任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第七話 守るための偽り

真夜中の橋総合病院。
ひっそりとした病院内に足音が響き渡った。
真子愛用の病室の前に一人の男がやって来た。ドアを開けて中へ入っていく男。それは、ぺんこうだった。

「…驚いたぞ…」
「お疲れ…」
「どうなんだよ」
「大したことはないそうだ」

と応えた、まさちんの言葉には怒りが混じっていた。
その怒りを感じながらも、ぺんこうは、コートを脱ぎ、まさちんとは反対側のベッドの側に腰を下ろした。
真子を見つめる目が潤み始める。

組長……。

二人は何を話すことなく、静かに真子を見つめているだけだった。
先に口を開いたのは、まさちんだった。

「…かなり抵抗したんだろうな。…この手の傷…」
「そうだな…」

静かに応えるぺんこう。

「路地から男達が飛び出したとも聞いたぞ。…護身術を
 教えたのは、ぺんこうだよな」
「あぁ。組長の家庭教師として、阿山組にお世話になった頃、
 もしものためにと教えたんだけどなぁ。組長の反射神経や
 運動能力は、俺が考えていた以上にすごかったんだよ。
 教えること全てを自分のものにして、アレンジするんだよ。
 実際、俺も怪我しそうになったくらいだよ」
「…護身術だけ習って、あそこまで、攻撃することできるのか?
 俺は、組長と行動を共にして、色々な現場に出向いたけどな、
 組長の恐ろしいまでの本能は、……驚くしかないよ」
「俺も、あの体育倉庫での組長を見たときは
 どうすることもできなかったよ」

再び沈黙が続く。
突然、二人は、何か思いついたように顔を見合わせた。

「まさか!」

二人は、同じ事を考えていた。
なぜ、真子が護身術しか習わなかったのに、攻撃まですることができるのか…。
体の急所を知っていれば、そこを攻撃すれば、いい…。しかし、幼い組長にそのようなこと、思いつくのか??

「…えいぞう?」

二人は声を揃えて言った。そして、またまた沈黙が続く…。

「…その張本人は?」

ぺんこうが言った。

「廊下にいなかったか?」
「誰も居なかったぞ」
「連絡を…その…真北さんに…な」
「くまはちは?」
「組長に頼まれて調査に出掛けてるんだよ。それも急な…。
 まさか、組長、打ち上げの事解ってて、くまはちに?」

何かに気付いたような感じで、まさちんが言った。

「かもな…」
「…水木から聞いたときは、もう、駄目かと思ったよ」
「俺もだよ、まさちん」

まさちんは、大きなため息をついて、髪をかきあげ、真子を見つめて、

「夜遊びはさせませんよ、組長」

そう言った。
またしても、沈黙が続く……。

「…傷は?」

ぺんこうが静かに尋ねる。

「腹部の傷は深いけど、大したことはないらしいんだ。
 ただ…頭の傷なんだよ…。かなりの力で殴られたらしくて
 …頭蓋骨が陥没しているそうだ……」

あの港事件を思い出したのか、まさちんの肩が震え出す。
ぺんこうは、まさちんの考えていることを察したように、声を掛けた。

「大丈夫だよ。気にするなって。組長のことだから、
 直ぐにでも回復して、退院するって」
「…あぁ、そうだよな…」

まさちんは、ぺんこうを見つめた。ぺんこうは、優しく微笑んでいた。まさちんは、そんなぺんこうの微笑みを暖かく感じていた。



外が白々となり始めた…。

病室のドアが開く。そこには、真北が立っていた。つかつかと中へ入ってくる真北は、真子の様子を見て、安心したのか、急に顔がゆるんだ。

「…どういうことなんだ」
「詳しくは知らないんですが…。ミナミで打ち上げをしていたようです」
「ミナミで?」

真北の顔が曇った。その時、廊下に人の気配を感じたのか、まさちんとぺんこうを促して、一緒に病室を出ていった。
廊下には、くまはち、水木、えいぞうが立っていた。
真北は、くまはちの顔を見るやいなや、いきなり、くまはちの腹部に蹴りを入れ、続けて強烈な拳を何度も入れた。くまはちは、弾みで壁に飛んでいく。そして、真北は振り向き様に、まさちんにも同じように蹴りを入れ、拳も入れた。くまはちの横に飛ばされたまさちんは、いきなりの事で驚き、顔を上げる。
真北は、怒りの形相…。
真北の右手が、大きく掲げられた時だった。

