任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第十九話 次の標的は…

震える手が、車のダッシュボードに向かって伸びる。その指は、その横にあるボタンを押した。

ボタンを押した途端、その手は、だらりと床に落ちた。
その手に真っ赤な血が伝わってくる。
ボタンを押したのは、竜見だった。
先程まで元気に話していた、くまはちが、襲ってきた川上組に連れ去られた。
その連絡を入れたいが、声を挙げる力すら残っていない。
自分たちも襲われ、そして、去っていく川上組の田水に撃たれてしまった。
自分たち…。
そう。この車には、常に行動を共にしている虎石も乗っていた。
ゆっくりと虎石の方に目線を向ける竜見。

「虎石…、虎…い…し…?」

虎石は、先程の銃弾を受けて、気を失っているのか、返事もしない。

この…ま…ま…だと…やば…いな…。

竜見は、必死に体を動かし、ドアを開けようと手を伸ばした時だった。
ドアが開いた。
竜見は、その弾みで外に転がり出てしまう。そして、目の前にいる人物を見て、安心したような表情をした。

「く、…くみ…ちょ…」
「竜見さん! 何があったの??」

それは、くまはちとの約束の時間から十分遅れて、門から出てきた真子だった。門の前の人だかりが気になった真子は、見覚えのある車の惨状に、近づいてきたのだった。
竜見が、真子に何かを告げて、気を失った頃、遠くで、サイレンの音が響き渡っていた。




田水達は、薄暗い山の中、車を走らせていた。かなり奥まで入っていく。
車は停まり、田水が降りてきた。続いて森も降りてくる。森は、車のトランクを開けた。
そこには、真っ赤な毛布が入っていた。
その毛布を開けた。そこには、くまはちが、うつろな目をして、森を睨んでいた。

「こいつ、噂通りに不死身なんだな」

森は、そう言って、くまはちをトランクから出し、地面に放り投げた。

「うぐ…」

流石のくまはちも、かなりの出血で弱っていた。
そのくまはちを引きずるように木の側まで連れていき、その木にもたれかけるように、くまはちの体を置いた。

「何が……もく…てきだ…」
「ふん。その状態でも、話せるのか。ほんとに恐ろしい奴だな」

田水はそう言いながら、くまはちを木にくくりつけた。

「流石のお前でも、そこまで弱っていると、このロープをほどけないだろうなぁ。
 阿山真子には、ちゃんと連絡入れておくから。お前を迎えに来るようにと。
 まぁ、それまで、トラップは仕掛けてあるがなぁ」
「…そんなことは、…させ…ない…。ぐわっ!」

森が、くまはちの腹部を蹴った。
くまはちは、血を吐き出した。

「この猪熊の蹴りが痛くもかゆくもないくらいだ。後の奴らは序の口だな」
「ど…ういう……こと…だ…?」

森は、上着のボタンを外し、自分の体をくまはちに見せた。

「…なるほどな……それ…じゃぁ…かなわない…な…」

猪熊は、苦笑いをする。

「そりゃぁ、お前らを相手にするんだからな。
 これくらいの用意はしておかないとなぁ。
 それにしても、お前は、しぶといやつだなぁ。
 普通なら、ここまでやられたら、死ぬぞ」
「そうですよね。…では、早速、阿山真子に連絡します…」
「あぁ…」

そう言って、田水達は、去っていった。
くまはちをその場に残したまま……。

「…く…み…ちょう…」

くまはちの意識が遠のいていく……。



真子は、真北と車に乗り、大学前の事件現場から、帰路についていた。
真子は、俯き、何かを考えていた。そして、ゆっくりとした口調で真北に言った。

「…真北さん、…これから起こる事には、阿山組の
 真北でなく、刑事の…真北でいてよ…ね…」

真子は、真北に微笑んでいた。

「…組長……」
「あっ、ご、ごめん…。真北さんは、刑事だったね。…へへへ…。
 でも、深入りは…駄目だからね。…こないだのこともあるし…」

真北は、呆れた顔をして、真子を見る。そして、何か吹っ切れたような顔になった。

「わかってますよ」

真子は、安心したような顔をして、前を向いた。しかし、心の中には、何かが燃え始めていたのだった。

「…来るの、早かったね…」

真子は、静かに言った。

「緊急連絡が入りましたから」
「緊急連絡?」
「組長に、万が一のことが遭った場合に備えて、くまはちと
 竜見と虎石の車にそれぞれ、搭載してるんですよ」
「はぁ?」
「竜見が押したようですね」
「それって、まさか…」
「えぇ。例の仕事の関係でね」
「いいん? そんなこと…」
「大丈夫ですよ。これくらいはね」
「なのに……くまはち……」

