任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十二話 それでも負けないっ!

真北は、今までにない慌てぶりだった。そして、愕然とする。
まさちんもその場に立ちつくしているだけだった。
花田の下に居る真子の頭から、血が噴き出していた。

「くっくっくっく……はっはっはっは!!! お前のその顔が見たかったんだよ。
 はっはっは。お前のその焦った顔が見たかったんだよ!! おい! 早く出せ!」
「わかりましたぁ〜」

花田は、立ち上がり、近くにある扉を開けた。
そこには、真子が日本刀を持って立っていた。
目が…うつろ…。

…真北さん…まさちん…。

意識はもうろうとしているはずなのに、二人がそこに居ることが解っていた。うつろな目をしていながらも、真子の視野には、慌てたような顔をしている真北と呆然としているまさちんが写っている。
その時、真子は、頭の奥に何かが目覚める感触を覚えた。

「組長?」
「よく見てみろよ! それは人形だ。はっはっは!!」

鹿居は、からかうような言い方をしていた。真北とまさちんは、唇を噛みしめて、悔しさを現していた。その反面、真子が無事だったことに安心していた。

「真子ちゃん、やれ!」

真子は、鹿居の言葉にゆっくり頷く。そして、一歩ずつ前に出てきた。

「あれだなぁ。まずは、真子ちゃんを撃った、あのまさちんという男からだよ」

真子は、うつろな目でまさちんを見つめる。

「組長……」

まさちんは、それ以上何も言えず、立ちつくしたままだった。
…真子を撃ったことには間違いない。だから、打たれても仕方ない。

そんなまさちんの心境を察した真北は、まさちんの前に立ちはだかった。

「組長、気を確かに持って下さい! 組長!」
「無駄だよ、真北。この女には、俺の声しか聞こえていないよ。
 いいざまだ! お前は大切にしている女に殺される。
 俺にとって一番いい図だっ!! うれしいねぇ。カメラを持ってくればよかったよ」

真子は、日本刀を真北に向けた。そして、振りかざした時だった。

「何ぃ〜?!?!」

引きつったような声を挙げたのは、右肩と左肩から血を流している鹿居だった。

「うぐ〜〜……!」

うめき声を上げているのは、花田だった。

「組長?」

まさちんと真北は、一瞬の出来事を把握できていない。

今にも真北とまさちんに斬りかかるかのような勢いで迫ってきた真子は、突然、向きを変え、鹿居そして、花田を斬りつけていた。真子を自由自在に操れると思っていた鹿居は、自分が斬りつけられた事に驚いているようだった。
日本刀が地面に落ちた。
真子は、真北とまさちんに優しく微笑んだ後、後ろにばったりと倒れた。
真子が倒れたことが合図となったのか、立ちつくす花田にまさちんが、驚く鹿居に真北が駆け寄った。まさちんの蹴りが容赦なく花田に加えられる。気を失っているにも関わらず、花田を蹴り続けるまさちんは、

「まさちん、やめろ!」

真北の声でやっと足を止めた。
ふと我に返った途端、素早く真子に駆け寄った。

「組長!!!」

まさちんの行動を見届けた真北は、鹿居に手錠をかける。

「なぜ…なんだよ」

鹿居がゆっくりと口を開く。

「お前が、やくざと親密な関係にあるのは、
 上も知っているんだろ? なのに…!!!!」

真北が差し出した物を見て、鹿居の目は見開かれた。

「お前がそうだったのか…」

愕然と膝を落とす鹿居。
真北が差し出した物。それは、特殊任務の証である手帳だった。

「そういうことだ」

真北が呟くように言った。そして、震える鹿居に背を向けて、まさちん達のところへ向かっていく。

「よろしいんですか? それを見せて…」

真北の素性を知っている真北の同業者は限られていると、耳にしているまさちんは、心配げに尋ねてきた。

「この場合は、仕方ないだろ? それより、組長の様子は?」
「気を失っているだけのようです。よかった…」
「しかし、なぜ、二人を斬った? 意識は…」
「…潜在意識…。組長が、以前、言ってました。この能力には、潜在意識が
 強く働くと。例え、自分が自分で無くなっても、潜在意識のお陰で、
 自分に戻ることができるんだと…」

