任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十二話 それぞれの強い絆

真子が監禁されている部屋。
傷だらけのまさちんとぺんこうは、壁にもたれかかって地面に座っていた。その二人の側には、真子が横たわっていた。真子は、まさちんの膝枕で眠っている。

「代わろうか?」

真子の足下に居るぺんこうが、真子の足を優しくさすりながら言った。

「…大丈夫だよ。…俺、また、組長に…」

まさちんが寂しく呟いた。

「まさちん、まだ、気にしているのか?」
「…当たり前だろ!」
「……あの時は、仕方なかっただろ?」
「あぁ。俺、記憶がないからな。だけど、今回は、違う…。
 組長に気を付けろと言われていた…。なのに、俺としたことが…」

まさちんは、自分の膝の上に眠る真子の頭を優しく撫でた。そして、涙を一滴、落とす。

「まさちん……。…しかし、組長、無茶しすぎですよ。
 俺たちが、逃げないようにと…こんなことを条件にするなんて…」

ぺんこうがさすっている真子の両大腿部は、折られていた。
真子は、まさちんとぺんこうを鎖から解放し、これ以上暴行を加えないよう、川上に訴えた。
二人を傷つけるなら、これ以上、能力を使わないと言い切ったのだった。
しかし、頭脳派の川上は、暴行を加えない代わりに、ある条件を出した。

『逃げることができないようにする』

二人の鎖が外された後、真子の大腿部を折って、去っていった川上。
流石の真子も、両足を折られては、立つこともできない。それどころか、少し動くだけでも激痛が走る。激痛に耐えられず気を失ってしまう。

ふと目を覚ました二人は、足下に真子が居ることに気付く。そして、真子の怪我に気がついた二人は、真子の足に応急手当を施し、そして、今に至るのだった。

「まさちん、代わるよ」
「…あぁ」

ぺんこうは、まさちんの顔色が少し悪くなっていることが気になっていた。ぺんこうは、まさちんの側に座り込み、まさちんの膝の上から自分の膝の上に真子の頭を移した。それでも、真子は、眠っていた。
ぺんこうは、真子を見つめ、そして、クスッと笑う。

「どうした?」
「ふっふっふ。こんな時に俺、何を考えているんだろうな。
 …組長が、綺麗に見えたよ。…いつの間にか、こんなに
 美しくなって…。大人になっていたんだもんな。あんなに
 子供子供と思っていたのにな」

ぺんこうが言った。

「…俺も、そう思うよ。…もう、大人なんだよな」

まさちんは、天地山でのことを思い出していた。

「……組長は、いつまでも子供だと思っていたよ。
 月日が経つのも早いもんだな。…俺って馬鹿だよ」
「俺もだ」

ぺんこうは、真子の額に手を当てた。真子は、少し熱がある。

「やはり、熱が上がったか…」

ぺんこうは、コンクリートの冷たい壁に手を当て、自分の手を冷やし、その冷たい手を真子の額に当てた。少しでも熱が下がるようにと無意識の行動だった。

沈黙が続いていた。
先に口を開いたのは、ぺんこうだった。

「前に、組長のことを大切な人だと言ったよな、まさちん」
「言ったよ。お前も言ったよな」
「言ったよ」
「それは、どういうことなんだよ…ぺんこう…」

まさちんが少し声を荒くして尋ねる。

「…お前、組長に恋愛感情を持ってるのか?」

ぺんこうは、唐突にまさちんに尋ねた。

「…わからん。…夏にな、俺、組長にキスをされたんだよ」
「はぁ?!」
「だけどな、それは、…二人ともかなり酔っていたんだよ。
 …酔った勢いで、からかわれたんだよ」
「それで?」
「…この冬な、同じように飲み過ぎて酔ってしまったんだ。
 …寝入ってしまったよ…。その時に、組長と寝ていた」
「寝た?」

少しトーンが落ちるぺんこう。

「俺の腕枕で気持ちよさそうにな。…何も…なかったよ。
 そのあとだよ。朝になって、組長、またまたからかって、
 今度は、俺のベッドにやってきた。だから、俺……。
 組長を押し倒したよ」
「それで?」

