任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十話 阿山トリオを手に入れろ!

むかいんは、足取り重く、駅の改札を出てきた。そして、商店街の前を通りかかった時だった。

「おぅ、涼ちゃん! お帰りぃ。どうや、調子は!」

肉屋のおじさんが、明るくむかいんに声をかけてきた。

「ええ肉入った…んやけど、それじゃぁ、無理かぁ。ま、持って帰って、
 真子ちゃんに教えたってや。昼、まだやろ。一緒にどうや?」
「はぁ、まぁ…」

むかいんの返事は、煮え切らない。そして、表情は…。

「暗すぎるで、涼ちゃん。あの笑顔はどうしたんやぁ。それだって、
 すぐに治るんやろ? そしたら、また料理できるんとちゃうんか?
 …そんな顔しとったら、真子ちゃんが、心配するんとちゃうか?」
「…えぇ」
「ま、ご飯でも、食べて、気分転換気分転換!
 おぉい、涼ちゃんと飯喰ってくるからな! あとよろしく!」
「あんた! また、さぼるんか!」

店の奥から、奥さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
肉屋のおじさんは、むかいんの手を引っ張って、商店街にある中華料理店へ入っていった。




AYビル・むかいんの店。
真子は、様子を見に厨房へ入ってきた。

「真子様…」
「みんなちゃんと、仕事してる?」
「えぇ、まぁ…」

厨房は、いつもより、暗かった。

「暗いなぁ、もぉ。そんなんじゃぁ、みんなにおいしいものを
 食べてもらえないよ! ったく、笑顔はどうしたんよぉ!」
「…笑顔になれませんよ…。料理長があんなことに…」
「だからといって、むかいんが休んでいる間に、客が減ったら
 …むかいん…怒るよ…?」

真子は、真剣な眼差しでコック達に言った。
コック達は、真子の目を見て、そして、何かを思いだした様子。
それは、むかいんが襲われていた時に見せた、『やくざ』な表情だった。
気になるのか、コック達は、真子に恐る恐る尋ねた。

「その…料理長が本気で怒ると、どうなるんですか?」
「…むかいんの包丁さばきを思い出したらいいよ」
「…料理長の…包丁さばき…?」

コック達は、むかいんが包丁を持っているときの姿を思い出していた。
確かに…すごい…。

「だから、みんな、…むかいんが、居ない分…、
 頑張って下さい…お願いします」

真子は、深々と頭を下げていた。

「真子様…。わかりました。がんばります!」

コック達は、笑顔で応えた。

「うん。その笑顔でね!」
「はい!」
「真子様、これを料理長にお渡し下さい」
「これ…なに?」
「お客様からのお見舞いの品々です」
「お見舞い?」

店長は、大きな紙袋を五つ、真子に渡した。

「その…、事件の日に、料理長が襲われているのを目の当たりにした
 お客様が、心配なさって…。…あの日、料理長、怪我をしているというのに、
 私たちを心配して…『大丈夫だ、落ち着いて』とおっしゃったんです…。
 だから、私たちは、すごく落ち着いて行動が取れたのです…。そして、噂を
 聞いた常連さまが、こうして、これらを…」
「そうなんだ…」

真子は、なぜか、複雑な表情をしていた。



「へい、お待ち!」
「いただきます」

中華料理の店長が、むかいんに料理をさしだした。

「涼ちゃん、大丈夫やって。わしかて、やけどで一時期大変やったんやで。
 中華料理は、炎が命やろ、わし、やりすぎて、大やけど負ったんやわ。
 でも、傷跡なんて、わからんやろ。ほんまやったら、残るんやけどな。
 橋先生が、治してくれたんや。涼ちゃんも、先生とこやろ? 安心せぇって」
「一生、無理だと言われた…」
「…そんなに、複雑なんか?」
「わからない…」
「ったく、あの先生も、意地悪なとこあるからのぉ。
 そう心配せんでも、大丈夫やって。治る治る!」

