任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十八話 忍び寄る魔の手

年が明けた。
阿山組本部では、毎年恒例の新年羽根突き大会が行われていた。
毎年のように、羽根を落とした者は、顔を真っ黒に墨でぬりたくられている。今年は、くまはちも参加していた。そのくまはちは、真っ黒に塗られることは、なかった。

「…くまはちの優勝…」

くまはちは、自分の顔に少しでも傷が付いたり、汚れたりすると、不機嫌になる。そのことは、真子をはじめ、阿山組の者なら誰でも知っていた。それに恐れたのか、誰もが、わざと羽根を落としていたのだった。

「…だから、私は、嫌だと…」
「でも、楽しかったでしょ?」
「はぁ。まぁ。…昔を思い出しますよ」
「あぁ、あれねぇ」
「えぇ」
「ここ数年、見られない光景だもんね。また、見てみたい気がする」
「私は、嫌ですよ」
「なんでぇ。たまにはええやん」

真子とくまはちは、昔話で盛り上がっていく。



真子は、自分の部屋に戻ってきた。

「組長!」
「ん?……パス! まさちんがやって」

まさちんを観た途端、真子は逃げるように口走る。

「駄目ですよ」
「ここでもゆっくりしたいもん」
「できませんよ。たまってますから」

まさちんは、両手いっぱいに書類を持っていた。

「やなもんは、やだ」

それは、関東幹部連中が真子に提出する文書の山々…。真子は、そんな仕事が大嫌いなので、いつも避けていた。しかし、期限が迫ったもの、そして、真子のサインがどうしても必要なものばかり。
真子の気持ちは解っているものの、まさちんは業を煮やして、持ってきたのだった。
真子は、部屋に入った。そして、鍵を閉めようとした瞬間、まさちんが、ドアを開けた。

「組長、いい加減にして下さい!!!」

まさちんは、真子の襟首を掴み上げる。真子は、それに対抗して、まさちんに肘鉄。まさちんは、ビクともしなかった。

「あぁ、手加減なし?」
「当たり前ですよ!!」
「じゃぁ、私もぉぉ!」

真子は、まさちんのスキを見て、襟を掴むまさちんから逃れた。そして、まさちんに蹴りを入れる。
まさちんは、その蹴りを受け止め、真子を床に倒してしまった。

「きゃっ!!」

ドタッ!

真子は、背中から床に落ちた。

「いた……。もぉ、ひどぉいぃぃ!!」

真子は、動かない。

「大丈夫ですか、組長!!」

まさちんは、突然の事に戸惑い、床に倒れる真子の顔を覗き込むように近づいた。
真子は、微笑んでいた。
そして、次の行動で、とんでもない状況に陥ってしまった!!!

「うわっ!! く、組長!!!」

真子は、まさちんの目を手で覆い、そして、上手い具合にまさちんを床に横たわらせた。

「やったぁ、まさちんを倒したぁ!!」

真子は、起きあがって無邪気に喜ぶ。

「……組長……」

まさちんは、真子が目隠ししている腕を掴み、素早く、真子を床にねじ伏せた。
俯せにされる真子。じたばたともがくが、体勢は変わらない。そんな真子を、まさちんは、仰向けにさせ、両手首を掴み、床に押しつけた。そして、真子の上に四つん這いになってまたがってしまう。

「………」

二人は、ただ、見つめ合っているだけだった。

「えっ?」

突然、まさちんが、真子を抱きしめた。

「……次は、わかりませんとあの時、申し上げましたよね…。
 …組長は、いいよとおっしゃった。…本当に……よろしいんですか?」
「…な、何が…?」

まさちんのいつにない真剣な言葉に、とぼける真子。

「…とぼけないで下さい…」

そう言ったまさちんは、ふと何かに気付き、真子から手を離す。そして、真子から距離を置くように離れ、そのまま、ゆっくりと部屋を出ていった。
真子は、床に寝転んだまま、動かなかった。


