任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十六話 天地山で過ごす長〜い日々に

真子は、テレビを観ていた。まさちんは、ソファに腰を掛けて、駿河の試作品の説明書を見つめていた。

「ただいまぁ。…組長、まだ起きておられたんですか」

家に帰ってくるなり驚いくくまはち。

「お帰り。お疲れさま」
「こちらでよろしいですか?」
「うん」
「では。これらが書類です。組長のサイン待ちとなります」
「はぁい」
「それと、販売会社が決定しましたので、製造に取り掛かるそうです」
「事務所より先になっちゃったか。ま、いいか」
「駿河さんと八太さんが、製造に立ち会うとのことです」
「私はいいの?」
「お時間があれば、とおっしゃってましたけど…」
「…ないかな」
「と思いましたので、お断りしておきました」
「はぁい」

真子は、くまはちからの報告を聞きながら書類に目を通して、サインをする。

「AYAMA社関係は、これだけ? これは?」

真子は、別の書類を手に取り、目を通していた。

「組関係ですよ。まさちんにと思いましたが…」
「はい、まさちん」

真子は、書類をまさちんに手渡した。

「…本来は、組長の仕事ですよ」

まさちんは、書類をちらっと見ただけで、内容が解ったのか、すぐに真子に返そうとしたが、

「駄目。私は、これから、これ」

とまさちんの手から、試作品の説明書を取り上げた。

「…わかりましたよ……ったく…………」

まさちんは、ブツブツ言いながら、書類に目を通し始めた。真子は、テレビの画面をゲーム画面に切り替え、続きを始めた。

「組長、まだ終わってないんですか?」

くまはちが尋ねる。

「そうなのよぉ。あと少しなんだけどね」
「あの場面はクリアですか?」

くまはちが、画面に見入る。

「うん。なんとかね」

真子とくまはちは、画面に夢中になっていく。その横で、まさちんは、書類を見ながら、眉間にしわを寄せていた。



「すごい!! 流石やね」
「いいえ。それほどでも」
「やっぱし、実戦経験あると違うんだ…」

真子とくまはちは、いつの間にかゲームを交代していた。真子が苦戦していた場面を、くまはちが、いとも簡単にクリアしてしまった。

「そこも、お願い!」
「はい」

くまはちは、ゲームに夢中。



「もうすぐですよ。組長…組長??」

くまはちは、隣に座る真子を見た。
真子は、いつの間にか眠ってしまっていた。
まさちんが、目線を書類から真子へ移す。真子は、くまはちの肩にもたれかかるように眠っているのを見て、

「…完全に寝入ってるな」

まさちんが、優しく言った。

「俺、動かない方がいいか?」
「部屋に連れていくよ」
「…悪い……あっ…」
「やっぱり無理なさってるんだな。寂しがって…」

真子は、くまはちの服の裾をギュッと握りしめている。
真子が、誰かの服を握りしめて眠るときは、必ずと言って良いほど、寂しがっている時だった。

「仕方ないやろ。真北さんが…なぁ」
「もうすぐ退院なのにな。でも、こんなに長く家に帰らないのは、
 ここでは、初めてだよな」

まさちんが、真子の手をくまはちの服からそっと放しながら、言った。

「真北さん、かなり長い間留守になっていた時期もあったけど、
 組長…このような事無かったのにな…」
「そうなのか? あの時は…」
「…お前の事が心配で、寂しさを忘れていたかもな」