肉屋のおじさんと、店長が、むかいんを励まそうと明るく振る舞っていた。それでも、むかいんは、暗かった…。

「一体、何が不安なんや?」
「…俺の生き甲斐が…なくなったようで…」
「生き甲斐?」
「俺の料理で、組長が、笑顔で居てくれることが、
 俺…うれしくて、張り切って…。だけど、今、それができないと思うと…。
 一生出来ないのかと思うと…。俺……」
「そっか、涼ちゃん、真子ちゃんの専属料理人やったっけ。
 今の涼ちゃんがあるのも、真子ちゃんのお陰やもんなぁ」

肉屋のおじさんが、言った。

「その真子ちゃんは、何を言ってるんや?」

店長が、次の料理をしながら、むかいんに尋ねた。

「休暇ができたと思えばいいよ…って」
「そう言うことだよ。涼ちゃん、休みなしで働き通しやろ?
 真子ちゃんの言うように、いい休暇やと思えばええねんって」
「…でも……」

それでも、むかいんは、煮え切らない様子だった。



「ただいまぁ〜。あれ? 何これ」

真子が家に帰って玄関を開けると、そこには、買い物袋が置かれていた。

「あれ? 肉に、ぎょうざに…って、むかいんかな?…家に居ないみたいだね」
「えぇ」
「公園かな?」

そう言って、真子は、直ぐに公園へ向かって駆けだした。

「あっ、組長!!」
「直ぐそこだから、大丈夫!」
「って、あのねぇ〜。ったくぅ」

そう言いながら、まさちんは、真子を追いかけていった。



公園まで駆けてきた真子は、公園の中を見渡して、むかいんを探す。
むかいんは、ベンチに座っていた。
むかいんの足下にボールが転がってきた。むかいんは、それを手に取った。そして、目の前に走ってきた八歳くらいの少女を見た。少女は、かわいい笑顔で手をさしだしていた。

「はい」
「ありがとう!」

無邪気に笑う少女を見て、むかいんは、何かを思いだしたように微笑む。

「ばいばい!」

少女は、むかいんの笑顔に応えるかのように、言った。むかいんは、優しい笑顔で、少女に手を振っていた。

「むっかいん!」
「組長!」

むかいんは、真子を見て、急に立ち上がった。

「どうしたん、こんなとこで」
「…昔を思い出していたんですよ」
「昔?」
「組長と初めてお逢いした頃ですよ。ちょうどあの少女くらいの
 年齢でしたね。組長は、私の料理を初めて口にして、その時の
 笑顔を思い出したんですよ。おいしいって」
「うん。おいしかったもん。だから、私が、父に頼んで
 専属にしてもらったんだよね」
「えぇ。…私は、組長の笑顔が、楽しみで、料理に
 励んでいました。…だけど、…今は……」

むかいんは、そこまで言って、俯いてしまう。

「むかいん…。……帰ろっ!」

真子は、むかいんの手を引っ張った。

「……はい…」

むかいんは、真子に引っ張られるような感じで家へ向かっていた。真子は、むかいんと繋がっている手をしっかりと握りしめていた。

大丈夫だからね、むかいん。

真子の手は、すごく温かかった。


真子は、リビングのソファに寝転んで、津田教授の資料を読んでいた。しかし、気持ちは別の所へ飛んでいた。まさちんは、そんな真子を気にしながらも、向かいのソファに座って、書類整理をしていた。

「ねぇ、まさちん」
「なんですか?」
「むかいん…その後、どう?」
「いつもと変わりません」
「…あのね…なんだか、無理に明るく振る舞ってる
 ような感じがするんだけど…。部屋では、どう?」
「私も思います。…部屋でのむかいんは…一人で、静かです」
「やっぱり、無理に明るく…。むかいんったら…。
 ……あっ、そうだよ。ね、まさちん。そうなの!」
「な、何がそうなんですか?!?!」

