任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十話 陥れるための計略

大阪駅。
人々が行き交う中、えいぞうと健の姿があった。

「まだかなぁ〜」

健は、わくわくした表情で、爛々と目を輝かせて、改札の向こうを見つめていた。

ったく〜。

健の仕草を観て、えいぞうは呆れてしまう。

「何も張り切って、三十分前に来なくても…」
「だって、兄貴…心配なんやもん。…組長……怒ってたって…」
「まぁ……そりゃぁな」
「兄貴は反対やったん?」
「真北さんの作戦には、反対。組長に引退を勧めるなら、
 きっちりと組長に相談するべきやろ」
「そうやったら、なんで反対せんかってん」
「真北さんの作戦やろ。反対できへんやん」
「兄貴……」
「ん?」
「矛盾してへんか?」
「しとるで」
「………」

えいぞうの言葉に、健は目が点……。

「今更、驚くことか?」

えいぞうは、健の頭を小突いた。

「驚くで。ほんと、…兄貴が解らん」
「それでええって」

新幹線が到着したのか、先程より、人が増えてきた。改札から乗客が出てくる。その中に、待ち人が居ることに気付いた健。

「組長!」
「こら、大声で…」
「すみません…」

健は、真子の姿を見た途端、大声で叫んでしまった。それをえいぞうに注意されてしまう。

真子が手を振りながら駆けてくる。健はお尻を振って応えていた。そのお尻を真子に、軽く蹴られた。

「組長、お疲れ様でした。…それと…その…」

伝えたい言葉があった健。しかし、真子を見て、やはり伝えられずに居た。それを察したのか、真子が、

「もう、怒ってないから」

と優しく言った。それには、健は安心する。真子は更に続けた。

「それより、みんなに感謝してる。私の夢の為に、私の怒りをかってまで、
 頑張ってくれるなんてさ。ほんとぉ、感謝してるからぁ〜」

なんとなく、嫌みっぽく聞こえる……。

「組長…、本当に怒ってないんですか? なんか今のは、
 嫌みがたっぷり含まれているように思ったんですけど…」
「わかる? たっぷり込めたよ」
「ひどいですよ、組長…」

健が項垂れる。

「…ご、ごめん、健。冗談なのに、冗談!」
「…そ、そうですよね、冗談!! ははは」

乾いた笑い……。
そして、真子と健は楽しく話し始めた。

「裏目に出るとはな…」

真子と健を見つめながら、えいぞうが呟く。

「あぁ」

寂しげに、まさちんが応えた。

「…えいぞうも見てみるか? 組長のあの目」
「俺は、遠慮するよ。昔、一度だけ本部で見たからね。それで懲りてるよ…」

本部での事を耳にしたえいぞうが、言った。

「組長の父に向かっていったっていうあれですか」
「まぁね」

そう応えるえいぞうは、真子のことしか観ていないのが解る。

「ま、あの笑顔を見ていれば、すっかり元に戻った…んじゃないみたいやなぁ、
 まさちんの表情…」
「安心してるけどなぁ、まだ、冷たくてな…」
「本部では、山中さん、天地山では真北さんに…か。
 これは、益々、組長、腕を上げたようなもんやな」

その時、えいぞうの表情が変わる…。

「…おい、あれは…」
「ん?」

えいぞうが見つめる先。真子と健の向こう側に立つ一人の男……。その男は、真子を見つめていた。
黒いコートを着て、帽子を深く被り、サングラスをしている。両手はポケットに入れ、そして、怪しい雰囲気を醸し出していた。