ちょっぴり怒りを抑えたように、ぺんこうは尋ねた。

「『俺は、男だから、こんなことすると何をするか、わかりませんよ』って、
 お灸を据えたよ…。組長、驚いていたけどな」
「そりゃ、驚くだろな」
「もし、こんな関係じゃなかったら…」

まさちんは、それ以上、何も言わなかった。本部での事は、話そうとは思わなかった。

「…お前、経験多いな?」

ぺんこうが、からかうように言うと、まさちんは、苦笑いしているだけだった。




真北は、署のデスクでそわそわしていた。
電話が鳴った。
ワンコールも鳴り終わらないうちに受話器を取った真北。相手が、自分の待っている人ではないことに腹を立て、何も言わずに電話を切ってしまった。

「真北刑事、荒れてますね…」

真北の様子を見ていた他の刑事達が、呟くように言った。その声が聞こえたのか、真北は、睨み付ける。噂をしていた刑事たちは、すぐさま目を反らした。
電話が鳴った。応対した真北の顔つきが、すぐに一変した。

「すぐ、向かう!!」

真北は、そう叫んで、勢い良く部屋を出ていった。

「…そりゃ、落ち着きもなくすよな。真北刑事の大切な人が、
 命に関わるような目に遭っているからなぁ。…数年前も、
 こんな感じだったよな」
「あぁ」

他の刑事達が、そんな噂をしている頃、真北は、車に飛び乗っていた。
そして、運転手に言う。

「場所は、ここだ! 急げ」
「はっ!」

運転手は、車を飛ばす。
真北は、何かを忘れていた。

「…あっ…原に言うの、忘れてた」

そう言って真北は、無線で原に指示を出していた。
そして…。

「もっととばせ!」

真北は、運転手を急かし始める。

「これ以上、無理です!!」
「それでも、行くのが、当たり前だろぉ!!!」
「無茶言わないでくださいよぉ〜」

そう言いながらも、運転手は、アクセルを踏み込んだ。
赤色回転灯が激しく回る車が、何台も通っていた。それも、猛スピードで。街ゆく人たちは、何事が起こったのか? という眼差しで、見送っていた。
その先頭の車には、真北が乗っていた。



橋総合病院。
くまはちとえいぞうは、それぞれの病室で服を着替え、病室を出てきた。
くまはちは、左を観た。
えいぞうは、右を観た。

「なんだよ、お前、そこに居ったんかい!」

くまはちとえいぞうは、同時に言った。
隣の病室に運ばれていた事に、お互い気付いて居なかった様子。

「お前、その傷で何処に行くつもりや?」

えいぞうが、くまはちの前に立ちはだかって言った。
くまはちは、そんなえいぞうをじっくりと眺める。そして、

「お前こそ、頭やられて、絶対安静とちゃうんか?」

ちょっぴり嫌味っぽく言う。

「それは、お前もやろ!」

くまはちも、頭と首の辺りに包帯が巻かれている。
重傷なのは、誰もが知っていること……。

「俺は、なんとなく、予感がしてな…」
「俺も予感がしたんだよ」

お互いが睨み合う。その眼差しには、

俺が行くから、お前は養生しとけ。

という相手を思いやる(?)気持ちが含まれている(ような雰囲気があるような、無いような……)

その時だった。

「お前らぁ!! 何しとんねん!!」

回診にやって来た橋が、絶対安静の二人の姿を見つけ、辺り構わず(ここは、重傷患者の病棟)叫んだ。

「…やべ!!! 行くぞっ」

そう言って走り出す、くまはちとえいぞう。

「こぅるるぅらぁぁっ!! 怪我人がぁ!」

叫びながら追いかける橋。しかし、中々追いつかない。

「くそっ。あいつら、なんで、わかったんやろ。
 真北に止められたのになぁ。絶対二人を出すなって。
 第六感ってやつか…。ちっ…俺が真北に怒られる…」

橋は、走り去る二人の後ろ姿を見送りながら、呟いていた。
くまはちとえいぞうが向かう先は一体、何処?!