まさちんは、真子の突然の叫びに何が起こったのかわからなかった。
真子は、突然立ち上がり、出かける用意をし始めた。

「組長、どちらへ?」
「ちょっとね。一人で大丈夫だから!」
「だから、だめですよ。ご一緒いたしますから」
「…わかったよぉ。じゃぁ、行くよ」
「は、はぁ」

まさちんは、真子の行動がわからないまま、真子の言われる通り行動していた。

そして……。


「むかいん! 組長がお呼びだよ」
「う、うん…」

部屋のベッドにうつぶせに横たわっていたむかいんは、慌てて飛び起きた。そして、突然のことで戸惑いながらも、台所に入っていった。

「組長、なんでしょうか」
「あーー、待ってたよぉ、むかいんーー! 教えてよぉ、料理」

台所には、真子が包丁片手に、料理の材料をてんこもりにして、困った表情で立っていた。

「しかし、組長、私は……」
「包丁使えなくても、むかいんの舌と目と耳と鼻で
 教えることできるでしょぉ〜!!」

むかいんは、真子の言葉に驚いていた。
真子は、むかいんに笑顔を向ける。

「ねっ、むかいん。お願い!!」

真子は、むかいんに手を合わせて、お願いしまくっていた。
むかいんは、真子の姿を見て、何かを思い出す。

そして…。

「もう少し、しょうゆを…」
「はい!」
「これくらいでいいでしょう」
「盛りつけはぁ???」
「それは、私が」
「次ぃ!」
「…しっかし、この材料は、多すぎますよ。明日の分もあるんですか?」
「そんなつもりじゃなかったんやけどぉ…」
「おじさんたちですね?」
「うん…。たっぷり料理を作るから、どれがいいかって聞いたら、
 滅茶苦茶サービスしてくれたぁ。むかいんからも、お礼言っててよね。
 で、次は?」

むかいんは、水を得た魚のように活き活きとした感じで真子に料理を教えていた。
久しぶりにむかいんに笑顔が戻っていた。
この様子を影でこっそり見ていたまさちんと真北は、安心する。

「流石組長ですね。むかいん、元気になった」

まさちんが言う。
真北は、ただ、微笑むだけだった。

「もうすぐ出来そうですね! 楽しみですよ」

まさちんは、唾を飲み込んだ。

「できたよぉ!!」

食卓には、かなり豪華に盛り立てられた料理がたっくさん並んでいた。それを前にして、まさちん、真北、そして、ぺんこうは、微笑んでいた。

「いただきます!」

むかいんは、みんなの笑顔を見て、嬉しそうに微笑んでいた。

取り戻した!

それは、むかいんが料理人としての勘を取り戻した瞬間だった。

そして…。

「行って来ます!」

元気な声で出勤するむかいんの姿があった。
まだ、右腕を動かすことはできないが、真子が言ったように、舌と目と耳と鼻で、仕事ができると気がついたからだった。
そんなむかいんを見送る真子は、うれしさが顔一面に溢れ出ていた。
むかいんの肩には大きな鞄が掛けられていた。それを大事に持って歩いていくむかいん。その鞄の中には、とても大切な物が入っていた。
お客様への返事の手紙と品々だった。

「では、私たちも出勤ですね」
「それは、まさちんだけ」
「どうしてですか?」
「私は、講義へ」
「…解りました。お送りします……」

真子のとびっきりの笑顔に負けたまさちんは、一路、大学へ向かっていた。


むかいんの店・厨房。
むかいんが、戻ってきたことで、更に明るさが増し、素敵な料理を作り、そして、お客様の素敵な笑顔を見ることができたのだった。

「次!」

むかいんの元気な声が、響き渡っていた。



その頃、大きなトランクから、丸い物を取り出す人物が居た。
それらを腰につけ、そして、上から服を着た。
不気味につり上がる口元。そして、手にした一枚の紙切れ。それをくしゃくしゃにして、床に放り投げた。
その紙切れを踏みつけ、そして、部屋を出ていった。
その紙には、英語の文字が書かれていた。
何かが、起こる…!





