任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十七話 男達の内緒事

九月下旬。
まさちんは、真子を迎えに天地山へ戻っていった。


「かおりちゃん達が、仕事を忘れるくらい、遊びすぎて大変だったんだよ…」

九月始めと違い、少しやつれた雰囲気のまさ。
迎えに来たまさちんに愚痴とも言えそうな雰囲気で話しかけてきた。

「お嬢様が、遊びに誘うもんだから、断りきれずに、
 はしゃぎまくって、かおりちゃん達がダウンして…。
 その代わりを俺がやって…。ヘルプを頼もうと
 思っていたところだったんだ…」
「…ヘルプって、まさか、真北さん?」

まさは、大きく頷く。

「たっだいまぁ…まさちん、来たん?」

温泉の責任者・湯川、そして、中腹にある喫茶店の店長と一緒に真子が帰ってきた。

「えらい、めずらしいメンバーですね」

まさちんが、尋ねた。

「うん。まささんのお話を聞いててん」
「私の話ですか?」

まさは、少し雰囲気を変えて…昔の雰囲気を醸し出して、真子に尋ねた。

「私が、ここに居ない間のまささんの行動をね!
 ちゃぁんと仕事してるかなぁとか、遊んでるかとか…」
「お嬢様…私を疑っておられるんですか?」
「そぉんなことないけどね…」

真子は、あらぬ方向を見ていた。まさは、真子の目線から外れたことを確認して、湯川を睨み付けた。湯川は、昔の雰囲気が現れているまさから目を反らすように目を伏せる。まさの目線は、店長に移った。店長も、あらぬ方向を見つめていた。

「…あとで、事務室に来いよ…」

静かに、ドスを利かせて、呟くまさだった。

「…組長! すぐに帰りますよ」
「えぇ、なんでぇ」
「みなさん、お疲れのようですから」
「やだぁ」
「やだぁ…では、ありません!!!!」

まさちんは、真子の襟首を掴み、エレベータホールへ向かって歩いていった。

「やだ、助けてぇ。まささぁぁん!!!」
「遠慮致します」
「あ、あらぁ?」

真子のすっとぼけた声が、ロビーにこだましていた。

真子とまさちんがエレベータに乗るのを確認したまさは、湯川と店長の胸ぐらを掴み上げた。

「何を話したんだよ!」
「あ、兄貴、すんません!! 真子お嬢様に、口止めされてます!!! すんません!!」

湯川が、恐怖が入り交じったような声で言った。

「大丈夫ですから。兄貴に悪いようなことは、言ってません!」

店長も同じように言った。

「…兄貴、兄貴、言うな!!」

まさは、そう言って、手を放した。そして、ため息を付いた。

「ったく…。お嬢様に引っかき回されてしまったよぉ」

まさは、何故か、頭を抱えてしまっていた。


「まささん…ごめんなさい…」

真子は、深々と頭を下げていた。

「お嬢様…」
「…真北さんに、怒鳴られていましたから」

まさちんが、まさの後ろから、こそっと話しかけた。

「なるほど…」
「これからは、気を付けます」
「…反省してください。…でも、それくらいの方が、
 お嬢様らしくて、私は嬉しいですよ」

まさは、優しく微笑んでいた。

「まさぁ〜。お前が甘いんだよ!」

まさちんが、まさに蹴りを入れていた。しかし、まさは、それをかわして、まさちんに強烈な回し蹴りを喰らわした。

「…俺の、怒り…」

着地した時に、まさが呟いた。
その呟きは、真子に聞こえていた。

「…まささん…本当に、ごめんなさいぃ〜!!!!!」

真子は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。それを見た、まさは、慌ててしまった。

「お、お嬢様、そ、その…冗談ですから、冗談!!」
「冗談に見えないんだもん…!!!!」
「あちゃぁ〜……」

まさは、うろたえてしまった。そんなまさを初めて見る従業員やまさちんは、驚いていた。

まさは、忘れていた。
この天地山は真子の為にあるということ。
真子の心が落ち着くように、大切に守っているということ。
真子にとっては、安らぎの場所であるということ。