『うわぁ!! まさちんさん!!!』
『誰かぁ、まさちんさんをお止めしろぉ!!』
『うぎゃぁ!!』

本部内に、若い衆の声が響き渡った。
まさちんは、突然、わき上がった自分の感情を抑えられずに、本部内で暴れ回っていた。
いきなりのまさちんの行動に、恐れおののく若い衆。
その声を耳にしていても、真子は、床に寝転んだままだった。
真北が、真子の部屋を覗きに来る。

「組長?」

真北の声で、我に返る真子は、ゆっくりと起きあがった。

「まさちんが…暴れてるんですが……」

真子の表情が、いつもと違うことに気が付いた真北は、まさちんの暴れる心境を察し、突然、駆け出した。

『ひぇぇぇ!!! 誰かぁ、真北さんをお止めしろ!!』
『誰も停められないって!!』
『どうするんだよ!! 怪我人が増えるぅ!!』
『組長!!!!!!』

若い衆の恐怖に満ちた声が、響き渡る……。


「まさちん、貴様ぁ!!!」

真北は、暴れまくるまさちんの前に立ち、そして、まさちんを滅茶苦茶に殴り始めた。まさちんは、真北の拳を避けながら、真北に反撃に出る。
しかし、怒り狂う真北の拳は、劣ることを知らないのか、更に素早くなっていく。まさちんは、真北に殴られるままだった。
そんな真北を停めに入ったのは、くまはちだった。

「どうしたんですか、真北さん!!」
「放せ、くまはち…。こいつ…許さない…」
「真北さん!」

我を失ったような真北の表情に、一喝するくまはち。
まさちんは、座り込んで、真北を睨んでいた。

「まだ、何もしていない!」
「するつもりだったのか?」
「…精一杯抑えたんだよ!」
「俺、言ったよなぁ。例えお前でも、組長に手を出したら許さないってな…」

真北の言葉に、くまはち、そして、様子を遠くから見ていた若い衆が目を見開く。

「だから、まだ、何もしていないと言ってるだろ!」
「じゃぁ、なんで、真子ちゃんが、放心状態なんだよ!」
「…そ、それは…」
「曖昧な返事はやめろ!」

真北は、くまはちの腕を振りほどき、そして、まさちんの胸ぐらを掴み上げた。まさちんは、そんな真北の腕を掴んでいた。そして、二人を囲むように、怒りのオーラがメラメラと現れたかに思えた時だった。

「組長が!!!」

門番が、叫びながら駆け込んできた。

「どうした?!」
「お一人で、外へ!」
「ちっ!」

くまはちが、その言葉に反応したように、素早く駆け出した。そして、真子が行ったであろう場所に向かって行く。その後ろを真北が、付いてきていた。


真子は、公園に来ていた。
誰も居ない公園。ブランコに腰をかけ、ゆっくりと揺れ始めた。
そんな真子を公園の外から見つめる真北とくまはち。真北は、くまはちに目で合図して、公園に入っていった。
くまはちは、公園の外で警戒する。

「真北さん……」

真北の姿に気付き、そっと呼ぶ。

「組長、一体何が遭ったんですか? まさちんは突然暴れ出すし、
 組長は、放心状態だったし…。私の想像することが、当たっているのなら、
 これからの事を考えないといけませんよ…。まさちんは、何もしていないと
 言ってましたけど…」
「…人の気持ちって不思議だね…」
「組長?」
「よくわからない…。いつものようにじゃれ合っていただけなんだけど…。
 まさちんが急に変わったんだ…。真剣な眼差しで…言葉で…。
 手首を掴まれて、押さえ込まれた。私、…わからない…。だけど、
 男と女の関係くらいは……知ってるよ…」

真子は、ブランコを止め、そして、真北を見つめた。

「どうしよう…。まささんにも、言われてたのに…。
 私…まさちんの感情を…逆撫でしちゃった…の?」
「…そのようですよ。感情を何処にぶつけていいのか
 解らずに、暴れまくってましたからね」
「…何も考えてなかった…。いつものじゃれ合いの…」

真子の声は、沈んでいた。

「奴も男です。女に手を出すのは早いと言われてましたから…。
 その感情が一気に現れた…というところでしょうね」
「…反省してます…」
「大切な真子ちゃんに手を出す者は、例え、まさちんでも許せませんね…」
「真北さん…」
「私は、慶造とちさとさんに、真子ちゃんの事を…幸せを頼まれているんです。
 …だから…真子ちゃんが、いいと思うのなら、それは、仕方のないことですよ。
 …だけど、まさちんは、駄目ですよ」
「なんで?」
「…それは、男の世界の話です」

