投入口に入れ、自動販売機のランプの点灯を確認し、オレンジジュースのボタンに手を伸ばす。


黒田の手がドアノブに掛かった。ドアを静かに開け、黒田は中へ入っていく。
ドアには鍵が掛けられた。
その音は、冷たい感じがした。


橋総合病院内を、警察がうようよ歩き回っていた。その中には、真北、そして、原の姿も混じっていた。病院内の人達は、ただならぬ雰囲気に驚いたような表情で真北たちを見つめていた。

「ここに来たのは、確かなんだがな…」

真北の表情が徐々に変わっているのが解る原は、少し焦りを見せていた。


まさちんが、手の治療を終えて、真子の病室へ向かって歩いていた。ドリンクコーナーの看板を見て、ポケットに手を入れ、小銭を探る。そして、ドリンクコーナーに入ろうとした…ら、ぺんこうが出てきた。

「…なんだ」

まさちんは、ぺんこうがオレンジジュースを持っている事に気付き、呟いた。

「どうだ?」
「ちょいと時間が掛かるってよ。…組長は?」
「怒っていたぞ、約束のことで」
「やっぱりな…。俺も自分でやばいと思ったからな」
「しゃぁないやろ。お前がせぇへんかったら、俺が…」

廊下の角を曲がってきた真北は、まさちんとぺんこうに出くわした。

「まさちん、ぺんこう!」
「あっ…」

まさちんとぺんこうは、真北の姿を見て、何故か焦った。

「…どうするんだよ…」
「知らねぇよ…」
「あの表情は、…やばいって…」
「…だよなぁ」

小声で話す二人の心配事は、全く違っていた。

「黒田を見なかったか? ここに向かったらしいんだよ」

その言葉を聞いた途端、まさちんとぺんこうは、顔を見合わせて、真子の病室へ向かって走り出す。真北も、何かに気が付いたのか、まさちん達の後を追って走り出した。


「遅かったか!!! 組長!組長!!!!」

病室から聞こえてくる激しい音に何事かと思ったのか、病室前に人だかりが出来ていた。
その人をかき分け、真北たちは、病室の前にやって来る。
ドアノブを回すが、鍵が掛かっていた。
鍵が掛かっているドアノブを回す真北。ドアに体当たりをする真北とまさちん。
それでもドアは、ビクともしなかった。

「どうするんだよ!」
「くそ…」

病室内が静かになった。

「…組長??」

再び物音が響き渡った。

くそっ…どうすれば…。

まさちんは怪我をしている手で拳を握る。
ふと、何かを思いついたのか、まさちんは突然、別の方向へ走りだす。

「まさちん、どこへ行くんだよ!!」

まさちんは、振り向かずに、走っていく。


まさちんは、一つ上の階に走ってきた。階下の騒がしさで、その階の患者は少なかった。
まさちんは迷わずに真子の病室の真上の病室へ入り、窓を開け、外へ身を乗り出した。
下の階の病室を覗き込むと、真子の姿と黒田の姿が見える。黒田が、真子の首を絞めているのが解った。
まさちんの体の奥に眠る何かが、目を覚ます。その途端、

「黒田ぁ!!!!!」

まさちんは叫びながら窓枠に手を掛け、窓から飛び出し、宙を舞う。そして、真子の病室の窓を蹴破り、中へ飛び込んだ。
着地すると同時に、素早く黒田に蹴りを入れる。その弾みで、黒田は真子から手を離した。

「げほっ…げほっ……。ま、まさちん…」

真子の無事を確認したまさちんは、狂ったように黒田を蹴り続け、襟を掴み、放り投げた。
ドアを押さえていたベッドにぶつかった黒田の体。その弾みでドアが開く。
ぺんこうと真北、そして、原が飛び込んできた。そんなことにも気が付かないまさちんは、黒田に容赦ない蹴りと拳をぶつけていた。

「ぺんこう、…まさちんを止めて!!!」

真子が言う。

「まさちん!!!」

ぺんこうは、まさちんを羽交い締めにする。

「…離せよ…ぺんこう…」

ぺんこうを見るまさちんの目は狂気に満ちていた。
その眼差しに怯むことなくぺんこうは、ドスを利かせて、

「やめろよ…組長命令だ!」

そう言った。
その声でまさちんは、正気に戻り、真子を見る。まさちんを睨む真子は、気を失った。

「組長!」

ぺんこうが、真子に駆け寄り、そして、血の滲んだ脚に手を当てて、止血する。

まさちんは、病室を見渡した。

窓ガラスは割れ、ベッドはひっくり返り、そこには、黒田が横たわっていた。
床には、真子の血だけでなく、黒田の血が、所々に落ちていた。
自分の手を見つめる。
包帯は、自分の血なのか、黒田の血なのか解らないくらい、真っ赤に染まっていた。
自分の取った行動に驚き、その場に立ちつくすまさちんは、真子をただ、見つめるしか出来なかった。