「お、お嬢様、すみません!! 泣きやんでください!!」
「やだぁ〜!!まささん、怒ってるぅぅぅぅ!!!」
「お、お嬢様ぁ〜!!!」

真子をなだめるまさ。そんなまさを見ているだけのまさちん。

「まさちん、ヘルプ!!」
「知ぃらないっと」

まさちんは、冷たい目線をまさに送っていた。まさは、ほんとに、うろたえていた。

「以前の兄貴だったら、あんな姿…見せないよな…」
「これも、真子お嬢様の影響…か…」
「だろうな…」

湯川と店長が、真子とまさの様子を見て、優しく微笑んでいた。
まさは、真子をあやすような仕草をしていた。真子は、泣いて顔を覆っていた。指の隙間から、まさのうろたえる顔を見て、楽しんでいる……。
泣き真似……。

「泣き真似…でしょ? お嬢様」
「…ばれてた?」

真子は、軽く舌を出して微笑んでいた。まさは、当然ですというような表情で、真子を見つめていた。

和やかな雰囲気。
そこへ、徐々に忍び寄る魔の手…。

この時は、未だ、誰も気づくことはできなかった……。




真子の自宅。
電話が鳴った。

「もしもしぃ。…はい、そうです。……お待ち下さい」

応対したまさちんは、二階の真子の部屋へノックをして入っていく。

「組長、お電話です」
「誰から?」

真子は、部屋でいつもの体力づくりの為に体を動かしている最中。
真子の足がまさちんの頬の横を蹴った。まさちんは、それを避けていた。

「津田という方ですが」

まさちんは、真子の腹部に目掛けて拳を入れた。真子は、それを手のひらで受け止めた。

「ありがと」

真子は部屋を出て、廊下にある電話に出た。

「…津田? って、あの津田…??」

まさちんは、真子の部屋から聞き耳を立てていた。しかし、聞き取ることは出来なかった。まさちんは、そっと顔を出す。電話を切った真子が、まさちんに気が付いた。

「何?」
「津田って、あの津田教授のことですよね?」
「そうだよ。図書館以外にある光に関する資料をまた見つけたって
 言っていたよ。それと、もっと調べてみないかって」
「調べるって、組長がお持ちなのに…。どのように?」
「……わからん」

まさちんは、ずっこけた。

「だけど、もっともっと調べないと、自分の体のことだからね。う〜ん」

まさちんは、部屋へ戻っていく真子を見ているだけだった。


まさちんは、リビングのソファに座り、真北と向き合い、深刻な話をしていた。

「そうか…。組長自身が、津田と接触を…」
「どういたしましょう」
「ま、組長が、調べようと考えているのなら、止めはしないがな…。
 能力を使いそうな時は、止めろ」
「はい」
「で、裏からの情報では、東北と九州の情勢が変化しつつあるとか…。
 手は打ってるのか?」
「はい。くまはちが、今」
「大丈夫なのか? AYAMAの方も受け持ってるだろ?」
「あいつ、楽しんでますよ」
「で、お前は、組長と一緒に講義に出てるのか。
 授業料払わな、あかんなぁ」
「払わなくてもいいですよ。寝てますから。たいくつで…」

がつっ!

「…何も…殴らなくても……」

まさちんの頭に真北のげんこつが、落ちる。

「兎に角…頼んだぞ…」
「わかっております」

真北は、そう言って、静かにリビングを出ていった。そして、真子の部屋を覗き込む。
真子は、熟睡していた。
そんな真子を見つめ、真北は、嬉しそうな顔をし、そっとドアを閉めた。

「うぉっ! ぺんこう」

真北の態度を疑心に満ちた目で見ているぺんこう。

「なんだよ、その目は」
「…何も…」
「いいやないか。久しぶりに見る寝顔を堪能しても」
「お気持ちは解りますけど、私たちは、心配だったんですよ。
 真北さんが可笑しくなったとね…」
「俺が、可笑しくなった??」
「…例の落ち着かない態度ですよ」
「あぁ、あれか。恐らく禁断症状だろな。組長の姿をみたら落ち着いたから」
「私は、不安ですよ。あなたは、昔から、そうですから」
「昔は昔、今は今だろ?」
「…そうですね。…だけど、組長の寝顔を見て、明日への活力にするのは、
 辞めた方がよろしいかと。また、禁断症状が出たとき、本当に困るのは、
 私たちですから。では、お休みなさい」
「あぁ」

