任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十五話 真北春樹の入院風景…?

学生食堂。
たくさんの学生が行き交う食堂だが、ある一角だけ、空間が出来ていた。
その場所から、異様なオーラが漂っている。
そこには、この学生食堂に似合わない男が座っていた。
男は、時計を見て、フゥ…と息を吐き、行き交う学生を眺めていた。

あと二十分…か…。

テーブルに肘を突き、ふてくされたような表情をするのは、まさちんだった。
まさちんは、あの事件以来、真子の講義には付いてくるようになった。
ボディーガード。
真子は、大学生になったら、ガードは必要ないと言ったものの、あの事件以降、渋々承諾した。
講義の間まで、一緒に居ることは、なんとなく、まさちんは嫌だった。その為、真子が講義の間は、こうして、色々な場所で時間を潰していた。
時間は一時間半。
いくらなんでも、たいくつである。
嫌気も差していた。…その為、醸し出すオーラが、廻りに馴染めず……。
時計を見るまさちん。

あと十分……。

そう思い、身支度を調えようとした時だった。

「あれ? まさちんさんですよね」

そんなまさちんに、声を掛けてくる学生が居た。

「ん? あぁ、寺井さんと江川さん。こんにちは」
「ここで、真子ちゃんと待ち合わせですか?今、講義中ですね」
「えぇ。90分たったら、校舎の前で待ち合わせなんですよ。
 あと10分です」
「5分くらい遅刻しても大丈夫でしょ。真子ちゃん、
 きっと、教授に質問責めするはずですからね」
「そうですか? 時間はいつも正確なんですが…」
「確か、あの講義は、真子ちゃん、教授と競い合ってるような雰囲気だって、
 他の学生に聞いたことありますよ。それに、休んでいたでしょ?
 その辺りから想像できますよ」

江川が真子の行動を全て知っているような口調でまさちんに話す。

そう言われてもなぁ……。

と思いながら時間通りに、待ち合わせの場所へと向かうまさちん。

案の定、真子は、教授を質問責めに……。そんな教授は、真子のことを気に入っている様子で、事細かく教えていく。

「教授、ありがとうございました」
「いつでも質問していいからね。待ってるよ。
 しかし、阿山さん、勉強が好きなんだね」
「はい! それでは、失礼します」

真子は元気に挨拶をして、笑顔で講義室を出ていった。



校舎の前では、まさちんが、時計を気にしながら、真子を待っていた。

「江川さんの言うとおりだな」

まさちんはそう呟きながら校舎を見上げた。真子の姿が、階段の窓越しに見えた。
何かの気配を感じたのか、まさちんは、突然、校舎内へ入っていった。

「組長! 何かありましたか?」

まさちんは、階段を駆け上がっていく。
真子の顔が見えた。

「っつ…」
「組長、まさか…!!!」

痛みで顔が歪んでいる真子を見て、まさちんは、慌てたように真子に近づく。真子の指の間から赤い物が滲み出ているのに気が付いた。

「あいつら、…撃ちやがった…」
「あいつらって…」
「…川上組の…田水と山上…」
「何?」

まさちんは、田水達が逃げたと思われる方向を観て、後を追おうと思ったが、真子の事が先だと判断し、真子を抱きかかえ、保健室へと向かっていった。


「失礼します!!」

まさちんは、保健室に駆け込み、勝手にベッドに真子を座らせ、薬を探し始めた。

「ちょ、ちょっと!!!!…真子ちゃん!!」

保健医の大東が、真子の手が赤く血で染まり、そして、脚から血が滲んでいる事に気が付いた途端、まさちんを押し退けて、薬を手にした。

「銃痕じゃないこれ! …貫通したようね。出血が止まれば大丈夫。
 橋先生に連絡して!」
「は、は、はい…」
「行かなくて大丈夫…だよ…」

真子の声は、かなり痛みを我慢していることがわかるくらい、痛々しかった。まさちんは、そんな真子に、目で訴え、そして、電話を掛けながら、外へ出ていった。
真子は、まさちんの言いたいことが解ったのか、項垂れる。