「真北さん!!」

体を張って真北を止めたのは、ぺんこうとえいぞうだった。

「これには、組長も一枚かんでます」

ぺんこうが、先程まさちんから聞いた事を思い出して、真北に告げた。

「真子ちゃんがかんでようが、こんな事態は許されないだろ!」

その途端、真北が怒鳴る。

「お前ら二人そろいも揃って、何してんだ? あ?
 お前らの仕事は何だ? 真子ちゃんを守ることじゃないのか?
 何が遭っても守るんじゃなかったのか?」
「真北さん、…ここは、病院です」
「…解ってるよ。しかしな…。ふぅ〜〜……」

真北は大きなため息をついて、怒りを鎮めようとする。
まさちんは、真北の本当の怖さをこの時初めて、知ったのか、何も言えなかった。
くまはちは、真北の怖さを知っている為、真北に殴られた箇所を押さえながら、唇を噛み締め、項垂れていた。
ぺんこうとえいぞうは、真北の事を昔っから知っているので、真北の行動が予測できたのだった。
あの時、真北を止めなかったら、まさちんとくまはちは、どうなっていたか、解らない…。
解るのは、橋の仕事が増えると言うことだけ…。

「真子ちゃんも怒らないとな…」

真北は呟いた。
ぺんこうは、まさちんに、えいぞうはくまはちに手を差しのべ、立たせた。くまはちは、立ち上がると同時に、去っていった。

「くまはち! …無茶しなけりゃええねんけどな…。俺、追いかけます」

えいぞうは、くまはちを追いかけて走り出す。
水木が静かに真北へ歩み寄った。

「水木…?」

いつにない水木の落ち込んだ雰囲気が気になる真北。

「詳しく聞かせてくれよな…。まさちん、ぺんこうは、
 組長に付いていて欲しい…」
「はい」
「わかりました」

まさちんとぺんこうは、病室へ入っていった。

真北と水木は、ソファに腰を掛けた。そして、水木は、ミナミの店で真子に逢った事をゆっくりと話し始める。
そこへ駆け込んだサークル仲間のこと、そして橋の欄干での話へと移った。

「刺されていた時の…組長の表情が…。俺の知っている
 組長では無かったんですよ…。この任侠の世界で生きている
 人間の表情ではなかったんですよ…。ごく普通の…
 女子大生…だったんです…」

水木は、橋の上で襲われた時の真子の表情が気になって仕方なかったのだった。

「…真北さん、…あなたは、何故、組長を…真子ちゃんを
 五代目に? 姐さんとの約束の事は知ってます。
 あなたと先代に、嫌と言うほど聞かされましたから……。
 だけど、何故、この世界から遠ざけるように育てていた
 真子ちゃんを…この世界に引き込んだんですか?」
「…これ以上、見たくなかったんだよ…。味わいたくなかったんだよ…。
 そして、味わって欲しくない…」

真北は静かにゆっくりと語り始めた。

「真子ちゃんや、俺のように、身近で死を味わう事…。
 山中が、跡目を継いでいたら、今頃、血の海だったはずだ。
 だから、俺は、真子ちゃんを…」
「…真子ちゃんは、この世界に似つかわしくない…。
 やはり、…真子ちゃんには、真子ちゃんが望む
 普通の暮らしを送って欲しい…。真北さん…。
 …なんとかなりませんか?」
「水木…」

