任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第六話 暢気な真子の悲劇

AYビルにある、むかいんの店。そこへ、真子を筆頭に、かなりの人数の若者がやって来た。

「いらっしゃいませ…。真子様……あの…」

真子の姿の他、いつも居るはずの人物が居ない。気になった店長が、尋ねようとするが、

「こんにちは。部屋空いてる?」

いつもとは、ちょっと違う感じで、真子が尋ねてきた。

「はい。ご案内します」
「いいよぉ、自分で行くから。あっそだ! 軽い食事ってむかいんに伝えてね」
「かしこまりました」

店長に軽く手を振って、真子は、いつもの部屋に向かって行く。

「こんにちはぁ」
「お世話になります」
「いらっしゃいませ、どうぞ、ごゆっくり」

真子に続いて店に入ってきたのは、真子のサークルのメンバー。

一体……。

と首を傾げながら、店長は厨房に顔を出す。

「料理長、真子様とたくさんのお連れさんが来られました」

厨房の奥で仕込み中のむかいんが、振り返る。

「お連れ???」
「大学生っぽいですよ。真子様だけで、まさちんさんは居ません」
「軽い食事ですね」
「は、はぁ…」

何か煮え切らない様子の店長を観て、むかいんは優しく応える。

「恐らく、大学祭の打ち合わせでしょうね。組長が入ったサークルの
 みなさんが、ここに来たがっていたらしいんですよ。そのお話は
 かなり以前に耳にしてましたが…突然来るとは……」

と困ったような口調だが、なぜか張り切ったような雰囲気で、むかいんの腕が動き始めた。

料理長…いつも以上に張り切ってる…。
軽い食事……ってご自身が言ったのに…。

コック達は、むかいんの動きを横目で観ながら、仕事中。

むかいんが言ったように、真子達は、大学祭の打ち合わせをしていた。
出し物は、模擬店。
しかし、何を出せばいいのか、さぁっぱり解らず、色々な意見を出したものの、まとまらず…。
話に夢中になっている真子達に、そっと料理を差し出すむかいん。
ところが、むかいんの料理の香りに話が中断した。

「うわぁ〜、すごぉ〜」
「おいしそぉぉぉ」
「いっただきまぁす!!!」

……誰もが料理に夢中……。

あの……話は…??

と言いたいが、誰もがむかいんの料理を口にして、笑顔が輝いているのを観ていた。
真子が、ホッとする瞬間。
人々の心を和ませる。笑顔のための料理人。
真子は、とても嬉しい。

新たな料理が運ばれてきた。テーブルを埋め尽くすほど、並べられていく。

むかいん…軽くと言ったんだけど…。

と真子が目で訴えるが、むかいんは、優しく微笑むだけ。そして、部屋を出て行った。


「さてと」

厨房に戻ったむかいんは、新たな料理を作ろうと準備に取りかかる。

「真子様」

コックの一人が、真子に気が付き、声を挙げた。そして、

「料理長!」

とむかいんを呼ぶ。

「はいぃ」

振り返ると、そこには、真子の姿があった。

「…組長。何か問題でも…?」
「今、ちょっといいかなぁ」
「よろしいですよ。客は途切れてますから」
「こっちこっち」
「はぁ」

むかいんは、真子に言われるまま、厨房を出て行く。

「実はね、大学祭の出し物の話をしていたんだ」
「何ですか?」
「たこ焼き。それがね、みんな、自分で焼いたこと無いって…。
 誰が作るのかって話になってね…。むかいんに教えてもらおうと
 思ったんだけど…」
「たこ焼きですか。…やってみましょう」

むかいんは、厨房に戻って、たこ焼きを作る用意をして、真子の居る部屋へやって来た。そして、真子達の前で、たこ焼きを作り始める。サークルのメンバーは、むかいんの手さばきを見つめていた。

これが、一流のシェフの腕…か…。

焼き上がったたこ焼きを、はふはふと食べるみんなは、あまりのおいしさに声が出なかった。

「このように…って、みなさん…聞いてませんね…」
「…むかいん…休暇取りぃ!」
「きゅ、休暇ですか? …まさかと思いますが…」
「…よう、わかってるやん」
「私…が、ですかぁ??」

