任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十四話 入院生活中・真北春樹

橋総合病院。
橋は、外科患者が居ない為、のんびりと時を過ごしていた。

「暇やぁ………」

そう呟いて、ソファにゴロンと寝転んだ。
ドアがノックされ、看護婦が入ってきた。

「……患者か!」

爛々と輝く目で、看護婦に尋ねるが…、

「…お時間が御座いましたら、回診の時間を早めてはどうですか?」

冷たくあしらわれた。

「それもそっか。ほな」

と張り切って立ち上がる橋。
ソファの前にあるテーブルで、脛を思いっきりぶつけていた……。



回診を終え、事務室に戻ってくる橋は、回診を促した看護婦が、血相を変えて駆けてくるところに出くわした。

「ん? 何か遭ったんか?」
「銀行強盗事件で、怪我人が出たそうです」
「爆弾は、本物やったんか…」

回診の時間、患者達が廊下で話している所を耳にしていた橋。
強盗は爆弾を持っている…そういう言葉も聞いていた。

「暢気に話してる場合ちゃうんです。その怪我人は、
 真北さんですよ!!!!!」
「何っ?!? あいつ、無茶しよったんか?」
「先程、連絡がありまして、爆発する瞬間に、他の刑事達を守って、
 爆風に飛ばされたそうです。その際、ガラスの破片も飛んできて、
 突き刺さったようです」
「他の刑事は?」
「幸い、軽傷だそうです」
「そうか……それなら、真北も安心するよ」
「えっ?」

橋の言葉に驚く看護婦。
橋が、なぜ、そのような言葉を口にしたのか……。



真北を乗せた救急車が到着した。
ゆっくりとストレッチャーが降ろされる。そこには、ガラス片を胸に突き刺したままの真北が乗っていた。橋は素早く側に駆け寄った。

「橋…」

幸い、真北には意識があった。

「意識はあるんか」
「当たり前だよ。…あちこち…痛いけどな」

そう言って、苦笑いをする真北。

「そらそうやろ。爆風に飛ばされたんやろ?」

真北に話しかけながら、容態を診る橋。

「動脈は逸れてる。ガラス抜くくらいでええやろ」
「……簡単に、言うなよ……」

…そっか。お前には簡単な事だよな…。

そう思いながら、橋の目を見つめる真北。

「見た目は凄いけどな」

そう応える橋の眼差しは、真剣だった。
その目を見ただけで解る。
もしかしたら、やばいかもしれない…と考えている事が…。
真北は、痛みを堪えながら、橋の胸ぐらを掴む。

「な、何や?!」
「組長には、知らせるな。…言うなよ…」
「知らせな、あかんやろ」
「言うな…」
「知らせる」
「…言うな……」
「いいや、知らせる」

そう言って、橋は、真北の手を自分から引き離した。

「…橋……言うなよ…」

という言い合いをしながら、真北は手術室へと直接運び込まれた。
すぐに麻酔を掛ける。その間に、橋は手術着に着替えてきた。
真北が睨んでくる…。

………な、なんだ?!

「言う…なよ」

真北が繰り返し繰り返し、橋に言ってくる。
なぜ、そこまで、真子に言っては駄目なのか。
橋はこの時、大切な何かを忘れていた。

「…って、おい、麻酔…効かへんのか?」
「効いてるはずです。真北さんの目、うつろですよ」
「ほんまやな…」

麻酔科医が言うように、真北の目は、徐々にうつろになっていく。それでも、睨み付ける眼差しは健在…。あまりにも睨んでくる為、橋は、眠りそうな真北に尋ねた。

「真北、なんで真子ちゃんに言ったらあかんのや?
 お前のこと、どう説明すればええんや?」
「言う…な……。…言う…なよ…。組長…能力を使う…だろ…。
 だから、……橋……言うな……よ」