真子は、車の後部座席で、書類を見つめていた。

「これ、無理があるんちゃうかぁ」
「ん?」

運転中のまさちんは、ルームミラーで、真子がピラピラさせている書類をみて、手を差しだし、受け取った。

「…これですねぇ、私もそう思います。でも、水木さんが、
 すんごく乗り気なんです」
「…そっかぁ。まぁ、水木さんだったら、曲がった物も
 反対に曲げるくらいの力があるから、大丈夫かぁ」
「組長、それは、言い過ぎですよ」
「ってことは、まさちんも思ってるんやろ?」

真子は、まさちんから、書類を返してもらった。

「まぁ、多少なりとも…」
「水木さんに言ってやろ」
「組長ぉ〜」

まさちんは、ふくれっ面になる。

「午後の講義は、一つだけですか?」
「うん。でも、その後、津田教授のところで、光の資料を借りるから、
 遅くなると思う」
「わかりました」
「一人で帰るから、いいよ」
「駄目ですよ…と何度言わせるおつもりですかぁ」
「…まさちん、忙しいやん」
「私の本来の仕事を取り上げないでください」

まさちんは、敢えて、『本来の』の部分を強調して言った。

「なんか、トゲがある言い方やんかぁ」
「その通りですよ。…うわぁ!!」

まさちんは、突然目を塞がれる。
まさちんは、もう、慣れたもんだが、やはり、驚いてしまうのだった。

「組長ぅ、いい加減にして下さい!!」

真子の手をほどきながら、まさちんは、嘆く。
真子は、ふくれっ面になっていた。




AYビル。
真子が、地下駐車場から上がり、いつものように受付へと向かって歩いていた。真子の後ろには、まさちんが、ぴったりと付いてくる。
まさちんは、真子の背中に向かって、受付で長く話をしたら、駄目ですよぉ〜っとオーラを醸し出していた。

「おはよぉ! むかいん、着いた?」

背中に感じるオーラを無視しながら、真子が声を掛ける。

「おはよ! 元気に仕事場へ向かっていったよ!」

明美が、明るく応えた。

「ほな、様子を見てから、上に行こか、まさちん」
「そうですね」
「じゃぁ、帰りにぃ!」
「がんばってねぇ!」

真子と明美は、手を振り合っていた。そして、エレベータホールへとやって来た。

「おはようございます」
「おはよ。あっ、二階で一度下ろしてね」
「はい」

エレベータの前には、須藤組の若い衆が一人立っていた。そして、真子の言うとおりに、二階のボタンを押す。


むかいんの店は、開店前の準備をしていた。真子は、こっそりとむかいんの店の厨房に通じるドアの前にやって来た。そして、横にある窓から、そっと中を覗き込む。
その窓は、厨房の様子をお客様に見ていただこうという真子の考えから出来た窓。
窓からは、むかいんが笑顔で、コック達に話をしている様子が見えていた。コックのうちの一人が、真子に気が付く。

「しぃ〜っ!」

真子は、優しく微笑んで、口の前で指を一本立てて、合図を送る。コックは、真子が言いたいことがわかったのか、すぐに、顔を背けた。
むかいんは、自分の荷物の中から、何かを取り出し、コック達に渡していた。そして、厨房を出ていった。

「大丈夫だね」
「そのようですね」
「安心した。…行こうか」

真子は、同じように覗いていたまさちんに笑顔で言った。

「はい」

真子とまさちんは、エレベータホールへ向かって行った。そして、三十八階へ向かっていった。




AYビル・会議室。
真子を筆頭に、関西幹部が会議中。次の事業に関することや、本屋のこと、そして、AYAMA社のこと。次々と課題がのぼっていた。真子は、何かを忘れるかのように、それに没頭していた。



AYビル・一階。

「すみません、ここへ行きたいんですけど…」

二人の女性が、警備の山崎に一枚の紙を見せながら、尋ねていた。

「えっとぉ、ここへは…」

山崎は、優しく応対する。
その横を一人の男が、ゆっくりとした足取りで入ってきた。その男は、ちらっと受付を見た。
受付では、明美とひとみが、客の応対に追われていた。それを横目に男は、エレベータホールへと歩いていく。
三十八階に通じるエレベーター前には、誰も居ない。
男は、到着したエレベータに乗り込んだ。
上昇するエレベータの中で男は、懐に手を当て、何かを確認した。そして、ズボンのポケットに手を入れ、俯き加減に、立っていた。


