任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十四話 秘められた心

その日の夜。
真北が、真子の病室へ入っていった。真子の側に座り、真子を眺める。
その眼差しは、とても温かかった。

真子ちゃん…早く目を覚ましてください……。

ふと目を閉じた時だった。

「…真北…さん?」

真子の声が聞こえてきた。目を開ける真北。

「…組長、気がつきましたか?」

真北は、覗き込んだ。
真子は、目を開けている。そして、自分を見つめている…。

「よかった…!!!」

真北の安堵の声。

「……真北さん、大丈夫? まさちんとぺんこうは?…私…、
 私、みんなを…傷…つけた…。傷つけて…しまった…!!」

真北は、取り乱す真子を力強く抱きしめた。

「真北…さん?」
「組長は悪くありません…。私が…甘かったんです…。
 私が招いた最悪の事態なんですから…。だから…これ以上
 ご自分を責めないでください。組長の能力を封じた時点で
 わかった最悪の事態…。まさか、このことが、外部に漏れる
 とは、考えていなかったんです…。あの能力は使い方によって
 こんな事態を招くことくらい…わかってました」

真子を見つめる真北は、話し続けた。

「すべてを組長の意志にお任せしてしまった私が、悪いんですよ…。
 ですから、組長…もう、これ以上、ご自分を責めるのは、…やめてください…」
「……ごめんなさい!!!!!」

真子は、真北の気持ちが痛いほど伝わってきたのか、真北にしがみつき、そして、大泣きしてしまった。

「私は、この通り、元気です。そして、まさちんもぺんこうも無事ですから」
「でも、ぺんこうを、かなり…傷つけてしまった…。
 ごめんなさい…真北さんの大切な……」

真北は、真子の言いたいことがわかったのか、真子の口にそっと人差し指を当てた。

「それ以上は、言わないでください…。あいつも気にしますから」
「…真北さん…意地悪…」

真子は、涙を拭きながら、真北を見て、ふくれっ面になる。

「私は意地悪ですから」

真北も、真子と同じようにふくれっ面になっていた。
そして、二人は、笑い出す。
真北にとって、真子の能力に関する事も、一件落着した気分だった。

「昼頃に、木原さんが私を訪ねてきたんですよ」
「元気にしてた?」
「組長の事を気にしてましたよ」
「めっさ心配かけたね…」
「それで、その…組長のことを、書きたいと言い出して…」
「私のこと?」
「…えぇ。この世界に荒波を起こした組長のことをね」
「荒波…ねぇ〜」

と言った真子は、何かを思い出す。

「…九州と東北の情勢は?」
「…山中さんに任せてますよ。ですから、組長は、体を
 治すことだけを考えてください」
「いつもの…事か……。……で、木原さんの取材は……」

真子は、そう言って、呆れた表情になる。
真北が、自分自身を指さしていたのだった。

「……わかりました」

素敵な笑顔で真子が応えると、真北も微笑み返してきた。

真子の病室の外では、橋が中の様子を伺うように立っていた。
中の様子に、嬉しそうな笑みを浮かべて、その場を去っていった。




二日後。
真子は、未だに起きあがれなかった。窓の外を眺めるが、雲一つない空。
寝転んだまま見ているからなのか、たいくつだった。


まさちんとぺんこうは、同時にベッドから降り、ドアに向かって歩き出す。
ドアノブに向かって、同時に手を伸ばした為、お互いの手がぶつかり合った。

「…俺が先だ…」

という声が揃う。
…いつもなら、こうなると言い合い、掴み合う二人だが、この時は違っていた。
相手に譲り合う……。

「ったく」

そう言ってドアを開けたぺんこう。そして、先に廊下に出た。

「…どこに行く?」

ぺんこうの後ろから、まさちんが尋ねる。

「お前こそ…」
「俺は…」

言いにくそうに、まさちんが呟いたのは、

組長の病室。

その声が聞こえていたのか、ぺんこうは、そっと笑みを浮かべながら、真子の病室へと向かって歩いていく。ぺんこうが何も言わなかった事が気になるのか、まさちんは、後ろから声を掛ける。