そうだった……。

真北の言葉で、大切なことに気付いた橋。真北は、まだ、言い続けている。

「だぁ、もぉ、解った解った。言わへんから、眠れ」

その言葉に安心したのか、気が抜けたのか、真北は、すぅっと眠ってしまう。

「やっと効いたか…」

通常の三倍の麻酔を使って、やっとこさ眠りに就いた真北を観て、橋は、ふと何かを企んだ……。


手術中。
真北の表情が、ふと弛んだ。
それに気付いた橋は、助手に何かを告げた。助手は、手術室の前の様子をモニターに映し出す。

「真子ちゃんとまさちんさん、来てますね」
「……真子ちゃんの何かを感じ取ったのかよ…怖いやっちゃなぁ」

と呆れながらも、橋の手さばきは、とても素晴らしく、誰もが観ていて、うっとりとしてしまう。その手さばきには、学ぶことがとても多く含まれている。外科医を目指す者にとっては、かなり勉強になるものだった。



かなりの時間が経った。
本来なら、ガラス片を抜けば済む怪我だったが、真北の体に…………負担を掛けるように、橋は、なぜか血液を抜き取っていた。回復すれば、すぐにでも動く可能性がある。そして、真子に気を遣って、平気な表情をして動き回るだろう。
そう考えての、橋の行動。
真北に知れると、かなり厄介な事になる可能性があるが、他の医者達は、反論しなかった。
真北が無茶をして動いた時の、橋の怒りの方が、怖いので………。



手術が終わり、橋は手術室を出て行く。真子に伝える言葉を選びながら、ドアを開けた時だった。

「………なんだよぉ〜」

手術室前に集まっていた刑事達や真子が、橋に詰め寄ってきた。それに驚きながらも、橋は、真子に告げる。

「…割れて飛んできたガラスが心臓の横2センチのところに
 刺さっていたんだよ。…なんとか一命は取り留めたけど、
 ……まだ、なんとも…」

その言葉を聞いた途端、真子が小刻みに震え始めた。
まさちんが、しっかりと真子を支える。

「ICUに移ってるよ。だけど、真子ちゃんは、行かない方が良いと思う」
「…どうして?」
「真北の言葉だ」
「真北さんの…言葉?」
「病院に着いても、うわごとのように、『組長には言うな』
 って…。恐らく例のことを気にしてるんだと思うよ」
「そ、そんな…」

真子の表情は、真北が心配してることを物語っていた。

「ほら、やっぱり、使うつもりだったんだな…」
「でも…」
「ということだ。まさちん、真子ちゃんを連れて帰ってくれ」

橋は、話を切り替えた。

「かしこまりました。組長、行きますよ」

真子は、拳を握りしめ、今にも走り出しそうな気配を醸し出す。そんな真子の目の前に立ったのは、原だった。

「…原さん…」
「真子ちゃん、後は、我々と橋先生に任せて下さい」

原は、真子に優しく語りかけた。その姿は、いつもドジばかりしている原とは全く違っていた。

「これは、刑事・真北としての事故ですから」
「でも、身内の心配をするのは…当たり前でしょ? ねっ、まさちん。橋先生!」
「そうだよ、真子ちゃん。だけどね、真子ちゃんの場合は、特別なんだから。
 ほら、まさちん。真北の容態は逐一連絡するから、帰った帰った!」
「はい。組長、行きますよ」

真子は、帰りたくないという表情をひしひしとみんなに伝えていた。そんな真子の腕をしっかりと掴み、引っ張って去っていくまさちん。二人の姿が見えなくなるまで、橋達は、見送っていた。

「本当のところ、どうなんですか? 橋先生」

原が、真剣な眼差しで訴えた。

「んー……かなり長引くことになるなぁ」
「そうですか…」
「ということだから、原刑事、真北の分まで、しっかりと頼みますよ」
「は、はい…。命に別状はないということですね」
「あぁ」
「わかりました。我々は署に戻ります。先生、真北さんのこと、
 宜しくお願いいたします!! では!」

原達は、橋にしっかりと頭を下げて、去っていった。

「はふぅ〜。…あんな傷で参る奴やないことくらい、真子ちゃんも原刑事も
 解っとるはずやのになぁ〜。ま、あんな姿を目の当たりにしとったら、誰でも
 重体に…と思うやろなぁ。…わし…悪い奴やなぁ〜」