エレベータのドアが開いた。
エレベータホールで待機している須藤組の若い衆が、見知らぬ男を見て、警戒する。

「誰じゃい!」

男は、何も言わずに懐から銃を取り出し、組員に発砲した。

「ぐわっ!」

その銃声で、須藤組事務所から、組員が飛びだしてきた。
しかし、男は次々と組員に発砲しながら、真子達の居る会議室へ向かって歩いていく。

「出てこいや、阿山真子ぉ!」

男が、会議室の近くまでやって来た途端、怒鳴る。
その時、会議室から、真子がゆっくりとした足取りで出てきた。
廊下に出てきた真子を見た男は、立ち止まり、にやりと笑った。

「阿山…真子……」

銃を真子に向けた。

「お前は…桜島組の…宮?」
「あぁ。俺は、まだ、命令を実行していないのでな。
 『阿山真子を殺せ』ということだ」

真子は、呆れた感じでため息をついて、そして、じりじりと宮に迫っていく。
宮は、真子が迫ってくることに、少し怯えている。
構えている銃が震えている。
真子は、それを見逃さなかった。

「そんなに震えていて、ちゃんと撃てるのか?」

真子の口の端がつり上がった。宮は銃を構え直す。その時、宮の後ろから、静かに近寄ってくる人物が居た。真子は、その人物に気がついていたが、宮は、全く気づいていない。

「うりゃぁ!」
「ナイス! よしのさん!」

宮は、よしのに銃を取り上げられ、取り押さえられた。
須藤達が駆けつけ、まさちんが真子の前に立つ。

「組長、無茶しないでください!」
「だけど、私が呼ばれたから…」
「ですけど…。まったくぅ」

まさちんは呆れ返っていた。
真子は、よしのに取り押さえられている宮を見た。観念している様子は、微塵も感じられなかったことが、真子には気がかりだった。
宮は、取り押さえられながらも、真子を見ていた。
真子は宮と目があった。
すると、宮は不気味な微笑みを浮かべた。
それを見て真子は、背筋が凍る思いがした。
その時だった。
突然、宮が暴れ出す。

「うわっ!」

よしのは、宮から手を離してしまった。
次の瞬間、宮は腰辺りに手を当てた。そして、何かを引っ張った。

「えっ?!ちっ!」

真子は、まさちんを押し退け、宮を捕まえ、真横にある非常階段に連れ込んだ。そして、ドアを勢い良く閉めた。

「組長?」

まさちんは、真子の突然の行動に驚き、非常階段のドアに歩み寄った。その時、足下に落ちている物に気が付き、拾い上げた。
それは、丸いわっかに、一本の棒がついている。

「これは…!!!」

気付くのが遅かった……。

ボン!

何かが破裂するような大きな音がして、ドアの隙間からオレンジ色の光が漏れてきた。



むかいんの店。

「何の音?!」
「上の方で聞こえたで!」

むかいんと話をしていた女性客が騒ぎ出した。
むかいんは、何か胸騒ぎがした。店長がむかいんの側へやって来る。

「見てきましょう」
「いいや、私が行くよ。お客様の安全をお願いします」
「はい」

そう言ってむかいんは、店を出て、エレベータホールへ向かっていった。

「…?? まさちんの…声?!」

むかいんは、非常階段から、微かに聞こえてきた声に聞き覚えがあった。
むかいんは、急いでエレベータのボタンを押した。しかし、エレベータは動く気配を見せず、三十八階の数字が光ったままだった…。

「一体、上で何が起こってるんだよ!!」




三十八階・非常階段。
須藤達が、組員に指示を出している中、まさちんだけは、真子を抱きかかえて放心状態になっていた。


救急車が、地下駐車場に到着し、救急隊員が三十八階に向かって駆けだした。その様子をむかいんは、だた、見つめるだけだった。


「まさちん、来たぞ。早く!」

須藤の声が聞こえないのか、まさちんは、真子を抱きしめたまま、動こうとしない。

「くそっ」

須藤は、まさちんの後頭部を殴り、気絶させた。そして、真子を救急隊員に任せた。

「すんません、こいつも、一緒にお願いします」
「は、はぁ」

須藤は、まさちんのことも救急隊員に任せた。真子が運ばれた直ぐ後に、原と別の刑事が駆けつけてきた。そして、よしのに、取り押さえられている放心状態の宮を連行していった。
三十八階は静まり返っていた。