沈黙が続く。

「…組長を襲ったのは、桜島組です。もしかしたら、
 先代の時よりも酷い状況になるかもしれません。
 ですから、早いうちに…」

そこまで言った水木は、意を決したような表情をして、

「俺は、あの笑顔を…失いたくありません…」

力強く言った。

「俺もだよ…」

真北は、呟いた。そして、立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせて窓の外を眺めていた。

「……考えておくよ…」

深刻な顔で真北は言った。

「…お願いします」

そう言って、水木はその場を去っていった。
真北は、暫く外を眺めていた。そして、真子の病室へ入っていく。

「真北さん…、すみませんでした」

真北の姿を見るやいなや、まさちんは深々と頭を下げる。

「ったく、すぐ油断するんだな、お前ら」

真北は少し怒っていた。

「サークル仲間と打ち上げだから、大丈夫だとおっしゃったので」
「場所は聞いていたのか?」
「いいえ。ミナミだと知っていたら、行かせませんよ。今、危ないから」
「組長も、許可もらえないと思って言わなかったのかもな。
 だから、くまはちに急な仕事を言ったのかもしれませんね」

ぺんこうが言った。

「そうだったのか…。くまはちに悪いことしたかな…。
 それでも守るのが仕事なんだけどな…。
 水木から聞いた話だ…。襲ったのは、桜島組だ。
 恐らく、全国制覇に向けて再び行動し始めたというところだろうな」

真北は、眠っている真子の頭をそっと撫でながら、まさちんとぺんこうに言った。

「阿山真子と知っての行動だろうな…」

真北の言葉には、怒りが込められていた。

「ちきしょう! なめられたもんだぜ!」

怒気をはらませて、まさちんが言うと、

「まさちん、気をつけろよ。これ以上、事が大きくならないようにな」

真北が何かを抑えるかのように言った。

「はい。ところで、ミナミの状況もやつらですか?」
「それは、谷川が調べてるよ。俺も仕事に戻るけどな。
 例の事もしておかないとな」
「お願いします」

真北の例の事とは、真北のもう一つの仕事・特殊任務での事だった。
今回のような真子に関する事件を世間に曝さないように、真北は常に手を回している。
港事件、そして、寝屋里高校での数々の事件……。
全ては、世間は知らない事…。
真北は病室を出ていく。まさちんとぺんこうは、真北の後ろ姿を見送った。
その後ろ姿には、悩み事があるように感じられた。


朝日が元気に昇り始めた頃。
真子が目を覚ました。

「う、う〜ん…」
「組長!」

まさちんとぺんこうが真子の顔を覗き込む。

「ここは…。まさちん…ぺんこう……。
 私…油断しちゃったね…。ごめん……」

まさちんとぺんこうは、真子の声を聞いて、ホッとした。

いつも通りだ!

「もう、夜遊びはさせませんよ!!」

まさちんがきつく言った。

「勉学に励んで下さい!」

ぺんこうがまさちんより更にきつく言うと、

「きついなぁ〜、…二人して…」

真子は、少しふてくされてしまった。

「…ったく、これ以上、寿命が縮むことは避けて下さい!!」

まさちんとぺんこうは声を揃えて真子に言った。

「…ほんまに、二人は仲がいいんやねぇ〜」
「そんなことは、ありません!」
「…ほら、声まで揃ってるやん…」

真子は、痛々しく微笑んでいた。

「痛みは?」
「あちこち、ちょこっと痛いかな…。仕方ないけどね」

真子は、自分の包帯姿を見つめていた。そして、寂しそうな表情になる。

「組長、私は、これで失礼しますよ。橋先生の許可が
 出るまでは、起きないように」

ぺんこうから、厳しい言葉が…。

「はぁい。今日は、一日寝てます。ぺんこう、いってらっしゃぁい!」
「行って来ます」

真子は、ぺんこうを笑顔で見送った。
まさちんが、ぺんこうを見送りに廊下に出てくると、

「目を離すなよ」

念を押すかのように、ぺんこうが言う。

「わかってるよ」

ぺんこうは、寝屋里高校へ向かって出勤する。まさちんは、ポケットに手を突っ込んで、暫く廊下に突っ立っていた。そこへ、橋と平野がやって来た。
まさちんは、橋を睨み上げる………。

