任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十三話 始まりは、いつも笑顔。



「はい、次っ!」
「組長ぅ〜〜〜少し休みましょうよぉ」
「駄目ぇ〜。これが終わったら、駿河さんとの話し合いなんだもん!
 張り切らないとぉ!」
「ですからぁ〜」
「色々とありすぎて、駿河さんには、悪いことばかりしてしまって…。
 ほんとに、申し訳ない思いでいっぱいだよぉ。あとは、事務所のほうだっけ?」
「そうですね。社員も増えたようですから」
「えっとぉ、誰だっけ」
「八太さんに、大森さんです。お二人とも、駿河さんの
 幼なじみで、その道のプロだそうです」
「駿河さんが、引き抜いたんだよね。人事も任せよう」
「組長。それは、駿河さんに悪いですよ。仕事を増やして
 しまうようなものでしょう?」
「気心知れた者同士の方が、いいでしょ? あの駿河さんが
 推す人物に、悪い人は、居ない気がする」
「そうですね。組長がそう、おっしゃるなら」

そんな会話をしながら、真子は、組関係の仕事を全てやり終えてしまった。またしても、まさちんは、感心する。

「これでは、私の出番がありませんね。引退しようかなぁ」
「…させないよ。まだまだ、たくさんあるもんねぇ〜」

真子は、悪戯っ子の様な顔をして、まさちんの前に書類を差し出した。

「じゃぁ、これ、全部今日中に仕上げててね。私は、松本さんと、水木さんと
 AYAMA社の話をしてくるからねぇ〜!! じゃぁね!」
「ご一緒します!!…って、組長、冷たいなぁ〜ったくぅ」

真子は、まさちんに後ろ手で手を振りながら、事務所を去っていった。
真子が向かう先は、三十二階。エレベータから降りた真子は、既に集まっている駿河、松本、水木の姿を見つけた。

「ごめんなさい、遅れました」
「大丈夫ですよ。まさちんから、聞いてましたから」
「まさちんから?」
「仕事で遅くなるって」
「…ったくぅ」

真子は、水木の言葉で、まさちんの気持ちを察したのか、少し照れたように頭を掻いていた。

「話は、進んだの? 駿河さん、希望通りに松本さんに
 言ってくださいね。その通りにできますから」
「ほとんど、お伝えしました。後は、真子様の事務室だけですよ」
「私の事務室????」
「社長室ですよ。必要ですから」
「…いらないって」
「駄目ですよ。この通り、見取り図できましたし」

駿河は、真子にAYAMA社の見取り図を見せた。入り口から、事務室、そして、応接室、更衣室、給湯室、真子の事務室まで完璧に描かれていた。真子は、じっくりと見て、笑顔を駿河に向ける。

「これで、いいですよ。駿河さんの案ですか?」
「まぁ、一応、松本さんの御意見も取り入れました。
 やはり、この道のプロは違いますね。きちんとなさる。
 真子様、これでよろしいんですか?」
「うん。…って、駿河さん、真子ちゃんって呼んで下さい。
 …様を付けられると…照れますから…。普通にお願いします」
「えっ、そ、それは……」

駿河は、水木に目線を送った。

「駿河さんは、我々とは違いますから。普通で構いませんよ」

水木は優しく駿河に言った。

「わかりました。では、真子ちゃん、完成パーティーは、その…
 むかいんさんのお店で、社員と顔合わせというのでどうでしょ?」
「うんうん! って、いつ?」
「そうですね、夏頃ですね。お盆前には、完成させますよ」