真北は、ぺんこうが、部屋に戻っていくのを見届ける。

「まだ、怒ってるのか…。そりゃ、そうだろうなぁ。
 俺が悪いんだからなぁ。はふぅ〜、どうしたもんかなぁ」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせていた。


ぺんこうは、ベッドに寝転んだ。そして、天井を見つめて考え事をしていた。

「未だに、許せないんだろうなぁ、俺」

ぺんこうは、そう呟いて、俯せになって眠ってしまった。




「可笑しいんだよなぁ」
「可笑しいって?」
「前から気になってるんだよ」
「何が?」
「真北さんとぺんこう」
「普通だろ」
「あの二人、何かあるぞ、絶対」

まさちんは、廊下での真北とぺんこうの会話を聞いて、読書に励んでいる、むかいんに言った。

「長いつきあいっつーことやろ」
「そういうものか?」
「そりゃぁ、俺やまさちんよりも、組長に接していた時間は、長いからなぁ。
 阿吽の呼吸でやり取りするくらいだったもんなぁ」
「…そう言えば、以前、本部で組長が、赤い光を発した時に、
 二人の間には、何かがあるような雰囲気を醸し出してたからなぁ。
 それを見て、俺は、あぁでないと、組長を守れないと実感したもんなぁ」
「俺も、そう思うよ」
「お前は、専属料理人やろ」
「まぁなぁ」

むかいんは、分厚い本を閉じた。

「まさちん、これ、組長に渡してくれよ。参考になったと
 ありがとうございますとも、伝えててくれなぁ」
「…次は、自分で図書館に行けよなぁ」
「仕事で手が放せないからねぇ。ほい」
「うわっ!」

むかいんは、まさちんに本を手渡した。まさちんは、思っていた以上に重かった本に驚いていた。



真子は、まさちん運転の車で、大学へ向かっていた。

「組長、酔いますよ」
「んー」

真子は、何かに夢中になっている様子。
それは、津田教授から借りている例の資料だった。まさちんの言葉を聞いているのかいないのか、真子は、夢中になって読んでいた。




大学前の道路に車を停め、まさちんは、誰かを待っていた。車のドアを開け、外に脚を出して、待ちくたびれている様子。

「遅い…。すぐに戻ると言っておきながら…」

まさちんの携帯電話が鳴った。

「もしもし。…くまはち。どうした?」
『後一週間延びる。それだけだ』
「悪性か?」
『それに近いものだ。悪いな』
「気にするな。それより、無茶するなよ」
『わかってるよ』

まさちんは、携帯電話の電源を切り、懐になおした。

「ごめんごめん。遅くなった」

真子が、息を切らして駆けてきた。

「心配しましたよ」
「くまはちからの連絡?」
「えぇ、まぁ」
「一週間ほど延長って?」
「…よく御存知で…」
「夕べ、裏情報見てて、そうなるかなぁって思った」
「組長…。それらは、くまはちに任せるようにと言ってあるのに…。
 あまり、無理なさると、体を壊しますよ」
「夏休み遊んだ分、張り切らないとね。AYAMAも軌道に
 乗り出して来たことだし」
「それにしても、また、かなり借りて来られたんですね」
「うん。まぁ、色々と…。むかいんの分とパソ関係かな」
「例の資料もですね?」
「うん…津田教授、かなり調べまわってたみたいだね」
「…はぁ。私には、さっぱり。では、ビルへ向かいますよ」
「はぁい」

真子は、後ろの席に荷物を置いて、乗り込んだ。まさちんは、真子が座ったのを確認してから、ドアを閉め、そして、運転席にまわり、車を発車させた。

「九州地方の情勢は、相変わらずみたいだね」
「はい。しかし、今の勢力から想像すると、恐らく青野組になるでしょうね」
「青野組…ね…。あそこもかなりの武闘派だよね。やっかいな
 ことにならなければいいんだけど。東北は?」
「未だに連絡が取れません」
「鳥居、どうしたんだろうね。あの抗争以来、少し変わった
 様子だったもんなぁ」

真子は、まさちんから、組関係の書類を受け取り、それに目を通していた。

「あっ、また上がったの?」
「はい」
「これじゃぁ、益々、忙しくなるやんかぁ」
「冬は、天地山で過ごせないかもしれませんね」
「駄目だよ。冬も行く約束したもん」
「あまり、まさを困らせないでくださいね」
「やだもぉん」
「組長ぅ〜!!! 怒られるのは、俺なんですからぁ」

まさちんが、ふくれっ面になっていた。




九州地方。
くまはちは、人通りの多い駅前の広場に立っていた。行き交う人々、特に女性達は、くまはちの顔を見つめ、口々に何か言いながら通り過ぎていた。
かっこいぃ〜!!