真子を抱きかかえたままのまさちんは、真剣な眼差しで真北に告げた。

「今のが、そうなのか?」

真北は静かに尋ねる。

「恐らく…」
「…しかし…」

真北は何かを言いかけて、口を噤む。
他の刑事達が駆けつけてきた。
連行される鹿居を気にすることなく、真北は、まさちんとまさちんに抱えられている真子と一緒に、その場を去っていった。




眠る真子の顔は、見えない何かと戦っているのか強張っていた……。




橋総合病院
まさちんは、真子の側に付き添っていた。
時々、真子の額に汗が滲む。

組長…。大丈夫ですから…私が居ますから…。

心で語りかけながら、その汗を優しく拭う。
真北が病室へ入ってきた。

「様子はどうだ?」

入ってくるなり、真北が尋ねる。

「今のところは、変わりありません」

真子を見つめたまま、まさちんが応えた。
真子の腕に、ふと目が移る。

「真北さん。…あざは…消えましたよ。…でも、大丈夫なのでしょうか…」
「署に許可を得てるから、大丈夫だ。…公認されてる解毒剤だからな…」
「それなら、安心です」

まさちんは、安堵のため息を吐いた。
真子の体に投与された『サイボーグ』と呼ばれる薬には、正当な解毒剤があった。
真北は、署に許可を得て、倉庫に眠っていた解毒剤を真子に投与した。
まさちんの言葉にもあったように、緑色のあざは、すっかり消えていた。

真北は、まさちんの横に立ち、真子を見つめた。

「俺のせいだな。…組長を危険な目に遭わせてしまった…。
 これから……」
「…組長は、大丈夫ですから。…強いですから」

まさちんのその言葉は、自分に言い聞かせているように聞こえた。
真北は、まさちんの肩を軽く叩き、そして、部屋を出ていった。
まさちんは、深いため息を付く。
目を瞑り、そして、見開いたとき、まさちんの目の奥に何かが燃えていた。
まさちんのやくざとしての血が、再び騒ぎだす…。