真子は、にんまりと笑っていた。むかいんは、少し困った顔をしていたが、真子の役に立てると思い直したのか、微笑み、そして、力強く言った。

「私でよろしければ!」

サークルのメンバーは、大喜び。それ以上に喜んでいるのは、真子…ではなく、理子だった。



「むかいんさんとデート!!!」

意気込んでいるのは理子。
その日、真子が通う大学では、大学祭が開催されるのだった。朝早く起きて、AYビルに向かう真子と理子、そして、むかいん。
たこ焼きの下ごしらえをしにむかいんの店の厨房へ。むかいんが率先して下ごしらえをしていた。あまりにも凝りすぎてるのか、予定の時間を過ぎている。

「むかいん、早くぅ〜」
「はいはい」

むかいんは、両手にたくさん荷物を持って、大学に向かう準備をしていた。

「今日一日、頼んだよ」
「いってらっしゃませ!」

コック達は、むかいんを笑顔で見送った。
真子と理子、そして、むかいんは、楽しそうにAYビルを出ていった。

「楽しそうやなぁ」
「学祭かぁ」
「ええなぁ」

羨ましそうに、コック達が言った。




真子の通う大学は、お祭りムード一色だった。かなりの客が遊びに来て賑わっていた。
その中でむかいんが作るたこ焼きが特に売れていた。あまりにもおいしい香りを漂わせているものだから、別の模擬店を出している学生も一緒に並んでいた。
むかいんは、次々とたこ焼きを丸く美しく焼いていく。その手さばきは、見事だった。焼き方を見学する学生やお客。むかいんのことを知っているお客も居た。
実は、むかいんが、自分の店に来る客に、嬉しそうに話していた。

「涼ちゃん、わしの店に来えへんか?」
「駄目ですよ。これは、おじさんの手さばきを参考にしているんですからぁ」

それは、むかいんの店によく来るお客さんで、AYビルの近くでたこ焼き屋を経営しているおじさんだった。

「ほんまに、アレンジ精神は、すごいな。真子ちゃんは?」
「あちらで、売り子してます」

真子は、エプロンをして、売り子をしていた。真子の笑顔は、素晴らしかった。

「ほな、真子ちゃんから、買うで」
「ありがとうございます」

むかいんの笑顔も素晴らしかった。

「真子ちゃん!」
「おじさん! …まさか、むかいん?」
「そうやで」
「ったくぅ。むかいん、宣伝しすぎぃ。ビル関係のお客さんの多いこと多いこと」
「ええんちゃうかぁ。涼ちゃん、楽しそうやし」
「おじさん、何個?」
「偵察を兼ねて3つ」
「毎度ありぃ!!」

真子は、たこ焼き屋のおじさんに、たこ焼きを渡した。おじさんは、受け取りながら、真子に、

「涼ちゃん、引き抜いてええか?」

と尋ねると、

「…あかん!」

真子は即答する。

「そうやんなぁ」
「へへへ!」

真子は、照れたように笑っていた。


売れに売れたたこ焼き。そして、賑やかな学祭も終わりを告げた。



「お疲れさまぁ!」

そう言って、真子、むかいん、そして、理子は、帰路に就く。

「むかいん…それ…」
「あっ、大したことは…」

むかいんは、たこ焼きを作りすぎて、手に豆まで作っていた。
そんなむかいんと楽しく話しているのは…理子だった。あまり話す機会がない理子は、この時とばかりに、むかいんと話しまくる。
真子は、むかいんを取られた気分だったが、理子と楽しく素敵な笑顔で話すむかいんを親の目で見つめていた。

この笑顔は、みんなのもの!