「うぐっ……」

気を失うぺんこう。

「離せっ! う……」

田水に突っかかっていったまさちんは、いとも簡単に田水にはねのけられ、蹴りをもらった。

「組長ぉ〜!」

森に引きずられて真子は、連れ去られてしまう。監禁部屋のドアが、閉まった……。


川上達が真子を引きずって歩いているところへ、若い組員が血相を変えて走ってきた。

「どうした?」
「警察が、向かっていると連絡が…」
「何? ………引き上げだ。…おしいがな」

川上は、横たわる真子を横目で見て、そして、その場を去っていった。田水達も顔を見合わせる。その時、真子が田水に襲いかかった。田水は、真子に目を引っ掻かれてしまった。

「何する! この女!」

田水は、真子を蹴り上げた…が、真子は、その足を受け止めていた。田水を見上げ、口元をつりあげた。
そんな真子を見て、田水は、背筋が凍った。

「行くぞ!」

森が田水に言った。

「あ、あぁ」

森は、そう言って、真子を見たまま、その場を去っていった。


「やれ」
「はっ」

川上の合図とともに、森が何かのスイッチを押した。

『爆発まで、あと3分』

建物内に流れるコンピュータの声。

「…行くぞ」

川上は、静かに言った。そして、川上を先頭に、組員たちは、その場を去っていく。


「…そんな……」

真子は、監禁されていた部屋目指して、必死に地面を這っていた。足を折られている為、思うように前へ進めない真子は、焦り始める。

「早くしないと……!!!」


「ぺんこう、ぺんこう!」

監禁部屋では、まさちんが、ぺんこうの頬を叩いて、呼びかけていた。

「ん? …んー……まさちん…組長は?」

開口一番に発する言葉は、真子のこと。

「川上に連れ去られたよ…」
「くそ…俺としたことが……」

ぺんこうは、震えていた。

「ぺんこう?!」
「…お守り致します…そう約束したのにな…俺……」

そう言って、まさちんを観たぺんこうの目は、いつもの優しさ溢れるぺんこう独特の目ではなかった。

「ぺんこう…」

ぺんこうの醸し出す雰囲気が徐々に変わっていった時だった。

ドッカァァァァン!!!!!

信じられないほどの大音響が辺りに響き渡った…!!!



真北を乗せた車の他、たくさんのパトカーや車が、猛スピードで走っていた。
それぞれが、大音響を耳にする。

「…何の音だ?」

真北が運転手に尋ねた。

「どこかで、何かが爆発をしたようですが…」

その言葉で、何かを思いだしたような表情をした真北。

まさか、組長…赤い光で…。

「おい、もっと飛ばせって!! 手遅れになる!!」
「だから、真北さん、これ以上は…ってうわぁ!!」

真北が、助手席から、足を伸ばしてアクセルを踏み込んだ。

「代われ!!」

強引に運転を代わる真北だった。



「なんだ、今の音は?」
「爆発?」

まさちんとぺんこうは、顔を見合わせた。そして、監禁部屋からの脱出を試みた。しかし、ドアには、外から鍵がかかっている。

「くそっ!」

まさちんが、ドアを叩いた。

「ちっ!」

ぺんこうも、ドアを開けようと試みたが、開かなかったことに、苛立ちを見せる。

再び、大きな爆発音がした。
その音に反射的に身を伏せる二人。
辺りが静かになった。

ガラガラガラガラ…。

二人のいる監禁部屋の壁が、その衝撃で崩れた。まさちんが顔を上げ、逃げ道ができたことに気付く。

「一体、何が起こって…!!! おい、ぺんこう!」
「なんだよ!」
「行くぞ!」

まさちんとぺんこうは、監禁された部屋を出て行く。その足取りは、少しふらついていた。
二人が歩く辺りは、瓦礫で埋まっていた。

「奴ら、建物ごと爆発させたみたいやな」

まさちんが、言った。

「そのようだな…くそっ、組長はどこだよ!!!」

ぺんこうが叫ぶ。



「そんな………」

到着した車から降りてきた真北が、川上組の建物が爆発を起こしているのを目の当たりにして呟く。
中へ入っていこうとする真北は、誰かに引き留められた。
振り返ると、原が、真北の腕を掴んでいる。