当のくまはちは、全く気にしていない様子。そのくまはちの目つきが変わる。
やくざを醸し出していた。

「久しぶりやのう、猪熊の坊ちゃん」
「坊ちゃんはよしてください。これでも私は大人ですよ」
「そうじゃったのう。しかし、益々かっこよくなりよって」
「恐れ入ります」
「ここでは、なんだから、行くぞ」
「はい」

くまはちに声を掛けた男は、くまはちを案内しながら、高級車に迎え入れた。

「親父さんは、元気か?」
「隠居暮らしを楽しんでますよ」
「阿山組五代目の意向か。素直に従うとは思わなかったよ」
「五代目の恐ろしさを知っておりますから」
「ふっ。そうだよな。阿山真子は、得体の知れない何かを
 持っているよなぁ。未だに普通の暮らしを?」
「えぇ。近頃は、特に楽しんでおられますよ」
「どっちの世界が似合うのかなぁ。私としては、こちらの
 任侠の世界で生きてもらいたいんだがなぁ」
「それは、どうでしょうか」
「まぁ、親父さんが恐れるくらいの力量なら、私は
 争いたくないよ。…怒らせたくないしね」
「私もですよ」

くまはちは、何かを思いだしたような顔で言った。

くまはちと話している男。この男は、くまはちの父が現役の頃…真子の父・慶造が、暴れまくっていた頃、裏社会では有名だった男・闇の始末屋と異名を持つ者だった。裏社会では欠かせない人物で、裏情報なら、こいつに聞けばなんでもわかるという男だった。しかし、今は、くまはちの父親同様、現役から引退したと言われていた。
なのに、くまはちと逢っているのは、何故?


くまはちは、高級料亭に来た。差し出される食事を前に、全く手を付けず、座っていた。

「坊ちゃん、食べないのか?」
「私の口には合いそうにないので…」
「親父さんそっくりの事を言うんだな。あいつもそうだったよ」
「私は、九州に来た御挨拶にとお伺いしただけなのですよ。
 なのに、このようなもてなしは…」
「気にするな。お前から連絡をもらった時に、どうしても
 伝えたい事があったからな。……親父さんのことだ」
「親父?」
「…隠居暮らしと言ってたよな」
「えぇ」
「…実はな、先日、連絡があってなぁ。その内容は、全くもって
 現役の頃のものだったよ」
「…本当ですか?」
「あぁ」

くまはちの顔を曇った。

「…それで、もうすぐ、ここに来ることになっている」
「なに?!」


「お客様がお見えです」

その声と同時に、やって来たのは、男が言うように、くまはちの父だった。
父は、くまはちの姿を見るなり、脚を停めてしまった。

「親父…同窓会っつー面やないなぁ。何しに来た?」
「…お前が、動いてたのか。なら、俺は来る必要なかったな」
「…どういうことだよ」

今にも、修羅場かと思えた時だった。

「まぁまぁ、先に食えよ、猪熊」
「…あんたもひどいな。こいつを連れてくるとはな」
「たまたま連絡があっただけだよ。こっちに来ているから
 挨拶を…ということでね。…ま、猪熊、お前には、
 完全に隠居生活を送ってもらいたいからだよ」
「…無理だよ。未だに頼られる」
「山中さん…からですか?」

くまはちが、静かに言った。

「あぁ。山中も、九州と東北の情勢が気になっているんだよ。
 …五代目のためにな」
「その仕事は、私の仕事ですよ。親父が出る幕ではないはずだ」
「五代目に怒られる覚悟で、山中が連絡を入れてきたんだ。
 調べていくうちに、相当、やばいことがわかってきた」