頭を掻く橋だった。




「ですから、組長!」

病院の駐車場で、真子が踵を返して、病院へと戻ってきた。その真子を、まさちんが追いかけてくる。

「うるさい!!」
「橋先生に言われたでしょう!」
「橋先生、何か隠してるって。だって、関西弁は無かったけど、
 たくさん話してたもん。絶対、何か隠してるって。真北さんが
 前に言ってたやん。橋先生は、本当に駄目な時は、何も言わないって」
「…そうでしたね…」

真子の言葉に納得したまさちんは、真子と一緒にICUに向かってドカドカと病院の廊下を歩いていく。

「使わないから…」

急に立ち止まった真子が、呟くように言った。

「組長……」

まさちんは、真子の心が痛いほど解っていた。切ない真子の言葉が、耳から離れなかった。


ICU前。
真子は、ガラス越しに真北を探していた。どこにも真北の姿は見あたらない。

「あれ?」

看護婦の一人が、真子に気が付き、近づいてきた。

「真北さんなら、真子ちゃんの病室ですよ」

真子愛用の病室は、看護婦の間でも、そう呼ばれるようになっている。

「だって、橋先生、ICUって…」
「あははは。やっぱり騙されてたのね。橋先生が、手術中
 ずっと真北さんの事を言ってましたから。 『こいつは、休ませる』ってね」
「休ませる?」
「働き過ぎの事をいつも心配なさってますから。これは良い機会だと
 嬉しそうに…ね」
「ほらぁ〜もぉ、橋先生はぁ」

真子はふくれっ面。

「ありがとうございます」
「でも、まだ、麻酔から覚めてないから、お話は無理だと思うよ」
「…側にいるだけで、安心しますので」

真子は、本当に安心した表情で愛用の病室へ向かっていった。まさちんは、看護婦に微笑み、頭を下げて、真子を追っていく。


真子愛用の病室の表札は、『真北』になっていた。ドアには、面会謝絶という札が掛かっている。そんなことはお構いなしに、真子は中へ入っていった。

真北は、点滴をして、眠っていた。その点滴の腕には、包帯が巻かれていた。頭にも包帯が巻かれている。
真子は、静かにゆっくりと真北の側に近づいた。大した傷ではないと聞いていても、やはり、真北が傷だらけでベッドに横たわる姿を観るのは、嫌だった。
まさちんが、真子に椅子を持ってきた。真子は、椅子に腰を掛け、真北の真横に座り、じっと見つめていた。

ほんの数日前でしたね…組長。

真北と真子の仲睦まじい姿を思い出したまさちんは、二人っきりにさせようと思い、そっと病室を出て行った。病室の前の廊下にある椅子に腰を掛け、病室の様子を伺っているまさちん。
そのまさちんの目つきが急に変わった。

「あちゃぁ〜。戻ってきたんかい…。てことは、ばれたか…?」
「ほんと、あんたって、ひどい医者だな! 真北さんを休ませる
 気持ちは解りますけど、組長を騙すなんて…」
「なんで戻ってきたんや?」
「組長が、橋先生、関西弁がなかったけど、たくさん話していたから、
 絶対何か隠していると言いだして、真偽を確かめるために
 戻ってきたんですよ」
「真子ちゃんは、…中か?」

まさちんは、静かに頷いた。

「どやされる前に、退散するで。真北が目覚めたら連絡宜しくなぁ」
「ご自分で確認してくださいね」

冷たく言い放つまさちん。

「つめたぁ。ほんまに冷たいわぁ〜」

ブツブツ言いながら、去っていく橋。

「…ったくぅ…」



「ちさとさん……真子ちゃん?」

真北が、目を覚ました。

その真北の目に最初に飛び込んだものは、ちさとに似てきた真子の顔。寝ぼけているため、ちさとと真子が重なって見えてしまったようだ。

「目、覚めた? 良かったぁ〜」

真子は、ホッとした。大丈夫だと言われても、真北が目を覚ますまでは、やはり心配だったのだ。真北は、突然起きあがる。

「い…痛っ……」
「だめだよ、急に起きあがったら。真北さんは、爆風で飛ばされて、
 割れたガラスは刺さるし、全身打撲の重体だったんだよ。全くぅ〜。
 ……心配したんだから…。もう、目を覚まさないかと思ったんだからっ!!!」