くまはちの言葉で、まさちんは苦笑い。

「…これも、今の生活が、そう感じさせるのかな…」
「組長の望む生活なんだろうか…」
「わからんなぁ」

まさちんは、真子を抱きかかえる。真子は、寝ぼけながらも、まさちんの首に腕を回してしがみついていた。

「ったく、組長はぁ。昔と変わらないんだからぁ」

まさちんは、兄のように優しく微笑んでいた。

「いつまでも、子供だな」
「組長が聞いたら怒るぞ」
「そうだな」

まさちんは、リビングを出ていった。くまはちは、そのままゲームを続けていた。


朝。
真子が、リビングに降りてきた。

「おっはよぉ〜っ」

真子が元気に朝の挨拶を…。

「……あのね……」

リビングには、くまはちだけでなく、まさちん、ぺんこう、むかいんの四人が、より固まってテレビ画面を見つめていた。リビングに入ってきた真子に振り返った四人の目……。

「真っ赤な目をして、クマ作って…」
「エンディングですよ」

くまはちが、画面を指さしながら、真子に言った。

「あっ! ほんとや!! すごぉい。誰が?」

四人が一斉に手を挙げた。

「…四人がかりで…?…そんなん、私にはできへんやん」

四人は、真子の言葉に頷き、そして、一斉に横たわった。

「きゃぁ!! どしたん?? みんなして!!」

真子、大慌て!?



そして、真子が朝食を作る。

「でけたよぉ!」
「ふわぁい…」

男四人、寝ぼけたような声で返事をして、食卓についた。

「ったくぅ、くまはちが、続きをしてるかと思ったら、
 まさちん、あれから書類は仕上げたん?
 むかいん、今朝は、準備しなくて大丈夫なん?
 ぺんこう…遅刻するよ? ほんとにもぉ」

真子の言葉を聞いているのかいないのか、四人は、だらだらとご飯を食べていた。
そんな様子に真子が切れた?!

「だらだらしない!!」
「すみません!!」

シャキッとした返事だった…。





橋総合病院。
真北が、目を覚ました。

「…病室か…。……あいつぅ〜〜ぅ〜!!」

真北は、自分がベッドに抑制されていることに気が付いた。

「ちぇっ!」

二度目の手術も無事に終え、真北は目が覚めた途端、起きて退院しようと思っていたが、橋には、その事がお見通しだったようだ。
真北は諦めて、じっとしていた。



AYビル・真子の事務室。
まさちんは、真子の事務室の入ってきたが、デスクに『仮眠中』と立て札が掲げてあることに気が付き、そっと奥の部屋を覗き込んだ。
しかし、慌ててドアを閉めた。

「…ったく……」

まさちんの顔は赤くなっていた。
あまりにも色っぽい格好で真子は眠っていたのだった。
まさちんは、頭を振って、真子の寝姿をかき消そうとする。…が、それは、なかなか消すことができないようで……。
まさちんは、仕事に没頭し始めた。



「あれ、まさちん、どしたん」
「いいえ、何も」

まさちんは、はきはきと応えていた。

「これで終了です」
「ほな、私の分なし?」
「はい」
「そっか。ありがと。…ほな、昼から暇になるからぁ、
 図書館、行きたいなぁ」
「わかりました」

まさちんは、仕事を終え、片づけ始めた。そして、真子とまさちんは、AYビルを出て、電車で大学へ向かって行った。

「やっぱし、まさちんも図書館入る?」
「そうですね。久しぶりに勉学に励むとしますか」
「どしたん? 何か変やで、まさちん」
「そうですか? いつもと変わらないと思いますが…」
「真北さん、手術終わったかなぁ」
「この時間ですと、目を覚ましている頃でしょう」
「絶対、抑制されてるよね」
「えぇ。そうでもしないと、橋先生が大変でしょうから」
「そうやなぁ」



その頃、真北は、回診に来た橋を睨んでいた。

「しゃぁないやろぉ。それに気が付くっちゅーことは、
 起きあがろうとしたんやろが」
「…まぁなぁ」
「ま、お前の顔色見てたら、大丈夫やろ。外したるわい」

橋は、渋々、真北の抑制を解いた。真北は、直ぐに起きあがり、少し体を動かしてみた。

「大丈夫やな」

橋は、安心した顔をしていた。

「世話になったな」
「って、退院は、まだやぞ」
「わかってるって。しっかし、俺、こんなに休んでいて
 ちゃんと復帰できるのかなぁ」
「難しいなぁ。体力かなり劣ったやろ」
「そうかもな」
「それより、…真子ちゃんの能力やけどな…」
「今のところ、使うことはないやろ。世間も安全だろうし」
「そうか?」
「組の連中から、連絡ないしな」
「…みんな遠慮してるだけとちゃうんか? 真子ちゃん命令で」
「……」