「…手榴弾か……」
「組長だけが、気が付いたのか?」
「……俺達、平和ボケしてないか…?」
「かもしれんな…」
「…それよりも、なぜ、玄関を通って来れた?」
「厳重な警戒をしているんじゃないのか?」

須藤達が、話し込む。そして、須藤組へ一斉に入っていった。
防犯モニターの前に立ち、録画されているビデオを巻き戻し、その時の様子を見入っていた。
モニターには、宮が玄関から入ってくる様子が映し出されていた。警備の山崎は、他の客に応対中、そして、受付もそうだった。

「…こんな時に限って…」
「上手い具合に通ってきたんだな……くそっ!」

須藤が、モニターを殴りつけた。




署の取調室。
真北が、怒り任せに、机を思いっきり叩いた。その真北の前には、無傷の宮が座っている。宮は、震えていた。

「だから、何が起こったんだよ!!」

真北の激しい口調に、宮は、恐る恐る声を出し、非常階段で起こったことを話し始めた。

「俺が、ピンを外して、自分ごと、阿山組の連中をぶっ殺そうと思ったんだ……。
 ピンを抜いたんだよ。そしたら…あの、あの女……阿山真子…が、俺を
 非常階段に引っ張り、ドアを閉めて…そして、命を粗末にするなと…
 そう叫んで、手榴弾を俺から取り上げたんだ…。すると、あの女の手が…
 突然、オレンジ色に光り出した…。でも、手榴弾は爆発したんだよ…。
 なのに、俺は…無傷で…。なんだよ、あの女…恐ろしい…。
 そんな奴を狙うとは俺は……」

宮は恐怖に震えていた。

「オレンジ色の…光…??」

真北は、何か思い当たる事があるのか、考え込んでしまった。そして、突然、取調室を飛びだした。
車を急発進させた真北は、橋総合病院に向かって走り出す。



真子は、ICUに居た。まさちんが憔悴した様子でICU前に座り、何かを呟いていた。

「組長……どうか…ご無事で……組長…」

繰り返し繰り返し呟いていた。
真北が、ICU前にやって来る。そして、まさちんの姿を見つけ、近づいた。しかし、まさちんは、真北が側に来たことに、全く気が付いていないのか、真子を見つめながら呟き続けている。

「まさちん?」

まさちんは、真北の声に反応した。顔を上げたまさちんは、目を真っ赤にしていた。

「真北さん…」
「オレンジ色の光が現れたのは、本当か?」

真北はすごく焦ったような口調で、まさちんに尋ねた。

「ま、真北さん…?」

そんな真北を見てまさちんは、驚いていた。

「宮が、手榴弾を使って、お前らをぶっ飛ばそうと考えていたらしい。
 それを、組長が、手にして、そして、…オレンジ色の光を発したと…」
「そんなことが……。確かに、オレンジ色の光が
 ドアの隙間から漏れました。それが、まさか……」
「組長の持つあの光のことだが、青、そして赤。
 この二つのことは、すでに知ってるよな。
 そして、もう一つ。オレンジの光だ。…これは青、赤、
 この二つを操れることが出来てから現れるものなんだよ」
「ま、まさか……」
「…そのまさか…かもしれない…」
「組長が、光を操ることができるって…? …組長…、
 それを御存知だったのでしょうか…」
「わからない…。ただ、青い光も、赤い光も
 組長は、無意識のうちに使っているだろ…。
 だから、今回のオレンジ色も…」

そう言ったきり、真北は、何も言わなくなる。そして、真子を見つめていた。
ふと、真北は、まさちんに目をやった。

「…どうした、その首は」
「あぁ、これは…須藤さんに、やられました」
「須藤に?」
「俺が、あまりにも放心状態だったから、気絶させたと
 言われました。気が付いたら、ここだったんです」
「そうか…」