真子は、安堵感から、思いっきり泣き出してしまう。そんな真子をみた真北は、自分の置かれた状況を把握するのに時間がかかっていた。

「組長…ご心配をお掛けしました」

真北は、横で泣きじゃくる真子の頭を優しく撫でる。その手は、包帯が巻かれて、痛々しい。

「…ぐすっ。なんで、今更真子ちゃんなの?」
「夢…観ていたんです…。私が、阿山組と出逢った頃、そして、
 組長が生まれた頃の…ちさとさんの……」

真北は、何かを思い出したのか、哀しい顔をして天井を見つめた。

「……真北さんの心に、ずっと残っている事なんだね。
 …お母さんのこと、好きだったんだもんね、真北さん!」
「く、組長…!!」

真子の言葉に、真北は照れたように、頬を赤らめた。
真北にしては、珍しい表情。
初恋相手を前にして、照れている少年のような顔をしていた。

「…テレビで事件の報道をしていたけど、真北さん、無茶しすぎだよぉ。
 もぉ。原さんも、他の刑事さんもすごく心配してたよぉ」
「みんな、無事ですか?」

静かに真北が尋ねる。

「うん。軽い怪我で済んだみたいだよ」
「…よかった……」

真北は、何かに安心したのか、呟くようにそう言って、再び眠ってしまった。

「真北さん? …寝ちゃったんだ…。ゆっくり休んでね」

真子は、優しく言って真北を見つめる。
まさちんが、そっとドアを開けて入ってきた。

「組長、声が聞こえたんですけど、真北さん、目を覚ましたんですか?」
「気が付いて、また、眠っちゃった。…まさちん…」
「そうですね。後は、橋先生に任せて、帰りましょう」

真子が言う前に、真子の言いたいことが解ったまさちんは、先に応えた。

「うん」
「帰りに嫌味の一つでも言ってやりましょうか」
「そうだね。…橋先生の言葉も一理あるね。真北さんには、
 ゆっくり休んで欲しいもん。私の知っている限り、
 真北さん、ゆっくり休んだという事ないんじゃないかなぁ。
 仕事以外の時は、常に、私の事を考えてるみたいだし…」
「その通りですね。橋先生に、念を押しておきましょうか」
「うん」

そのように語り合いながら、真子とまさちんは、病室を出て行った。

「…言葉に、甘えようかな…」

真北は、起きていたのだった。というより、まさちんがドアを開けた時の気配で目が覚めたと言った方が正解だろう。
痛みを堪えながら、体を起こした真北。

「ふぅ〜。これは、ほんとにやばいかもな…」

真北は、自分の体のことは、自分で解っている。
ふと、病室の窓から、外を眺めた。

みんな…軽い怪我……か。
良かったよ……ほんと。
二度と、あのような思いはしたくないからさ……。

遠い昔を思い出す真北。
その目は、少し潤んでいた。



事務室でカルテをまとめていた橋の所へ、真北の血液検査結果が届く。

「ん…ありがと」

軽く礼を言った橋は、すぐにその結果を見つめる。
なぜ、血液検査をしようと思ったのか。
橋は、一つだけ疑っている事がある。
真北から耳にしたものの、信じていない部分があった。
真子は真北の子供かも知れない。
そういう疑問が…。
DNA検査もこっそりと行った橋。
真子のDNA検査結果は、何度も目にしている為、頭に入っている。
真北の検査結果は、真子とは全く違っていた。

大切な人の為に、そこまでやるなんてな……。
それにしても、こいつ……自分の弟は……。
弟…???