真子が、落ち込んでしまう様子を目の当たりにした真北。

言わない方が、よかったかな…。

それから自宅に着くまで、二人は何も話さなかった。



真北とまさちん、むかいんが、リビングに集まっていた。

「兎に角、お前らは、手を出すなよ。俺の仕事だ」

真北が、強く言う。

「…組長から、命令がありましたよ。調べるようにと…」

まさちんが言った。

「組長命令には、逆らえないか…。俺の方も調べるよ」

そこへ、ぺんこうが帰ってきた。

「ただいま…って、深刻な…まさか…何か?」

ぺんこうは、リビングの雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。

「くまはちが…、襲われた。そして、拉致されたよ…」

まさちんが、呟くように言った。

「くまはちが?」
「あぁ……」

そう応えた真北は、ぺんこうを観て、息を吐く。

「お前まで、そんな面をするな」

ぺんこうは、くまはちのことを聞いて、表情が教師からやくざへと変わっていた。それは、むかいんもそうだった。

「あぁあ。やっぱし、お前らに話さない方がよかったか」

真北が、ため息混じりに言った。

「組長は?」

慌てたようにぺんこうが言う。

「二階だよ」
「…大丈夫なのか? …その、本能…」
「大丈夫のようだった」
「なんだよ、まさちん。その曖昧な返事は」
「曖昧にもなるよ…。最近、俺にも話してくれない事があるからな」
「…ったく!」

そう言って、ぺんこうは、リビングを出て、真子の部屋へ向かっていった。

「…ぺんこうのやろぉ。俺の言うことが信じられないんか?」

まさちんは、腹を立てたような口調になる。

「そうやろな」
「真北さん……」

真北の言葉に、まさちんは、項垂れてしまった。



「大丈夫だって。ぺんこう…ありがとう」

真子は、微笑んでいた。その微笑みが、ぺんこうにとっては、とても、苦しかった。
ぺんこうは、思わず真子を抱きしめる。

「ご無理なさらないでください。組長は、いつもそうですよ。
 まさちんが、撃たれた時も、ひとみさんに笑顔で…。
 組長、今の微笑みは、その時と同じ感じなんですよ…。
 こんな時は、泣いていいんです。怒っていいんです。
 これ以上、感情を抑えていたら、体に負担が掛かりますよ」
「…いいんだもん…それで、いいの…」

真子は、一点を見つめたままだった。

「組長」

ぺんこうの強い言葉で、真子は、目を瞑り、涙を流してしまった。

「…恐い…恐いの…。私を狙ってることくらい…わかる。
 なのに、また、私の周りが…それが、恐くて……」
「組長、大丈夫ですから。くまはちは、無事ですよ。
 あとは、真北さんに任せればいいんです。
 あのひとの…仕事ですから。私たちは、組長を
 お守りするのが、仕事です。必ずお守りします」
「ぺんこう…!」

真子は、ぺんこうに抱きついた。ぺんこうは、それに応えるように更に真子を強く抱きしめる。

「ぺんこう自身も…気を付けてよ…」
「ご安心を」
「……ごめん……」

真子の声は震えていた。そして、真子は、ぺんこうに抱きついて離れなかった。
ぺんこうは、子供をあやすように、真子の背中を優しく叩く。

大丈夫ですから、組長。

そのうち、真子は、眠ってしまった。
ぺんこうは、何も言わずに、真子をベッドに寝かせ、布団を掛け、側に腰を下ろし、真子を見つめた。
頬を伝った涙を優しく拭う。

「お守り、致します」

そう呟いた途端、ぺんこうの眼差しが変わった。
そのまま、朝まで真子に付き添うぺんこう。

実は、ぺんこう自身も何か不安を感じていたのだった。
真北だけではない。
くまはちの事を耳にした途端、ぺんこうも、何か、胸の奥に感じる物があった。

まさか、そんなことは…。

そう思ったものの、その不安は、的中した…。




真子は、眠っていた。
くまはち!