「健!!」

えいぞうが、叫ぶ!
その途端、健は真子の前に立ちはだかった。
男がポケットから銃を取りだし、真子に向けていた。

「組長!」
「健?!」

銃弾が、健の腹部に命中した。男は、的を外したことで、慌てて逃げていく。その男をくまはちが、追いかけていった。

「…あの野郎……」

健の顔つきが変わった。
その表情は、本部に居た頃のやくざな雰囲気を醸し出していた。
健は、真子を狙った人物を追いかけようと…。

「!!!…く、組長…」

しかし、腕を掴まれた。

「くまはちに、任せておけばいい。無茶したら、駄目! 健、…大丈夫?」

真子は、健の傷を気にしていた。健の腹部は、血で染まっている。

「組長…、大丈夫ですよ、これくらい…痛ぇ〜」

健は、あまりの痛さにしゃがみ込んでしまった。

「……組長、駄目ですからね……能力…」

健は、そう言った後、微笑んで、気を失った。

「健!!」

まさちんが、真子に駆け寄った。そして、真子を抱きかかえ、健から引き離す。えいぞうが、健の腹部に手を当てて、出血を止めていた。

「くそっ…」

えいぞうの顔つきが、変わる。そして、健を背負い、車に向かって歩いていった。真子は、まさちんの手を振りほどいて、えいぞうの後を追っていく。



「うるらぁ〜っ!!!!」
「うわっ!」

くまはちが、真子を狙った男に追いついた。そして、跳び蹴りをする。くまはちの蹴りをまともに喰らった男は、顔から倒れ込んでしまった。

「くはっ!」

顔を上げた男。急に視界が暗くなった。目の前にあるのは、真っ赤な地面。白いものが落ちていた。
男の顔は、血だらけで、そして、歯が欠けていた。
地面が赤いのは、男の血で染まっていたから、そして、白いものは、男の歯…。
そんな男に容赦なく攻撃を加えるくまはちだった。

「兄貴!!!」

そして、そんなくまはちを停めるのは、いつも虎石と竜見だった。

「くふぅ〜」

くまはちは、息を整える。
男は、血だらけでボロボロ。
くまはちを停めなかったら、男は、人間の姿を形取っていなかったかもしれない…。
くまはちは、すっきりした顔をしていた。



橋総合病院。
健は治療を受け、病室で眠っていた。そばには、真子とえいぞうが付き添っていた。真子は、何かを思いだしたような顔をして、健を見つめていた。

「あの時の健、…昔の健だったね」
「ふふん、そうですね」

えいぞうは、なぜか笑っていた。

「だけど、いつからだろう。健がいつもおちゃらけるようになったのは。
 私が初めて健に会ったときは、すごく怖かった。誰とも話しませんって顔だから、
 話しかけるの怖かったんだもん」

真子の言葉に、えいぞうは、そっと微笑んだ。

「だけど、私と杯を交わしてから、急に変わったね。
 いつも笑ってる。人を楽しませてくれる。なんでだろう」
「う〜ん」

えいぞうは、真子に言っても良いのかちょっぴり悩んだものの…、

「……口止めされてますけど、仕方ありませんね。
 …組長が、この世界で生きていくようになってからですよ。
 杯を交わした後からです」

と健との内緒事を話してしまう。

「えっ? どういうこと?」
「まだ、幼い組長が、こんな世界で生きていくのは、大変だろうから、せめてもの
 楽しみとして、俺は、組長の前では、常に笑いを取るよ、って、俺にだけ
 そっと言ったんですよ」
「そうだったんだ。…健。ありがとう。いつも健と居るとき、私、楽しいよ。
 だから、…こんな無茶なこと…しないで欲しい…。これからは…」

真子は、健の手を取って、泣いていた。

「組長……」

えいぞうは、真子の仕草に驚いていた。
まさちんが病室に入ってくる。

「組長。くまはちからの連絡です。だたのチンピラだったようですよ。
 どこかの組に入りたがっているような雰囲気だったそうです」
「…原形留めてる?」
「寸前で停めたそうです」
「そう…わかった」

真子の言葉は冷たかった。

うわぁ〜ほんまに、冷たぁ…。

えいぞうが思う中、まさちんは、そっと病室を出ていった。

「組長、後は、私が居ますから」
「でも…」
「お疲れのところ、ありがとうございました。その…、まさちんだけでなく、
 真北さんも…気になさるでしょうから…その…」
「うん…わかった。健が目を覚ましたら、ありがとうって言っててね。
 えいぞうさん…よろしく…」
「わかりました」