まさちんとぺんこうが真子の病室の前の廊下で深刻な顔をして、何かを話していた。そこへ、くまはちが、やって来る。

「生きてましたよ。大学に通ってたぞ」
「ほとぼりが冷めるまで、身を隠していたということか」

ぺんこうが、くまはちの言葉に反応した。

「組長は、手を下してないと言ったろ、な、まさちん」
「あぁ。……まさか、ぺんこう…お前、それに気付いて
 くまはちに頼んでいたのか?」
「…当たり前だろ!」

ぺんこうが醸し出すオーラに変化が現れた。
その昔、感じた事のあるオーラに、まさちんは、

「…お前は駄目だ」

冷たく言い放つ。

「なんでだよ」

まさちんの勘は当たっていたらしい。
ぺんこうは、どうやら……。

「お前の仕事は?」

静かに、まさちんが尋ねる。

「…教師…」

ぺんこうは、呟くように応えた。

「だろ。俺達は?」
「…組長のボディーガード…」
「…ということだ」
「しかし…!!」

まさちんは、ぺんこうの胸ぐらを掴み上げ、

「お前は…お前のやることが…あるだろ?」

静かに言った。
ぺんこうは、まさちんの腕を払いのける。

「お前ら…何を考えている?」

ぺんこうの言葉にまさちんは、何も応えなかった。そして、真子の病室へ入っていく。
静かに眠る真子をじっと見つめるまさちん。そこへ、ぺんこうとくまはちがやって来た。

「…ぺんこう、後は頼んだよ」
「まさちん、俺も…」

ぺんこうが静かに言った。

「お前は、駄目だよ。行くぞ、くまはち」

まさちんは静かに微笑んで、くまはちと病室を出ていった。
二人の雰囲気で、何を企んでいるのかを悟ったぺんこうは、真子を見つめる。

「組長、仕方ありません。この場合は、許してください。
 …俺だって、行きたいんです。行きたいんですよ…。
 しかし、……俺は、…教師ですから…」

ぺんこうは唇を噛みしめていた。握りしめる拳は、震えていた。




橋の事務室では、真北と橋、そして、真子の症状を心配して駆けつけた道が居た。
真子は目を覚ましたものの、まさちんや真北の呼びかけに対して、反応は鈍かった。そして…
何かに怯えていた。
橋と道は、真子の事を話していた。
その傍らでは………。
真北は、真剣に何かを読んでいた。
真北がてにしてる物。それは、道が探し当てた、真子の特殊能力に関する文献だった。
海外のものがほとんどの資料を、軽々と読んでいる真北は…。

「真北ぁ」

橋が呼びかけるが、全く反応しない。

「あかん、没頭しとるわ」
「いつもこんな感じなのか?」
「昔っから変わってないよ」
「ふ〜ん。じゃぁ、後にしようか」
「そうやな。…はぁ、やれやれ」

橋と道は、顔を見合わせて、呆れたような表情をする。
それでも真北は、文献を読むのに没頭していた。


その頃……。


まさちんとくまはちは、車に乗って、ある場所へ向かっていた。見覚えのある道、そして、到着した場所。そこは、真子の通う大学だった。
人気のないところへ車を停め、門から出てくる学生達を見ていた。
五、六人の女性と一緒に一人の男が出てきた。

「あいつか…」
「あぁ」

門から出てきた男は、あの、宮山だった。宮山は、門のところで女性達と楽しそうに立ち話をしていた。

「…くまはち…。貸せよ…」
「あん? 何を? ……知ってたんか?」
「当たり前や…」

くまはちは、まさちんの手を見て、口走った。

「組長の前では、持っていないことくらい解ってるよ。
 …組長に知れたら、やばいだろ。真北さんにもだ」
「これは、真北さんも知ってるよ」
「ほんとか?」
「いくら組長のガードでも、遠いところの敵を片づける為には必要だということでな…。
 真北さんの許可をもらったよ。だから、これは、ガード用だぞ」
「ガード用だろ? だからだよ」

まさちんの微笑みは、とても怪しかった。そして、くまはちは、懐から、何かを取り出し、まさちんに手渡した。

「…ガード用だからな」
「あぁ。ガード用だよな…」

くまはちは、念を押して、まさちんに言った。そんなくまはちも、何かを楽しみにしている様子だった。
まさちんは、くまはちから手渡された物を懐になおし、不気味に微笑んだ。


宮山は、女性達と別れ、一人でまさちんとくまはちの居る方向へ歩いてきた。
まさちんとくまはちは、車を降り、宮山のところへ近づいて行く。

「……あんたら…」

宮山は、ただならぬ雰囲気の二人を見て、立ちつくした……。




真子とぺんこうが病院の庭を歩いていた。暫く歩いて、いつものベンチに腰を掛ける真子とぺんこう。
真子は、内に秘めている思いを、ぺんこうに話し始めた。
真子の一言一句を聞き逃さないようにと、ぺんこうは耳を傾ける。

「…監禁された時の…あの時のこと、今でもまだ夢に見る。
 …あいつらが、私に何をしようとしたのか……わかってる…。怖くて……」

真子が震える。
薬の影響とはいえ、真子は、自分の手で、むかいんを襲った。
まさちんや、真北に斬りかかろうとした。
しかし、それよりも怖かったのは、真子が薬で朦朧とした意識の中で見ていた、あの、花田の姿だった。