橋の言葉に、真北は無言……。

「…やっぱし、鈍っとるんちゃうか。休ませすぎたか」
「…かもな……はふぅぅ〜〜」

真北は大きなため息をついた。

「退院は?」
「抜糸後」
「延ばすなよ」
「延ばさへんって」
「明日から、体を動かしてもいいんか?」
「あぁ。激しいやつはあかんで」
「わかってるよ」
「ほな、またな。今日は一日、外に出るなよ」
「わかりましたぁ。橋先生」

橋は、苦笑いをしながら、病室を出ていった。
真北は、窓を開ける。清々しい風が病室へ吹き込んできた。

「いい風だなぁ」

その表情は、すごく和んでいた。



夕方。
真子とまさちんが、橋総合病院にやって来た。そして、直ぐに真北の病室へ向かっていく。

「こんちわぁ」

真子が病室へ入っていく。まさちんは、廊下で待っていた。

「あれ? ぺんこう、早いね」

病室には、ぺんこうが既に来ていた。

「今日は、午前で終わりましたから」
「ぺんこうから、聞きましたよ。今朝の武勇伝」
「武勇伝って…そんなにすごかった?」
「それは、もう。私も迂闊でした…」

ぺんこうは恐縮そうに頭を掻く。

「でも、ぺんこうは、ゲームを夜通ししてたんと違ってんやろ?
 明け方まで仕事してて、リビングに入ったら、くまはちとまさちんが、
 ゲームしてたってそんなとこでしょ?」
「ま、はぁ」

ぺんこうは、誤魔化したように返事をした。

俺も、夜通しやったけどな…。

ぺんこうから一部始終聞いていた真北は、笑いを堪えて俯いていた。

「真北さん、気分悪い? 大丈夫?」

真子は、真北が俯いたことで、気分が悪くなっていると勘違いする。

「あっ、いいえ、大丈夫です」

その声は、ちょっぴり震えている。

「ほんと? 無理してない? 術後でしょ?」

真子は、すごく心配顔になっていた。

「大丈夫ですから。ご心配なく。明日からは、思いっきり
 体を動かしてもいいと、奴から許可いただきました」
「じゃぁ、退院も近いね」
「梅雨明けだそうですよ」
「…そんなに?」
「体力を回復させないと、直ぐに現場復帰できませんから」
「ったくぅ。仕事好きなんだからぁ」

少しふくれっ面になる真子。

「それは、昔っからですよ」

ぺんこうは、真北の何かを知っているかのような口振りで真子に言った。

「そうなんだ。幼い頃に、真北さんの仕事っぷりを見た記憶ないからなぁ。
 しかし、ほんと二人は、長い付き合いみたいな雰囲気あるんだね」
「えっ?」

真北とぺんこうは、真子の言葉に驚いた。

ばれてないよな…。

真北とぺんこうは、お互い顔を見合わせる。

「そろそろ帰らないと!!!」

真子は、時計を見て立ち上がった。

「組長、私は、この通り、元気になりましたから、
 毎日来られなくてもいいですよ。
 新事業に、勉学にといろいろと忙しいでしょうから」
「私が寂しいやん」

真北は、真子の言葉に驚く。そして、徐々に目が潤み出す。

「…いじめる相手がいないとか、言わないで下さいね」

ぺんこうが、何かを思いだしたように言った。

「…それは、ぺんこうだけ!」
「さよですかぁ」

ぺんこうは、真子の頬を軽くつねった。

「やったなぁ〜!」

真子は、ぺんこうに仕返しをする。
真子とぺんこうは、頬のつねり合いを始めた。そんな二人を見つめる真北は、呆れたような顔をして、ため息をついた。

「少しは、大人らしくして下さいね…組長…」
「べぇ〜!」

真子は真北にあっかんべぇ…。

「はぁふぅぅぅぅ〜〜」

真北は、思いっきり肩の力が抜けたように項垂れる。
ぺんこうは、そんな二人を見て、優しく微笑んでいた。


廊下では、病室の明るい雰囲気に、ふてくされているまさちんが、座り込んでいた。
思いっきり『やくざ』な雰囲気で……。



帰りの車は……(前日と同じ。………。)