真子は、そっと微笑んだ。



いつもの公園の所で理子と別れ、そして、真子とむかいんは、二人揃ってテクテクと歩いていた。真子は、むかいんの前に急に立ち止まった。そして、振り返る。

「むかいん」
「はい」
「…今日はありがとう! お疲れさま!」

真子は、とびっきりの笑顔をむかいんに向けた。それは、今まで見たことのない笑顔だった。

「組長…」

むかいんの胸に何かが突き刺さる。


その夜。
たこ焼き豆を見つめながら、真子の笑顔を思い出しているむかいんは、ベッドに寝転んだまま、なかなか寝付けずにいた……。




AYビル。

「あらら…」

会議中。真子は、松本から不動産関係の資料を受け取り、ここ半年の土地の売買が激しいことに驚いていた。そのほとんどには、桜小路という名前が記載される。

「それで、色々と調べた所、裏では、あの川上組が
 関わっているようなのですが…」
「…麗奈のおじさんも、えらいとこと手を組んだんだなぁ。
 …ったく、困ったもんや。松本さん、今のところ、支障ない?」
「えぇ。なんとか…」
「なんとか?」
「その辺りの土地は、ほとんどゴミに近い土地なので、
 何かいい使い道はないかと検討していた所なんですよ。
 桜小路さんは、買い取った後、いろいろと工夫して下さるようなので…」
「…なるほどぉ。で、その土地が、新たな姿での売買か…。
 悪用されてそうだよなぁ。うん、わかった。引き続き、その件を頼んだよ」
「はい」
「水木さん。例の件〜」
「お逢いしたいということですよ」
「ほんま? ほな、うちの都合やね。まさちん」
「来週の日曜日の午後はどうですか?」
「来週ね…。ということで、お願いします」
「わかりました」
「須藤さん、その後なんですけど…」
「拝読致しました。現在進行中です」
「よろしくね。…後は…」
「組長。四国からの情報なんですが、あの組が、制覇したとの事です。
 そろそろ関西に…」

谷川が、深刻な顔で言った。

「…そっか…」
「…そっか…って組長、そんなに素っ気ない返事は…。
 桜島組は、全国制覇を三度狙ってるんですよ。
 先代の頃から、同じ事を繰り返しているんです。
 今回は、かなり厄介な手を使ってるらしいんですよ」

川原がいつになく意見を述べる。

「厄介な…手ね…」

それでも真子は、興味なさそうな顔をしていた。実はこの時、次に逢う人物の事で頭がいっぱいだったのだ。
新たな事業を始める時の真子は、いっつもこうだった。
真子の横でまさちんが、幹部達に目配せする。

今は何を言っても無駄ですよ。

それが、この後に起こる悲劇に繋がった。




「組長、素っ気なかったけど、やばいんちゃうんか」

川原が言った。

「あぁ。奴らの手の内はわからんからなぁ。
 先代の時もかなり手こずったよなぁ」

藤は、何かを思いだしている様子。

「今回は、バックに大物が付いてる可能性がある」

谷川が、頭を抱えて言った。

「大物?」

水木が、眉間にしわを寄せて尋ねる。

「噂だけどな」

谷川が、椅子の背もたれに寄っかかるように背伸びをした。

「四国中国辺りで、場所を失った輩が、ミナミに
 溢れ始めてるんや。いざこざが堪えないからなぁ」

水木が、ため息混じりに呟いた。

「兎に角、組長に負担を掛けないようにせななぁ」

谷川が真剣な眼差しで幹部達に言った。

「あぁ。……怒らせないようにせんと…。後が怖いからな…」

須藤の言葉に一同、頷いていた。



「組長、本当に気を付けて下さい。親父からの話だと、
 桜島組は、思いも寄らない所から責めてくるそうですよ」

くまはちが、真子の事務室で、真子に伝えていた。真子は、それとなく、桜島組の事をくまはちに調べるように言っていたのだった。幹部達が、口にする前に、行動に出ていた真子。素っ気ない返事をしたのには、訳があったのだ。

「今までの攻撃パターンから分析すると…狙いは私だね。
 …学内かもね…」
「組長、そんなあっけらかんとした態度で…」

焦ったように、くまはちが言う。

「ん? 軽く言っておかな、みんなが何するか
 解るだけにね…。別の方法を考えてるから」
「我々は、我々の方法でガードしますから」

まさちんが力強く言った。

「二人とも、無茶はしないでよ」
「組長、単独行動だけは止めてくださいね。外出も控えてください。
 …そう言えば、大学祭の打ち上げの話をしてましたけど、場所は何処ですか?」