目を覚ます真子。

「組長?!」

まさちんが、真子の部屋へ飛び込んできた。

「何か、ございましたか?」
「ん? あっ、ごめん…。大丈夫だから」
「…はい。…失礼します」

まさちんは、真子の部屋から出ようとしたとき、

「まさちん」

真子に呼び止められた。

「はい」
「くまはちの行方は?」
「まだです。それと、川上組の資料、集まりました」

真子は、時計を見た。
時刻は、二時半を指している。

「夜中?」
「お昼ですよ」
「……なんで、起こしてくれないんよぉ!」
「本日は、予定がないとお聞きしておりましたので」
「ったくぅ〜」
「お疲れかと思いましたから…」

真子は、ふくれっ面。

「今日は、ごゆっくりなさってください」
「うん…」

真子は、布団に潜って眠ってしまった。

「本当に、お疲れなんですね…」

まさちんは、部屋を出ていった。


真子は、眠っていた。

くまはち…くまはち!!



朝焼け。
白々と空が明るくなっていった。
薄暗い山の中。朝の光が射さないほど、木々が生い茂っていた。
小枝を踏む音が聞こえた。

「しっかし、親分も、こんなとこで、見張りしろって、
 こいつ、こんな様子じゃ死んでるやろなぁ」
「かもなぁ。胸を切り裂かれてるみたいだし、頭…、
 頭蓋骨陥没してそうだなぁ、これ」
「ま、死んでても、阿山真子は来るだろうってさ」
「死んでるんだったら、何もここで見張らなくても、なぁ」
「そうだよなぁ」

川上組の若い衆が二人、木にくくりつけられているくまはちの前で話し込んでいた。
二人の話からすると、くまはちの姿は、無惨な感じらしい。
若い衆の一人が、くまはちの顎に手をかけ、顔を上げた。
くまはちは、男を睨んでいた。

「生きてるよ」

その時だった。くまはちの口元が不気味につり上がった。
次の瞬間、くまはちの姿が、男の目の前から消えた。



AYビル・まさちんの事務室。

『阿山真子様。
 猪熊を無事に帰して欲しければ、一人で
 指定の場所へ来て下さい。お待ちしております』

「…か…。ふざけた野郎だぜ」

まさちんが、真子宛の手紙を簡閲したときに、見つけた内容だった。その手紙を懐に入れ、そして、他の手紙を手にして、真子の事務室へ入っていった。

「組長、郵便です。それと、今日の分のサインもお願いします」
「…くまはちの行方は?」
「まだ、何も連絡入ってません」
「二人は?」
「未だ、意識は戻っていないようです」
「そう…。ありがと」

冷たい感じの返事。
本来なら、その冷たさに項垂れるまさちんだが、この時は違っていた。

「組長、申し訳ありませんが、私、急用が入りました」

真子が手紙を読み始めた時、まさちんが言った。

「うん」
「今から、二時間ほど、留守に致しますが、その間は…」
「ん? むかいんとこにいとくよ」
「申し訳ありません」
「うん。気を付けてね。午後は、大学だから」
「はい。お迎えにお伺いいたします。では、失礼します」

真子は、まさちんが事務所を出ていく姿をチラッと見ただけで、仕事に没頭し始めた。
そうしないと、何かが、暴走しそうで、真子自身が、恐かったのだった。



まさちんは、AYビルを出たその脚で、真北の仕事場へ来ていた。
いつもの如く、ふてくされた表情だが……。

「…来たくなかったんですけどね」
「悪いな」

真北は、まさちんから、先程の手紙を受け取った。

「指定場所って、暗号かよ…。推理小説じゃないんだからぁ」
「これって、山の中ですよ」
「そうだよなぁ」
「奴らのことです。組長を呼びだして、命を狙うに…」
「でも、光の能力のことを、口にしていたんだろ?
 …恐れていたことにならなければ、いいんだが…」
「恐れていたこと?」
「能力を利用して、この世界を支配することだよ…」
「そ、そんなこと…」
「……封じておけばよかったな…。…くそっ…」

真北は項垂れてしまう。
そんな真北の姿を観て、まさちんは、声を掛けることができなかった。




「えっ?!…うぐっ……」

川上組の若い衆、くまはちの顎に手を掛けていた男が、前のめりに倒れた。
その男の首には、ロープが巻き付けられていた。そのロープの両端を握りしめているのは、なんと、くまはちだった。