「大丈夫よ、真子ちゃん」

大東は、応急手当を終えて、真子に優しく微笑んだ。まさちんが、保健室に戻ってくる。

「組長、行きますよ」

真子は、何も言わず、首を縦に振っただけだった。まさちんは、真子の考えが解っていた。

「怒られるのには慣れてますから」

真子を安心させようと思っての言葉だったが、それが、かえって真子には不安に感じられたようだった。

「先生、ありがとうございました」
「お大事にぃ」

まさちんは、真子を抱えて保健室を出ていった。


校舎前に停めていた車の助手席に真子を乗せた。
真子が寂しそうな顔をしていることが気になるまさちんは、運転席に乗り込んだ後、真子のシートベルトを締めながら、優しく語りかける。

「…申し訳ございませんでした。私が付いていれば…。
 明日からは、講義室までご一緒致します」
「…ごめん…まさちん。まさちんが、真北さんに怒られるね…。
 ごめんね…」
「助けてくださいますか?」

その言葉で真子は、やっと顔を上げ、まさちんを見た。まさちんの眼差しは、とても温かい。その眼差しに安心したのか、真子は、にっこりと笑い、

「助けたげる!」

そう言った。

「お願いしますね。では、病院に向かいますよぉ」
「はぁい」

真子の返事は暗い……。
流石は、病院嫌いの真子。まさちんとのやり取りで元気を取り戻したかに思えたが……。


大学内の別の校舎の窓から、男が二人、まさちんの車を見送っていた。その二人は、川上組の田水と山上だった。二人は、怪しい笑みを浮かべていた。




橋総合病院。
真子は、項垂れて橋の治療を受けていた。

「二、三日入院な。真北と一緒やけど、ええか? というか
 真北の監視役になってくれへんかぁ? あいつ、未だに
 言うこと訊かんと体動かしまくっとるねんやぁ」

橋は、真子に明るく声を掛ける。

「入院…やだ…」
「そんなん言うけど、撃たれた事を周りに知られたら
 それこそ、大変なことになるやろ。真北の監視役
 っつーことで、入院にしといた方がええやろ?」
「…やだ…」
「…やだ…!」
「やだ…」
「……やだぁ!」

橋は、真子の真似をしていた。

「……橋先生……」

真子は、橋を睨んでふくれっ面になる。

「ほら、元気になった。ほな、真北んとこ行こか」

真子は、まさちんに抱えられて、今は真北が入院している愛用の病室へと向かっていった。
ドアを開けると、真北が、仁王立ちで、待ちかまえていた。まさちんは、真子をそっとベッドに座らせた。
その途端…!

「まさちんが付いていながら、どういうことだ!」

真北が怒鳴った。

「…反省してます」

まさちんは、憔悴しきっていた。

「まぁまぁ、真北さん、怒ると退院延びるよ」

真子は、何事もなかったような素振りで、真北に言った。
その真子の仕草があまりにも普段通りだったので、真北は、少し拍子抜けする。

真子ちゃん…落ち込んでいると思ったのにな…。

真北の思いは空振り。
しかし、それは、当たっていた。
真子の心は、この日の出来事で少し傷ついていたが、それを周りに悟られないように…特に真北に悟られないようにと気を遣っていた。

「しかし、なぜ、今頃?」
「そうだね。不思議だね」

真子は、何か隠していた。それを明かすと、何か途轍もない事が起こる気がして、更に不安にかられてしまいそうな為、そんなことを微塵も感じさせないように、真子は、笑顔を絶やさなかった。

「ということで、真北さん、報告まで。ほな、帰ろっか、まさちん」

真子は、ベッドから下り、ドアに向かって歩き始める。

「はい…って、駄目ですよ組長。二、三日は真北さんと一緒の病室で、
 休めと橋先生に言われたでしょう!! ったく、危うく帰るところでしたよ。
 組長ぉ〜っ!!!」
「ちぇっ、ひっかからなかったか」

真子は、舌を軽く出して、真北の横に用意されたベッドに乗り、布団に潜り込む。足を撃たれたことは、微塵も感じさせなかった…というより、感じさせないように振る舞っていた。