男が言った。

「やばい?」
「…九州でもなく、東北でもない。別の所にあるようだ」
「別の…ところ?」
「相手は、未だ、特定できないがな、坊ちゃん。阿山組を
 狙っている奴が居る。それも、手の内も見せない巧妙な
 やり口でな…。阿山組の事を事細かく探っているんだよ」
「まさか…」
「…この俺でも、わからないくらいだ。相当なものだよ」
「…くそっ…」

くまはちの顔が更に曇った。そして、立ち上がった。

「親父、この際、仕方がない。こっちは、山中さんに任せる。
 俺は、その方面を…」
「…やめとけ」
「なに?!」
「…相手が出てからでは遅いかもしれないが、今は、探ることは
 やめておいた方が、いい。手の内を見せないんだからな」
「しかし…」
「お前に、覚悟があるならな…」
「覚悟?」
「五代目の命令に背く覚悟だ」
「命を懸けて、守る…」
「あぁ」
「親父…、今更何を言ってるんだよ。俺には、その覚悟は、
 充分あるよ。それが、阿山家と猪熊家の…」

くまはちは、座り込んだ。

「今は、やめておけ。…これだけは言える」

部屋は静まり返った。

「相手は、世界を又に駆けて動く奴だ…」

くまはちは、目を見開き、驚いていた。

そんな連中が、何故、阿山組を?



くまはちは、その日、久しぶりに父親と、夜を過ごしていた。ぎこちない親子の会話が延々と続く。

次の日、くまはちは、大阪へ帰った。
九州地方のことは、親父に任せたことを内緒にして…。

「山中が、内緒でというくらいだからな。五代目には言うなよ」

猪熊の父は、くまはちに念を押して、見送った。

山中さん、組長を恐れるのなら、内緒事は止めて下さい…。

くまはちのため息が、電車の窓ガラスを曇らせた。
外は、すっかり寒くなっているようだ。

そろそろ、雪の季節…か……。

くまはちは、遠い昔を思い出すかのように、目を瞑る。
その瞼の裏に映った景色は……。




雪が舞う天地山。
もちろん今年も行われるクリスマスパーティー。例年以上に盛り上がり、真子とまさちんは、その勢いのまま、一晩中、真子の部屋で飲み明かしていた。

夜もすっかり更け、辺りは静かになっていた。真子は、大欠伸をする。

「お休みになられますか?」
「ふわぁ〜〜!」
「では、お開きにいたしましょう。片づけますよ。…組長??」
「まだ、飲むぅ〜」
「これで終わりですよ」

まさちんは、四本目のボトルを持って来る。そして、二人は飲み始めた。
真子は、まさちんに寄っかかるように座って飲んでいた。

「今年も楽しかったねぇ〜」
「朝は、早いですからぁ〜」
「明日も楽しいかなぁ」
「寝ますよぉ〜」

二人の会話は、会話になっていない…。そう言いながら、すっかり寝入ってしまった。真子とまさちんは、ソファで寄り添うように座って、そして、眠っていた…。


「ふにゃ?」

まさちんは、目が覚めた。

「ここは……!!!!」

ソファで寝転んでいたことに気が付いたまさちんは、腕に重みを感じた。
腕をみると、真子の頭が乗っかっていた。

「組長……!」

酔っているとはいえ、組長の部屋で、ソファの上で、一緒に…それも、寄り添うように眠ってしまった。
……男と女が、こうして…。

「駄目だ、駄目だ!!」

まさちんは、自分の頭に浮かんだ事を、すぐに否定した。
まさちんは、すっかり寝入っている真子を静かに見つめる。
胸元が大きく開いているパーティードレス。

組長、このままでは…。

まさちんは、真子の頭の下から腕を抜き、真子の肩の辺りに手を置いた。真子に顔を近づけ、そして、真子のドレスの胸元に手を掛けた……。
真子は、ドレスの下に、Tシャツと短パンを着ていた。まさちんは、ベッドの上に綺麗に畳んで置いてあるパジャマを真子に着せ、ベッドに寝かしつける。

「この姿の方が、寝やすいでしょう」

優しく微笑んで、まさちんは、テーブルの上を片づけ、自分の部屋へ戻っていった。

「うがぁ……」

飲み過ぎたのか、まさちんは、変な声を上げて、ベッドに潜り込んだ。

外は、吹雪いていた。


バターン!!!