「危険です!」
「中に、組長が!!」

冷静さを失った真北を観て、原が怒鳴る。

「大丈夫です!! これは、我々の仕事ではありませんよ!」
「うるさい!!」

別の車が、たくさんの警察を避けるように走ってきた。そして、真北の側に停まる。

「くまはち…えいぞう…。お前ら…なぜ、ここが?」
「この状況を追ってくれば、自然とここに来ましたよ。
 …真北さん、組長があの中に? まさちんとぺんこうもですか?」

えいぞうが真北に尋ねた。

「あぁ」

静かに応え、建物を見つめる真北達。
その建物は無情にも、爆発の影響で、がらがらと崩れ始めていた。



まさちんとぺんこうは、瓦礫を乗り越えながら、真子を探していた。

「あれは!」
「組長!!」

まさちんとぺんこうが、歩いていた先に、真子が倒れていた。駆け寄り、真子を抱き起こす。

「…あっ、まさちんに…ぺんこう…無事?」
「組長…」
「…せっかく、手に…入れたのになぁ」

真子は、手の平に鍵を持っていた。それは、監禁部屋の鍵。田水ともみ合った際に、うまい具合にすり取っていたのだった。

「ありがとうございます。…兎に角、外へ」

ぺんこうが言った。

「そうだね…」

ぺんこうは、真子を抱きかかえた。そんなぺんこうを驚いた表情で見つめるまさちん。

ほとんど体力が残ってないはずだろ…?

「…まさちん、行くぞ」
「あ、あぁ」

ぺんこうを支えるように歩き出すまさちんだった。



消防車が到着した。
レスキュー隊が中へと入っていく。

「くまはち、行くぞ」

そう言ったのは、えいぞうだった。

「…あのなぁ、お前らは、ここで待機しとけや」

真北が、静かに言った。

「真北さん…」
「…それ以上、傷を増やすと、組長が気にするだろ。
 これ以上手を出すな。俺の仕事や」
「…わかりました…」

真北は、くまはちとえいぞうを睨んで、レスキュー隊と一緒に中へ入っていった。

「…組長…」

くまはちとえいぞうは、その様子を見届けていた。



「組長! まさちーん! ぺんこう!!」

真北の叫び声は、爆発音にかき消されていた。

真北は、まだ、火の出ていない場所へ向かって走っていく。
角を曲がった。すると、瓦礫の山の前に二人の男の姿を発見した。
二人の男は瓦礫を掘り起こしている。

……!!!!

真北は走り出す。
真北に続いて、レスキュー隊も走り出した。

「まさちん、ぺんこう! 無事だったのか!」

足音と声に振り返ったまさちんとぺんこう。二人は、無表情。その両手は血で染まっていた。

「真北さん……」
「どうした?」
「早く…早くこの瓦礫をどけてください! 組長が!」

ぺんこうが叫ぶ。

「く、組長が? おい、早くしろっ!!!!」

真北が、レスキュー隊に指示を出す。

「はっ」

まさちん、ぺんこう、真北をはじめとし、やはり心配で駆けつけてしまったくまはち、えいぞう、そして、レスキュー隊あわせて十人の男が必死で瓦礫を取り除き始めた。
まさちんは、自分が手を差し出していた場所を中心に瓦礫を除いていた。そして、一つの瓦礫を手にした時だった。

「な、なんだ?」
「う、そ…だろ?」

まさちんの驚いた声で振り返ったぺんこうが、信じられない光景を目の当たりにして、動きが停まってしまう。
まさちんが見つめる先。
そこは、真子が下敷きになっているだろう場所。その瓦礫がオレンジ色に輝いていた。
まさちんは、恐る恐る手を伸ばし、その瓦礫をゆっくりと取り除く。

「!!!!!」

そこには、両腕を顔に覆い被し、オレンジ色の光を発している真子が居た。
まさちんは、そっと真子の腕をつかみ、引っ張ろうと試みた。しかし、真子は、動かない。真子の下半身は、完全に瓦礫の下敷きになっていた。

「…組長…」

真北をはじめ、まさちん、ぺんこうは、呟いた。

なぜ、そんなに穏やかな表情を…?