「ぺんこうも行くんだろ?」
「もう向かってる」

そう言うと同時に真子の病室にたどり着いた。

「…組長が眠っていたら、そっと戻るぞ」

ぺんこうが言う。

「解ってる」

と応えて、まさちんがドアノブに手を伸ばした。
ドアを開け、中をそっと覗くと、真子はベッドに横たわったまま、外を眺めていた。ドアが開いたことで振り返った途端、

「まさちん…ぺんこう…!!」

真子は、泣き出してしまった。

「…まさちん、ぺんこう……ごめんなさい!!!」

真子は、起きあがろうとする。
まさちんは、慌てて真子に駆け寄った。

「まだ、起きてはいけませんよ!!」
「…ごめん……」

真子は、泣きじゃくっていた。

「これだけ、元気ですから。ご安心ください。ね、組長」

まさちんは、真子に優しく話しかけた。
真子は、頷くだけだった。
ぺんこうが、ゆっくりと真子に歩み寄ると、真子が、手を差しだしてきた。

「…傷…大丈夫?」

真子は、赤い光に支配された時の光景を思い出し、真剣な眼差しで、ぺんこうに尋ねる。

「あれくらい、序の口ですよ!」

ぺんこうは、ぺんこうらしい笑顔で真子に応えた。それを見た真子は、更に泣き出してしまう。

「…って、どうして泣くんですかぁ!」
「安心したのぉ!!!」

真子の応えに、まさちんとぺんこうは、笑い出してしまった。

「笑わないでよぉ」

今度は、ふくれっ面に…。そして、笑顔になった。



「…二人も居ない…」

真北は、まさちんとぺんこうの病室に顔を出した。しかし、二人の姿はどこにも見あたらない。

「まさか…ね…」

真北は、思い当たるところがあるのか、そこへ向かって歩き出す。
真北の思うとおりだった。
そこは、真子愛用の病室。中はかなりにぎやかな雰囲気だった。

『二人ともやめなさい!!』

そんな真子の怒鳴り声が廊下にまで聞こえてきた。

「…あいつらぁ〜」

真北は、拳を握りしめた。そして、思いっきりドアを開けた…。

「…けが人が…いい加減にしろ!!!!」
「あっ……」

まさちんとぺんこうは、ベッドに寝ころぶ真子の上で、お互いの頬をつねり合っていた。そして、その二人の腕を握りしめる真子…。三人は、ドアに目をやった。
真北は怒りの形相……。

「ご、ごめんなさい……!!!」

恐縮する三人。
その三人を見つめる真北の眼差しは、とても温かい。

帰ってきた…。

阿山トリオが帰ってきた。



まさちんとぺんこうが、順調な回復を見せている頃、真子は、なんとか起きあがるくらいまでしか回復していなかった。
しょっちゅう真子の病室へやって来るまさちん。
ぺんこうはというと、春休みになったことで、寝屋里高校の生徒たちが、ひっきりなしに見舞いに来るので、その応対で四苦八苦していた。その場に居づらいまさちん。だから、真子の病室へと足を運んでいた。
病室の様子をまさちんから聞かされる真子は、なぜか、嬉しそうに微笑んでいた。

「だって、ぺんこうは、素敵な教師だもん」

真子はベッドに腰を掛けていた。

「あの時、私は改めてぺんこうの教師としての偉大さを感じましたよ」

まさちんは、真子の隣に座り、話し込んでいた。

「それにしても、私のこと、少しくらい考えているんですかねぇ。
 同室なので、ゆっくりできませんよ」

真子に本音を吐く、まさちん。

「あれ? 未だに人気があるの知らないん?
 女生徒は、まさちん目当てやとぺんこうに聞いたよ」
「そんなわけありませんよ」
「わかんないよぉ。今時の高校生は、どこで情報を
 仕入れているかわからないでしょぉ」
「……組長…」
「なに?」
「なんか、年寄りくさい台詞ですよ…」
「……もぉ!!!」

真子は、ふくれっ面になって、まさちんを思いっきり突き飛ばした。

「うぎゃん!!」

変な声を上げて、ベッドから落っこちるまさちん。

「…痛て……」
「組長! どこが痛みますか?」

真子の声は、かなり小さかったのに、まさちんには、聞こえていた。

「…脚……」
「ったく、無茶するからですよぉ。呼びますか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」
「横になりますか?」
「座っとく…」