「まさちん!!! いつの間に!!」

真子が、自分の部屋から通じるドアを思いっきり開けて、まさちんの上にまたがった。

「ん??? …いつの間にと言われましても……」

目を開けると、目の前の真子は、ふくれっ面。

「そんな顔をされましても、あのまま寝るのはお疲れになるだけだと思いましたので…」
「一言声を掛けてくれてもええやんかぁ!」
「掛けましたよぉ。だけど、組長は、熟睡されておりましたから
 そのまま、そのように、パジャマを着せて、ベッドに……」

真子の勢いが止まった。
その瞬間、まさちんは、起きあがり、真子の両肩に手を掛けて、そして、真子を押さえつけた。

「えっ?! へっ?! ま、まさちん?!!」

まさちんは、真子を見つめていた。その目は、真子に向けられる優しい眼差しではなかった。

「ま、まさちん、痛いよ……肩…」
「く、組長……、私…眠いんです……」

そう言って、まさちんは、真子の横に倒れ込むように寝転んだ。

「夕べ遅くまで飲んでいたんですよぉ〜。いくら私でも…、寝不足ですよぉ〜」

本当に眠そうな声で、まさちんが訴える。
しかし、そんなことよりも、真子は、突然の行動に動揺し、心臓が高鳴っていた。
真子を横目で見ているまさちんは、笑い出す。

「な、何よぉ!」
「この間の仕返しですよ。…おあいこです」
「ひどぉ〜!!」
「お互いさまですよ」

まさちんは、優しく微笑んでいた。

「ったくぅ〜」

真子は、安心した表情でまさちんを見つめた。



外は吹雪いていた。

「頭いてぇ〜。……あちゃぁ、また……」

まさちんは、隣に真子が眠っていることに戸惑ってしまった。真子を起こさないようにそっと起きあがると、

「起きたぁ〜?」
「く、組長、すみません!!!」
「いいよぉ、起きてたから。それよりも、まさちんの寝顔は、
 昔っから変わらないねぇ」
「へっ??!」
「ほら、覚えてる? 私がまさちんに慣れた頃、よく、こうして、
 添い寝してくれたでしょ?まさちんって、私を寝かしつけたまではいいけど、
 自分も一緒に寝入ってしまったこと多かったからさぁ。私が目を覚ますと
 いつも寝てたから、その寝顔見てたんだよ! 知らなかったでしょ?」
「はい。ですが、私が起きた時は、組長は眠っていましたけど…。まさか…」
「寝たふりだよ!成り行きとはいえ、また、こうしてさぁ、
 まさちんの横で眠ったなんてさぁ。はっはは!」

真子は、無邪気に笑っていた。それは、まさちんに初めて微笑んだ頃の真子だった。

「外、吹雪いてるね。今日は滑れないや。一日、こうしておこうか?
 たまにはいいでしょ? ね!」
「……そうですね」

真子はうつぶせになって、まさちんを見ていた。
まさちんは、上を向いたまま真子を見ようとしない。

「まさちん」
「はい」
「なんで上見てるん?」
「……それは……」
「そうだよね。昔ならともかく、今はね。心は子供でも、体は、
 大人だもんねぇ。……まさちん、赤くなってるよ!!」

真子は、またまたまさちんをからかうような口調ではしゃいでいた。
まさちんは、突然、起きあがり、真子を見た。そして、真子の上に四つん這いになる。

「組長、からかうのはいい加減にして下さい。私は男です。
 何をするか…わかりません…」

真子は、動かなかった。

「だけど、それをしないのは、組長と組員の…」
「…じゃぁ、私が、組長じゃなかったら……」
「…組長、心は、子供でも、体は、大人なんですよ。
 こんなおふざけは、もう、やめて下さい」
「…本気だったら…どうする?」