「組長……」

真北とまさちんには、真子の気持ちが痛いほど伝わっていた。

心配させないように、ご無理なさって…。


夜…。

「では、失礼します」
「気を付けろよぉ」

真北は、いつまでも真子のことを気にして、病室の外の廊下に居たまさちんに帰るよう、促した。
心配顔で振り返りながら去っていくまさちんを見送る真北は、まさちんの姿が見えなくなるのを確認して、病室へ戻ってきた。
真子は、痛み止めが効いているのか、あの後からずっと眠っている。
真子の布団を掛け直し、自分のベッドに腰を掛け、真子を見つめた。
真子が、寝返りを打った。その顔があまりにも無邪気だった為、真北は、思わず微笑んでしまった。

「久しぶりに眺める寝顔だなぁ。元気になるよ…」

真北は、入院してからというもの、真子の事が気になって仕方がなかったのだった。
夜遅く、家に帰れば、必ず、真子の寝顔を見ていた真北。仕事で思いっきり疲れても、真子の寝顔を見れば、疲れは吹っ飛び、明日への活力に繋がっていた。
だから、休まなくても平気だったのだ。

「橋の野郎…、解ってたんだな…」

真北は、そのまま朝を迎えた。



「…やっぱしなぁ」

橋が、そっと病室へ入ってきた途端、呟いた。二人とも寝ていると思っていたらしい。

「一晩中、眺めてたやろ」

真北は、橋の言葉に肩を震わせながら笑っていた。

「そんなに娘の寝顔を見るのって、嬉しいもんかなぁ」
「嬉しいよ」
「…俺に隠し事は、やめろよ」
「別に隠し事してないよ。あの日に全部話しただろ」
「そうだっけ?」
「あぁ。何を勘違いしてるのか知らないけどな、俺は、真子ちゃんを
 育てただけだよ。ちさとさんには指一本触れてないからな」
「なんとでも言え。で、ほんまに同じ病室でええんか?」
「気にするな」
「気にしてへん。お前は嬉しそうやしな」
「ま、まぁな…」

橋の言葉は図星だった。

「で、どうするんや?」
「まさちんが、講義の間も付きっきりになると言ってたしな。
 その言葉に甘えるとするか」
「そうしとけ。お前は、このまんま、夏近くまで入院な」
「…後一ヶ月もか…?」
「言ったやろ。ゆっくし静養せぇって」
「…そうだよぉ、真北さん」

真子が目を覚ました。

「ごめん、真子ちゃん、起こしてしもたか?」
「起きる時間でしょ? …それに、まさちんの気配が…」
「気配?」

病室のドアが開いた。そこには、まさちんが立っていた。

「ほんまや…」
「おはようございます。組長、調子は……」

まさちんが、そう声を掛けた時は、既に、真子は立ち上がり、帰り支度を始めていた。

「組長?」
「真子ちゃん…」
「何?」

真北と橋が、真子の行動に驚く。

「何しとんや?」
「帰る支度」
「二、三日入院や言うたやろ!」
「嫌だよぉ」
「組長、そんなに強引に退院しなくても…」

まさちんが、嘆くように言った。

「強引とちゃう。もう、大丈夫や。やることぎょうさんあるから。ほなぁ!」

真子は、勇ましく歩いて病室を出ていった。

「あっ、組長、待って下さい!」
「まさちん!」

真子を追いかけようとしているまさちんを真北が呼び止めた。

「はい」

振り返ったまさちんは、真北が言おうとしている言葉が解ったのか、

「…わかってます。真北さん、ごゆっくり!」

そう言って、病室を出ていった。
呆気に取られた真北は、

「…ほんとにわかってるんかなぁ」

と呟いてしまう。そして、軽く息を吐いた。
側に居た橋は、何故かくすくすと笑い始めた。

「何がおかしいんや!」
「お前の、寂しそうな顔や! …なんちゅう顔しとんねん!」

真北は、大切な物を取り上げられて、寂しそうな顔をしていた。
…取り上げられたというより、逃げられたという方が正しいかもしれないが…。




「たった一晩か……」

真北は、たいくつそうに窓から外を眺めていた。
ドアがノックされた。
客が来る事は、無いはず。不思議に思いながらも、

「どうぞぉ〜」

と招いてみた。

「こんにちはぁ。調子はどうですかぁ?」
「あれ?」

真北は、驚いた。
病室を尋ねてきたのは、交通課の婦警さんたちだった。

実は、真北は、交通課の中で、かなりの人気がある人物。
これといった出逢いはないはずなのに、なぜか人気があった。
婦警の話を聞いているうち、自分の事がかなり知られている事を不思議に思った。
真北は、それとなく婦警に尋ねてみる。
そして、証された事実とは……。