真子の表情が暗くなった。

「…どうされました?」
「……なんでもないよ。そろそろ、ご飯?」

真子の表情が、明るくなる。

「いいえ、まだだと思いますが…お腹空きましたか?」
「うん…」

まさちんは、何かを思いだした。

「って、組長、まだ食べ物は口にしないようにと言われてるはずですよぉ!!」
「…飽きたぁ〜」
「駄目です。ちゃんと橋先生の言う事を利かないと
 後で怒られるのは、組長ですよぉ」
「もう大丈夫なのぉ」
「…橋先生と交渉してください」
「まさちんがやってぇ」
「私はこれ以上、怒られたくありません!!」
「けちぃ。…って、怒られるようなことしたん?」
「あっ、そ、そそそそれは…」

まさちんは、思いっきり慌てた口調になる。

「あやしい…」

真子の目は、疑いの眼…。まさちんは、あらぬ方向を見つめていた。




阿山組本部。
平穏な時間を過ごしていた。

「なんか、ひょうし抜けだよな」
「呆気ないと言えばそうだよな」
「…こんなので、いいのかなぁ」
「いいんじゃないのぉ」

阿山組の若い衆が、玄関先に座り、話し込んでいた。


奥の部屋では、山中と北野、そして、くまはちの父が深刻な顔で話し合いをしていた。

「…本当に、お手数をお掛けしました」

山中が深々と頭を下げていた。

「私は何もしてませんよ」

くまはちの父は、静かに応える。

「こんなに早くカタつくとは、思いもよらなかったですよ。
 関西幹部に声を掛けた途端、これですから」
「青野組もこれ以上、犠牲を出したくなかったのでしょうね。
 しかし、関西は、一体何をされたんですか?」
「組長が未だに動けず、そして、まさちん、くまはちが入院中。
 トップが居ないうちに、何かを企んでいたようですよ」
「それは、以前のように五代目をさしおいて、あなた方で
 策略したこととは、また…別のようですね」

静かに言う、くまはちの父。それに応えるかのように、山中も言った。

「えぇ。あの時は組長の事を思っての行動でしたけど、
 今回は、本来の…任侠の世界を思い出したようですよ。
 それで、組長の意志に反する行動に出ているようですね」
「…五代目は、ご存じなのか?」

山中は、くまはちの父の言葉に首を横に振った。

「どうするおつもりですか。あの関西幹部たちを敵に
 まわすと、それこそ、また、あの日の二の舞ですよ」
「そうですね…。奴ら、簡単に折れないですから」

山中はため息をついた。

「奴らの動きをみてから、組長に直訴しますよ」
「直訴?」
「えぇ。五代目引退をね…」
「…山中……。お前、また、この世界を真っ赤に染めるつもりなのか?」

山中は、何も言わなかった。側に居る北野は、目を瞑っているだけ。そんな二人を見て、くまはちの父は、それ以上、何も言えなかった。




真子の病室前。
まさちんが、ゆっくりと真子の病室から出てきた。ふと目をやった所に居る人物に驚いた。

「くまはち、何してんねん」
「…仕事」
「仕事って、お前、まだ退院許可もらってないやろ。
 けが人の身で、仕事してたら、組長怒るぞ」
「そういうお前だって、一日にほとんどを組長の側に
 居るやないか。お前もけが人やろ」
「俺は、もう回復してるよ」
「俺もや。橋先生が、なかなか許可くれへんだけや」
「…俺にもや…。何でや?」

くまはちとまさちんは、お互い顔を見合わせて悩んでいた。
噂をすれば、なんとやら。
そこに橋がやって来た。真子の回診である。

「…何しとん?」
「…橋先生…。私たちは、いつ退院できるんですか?」
「…とっくに退院してもええんやけどな、真北が許可くれへんのや」
「はぁ?」
「わしにもわからん。だから、真北に言ってくれな。…真子ちゃんは?」
「今、眠ったところですよ」
「調子は、どうやった?」
「脚が痛むようですよ」
「そうか。…他に何か変わったことは?」
「…気になるんですけど…」

まさちんは、深刻な顔をしていた。

「組長、何か隠しているようで…。その…無理に明るく
 振る舞っているようなんですよ…」
「まさちんも、そう思うか…」
「って、橋先生も…」
「なんとなくな…。真北と話していた時は、一件落着したと
 思ったんやけどなぁ。…誰にも言いたくないのかもなぁ」
「…組長の、悪い癖…ですね」
「そうやな…。ま、その辺は、真北に似てるとこもあるけどな。
 ほな、また、二時間後に来るからなぁ」
「先生、回診…」
「起こすの悪いやろ」