松本が自信満々の表情を見せる。

「わかりましたぁ。じゃぁ、それまで、いろいろと必要なものは、揃えますから」
「それも、95%終了してますよ」
「へっ?! …この一ヶ月の間に…?」
「はい」

駿河は、素晴らしい笑顔を真子に向けた。それは、これから始まる新事業への期待と真子への感謝の気持ちの現れだった。真子は、駿河の笑顔に応えるかのように、

「よろしくね!」

と素敵な笑顔で応えた。そんな真子の笑顔を観て、誰もが心を和ませる。

「それと、これ…」

駿河は、真子に封書と箱を渡した。




『真子ちゃんができれば、誰でもできるかなって…』

「そぉんなこと言ってたけど…。私、ゲーム苦手なのにぃ」

AYビルからの帰路、まさちん運転の車の中で真子が嘆く。

「大丈夫ですよ。頑張ってください!」
「まさちんも手伝ってね」
「私の方が、苦手ですよ」
「ふ〜ん。前、素晴らしい腕を見せてくれたのはぁ?」

真子は、まさちんをからかうように言った。

「明日は仕事なしです」
「へっ?」
「全て済ませました。ですから、学業の方に精を出して下さい」
「そうする。久しぶりに通学かぁ。って、私、休みの理由は?」
「病気の悪化ですよ。その…頭の…」
「そっか。それ、あまり使いたくない理由なんだけどなぁ」

真子は、サラッと言った。それは、まさちんの気持ちを考えてのことだった。

「でも、今回は……」
「それも、嫌だな。…私の不注意だったし…」
「く、組長…」
「うだぁ〜っ!! もぉ、暗くなるから、この話やめ!!
 っつーことで、まさちん、アドバイスよろしくね!」
「わかりましたよぉ」

まさちんは、なぜかふくれっ面になっていた。


家に着いた真子は、お風呂に入っていた。湯に浸かって、気持ちよさそうな顔で、少し鼻歌混じり。

「組長、理子ちゃんから、電話ですよぉ」

まさちんが、風呂場のドア越しに真子に伝えた。

「ふわぁ〜い」

真子は、風呂場に設置してある受話器を取った。

「もしもしぃ」
『…真子ぉ、また風呂かい!! ったくぅ、真子んちの
 風呂は、ホテルの風呂みたいやなぁ。電話付きなんて』
「いろいろとあるからぁ。って、昔っからそうやねんけど、
 もしかして、一般家庭は…違うん?」
『…あかん、ほんまに、真子はお嬢様やねんからぁ。
 って、元気なら、ええわ。あれから、何の連絡も無かったから、
 めっさ心配しとってん。明日、講義に出るやろぉ?』
「久しぶりになぁ。えっと、同じ講義やったっけ?」
『うん。だから、一緒に行こ! 公園で待ってるで』
「ふうぉぉぉい! ほなねぇ、お休みぃ」
『のぼせんなよぉ! お休みぃ!』

真子は、そっと受話器を置いて、再び湯に浸かった。


真子は、ほかほかの体で、お風呂から上がってきた。
Tシャツに短パン。いつもの湯上がりの姿。
真子は、冷蔵庫から、オレンジジュースを手に取り、コップに移して、リビングのソファに腰を掛けた。そして、駿河から預かったゲームの説明書を読み始める。そこへ、まさちんがやって来た。

「組長、明日は…確か…」
「午前で終わり。午後には帰ってくるから」
「理子ちゃんとご一緒ですか?」
「…うん」

真子は、説明書を読むのに必死。まさちんがそっと真子に近づいて、横から説明書を覗き込んだ。

「セッティングしましょうか?」

真子は、まさちんを見て、細かく頷いていた。
説明書を読んでも、さっぱりわかっていない真子。コンピュータのことなら、解る真子だが、同じ様なものなのに、何故、理解できなかったらしい…。

まさちんは、テレビにゲーム機を繋いだ。

「これで大丈夫でしょう」
「…テレビでやるやつなん?」
「ほへ?!」

真子は、テレビゲームの事を全く理解できなかったようだった。テレビに繋ぐのは、とても簡単。ケーブルを差し込めばいいだけなのに、何か、とても難しい繋ぎ方を考えていたようだった。
まさちんが、ソフトを入れ、テレビの画面にゲームのオープニングが映し出された。真子は、なんだか、ワクワクした表情でテレビ画面を見つめる。画面の隅に、『試作品』と現れた。