えいぞうは、笑顔で真子に言った。そして、真子は、名残惜しそうな表情で病室を出ていった。

「兄貴…」

健は、目を覚ましていた。

「起きてたんか…」
「うん…。兄貴の…あほ…」
「なんで?」
「組長…俺の手を握ってたのにぃ〜」
「……あほ!」

えいぞうは、健の傷口を軽く叩く。

「いてっ!」
「ったく、お前は、こんな時にも組長なんだな…」

えいぞうは、呆れていた。



次の日、健の病室は、たくさんの花が飾られていた。診察から帰ってきた健は、いきなりのことで驚く。

「なんでぇ〜??」

健は花の一つ一つを見つめていた。そして、何かを思いだす。

「…組長…?」

その途端、嬉しそうな顔をして、花を一つ一つ、触っていた。



「今頃、健は、驚いているかなぁ」

AYビルの事務室で真子は、仕事をしながら、思い出し笑いをしていた。

「組長、花屋の請求書は…」
「…まさちんのポケットマネー」

真子は、まだ、冷たい……。

「…わかりました……」

まさちんは落ち込む。それは、本部での事だけではなかったようで…。


『組長の本心まで、解っていなかった自分が情けない…!』

その日の夜。まさちんの阿山組日誌に、書かれている言葉だった。
まさちんは、ため息を付いて、机に突っ伏し、そして、呟いた。

「俺って、駄目だなぁ〜」





「組長!! 今日は、図書館に行かれるのでは!!起きて下さいよぉ!!」
「うるさぁい! もう少し寝るのぉ!!」
「駄目ですよ!! …ったく!!」

足音が響いていた。

「うわぁ!」

ドタドタドタタ……タ…。

「…おはよ。今日も大変やな」
「おはよ…いてて…。今から出勤かぁ」
「あぁ。打ち所悪そうやなぁ。大丈夫かぁ?」
「な、なんとか…ね」

出勤しようと玄関に来ていたぺんこうが、真子に蹴られて丁度階段を転がり落ちてきたまさちんに気の毒そうに言った。

「あっ、ぺんこう、今から? 気を付けてね!」
「はい。組長もあまり、朝から暴れないでくださいね。では、行って来ます」
「いってらっしゃぁい!」

真子は、笑顔でぺんこうを見送った。
すっかり元に戻っている真子。もちろん、まさちんへの接し方も……??

まさちんは、階段の下に座り込んでふてくされていた。

「私にも、その笑顔で見送ってくださいよ…」
「…何ふてくされてるん? ほら、むかいんが待ってるで。はよぉ」
「は、はい…」

真子は、まさちんの襟首を掴んで、リビングへ引っ張っていった。

「ちょ、ちょっと組長!」

それは、いつもと反対の光景だった。


「いっただきまぁす!!」

真子の元気な声が、家中に響き渡っていた。



「あらら…、これは、まじやばいんちゃうかぁ」

片手に鉛筆を持って、何かをチェックしていた木原。とんでもない記事を発見した様子。

「真子ちゃんに知らせななぁ」

木原は、記事を手に、サーモ局を出ていった。その表情は、いつになく、厳しかった。
一体、何がやばいのか!?



三月下旬。
真子は、ビルの仕事に精を出していた。新たな仕事。この日、新たな仕事を主にしてくれる人物と逢うことになっていた。

「失礼します。組長、来られました」
「はぁい。すぐ行くぅ。まさちん、資料は?」
「用意できてます」

真子は、事務室の隣の応接室へやって来た。そこには、水木と、水木が以前から薦めていた人物が立っていた。

「初めまして。駿河(するが)と申します」
「初めまして、阿山真子です。試作品、拝見致しました。それで、その…」
「頂きました報告書、拝読致しました。それで、こちらも色々と
 調べました。その資料、お持ちしております」

駿河は、真子に資料を渡す。真子は、その資料に目を通していた。そこへ、まさちんが、真子にオレンジジュース、駿河と水木にお茶を差し出した。

「ありがとうございます」

駿河は、軽く頭を下げた。

「ふ〜ん。なるほど。…実は、私、この方面については、皆無なんです。
 ですから、全て駿河さんにお任せしようと思っているんです」
「しかし、私は、技術者なので、経営の方までは…その…」
「技術に必要なものは、揃えますから。…でも、これだけは、守って欲しいんです。
 決して人を傷つけるようなものは作らないって。命を粗末にするようなものは
 絶対に…作らないって」
「そこが、難しいんですよね…。わかりました。頑張ります」
「ようし。じゃぁ、第一項目から、話し合いましょうか」
「はい」