「組長…」
「こわくて……こわくて……」

真子の目に涙が溢れた。

「…撃たれるより…刺されるより…怖い…」
「組長…」

真子の震えは停まらなかった。





まさちんとくまはちは、人気のない場所に宮山をほとんど引きずるような感じで連れてきた。

「放して下さい!」

宮山は、壁に押しつけられた。

「な…何ですか!」
「あんた、何か心当たりないかぁ〜?」

ドスの利いた声で、まさちんが言う。

「こ、心当たりって、な、…何の事ですか?」

鈍い音がした。

「…っつ…」

まさちんの拳が、宮山の腹部に突き刺さっていた。

「心当たり、あるよなぁ〜」

まさちんは、腹部の痛さにしゃがみ込む宮山の髪の毛を引っ張り上げた。

「…思い出した…、あんたたち、阿山組の…」
「ほほぉ〜。だったら、心当たり、あるよな?」

宮山は、激しく頷いた。

「…ごめんなさい…。許して下さい。……あっ。勘弁して下さい。
 仕方なかったんです」

宮山は、恐怖に震えてながら、謝っていた。




ぺんこうは、震えが停まらない真子を優しく抱きしめた。

「組長。…大丈夫ですよ、組長。なぜ、我々がお側にいるんですか?
 組長をお守りする為にいるんですよ」

真子を抱きしめる腕に力を込める。

「だけど、組長。大学での護衛はいらないと言ったのは、誰ですか?
 組長ご自身でお決めになったことですよ。ご自分の身は、ご自分で
 守るとおっしゃった。そして、ご自分で守ったのではありませんか? 組長」

ぺんこうの言葉は、とても温かく、その言葉が真子の心に何かを与えたのか、真子の震えが停まった。

「こんな世界です。組長が生きておられる世界は。
 いつ、誰が、どのような形で、襲ってくるのかわかりません。
 だから充分気をつけないといけませんね…」

ぺんこうは、真子を見つめる。
真子の目から、涙が溢れ、そして、頬を伝っていった。




「う…そ……やめてくれ……それは、……。阿山組は、御法度なんだろ?
 それは……。阿山真子が、嫌がっているから……に、偽物?」

宮山の目線は、まさちんの懐から、下に降りていった。その先は、宮山の太股だった。

「や、やめてくれ!!! うわっ!!!」

プシュッ!

「わりぃ〜なぁ。暴発しちまったぁ〜」

まさちんは、何かを楽しんでいるような怖い目をして、宮山に言った。
その唇の端が、軽くつり上がった。

プシュッ!

「うわぁ〜〜!!! ひぃ〜〜、ひぃ〜!!!!」

宮山は、痛さでのたうち回る。
まさちんの右手には、サイレンサー付きの銃が握りしめられていた。のたうち回る宮山の両太股から、丸く穴が開き、血が吹き出ている。
まさちんは、その傷口を足で踏みつけ、そして、銃口を宮山の額に向けた。
まさちんの目は、恐ろしさがにじみ出ている…。

こ、殺される!!!

宮山の顔は恐怖で引きつり、そして、目からは、大量の涙が流れていた。




ぺんこうは、真子の頬を伝う涙を優しく拭い、そして、微笑んだ。

「…実は私、すっかり忘れていたことがありました。
 組長は、組長である前に、一人の女性だと、阿山真子という、
 か弱い女性だということを。この事件で、肝に銘じました。
 今までそのような事がなかったのが、不思議です。
 …だから、これ以上、組長には、もう、怖い思いをさせません。
 ご安心下さい」

ぺんこうは力強く言った。
真子は、涙で潤んだ目でぺんこうを見つめ、

「ぺんこう……」

そう呟いた。その途端、真子は、何かふっきれたような表情になった。

「そうだよね。自分で守ったよね」

真子に笑顔が戻ってきた。そして、ぺんこうの胸に顔をうずめて、涙を振り絞るように泣いていた。

「しばらく、このままでね…ぺんこう」
「…はい…」

ぺんこうは、真子の頭を優しく撫でていた。




宮山の顔は、目から流れる涙と鼻、口から流れる血で見るも無惨な姿になっていた。
仰向けに倒れている宮山は、大腿部からは、血が止まることを知らないかのように流れ、周りを真っ赤に染めていた。