「こ、このぉ!!」

もう一人の若い衆が、くまはちの姿に恐れながらも、片手にナイフを持って、向かっていった。しかし、その男は、くまはちの蹴りに、思いっきり飛ばされ、後ろの木に背中からぶつかった。
地面に落ちる男。

「はぁはぁはぁ……うっ……」

くまはちは、その場にしゃがみ込んでしまった。
ふらつきながらも、くまはちは、その場を去っていく。

「!!!!!!」

くまはちは、身を伏せた。
直後に、くまはちの頭の上を何かが通り過ぎていった。
目をやった。
そこには、矢が何本も突き刺さっていた。

…そういえば……トラップを仕掛けたと言っていたな…。

くまはちは、何かを思いだしたように呟き、気を集中させた。
そして、辺りの気配を探りながら、くまはちは、何処かを目指して歩いていった。

トラップをたどれば、着くはずだ……。

くまはちは、仕掛けられているらしいトラップをいとも簡単に、避けながら、どんどん進んでいった。


ドッカァァァン!!!!!


「何じゃ?!」
「爆発?」
「あれは、仕掛けた所じゃないのか?」
「あいつら、あれ程気を付けろと言ったのにな」
「仕掛けなおしやな。ったく」

少し開けた所にある小屋で、優雅に待ちかまえていたのは、川上組の田水と森。
仕掛けたトラップが、爆発したと思い、田水と森、川上組組員の数人が、手に何かを持って、山の中へ向かって行った。
若い衆が、五人、その場に残っていた。
その五人は、田水達の姿が見えなくなるまで見送っていた。そして、それぞれが、別の行動に移った時だった。

「ぐわっ!」
「うっ…!」
「!!!」

うめき声を上げて、山に近い方に立っていた男達が、次々と倒れていった。

「なに?! …うっ…!!」

異変に気が付いた男が、振り返った時だった。口を塞がれ、首をへし折られた。
男は、その場に倒れてしまった。
それらを目の当たりにした最後の男は、驚きのあまり、腰を抜かして、座り込む。その男の視界が真っ暗になった。

バキッ!

鈍い音が、微かに聞こえた。
男は顔面に蹴りを喰らっていた。

倒れた男達の側に、一人の男が立っていた。
それは、くまはちだった。

「はぁはぁ……」

息が荒いくまはちは、男達の懐を探っていた。何かを見つけたくまはち。
車の鍵。
その鍵のボタンを押して、キーが開く音を頼りに、車を探し当て、そして、運転席に乗り込み、その場を去っていった。

「…組長……」

くまはちは、痛みを堪えながら、トランクの中で感じた車の動きを思い出しながら、車を走らせていた。



「……どういうことだよ」
「……あの傷で、これか?」
「奴をあまく、見すぎたようだな…」
「くそっ!」

田水と森は、くまはちをくくりつけていた場所に脚を運んでいた。しかし、そこに居たのは、くまはちではなく、力無く横たわる自分の組の若い衆だった。

「あの爆発は?」
「恐らく、トラップにかかったんだろうな」
「親分!」
「なんじゃい」
「トラップ全て、やぶられてます。それと、爆発場所には、何もありません!」
「何?!」

田水と森は、急いで、小屋へ戻っていく。


小屋の前には、若い衆が五人、息絶えたように横たわっていた。

「…くそ…。帰るぞ!」

田水は、組員達にそう告げて、車に乗り込んだ。
車は、くまはちが、去った方とは逆の方向へ走っていく。

「…次の作戦だ」
「はい。AYビル…ですね…」
「あぁ。あの、料理人だ…」

田水の顔には、悔しさが現れた反面、何か楽しむような表情も現れていた。




車が急停車した。その車からは、真北が降りて来る。真北が、駆け出した先には、事故を起こした様子の車があった。

「くまはち!!」

車の運転手を見て、直ぐに、それが、くまはちだと気が付いた真北は、運転席のドアを開け、ハンドルにしがみつくように俯いているくまはちに手を差し出した。

「…ま…き…た……さん…」
「何も話すな!」

真北は、くまはちの怪我の様子を診て、そして、抱きかかえ、自分の車の助手席に乗せた。

「…組長…無事です…か?」
「あぁ」
「よかった…。…組長の声が聞こえて…。心配…で…」

くまはちは、そう言って、気を失った。

「くまはち…? …ったく、そんな体で…」

くまはちは、熟睡していた。
くまはちの寝息に安心した真北は、橋総合病院へ連絡を入れていた。

「橋…俺だよ。…あぁ。くまはちが、見つかったよ。
 傷が、かなりな…。胸元が切り裂かれて、
 頭蓋骨は陥没してるよ。出血もひどいようだ。
 今? 熟睡してるよ。……あぁ。この様子なら、大丈夫だろ。
 あぁ。頼んだよ」