真子と駿河は、この日、初めて逢ったにも関わらず、意気投合していた。まさちんは、驚いていた。初対面の人に対して、真子がここまで溶け込むなんて、初めて見たからだった。

これからが、楽しみだなぁ。

まさちんは、駿河と話し合う真子を見て、そう思っていた。



そして、夕方。
駿河と水木を見送って、受付の明美と楽しく会話をしたあと、エレベータホールへ向かって歩く真子とまさちんに、一人の男が近づいてきた。

「お嬢さん、本部でやり合ったってね?」
「…木原さん…びっくりしたぁ〜。…なんで知ってるん??」
「私の耳はダンボの耳ですからねぇ〜。っていうよりも、阿山組の本部で
 起こったこと、かなり有名やで。噂が広がってるよ」
「で、その取材ってわけ?」
「ちゃうちゃう。そんなことより、大変な情報を手に入れた!」
「大変な情報?」

真子は、声を潜めて言った木原の行動が気になり、事務室へ案内した。


その夜。真子は、凄く深刻な顔でまさちんの運転する車に乗っていた。

「木原さんは、あのように言ってましたけど、大丈夫でしょうか」
「目が燃えてたから、大丈夫でしょ。それより…」

そう言ったっきり、真子は口を噤んでしまった。



真北が家に帰ってきた。いつも以上に深刻な顔をしている。

「お帰りぃ〜。お疲れさまっ!」
「ただいま。組長、今、よろしいですか?」
「ん? いいよ。私も真北さんにお話が…」


ソファに真子と真北が座っていた。まさちんが真子にオレンジジュース、真北に熱いお茶を持ってきた。

「まさちんは?」
「ダイエットです」
「はいはい」

真子が呆れたように言った。暫く沈黙が続く。

「真北さん、今、仕事でやばくない?」
「例のあれですね。今のところは、大丈夫です。
 しかし、今までの事件を隠せたことが不思議なくらいですよ。
 あのミナミの事件も表沙汰になってませんから」

真北はお茶をすすった。

「やっぱしねぇ〜」
「組長はどうして、このことを?」
「木原さんが昨日、記事の原稿を持ってきた。M刑事と女組長A組って、
 真北さんと私やん。わかる人にはわかる書き方やけど…」
「どこの者が、こんなことを?」

真子、真北、まさちんは深刻な顔をして、それぞれが何かを考えていた。
三人が深刻な顔をして考え込んでいるのは、その日の朝、報道関係が公表した記事の事だった。刑事とヤクザの密会という見出しでかなり派手に書かれていた。

「真北さん、」
「まさちん、」
「組長」

真子、真北、まさちん、三人は同時に発した。

「組長、どうぞ」
「どうぞ」

真北とまさちんが言った。

「お言葉に甘えて。…やっぱし桜島組のワナ?」
「私もそうだと考えてます。組長をあの人混みの中で襲い、表に出るか、
 裏に出るか…。あいつらかなりの情報網を持ってると聞いてますから」
「まさかと思うけど…。真北さんの周りに桜島組とつながりのある
 人物がいる…とか?」
「……んー…。身辺整理をするか」

真北が、ため息混じりに言った。

「私の方は、ビルのチェックを致します。盗聴されてる可能性も
 ありますから」
「…と言うことで、この話は、しばらくしないでおこう」

三人は同時に頷いた。




四月。
空気が桃色になる季節。人々もにこやかに??
賑やかな商店街。行き交う人々は楽しそうだった。しかし、少し外れた所は、重々しい雰囲気が漂っていた。建物の影に刑事らしき人物が数人いた。その中に原も居た。張り込みの真っ最中……。