「…なんでもこれで、解決すると思ってるなんてなぁ。
 世の中、なめすぎだよ、坊ちゃんよぉ」

くまはちは、横たわる宮山の腹部を思いっきり踏みつける。

「うぐっ……!」

宮山の口から、血が噴き出した。
くまはちは、宮山の側に落ちていた宮山のライターを拾い、そして、火をつけた。

「俺達を他の連中と同じと思うなよ…」

まさちんは、先程、宮山から受け取った札束をヒラヒラさせた。
宮山は、やくざは、なんでも金で許してもらえるとおじさんにあたる鹿居に教えられていた為、この恐ろしい状況を金で逃げようとしたのだった。しかし、そこは、暴れ好きのまさちんとくまはち。
宮山の思うようにはいかなかった。
まさちんの持つ札束に火をつけるくまはち。
札束が燃え始めた。
まさちんは手を離す。
燃えながら、ゆっくりと札束は地面に落ちた。
くまはちは、宮山のライターを、仰向けに横たわる宮山の顔の上に落とし、宮山を蹴り上げる。
そして、二人は、背を向けて歩き出す。
二人の向こうには、パトカーが迫っていた。それに気付き、素早くその場を去っていったまさちんとくまはちだった。



パトカーが、宮山の側に停まった。
燃えかすに伸ばしている手を踏みつけるパトカーから降りてきた人物。それは、真北だった。恐ろしいまでの表情で宮山を見下ろす真北。
宮山は、ただ、ぼんやりと真北を見つめるだけだった。
一緒にパトカーに乗ってきた原が、宮山に手錠をかけた。

「こりゃひどい」

原が呟いた。

「そうか?」

真北が、冷たく応える。

「真北さん、二発ですよ」
「二発? それだけで、生きているんだろ?」

真北はぶっきらぼうに言った。

「すごいなぁ。二発も撃つなんて、あの二人……。
 相当きていましたね。これも真子ちゃんの…」
「原ぁ…」

真北が呆れたような口調で原の名を呼ぶ。

「はい?」
「…二発・も・ではなくて、二発・しか・だ…。
 昔のあいつらだったら、あの世行きだよ」
「へっ?!?!」

原は、真北の言葉に驚いた。

「組長命令だもんな。ったく、良いのか悪いのか…」

真北は、頭をかいていた。そんな真北を見つめる原は、思う……。

そういう真北さんもでしょ?

口にしたくても、言えない言葉だが……。

二人は、パトカーに乗り、後ろの席で、震える宮山の手当てもせずに、のんびりと走っていた。
風が、札束の燃えかすを吹き飛ばした。



まさちんとくまはちは、車で帰路に向かっていた。
運転席のまさちんは、懐から銃を出して、くまはちに返した。くまはちは、宮山の血で染まったであろう手で銃を受け取り、懐にしまいこむ。

「組長に知れたら、大変だぞ、まさちん」
「俺は、キレてるんだ! くまはち、お前こそ、何もあそこまでしなくてもいいだろ?」
「俺もキレてるんだ」

二人の脳裏に真子の怒り顔が過ぎる。

「はふぅ〜…」

ため息を付く二人。

「久しぶりに浴びる血…やはりいいもんだよな」

まさちんが呟いた。
荒んだ心を持っていた昔の事を思い出しているのか、その頃に心が戻ってしまったのか、まさちんの雰囲気がいつもとは違っていた。
まさちんの醸し出す雰囲気に恐怖を感じたくまはちは、真子が五代目を襲名した頃、厚木総会に殴り込んだ後のまさちんを思い出し、そして、

「…停めろ!」

と急に叫んだ。

「あ?」

まさちんは、くまはちの言うとおり、車を路肩に停めた。

「なんだよ、急に」

驚くまさちんは、くまはちの目線を感じ、目をやった。
くまはちは、まさちんを見つめている。

「お前…。その面で、組長に会うつもりか?」
「面?」

まさちんは、ルームミラーで自分の顔を確認した。

「これといって変わったことは……」
「昔に戻ってるぞ…」
「昔?」

まさちんは、くまはちの言うことが理解できないのか、きょとんとしている。

「…代われ」
「ん? あ、あぁ」

くまはちは、まさちんと運転を代わった。そして、車を発車させた。

「病院に着くまでに、表情を戻しておけよ」
「…だから、どういうことだよ!」
「…ええから。組長のことばかり、考えておけ!」

くまはちは、静かに、ドスを利かせて言った。まさちんは、くまはちの言うとおり、真子の事を考え始める。

組長、元気を取り戻してるかなぁ〜。





真子は、青空よりもすっきりしたような顔で、ぺんこうと再び庭を散歩していた。
ぺんこうより前を歩き、真っ直ぐ前を見ていた。
元気な足取りの真子を見て、一安心のぺんこう。
真子が急に停まった。