「これが、テレビゲーム?? こないだ、一平君に借りた
 ゲームとは、また違うんだね。いろいろあるんだぁ」

真子は、本当に嬉しそうな顔をしていた。そんな真子を見つめるまさちん。
出逢った頃、初めて外へ連れ出して、遊びに行った時の真子の表情と重ね合わせていた。

組長、楽しみがまた、増えましたね。



橋総合病院・橋の事務室。
橋は、デスクに向かって、ボケェ…としていた。

「暇やぁ……」

と呟くと、

「俺もやぁ」

との声が聞こえてくる。

「お前が暇な訳ないやろが」

橋は、その声の主に冷たく言った。

「そういう時もある…って。医者が暇っつーことは、事件が無いんやって」

お茶が湯飲みに注がれる音がする。

「わしにも…」
「解っとる」

そう言って、湯飲みを橋に差し出した真北。

「サンキュ」

橋はお茶をすする。

「……昔も、何度かあったよなぁ、こういうのん」

懐かしそうに、橋が言う。

「まぁな。…俺は仕事じゃなくて、喧嘩の方やったけど」
「そうやんな。だから俺は外科医になったようなもんやし」
「どっちがええねん。親父さんの跡目は?」
「おるからええ」
「さよかぁ」

軽い口調で応えた真北だった。

「最近…お前の怪我も減ったよな。歳か?」
「歳取った方が怪我も増えるんちゃうんか?」
「そりゃ、そっか。…いいや、お前の事やから、年齢と共に
 反射神経も良くなってるとか…」
「それは、解らん」
「……とか言いながら、ほんまは、真子ちゃんに強く言われたんやろ?」
「その通りや…」

真子の名前を聞いた途端、真北の表情が更に綻ぶ。

「真子ちゃんの怪我を心配するなら、お前は無茶するな…ってか?」
「ちゃう」
「ん?」
「真子ちゃんに言われた言葉はなぁ」


橋先生の腕が凄いからって、それに頼って
無茶ばかりしたら駄目っ!
橋先生の仕事が増えるでしょぉ!
それに、橋先生が心配するし………それ以上に
私が………一番心配だから……。


「…………お前のための腕なんだけどなぁ〜俺の腕は…」
「まぁなぁ」

そう言って、真北はお茶を飲み干した。

「俺の手に掛かるような無茶をするな…って事か…」
「そゆこと。軽い怪我なら自分で治療できるしなぁ」
「縫合…教えるんじゃなかったな…」
「ん? 俺にそんなに逢いたいのか?」
「真北……お前なぁ……」

こんな事言う奴じゃなかったのになぁ。

橋は、言いたい言葉をグッと飲み込んだ。

「……橋、お前…今、昔の俺は、こんな奴じゃ…とか考えたな?」
「いいや」
「いいや、考えた」
「考えてない」
「じゃぁ、思った」
「思ってない」
「思ったはずや」
「ちゃう言うてるやろぉ」
「いいや」
「ちゃうって」

……というやり取りが、長々と続く橋の事務室内。
真北は一体、何をしに来たのやら……。





「んー……むむむむむ………」

真子の眉間にしわが寄っている。

「くくくくくぅ〜……むむむむむぅ〜……。
 ……あかん……」

ゲームオーバー。
真子は、駿河から手渡された試作品のゲームに挑戦していた。午前で講義を終え、理子と寄り道もせずに、まっすぐ家に帰ってきた真子。そして、帰ってくるなり、昨日の続き。