「原さん。動きありませんね」
「そうだな…。…??」

原がふと目をやった所を真子そ理子そして、サークルの仲間が通り過ぎていった。

「真子ちゃん…? …確か、こないだも、別の所で…」
「原さん!」
「ん? あっ」

犯人らしき人物が、建物から出てきた。その人物を追いかける原達刑事。犯人はいきなりの事で脚を取られ、躓いてしまった。原は、それを見逃さなかった。犯人は捕らえられた…。


真北は、署内で、ボケッとしている。そこへ、原がお茶を差し出した。

「例の記事のこと、気になるんですか?」
「ん?」
「…いいえ、そうでなくて…。その、娘さんのことですよぉ」

原は、真北に睨まれたので、話題を切り替えた。

「真子ちゃん、大学生にもなれば、彼氏もできるでしょ?」
「はにゃぁ?!」
「この頃、よく見かけますよ。サークルの仲間と歩いているところを。
 この間は、理子ちゃんと、先日は、商店街で、サークルのみなさんと。
 特に、その中で、男の子と楽しく話してましたよ。すごく親しく…」
「どこで見かけるんだよ!!」

真北は、いきなり原の胸ぐらを掴んで立ち上がった。

「い、いや…その…」


「あっ、来ました」

真北と原は、車に乗って、商店街を行き交う人々を見つめていた。そして、その中に真子達の姿を見つけた。原が、指をさした所を真子達が歩いていた。サークルの仲間の一人の男が、真子と親しげに話している。真子は笑っていた。

「組長…?」

真北は、じっと見つめ、そして、呟いた。



「…宮山…ね…」

署のコンピューター画面を見つめながら、真北が呟く。それは、真子の通う大学の学生名簿。その中から、先日、真子と親しげに話していた男の素性を割り出した。
電話が鳴った。

「真北です。……なんですか…。忙しいんですよ、だから…何ですか?
 …はい。…ったくぅ、わかりました。時間空けておきます」

真北は電話を切って、ため息を付いた。
電話の相手は真子。
真子は、例の記事の件で真北のところへ来るという連絡をしてきた。ここ数日、家に戻ることのない真北は、真子と話した事が嬉しそうで…。




「はっろぉ〜!」

廊下を歩いていた真北と原の後ろから声を掛けたのは真子だった。

「組長、だめですよ、大声で。ということで、
 原、一時間ほど出かけてるから。親子の会話なぁ」
「わかりました。どうぞ、ごゆっくりぃ〜」

原は、ふざけたように手を振っていた。真子は、それに応えるように同じように手を振った。…真北が、真子のその手を掴んで、引っ張るように去っていく。

「あにゃ? 真北さん?」

真北は、何も言わなかった。

真子と真北、まさちんが、署内を歩いていた。
廊下の隅に鹿居が立っていた。その横に見え隠れしている男に気が付く真北。

どこかで観たことのある男だなぁ。

真北は、気になりながらも、真子と署を出ていった。


「今のところ、疑わしい者はいないんですよ」
「私の気にしすぎかなぁ」
「まだ、しっぽを出していないだけかもしれないので、気は抜けません。
 注意しておきます」
「うん。ところでさぁ、ミナミの事件、サークルのみんながすんごい
 心配してて、逢うたびに大丈夫か?とか元気でよかったぁとかさぁ、
 聞いてくるから、返事するのに、疲れちゃったよぉ〜」
「みなさんの目の前で起こったことですから。我々には、日常茶飯事でも、
 一般市民にしたらドラマのような出来事ですからねぇ。それを目の
 当たりにしてしまったら、気になって仕方ないでしょう」

まさちんが言った。

「あの男か」

真北が、何かを思いだしたような顔で言った。

「何々?」
「いいえね、先程署内で見かけた男、どこかで観たことあるなぁと
 思っていたんですよ。組長のサークルの仲間ですね。この間、一緒に
 歩いているところを観た時に、組長に話しかけていた男だ」
「は? 何? 観たときって?」
「組長の周り、もしくは、ミナミの事件の見物人の中にマスコミ関係が
 いたかも…」