「組長、どうされました?」
「……まさちんと…くまはちは?」

思い出したように、真子が言う。

「えっ? さ、さぁ。二人は、仕事でしょう」
「…仕事…かぁ。あぁ〜っ! こんなことしてられへんやん!
 駿河さんへの返事ぃ〜!!」
「大丈夫でしょう。水木さんが任されてるんですよね?」
「うん。水木さん、やる気満々だったから…。って…」

真子は、何かを思いだしたのか、急に焦ったような表情をした。

「…私、率先して、えらいことしてしまったよね…」
「あの場合は、仕方ありませんよ。私も同じ様なことをしていると思いますよ」
「でも…私、みんなに言っておきながら……」
「大丈夫ですよ。また、やり直せばいいんです」
「そんなもんなの?」
「そんなもんです」
「…ようし! 頑張るぞぉ! 今度こそ、やる!!」

真子は、拳を高々と振り上げて、気合いを入れていた。

「その調子ですよ!」

ぺんこうの言葉に、真子は、振り返り、とびっきりの笑顔を見せた……。
その笑顔は、つかの間の笑顔となる……。



真子の顔は引きつっていた。今にも怒りが爆発しそうな勢いだった。

「…すみません!!!」

大きな声で叫び、頭を深々と下げているのは、まさちん、くまはち…そして、ぺんこう、真北の四人だった。


ここは、真子の病室。


……宮山に鉄拳を向けた後、真子の様子を見に、病室へ戻ってきたまさちんとくまはち。服や手の汚れは綺麗に落とされていたが、まさちんとくまはちの雰囲気は、完全に戻っていなかったのだった。
その雰囲気をいち早く嗅ぎ取った真子。

「…まさかと思うけど…」

真子の恐いくらいの目つきに、まさちんは…

「…今回の事件の発端人に…鉄拳を……」
「…やっぱりね……」

静かに沸々と怒りがこみ上げているだろう真子。
そこへ、署から戻ってきた真北とぺんこう。真子が今にも怒りを爆発させそうな所へ、二人は、まさちんとくまはちの前に立ちはだかった。

「二人だけじゃありません…」
「私たちもですよ」
「真北さん、ぺんこう…二人も、やる気だったの…?」

そして、頭を下げる大人四人に、真子は…。

「いい加減に…しなさぁぁぁい!!!! よりによって、真北さんまで…!
 ぺんこうも、やる気だったって…。そりゃぁ、私も悪かったよ。私が
 みんなのそのやる気に火をつけたようなもんだよね。だからって、同じように
 することないでしょぉ!!! ったくぅ!! まさちん、くまはちを停められなかったの?
 くまはち、まさちんを停めないと駄目でしょ!! 真北さん、どうして二人を
 停めてくれなかったのぉ! ぺんこうを停めたのは、まさちんとくまはちでしょ?
 だったら、ぺんこうは、二人を停めないと駄目でしょぉ!!! 約束でしょ?
 ほんとに、いい加減にぃ〜いい加減に………」

真子は、息もつかずに一気に怒鳴った。しかし、急に静かになり、目を瞑る。

「…組長?」

真子は、目を開け、そして、安心したような顔をして、まさちん、真北、ぺんこう、くまはちを見つめた。

「……だけど、ありがとう。私の為、でしょ? ……だから、もうそんなことを
 起こさないように気を付けるから…みんながそんな気を起こさないように
 もっとしっかりするから…ね」

真子の言葉は、再び、みんなの胸に刻み込まれた。

約束を破った。それは、組長の為。
私の為に、約束を破ってまで…。

納得したものの、真子の築き上げる新たな世界は、振り出しに戻った様子…?