「組長、お休みなられた方が…。昨夜もあまり
 寝ておられないでしょう?」

ゲームに夢中になっている真子の側には、くまはちが座っていた。あまりにも、ゲームに夢中になっているので、くまはちは、真子の体調を気にし始める。

「大丈夫だよぉ」
「駄目ですよ。私が真北さんに怒られるんですから」

くまはちは、思いっきり真剣な眼差しで真子を見つめ、静かに言った。真子は、くまはちを見つめ返す。

「…わかったよぉ。んで、何時?」
「四時です」
「いつの間に!!!」
「ですから、申し上げているんですよぉ」
「ごめん〜」

真子は、ゲームのコントローラーを置いて、テレビ画面を切り替えた。そして、立ち上がり、冷蔵庫へ。

「くまはちぃ、何か飲む?」
「…今は、何も」
「ほんと、くまはちって、あまり飲まないね。喉乾かないん?」
「はい」
「昔っからだよね」

真子は、オレンジジュースを手に持って、ソファに戻ってきた。

「おじさん、元気?」
「相変わらずでしたよ」
「何してるん?」
「あまり、話してくれませんので、わかりませんが、
 組長のご命令通り、のんびりしているみたいですよ」
「…命令だなんて…。おじさんには、色々とお世話になったんだもん。
 …父…だけど。私も少しだけね」

真子は、優しく微笑んでいた。

「それは、阿山家と猪熊家の…」
「聞き飽きてるぅ〜それは」
「すみません」

やはり、真子には弱いらしい…。

「ねぇ、くまはち」
「はい」
「お父様…おじさんに弱かったの?」
「えぇ、まぁ……弱いと言いますか…その……」

言いにくそうなくまはちを見つめる真子は、ちょこっと首を傾げた。

「もしかして、内緒事になってるん?」
「…私自身…親父とは、あまり話をしませんでしたので…」
「くまはち…おじさんのこと…嫌いなん?」
「そのような事は…」
「私は、お父様が嫌いだったな…」

そう言って、真子はオレンジジュースを飲み干した。

「先代は、組長のその言葉に、すごく悩んでましたよ」
「…それは、よく真北さんから聞いた」
「今頃、このような事を申し上げても、遅いと思いますが、
 組長が、私におっしゃったように、組長も、あの時…、
 先代とお話した方が、よろしかったのかもしれませんね。
 お互いの気持ちを確かめる為に。…あの時、組長が
 私におっしゃって下さった事で、私と親父の今があるんです。
 …感謝してます」
「…あの時…か…。まさちんの正体が解った…
 あの時ね…。…恐くて、何も言えなかったな…」

真子は、何かを思いだしたような表情になる。

「…話せば…よかったのかな」
「お互いの気持ちが、すれ違ったままでしょうから」

いつにない、くまはちの雰囲気。
ボディーガードの時とは、全く違う、優しさの中に、厳しさもある雰囲気。それは、真北やぺんこうが醸し出す雰囲気と同じ感じがしていた。

「子供らしくなかったもんね…、私って…」
「それには、訳があったのでしょう?」
「まぁ…ね」

暫く沈黙が続いた後、真子は大きな欠伸をした。

「やはり、お休みになられた方がよろしいですね」
「…そうするぅ」

真子は、そのままソファに寝転んでしまった。

「組長、駄目ですよ。ご自分の部屋で……」

くまはちが声を掛けても、真子は反応しない。
横になった途端、寝付いてしまったらしい。
真子を見つめるくまはちの表情が、和らぐ。

「組長。寝付きが早いのも、昔っからですね…。
 ここまでお疲れなのに、ご無理なさるからぁ」

くまはちは、自分の上着を真子にそっと掛けた。

「組長は、廃止とおっしゃりましたけど、やはり、私には…」

くまはちは、『真子に触れることができるのは、限られた者だけ』という掟のことを、未だに守っていた。
身に付いた物を簡単に投げ出すことなど、猪熊家では、許されないこと。それは、くまはちの父が、くまはちにたたき込んだ、しつけ。阿山家と猪熊家の間にある不思議な絆によるもの。真子は、そんなことに縛られるのが嫌だった。くまはちもそうだった。しかし、真子を…阿山組五代目となった真子を守ることになってからは、それが、どれだけ大切なものなのかを、改めて知った。

何があっても、真子を守る。

真子の優しさに応えるには、それしかない。


そして、夕方。
くまはちが、珍しく、台所に立っていた。

『悪い、くまはち。俺、今日遅くなるから』

むかいんから、連絡が入ったのだった。むかいんが、夕食用に用意していた食料品を使って、調理するくまはち。真子は…未だに、ソファで眠っていた。真子には、くまはちの上着ではなく、タオルケットが掛けられていた。