真子の能力に関する事を調べ始めてから、更に記憶力が良くなった。
真北の検査結果は、どこかで見たことがある。

一体どこで……。

橋は、極秘ファイルを手に取り、一人の患者の資料を取りだした。
真北の検査結果と一人の患者の検査結果を横に並べて、比べ始めた。
ほとんど一致している。

そういう…ことか…。

橋は大きく息を吐き、その結果を持って、事務所を出て行った。


橋は、真北が居る病室のドアを開けた。
ベッドに腰を掛け、窓から外を眺めている真北の姿が、そこにあった。

「あほか、お前はぁ〜。寝とかんかい!!!!」

入ってくるなり、橋は、怒鳴りつける。

「悪ぃ〜悪ぃ!」

真北が、恐縮そうに言った。
橋は、真北の体に手を添えて、真北をゆっくりと寝かしつける。

「あのなぁ、怪我したんは、ほんの三時間前やで。それやのに
 起きあがる奴がおるかぁ。ちっとは、こっちの身にもならんかい!」
「だから、悪いっつーたろが」
「…あの程度やったら、お前はくたばらんと解ってたけどな、
 かなりの重傷のふりしとけよ。この際、充分休養を取れ」
「そんなこと、してられないよ。傷がふさがれば、退院させろ」
「あかん。今すぐ、抜糸するぞ」
「…お前、それでも医者か?」
「医者や。周りにひどい奴と言われようが、医者やぁ!!」
「そうでっか」

そんなやり取りをしながらも、真北の容態を看る橋だった。

「…だけどな、ほんまに、お前、安静やぞ」
「全身打撲と、ここだけやろ?」
「そこの傷や。今はなんともなくてもな、もしかしたら…」
「まさか…残ってるのか?」
「そうや。ガラス片が残ってる可能性があるんだよ」
「…そうか…。あの刺さり方だとなぁ。可能性あるよな」
「あぁ。もっとえぐりたかったんやけどな、色々とあるからな」
「…わかったよ。お前の言うとおりにするよ。世話…かけるよ」

静かに言う真北。

「気にするな。しっかし、真子ちゃんとまさちんに思いっきり
 嫌味を言われたよぉ。ま、騙した俺も悪いけどな。
 …それより、別の事が気になるんだよ」
「別の…事? あっ。組長、能力は?」
「大丈夫だよ。真子ちゃん自身が、使わないと断言しとった」
「ありがとな…。…それで…?」
「…これやねんけどな…」

橋は、一枚の紙を真北に渡す。

「検査結果…?? これが、どうした?」
「前から思っていたんだけどな、お前らの…その…
 真子ちゃんへの態度だよ…。それでな、悪いと思いながらも、
 調べてみたんだよ。そしたら、その…な…」