橋は、そう言って去っていった。

「…ほんまに、いい加減な医者なんだから、あの人は。
 くまはち、病室に戻れよ」
「俺は、ここに居るよ。何か遭ったら、呼ぶから」
「…お前がここに居るんやったら、俺も居るよ」
「そうかぁ」
「そうやぁ」

そう言いながら、まさちんとくまはちは、窓際のソファに腰を掛け、何話すことなく、くつろいでいた。



ぺんこうの病室。
寝屋里高校の生徒たちが、賑やかに病室から出ていった。教師の眼差しで生徒たちを見送るぺんこう。静かになった病室に一人。なんだか、寂しい感じがしていた。

「早く退院せな、生徒たちにも悪いなぁ」

そう呟いた時、病室のドアが開いた。

「…調子はどうや?」
「真北さん…。まさちんなら、組長のとこですよ」

ぺんこうは、冷たい言い方をする。

「…ったく、ほんまに、俺へのあたりはきついな」

その言葉に、ぺんこうは、真北を見つめた。

「あなたこそ、落ち着いたんですか? お疲れではないのですか?」
「俺は、もう大丈夫や。…あのときは悪かったな。思いっきり取り乱して…」
「あの状況では、誰も気づいてませんよ」
「そうだろうな」
「で、いつになったら、退院させてくれるんですか?
 あなたが橋先生に頼み込んで、まさちん、くまはち
 そして、私を退院させないようにしていることくらい
 わかりますよ。…もしかして、何かあるんですか?」

真剣な眼差しで尋ねるぺんこうに、真北は、静かに口を開いた。

「あぁ。…水木たちが、何かをやり始めたんだよ。それを
 まさちんやくまはちが知ったら、更にやっかいなことに
 なるのは、目に見えているだろう…」
「あいつら、一度暴れたら、停まること知りませんから」
「…それは、お前もだろ」
「…私は、教師ですよ。…それで、水木さんたちは…?」

気にすることではないのは解っている。しかし、やはり、気になる為、ぺんこうは、尋ねてしまう。

「様子を見ているんだよ。九州の青野組が急に進出をやめたくらいだ。
 恐らくかなりやばいことをしているのかもな…」

ぺんこうの質問に、あっさり応える真北。
そうすることで、何かから逃れようとしているのかもしれない。

「水木さんたちは、そんなに馬鹿じゃないでしょ?」
「だがな…慶造が、手を焼いて、くまはちの父が大怪我を
 したくらいだぞ。お前も、知っているだろうが!」
「えぇ。あの時の事は、組長も恐らく記憶にあるでしょう。
 …組長をなだめるのに、私が手を焼いたくらいですから」
「…そうだったな…」

真北は、思い出に浸っていた。

「…思い出に浸っている場合ではないと思いますよ。
 組長、勘付くかもしれませんよ」
「…勘付かれないように、まさちんとくまはちを外に
 出さないようにしてるんだよ」
「…えいぞうは?」
「あいつは、強引に退院したからな…。あいつもわかってるかもしれないな。
 …退院後、連絡が取れないんだよ」
「えいぞうの親父さんの行動から想像したら、同じ性格のえいぞうも
 …やばいんじゃないですか? あの時の、二の舞にならなければいいんですが……」
「そうだよな…。えいぞうの父、小島さんの単独行動…。
 その行動と同じような事をするえいぞう…。えいぞうの事が心配だな…。
 えいぞうの危機を知ったら、健が黙ってないだろうな…。
 そして、組長に……」

真北は、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせて、窓の外を眺め始める。

「私は退院してもいいでしょう? 生徒たちが心配しますから」
「ん? そうだよな…。春休みもあと少しだしな…。そうだ。
 校長からの伝言」
「伝言? なぜ、あなたが?」
「そのまま今のクラスの担任をお願いしますということだよ」

ぺんこうの質問に気付かないふりをして、真北は応えた。

「わかりました。ありがとうございます。私のことまで…」

ぺんこうは、真北の行動が解っている様子。

「それくらい、俺にさせろ。……な」

真北は、窓の外を見つめたまま、ぺんこうに優しく言った。

「……えぇ」

ぺんこうは、俯いたまま、静かに返事をした。




空気がピンクに染まった感じが、素敵な四月。
寝屋里高校では、新入生が、真新しい制服を着て、これからの送る楽しい日々を想像しながら、登校していた。その生徒たちを優しく見守る先生たち。その中で一段と輝いているのは、ぺんこうだった。
ぺんこうの元気な姿を見て、嬉しそうに微笑みながら駆け寄る生徒たち。