まさちんは、矢継ぎ早に真子に尋ねる。

「まだ、決まってないみたい」
「決まったら、必ず教えて下さいね」
「やだ。みんなが周りに居たら、楽しめないやん」
「別の方法でガードしますから」

真子は、ふくれっ面。

「そんな顔をしても駄目ですよ。時期が時期ですから」

まさちんは、真子の両頬を挟んで、ふくれっ面をへこました。




ミナミのとあるスナック。
その店の前に高級車が停まった。二人の男が高級車に乗っている人物を迎えに出てきた。

「お疲れさまです」
「ご苦労さん。来られたか?」
「まだです」
「そうか。じゃぁ、先に楽しむか」
「はっ!」

店に入っていく男…それは、桜島組組長・長田だった。
この店で一体誰と逢う予定なのか…。


暫くすると、別の高級車がその店の前に停まり、サングラスを掛けた、大物っぽい男が店に入っていく。

「なるほどね…。ミナミで…」

長田は、その大物人物と話し込んでいた。

「あぁ。これは確実な情報や。殺るんなら、ここやな。
 それなりの数は揃えておけよ」
「わかってますよ。ですけど、ここでは、あんまり
 目立つようなことは、したくないのでね」
「目立たんようにせぇや。で、後のことは、任せとけ」
「頼みます」

長田は、その人物に頭を下げていた。顔を上げた時の眼差しは、何かを企んでいるような恐ろしさを醸し出していた。




まさちんは、真子を迎えに大学まで来ていた。この日もビルでの会議が行われる予定だった。真子を迎えに来たリムジンの他に、もう一台リムジンがロータリーに停まっていた。
門から出てきた真子に気づき、まさちんは、車から降りる。真子の後ろには、麗奈が深刻な顔で立っていた。真子が麗奈に何かを告げて、まさちんの方へ走ってくる。

「組長」
「ごめん、まさちん。ちょっと用事が出来たんだけど…。
 会議に遅れても大丈夫かなぁ」
「用事…とは?」
「麗奈のとこに遊びに行くんだけど」
「…桜小路さんところに?」
「うん…。で、あっちに乗るから。ほな、またね!」

真子は、麗奈のリムジンに乗り込んだ。

「あっ、ちょ、ちょっとぉ…!!」

まさちんの言葉も虚しく、麗奈のリムジンは走り出す。

「ったく、追いかけろ」
「はい」

まさちんは、リムジンの運転手に伝えた。そして、二台のリムジンは、桜小路邸へと入っていった。
真子は、麗奈と共に豪邸へ入っていく。

「…ったく、組長は何を考えてるんだよぉ。重要な会議なのに」
「まさちんさん、連絡しなくてよろしいんですか?」
「…忘れてた…」

運転手に促されて、まさちんは、連絡を入れる。
その途端、かなり困った顔になった。
電話は長かった。
電話の電源を切った後、天を仰ぐように椅子から滑り落ちる感じで、ふんぞり返るまさちんは、

「もぉ、嫌だぁ〜」

とうとう匙を投げたような態度を取った。

「どうされたんですか」
「幹部全員にどやされたよ…」

運転手は、苦笑い。
電話が長かったのは、会議に集まっている幹部たちそれぞれに、何かを言われたかららしい。
突然、まさちんの眼差しが変わった。鋭い眼差しが見つめる先は、桜小路邸の玄関。すると、桜小路邸から、やくざ風の男が出てきて、車に乗って、慌てたように去っていった。

「…川上組じゃないかよ…」

暫くして、真子が出てきた。
名残惜しそうな顔で、麗奈が真子を見送っている。真子は、後ろ手に麗奈に手を振ってリムジンまでやって来た。まさちんは、真子を迎え、そして、麗奈に会釈して、車に乗り込み、桜小路邸を後にした。




「組長、川上組がいましたけど、何かございましたか?」
「大丈夫だよ。なんともないって。それより、お腹空いたぁ〜。ねぇ!」
「わかりました。むかいんのとこへ行きます」
「なんでわかるんかなぁ」
「わからいでか!」

真子とまさちんは、一路、むかいんの店に向かっていた。
まさちんは、何かを忘れていた。


真子とまさちんが、むかいんの店で楽しんでいる頃、幹部達は、会議室で二人が来るのを今か今かと待ちくたびれていた。


「…まさちん…のんびりしてていいのか?」

むかいんが、デザートを差し出しながら言った。

「なんで?」
「今日も、大事な会議じゃなかったのか?」

まさちんは、デザートを頬ばろうと口を開けた所で思い出したように、目線を真子に移す。
真子は、そのことを知っていたのか、怪しく微笑んでいた。

「…組長…覚えてたんですね…」

真子は頷いた。

「…むかいん…もっと早く言えよ…」

むかいんは、あらぬ方向を見ていた。
そして…。


まさちんは、真子の襟首を掴んで、幹部達が待っている会議室へ駆け込んだ。幹部達は、まさちんとまさちんに猫のように掴まれている真子を見て、目を見開く。

組長になんてことを…?!