「だから、冗談や言うたやろぉ」
「…冗談にもやっていい事と駄目な事があるでしょう! ったく……」
「…真北に殴られへんかったか?」
「蹴られて殴られましたよ」
「そうやろな。真子ちゃんの傷診てたら想像できたで。大丈夫か? 診たろか?」
「俺は平気ですから」

と言うまさちんをよそに、橋は、まさちんの服をめくった。
真北に蹴られ、殴られたと思われる箇所は、赤く腫れ上がっていた。

「ったく、まさちんも無茶するんやな…」
「大丈夫ですから」
「そぉかぁ。後で事務室へ来いよ。で、真子ちゃんは?」
「目を覚ましました」
「動かんように見張っておけよぉ」
「はい」

橋と平野は、真子の病室へ入っていく。

大丈夫かなぁ〜組長…。

橋に怒られやしないかと、まさちんは、ちょっぴり心配していた。



「真北さんが怒ったって、ほんとですか?」

診察を終えた橋に真子は尋ねた。まさちんとの廊下での会話が聞こえていた様子。

「まさちんとくまはちに、鉄拳をプレゼントしたらしいよ。
 真子ちゃんも怒られるやろな…」
「…仕方ないよ…。こんな事になるとは思わなかったもん」
「俺は止められへんで」
「…うん…。真北さんの怒りは、一度見たことあるから
 解ってる…。覚悟はできてるもん…」

そう言いながらも暗い表情をしている真子だった。

「取り敢えず、二週間は入院な。頭の方も気になるし」
「かなりの力だったもん。陥没してるんでしょ?」
「古傷の上やからなぁ。心配やねんけど…」
「…大丈夫みたいだよ」

真子は微笑んでいた。

「でも、無茶したらあかんからな」
「はぁい。ありがとうございました」

橋と平野は病室を出ていった。入れ替わるようにまさちんが入ってくる。

「ごめんね、まさちん」
「組長……」

真子は、布団を頭まで被ってしまう。布団の中で、泣いていたのだった。
その涙を隠すために…。
まさちんは、そっと真子に近づき、布団から出ている手を握りしめた。
その手から、まさちんの優しさが伝わってくる……。




真北は、署でデスクワークをしていた。そこへ電話が掛かってくる。
真北は、受話器を取って話し始めた。その表情は徐々に暗くなっていく。

「松本は、反対か…。もう少し説得できないか? 頼むよ。……あぁ」

真北は、受話器を置いて、ため息を吐く。

「大丈夫か? 体調でも悪いとか?」

心配そうに声を掛けてきたのは、同僚の鹿居だった。

「ん? 至って健康だけどな」
「…心配事やな? 相談にのるぞ」


そして真北と鹿居は、休憩所で珈琲を飲みながら、深刻な表情で話していた。

「なるほどな…。で、そのお嬢さんの気持ちはどうなんだ?
 任侠の世界で生きていくことは反対なのか?」
「賛成とも反対とも言ってないんだよ。嫌いなだけだ」
「きちんと話した方がええんとちゃうか」
「話したいんだけどな…。今更、引退を…なんて言えないよ」

頭を抱える真北は、ゆっくりと珈琲を飲み干した。

「お前らしくないなぁ、真北」

確かに。
いつもなら、お茶なのに、珈琲を飲んでいる…。

「お前にとって、その阿山真子の存在は、大きいんだな。
 真北のそんな表情、昔なら、見ることなかったのにな。
 長いこと離れていた間に何かが変わったんだな」
「ふと考えることは、真子ちゃんのことだよ。俺も不思議に思ってる」
「ふっふっふ」
「何がおかしいんだよ」
「あぁ、悪い。真北も人間なんだなぁと思ってな」
「どういうことだよ!」
「やくざ嫌いのお前の印象が強いし、それに、お前の行動は
 同じ人間とは思えない程だったからなぁ。…俺は、それが
 嬉しいんだよ。…真北が良いと思うなら、それでいいんちゃうか」
「鹿居さん…」
「…ったく、いつになったら、その呼び方変えてくれんねん」
「…昔の癖ってやつかな」