ハキハキと応える真北に、真子は、そっと微笑んだ。

「私には、解らないことだね」
「解らない方が、よろしいかと…」

真北は、真子の前に座り込んだ。

「しっかし、よく抑えられたもんですね、まさちんは」
「…それって、大変なことなの?」

無邪気に尋ねる真子に、真北は、どう応えて良いのか躊躇ってしまい、突然立ち上がり、ポケットに手を突っ込み、口を尖らせる。
真北が深く考える時の仕草…。

「まぁ、そうですね…」

考えたものの、真子に応えて良いのかという考えが先に過ぎり、真北の応えは曖昧になってしまった。

「解った…。これから、気を付ける…。ごめんなさい」

真子は、ブランコから飛び降りて、真北に頭を下げていた。そして、ゆっくりと公園の外に向かって歩きながら、楽しく話し始めた。

「まさちんには、組長を鍛えるようにと頼んでいたんですよ。
 それが、いつの間にかじゃれ合いになっていたんですから。
 その事は、組長が大きくなるにつれ、心配でしたよ。
 …いつか、こんなことになるのではないか…ってね」
「好きとか嫌いとか、よく解らない…」
「お教えするのは、難しいですね。組長は、物心ついた時から、
 既に周りにたくさんの野郎が居ましたからねぇ。
 恋を育てることもありませんでしたね」
「男の人と二人っきりで居ると、ドキドキするって聞いたけど、
 私、そんなことない…。まさちんと二人っきりになっても、
 くまはちとでも、むかいんでも、ぺんこうでも…。こうして
 真北さんと…でも…。それは、もう、私の一部になってる
 そういうことなのかなぁ」
「そうなのでしょう。いつか、恋する組長を見てみたいですね」
「その時は、真北さん、父親の心境になるのかな?」
「なるでしょうね。まさちんに対しても、怒り狂いましたから」
「そうだね」

真北と真子は、微笑み合っていた。
公園の外で待っていたくまはちに気が付いた真子。

「ごめん、くまはち。突然飛びだして…」
「ご無事で何よりです」
「帰ろっか!」
「はい」

真子と真北は、横に並び、その二人の後ろを歩いていくくまはち。そして、何事もなく本部の門をくぐっていった。




「わかりました」

ふれくされたように応えたまさちんは、口元を黒く腫らして、真北の前に正座していた。

「俺が、お前に頼んだことだけどな。組長も大人だから、
 もし、また、このような事が起こったら…その感情が
 わき上がりそうなら、じゃれ合いは、これっきりに…な。
 …俺も、感情を抑えきれなくて、悪かった。この通りだ」

真北は、まさちんに頭を下げていた。

「真北さん…。…事故以来、おかしいですよ。真北さんが
 俺に頭を下げるなんて…」
「悪いときは、当たり前の行為だろ」
「まぁ、その……」
「…で、お前自身、本当のところ、どうなんだよ」
「どうって、組長に対する気持ちですか?」
「ん…あぁ」
「大切な人です。俺の生き甲斐…俺が一生をかけてお守りしなければならない人」
「範囲に入らないのか?」
「……そこが、俺にもわからないんですよ。毎日のように
 ご一緒しているのに…。体の一部になっているのかもしれません」
「…お前もそう言うのか…」
「それに、組長の事を大切に思う者は、俺だけではないはずです。
 真北さんも、ぺんこうも、まさも…」
「俺とぺんこうは、別だぞ」
「えっ?」
「ん? あっ、そ、その…なんだな…」

真北は、言葉を濁す。

「やはり、真北さん、何か…いつもと違いますよ。
 …橋先生から聞いたんですが…。胸騒ぎがするとか…」
「…気にするな。大丈夫だよ。気のせいなんだ。
 ほら、俺、長いこと休んでいただろ。
 それに対する不安だったんだ。今は、こうして、大丈夫だろ」
「と、思います。…それと、あの…若い衆が、真北さんを
 更に恐れてしまいましたよ」
「…そっか…。若い衆は、知らないもんなぁ。俺の本気は…」
「…って、あれ、本気だったんですか!!!」
「まだ、序の口…かなぁ」