真子は、まだ、からかっているようだった。
まさちんは、真子を見つめていた。かなり長い時間に感じられた。

「…組長、夏からおかしいですよ。何かあったんですか?」

まさちんは、再び真子の横に寝転んだ。そして、真子を見ていた。真子は、耳まで真っ赤になっていた。

「べ、別に、なにも…。ただ、こんなからかい方も
 いいかなぁって思っただけなんだけど…。駄目?」
「いけません。次は、本当に……」

まさちんは、それ以上何も言わなかった。

「…いいよ…」

真子は、聞こえるか聞こえないかのような声で言った。

「組長、何か?」

まさちんには聞こえていなかったようだった。真子は起きあがった。

「まだ、吹雪いてるんかなぁ」

真子はベッドから降り、外を見た。すっかり外は晴れ渡っていた。

「まさちん、滑るよ!」

真子は、背伸びをした。そして、振り返った。

「頭痛いんだっけ。じゃぁ、まさちんは、ゆっくり寝ときぃ〜!
 私一人で行ってくるから。まぁ、いつものことだけど!」

真子は、そう言って、元来たドアから自分の部屋へ戻っていく。
まさちんは、いつまでもドアを見つめていた。

「ちっ…俺って…なんで……」

まさちんは、ため息を付いて、ベッドに大の字になった。


まさちんは、部屋を出ていった。そして、エレベータホールに設置してある自動販売機の前に立ち、小銭をポケットから出して投入する。
それは、たばこの自動販売機だった。
ボタンを押す手が、躊躇っていた。しかし、すぐにボタンを押し、落ちてきたたばこの箱に手を伸ばし、素早くポケットに入れた。


まさちんは、自分の部屋の窓から、真子が滑る様子を眺めていた。

「いいよ…か…」

まさちんは、真子がベッドで呟いた言葉を思い出していた。聞こえていたらしい。
ポケットから、先程購入したたばこの箱を取り出し、そして、封を解いた。一本のたばこを取り出し、それをくわえた。無造作にテーブルに投げ出される箱。
火をつけた。

「これっきりだから…」

たばこの煙が、目の前を過ぎった。その煙に目を細めるまさちん。たばこを手にし、眺めた。

「…禁煙…十年もたず…か…」

まさちんは、たばこを揉み消し、ベッドに寝転んだ。

「二日酔いのせいか…。すっきりしないなぁ」

そこへ、まさがやって来た。

「よぉ。お嬢様からだよぉ…って、お前ぇ〜」

まさは、まさちんの部屋に入ってすぐ、何かに気が付いた。そして、すぐに窓を開ける。

「ばれるぞ」
「あぁ。覚悟はできてるよ」

まさちんは、ベッドに腰掛けて、項垂れる。そして、再び、たばこに手を伸ばした。そんなまさちんの行動に疑問を感じたまさが、尋ねた。

「手を出したのか?」
「出しそうになっただけだ」
「よく我慢したなぁ。お前らしくない」
「うるせぇ」

まさちんは、たばこの煙をまさに吹きかけた。
まさは、煙たがることなく、まさちんを見つめていた。

「…俺だったら、我慢できないだろうな…。
 逢う度に美しくなるお嬢様と二人っきりになったら」

まさは、リフトのおじさんと楽しく会話を交わしている真子を見下ろしながら言った。

「…限界だよぉ」

まさちんが呟く。

「本音かぁ」
「でもなぁ、組長を押し倒した時…過ぎったね、真北さんが」
「押し倒したぁ?!」

突拍子もない声でまさがいう。

「あまりにも何も考えずに俺にまたがるもんだから…。
 気が付いたら、押し倒してたよ。まぁ、寝ぼけてただけだ」
「なるほどなぁ」

その声には、怒りが含まれている…。

「でも、組長も何を考えているのか、わからなかったよ。
 俺の下になってても、平気な顔をしていたよ」
「それは、お前だからだろ。他の男だったら、わからんぞ」
「他の男には渡したくないな」
「ほっほぉぉ。なるほどな。そういう気持ちなのかぁ。
 知らなかったなぁ。いいこと聞いたなぁ」

まさは、まさちんをからかうように声を荒げる。

「大切な人だからな」

まさちんの言葉は力強かった。

「…お前だけじゃないからな」

まさの言葉も力強かった。
まさちんは、たばこを吸い終わった。そして、三本目に火をつけた。

「ヘビーなんだな」
「…だったんだよ。過去形だ」
「お嬢様、嫌がるもんなぁ。そういう物」
「ちゃうちゃう。あまりにも、さまになりすぎてるから、やめろと言われただけだよ」
「はぁ? 俺には、嫌いだと言ったぞ。人によるのか?」
「さぁな。真北さんも、ぺんこうも、むかいんもくまはちも吸わないからな」
「そりゃぁそうだろ。むかいんは、料理人だし、くまはちは、親父さんに言われてたし。
 だけどな、真北さんとぺんこうは違ったぞ。子供の前では吸えないからなぁ」
「…ということは…?」
「ヘビーだったよ」