その頃……。


AYビル・真子の事務室。

「調子は、どうですか?」
「なんとか、大丈夫みたいだよ。ちゃんと歩けたでしょ?」

まさちんは、首を横に振った。

「なんでぇ〜」
「歩き方がいつもより勇ましかったですよ」
「えっ?」
「真北さんに心配掛けないようにと振る舞うのは構いませんが、私の前では、
 体調はしっかりと訴えて下さいね。ま、組長の体調は、把握してますけど」

まさちんは、自信たっぷりに真子に言った。

「ほな、この際、甘えるとするかぁ。しかし、まさちん。
 受付の新人さんといつの間に仲良しになったわけ?」
「明美さんとひとみさんが、組長の話を常にしていたので、新人のお二人が、
 組長のことを知りたいと言い出して…、それでその…むかいんの店で…五人で…」
「それ、いつのこと?」
「四月に入って…すぐです……」

まさちんは、焦っていた。

「…あの日だね? まさちんとむかいんが一緒に帰ってきたのは、いいけど、
 まさちんほろ酔いの状態だったやん。あの日か!!」
「…すみません!!!!」

真子は、ふくれっ面になってしまった。

「なんで、呼んでくれへんかったん!!」

真子は、ふくれっ面になった。

「そ、その…。組長は、お休みでしたから…その…
 そのようなことでビルまでお呼びするのはと…」
「…今夜!」
「わかりました。ひとみさんに連絡致します」
「宜しくぅ〜。で、今日は?」
「……こちらです」

真子のデスクに書類をどんどん山積みするまさちん。

「…ぎょっ……」

真子は、頭を抱えてしまった。



「だから、言ったんだよ」

夜。むかいんの店で真子、まさちん、そして、AYビル受付嬢・春野明美、夏水ひとみ、秋沢葉子、冬森美雪の四人が楽しく話し込んでいた。料理を持ってきたむかいんが、楽しく話す真子を見て、まさちんに耳打ちしていた。

「反省してるって…」
「今日は、アルコールなしな」
「解ってるよ。早く次作ってこい!」
「…お前の分はなし」
「むかいぃぃん!」

冷たい言葉を残して、厨房に入っていったむかいんの後ろ姿を、まさちんは、恨めしそうに眺めていた。

「えっ? 私たちより年下なんですか?」
「はい。今二回生です」
「見えへんやろぉ〜。真子ちゃん服装でかなり変わるでぇ」
「うるさぁ〜い!!」

真子とひとみは、おおはしゃぎ。そんな二人のやりとりを楽しく見ている葉子と美雪。上品に笑っているのは、明美だった。



真子とまさちん、そして、むかいんは、まさちんの運転する車で帰路に就いていた。

「むかいんも、ひどいな」
「まさちんに、しつこく言われましたので…。本当は、お伝えしたかったんですが…」
「次は絶対に、呼んでよね!」
「解りましたよぉ。どこに居てもお呼びしますから」

まさちんが応える。

「場所によるからね」
「ちっ…」
「…なによ、そのちってぇ〜!!!」

真子は、まさちんの脇腹をこしょばした。

「だぁから、組長! むかいん乗ってますって!」
「今回は、いいの!」
「…私は嫌ですよぉ」
「だから、やめてくださいぃ〜!!!」

まさちんの運転する車は、蛇行しながら走っていた。
危険だから、やめてください、組長!




橋総合病院。
真北は、たいくつだった。たいくつで、寂しくて仕方がない。

「……入院って、たいくつだなぁ。組長の気持ちが分かるよ」

真北はそう言って、 ふと、病室を出ていった。

橋総合病院の大きな素晴らしい素敵な庭を、真北は散歩し始めた。

「1,2,3歩。……こんなこと言ってもなぁ」

どこかで、聞いたことのある台詞???