真北は、惚ける。そんな真北を見て、まさちんは脚を崩し、項垂れてしまった。

「信じらんねぇ〜」

まさちんは、自分の頬をさすっていた。


その頃、真子は、くまはちと純一達若い衆と純一の部屋で楽しく過ごしていた。

「本当に、恐かったんですからぁ!!!」

まさちんと真北の大騒ぎの事を話していた。

「ということで、組長が、こうしてここに居ると、俺達が真北さんに…」
「大丈夫だって!……あっ…」

真子が、ふと目をやった所。そこには、山中が、仁王立ちしていた。

「組長…。真北にも言われているんですけどねぇ。こうして、ここで、
 遊ぶこと…。こっそりとカラオケに出掛けること…。阻止するようにと…」

山中は、真子を睨んでいた。
その目には、なぜか、優しさが含まれているが…。

「で、でも……その…楽しく愉快に…」

真子は、何故か焦った口振りに変わっていく。
その山中の後ろには、真北が同じように仁王立ちしていた。その真北の醸し出す雰囲気に誰もが、恐れてしまう。一番恐れているのは、若い衆だった。
真北の姿を見た途端、若い衆は、部屋の隅に固まってしまった。

「ほら、みんな怖がってますよ」

その更に後ろに居るまさちんが言った。

「はふぅ〜…。ほんまやな…」

真子は、怒られるかと思っていたのに、真北は、肩の力を落として、去っていったことに、驚いていた。

「まさちん、どしたん?」
「あっ、その…先程の一件で、若い衆が真北さんを恐れていると
 お話したんですが、信じてもらえなくて」
「うわぁ、まさちん、ひどい顔ぉ。大丈夫?」
「大丈夫です」
「たまには、いいよね」
「よくありませんよ」
「真北さんも何も本気にならなくても」
「あれ……まだ、序の口だったそうですよ」
「じょ、序の口ぃ〜?!!」

突拍子もない声を張り上げたのは、部屋の隅に固まっていた若い衆だった。

「あっ、みんな、真北さんのことあまり知らないんだっけ」

若い衆は、真子の言葉に大きく頷いていた。

「大丈夫だから。山中さんより恐くないと思うよ。
 ほら、いつも優しいでしょ?」

若い衆は、真子の言葉に大きく首を横に振って、

それは、組長だけです〜〜。

と言いたげな眼差しを向けていた。

「…組長、無理ですよ。目の当たりにしたようですから。
 組長も、目の当たりになさればよろしいかと」
「そんなんやだよぉ」
「嫌でしたら、ここで、騒ぐことは、もうお止め下さい!!」
「それもやだ」
「はふぅ〜〜……。組長ぅ〜」

山中が、珍しく真子の襟首を掴んでいた。そんな山中の仕草に驚いているのは、真子だけではなかった。

「や、や、や、山中さん?!??」
「…まさちんの次は、組長ですよ。真北が待ってます」
「待ってるって、ちょ、ちょっとぉ!!!」

真子の声が遠ざかっていった。

「…久しぶりの光景やなぁ」

くまはちが、呟いた。

「どういうことや?」

まさちんが、くまはちに尋ねた。

「ん? 組長が幼い頃、よく見られた光景だよ」
「幼い頃? 俺が来る前か?」
「ぺんこうが来るずっと前だよ」
「その頃の山中さんって…」
「今とは、正反対の雰囲気だよ。真北さんと同じくらい
 組長を大切に思ってる人ですから」
「思えないなぁ。組長に敵意を持ってると思ってたよ」
「持ってるかもなぁ」
「どっちやねん」
「知らん。…って、ほんまに、すんごい面やのぉ」
「ほっとけ」