真北は、慌てて話題を切り替える。

こっそりと見張っていた事、内緒、内緒…。

「んー。…私の周りかなぁ。気を付ける。……まさちん、日常茶飯事って、
 それ、よくないことだよぉ〜。わかった?」
「はぁ。すみません」
「いずれにせよ、今後の対策を考えておきましょう。桜島組の方も気になりますし」
「そうだね。ところで、いつ帰ってくるん?」
「あと、一週間は無理ですね。申し訳ありません」
「ふ〜ん。ま、無理しないでね。働く父は、素敵だもんね、まさちん」
「そうですね」
「働く父…ねぇ〜」

真北は呟いた。



ミナミの夜。
谷川達が、いつものように巡回中。ふと目をやったスナックから、出てきた人物を見て、身を隠した。その人物は、高級車に乗って去っていった。

「あいつら、桜島組の長田と今川……もう一人の男って、…刑事の鹿居?」



真子は、自宅のリビングでくつろいでいた。勉強もせず、ただ、のんきにテレビを観ていた。
まさちんが、帰ってくる。

「お帰りぃ」
「ただいま帰りました」
「お疲れぇ〜」
「組長、お話が」
「幹部会はお断りぃ〜」
「解ってますよ。…って、参加するって先日…」

まさちんは、真子に睨まれ口を噤む。

「話しって?」
「ミナミで桜島組の連中を見かけたと、そして、刑事の鹿居も一緒だったと
 谷川が言っていたんですよ。もしかしたら…」
「だけど、その鹿居って刑事が桜島組のことを調べているかも知れへんやん。
 確かに、注意は必要だけど、谷川さんには深入りしないように、伝えておいてね」
「かしこまりました」
「ん?」
「伝えます」

真子への態度が、敬う態度になったまさちん。真子に睨まれて、言葉を替えた。




「まさか、ここに桜島組が事務所を構えていたとはな…」
「親分に知らせよう。……!!!!!」
「どうした? ぐわっ!!」

谷川組組員二人、桜島組の様子を調べていた時だった。桜島組の組事務所を発見。そして、それを知らせに行こうと立ち上がった時だった。いきなり、背後から、襲われてしまった。
一人は、腹部を刺され、もう一人は首筋から血を流していた。
二人を刺した男が、倒れる二人を見下ろして、不気味に微笑む。
足音が聞こえた。男は、直ぐにその場を去る。足音の主は、もう一人の谷川組組員だった。血だらけで倒れている組員を見て、叫んだ。