真子は、別の病室へ移された。
真子の寝ている側に座る、まさちんとぺんこうは、静かに語り合っていた。

「お前、我を失っていただろ?」
「…あぁ。あの場合は、お前だって、やっていただろ?」
「まぁな。…殺しそうな勢いだったな…」
「昔に戻っていたよ…」
「…恐いな…」
「…ぺんこうの方が、怖かったぞ」

二人は、妙な笑みを浮かべた。
そこへ、真北が入ってくる。

「まさちん…ちょっと…」

まさちんは、ため息を付いて、真北と病室を出ていった。
まさちんの後ろ姿を見送ったぺんこうは、頭を掻く。

大丈夫だよなぁ。



真子が目を覚ました。

「ご気分は?」

側に座っていたぺんこうは、真子に話しかけた。その笑顔はどことなくぎこちない。

「大丈夫だよ。よいしょっと」

真子は起き上がった。

「まさちんは?」
「…組長が目を覚ませば、帰って良いと許可をいただきました。
 歩けそうですか? もし、無理でしたら…」

ぺんこうは、何かを隠しているような様子で矢継ぎ早に話す。その口調で、真子は、何かに気が付いた。

「……なんとか大丈夫かな。…帰ろう」

静かに応える真子。

「では、帰りましょうか」

ぺんこうは、真子に手を指しだし、真子を支えるようにして病室を出ていった。
ナースステーションの前で、看護婦に帰ることを話して、駐車場へ向かって歩いていく。

帰路の車の中、真子は、敢えて、ぺんこうに何も尋ねなかった。

その頃、まさちんと真北は、とある駐車場を歩いていた。
真北の車に乗って、二人はその駐車場を出ていった。

「すみませんでした」
「いいんだよ」
「はい…」
「でも、もう少し、自重しろよ」
「反省してます」
「……傷の具合は?」
「俺は、平気ですから」
「そうだったな」
「組長は?」
「家に帰ってるよ。今回は、橋の退院許可が早かった。
 それ程、大したことやないって意味だろな」
「脚の怪我は?」
「傷口もふさがったようだからな。…ほんと組長治りも早いよな…」
「…その、俺の事は…?」
「何も言ってないよ」
「…そうですか……」

まさちんは、過剰な暴行を黒田に加えていた所を警察に見られていた為、事情聴取を受けていた。しかし、真北の力で、正当防衛ということになり、厳重注意だけで済んだのだった。
真北の運転する車は、家のガレージに入っていく。少し項垂れた感じで家に入っていくまさちんがドアを開けた途端…。

「組長、起きて大丈夫ですか?」

真北が、まさちんの後ろから言った。なんと、真子が迎えに出てきていたのだった。

「お帰り。先に食べちゃったよ。まさちん、早く! お腹空いたでしょ?
 …色々と大変だったからさぁ。ほら、早く早く!!」
「は、はぁ」

まさちんは、真子に言われ、促されるまま、リビングへ脚を運ぶ。真子は、真北と廊下で話していた。

「真北さん、ありがとう」
「ん? なんですか? 組長」
「まさちんのこと。大変だったんでしょ?」
「ま、まぁねぇ、そうです…御存知でしたか…」
「ぺんこうの様子見てたらなんとなく、そうかなぁって。
 直ぐにわかったよ。…ぺんこう、芝居が下手になったね」

真子は、微笑んでいた。

「…それだけ、組長が、成長したってことですね。
 いつまでも、子供扱いできませんね」

真北は、何故か嬉しそうな顔をして、真子の頭を軽く撫でて、リビングへ向かっていく。

なぜ、撫でるんやろ…。

真子は、不思議そうな顔をしていた。


「見てたんか」

リビングのドア付近には、まさちんとぺんこうが様子を伺うように立っていた。真北は、二人をからかうように小突く。

「お前の芝居が下手になったのかもなぁ」
「…かもしれませんね」

まさちんは、何も言わなかった。真子の言葉に感極まっていたのだった。

「…涙もろくなってますよ、まさちんは」

ぺんこうが言った。

「ほんとやな」

真北が、優しく呟いた。




「組長!! 朝ですよ! 起きて下さい!!」

叫びながら、真子の部屋へ入ってきたまさちん。その声で飛び起きた真子は、ぼさぼさの髪の毛を掻き上げる。その姿はすごく色っぽかった。

「は、は…早くしないと、遅刻しますよ!!」

まさちんは、そんな真子の姿を見て、慌てて部屋を出ていった。
顔が火照っていることに気が付いたのは、階段を下りている時だった。

「…意識してしまうよ……」

まさちんの真子に対する態度に少しだけ変化が現れた瞬間だった。





「四国地方も、残りは、ここだけかぁ」

桜島組組事務所会議室。
長田組長が、日本地図を見つめてそう言った。

「…阿山組を探れ」
「御意」

いよいよ、全国制覇を目指して、更なる行動に出た桜島組。
阿山組に危機迫る!!!!



(2006.1.22 第三部 第五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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