まさちんは、顔を隠すように手で覆い、そして、ふと部屋を見渡した。

「あっ…」

まさちんとくまはちは、忘れていた。
真北を恐れ、部屋の隅で小さくなって固まったままの若い衆が居ることを…。

「まさちんさん…、これ以上怖がらせてどうするんですか…」
「怖がらせてないって。純一は、恐くないのか?」
「幸いにも、私は、目の当たりにしませんでしたから」
「一度、目の当たりにしてみたらいいよ。しっかし、あれが
 序の口っつーことは…」
「って、まさちん、お前、簡単に言うけど、もし、そうなっていたら、
 今頃、そんな風に、語っていられなかったぞぉ」
「そうだろうなぁ」
「って、お二人ともぉ、更に恐怖を植え付けるような事を
 話さないでくださいよぉ」

困ったような顔をする純一に、まさちんとくまはちは、声を揃えていった。

「大丈夫、大丈夫。怒りの矛先は、組長に向いているから」

二人の言うとおり、真北の怒りの矛先は、真子に向けられていた。

「若い衆とも、もっとケジメをつけてください」
「…お友達…」
「駄目です!」

真北と山中が声を揃えて怒鳴っていた。真子は、指で耳栓をする。

「もぉ〜」

真子は、ふくれっ面になっていた。にもかかわらず、なぜか、懐かしい感じがしていた。


そして、その夜…。

「行きましょう! 大丈夫ですって」
「そうかなぁ」
「真北さんは、既にお帰りになりましたし、山中さんは
 急な用事でお出かけですから」

本部の廊下で吉田と純一が真子に話していた。

「じゃぁ、こっそりとね!」

真子と純一、そして、吉田が、嬉しそうに顔を見合わせ、サムズアップをしていた。


カラオケ屋・DONDON。
純一をはじめ、阿山組本部の若い衆が騒ぎまくっていた。次の曲が始まった。

「誰やぁ!!」
「私ぃ〜っ!!」
「待ってましたぁ!!」

拍手の中、真子は、マイクを持ち、歌い出した。部屋は、更に盛り上がった。

「組長、唄いたくないといいながらぁ〜」

純一が言った。

「へへへ。この雰囲気に負けちゃったっ!」

真子は、かわいらしく微笑み、そして、オレンジジュースを口にする。


カラオケ屋の前に高級車が停まった。
重い足取りで、カラオケ屋に入っていく男。その男は、かなり賑やかな部屋へ向かって歩いていた。そして、ドアを勢い良く開けた!!

バーン!!!!

「あっ……」

部屋の中は、一瞬凍り付く。

「きさまぁらぁ〜〜っ!!!!」
「うわぁ!!!!!山中さんっ!!!」
「…組長!!!!!!!」

更に大きな声で怒鳴る山中だった。


「すごい! プロが居るのか?」
「ここから聞こえるよ」
「上手いなぁ」

カラオケ・DONDONに来ている客の誰もが、真子達が借りている部屋の前で止まり、部屋から微かに漏れる声に聞き惚れていた。


「ねっ、言った通りでしょ?」
「ほんとですね。山中さん、上手いです!」

真子は、純一の耳元で、こっそりと話していた。
二人が見つめる先。そこには、山中がマイクを持って、唄っている姿があった。

「次の曲入れておけ」
「はい」

山中は、間奏の時に、若い衆に指示していた。この通り、山中は、ノリまくっていた…。



「私もお聴きしたかったですよ。次は、絶対誘ってください」
「うん。でも、山中さん、これっきりかもね」
「どうしてですか?」
「『楽しかったですよ。久しぶりに羽目を外して』と言った後、
 いつもの山中さんになったもん」
「そうですか。でも、私、山中さんを見る目が変わりました」
「……変わらない方がいいかも」
「そうですか? 今まで、組長へ敵対心を抱いていると思っていましたから」
「その通りだと思うけどなぁ」
「くまはちに昔の話を聞いたんですよ」
「昔は昔、今は今だからね。まさちん、勘違いしたらあかんで」
「わかっております」
「はい、出来た。後は?」
「以上です。お疲れさまでした」
「しっかし、本部に来てまで、サインせなならんとはねぇ」
「…組長の仕事ですよ」
「……そっか」
「お休み前に、失礼しました」
「はぁい、お休みぃ」
「お休みなさいませ」