真北は、唇を噛み締める。まさちんは、真子を見つめていた。
足音がした。振り返ると、そこには橋が、立っていた。

「……橋……」
「…背中を強打したのと、両手のやけど。しばらくは、動けんぞ。
 …で、お前は、ええんか? 仕事。飛びだして来たんとちゃうか?」
「あぁ。後は、原がしてくれるよ。…俺には、組長の方が心配や。
 …組長の…能力の方が…」
「…真北…? ちょっと来い。まさちん、あとは、頼んだよ」
「はい」

真北と橋は、橋の事務所へ向かって歩いていった。

「…組長……」



真北は、橋に真子の能力のことを語り出した。

「オレンジ色の光?」
「あぁ」
「真子ちゃん、いつから、操ることができるように…?」
「…わからない。組長は光のことは、絶対話さないからな」
「真子ちゃん自身に訊いてみなな」
「…あぁ」

真北が項垂れる。

「…大丈夫か?」
「ん? …なんとかな。…大丈夫なんだよな」
「あぁ。目を覚ませば、いつものとこに移すよ」
「…頼んだよ」

そう言って真北は、立ち上がった。

「何処行くねん」
「仕事」
「そっかぁ」

真北は、静かに出ていった。そこへ内線が鳴った。

「なんやぁ」
『真子ちゃん、覚醒しました』
「わかった、直ぐ行くよ」

橋は、事務室を出ていった。




川上組事務所。
田水と森が、何かを体に装着していた。

「次、行くぞぉ」

田水が何かを楽しむような口調で言った。

「はいよ」
「行き先は…寝屋里高校だ…。午後から体育館で授業だからな」
「それにしても、阿山真子が、狙われるとはね…。
 桜島組の宮が生きていたことにも驚いたけどな」
「あぁ。しかし、宮が一人で行動するとは思えないよな」
「裏に誰が居たんだろな。まぁ、阿山真子は無事だと
 言うことだから、作戦は実行されるって訳だ」
「そうだよな。ふっふっふっふ…」
「くっくっくっく…」

不気味に笑う田水と森。そして、事務所を出ていった。




「まさちん、くまはちの様子はぁ?」
「ちゃんと橋先生の言うことを聞いていましたよ」
「うん…よかったぁ。…講義……」
「仕方ありません。…だけど、もう、無茶はやめてください」

まさちんは、すごく真剣な眼差しで、真子に訴える。

「…うん……」

真子の返事は、煮え切らなかった。




寝屋里高校。
ワゴン車のドアが閉まる音が、校内に響く。そのワゴン車を遠巻きに見つめる生徒達。その表情は、恐怖に怯えている。

「通報しないのか? …それとも、阿山真子に連絡を入れるか?
 まぁ、阿山真子は、今、入院中らしいがなぁ。はっはっはっは!」

高笑いをしているのは、田水だった。不気味な笑いを浮かべ、そして、ワゴン車に乗り、去っていった。
サイレンの音が、遠くから聞こえていた。


「次は…?」
「…橋総合病院だ。だが、警戒は厳しいからな…。奴が
 病院を出てくるところを待つ。…まぁ、準備は出来てるさ」

田水は、後ろの席に転がっている人物に目をやった。
その人物こそ、寝屋里高校の体育教師・ぺんこうだった。
ぺんこうの口元から、一筋、赤い物が流れていた。
その体は、車の振動に抵抗することなく、揺れていた。




橋総合病院・真子愛用の病室。

「お腹空いたぁ」
「駄目ですよ。食事は制限されてます。内臓もかなり
 衝撃を受けてるそうで、暫くは制限ですよ」
「…はぁい」
「痛みませんか?」
「うん、大丈夫」

ドアがノックされた。看護婦が、そっとドアを開け、顔を出した。

「まさちんさん、真北さんからお電話ですよ」
「はい、ありがとうございます。組長、ちょっと行って来ます」
「ほぉい。食べ物買ってきてって伝えてね」
「嫌ですよ。私が怒られますから」