真北は、橋の言葉を聞いて、気まずくなったのか、目を背けてしまった。

「まさか、真北…お前と…その……」

意を決して、橋が話そうとした時だった。

「橋先生!! 急患です!!」
「…この話は、後でじっくりとさせてもらうぞ!」

そう言って、医者魂を露わに橋は、病室を去っていった。
静かに閉まるドアを見つめる真北。

「…やばいよなぁ…」

真北は、橋からもらった検査結果用紙のある部分を見つめていた。

DNA鑑定…一致

大きなため息を吐く。

「…やばいよ……こういうこともあったか…」

そう呟いて、眠りについた。
大丈夫と言いながらも、やはり、重傷。自然と眠りについてしまう真北だった。




「眠ったか…。ま、しゃぁないやろな」

急患の手術を終え、真北の病室へ戻ってきた橋が、眠りこける真北の横に立ち、真北を見つめて呟いた。そして、真北が握りしめる検査結果の用紙を手に取る。

「まさか、一致するとは、思わなかったよ…。
 お前のあの時の態度…気になっていた。
 …本来は、違う目的で調べたんだよ…。
 その結果がこれだよ……驚いた」

橋は、更に続けた。

「昔っから変わらんからな、お前は。だけど、
 そんな大切な事を俺に言わないということは、
 探って欲しくない事なんだろな」

橋は、真北に優しい眼差しを送る。

「お前と連絡が途絶えた後…、一体何が遭ったんだよ…。
 この十五年の間に、何が遭ったのか、話してくれても…。
 俺の知らない事が……まだ、あるみたいやなぁ」

橋は、用紙を小さく折り、ポケットにしまい込んだ。そして、真北の手を布団の中に入れ、静かに病室を出て行った。

人の気配に敏感な真北は、やはり、起きていた。

「…ありがとな、橋…。その通りだよ。その事には、触れたくないんでね……」

真北は、布団を頭まですっぽりと被った。
時は夕刻を刻んでいた。夕陽が赤く、空を染めていた……。

「…退屈だな……」

そう呟いて、寝返りを打つが…、

「いてっ……」

自分の怪我のことを、すっかり忘れていた。




阿山組本部。

「真北が、怪我をしたらしいぞ」
「あの真北が?」
「長いこと入院しないと駄目らしい。一時は危篤とも…」
「一体何が?」
「ほら、先日の銀行強盗事件だよ」
「爆弾が暴発したっていう話だよな」
「その爆発から、仲間を守ったらしいよ。真北がほとんど爆風を受けたんだってよ」
「真北って、確か、昔もそうだったよな」
「あぁ。あの抗争の時にな…。運悪く、やくざ壊滅に乗り出して
 本部の前にノコノコと来るからだよな」
「あの時は、真北以外は、助からなかったんだよな」
「そうだよ。それで、阿山組と親密な関係になったっけな」
「刑事崩れのやくざと思っていたけどな。まさか…」
「そう、そのまさかだよな。そんな組織がある噂は聞いていたけどな。
 身近に居るとは、想像つかなかったよな」
「あぁ」

沈黙が続いた。
久しぶりの幹部会。真子が本部で山中と真剣勝負をしてからというもの、幹部達も、真子を恐れ、何故か幹部会を開く気にならなかったのだった。しかし、ここ数ヶ月、真北関連の事件が多すぎる。その事で、真子に影響するのではないかということで、やっとこさ開いた幹部会だったが……。

「組長から、何か連絡あったのか?」
「…先代の法要に来られるのか?」

…幹部会にはなっていない……。




橋総合病院・トレーニングルーム。
真北が、ゆっくりとした足取りでやって来た。

「真北さん、よろしいんですか?」

トレーナーの長山が、真北の姿を観て、思わず口を開く。真子が入院している時に、しょっちゅう、真子を探してやって来ていたので、顔見知りになっていた。真北は、軽く会釈をして、いろいろなマシンを動かし始めた。

「あまりきついのは、やめてくださいね。私が怒られますから」
「わかってるよ」

そう言いながらも、しっかりと体を動かし始めた。

真北の体が、かなり火照ってきた。その時、何やら、異様なオーラが漂い始めた。

「…………」

トレーニングルームの入り口に、無言で立ちつくす白衣の男…。ずかずかと中へ入ってきた。そして、マシーンで汗を流している真北の前に立ちはだかる。
真北は、その男をおそるおそる見上げた……。

「は、ははは……」

乾いた笑いをする真北。目の前に居る白衣の男こそ、あの…橋だった。

「………お前はぁ〜〜っ!!!!!!!!!」

ガラスが振動するほどの声を張り上げた橋は、真北が怪我人だというのに、襟首を掴み、ほとんど引きずるようにしてトレーニングルームを出ていった。

「こ、こえぇ〜。真子ちゃんの時よりも、こえぇ〜!!」

長山が、橋の真北への態度に驚き、恐怖を感じて震えていた。


「ちょ、ちょっとぉ、橋先生ぃ〜」

真北は、病室に連れ戻される。そして、ベッドに放り投げられ、手を押さえつけられた。無言の橋に優しく声を掛けたが、それは、橋の耳には届いていない。

「って、おい、人の話…聞いて……」

と口にした時は、既に遅し。
真北は、ベッドにくくりつけられてしまった!