そう言って、まさちんは、真子の部屋を出ていった。
まさちんは、この日、関東の幹部連中からの文書へのサインを渋っていた真子に、やっとこさ、サインをもらっていた。

真子が眠ったと思われる時間。まさちんは、先程の書類をチェックして、渡す相手に振り分けていた。

「…組長?」

まさちんは、突然、真子の部屋へ向かって走り出した。そして、真子の部屋をノックした。

「組長? 組長?」

ドアが静かに開き、真子が出てきた。

「組長、何かございましたか?」
「…ご、ごめん…起こして…。恐い夢を…」

真子は、それ以上何も言わなかった。
真子は、少し震えていた。そんな真子を優しく抱きしめるまさちん。

「大丈夫ですよ、組長。私が……添い寝致しましょうか?」

真子は、まさちんの仕草、そして、言葉に驚く。
一瞬、脳裏に真北とまさちんの一悶着のことが過ぎった。
その途端、真子は、慌ててまさちんをはねのけた。

「ば、ばか!」

なぜか、真子は真っ赤になっていた。

「もう、大丈夫ですね」

真子の仕草に、まさちんは安心する。そんな真子に優しく微笑むまさちん。真子の体の震えはすっかり止まっていた。

「うん。ありがと、まさちん。お休み」
「お休みなさいませ」

真子は、まさちんに微笑んでドアをそっと閉めた。

組長、どんな恐い夢を見たのですか?

まさちんは、真子の様子が気になって仕方がなかったのか、明け方まで、真子の部屋の前で真子の様子を伺っていた。



朝。
真子は、ドアを開けた。廊下には、まさちんが壁にもたれて、俯き加減に立っていた。

あれから、ずっとここに?

真子は、まさちんが、変わらない態度で、自分の側に居てくれる事に気が付いた。そして、

「おはよぉ〜っ! 今日もいい天気だね! 何時の新幹線だったっけ?」
「十一時です」
「じゃぁ、いつものとこに居るからねぇ!」
「はい」

真子は、明るい笑顔でまさちんに言って、いつもの場所へ向かって歩いていった。真子の姿を見送るまさちんは、頭を掻いていた。

思い過ごしか…。

まさちんは、自分に対する真子の態度に変化があるのでは…と思っていた。あの一件以来、いつものように話しかけてくれないのではないだろうか…と考えていた。
それは、まさちんの考えすぎだったようだ。
真北に注意されようと、真子は、いつもと変わらない態度で話しかけた。それは、初めてまさちんに心を開いた頃の真子と変わっていなかった。

「俺が、おかしいのかなぁ」

まさちんは、呟きながら、大阪に帰る支度を始めていた。


「……曇ってるやんかぁ〜」

真子は、くつろぎの場所から、空を見上げて、文句を言った。




大阪・橋総合病院。

「はっはっはっは!!!」

橋の事務室から、どでかい笑い声が聞こえてきた。

「…笑い事じゃないぞ!!!」
「笑わずにはおられん」

真北は、この日、定期検診を受けながら、本部での出来事を橋に話していた。

「もう、大丈夫やからな。来んでええから」
「なんや、その邪険に扱うような言い方はぁ」
「邪険に扱ってへんわい。それより、…お前、例の…」

今まで笑顔で話していた橋の表情が、急に真剣な眼差しに変わる。

「…まだ、あるよ…。不安になる…。…だけどな、組長の
 顔を見ると、落ち着くよ」
「それなら、安心だけどな。…真子ちゃんは?」
「元気いっぱいに大学に行った」
「それで、その二人は、ぎくしゃくしてへんのか?」
「…また、その話に戻すんか? …いつもと変わらずだ。
 まさちんもわかったのか、わかってないのか…」
「しっかし、手が早いと噂されるまさちんが、そこまで
 我慢するなんてなぁ。何か遭ってもおかしくないで。
 ……ぎょっ……」
「…橋……」