まさちんは、微笑んでいた。
真子がふくれっ面になっていたから…。
そして、出ていった。


まさちんは、ナースステーション前に来た。そして、そこに設置してある受話器を取った。

「失礼します。…もしもし。……はい……わかりました。
 …しかし、組長の方は…。はい。すぐ行きます」

まさちんの顔は険しくなっていく。そして、電話を切り、大きなため息を付き、足取り重く真子の病室へ戻っていった。

「真北さん、なんて?」
「ちょっと来てくれと言われましたので、出掛けてきます。申し訳ありません」
「なんだろう。まっ、きっと宮のことかなぁ。気を付けてね、まさちん」
「はい…行って来ます」

まさちんは、真子の笑顔に見送られ、病室を出ていった。まさちんの脚は、自然と速くなっていた。そして、車に乗り、橋総合病院を後にした。



病院の近くには、一台のワゴン車が停まっていた。まさちんの車をつけるように、走り出す。



まさちんの車は、寝屋里高校の門の前に横付けされた。まさちんが、ゆっくりと降りてくる。そして、門をくぐって中へ入っていった。
寝屋里高校には、たくさんの刑事や鑑識の人達が慌ただしく何かを調べている様子が見える。それを横目に、まさちんは、とある場所に向かっていった。そこは、体育館から外に通じる階段だった。足下を見たまさちんの顔が曇った。
血痕があった。

「まさちん…」

まさちんは、その声に振り返る。そこには、深刻な面もちの真北が立っていた。

「…ぺんこうが…拉致されたよ…」

真北は、静かにぺんこうの眼鏡を差し出した。
まさちんは、何も言えなかった。

「まさか、ぺんこうに手がまわるとは、思わなかったよ…。
 …あいつら、どこまで知っているんだ?」
「…くそっ!」

ガン!

まさちんは、壁に拳をぶつけた。そして、ふと、別の場所を見た。

「…人望が厚いんだな、ぺんこうは。流石だよ…」

まさちんが見つめる先。そこには、泣きじゃくる生徒達が、立っていた。

「あぁ。…手がかりは今のところ見つかっていない。しかし、
 今までの状況からいくと、恐らく…」
「川上組…」
「……組長に…どう言えばいいのか…」

真北は、口を尖らせた。

「まだ言わない方が…体力が…」
「…港事件のこともある。後で知った時に、再び…」

沈黙が続いた。

「くまはち、むかいん、ぺんこうときたんだ…まさちん…気を付けろよ」
「俺は、大丈夫ですよ!」

まさちんは、無理に明るく振る舞っていた。

「組長には、俺から言います。では、病院に。何かわかりましたら…」
「直ぐに連絡するよ」
「お願いします!」

まさちんは、去っていった。
真北は、まさちんの車が見えなくなるまで、見つめていた。そして、仕事に戻った。




寝屋里高校の現場検証が、終わり、後かたづけをしているときだった。

「真北さん、原さんから連絡です!」
「あぁ、ありがとう。その後、どうなんだ?」

原に尋ねる真北。しかし、原から返ってきた言葉は…、

『…真北さん、このナンバーに覚えがありませんか?』
「ナンバー?」

全く別のことだった。
原は、静かに車のナンバーを告げた。その途端、真北の表情が曇る。

「……おい、それは……。場所はどこだよ!!」

真北の顔つきが変わった。そして、車に飛び乗り、急発進させた。
運転する真北の雰囲気が、刑事から、やくざへと徐々に変わっていく。
原の言葉が耳から離れなかった。

『現場には、その車がボロボロの状態で放置されていて、
 その車の後ろには、おびただしい血が……。真北さん…、
 私、想像したくないんですが…。もしかして…、
 その車の運転手…まさちんさんの身に……』

まさかの事態に陥っていく阿山組。
真北が知る限り、これは、今までの中で一番最悪な方向へと向かっている。
それには、真北が一番恐れていた事も関わっている。
真子の特殊能力の事が……!!!



(2006.3.1 第三部 第二十話 UP)



Next story (第三部 第二十一話)



組員サイド任侠物語〜「第三部 光の魔の手」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.