「…何してる! 早くどけろ!! 組長を出してくれ!」

それは、真北だった。
異様な程、取り乱す真北は、真子の周りの瓦礫を半狂乱状態で、取り除き始めた。
そんな真北に近づき、羽交い締めをしたのは、ぺんこうだった。

「なんだよ、芯! 放せ!」
「…落ち着けよ…。大丈夫だから…組長は大丈夫だから」

ぺんこうは、真北を睨み、静かに言った。そして、その場から真北を引きずり離した。

「大丈夫だから…。落ち着いてください…」
「…芯……」

真北はその時、初めてぺんこうを本名で呼んでいる自分に気付く。それと同時に、それほど、落ち着きを無くしていることにも、気が付いた。

「…悪かった、ぺんこう…」

真北が落ち着いた事に、安心したのか、ぺんこうは、その場に座り込んでしまった。

「ぺんこう!」

そして、ぺんこうの体調にも気がついた真北は、そっと、ぺんこうを支えた。

「私より、まさちんの方が…」

まさちんに目をやる二人。
まさちんは、真子の上半身をやさしく抱きかかえていた。
そして、真子の上にある瓦礫が、全て取り除かれた。
真子の体をそっと引っぱり出すまさちん。

「組長、組長!!!」

真子は、微かに息をしていた。
レスキュー隊が持ってきた担架に乗せ、真子を運び出す。そして、救急車に乗せた。真子に続いて、まさちんとぺんこう、そして、真北が乗った。

「あとは、任せて下さい!」

原が力強く真北に言った。しかし、真北は、真子のことが気がかりで、原の言葉を上の空で聞いていた。
救急車のドアが閉まり、発車した。
原は、またしても救急車を見送っていた。

「…こんな光景を…二度も見届けるなんて…」

原は、あの港事件を思い出していた。



「くそっ!」

そう呟いているのは、川上だった。真子の救出の様子を影からずっと見ていたのだった。



救急車の中。

「…お前らは、大丈夫なのか?」
「はぁ…なんとか……」
「…って、おい!!!」

真北が、心配して声をかけた途端、まさちんとぺんこうは、軽く頷いてから、気を失ってしまった。

「急いでください!!」

真子たちを乗せた救急車は、尋常でない早さで、橋総合病院へ向かっていた。



橋総合病院・橋の事務室。
この日予定の最後の手術を終え、休息を取っていた時、無線が鳴った。

「橋です。……なんだって…? …あぁ…わかったよ。
 圧迫…両足骨折……大丈夫だ。急げ」

橋の表情が険しくなった。そして、事務室を飛び出していった。
橋の事務室にある無線は、緊急を要する患者の容態がすぐにわかるようにと救急隊から直接入るもの。
人づてで聞くより、直接聞いた方が、対処しやすいとのことで、橋自身が設置していた。


橋は手術室の準備を終え、救急用の入り口へ向かっていく。
ちょうど、救急車が到着した。
窓越しにちらりと見えた真北の表情から、事態の深刻さを把握した。
気を集中させ、そして、ストレッチャーに乗せられた真子の様子を素早く診る。
真北の声が聞こえていたが、何を言っているのかわからないほど、橋は、集中していた。

振り向かない橋を見つめる真北は、その場に立ちつくしてしまう。

「…ほんとかよ……。橋…頼むよ…。お願いだ…」

手術中のランプが、虚しく点灯した…。
手術室の前に、感情を失ったような真北の姿があった……。





「あとは、頼んだよ。モニターから目を離さないようにな」
「はい」

真子の手術を無事に終えた橋は、看護婦にそう告げて、手術室を出ていった。
ドアを開けると、真北が項垂れてソファに座っていた。橋が近づいても、気がつかない程、真北は真北らしさを失っていた。
橋は、そんな真北の横に腰をかけた。憔悴しきった表情で振り向く真北。