「真子ちゃんも真子ちゃんなら、お前もお前だっ! 親子揃って、
 同じ事すんな! お前は、まだ、回復もしてないんだぞ!
 傷口が開いたら、どうするんだよ! 退院が長引くやろぉ〜!
 ええか! 俺がええと言うまで、そのままや。
 ……わかったなぁ?……」
「すみません……」

真北は、何故か、恐怖で縮こまる。
橋の怒りは凄かった。
…真子、まさちん、真北、そして……阿山組組員の誰よりも怖いかもしれない。
病室を出るときに、怒り任せにドアを閉めた橋。
その勢いで、壁に飾ってある額が落ちたのは言うまでもない。




「はっはっはっは!!!……はっはっはっはっはっは!
 ひぃ〜ひぃ〜! 腹が痛いぃ〜!!!」
「組長、笑いすぎです!!」
「だって、だって!!! はっはっはっはっはっは!」

大声で笑い転げているのは、真子。
真北の見舞いにやって来た真子は、ベッドにくくりつけられている真北の姿を観て、笑いが止まらなかった。そんな真子を見て、ふてくされたような顔で、真子に注意する真北だが、

「笑うなって言う方が、無理だって! ったくぅ!」

真子は、涙を流す程、笑い転げていた。

やれやれ……。

返す言葉が出てこない真北は、本当に諦めたのか、体から力を抜いた。





「…起きあがって、ゆっくりと歩くくらいならええぞ」
「はぁい」
「…素直やな」
「当たり前やろ」
「今度見つけたら、抑制だけとちゃうからな…」
「わかりました」
「それとな…例の…文献。まとめたやつを道から送ってきたよ」
「更に詳しいのか?」
「あぁ。あいつ、なんか、これに燃え始めてるみたいやしな。
 ま、その分、俺は楽やし、お前も楽になるやろ。それと…
 真子ちゃん自身はどうなんや? 大学で調べとるんか?」
「あの教授の講義に出席してるみたいだよ。まさちんから聞いた。図書館でも、
 その教授の著書を読みあさってるようだよ。だけど、進展はないみたいだ」
「ま、本人より、俺らの方が、上やろな。しかし、今回の
 真子ちゃんはえらかったな。使わないって自分から」
「そのように…し向けた」
「…お前、やっぱし、かけたんか…。真子ちゃん信用ならんのか?」
「そうじゃない…ただ…」

真北は、口を噤んでしまう。そして、話を切り替えた。

「読ませてもらうよ。道先生にお礼言っといてくれよな」
「わかってるよ。ほな、俺は行くよぉ。真子ちゃんの来る時間やろ?」
「まぁ…な」

真北は、照れたような表情になる。そして、橋は、病室を出ていった。真北は、病室にあるソファに腰をかけ、橋から受け取った書類を読み始めた。かなり詳しく書かれている。真北の眉間にしわが寄り始めた頃、真子が病室へ入ってきた。

「元気ぃ〜?!」

真北は、慌てて書類を隠す。

「組長、毎日来られなくてもいいんですよ。私はこんなに回復しましたから」
「そうだよね、ベッドにくくりつけられてないし」
「組長……」
「…少しは、私の気持ち、わかった??」
「充分わかりました。もう、入院はイヤです」
「そうでしょ? で、何を隠したん?」
「仕事です」
「もぉ〜、入院してるのに、仕事ぉ〜??? こんな時くらい、ゆっくりしてよぉ〜」
「わかりました。お言葉に甘えます」

真北はベッドに移動した。真子は、てきぱきと真北のまわりを整頓し始める。そんな真子を見た真北は、ちさとが同じように自分の世話をしていた頃を思い出していた。
真子とちさとが重なって見えた。

ちさと…さん……?

きょとんとした表情をする真北を観て、

「ん? どしたん、真北さん」

真子が尋ねた。
真子の声で我に返る。

真子ちゃん…。

「い、いいえ…その…」

言えないよな…。ちさとさんと重なったって…。

「お母さんに似てきたなぁ、って?」
「えっ?」
「よまなくても、わかるよ、真北さんの考えてることは」

真子の言葉に、少し照れ笑いをする真北。

能力を使わなくても、自分の心がわかるなんて、
組長とのつき合いも長いんだなぁ。

そう思う真北に真子は、微笑んでいた。
それは、いつも眺める写真に写る、ちさとと同じ微笑みだった。



(2006.2.13 第三部 第十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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