真北は、体力回復に向けて、廊下を歩いていた。

「もうすぐ退院してもええころやろなぁ。…ん?」

真北は、ふと目線を感じ、その方向へ目をやった。
そこには、真北を見つめ、不気味な笑みを浮かべている男が居た。

「…川上…?」

川上組の川上だった。川上は、真北をしばらく見つめ、そして、すっと去っていった。
その後ろ姿に、真北は何かを感じていた。

「川上も…入院か? …まさか…なぁ」

そう考えること自体、真北自身の勘が鈍っているのだが…。





梅雨が明けた。

「長ぁぁぁいこと世話になったなぁ」
「やっと退院かい。ほんまに、長引かせよってからに」
「長引かせたのは、お前やろ!」
「…もっと長引かせたろか?」
「やめてくれ!」

真北の退院の日。手続きを終えても尚、橋と二人で漫才状態の真北。そんな二人を見て、今にも抱腹絶倒しそうな真子。

「もぉ、帰るでぇ、真北さん。いつまで漫才するん?」
「…帰ります」
「いつでも来いよぉ。待ってるでぇ」
「待たんでええ!」
「…だからぁ…」

そんな感じで、なかなか帰路につけない真子達だった。


真子の自宅。
夜中。久しぶりに、自宅でくつろいでいる真北は、真子の部屋をそっと覗き込む。
真子は、すやすやと眠っていた。

「元に戻ったかぁ。これから、毎日…」

真北は、嬉しそうな顔をして、自分の部屋へ戻っていった。



真子にとって魔の夏がやって来た。
ところが、その真子は、この年の夏は………。


「戻らないって、言ってるんですよ」

なんとなく、寂しそうに言う真北。

「そうなんやぁ。ったくぅ。折角遊びに来たっつーのにぃ」
「理子ちゃん、悪いね」
「ええよぉ。真北のおじさん、気にせんといて。でも、天地山に行く時は、
 連れてって欲しいなぁ。うちもまた、行きたいもん」
「私もですよ。でも、仕事の方が…たまりまくって…」

真北は、ため息を付く。

「おじさん、大けがで入院してた間、誰もおじさんの
 仕事してくれてへんかったんや。あかんなぁ。刑事もぉ」
「あいつら、俺が居なかったら、さぼるさぼる…。
 あっちでも、こっちでも、悩むことだらけですよぉ」

真北は、本当に参っているようだった。

真子は、サークル仲間の海への誘いを断って、山に行っていた。もちろん、天地山。夏の天地山もすばらしいことを知った真子は、気分転換を兼ねて、天地山でのんびりしまくっていた。

「ったく、組長にも困りましたよ。AYAMAの仕事も、
 組の仕事もほったらかしで…。くまはちに任せっきりで」
「真北のおじさん、前から気になっていたんやけど、
 なんで、真子、海やプールに泳ぎに行こうって誘っても
 かたくなに断るんかなぁって」
「あぁ。それは、温泉以外に水に浸かったことがないんですよ」
「はぁ?!」
「幼い頃、本部に閉じこもりっきりで、外に出たことなかったでしょう。
 水辺は危険だと申していたので、それで、水に触れる機会も減っていたので」
「スポーツ万能の真子でも、泳げないん?」
「だと思いますよ。温泉で泳ぐことなんて考えてないでしょうし」
「そう言えば、真子の水着姿、見たことない…。体育の授業も、見学やった…」
「…というより…夏は、組長にとって、魔の時期ですから…」