「老けたな…」

あまりにもやつれた雰囲気を醸し出す真北に、冗談のつもりで橋が言ったが…。

「…どうなんだよ…」

真北は、橋の冗談にも気が付かないのか、返ってきた言葉は、真子の事を心配するもの。

「落ち着いたら、また手術や。…俺でも手こずるよ…」

それに応えるように、橋は関西弁を使わない。

「足の骨折は、大丈夫やけどな、瓦礫の圧迫による内臓の損傷は、
 ひどいぞ。今のところ、無事とは言えないよ…悪いな…」
「……そうか……ありがとな…頼むよ…」

真北は、そう言って再び俯いた。橋は、そんな真北の肩を軽く叩く。その途端、真北は、橋の大腿部に顔を埋めて泣き出した。

「くそっ……」

橋は、真北を強く抱きしめた。

「最善は尽くすよ…」
「…あぁ…」

真北は、声を殺して泣いていた………。



まさちんとぺんこうは、同じ病室に入れられていた。
二人は、未だに目を覚まさない。そんな二人に付き添っているのは、くまはちとえいぞうだった。

「まさか、こんな事になっていたとはな…」

えいぞうが、呟く。

「あぁ。二人がここまでくたばるほど、事態は最悪な
 方向へ向いていたのに…俺としたことが…くそっ!!」

くまはちは、苛立っていた。

「落ち着けよ」
「落ち着いてられっかよ! …まだ、終わってないだろ。
 …川上組が…これから、何をするか、わからないぞ」
「そうだな……。……だが…、組長の能力はもう、使えないからな。
 …俺らは、思う存分、やれるって訳やな…」

本来のえいぞうが表に出てくる。

「…あぁ」

くまはちも、そうだった。

「…水木さんに伝えておくよ」
「って、えいぞう、ええのか? 抜け出しても…」
「大丈夫やって。くまはちは、二人を頼んだよ」
「わかったよ。気をつけろよ」

えいぞうは、楽しみが増えたような表情をして病室を出ていった。

「…のんきに寝てたから、こんなことになったんだな…。
 俺としたことが……。失格だな…」

くまはちまでも、自分の失態に項垂れてしまった。



えいぞうは、水木たち、阿山組系関西幹部に何かを伝えていた。えいぞうの言葉とオーラに、幹部たちは、本来の姿を表に出し始めた。

「…取りあえず、奴らの出方を見届けよう。それからだ」
「あぁ。覚えてろよ…川上組!」

水木たちは、その場を去っていく。
それぞれの後ろ姿は、誰も寄せ付けない程、恐ろしい何かを発していた。




真子の二度目の手術の日。
真子の体を切り開いた橋は、驚いていた。

「…ここまで回復してるとはな…。流石、真子ちゃんや」

真子の症状は、橋が思っていたよりも、かなり良い状態になっていた。
予定時間より早く手術を終えた橋。
事務室へ戻り、とある所へ連絡を入れていた。その事務室の隅には、暗い表情の真北が、座っていた。自分の責任だと思い詰め、仕事をする気も起こらない真北。

「よぉ、真北ぁ、真子ちゃんの手術、無事に終わったぞぉ。
 もう一度手術したら、あとは、安心やからなぁ」

明るく声を掛けたが、

「……あぁ……」

暗い返事があるだけ…。

「…何か喰ったか?」

真北は、首を横に振った。

「…しゃぁないなぁ」

そう言って、橋は、真北の腕に点滴針を刺し、栄養剤を点滴し始めた。
真北は、橋の行動に抵抗する素振りも見せなかった。

ったく。俺を信用しろって。

橋は、真北を見つめ、そして、仕事に戻った。


真子の三度目の手術が無事に終わった。
しかし、意識は未だに回復していない。
重々しい雰囲気が漂う橋の事務室のドアが勢いよく開いた。

「お久しぶりん! 元気ぃ〜!!」

それは、道だった。
橋も真北も、静かに振り向いた後、元の姿勢に戻った。

「…暗いって…。真子ちゃん、無事だったんだろ?
 それなのに、暗いなぁ、もう。…ほらよぉ、できたよ。
 これ仕上げるのに、どれだけ時間かかったと思ってるんや。
 ほとんど寝てないんだぞぉ〜」