「遅くなりました」

まさちんは、真子を掴んだまま、いつもの席に向かって歩いていく。

「…ったく…やられました。会議をすっぽかされるところでしたので、
 こんな格好で失礼しました。さてと…」

まさちんは、直ぐに会議を進行した。
幹部達の驚きをよそに…、真子のふくれっ面を全く気にせずに…。




別の日の夜…。
水木が、組員の西田と佐野、そして、若い衆を連れて、ミナミの街を歩いていた。

「兄貴、ほんまによろしいんでっか?」
「あぁ。これから、もっと気を引き締めてもらわんとあかんからな。
 その前に息抜きや」
「ほな、たつやんの店ですね」
「まぁな」
「おやっさんと逢うの、久しぶりですね」
「お前らに逢うのをめっさ楽しみにしとったで」

水木達は、話に出ていた『たつやん』という居酒屋に入っていった。
…入り口の歓迎板に、『喜怒哀楽御一行様』と書かれている事に気が付かずに…。

「らっしゃい! おっ! 水木親分。ようこそ」

たつやんのおやっさんが、水木と西田達の姿を見て、感動しているのか、嬉しそうに話しかけてきた。そして、二階の部屋に通された水木達。その隣の部屋はかなり賑やかだった。水木は、座るやいなや、隣の騒がしさに苛立った。

「行ってこい」
「へい」

西田が、隣の部屋へ乗り込んだ。西田の声と共に、静かになった。しかし、暫くして、また、騒がしくなってしまった。
西田が戻ってくる。

「西田…何をしてる……って…組長…」
「組長?!?!!!」

若い衆は、水木の言葉に反応して、ドアに目をやった。

「どぉもぉ!!」

西田の横には、頬を少し赤らめた、にこやかに笑う真子が立っていた。



「申し訳ないです、水木さん。大学祭の打ち上げなんです」

真子は、水木の向かいに座り、ホッとした表情をしていた。

「もうそんな時期なんですね」
「でも、よかった」
「何がですか?」
「あの雰囲気…好きでなくて…。抜け出せて良かった」
「それでしたら、何故参加しておられるのですか? この時期
 危険だと、あれ程申し上げましたのに…。まさちんは、知っているんですか?」
「え? …ま、まぁ、ねぇ〜」