真子が、退院する前の日。
真子と真北が、真子愛用の病室に二人っきりで楽しく話し込んでいた。真子は、ベッドに腰を掛け、脚をブラブラとさせていた。真北が、真子の荷物をまとめていく。

「ほんとに、真北さんまでだったとは」
「組長、まだ言うんですかぁ。やめてください」
「しつこく言ってやるもん!」
「はぁふぅ〜」

真北は大きなため息を付いた。

「何よぉ、そんなため息付いてぇ」
「付きますよぉ。これからずっと言われるのかと思うと。
 明日退院ですけど、本当に体調は…」
「あの日以来元気だよ。なのに、大事を取ってって橋先生が言うからぁ。
 あの恐い顔で言われたら、はいと言うしかなかったもん」
「ははっは。そうでしょう。あいつは、昔っから、そう言う所だけは、
 折れませんからね。それより、どうなさるんですか、今年の法要は…」
「帰りたくないな。みんな、…私を怖がってるでしょ?」
「我々もですよ」

真北は、冗談交じりに言う。しかし、真子は、真剣な眼差しをしていた。

「組長?」
「…あのね、真北さん……」

真子は、そこまで言って黙ってしまった。
真子の雰囲気が、『組長』ではなく、『女の子』の雰囲気になっている。真北は、それに気が付いた。流石、長年付き合っているだけある。
真北は、真子の前にしゃがみ込み、真子を見上げるような格好をした。そして、ベッドに突いている真子の両手の上に自分の手をそっと置く。

「どうしたんですか、真子ちゃん。言って下さい」
「あのね…その……術を…かけて欲しいの…」

真子は、幼子のような感じで真北に言った。真子の言葉に驚く真北だったが、冷静に尋ねる。

「どうしてですか?」
「…また、私の本能が、目覚めて、みんなに影響しそう…。
 あれだけ、命の大切さを言ってるのに、私が、あのような
 事をしてしまったら…それこそ……。だから…お願い!」
「真子ちゃん…」

その時、真子の病室のドアが5センチほど、そっと開いた。
そこから、誰かが覗き込んでいる様子。
それは、まさちん、くまはち、えいぞう、健の四人だった。
迎えに来たものの、真子と真北の二人の世界に、なかなか入ることができずに居る四人は、こっそりと覗くようにドアを開け、タイミングを計っていたのだった。

「何してるんだよ!」

怪しげな四人に、仕事から帰る途中に、家とは反対の方向にある病院にやって来たぺんこうが、声を掛けた。

「しぃぃぃぃっ!!!!!」
「なんで?」

四人の声に、ぺんこうは、事態を把握した。
ぺんこうも同じように覗き込む。


「術をかけると言うことは、どういうことか、お解りですよね?」
「うん。自分の本能が眠っていた方が、いいと思うから」
「私が、真子ちゃんに術を掛けたのは、確かに、真子ちゃんの
 本能を恐れたからですよ。それと、能力…。それらが、結びつくことを
 恐れたからなんです。真子ちゃんはその時、まだ、自分の事を知らなかった。
 だから、必要だと思ったんですよ。でも、今は、自分で考え、そして、
 行動できるんですから。だから、私は、もう、必要ないと…」

真子は、真剣な眼差しで、真北を見つめていた。


「何しとんねん、お前ら」

次に声を掛けてきたのは、真子の診察に来た橋と道だった。
道は明日、帰る予定。帰る前に、元気になった真子の笑顔を拝みに病室へとやって来たら、五人の男が、妙な行動を……。

「しぃぃぃぃぃっ!!!」

真子の病室の前の不思議な雰囲気に驚く橋と道。

「なんで、入らへんねん」
「…入りづらいんですよ。お二人の雰囲気に…」

五人は、声を揃えて言った。
そして、橋と道も同じように真子の病室を覗き込む。
真北は、ベッドに腰を掛ける真子の前にしゃがみ込み、真子の両手をしっかりと握りしめていた。


「…本当に、もう、必要ない?」
「そうですよ」
「本当?」
「はい」
「…でも、もし、何か遭ったら…?」
「その時は、私が責任を持って……!!!」
「…真北さん?」

真北は、ドアの向こうの人影に気が付いた。
全部で七人。何やらこそこそと話している様子。真北は、そっとドアに近寄り、そして、開けた!