真北は、アクセルを更に踏んだ。

死ぬなよ、くまはち…。




AYビルの駐車場に、車が停まった。その車から降りてきたのは、川上組の森だった。
ビルのとある場所を見つめて、不気味な笑みを浮かべた。



まさちんは、AYビルの自分の事務所で、仕事の続きを始めていた。
電話が鳴る。

「もしもし……くまはちが? はい、解りました」

まさちんは、電話を切って、時計を見た。

「飛ばせば、間に合うか!」

まさちんは、そう叫んで、事務所を出ていった。


真子の大学へ向かう通学路の側にある道路を猛スピードで駆け抜ける車。

「間に合った!」

まさちんは、そう呟いて、ロータリーに急停車した。

「組長!」

まさちんは、大学の門をくぐろうとしていた真子を呼び止めた。

「何? 慌てて」
「くまはちが見つかりました」

真子は、その言葉に直ぐに反応し、車に乗り込んだ。





橋総合病院。
真子はくまはちの病室にいた。

「ごめん…くまはち…。でも……無事でよかった…。
 ほんとに…よかった…」

真子は、声を殺して泣いていた。



「くまはちの生命力もすごいなぁ」

廊下で真子の様子を伺っているまさちんが、呟いた。

「自力で抜け出すとはなぁ。改めて奴の強靱さを知ったよ」

真北が少し安心したような表情で話していた。

「俺もですよ」
「奴らが居たと思われる辺りな、瀕死の状態の男が七人居たよ。
 恐らく、くまはちだろうな。それに、くまはちがくくりつけられていた場所まで、
 トラップを仕掛けた痕が残ってたよ。すべて、見切ったようだけどな」
「……恐ろしいやっちゃなぁ」

二人が、安心したように話している頃……。



「料理長!!!」
「くっ……」

床に座り込んだまま、自分の右腕に手を当てて、一点を見つめているむかいん。そこには、不気味な笑みを浮かべたままの川上組の森が去っていく姿があった。
むかいんが抑える右腕は、見慣れない所が折れていた。

「救急車!! 警察も!」
「は、はい!」
「料理長!」
「…大丈夫だ、…みんな、落ち着いて…」

そう言ったむかいんの顔からは、笑顔が消えていた。



橋総合病院に救急車が到着した。
そこから降りてきたのは、むかいんだった。橋と共に、真北が待っていた。むかいんは、二人と目を合わそうとしなかった。


橋は、むかいんの治療をしていた。そして…。

「むかいん…傷はひどいぞ…」
「それくらい…わかりますよ…」
「…どうするんだよ」
「組長には?」
「真北が、伝えに言った。…くまはちが見つかったんだよ。
 それで、今、ここに居るよ」
「…そうですか…。くまはち、無事に…」

それ以上、何も言わないむかいんは、ギプスを付けられた右腕を見つめるだけだった。

「お大事に」
「…ありがとうございました」

そう言って、診察室を出ていった。

「むかいん!」

むかいんは、寂しげな雰囲気で振り返る。そこには、真子の姿があった。

「…組長…」

むかいんは、右手を慌てて隠した。しかし、真子は、右手の怪我に気づいていた。

「むかいん、まさか、それ……」

真子は、むかいんの右腕に手を置いた。

「ど、どじってしまいました。…階段で転んで…」

真子は、むかいんをギッと睨んだ。むかいんは、何も言えなかった。

しまった。組長の能力は…。

「嘘はだめだよ。…川上組やつら、ひどい……」

むかいんは、慌てて真子の手を払いのける。

「能力は駄目です!」
「しかし、むかいん、仕事が…」
「大丈夫ですよ、これくらい。すぐに治ります。
 それに、他のコックたちの腕がいいですから」

むかいんは、無理に明るく振る舞っていた。

「むかいん…」
「くまはちが、見つかったとお聞きしましたけど、様子はどうですか?」
「熟睡してる。傷もね、見た目はひどいんだけど、それほどでもないんだって…」
「よかったですね」
「うん…。むかいん…」
「なんですか?」
「ごめん……」