真北は、思いっきり恐ろしいほどの眼差しで、橋を睨んでいた。



真子の通う大学前。

「じゃぁ、夕方四時ねぇ」
「わかりました」

真子は、くまはちに手を振って大学の門をくぐっていった。くまはちは、真子が無事に校舎へ入っていくのを見届け、そして、時計を見て、車を発車させた。


くまはちは、水木組組事務所へ来ていた。

「それが、資料や。しかし、始末屋の言うことが本当なら、
 九州や東北どころやないなぁ」
「組長には内緒で、事を進めているんですが、親父の言うとおり
 なかなか、正体を掴めないのが現状ですよ」
「俺んところも、それが、精一杯やで。悪いな」
「いいえ。いつもありがとうございます」

くまはちは、資料を手に取り、立ち上がった。

「間に合うんか?」
「飛ばせば、なんとか」

そう言って、くまはちは、事務所を出ていった。くまはちと入れ替わりに、佐野が駆け込んでくる。

「兄貴、くまはちさんは?」
「今、出ていったぞ」
「あちゃぁ、虎やんから連絡あったのにぃ」
「何や?」
「くまはちさんを引き留めておいてくれと」
「こんな時間にか? 組長を迎えに行くのに? 虎石に、大学へ
 向かうように言っとけ」
「わかりました」




「ありがと。ここからやったら、大学の方が近いし、そこで待っておくよ」

虎石は、助手席で佐野からの電話を受け取った。

「今日は、兄貴が送迎担当だったとはなぁ」
「兎に角、急ごう」
「そうやな」

竜見運転の車は、急発進をして、一路、真子の通う大学へ向かっていった。

その頃、くまはちも大学へ向かっていた。信号待ちの時間に、先程、水木から受け取った資料に目を通し、時々眉間にしわを寄せていた。



「…早かったか」
「みたいやな」

竜見と虎石は、大学の近くに車を停めていた。いつもくまはちが停める場所には、まだ、車は見当たらなかった。
時計を見ると三時半。
早すぎ…。

取り敢えず、車の中でくまはちを待つことにした二人だった。



トントン。

「失礼します」

真子は、津田教授の部屋へ入ってきた。

「教授、資料ありがとうございました」
「役に立ったかな?」
「新たな発見に、驚きました。二つの光は反発しあうんですね。
 対照的なイメージはありましたけど、その通りだとは」
「まだまだあるんですよ」
「…教授、出し惜しみしておられませんか?」

津田教授は、微笑んでいた。



竜見と虎石が待機している車の横に、スゥッと別の車が停まった。竜見は、慌てて窓を開けた。

「……何しとんねん」

くまはちだった。

「兄貴、待ってましたよぉ」

竜見は、待ちくたびれた顔をしていた。
二人が着いてから、ほんの十分しか経っていないが…。


くまはちは、竜見の車の前に自分の車を停めた。竜見と虎石は、くまはちの車に駆け寄った。

「急用か?」
「はい。その…川上組が、密かに何かを始めたようです」

虎石がくまはちに伝える。

「再び…か」
「はい。以前、大学内で、組長を襲ったので、心配で…」
「俺もだよ。だけど、組長は…俺が、学校嫌いなの御存知だから、
 大丈夫と言って、俺の時は、送迎だけなんだよ」

くまはちは、苦笑い。

「今日はお聞きしてなかったんですけど」
「あぁ。ビルの方で急な動きがあってなぁ。それで、まさちんが
 かり出されたっつーことだ。急なことばかりやなぁ。ま、兎に角、
 川上組から、目を離すなよ。奴ら、何を考えてるのかわからんからな」
「わかりました」
「ありがとな」
「はい。組長に、あまり無理なさらないようにとお伝え下さい」
「あぁ」
「失礼します」

竜見と虎石は、自分の車に戻り、乗り込んだ。
その時だった。
車が数台、くまはち達の横を通り過ぎていった。その車は、くまはちの車の数メートル前で停まる。

「ちっ。噂をすればっつーやつか」

くまはちは、前で停止した車から降りてくる人物を見て、呟いた。
それは、川上組の田水と森だった。
二人は、くまはちの車の助手席の窓をノックした。そして、ドアを開けた。

「なんじゃい!」

助手席のドアからは銃が見えていた。
くまはちは、それを目にして、ゆっくりと車から出て来た。
田水と森は、不気味に口元をつりあげた。

「兄貴!」

竜見と虎石が駆けつけた。しかし、その二人を囲むように他の車に乗っていた男達が近づいてきた。

「作戦開始だ」

田水が言う。

「作戦?」

くまはちが、呟くように言った。

「あぁ。…これだよ!!!」

田水は、いきなり、くまはちの腹部を蹴り上げた。
しかし、くまはちには、効かない。
蹴り上げられたくまはちは、痛がる素振りを見せず、口元をつり上げるだけ。そして、素早く、田水の腹部に拳を入れた。

…なに?!