「仮眠程度だと思ったのに…本格寝だとは…」

未だに、真子のことを理解できないでいる自分を情けなく思うくまはち。
まだまだだなぁ。

そう呟きながら、フライパンを片手に、炒め物をしていた。

「…あちっ!!」

調理の経験はあるものの、苦手な方である。


くまはちに、料理を任せたむかいんは……。


「いただきまぁす」

大きな声が、それも、女の人の声が四人分。むかいんの店に響いていた。

「真子ちゃん、忙しそうですね」
「色々と…。それより、そちらのお二人のお話を
 聞かせていただきたいんですけど…」

賑やかな女性達と話を弾ませているのは、なんと、まさちん…。やはり、手が早いのか??

「では、葉子ちゃんから」
「えっ、そ、そんな…私……明美先輩ぃ〜!」
「だから、大丈夫だって。まさちんさんは、やくざだけど、
 葉子ちゃんが想像しているような人とは、全く違うから」
「…一体、どんなイメージを抱いてるんですか?」
「指詰め、入れ墨、恐い目つき……」
「映画の観すぎですよ。私たちは、全く違いますよ」

まさちんは、極上の笑みをしていた。そんなまさちんの笑みを観て、ひとみが、言った。

「…まさちんさん、それ、恐すぎ…」

極上の笑みをしていたはずだったが、それは、極道の笑み…??

「ひとみさん…ひどいですよぉ」
「…いいや、今のは、俺でも恐いって…」

次の料理を持ってきたむかいんが、料理をテーブルに差し出しながら言った。

「お待たせいたしました」

むかいんは、素敵な笑みをしていた。

「ありがとうございます!! って、料理長さんも、
 まさちんさんと同じ、やくざさんなんですか?」
「笑顔を絶やさないやくざですよ!」

微笑みながら、言ったむかいんだった。

「ごゆっくりどうぞ」

そう言って、厨房に戻っていった。

「むかいんさんはね、真子ちゃんの言葉を忠実に守ってるんだって。
 おいしい料理を作るには、笑顔が大切だって。笑顔を絶やさないようにってね」

ひとみが、料理に手を伸ばしながら言った。

「その…真子ちゃんって、やっぱり、…極道の女?」
「ぜんぜん違うって。絶対、観たら驚くやろなぁ」

ひとみが、極道のイメージがこびり付いている葉子に、半分からかいながら、話していた。

「…美雪ちゃんは、静かだね」
「えっ、そ、その…。恐いんです……」

まさちんは、大人しいもう一人の女性に声を掛け、その女性の言葉に、ずっこけていた。

「…やっぱり、俺って恐いんかなぁ〜」
「えっ、い、いや、その…私、知らなかったんです。
 このビルの受付の仕事は凄く魅力的に思えたから、
 試験を受けたんです。なのに、…その、やくざと関わりがあるって…その…」
「やくざとは、全く関わらないですよ。ただ、経営者が
 我々、阿山組だということですよ。よく考えて下さい。
 ビルに事務所を構えている会社は、全て一般企業ですよ。
 …それは、組長が、望んだことですから」

まさちんは、真剣な眼差しで、美雪に語りかけた。恐いと言いながらも、人の話は、ちゃんと相手の目を見て聞く美雪。まさちんの言葉を聞いて、安心したのか、やっと微笑んだ。

「俺の勝ち!」
「まさちんさん、それは、勝ちになりませんよぉ」
「なんでぇ。今のはどう見ても、俺の言葉で微笑んだ」
「…先輩、何を??」
「えっ? あぁ、そのね。美雪ちゃんが、あまり微笑まないって
 まさちんさんと話してたの。そしたら、笑顔を取り戻させる
 ことには、自信があるって、まさちんさん張り切って…」
「そういうこと」