「あそこでも行こうかな」

真北は、のんびりと歩きながら、とある場所を目指して歩いていった。

ベンチの腰を下ろした真北は、一点を見つめる。
そこは、子供達が、楽しく戯れている場所だった。入院中の子供達が、外で思いっきり遊べるようにと橋が考えた子供専用の公園となっていた。…もちろん、大人も、懐かしみながら遊んでいたりする…。

真北は空を見上げた。
あいにくの曇り空……。

「夏までには、退院したいよなぁ」

真北は、いつにないだらしなく座り、子供達を見つめていた。
その目は何かを懐かしむような雰囲気を醸し出していた。




真北は病室に戻ってきた。ドアを開けると、

「どこに行っていたんですか?」

突然声が聞こえた。
そこには、原と警察の二人が居た。

またかよぉ。

真北は、毎日のように来る仕事仲間の優しさに、嬉しさもあり、半ば、呆れもあった。

「…お前達、仕事はぁ〜」
「近くまで来たので、様子を伺いに来たまでです」
「その様子ですと、もう、ずいぶん良くなられたようですね。
 私ども、嬉しいです」
「まぁ、ね。医者が、もう少し休めとね」
「そうですよ。真北刑事、働き過ぎですから」
「真北刑事、本当に、ありがとうございました」

警察の二人が、深々と頭を下げた。

「お礼は本当に、いいんだよ。……昔の二の舞はしたくなかったからな。
 …ほんとよかったよ。お前達が、怪我で済んで。…よかった」

真北は、昔を思い出していた。阿山組壊滅に乗り出した頃の事件。
しかし、今は、こうして、仲間を守ることができた。
少しだけ、気持ちが楽になっていた。

「まだ、私たちに、任せておいてください。
 真北さんは、もっともっとお休み下さい」

警察の一人が、はっきりとした口調で言った。

「いいや、そろそろ退院したほうが、お前達の為によさそうだからな。
 俺もそろそろ現場ふっ…」
「……まだだと言ってるだろう?」

真北が急に言葉を濁したのは、橋が、病室に入ってきたからだった。橋の口調は、まだ、怖い…。

「抑制するぞぉ〜」
「恐喝だよ、それはぁ」

真北が怖々言った。

「先生、ひどいです!」

警察のもう一人が訴える。

「まぁ、それくらいひどくしとかんと、こいつは、
 昔っから、無茶ばかりしとるからなぁ」
「昔って?」
「真北さんと、橋先生は大親友なんだよ。学生の頃からでしたっけ?」

原が言った。

「こぉんな小さい頃からや」

橋は親指と人差し指で2センチくらいの幅を造って、言った。

「そんなに小さかったか? これくらいだろ?」

真北も同じように5センチくらいの幅を造った。

「ぷはっ!」
「ふっふっふっふ!」

警察の二人は、笑い出していた。

「…何がおかしいんや?」

急に笑い出した二人に尋ねる真北。

「す、すみません!! そのお二人のやり取りが
 あまりにも、おもしろくて…漫才のようで!」
「そ、そうかなぁ」

少し照れた感じで、真北は頭を掻く。
警察の二人は、真北の新たな面を発見して、嬉しい顔をしていた。


署では見せない真北の表情。
そんな真北を見ることができるということで、毎日のように真北の見舞いに来ている刑事達。
真北を心配しているのか、からかいに来ているのか。それは、定かではないが……。




「く…組長……」

真北は、低い声で怒っている。
その日の夕方、真子が真北の病室へやって来た。もちろん、まさちんも一緒だったが、気を遣っているのか、廊下で待機していた。

「な、な、なに?!」

真子は、いきなり真北が低い声で話しかけたので何か悪いことをしたのだろうかとドキドキ……。

「交通課の婦警達が、見舞いに来られた時ですけど、
 凄いことを聞きましたよ…。仕事場に遊びに来るのは
 いいんですが、なぜ、私のことを話題にしているんですか?
 それも……交通課で……」
「えっ…そ、それは……」
「真北さんの印象が、140度変わったと…」