くまはちの拳は、全く効かない。それよりも、くまはちは、別の事で驚いていた。
田水に向けた自分の拳から、血が滲んでいた。
くまはちが自分の拳に目を向けている間、田水が、くまはちの胸元に向かって、持っていた銃を突き刺した。そして、何かを引き裂くように、銃を横に引く。

「…!!!!!!!」

くまはちの目の前に、真っ赤なしぶきが飛び散った。
胸元の痛みを感じ、くまはちは座り込む。
抑える指の隙間から、真っ赤な血が滴り落ち、地面に広がっていった。
ゆっくりと顔を上げるくまはち。
田水の銃を見つめた。

仕込まれていたとはな…。

田水の銃には、剣が仕込まれていた。
くまはちは、咳き込み、血を吐き出した。

「兄貴!! ぐわっ!!」

竜見と虎石は、くまはちの無惨な姿を目の当たりにして、駆けつけようとしたが、囲んでいた男達に、攻撃を受けてしまった。
男達は、手に、ドスや、金棒が握りしめられ、執拗に二人を殴り、斬りつけ始めた。
まるで、何かにとりつかれたように……。

「…二人に……手を出す…な…」

くまはちは、胸元を血で赤く染めながらも、田水の胸ぐらを掴み上げた。

「これだけ痛めつけても、動くなんて、流石だな、猪熊。
 だがなぁ、これで、とどめ、かなぁ」

田水の目つきが、鋭くなった。そして、持っていた銃に仕込まれている剣を再び、くまはちに向けた。
くまはちは、その剣先を握りしめた。
くまはちの手から血が滴り落ちてきた。そのくまはちの後ろから森が、蹴りを入れた。
前のめりに倒れるくまはちを思いっきり踏みつける森。しかし、くまはちは、体勢を整え、森に反撃した。
くまはちの蹴りが炸裂していた。その蹴りをまともに受ける森。

くそっ…。

くまはちは、出血の影響で、目眩を起こしてバランスを崩す。
そんなくまはちの胸ぐらを掴み、そして、車に投げつける森。
くまはちの血が、辺りに飛び散った。
なんとか立ち上がったくまはちは、再び蹴りの体勢に入った。
そのくまはちの蹴りは、森の胸に見事に決まった…はずなのに、森は、平気な顔をして、くまはちを睨んでいた。
くまはちの息が上がってきた。どうやら、肺を傷つけられたらしい。再び、咳き込み、血を吐き出した。

「きゃぁ〜!!!!!!」

授業を終え、大学の門から、出てきた学生達が、近くで繰り広げられる惨事に悲鳴を上げてしまった。

「ちっ、まずい」

そう言った田水は、竜見達を襲っている男から、金棒を取り上げ、車にもたれ掛かりながら、森を睨み付けているくまはち目掛けて、思いっきり振り下ろした。

バシャッ!

真っ赤な血が、辺り一面に飛び散った。
男達は、田水の合図とともに、動きを停めた。

田水は、竜見と虎石を竜見の車に投げ入れ、二人を覗き込むように、車に顔を入れた。

「その傷…青い光に治してもらえよ。それと、猪熊は預かっておくからなぁ。
 阿山真子に伝えておけ。必ず一人で迎えに来いと…な。…まぁ、それまで
 あの男が生きていればの話だがなぁ。はっはっは」

そう言って、田水は、銃を虎石に向けて、発砲した。そして、竜見にも向け……。


田水達は、くまはちを毛布でくるみ、車に乗せた。その毛布は、直ぐに赤く染まっていく……。

「…あ……にき……」

竜見は、去っていく車を見つめていた。



(2006.2.27 第三部 第十八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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