真北は、少し不安が取れたような表情になる。

「ありがとな、…鹿居」

真北は、笑顔で立ち上がる。

「いつでも相談してくれよ」

後ろ手を振って去っていく真北の後ろ姿を鹿居は見つめていたが、その雰囲気には、殺気が感じられていた。




「世間には、知られてないな…」
「あぁ。あれだけの事件なのになぁ。やはりあいつが裏で…」
「そのようだな…。色々と連絡取りまくっていたからな…」
「ほんとに、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。あいつに出来て、俺に出来ないことはないからな」
「ったく、鹿居さんの悪知恵には、頭が下がりますよ」
「誉めてるんか? それより、長田ぁ、ほんとに殺れるんか?」
「えぇ。既にヒットマンを送り込んでますから」
「ふっふっふ…。阿山真子を失えば、あいつも死んだも同然だよ」
「そちらの世界の事は、よく知らないんですけどね…。
 そちらでもそんなに、邪魔な奴なんですか? 真北って奴は」
「あぁ。あいつの意見は必ず上に通るからなぁ。やくざと
 つるんでいること、上の者は、知らないようだしな」
「そういう鹿居さんこそ」

それは、真北の同僚刑事の鹿居と桜島組組長の長田の会話……。
長田がこっそりと逢っていた大物人物とは、鹿居のことだった。この二人が、グルになっていることは、署内だけでなく、真北も全く知らない事だった。

真子達がミナミで学祭の打ち上げをするという情報を流したのは、鹿居。
全国制覇を目指すなら、阿山真子が学生の時に狙うのが良いと長田に知恵付けたのも、鹿居。
そんな鹿居は、一体、どこから情報を得ているのだろうか…。




その頃、真子は、再度手術を受けていた。
陥没していた頭蓋骨の影響で、神経系を痛めていたようで、立つことができなくなっていたのだった。それに気が付いたのは、脳神経外科医の道。橋から真子のことで相談を受け、わざわざ大阪まで脚を運んでやって来た。その時に、気が付いた真子の脳の変化を橋に詳しく話していた。

「…消えたのではなく、吸収されたと考えた方がいいかもな…」
「吸収? 通常あり得ない脳があり得る脳を…?」
「…恐らくな……」

道は、真子の手術の後、報告書を書きながら、真子の脳の事を思い出し、今までに経験したことのない事態に深刻な表情へとなっていく。

「…はふぅ〜〜……」

そして、珍しくため息をついて、頭を抱え込んでしまった……。



AYビル。
会議室では、今日も深刻な表情で幹部達が話し合っていた。

「しゃぁないといえば、しゃぁないんやけどなぁ」

川原が、ふてくされたような表情で言った。

「確かにな、水木の言うとおりや。でも、こっそりと進行させても、ええんか?」

谷川が、眉間にしわを寄せていた。

「真北さんも思ったことらしいからな。…それで、松本、どうなんや?」

須藤が、松本を睨んでいる。

「…俺には、できん。絶対にできん。組長を騙してまで
 組長に何も言わずに…そんなことは…絶対に…できん…。
 俺は、今まで通りにいかせてもらうよ」

幹部の中では、松本だけが反対の意見を述べていた。
…その話とは、如何に?



橋総合病院の庭。
真子は、元気に散歩をしていた。道の手術も成功し、神経系の異常も頭蓋骨の方も、もう大丈夫ということで、きちんと橋の許可をもらって、散歩していた。
その一方で、真子を捜している、まさちんの姿もあった。

「ったく、どこを歩いてるんですかぁ。組長ぅ〜!」

真子を見失って、大変な事態になっては、また、あの真北の鉄拳をもらってしまうと思っているまさちんは、躍起になって捜していた。
その頃、まさちんとは別に、真子を捜す人物が居た……。

「う〜ん!!」

真子は、気持ちよさそうな表情をして立ち止まり、背伸びをした。
突然、その柔らかな表情が一変する。
背後に何かを感じた真子は、即座に戦闘態勢に入っていた。
無意識に……。
背後に何かを感じ、振り返るとそこには、ナイフを持った男が立っていた。
その男は、桜島組のヒットマン・宮。
真子にナイフを向けるやいなや、真子を襲い始めた!