「どぉぅわぁ〜っ!!!!!」

急にドアが開いたので、七人が病室になだれ込むように倒れてきた。

「何やってんだ、お前らはぁ。…って橋、道先生まで?」
「ははは…ど、ども!」
「いや、その…」

それぞれが、誤魔化すような雰囲気で立ち上がった。そして、真子を見つめる。
真子は、ゆっくりと振り向いた。

「組長、大丈夫ですよ! 我々が付いてます!」

まさちん、ぺんこう、くまはち、えいぞう、そして、健が、力強く言った。真北との会話は、しっかりと聞こえていたらしい。

「組長の本能は、もう、目覚めません!」

まさちんが、確信したように言った。

「組長のことは、私がしっかりお守りいたします!」

くまはちが、力強く言った。

「笑わせますから!」

健が、優しく言った。

「俺としては、見てみたいけどな」

えいぞうが、真子の五代目の雰囲気に期待したような口調で言った。

「兄貴、それは、嫌だぁ!!」

健が、だだをこねたような感じで言う。

「…もう、解ったよね。真子ちゃん」

そう言って、真子を見つめる真北の眼差しは、とてもやわらかく、温かい。真子は、同じ様な眼差しで見つめるぺんこうに気付き、目をやった。
ぺんこうは、優しく微笑み、そして、頷いた。
その途端、

「……うん!!」

真子は、元気に頷いた。

「まさちん、くまはち、えいぞうさん、健、ぺんこう…そして、真北さん。
 …ありがとう。私、嬉しい。心強い。私、頑張るから。今まで以上に、
 がんばるから。だから、これからも、力になってね。よろしく!」

真子が微笑んだ。

「笑顔、忘れないでくださいね」

まさちんが言った。

「うん!」

真子は更に、素敵な笑顔を向けた。
真子の病室に居る誰もが、真子の笑顔を観て、心を和ませていた。

「真子ちゃん、俺、東京に戻るけど、本部に帰った時に
 何か遭ったら、いつでも頼ってくれよ」
「はい! 道先生、お世話になりました。そして、
 これからも、宜しくお願いします」

真子は、ベッドから下り、道に深々と頭を下げる。

「…ほな、退院前の診察するで」
「橋先生、お願いします」
「珍しぃ〜なぁ、真子ちゃんから、そんな言葉を…いてっ!
 …お前ぇ〜、何すんねん!!」
「組長に本音を言うなっ!」

真北が、橋に肘鉄!

「…真北さん…? 本音って、どういうことぉ〜!!!」
「うわっ! 組長!!!」
「言って良いことと悪いことあるでしょぉうがぁ!」

真子は、真北を追いかけ回していた。病室内を逃げ回る真北。そんな真北を追いかける真子。
そんな二人の様子を見つめる七人。

「…診察、必要ないだろ」

道が呟くように言った。

「そうやな…」

橋は、やれやれといった表情で頭をかく。

「組長、おやめください!!」

まさちんだけが、真北を追いかけ回す真子を止めに入っていた。

ミナミでの事件、本部での事、そして、真北に対する事件…。
それぞれの出来事に対するそれぞれの思い、考え…行動。
いろいろと遭ったけど、全てが丸く納まった。



いつもと変わらない日々………。
いろいろな感情を体験した真子は、いろんなことに吹っ切れたようで、更に張り切っていた。
勉学に、組関係の仕事に…新事業…。その中で、今まで以上に力が入っているのは、何故か組関係の仕事だった。

真子は、どんどん、この世界に染まっていくようで……。



(2006.2.9 第三部 第十二話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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