まさちんは、優しく微笑んでいた。
美雪は、まさちんのやくざのイメージとは程遠い微笑みに、鼓動が早くなっていく。

「それより、よろしいんですか? 真子ちゃん抜きで」

明美が静かに言った。
その言葉で少し、顔が引きつったまさちん。思わず、手元のワイングラスに手を伸ばし、飲み干してしまった。

「あぁ、駄目ですよ!!! 飲酒はぁ!」
「…いや、その…、…、このことは、内緒で…」

何故か慌てるまさちん。その仕草に、緊張がほぐれたのか、葉子と美雪は、心から笑っていた。


「…ったく、人を心から笑わすことに関しては、右に出る者いないなぁ。
 腹が立つけどなっ!」
「料理長、負けず嫌いなんですからぁ」
「うるさい!」

厨房で少しふてくされているむかいん。そんなむかいんを観て、コック達は、微笑んでいた。
いつでも、どんな時でも、笑顔が絶えない厨房だった。

笑顔を忘れた者が笑顔を取り戻す。

まさちんは自信があると言ったのは、真子との長年のつき合いからだった。
それは、卵が先か、鶏が先かというように、真子の笑顔が先か、まさちんの自信が先かのようなもの。
自信があったから、真子の笑顔を取り戻すことができたのか、真子の笑顔を取り戻すことができたから、自信がついたのか…。それは、誰にもわからないが、兎に角、まさちんには、不思議な自信があるらしい。





時計は夜十一時を廻っていた。
あれから、ワインボトルを空にしたまさちんは、運転を控え、むかいんと電車で帰宅した。電車の中では、眠りこけ、足下が少しふらつきながら階段を下り、改札を通った。
最寄りの駅に着き、てくてくと歩く二人。

「むかいん、絶対に内緒だぞ」
「解ったって。これで、五十三回目やぞ」
「数えとったんかい」
「数えるよ。しつこいなぁ」
「ほんまに、内緒やからな」
「五十四回目の解った」
「絶対やぞ」
「五十五回目…もう疲れたって」
「だからぁ……」
「ええ加減にせぇよぉ。いくら俺でも怒るぞ」

まさちんは、酔っていた。
むかいんは、酔っぱらい相手に疲れ果てていた。

「遅くなりましたぁ」
「お帰りぃ〜!! って、二人一緒だったん?」
「えぇ、まぁ」

家に着いたむかいんとまさちん。出迎えたのは、真子だった。

「まさちん、熱??」
「酔ってるだけですよ」
「なんで??」
「色々と遭ったんですよ」
「色々と…?」

真子とむかいんの会話を聞き流しながら、まさちんは、何も言わずに自分の部屋へ向かっていく。そして、そのまま、ベッドに俯せになって眠ってしまった。


「珍しいね、まさちんが、酔って帰ってくるなんて」
「何かイヤなことあったんでしょうね。組長、夕食は? ぺんこうが?」
「ぺんこうは、合宿。くまはちがね…」
「くまはちが??」

むかいんは、夕食を作ったのが、くまはちだと聞いて、急いでキッチンへ走っていった。

「ちゃんと綺麗にしてるよ」
「なら、ええんやけど……って、何、それ…」
「…ほっとけって…」
「…ほっとけないって…それは…くっくっく…」

むかいんは、笑いを堪える。それもそのはず。あまり料理をしないくまはち。大切な右手に左手に、包帯が巻かれている。

「やけどに、切り傷…大変だったんだからぁ」
「組長! 内緒だと言ったではありませんかぁ!!!」
「あっ、ごめん…。でも、それは、言わなくても解るでしょ?」
「そうですね。想像が付きますよ。でも、組長、内緒事を
 話してはいけませんよぉ」
「でもぉ、話したいぃ〜!」
「組長には、内緒事しない方がよろしいですね」
「……むかいぃぃん!!!」
「うわっ! ご、ごめんなさいぃ!!!」

真子は、むかいんの胸ぐらを掴み上げていた。むかいんは、何故か両手を上げてしまった。

「…冗談だって」

真子の言葉にはドスが利いていた。

「組長、今のは、冗談になってませんよ…」

くまはちが、二人の様子を優しく見守りながら言った。

「もぉっ!!」

真子は、ふくれっ面。
そんなリビングの雰囲気をよそに、まさちんは熟睡していた。
真北が帰ってきた。

「珍しいメンバーで賑やかですね」
「お帰りぃ。お疲れさま」

真子は、笑顔で真北を迎えた。

「組長、えらい遅くまで起きておられるんですね。私が驚きましたよ」
「別にええやぁん! 明日、講義も組の仕事も休みやもん」
「昨夜も夜更かししていたでしょう?」
「まぁ…ね…」
「夕方から、先程までお休みになられていたので…!!!」

真子は、くまはちにクッションを投げつけた。くまはちは、見事にキャッチ!