道は、橋に歩み寄りながら、分厚い書類を差し出した。橋は、その書類を食い入るように読み始めた。

「やはりなぁ。そういうことやったんか」

橋が言った。
道が持ってきた書類とは、真子の能力に関するものだった。海外の文献を基に、青い光のメカニズムや、赤い光の発端などを調べていたのだった。

「俺の言ったとおりだろ? …で、頼んでいたことしてくれてるのか?
 まさちんとぺんこうを調べたら、思った通りの結果が出ると思うけどな」

道が、自慢げに言った。

「失礼します。検査結果をお持ちいたしました」

研究員らしい人が入ってきて、橋に報告書を渡した。

「ありがとう」
「失礼しました」

研究員が出ていった。
橋は、検査結果を見つめる。そして、道に手渡した。

「言った通りだろ?」

受け取りながら、道が言った。

「そうやな…。真北ぁ〜。…おい、真北、生きてるか?」

橋の呼びかけに、ゆっくりと顔を上げた真北は、滅茶苦茶暗い表情をしていた。
…まるで、部屋の暗い雰囲気を作っているかのように…。

「まさちんと、ぺんこうに、青い光を使ったみたいだな」
「??」

真北は、何を言われているのか、理解できていないのか、きょとんとした表情になる。

「川上組が、真子ちゃんの能力を利用したくて
 こんな事件を起こしたと言ったよな。
 階段から転げ落ちたはずのぺんこう、
 車に勢い良くぶつけられたというまさちん。
 二人の傷を診察した結果、そのような痕は全くなかった。
 その代わり、暴行を受けた傷と、体力の消耗が診られた。
 そして、この検査結果を見れば、青い光によって最初の傷が
 治ったとしか言えないんだよ」

橋の関西弁のない言葉を聞いて、真北は我に返ったのか、橋の持っている報告書を取り上げて、目を通す。

「なんだよ、この数値は」

報告書には、まさちんとぺんこうの血液検査結果の数値が並んでいた。その中で、一般的な数値より、数千倍もの数値が書き込まれているところがあった。

「…それなんだよ。青い光の証拠…。青い光を受けることで、
 体の未知の細胞が活性化されるんだろうな。途轍もない
 想像を絶する早さで分裂を起こして、そして、傷を治す…。
 まぁ、医学的には、そういう風にしか考えられないけどな」
「…それは、永久的に残るのか?」
「徐々に減るだろうけどな、一度活性化されたものは、
 傷を見つけると再び現れるかもしれないな。…その辺は
 まだ、わからないけどな」
「…そうか…」

そう言ったっきり、再び考え込んだ真北を観て、橋と道は、呆れてしまう。

「真北、いつまでも、ここで、そうしててええんか?
 ミナミでは、大変な事態が起こっとるんやで」

橋が突然、口を開く。

「…大変な…事態…?」
「…阿山組と川上組が大暴れしとるらしいぞ。一般市民が
 それを恐れてよりつかんようになっとるとも聞いたぞぉ。
 …そんなこと、させててええんか? …それこそ、
 真子ちゃんが怒るやろ…」
「……橋……」
「…お前は、本来のお前の仕事をしてこい! いつまでも
 こんなところで、くすぶるな!! わかったか、出て行け!」

橋の口調は段々荒くなった。そして、項垂れる真北の腕を手荒く引っ張って、事務所を追い出した。
真北の目の前で勢いよくドアが閉まる。
突然の事で戸惑う真北。しかし、やっと目が覚めたのか、徐々に本来の真北の雰囲気を醸し出した。

「…世話になったな…組長の事、頼んだよ」

真北は、ドア越しに橋に告げ、そして、走り出した。


「…きっついなぁ、お前も」

道が呟くように言った。

「親友しか、できんことやろ?」

橋は、得意げな顔で、道に応える。

「そうだよな」

道と橋は、お互い顔を見合わせ、微笑み合っていた。



真北が署に戻ってきたことで、なぜか活気溢れ始めた。
ミナミで起こる変動に力を注ぐ真北たち。
真子が目指した世界を守るため、翻弄する真北。
その真北に協力するかのように動き出した阿山組系関西幹部たち。

思いは、同じ。

心和む素敵な笑顔を守るため。

ところが、それも空しく、事態は最悪な方向へと向かっていった………。



(2006.3.3 第三部 第二十二話 UP)



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