「おい! おい!! 誰にやられた!!!」
「…いきなり…は、背後…か…ら…うぐっ…」
「死ぬな!!」



高級車が橋総合病院の駐車場に勢い良く入ってきた。
玄関で停まるやいなや、真子が飛び出してきて、病院内に駆け込んでいった。

ICU前には、谷川がガラスに頭をつけて、中の様子を見ていた。その横では、水木と水木の弟分、そして、谷川の弟分が立っていた。走ってくる足音で、全員が振り返る。

「組長」
「どうなの?」

真子が谷川に言った。

「一命は取り留めました」
「ほんと? 良かったぁ〜。もう、心配したんだから。
 だから、深入りするなと言ったでしょ!」
「申し訳ございません」

谷川が言った。まさちんがゆっくりとやって来た。

「やったのは、桜島組ではないんですよ」

谷川の弟分が言った。

「は??」

真子は驚いていた。

「俺達、桜島組の人物をチェックしていたんですよ。
 組事務所には、組員全員いました。なのに、突然、背後からです」

谷川の弟分が、話した後、震えていた。谷川が、弟分の肩に手を置いた。

「一体、誰だよ…」

真子の目に怒りが籠もる。まさちんが、真子の心境を察したのか、真子の肩にそっと手を置いた。

「まさちん…」
「兎に角、この件からは手を引いてくれ。後は、俺が…」
「いいや、ミナミはわしらの管轄だから、な、水木」

まさちんの言葉を遮るように谷川が言った。

「あぁ。組長、よろしいですね」

水木が付け加える。

「…止めても無駄だろ? 頼んだよ。だけど、次にこのような事が起こったら、
 手を引いてね。谷川さん、水木さん……。無理しないように、頼みます」

真子は頭を下げた。そして、ICUに眠るの谷川の弟分をじっと見つめ、まさちんと去っていった。

「ありがとうございます」

谷川が、真子の後ろ姿に深々と頭を下げる。真子は、後ろ手に手を振って歩いていく。

「駆けつけてくるとは、思いませんでしたね」

谷川が呟いた。

「先代でしたら、駆けつけたりはしなかったでしょうね。
 だけど、お嬢様なら、駆けつけて下さるでしょ?」

水木が言った。

「そうですね。昔とちっともお変わりないんですね。この世界で生きているのに」

谷川がしみじみと言った。

「昔より、素敵になられたよ!」

以前、自分の店に来たときの真子を思い出しながら、水木は言った。


真子とまさちんは、帰路に就いていた。

「ほんと良かった。もう死んじゃったと思った」
「そうなれば、能力をお使いになったでしょ?」
「んー、んーー……。かもね」

真子は、笑って誤魔化した。

「駄目ですよ、絶対に」

まさちんは強く言った。

「はーい」
「しかし、益々怪しいですね、桜島組。何を企んでいるのか解らないだけに…」
「全国制覇か…。そんなにすごいものなん?」

真子が軽い感じで尋ねた。

「我々の世界では、当たり前のことですよ」
「人の血を流してまで…?」

真子は、唇を噛み締める。

「組長……」

まさちんは、口を噤む。

それが、この世界ですから。

真子に言ってはならない言葉。
真子が築き上げようとする新たな世界を邪魔する言葉。

人の命を奪ってまで、自分の思いを成し遂げるなんて…許せない…。

目の前で母を失った真子にとって、いつまでも心に残る哀しい思い…。
そんな思いを大切な人達に、して欲しくない、させたくない。
その想いが強い真子は、組員の事を考えるばかりに、自分の事を後回しにしてしまう。
真子は、組員が真子に対して思っていることに気が付いているのか?

我々も、組長の事が大切なんです。
二度とそのような哀しい思いをさせたくないんです。
だけど…。

まさちんは、ルームミラー越しに、真子を見つめていた。真子は、俯いて、何かを堪えている。
まさちんは、かける言葉が見あたらなかったのか、何も言えずに、黙っていた。





やくざ風の男達が、三人、ソファに座り、テーブルに脚を投げ出して、のんびりぼけぇっとしていた。一人は、ドスを手に持ち、くるくると回して遊んでいた。もう一人は、ジッポーのふたを開けたり閉めたりして、暇を持て余している。さらにもう一人は、背もたれに思いっきりもたれかかって、天井を見ていた。
ここは、桜島組事務所。

「しかし、何も仕掛けてこないとはな…」

今川がドスをテーブルに突き刺した。

「そらぁ、阿山組だからな」

ジッポーの火をつけて、ユラユラさせている小路が、ふざけたように言った。

「…阿山真子って、おいしいのか?」

だらけたような態度で花田が言った。

「…花田ぁ〜お前は、何においても、そっちの話かよ」

今川が呆れたように言った。

「やりすぎで、おかしくなってるだけだろ」

小路が、花田に近づいて、懐から何かを取り出した。

「……返せよぉ」

花田の懐に入っていたのは、薬だった。花田は、小路から取り返し、懐になおした。

「親分に見つかっても知らないぞ」
「うるせぇなぁ」

その時、事務所のドアが勢い良く開いた。今川達は、一斉にドアの方を向いた。

「待たせたなぁ」

そう言って、下から睨むように今川達を見ているのは、水木だった。その水木の後ろには、水木組組員と谷川が立っていた。
水木が、不気味に微笑んでいる……。



「なんだよ、これは」

真子が怒鳴る。真北が木原から手渡された写真を見つめていた。
その写真には、桜島組の長田組長と真北の同僚刑事・鹿居が仲良く飲んでいる姿が写っていた。

「阿山組を潰そうと企むのはわかるけど、真北さんが、
 なんで、その鹿居っていう奴に陥れられないといかんわけ?
 何したん?」
「同僚なんですよ。だけど…俺にもわからん」