真北と理子は、夏に真子の身辺で起こった出来事を色々と思い出しているのか、急に無口になった。

「…なるほど……」

理子は、納得したように返事をする。

「でも、真子の水着姿、見たいでしょ?」

真北は、理子の言葉に絶句……。

確かに……。




その頃の天地山…。
まさちんは、自分の部屋のベッドに横たわっていた。

「ったく、組長の攻撃には…参った…」

天地山のてっぺんで、ワインボトルを空にし、ほろ酔い気分でじゃれ合った真子とまさちん。
その時の真子の攻撃は、口づけ……。

「目、醒めたかぁ」

まさが、まさちんの部屋に入ってきた。

「組長は?」
「お嬢様は、熟睡だよ」
「ほろ酔いだったもんなぁ」
「ったく、二人して。アルコールには弱いやろがぁ」
「すすめられるまま、気の向くまま…」
「そんなことやから、お嬢様に、あんな攻撃されるんだよ」
「知ってたんか?」
「お嬢様が言ってたよ」
「そうか……はふぅ〜」
「お前らしくないなぁ」
「何が?」
「お前の手の早さくらい、知ってるよ。有名だもんな」
「有名って…」
「先代も気にしていたもんなぁ」
「…まじかよ」
「あぁ。いつ、お嬢様に手をつけるかって…。だから、
 真北さんが、あぁなのかなぁ」
「あぁって?」
「まるで、自分の娘のように…ね。気をつけないと、
 真北さんの鉄拳もらうぞ」
「あれは、いらないなぁ」
「きついもんなぁ」
「あぁ」

まさとまさちんは、この時、初めて意見が一致したような雰囲気を感じていた。

「お嬢様も、大人だからなぁ。いつまでも無邪気だけど」

まさは、優しい口調で言った。

「このところ、益々、無邪気さに磨きがかかってるよ」
「仕方ないだろ。子供の頃に、子供らしくしてなかったから、
 その反動が、今、やって来てるんだからなぁ」
「…でも、大人顔負けの時もあるよ」
「その辺りが、不思議なところなんだろうな」
「…でぇ、何しに来た?」
「…薬」

まさは、二日酔い用の薬をまさちんに手渡した。

「前から不思議に思ってたけど、お前、免許持ってないやろ?
 なのに、医薬品はどうやって手に入れてるんや?」
「…持ってるよ」
「へ?!」
「真北さんの特別な計らいだよぉ」

まさは、まさちんに後ろ手を振りながら部屋を出ていった。

「なるほど、例の仕事関係か…。……で? どういう事?」

まさちんは、悩む。
なぜ、医者でもない原田が、医療関係の器具や医薬品を持っているのか。
真北さん関係の仕事で入手可能ってことは、…???

悩んでいるうちに、寝入ってしまったまさちんだった。


ここ数ヶ月、平穏な日々を過ごしている阿山組。
身の危険が迫りつつあることに、気が付くのは、まだ先だった。

「阿山真子の…特殊能力か…。傷を治す……」

川上組の川上が、どこかの建物の屋上から、真剣な眼差しで街並みを見下ろしながら、呟いた。
この屋上、見覚えがある…。一体、どこ…?





「組長、勉強は??」
「なしぃ」
「組の仕事はぁ!」
「くまはちの連絡待ちぃ」
「そろそろ帰らないと、真北さんに怒られますよ」
「九月いっぱいまで、休みだもん。いいでしょ? まささん」

そう言って、真子はかわいらしく首を傾げる。
天地山の頂上で、毎日毎日一日中過ごす真子。そんな真子に付き合うようにまさちんも過ごしていた。
そんな二人に伝言を伝えに来たまさだが、真子の仕草に負け…ると思われたが、強く出る。