真北は、婦警から聞いた言葉を、そのまま真子に伝える。

「それまで、仕事一筋の頑固なオヤジと思っていたけど、
 ちょっぴりドジで、優しいということを知ったと…。
 …私のことを、どのように話しているんですか…」

真北は、ため息をついた。

「どこか不思議なところがある得体の知れない人…。
 そう言われましたよぉ」

真北はふくれっ面に…。

「正直に言ったんだけど…」

真子は、真北の身の回りの世話をしながら、真北の話を聞いていた。

「……私って、頑固に見えますか?」

真子は、考え込んでいるふりをする。

「…組長……」

真北は、落ち込んだふりをした。それを見た真子は、少し慌ててしまう。

「うそうそ! 見えないよ。っていうより、真北さんは、真北さんだから、
 頑固とか、変わり者とか、怖い人とか……そんなこと思ったこと
 ないんだけどなぁ。ただ、婦警さんが
 『お父さん、家ではどんな感じ?』
 なんて聞くから、家での事を津々浦々と話しただけ…。
 真北さんって、署内では、頑固オヤジの雰囲気を
 醸し出していたんだなぁって、私の方が驚いたよぉ」
「…そうなのかなぁ」

真北は、悩んでしまった。

「だけど、真北さんは、そのままでいいんだよ。
 良きお父さん、働くお父さん。素敵だもん」

真子は、にっこりと笑っていた。
真北は、真子の笑顔を見た途端、心の中のもやが晴れたような表情をする。

「ところで、真北さん。退院はまだ先になるって?
 橋先生が、嬉しそうな顔で話していたよ」
「嬉しそうな顔って…ったく、あいつはぁ。そうなんですよ。
 検査で、まだ、ガラス片が体内に残っていることがわかったんですよ。
 残ってるか残ってないかはわかりにくかったらしいんですけどね」
「えっ? じゃぁ、手術するんだ」
「はいぃ〜。ちょっと、その……治りきっていないころに、体を動かしたので、
 その破片で体内を少し傷つけてしまったようで…」
「…私って、父親に似てるんだ。うふふ!」

真子が、入院中にじっとしていないのと同じように、真北もじっとしていられない。

血は繋がってなくても…似てくるもんなんだなぁ。

真北は、病室を出ていく真子の後ろ姿を見ながら、そう思っていた。


真子とまさちんが廊下を歩いている時、橋が二人を呼び止めた。

「橋先生、どうしたの?深刻な顔をして…。まさか、真北さん、重傷なの?」
「ん? あぁ、いや、そうやないで。術後は直ぐに退院させるからな。
 これ以上、俺の気がもたん。休め言うてるのに、休まんからなぁ。
 あいつもぉ」
「も…って、それ、私も、まさちんも入ってる?」
「もちろんや」
「橋先生の、意地悪」
「意地悪ぅ〜」
「…もう、繰り返さないですよぉ。ったくぅ」