更に別の場所から、真子が襲われている光景をじっと見つめる者が居た。
真子がバランスを崩した隙に、宮が、真子の腹部目掛けてナイフを突き刺した。真子を見つめる男は、すぐさま歩み寄り、宮の後頭部を一撃する。真子は、突然の出来事に驚いていた。

「…あんたに死なれては、困るからな」
「…川上…、どういうことだ?」

真子を助けたのは、なんと、桜小路邸から追い出された川上組の川上だった。

「ゆっくりと手を広げてみろ。ゆっくりとな…」

真子の左手には、宮が刺し出したナイフが握りしめられていた。
真子は、川上の言うとおり、ゆっくりと手を広げる。真子の手から、ナイフが落ちた。手のひらには、一本の赤い線が付いていた。そこから血が滲み出る。
川上は、真子の手にハンカチを素早く巻いた。

「…川上…?」

川上の行動に驚いた真子だが、

「…長居は無用だな。…また逢おう」

そう言うと、川上は、すっと姿を消した。
その直ぐ後に、まさちんが、駆け寄ってきた。そして、真子を見て、叫んでしまう。

「……何があったんですか!!!」




治療を終え、愛用の病室に向かって歩く真子と付き添っているまさちんは、ふと立ち止まる。

「一体、川上は何を考えているんでしょうか…」

庭での出来事を全て聞いたまさちんは、川上の行動に不審を抱く。

「わからない…。だけど、殺気は感じなかった」
「これからは、お一人での行動は絶対に謹んで下さい。
 私か、くまはちと一緒に行動して下さい」
「…ごめんなさい…。…その後のくまはちは?」
「更に強化してますよ…。真北さんの鉄拳に負けないような
 強さでしょうね、恐らく」
「…くまはちは悪くないのに…」
「そうですよ。一番悪いのは、組長です」
「……ごめんなさい……」
「あっ、…その、いや…その……あの……」

まさちんは、いつものように、真子からの肘鉄が来ると思っていたが、真子は、ミナミでの事件以来、いろいろとありすぎて落ち込んでいるためか、まさちんの冗談が通じなかったらしい。
真子は、落ち込んだ表情をしている。
それを観て、焦るまさちん。

「…組長……今のは、冗談なのですが…その、いつもの…
 これ………!!!」

考えすぎだったようだ。
まさちんは、真子から肘鉄ではなく、蹴りをもらっていた…。

「ったく…。でも、確かに、一番悪いのは、私だね。反省してる。
 …だから、これからは、もっとしっかりする。学業と…組の仕事…」

と、言った途端、真子は何かを思い出したように、

「そうだ! 逢う約束してたのに!」

突然叫んだ。

「…悪いことしちゃった…。どうしよう…もう逢ってくれないかもしれない…。
 まさちん、その後、どうなってるの??」
「大丈夫ですよ。水木さんが、きちんと連絡取っておりますから」

真子は敢えて言葉にしなかったのに、まさちんには、真子が何に対して、そう言ったのかは、解っている。
そのまま、話を続けた。

「先方も仕方ないということで、延期してもらいました。
 先方も乗り気のようですよ。それと、ビルの方に、彼からの
 試作品を置いております。パソコンで出来るそうなので、
 退院なさった後にでも、試してみてはどうでしょうか。
 かなりの自信作だそうです」
「ほんと?! じゃぁ、早く退院できるように、
 体力作りしないとぉ! 楽しみだなぁ〜!」