「真北さんからの伝言ですよ」
「…そんなこと言われてもなぁ」

真子は、ふくれっ面になっていた。

「私は、お嬢様がこちらに居られる事は、構わないんですが、
 怒られるのは…」

真子は、まさの言葉に対して、まさちんを指さした。

「そうですけどね…お嬢様、真北さんに声でも聞かせてあげてはいかがですか?」
「…そだね。今夜、電話でもすっかぁ」

そう言って、真子は、大の字に寝転んだ。
そんな真子を優しい眼差しで見つめるまさ。

「雪が降ってきた時には、お戻り下さい」

真子に声を掛けて去っていった。


夜。

「はぁい…そうします…」

真北に電話を掛けた真子は、がっかりした様子で受話器を置いた。

「どうされました?」
「怒られた…」
「そうでしょう? だから、帰ろうと…」
「まささんの事も考えろって…。私は休みでも、まささんは
 私が来ることで仕事の量が増えるだろうって…」
「……真北さんも言っていいことと悪いことがあるのになぁ」

まさちんが、怒った口調で言った。

「明日帰る…」
「私は、一向に構わないんですけど…」

二人の側に居たまさが、呟くように言った。

「夏は、お客様も少なくて、仕事の量も減りますから。
 ですから、お嬢様にこうして、夏の天地山をお薦めしていたんですよ」
「そうだったんだぁ。…ということは、冬は忙しい?」
「まぁ、それなりに…ですけど、私には全く負担は
 掛かってませんよ。九月いっぱいまで、どうぞ」

まさの言葉に、真子の眼差しが爛々と輝き始める。

これは、まさか…。

と、まさちんが思った通り、

「じゃぁ、その言葉に甘える!!! まさちん、一人で帰ってね。
 組の仕事、よろしくぅ」

という真子の言葉……。

「…あのね、組長!」

まさちんは、いつものじゃれ合いのつもりで、真子の襟首を掴もうと手を伸ばした。しかし、その手を阻止される。
まさだった。

「お嬢様の襟首を掴むとは、ほんとに…」
「こうでもせな、組長は…!!! うわぁ!」

まさの蹴りが、まさちんの腹部に見事に決まる。

「おぉぉ!!! すごいすごい!!」

真子は、手を叩いて喜んでいた。

「組長、喜んでる場合じゃないですよ!! こいつ、手加減なしですよ」
「まささんは、私の味方だもん」
「…二対一ですか…。そうなら、こちらも手加減しませんよ!」

まさちんは、そう言って、まさに向かって回し蹴りをした。
まさは、軽く避けていた。
しかし、まさちんは、着地させたその脚で、再び蹴りを入れた。
見事に決まる。

「ふぅ〜。…って、あれれ?」

まさちんは、目を疑った。
蹴りを喰らわしたまさに、駆け寄る真子を見たからだった。

「ひどぉ。素人さんに、本気になってるんだもん…」
「いや、その、組長、素人って、まさは…その…」
「支配人でしょぉ。もぉ、まさちん、手加減しないとぉ。
 まささん、大丈夫?? 起きることできる??」
「これくらいは、大丈夫ですよ、お嬢様…。いてて…」
「ごめんなさい…。まさちん、手加減を知らないから…」
「っちぇっ。なんだよぉ」

まさちんは、ふてくされていた。




「お前なぁ、芝居もええ加減にせぇよぉ」

まさの事務室に残ったまさちんが、まさに突っかかる。真子は、休憩を取っているかおり達と遊びに外へ出ていた。

「あれは、予測できなかったんだよ。不覚だった…」
「ほぉ、お前でも、そんなことあるんかぁ。知らんかったわい」
「鈍ってきただけかなぁ」
「鈍らな、あかんやろ」
「そうかなぁ…」
「支配人が、喧嘩に強くてどうするんだよ」
「それもそうだけどな…」

まさは、頭を掻いていた。

「で、ここんとこ、安心なのか?」

まさは、組関係の事を気にしているのか、それとなく尋ねていた。

「いいや、全く」
「いいのか? お嬢様に言わなくても」
「抗争までには発展しないだろうからな」
「ほんと、変わったなぁ、その世界も」
「これも、組長の力…だよ」
「でも、俺が脚を洗わなかったら、どうなっていたかな」
「……それは、さっき以上の蹴りをお見舞いしてるとこだろな」

二人は、睨み合っていた。

「しかし、いつになったら、組長には、普通の暮らしを
 満喫してもらえるんだろうなぁ」

まさちんは、ソファにふんぞり返る。

「疲れたんか?」
「いいや。ただ、…あの笑顔を失いたくないだけだよ」
「…それは、お前だけとは違うよ。お嬢様に関わる者
 全てが思っていることだよ」
「…そうだよな」
「あぁ」

沈黙が続く。
二人が真剣な話をしている頃、真子は、かおりたちと羽目を外したように遊んでいた。
まさの監視が無いからなのだろうか……?