真子は、ふくれっ面になっていた。橋も同じようにふくれっ面をした。

「兎に角、真北に心配かけんように、無茶なことはしないこと」

橋が誰かさんそっくりな口調で真子に言った。

「心得てます!」
「少しでも疲れたときは…」
「心得てますが、嫌です」
「さよかぁ…」

橋は項垂れた。

「では、これで。橋先生。宜しくお願いします」

真子は深々と頭を下げる。

「気にせんでええで。俺の趣味やし」

趣味って、橋先生……。

と言いたい言葉を飲み込むまさちん。

「気ぃつけやぁ」
「はぁい」

真子とまさちんは、去っていった。
二人の後ろ姿を見つめる橋。

真北の気持ちが、解るぞ…。
疲れが取れるよなぁ。

いつの間にか笑みを浮かべていた。



「ありゃ、ぺんこう。どしたの?」

真子とまさちんが、帰ろうと病院の玄関を出た時だった。仕事帰りのぺんこうが、向かいから歩いてきた。

「どしたのって、真北さんのお見舞いですよ」
「電車で来た?」
「えぇ」
「ほな、車で待ってるから。一緒に帰ろ!」
「お言葉に甘えて」
「…誰が、良いと言った?」

真子とぺんこうの会話に割り込んでくる男が居る…。
それは、まさちん。

「…組長と一緒に帰るんだよ。お前が運転だけどな」
「お前が運転しろ」
「お前の車だろ?」
「…乗せへんぞ……!!いてっ!」

まさちんは、真子から蹴りを喰らった。

「……もう一発、いる?」

真子は、蹴りの体勢に入っていた。

「何度蹴られても、嫌ですよ」
「あぁぁぁ!! 珍しく、反抗的やん!!」

真子は、そう言って、まさちんを蹴り始めた…が、まさちんは、全て受け止めたり、避けたりしていた。

「組長、甘いですよ。これくらいでないと…」

そう言って、ぺんこうが、まさちんに見事な回し蹴りを喰らわした。

「うわっ!!」

まさちんは、避け損ねて、まともに喰らってしまう。

「…ぺんこう、てめぇ〜!!」

まさちんは、ぺんこうを睨んでいた。ぺんこうは、まさちんを見下すような目を向ける。
今にも、修羅場か…と思われた時だった。

「ぺんこう、早く! 帰りが遅くなるから」
「そ、そうですね。組長、すぐに戻ってきますから」

真子に促されたぺんこうは、走って真北の病室へ向かっていった。


真北の病室のある階に、ぺんこうは到着する。
途中、ナースステーションの前を通り、医者の姿に気付きながらも、足早に病室へと向かっていった。


橋は、看護婦に真北の事を告げている時、視野の横をぺんこうが過ぎった事に気付いた。

ありゃ? …まさか……修羅場……か?

気になり、少し間をおいてから、真北の病室へと向かっていった。




真北の病室では……。

「また、手術なんですか」

嫌そうな、それでいて、少し心配げな雰囲気で、ぺんこうが言った。

「まぁね。それより、組長、ちゃんと寝てるんか? 少し疲れた様子だったけど」
「ですから、何度も申し上げてますように…」
「そうだったな…」

真北の病室にやって来たぺんこう。
沈黙が続いた。

「その後、どうなんだよ」

真北が、呟くように尋ねる。

「いつもと変わりませんよ。教職もですね」
「…そうか…」
「では、私は、これにて。組長が駐車場で待ってますから」
「まさちん運転の車で帰るのか? 道中、怪我なく帰る事を祈ってるよ」
「ありがとうございます。では、お大事にぃ。
 あまり、橋先生にご心配をお掛けしないようにしてくださいね」

ちょっぴり意地悪っぽく言う。

「それは、無理やな。あいつには、思いっきり心配かけさせてやる!」
「退院が延びますよ! それでは!」

ぺんこうは、微笑みながら病室を出ていくと、廊下には、橋が待っていた。

「すみません、いつもお世話になっております」
「気にするな。ぺんこうも元気そうで、なによりや」
「ありがとうございます」
「真子ちゃん、待ちくたびれとるで」
「そうですね!」

そう言って、ぺんこうは、急いで去っていった。
橋が、真北の病室へ入って来る。

「…退院延ばすぞ、ほんまに」
「やなこった。夏になる頃には、できるだろ?」
「そうやな。それまでにはな。……あのなぁ」

橋は、何か言いにくそうな顔をしていた。

「何も言うなよ」

真北は、真剣な顔で言った。

「不思議な関係なんだな、お前らは」

呆れたような顔で橋が言った。

「そういうもんだよ」
「さよか」
「あぁ…」

真北は、橋を見つめていた。橋も、真北を真剣な眼差しで見つめていた。
目で語り合う。
まるで、そんな雰囲気を醸し出していた。

「…組長達、無事に家に帰ったのかなぁ」

真北が思い出したように呟き、ため息を付く。

「はふぅ〜」
「お前も大変やな」

二人は、微笑み合っていた。


真北が心配した通り、まさちんの運転する車は、時々蛇行しながら、帰路に就いていた。中では、ドスの利いた恐い声が、飛び交い、時々、それを制止するかのように、真子の叫び声が響いていた。

「…疲れた…」

真子が後ろの座席から、運転席のまさちん、助手席のぺんこうの胸ぐらを掴み、呟いて、項垂れる。
なんとか無事に、家に着いた真子達だった……?



(2006.2.23 第三部 第十五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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