まさは、まさちんのきょとんとした表情を見て、笑い出した。

「いつから?」
「この世界に入った頃かな。兄貴と呼んでいた奴に色々と教わったよ。
 たばこ、女、ギャンブル…ね。だけど、酒は、駄目だったなぁ」
「…お前、この世界にって、未成年だったろ?」
「この世界に、それは、関係ないだろ」
「それもそうだな」

二人の間に、不思議な沈黙ができた。

「あっ、お嬢様が戻られるぞ」
「やべ!」

まさちんは、慌ててたばこをもみ消し、匂いを外に出そうと手で仰いでいた。

「ふっふっふ、くい止めるよ。寝ておけ」
「悪ぃ〜!!」

まさは、後ろ手に手を振りながらまさちんの部屋を出ていった。

「くい止める…っつーことは…」

まさちんは、たばこを持って、バルコニーに出た。そして、そこで四本目に火をつけた。

「ふぅ〜〜」

煙を吐くと同時に、大きなため息もついていた。



真子は、まさとまさの事務所で楽しく話し込んでいた。

「違うよぉ。そんなこと思ってないって」
「そうですか?」
「うん。ただ単に、いつものじゃれ合いのつもりだもん。…やっぱり、駄目??」
「もう、子供ではありませんからね」

まさは、優しく微笑んでいた。

「…まささんも、そう思うの?」
「そうなるかもしれませんね」

真子はふくれっ面になっていた。
まさは、まさちんの様子があまりにも可笑しかったので、何があったのかと、解っていながらも真子に尋ねていた。しかし、当の真子は、おもしろ可笑しくまさに語るだけ。まさちんの心情が痛いほど解ったまさは、真子に、そのような行動は慎むように、優しく注意した。

「で、そのまさちんは?」
「珍しく、眠りこけてましたよ。薬は置いておきました」
「ありがと」
「ですから、今日は、もう、まさちんを一人にしてあげましょう」
「はぁい。反省してまぁす」
「私の仕事は終わりましたから。私でよろしければ、お相手を致しますが…」
「うん。お願いするぅ」
「…って、お嬢様は、二日酔いではないんですか?」
「冷たい風に当たったら、治った。まさちんも当たればいいのにね」
「そうですね」

その頃、まさちんは、最後の一本を吸い終わっていた。

「…驚異的な早さで終わったなぁ」

まさちんは、吸い殻でてんこもりとなっている小さな灰皿を持って、廊下を歩いていく。そして、エレベータホールにある吸い殻入れに吸い殻を捨てた。そして、急いで部屋へ戻り、ベッドに寝転んだ。



真子が、部屋に戻ってきたのか、隣から物音が聞こえてきた。
まさちんは、時計を見る。
針は、十時を指していた。外は当然の如く真っ暗。
まさちんは、慌てて飛び起きた。そして、髪を整える。その時、真子の部屋と通じるドアが開いた。

「起きたぁ?」
「すみません、組長。すっかり寝入ってしまって…」
「気にしない気にしない。ここでは、ゆっくりするようにって
 いっつも言ってるやん。…ゆっくりできた?」
「え、まぁ」
「…何かあった? …まさか…」

まさちんは、ドキッとした。

「まだ、二日酔い、治らないん?」

真子の言葉は、まさちんの考えたこととは違っていた。
思わずホッとするまさちんは、

「いいえ、もう、大丈夫ですよ」

笑顔で応えた。

「うん、なら、安心した。じゃぁお休みぃ」
「は、はぁ。お休みなさい」

真子は、優しく微笑んでいた。そして、ドアを閉める寸前……。

「十年……もたなかったね」

真子が言った。

「うげっ!?」

まさちんが喫煙したこと、真子には、ばれていた。
まさちん、脱帽…。



(2006.2.26 第三部 第十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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