本部では、真子が帰ってくるものだと思い準備していたが、それは、空振りに終わった。内心、ホッとしているのか、気の抜けた表情をしている組員達。

「東北からの連絡が、途絶えました」
「…なに?」

北野が、山中にそっと伝える。

「千本松組との抗争以来、不穏な動きをしてましたから、
 恐らく、何かを企んでいるかと…。それと、九州地方の
 勢力図もかなり変化したようです」
「…桜島組が、あぁなったからなぁ。トップを争うかと
 思っていたが…その通りになったな。さぁて、
 どうしたもんかな。両方から責められると、厄介だぞ」
「手を…打っておきましょうか?」
「……そうだな。密かにだぞ。誰にもばれないようにな」
「はっ」

北野は、素早くその場を去っていった。
暫くして山中は、電話に手を伸ばす。そして、何処かへ連絡を入れた。

「山中です。実は、手をお貸り願いたく……」
『…私は、隠居の身ですよ。そんな私にという事は、
 それなりの危険が迫りつつあるんですね』
「…はい。申し訳ございません。でもこの様な事態には、
 あなたの力が必要です…。先代のガードであった猪熊さん、
 あなたのお力が…。もちろん、五代目には、内緒で…」
『ったく、知りませんよ、山中さん。五代目にばれると
 また、あなたも恐い思いをしなければならないんですから』
「…覚悟はできてますよ」
『……内容は?』

山中が電話をかけた相手。
その名前と先代のガードという内容から、猪熊とは、くまはちの父親だと想像できる。
しかし、今は、隠居の身のはず。
そんなくまはちの父に相談事を持ちかける山中は、一体、何を考えているのか…。





九月になった。
それでも、真子は、天地山でくつろぎまくっていた。しかし、まさちんは、既に大阪へ帰っていた。そんなまさちんは……。

「お盆だけやと言っとったのにぃ。未だ帰らないって?」
「はい…」
「組の仕事は、くまはちに任せっきりで…。AYAMA社は始動したものの、
 すっかり駿河さんに任せっきり。組長は、一体何を考えているんだよ!」
「何も……」
「うくぅ〜!!! ったくぅ!!! もぉ!!!」

真北は、何故か怒りをまさちんにぶつけていた。
怒りというより、禁断症状に近い雰囲気だった。

組長に会えないからって、何も俺に……。

まさちんは、とばっちりを受けていた。


「なんで、俺にだよぉ」

まさちんは、リビングでくつろいでいた時に、風呂から上がってきたぺんこうに愚痴っていた。

「しゃぁないやろ。お前がおらん間、俺が受けてたぞ」
「今まで、そんなことなかったよなぁ」
「あぁ。なかった」
「怪我の後遺症か?」
「…可能性はあるな…」
「真北さんらしくないよな」
「だよな…」

ぺんこうとまさちんは、顔を見合わせて、ため息をついた。そこへ、くまはちとむかいんが帰ってきた。

「お帰りぃ」
「ただいまぁ。って、組長は、未だ?」

まさちんは、頷いた。その返事と同時に、くまはちとむかいんは、肩の力を落としてしまった。

「なんや、お前らまで。…まさか…」
「そのまさかだよ!」

くまはちとむかいんが呆れたように言った。

「やっぱり、後遺症やでぇ。橋先生に相談やな」



次の日。
橋総合病院には、まさちんとくまはちが、橋の事務室に来ていた。

「後遺症ねぇ。禁断症状の間違いとちゃうか」
「禁断症状??」
「あぁ、今まで、毎日のように真子ちゃんを見てたんやろ。
 なのに、入院生活のたいくつさから、真子ちゃんのことばかりを考えて、
 それが、いつのまにか、暗示をかける状態になっていた。それで、禁断症状に……」
「治るんですか?」
「そりゃ、真子ちゃんに逢えば、治るやろ」
「そうですけど…組長は、九月いっぱい帰らないと…」
「だったら、毎日我慢するしかないな。…おっと、そろそろ来るぞ。
 奥にでも隠れておくか?」
「来るって?」
「真北が定期検査に来る時間や。あいつ、正確やからな」
「では、奥に隠れておきます」