真子は、俯いてしまった。

「組長…」

むかいんは、真子の心が痛いほど解っていた。
そんな真子の頭を優しく撫でる。

私は、軽い傷です。

むかいんの心の声に反応したのか、真子が顔を上げた。
むかいんは、微笑んでいた。

「むかいん…」

真子は、気を取り直し、いつものように、明るい声で言う。

「だけど、しばらくお店を休みにした方がいいよ。
 あいつら、また店で暴れてしまったら……」
「大丈夫ですよ、組長。あいつら、私が目的のようでしたから。
 …店の信用を落とすには、私の腕だと思っていたようですよ!」
「……当分、仕事できないね」
「いい休みが取れたと思えば、いいんですよ。
 それよりも私の怪我が治るまで、家の料理は
 組長が、してくださいね!」
「うん……うん????」



その夜。
真子は、家の台所でフライパン片手に料理中。そこに、むかいんが、やって来た。

「組長、すみません」
「気にしない、気にしない!」
「お忙しいのに…」
「だからぁ。それより、むかいん、休んでなくていいん? 痛みは、ない?」
「痛み止めありますから」
「飲み過ぎに気を付けてね」
「はぁい」

むかいんは、笑っていた。


食器を洗っている真子。その横で、まさちんが、洗い終えた食器の水分を拭き取って、棚になおしていた。

「…明日から、どうしよう…」

真子が呟くように言った。

「何がですか?」
「むかいんだよぉ。一人にしとけないやん…」
「まぁ、そうですけど…」
「…まさちん、ついててくれる?」
「組長、それは、できません」
「なんで?」
「組長、お一人になりますよ」
「そうだけど…」
「…もう少し、現状を把握してください。いいですか。
 くまはちは、動けない状態、竜見や虎石もですよ。
 ですから、今、組長をお守りできるのは、私しかおりません。
 その私が、むかいんと一緒いるとなると、組長は、お一人になります。
 …奴らに狙えと言っているようなもんですよ!」

珍しくまさちんが、真子に強く訴えていた。

「…わかってるよ…それくらい…。だけど、むかいんを一人にしとけないよ…」

真子は、食器を洗う手を止めて、項垂れてしまう。そんな真子をまさちんは見つめていた。

言ってはいけなかったか…。

まさちんは、困った表情になる。暫く見つめた後、まさちんは、真子に近づき、流れている水を停めた。

「組長のお気持ちは、わかります。ですが、私が、組長から離れることは、
 むかいん自身も許さないと思います。むかいんと行動を共にしましょう」

真子は、まさちんを見た。
まさちんは、微笑んでいた。

「…まさちん…」
「家にいるときは、様子を見ておきますから。同じ部屋ですし」
「うん。お願いするね…」

まさちんは、真子の手から、スポンジを受け取り、残りの食器を洗い始めた。

「あとは、私が、洗いますから。組長は組長の仕事をしてください」
「仕事って、何もないけど…」
「たくさんありますよ」

まさちんは、とびっきりの笑顔で真子に言った。

「…そんな顔されても、しないよぉだ。べぇー!」

真子は、まさちんにあっかんべーをしてキッチンを出ていった。

「…ったくぅ…」

まさちんは、食器を洗い始めた。


真子は、むかいんの部屋の前でむかいんの様子を伺っていた。


むかいんは、ベッドに横たわって、天井を見つめていた。

「動かすことが…できなくなる…か……」

ギプスを巻いた腕を眺めるむかいん。

「…もう、できないのかな…。組長の笑顔…見ること、
 …できないのかな…。…そんなの…嫌だよ…嫌すぎるよ…」

むかいんの目から、涙が溢れ、頬を伝っていった…。




阿山組本部。
関東幹部達が、慌ただしい動きをしていた。若い衆は、それを見ているだけだった。

「くまはちとむかいんが、やられたって本当か?」
「狙いは、組長ではないのか?」
「川上組のやつら、何を考えている!!」

幹部達の言い争いを静かに聞いていた山中が、机を叩いた。

「関西は、関西幹部に任せておけ。俺達は、九州と東北を任されているんだ。
 特に動きの激しい九州地方には、目を光らせておけ。万が一のことがあった
 場合に備えて準備はしておけよ」
「御意」