真子の目が、爛々と輝き始めた。

「…橋先生の許可をもらってからにしてください」
「いやだぁ!」
「駄目です!」
「……って、何もそんなドア付近に立ち止まって、漫才しなくても…」

呆れたような声が聞こえ、真子は、振り向き様に、

「ぺんこう! お帰りぃ」

と言った。

「…ですから、その、お帰り〜は、おかしいですよ、組長」
「そっか。お疲れさま!だね!」

そう言いながら、真子達は病室へと入っていく。

「はい。…また、傷を増やしたとか…」
「…うん…。まさか、庭で襲われるとは思わなかった…」

真子は、恐縮そうに言う。

「これからは、単独行動は慎んで下さいね」
「ぺんこうまで、そんなこと言うん?」
「…私もですよ…」

それは、真北だった。ぺんこうと一緒に真北も来ていた。
静かに佇む真北。その雰囲気は…恐かった。

「ごめんなさい、真北さん」
「橋から退院の許可をもらった矢先の出来事ですね…。
 もう少し延ばしてもらうように言ってきます」

無表情で真北が言って、病室を出て行く。

「あぁぁぁ!! 駄目!だめぇ!!!」

真子は、病室を出て、橋の事務室へ向かおうとしている真北の袖を引っ張って、引き留める…が、それをものともせずに、真北は、ずいずいと歩いていく。
真子は、一生懸命引っ張っているが………。
無表情だが、真北は喜んでいた。
もちろん、真子も嬉しくて仕方がない。
そんな二人を、呆れたような眼差しで見つめる、まさちんとぺんこう。
その光景は、あまりにも暖かい雰囲気だった。

こんな雰囲気が続くように!

真子は、心の中で祈っていた。

やくざな世界で生きているみんなにも、心安らぐ場所がある。そんな場所を大切にしたい。
厳しい顔で毎日を過ごしてばかりでは、いつかきっと、疲れてしまう。

「真北さぁぁん!! 駄目ぇ〜っ」
「いいえ、延ばしてもらいます」
「やだぁ!!」

だから、みんなと笑顔で過ごしたい。大切な何かを失わないために…。

真子のその思いは、裏切られるのだった…。





深刻な表情をした真北が、大きく息を吐き、

「…松本の考えもわかるけどな……」

と言った。

「…組長をこの世界から遠ざける為に…か。
 真北さん、ほんまに、組長に相談せんでもええんですか?」

水木が心配そうに尋ねてくる。

「…組長には、学業に専念してもらうようにするよ。問題は、あいつらだよな…」

真子の病室から出てきたまさちんとぺんこうが真北のところへやって来た。

「…組長は?」
「昼間の事で疲れたのか、熟睡です」

まさちんが応えた。

「結論は、やはり…」

まさちんが真北と同じように深刻な表情で尋ねてくると、

「あぁ。松本だけが反対したよ。今まで通りにするそうだ。
 他の連中は、仕方ないだろうと。組長の事を思っての結論だ」

諦め顔の真北が言った。

「俺にはできません。今まで通りの方法で…、組長を守ること
 できないんですか? …組長を騙すなんて…できません。
 それは、あまりにも辛すぎます…」

まさちんが、口にする。

「まさちん、俺もみんなもそうだよ。でもな、仕方ないんだよ。
 組長を守る為には…真子ちゃんの笑顔を守るためには、
 もう…この方法しか残っていないんだ…」

そう言う真北の言葉には、少しばかり迷いを感じる。

「こんな身勝手な考え…真子ちゃんは怒るかも知れない。だけど、
 …これしかない…」

迷っているのが解る。だが……この考えだけは…。

「だからわかってくれよ、まさちん、ぺんこう」

真北の眼差しが変わる。
そこには、もう、迷いを感じられなかった。

「……いつからですか?」

真北の眼差しに応えるかのように、まさちんが静かに尋ねた。

「退院の日からだ」
「組長が知ったら、怒りますね」

ぺんこうが、静かに言う。

「そうだな」

真北とまさちんは、同時に呟いた。
そこには、水木の他、えいぞうや健、須藤、川原、谷川が複雑な思いを抱いて、立っていた。



(2006.1.31 第三部 第七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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