真子の返事は、煮え切らなかった。

「水木さんこそ、今日はどうしたの?」

真子は話を切り替える。

「我々は、息抜きですよ」
「水木さんとこは、滅多に息抜きしないもんね。
 あまり、気を張りつめない方がいいよ」

真子は、若い衆に微笑んだ。

「ありがとうございます」
「ありがとうって、…水木さん、厳しすぎぃ〜!!」

真子は、ほろ酔い加減なのか、いつも以上に微笑んでいた。

「組長、頬が赤いですよ」
「ちょっと入ってます!」
「…お酒の味を教えない方がよろしかったですね…」
「そんなことないって!」

真子は、ほんとに酔っていた。そこへ、理子が真子を呼びにやって来る。

「真子ぉ、お開きだって」
「ほぉ〜い。じゃぁ、水木さん。これで失礼します」
「組長、お気をつけて」
「じゃぁ、またね!」
「お疲れさまです!」

若い衆は、真子に頭を下げていた。いつもなら、そんな態度に嫌な顔をする真子だが…やはり、酔っているのか、真子自身も、深々と頭を下げている。

「こいつらも、組長と飲めて幸せですよ」

真子は、水木に微笑み、手を振っていた。サークルのメンバーが、水木の座敷に顔を出して、頭を下げて去っていく。

「お騒がせ致しました」
「すみませんでした!」

水木は、真子を見つめていた。

「ほんまに、気を付けて下さい!」
「大丈夫だって!」

真子はとびっきりの笑顔を水木に向けた。そんな真子の笑顔を見て、水木達は、安心していた。


それから、十分も経たないうちに悲劇が起こったのだった。


水木達が、勘定を済ませて、居酒屋から出てきた時だった。先程のサークルのメンバー数人が、血相を変えて駆け寄ってきた。

「…水木さん……真子ちゃんが!!!」

水木は、メンバー達の顔色と言葉で、直ぐに事態を把握した。水木は、メンバー達が走ってきた方へ全速力で走っていった。



橋の上には、かなりの人だかりが出来ていた。その時、悲鳴が響き渡る。
水木は、人を掻き分け、人だかりの中心へ進んでいく。

「な、何?!?!!!」

水木の目の前で、真子が腹部から血を流し、座り込んでいた。
顔は、額から流れる血で赤く染まっていた。なのに、顔に垂れている髪の隙間から少し見える目には、五代目の雰囲気は全くなかった。

く、組長…?!

水木は、真子を見て、何故か近づくことができなかった。
真子を襲っている男達が、真子を下の川に放り投げた。
水が跳ねる音で、水木は我に返る。

「てめぇらぁ〜!」

水木の姿を見た男達は、慌てたように人を掻き分けてその場から去っていった。

「追わんかい!!」
「はっ!」

水木のドスの利いた声で、西田達は、男達を追いかけていった。水木は、橋の欄干から身を乗り出して、真子を捜していた。

「くそっ…俺の目の前で…!!!」

真子を発見したのか、水木は、直ぐに川に飛び込んだ。そして、真子を川岸に運ぶ。

「組長! 組長!!」

真子の腹部の出血を押さえながら、水木は、真子に呼びかける。真子は微かながらも意識があった。水木をじっと見つめ、何かを言いたげな表情をしていた。

「組長、何か…?」

真子は、何も言えずに気を失った。
群衆の中から、駆けつけた一人の男性が、真子に応急処置を施し始めた。

「私は、医学生です。…息はあります。水は飲んでいないようです。
 取り敢えず、出血を押さえるだけで、大丈夫でしょう」
「ありがとう」

救急車のサイレンが近づいてきた。救急隊員が、急いで駆けつけ、真子を救急車へ運び込む。

「あんちゃん、ありがとな」

水木も救急車に乗り込んだ。
救急車に近づく理子達を見つめるしか出来ない水木。
ドアが閉まった。
その音で我に返ったのか、救急隊員に叫んだ。

「橋総合病院まで、お願いします。橋先生が担当医です」
「…わかりました。すぐ向かいます」

救急隊員は、無線で橋総合病院に連絡を入れる。
水木は、真子の手を両手でしっかりと握りしめ、祈るように指を絡め、目を瞑っていた。

組長……。申し訳ありません…!!





橋総合病院。
真子がストレッチャーに乗せられて、素早く手術室へ運び込まれた。水木は、手術室の前に立ち止まる。
暫くして、医者がやって来た。

「真子ちゃんの知り合いの方ですね?」
「あぁ、組長は、どうなんですか!」
「腹部に深い刺し傷と、それと、頭部に強い打撃を受けたような傷があります。
 頭部より、腹部の出血が酷いので、そちらを優先に手術を行います」

水木は、医者の名札を見た。

「…橋先生は?」
「他の手術をしております。私が、任されました。平野です。
 すぐに行いますので、その…まさちんさん達への連絡を
 お願いいたします。では」

平野は、手術室へ入っていった。水木は、更に不安になったのか、落ち着きを失ってしまった。

「……連絡…」

水木は、電話に歩み寄り、受話器を手に取った。

「まさちんか? …水木だ…。…すまん。今…橋総合病院なんだ。
 実は…な、組長が…襲われて……」

まさちんは、そこまで聞いて直ぐに電話を切った。
水木は、そっと受話器を置いて、壁にもたれ、力無くその場にしゃがみ込んでしまった。

「組長…」

水木は、懐から何かを取り出し、それを見つめた。
…銃…。
その銃には、封印のこよりが巻かれていた。そのこよりに指を伸ばす水木。
指は震えていた。
その指が突然停まった。そして、すばやく懐に銃をしまいこむ。すくっと立ち上がり、手術中のランプを見つめていた。