山中の表情は一段と厳しくなっていく。




真子の自宅。

「むかいん!! 行くよぉ! 病院でしょ! 早く!!」

真子が、階段の下から二階に向けて叫んでいた。

「直ぐ行きます!」

その声が聞こえた後、二階から、走ってくる音が聞こえた。少し笑顔のむかいんが降りてくる。

「一人で行けますって、あれほど…」
「…くまはちの見舞いも行くんだから。一緒に行こうよぉ」
「そうでした…。くまはちの様子は?」
「意識回復して、体を動かそうと無茶したもんだから、
 橋先生に、抑制されたんだってぇ。それでもね、くまはちのことだから、
 抑制のベルトを引きちぎって病室抜け出したってさぁ。すごいよね。
 私より、手こずるって、橋先生が、嘆いてるって」
「くまはち、馬鹿力ですから」
「でも、まだ、三日でしょぉ。なんだか、くまはちが、恐いなぁ」
「それが、あいつですから」
「そだね。…まさちん、まだぁ?!」

真子は、リビングに向かって叫んでいた。

「直ぐ行きますぅ!!!」

まさちんの叫び声が聞こえてきた。

「うわぁ〜っ!!!」

ガッチャァン!!!

まさちんの声とガラスの割れる音が、家中に響き渡った。
真子は項垂れ、むかいんは、呆れたような表情をする。そして、二人は顔を見合わせて笑い出した。


車の中。

「ったくぅ、くまはちに怒られるよぉ」
「内緒にしててください」
「言ってやろ、ね、むかいん」
「えぇ」

むかいんは、真子の問いかけに微笑んでいた。しかし、どことなく寂しそうな感じがしていた。



橋総合病院。

「ほな、むかいん、終わったら、くまはちの病室に…」
「いいえ、一人で帰りますよ。このあと、ビルですよね?」
「うん。…いいの?」
「えぇ。ありがとうございます」

そう言って、むかいんは、微笑んで診察室へと入っていった。真子は、少し寂しそうにむかいんを見送った。

「…むかいん…大丈夫なのかなぁ」
「…心配ですか?」
「うん…」

まさちんは、真子の頭を優しく撫でた。

「なに?」
「別に…」
「くまはちっとこ、行こか」
「はい……。……組長、あれ…」
「……ったくぅ〜」

まさちんが指をさしたところ。そこには、くまはちが、橋に追いかけられている姿があった。

「こらぁ、待たんかい!」
「もう、大丈夫ですからぁ!!」
「逃げるなぁ!!」
「逃げます!!……うわっ!!!」

くまはちは、その場に座り込んでしまった。

「っつー……。…なんだよぉ、一体!!!…って!!!」

くまはちは、突然、腹部に蹴りを入れられた。そして、目の前に立つ人物を見上げて驚いた。
くまはちの目の前には、真子が立っていた。

「組長…」
「真子ちゃん…」
「ったく…くまはちはぁ」

真子の拳が、力強く握りしめられた。そして、高く掲げられた!

「うわぁ、組長!! いけません!!!」

まさちんが、くまはちの前に駆け寄った。

ガツッ!


くまはちの病室。
まさちんは、頭のてっぺんに冷却剤をのせ、ふくれっ面になって、真子を睨んでいた。

「…ごめんって言ってるやんかぁ」

真子もふくれっ面になる。

「何も、あんなに強い拳を、それも、怪我人のくまはちに
 向けなくてもよろしいのではありませんかぁ」
「くまはちには、特別強いものを…」
「頭の上に? くまはちの怪我は、何処と、何処ですか?」
「……頭と胸…。……ごめんって」

真子は、恐縮そうに首をすくめる。

「そう怒るなって、まさちん。あれだけ走り回る重傷患者は
 真子ちゃんの拳を受けたくらいじゃ、悪化せん」
「橋先生…」
「それに、まさちんは大丈夫や。これくらいじゃ、びくともせん」
「そっか」
「あの…橋先生???」
「その通りやろ」

くまはちの一喝?!

「…くまはちぃ」

項垂れるまさちん。それを観た真子達は、思わず笑い出してしまった。

くまはちの病室に笑いが起こっていた。その病室に入ろうとドアノブに手を伸ばしていたむかいんは、その雰囲気に躊躇ったのか、ドアを開けようとした手を引っ込めた。
そして、一人でその場を去っていった。



(2006.2.28 第三部 第十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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