真北は頭を抱え込む。そこへ電話が鳴った。まさちんが応対する。

「組長、水木さんが敵は取ったと言ってますが…」
「か、敵??」

真北が驚いたように真子に尋ねた。

「そう。例の谷川さんの弟分が狙われた分ね」
「組長…それは……」
「大丈夫。これは、やくざのケジメでしょ」

あっけらかんと言う真子。そんな真子の醸し出す雰囲気に驚く真北は、言葉を失った。
その昔、どこかで感じた…。

「組長…」
「じゃぁ、真北さん。行って来るからね。だから、真北さんの方は、お願いします」

真北の言葉を遮るように真子が言った。

「…わかってます…でも、組長……」

真北は、それ以上何も言えなかった。
真子の醸し出す雰囲気が、あまりにも、真子の父・慶造に似ていたから…。



真子とまさちんが、人気のない倉庫にやって来た。

「組長」

水木が、真子の姿を見て、頭を下げていた。真子は、軽く手を挙げただけで、直ぐに、地面に傷だらけで横たわる今川の髪の毛を引っ張った。

「うっ……」
「で、誰が、谷川の弟分を?」
「…お、俺…じゃな…いよ……」

今川は、必死の思いで言う。真子は、今川を地面にたたきつけた。

「うがっ!」

今川の隣に同じように傷だらけで横たわる花田の髪の毛を引っ張り上げる真子。花田は、気を失っていた。

「水木さん、やりすぎですよ」
「すんません。あまりにも変な奴なので、思わず…」
「ったくぅ。…で、あんたか?」

真子は、凄みを利かせて、横たわっている小路に尋ねる。小路は、恐怖で震えていた。

「あんたかと聞いてるだろ?」

真子の声には怒りが籠もっていた。小路は、軽くたくさん頷いた。

「俺たちだ…。わ…悪かったと言ってるだろ!」
「…水木さん、こいつ、元気ですよ」

そう言って真子は、笑っていた。そのまま、小路に蹴りを入れる。小路は気を失った。真子は、小路から手を放し、立ち上がり、そして、倉庫内を見渡し、水木に言った。

「長田はどうした?」
「まだ、見つかりません」

水木が、頭をかきながら言った。

「海ですか?」

谷川が真子に尋ねた。

「いいや、囮だ」

そう言った真子の雰囲気は、いつもと違っていた。

山中さんと勝負した後のあの雰囲気だ…。

真子の一連の行動を見ていたまさちんは、そう感じていた。水木、そして、谷川も真子の醸し出す雰囲気に、本来の自分が表に出ているようだった。



真子が刺されたミナミの橋の欄干に傷だらけの今川、花田、そして、小路がくくりつけられていた。橋から少し離れたところに真子とまさちん、谷川、水木が、その様子を伺っていた。

「来ますかねぇ」
「…来たよ」

今川たちに近づく人物がいた。桜島組の長田組長だった。他の桜島組組員と今川達の縄をほどいて連れて去っていく。
その時の真子の唇の端が少しつり上がっていた。その意味は……。


「あの小娘め!この仮は、返してやる…。覚えておけ」

長田が桜島組事務所で叫び、デスクに拳をぶつけた。
突然、ドアが開き、真北、原たち警察が駆け込んできた。

「警視庁の真北だ。殺人未遂及び、恐喝、銃刀法
 違反、薬物法違反…その他もろもろで逮捕する」
「なにぃ〜??」
「それと、鹿居との密会、ばれてるよ」

真北が軽く流すように言った。長田は突然のことで動けずにいた。そして、大人しく連行されていった。


「…真北さん」
「ん?」
「可笑しいですよ」
「…何か遭ったか?」
「殺人未遂云々は、兎も角、…その他もろもろって…」
「…俺、そんなこと言ってたか?」
「はい…」

真北にしては珍しいことだった。そんな真北のお茶目(?)な言動に笑わずにはいられない原。

「笑うな…!」
「無理です…。ふっふっふふ…」

署へ戻る車の中で、真北と原は、一仕事終えた気持ちで、そんな会話をしていた。


……この事件は、始まりにすぎなかった。



桜島組との繋がりを叱責された鹿居が、署長室から出てきた。その目には、怒りが籠もっていた。

「くそっ。許さない……」

強く握りしめられた拳。
鹿居は一体何を考えているのか…!!



(2006.2.5 第三部 第十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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