水木がこよりを解こうとした時、真子の笑顔が脳裏を過ぎった。
銃器類を扱わないと真子に言っていた水木だが、真子には、ばれていた。

「封印ね」

それは、真子がお忍びで大阪に来た頃の事。水木の家で、見つけた銃器類。それらすべてに真子は、こよりを作って封印した。
無邪気な笑顔で封印する真子に、水木が感服した瞬間だった。

この人には、逆らえない…。

お守り代わりにその銃を持っている水木。
真子の築き上げる世界を守るため…。



手術室前に駆けつける人物がいた。

「まさちん、すまん…こんなことになって…」

それは、まさちんとえいぞうだった。まさちんは、真子の行方を捜して、えいぞうの店を訪ねた矢先に、連絡を受けた。

「水木さんは、悪くないですよ。…様子は?」
「まだ、わからない…。腹部に深い刺し傷と、頭部に
 強い打撃を受けたとか…」
「ひどいのか?」
「橋先生は他の手術中だとか…。平野って奴が手術を
 しているんだよ。…大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」

そこへ、西田達が駆けつける。

「兄貴…すんません。逃げられました」
「あほんだら! …身元は?」
「恐らく、桜島組…」
「何ぃ〜!」

水木の顔色が変わった。

「阿山真子と知ってのことやな…。くそぅ…。まさちん、
 俺、行って来るよ」
「あまり無理するなよ」
「あぁ」

水木は、西田達と病院を後にした。入れ違いに橋がやって来た。

「先生!! ご無理をなさっては! 医者が倒れたら
 どうするんですか!! 休憩が必要ですよ!」
「様子を見るだけや。平野がやってるんなら、安心や。
 …まさちん…。真子ちゃんなら大丈夫と言いたいんやけどな、
 傷がひどいんだよ」

橋は、そう言って、看護婦の制止を振り切って手術室へ入っていく。
橋の言葉から、関西弁が消えていることにまさちんは気が付いていた。

これは、やばいかもな……。

まさちんは、手術中のランプを眺める。
えいぞうもランプを見つめ、拳を握りしめていた。




ランプが消えた。

ベッドに寝かされた真子が出てきた。真子の頭には、包帯が巻かれ、そして、酸素マスクが付けられていた。点滴をしている腕にも包帯が巻かれていた。包帯の隙間からは、黒いあざがいくつも見えている。

「ひどい…。組長の様子は?」

まさちんは、真子の後ろから出てきた橋に尋ねたが、橋は、まさちんをチラッと見ただけで、真子のベッドに付いていくだけだった。

「そ、そんな…」

まさちんの目は見開かれる。
何も言わない橋。
少し暗い表情の橋。
そんな橋を見るだけで、真子の容態が解ってしまう。

「…まさちん……」

えいぞうが、まさちんの肩を叩いてきた。暗い表情をしているまさちんとは反対に、笑っている。

「えいぞう…なんで笑ってるんだよ…」
「あれだよ」

えいぞうが指さした所には、笑いを堪えている平野が立っていた。えいぞうは、橋の企みに気が付いたらしい。

「…すみません! 橋先生に言われたので…。でも私には
 どうしてもできません…。騙すなんてことは…」
「だ、だます?!」
「はい。橋先生が…」
「……あのやろぉ〜。で、組長の容態はどうなんですか!」
「ご安心下さい。大丈夫ですよ。ただ、意識が回復して、一度
 頭の傷の方を詳しく調べたいので、当分は入院ですね」
「腹部の傷は?」
「深いんですが、真っ直ぐ刺されているので、周りの損傷は
 ありませんでした。恐らく、真子ちゃんは、刺された時に
 ドスが動かないように止めていたのでしょうね。流石です」
「誉めてるんか? で、いつものところだな?」
「はい」

まさちんは、急いで真子愛用の病室へ向かっていった。

「橋先生が言うのもわかりますね。からかいがいのある
 人なんですね、まさちんんさんは」
「あんまりひどいと、恐いぞ」

えいぞうが、冷たく言った。

「承知しております」
「ありがとな」
「では」

えいぞうも真子愛用の病室へ向かっていく。



真子愛用の病室。
橋は、手術室前のまさちんの表情を思い出しながら、真子の容態をチェックしていた。

「…これは、真北が怒るかもな…」

橋の予感は的中した。



(2006.1.23 第三部 第六話 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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