「駄目ですよ、組長。今夜はもう、お休み下さい」

真北は、優しく真子に言った。

「眠くないもん」
「…組長……」
「私がお連れします!!!」
「いやぁだぁ、むかいぃぃん!!!」

むかいんは、真北の怒りの気を感じたのか、真北が怒り出す前に、真子をリビングから追い出し、そして、二階へ連れていった。

「くまはちぃ〜」

真北は、怒りの矛先をくまはちに向けた。

「すみません…何度申し上げても……」
「その手は?」
「…やけどと切り傷…」
「……お前が料理か…相変わらずやなぁ」
「ほっといてください」
「お前の親父さんは、料理も凄腕なのにな」
「むかいんが、居ますから」
「そうだよな。俺も、むかいんに任せっきりだから、
 だいぶ、鈍ってるだろうなぁ。久しぶりにやってみようか…」
「気を付けて下さいね」

くまはちは、両手を真北に振っていた。それをはじくように叩く真北。

「お前とちゃうわい」
「すみません…」


「眠くないぃ」

真子は、部屋に戻っても、未だ、嘆いていた。

「それでも、ベッドに潜って下さい。これ以上、真北さんに
 怒られたくありませんから」
「…そだね…じゃぁ、寝る。お休み。あっ。テレビやけど、
 あのままにしといてね。明日も頑張るから」
「わかりました。お休みなさいませ」
「お休みぃ」

むかいんは、真子に笑顔を向け、部屋の電気を消して、出ていった。

「…眠くないのになぁ〜」

真子は枕元の電気をつけた。
猫の形をした電気。電気の猫は、にんまりと笑っていた。


夜中。
真北が、そっと真子の部屋を覗きに来た。

「ったく…」

真子は、猫の電気をつけたまま、俯せに眠っていた。右手には、AYAMA社関係の書類を握りしめていた。
真北は、そっとその書類を真子の手から抜き、そして、猫の電気を消し、布団をかけ直す。優しい眼差しで、真子を見つめ、書類を、机の上に置いて、部屋を出ていった。
真北は自分の部屋へ戻った。
机の引き出しを開け、その中にある写真立てを手に取った。

「益々、あなたに似てきましたね」

真北は、写真の中の人物に話しかけていた。
一体、誰?



朝。
真子は、珍しくまさちんより早起きしていた。
まさちんはというと…二日酔い…。まだ、寝ていた。

「ったく、まさちんは酒弱いのにぃ」
「何があったんでしょうね。組長は、今日一日…これですね?」

真北は、テレビゲームを指さしていた。真子は、恐縮そうに頷いていた。

「長い時間は駄目ですよ。目にも悪いですから」
「わかってまぁす」

真子は、出勤前の真北を見送りに玄関までやって来た。

「組長、今日は遅くなりますので」
「またぁ〜?! 全くぅ仕事の鬼なんだから、真北さんはぁ〜。
 あんまり無理しないでよ! もう、いい年なんだから」

真北は、真子の頭を軽く叩いていった。

「痛いなぁ〜! いってらっしゃい!」
「いってきます」

真子と真北は、笑顔を交わしていた。そして、真北は、出かけていった。
これが真北の元気な姿の最後になるとは、真子は思いもしなかった。
真子は笑顔で、いつまでも真北を見送っていた。


  銀行強盗事件発生。各車、現場に急行せよ…。



(2006.2.11 第三部 第十三話 UP)



Next story (第三部 第十四話)



組員サイド任侠物語〜「第三部 光の魔の手」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.