まさちんとくまはちが、橋の事務所の奥にある小さな部屋(橋の仮眠室)に身を潜めるように隠れた。その直後に、真北がやって来た。
橋は、何事もなかったように応対する。

「時間通りやなぁ」
「…実はな…。可笑しいんだよ…」
「可笑しいって?」
「…組長に会えないと思うと…苛立つんだよ…。今までそんなこと
 なかったのになぁ。…まさちんやくまはち、ぺんこう、むかいんに
 八つ当たりしてしまうんだよぉ。自分を抑えきれないんだ…。
 …後遺症か? …それとも、…禁断症状? どう思う?橋ぃ」

真北は、かなり悩んでいる様子。

自覚症状あるんだな…。

と思いながらも、

「珍しいな、お前が、そんなことになるなんてな」

平静を装って言った。

「…それも、お前が、あんなこと調べるからだよ」
「気になるんか? 事実やのに」
「忘れてたことなんだよ」
「本当の事を話せば楽になるかもなぁ」
「…それは、解ってるけどな、…ぺんこうにも相談…」

真北は、そこまで言って口を噤んだ。

「やはり、やめとくよ。ぺんこうに悪いからな」
「真北ぁ。いつでもええぞ。その気になったら、言ってくれ。
 で、それ以外に調子はどうなんや?」
「…変わらず。…そこでだ。俺も天地山に行ってええか?」
「はぁ?!」
「組長のことが気になるから、逢いに行く」
「ガキやないんやで。好きな女に逢いに行くみたいやのう」
「何故なのか、わからん。組長が側に居ないと、落ち着かないんだよ…」
「…真北??」

橋に真北の不安が伝わったのか、橋は、真北を抱きしめた。

「…どうしたんだよ。お前、不安にかられてないか?
 まさか、胸騒ぎがするとか?」
「わからん…でも、なんだか、落ち着かないんだ…」
「真北…」

奥の部屋から真北の様子を伺っていたまさちんとくまはちは、思わぬ方向に事態が発展していくことに、驚きを隠せなかった。

橋先生と二人きりになると、そこまで弱いのか…。

真北の新たな姿。得体の知れない真北の正体が、徐々に明らかにされていく…。



少し落ち着きを取り戻した真北が帰って行った。
というより、仕事…?

奥の部屋に隠れていた二人が静かに出てきた。

「あいつはな…昔っから、時々見せる仕草があるんだよ。
 それが、今も変わっていないことに俺は驚いたけどな」
「橋先生、真剣…」
「…まぁな。まさちん、そして、くまはち、お前ら気を付けろよ」
「なんですか。唐突に」
「あいつには、何か不思議な感覚があってな。予知能力というのか
 何なのかはわからないんだが、何かが起こる前触れなんだよ。
 訳の分からない不安にかられたり、胸騒ぎがしたり…。
 落ち着きをなくしている時はな…」
「どういうことですか?」
「何かが起こるんだろうよ。真子ちゃんに対して落ち着かないということは、
 真子ちゃんに関わることだと思うよ。…確か、あいつと連絡が
 取れなくなった頃もそうだった。自分と周りの者に対して不安だと言っていた。
 そして、案の定、あいつは、仲間を失った…」
「それって、昔っからですか?」

橋は、頷いた。

「気をつけろよ、まさちん、くまはち」
「はい。ありがとうございます…」

真北よりも不安になったのは、まさちんとくまはちだった。



(2006.2.25 第三部 第十六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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