「先生、やっぱし、四月から復帰やったんやぁ!」
「おぉ、心配掛けたなぁ」
「やっぱ、眼鏡外した方がええやん! 病室での先生、かっこよかったのになぁ」
「あかんあかん。眼鏡しとかんと、怒られるから」
「そっか…先生でも頭上がらん人おったもんなぁ。
 ……真子先輩の具合はどうなんですか?」
「だいぶ回復しとるぞ。ありがとな」
「今日もお見舞い行きはるんですか?」
「あぁ」
「それやったら、渡して欲しいもんあるねん。帰り、持って行くからな。先生!」
「ん。あ、あぁ」

ぺんこうは、登校する生徒たちに明るく元気に挨拶をしていた。生徒たちもぺんこうの笑顔で、明るい表情をして、挨拶を返してくる。

寝屋里高校から、少し離れた所に車が一台停まっていた。
車の側に男の人が一人立って、寝屋里高校の門の中を見つめていた。
それは、真北だった。
ぺんこうの復帰姿を優しい眼差しで見つめていた。

「やはりその姿が一番輝くんだな、芯」

真北は、そう呟いて、そして車に乗り込み、去っていった。

ぺんこうは、門の中から、去っていく真北の車を見つめていた。
真北が見つめていることに気がついていたのだった。

「ったく、あのひとは…」

呆れたような、嬉しいような表情をして、ぺんこうは、職員室に向かって歩いていく。


始業式を終え、ぺんこうは、職員室から、教室へ向かって歩いていた。
久しぶりの教壇に、嬉しそうな顔を隠せないぺんこう。顔がにやけていた。
教室へ入った。そして、教壇に立ち、生徒たちに、これからの予定を話す。しかし、生徒たちは、ぺんこうの話を聞いていない様子。なにやらこそこそとしていた。

「おぉい、聞いてるんかぁ?」
「聞いてまぁす」
「続けるぞぉ。五月は……」

ぺんこうは、続けた。


終礼を終えて、職員室に戻ったぺんこうは、隣の席の数学の先生に話しかけた。

「ったくぅ、少しおらんかっただけで、生徒の態度は変わるもんですかねぇ。
 …それとも私がまだ、感覚がつかめてないだけですか…? …はふぅ」

ぺんこうが、珍しくため息を吐いた。

「そんなことはありませんよぉ。山本先生のクラスは
 みんなしっかりしてるんですから。私の方が困りましたよ。
 数学の成績、トップだったんですからぁ」
「またまた、意地悪問題作ったんではありませんか?
 組長で懲りたはずでしょ?」
「そうですけどねぇ〜。って、また、言ってますよ、先生」
「…あっ。…どうも、気が抜けてしまって…。組長が生徒の時は、
 あれだけ、気をつけていたんですけどね。今ではすっかり…」

ぺんこうは、机の上を片づけ始めた。

「…山本先生、当時もそうでしたよ」
「へっ?!」
「真北の前では、真北と言ったり、組長と言ったり…。
 しかし、山本先生を見ていたら、思えませんね、やくざだったって」
「ほんの少しの間ですよ」
「なのに、真北を組長って」
「……それは、…私にもわからんなぁ」

ぺんこうは腕を組んで、椅子の背もたれに思いっきりもたれかかって、何かを考えていた。

「山本先生!」

ぺんこうに声を掛けてきたのは、朝、渡したいものがあると言っていた生徒だった。

「おう、待ってたで。何や?」

生徒は、後ろに隠し持っていた袋をぺんこうの前に差し出した。

「これ。真子先輩に渡してください」
「……これ…って…」

それは、千羽鶴だった。

「大変やったんやでぇ。ほんの二時間で折って、繋ぐのぉ。
 ちゃんと千羽おるから。それと、これ、みんなからの
 寄せ書きぃ。これも忘れんように渡してやぁ」

ぺんこうに隠れてこそこそしていたのは、千羽鶴を折って、寄せ書きを書いていたからだった。それがばれてはいけないという意気込みは、凄かった様子。

「……あ、あぁ…ありがとな…」

ぺんこうの目は潤んでいた。

「…先生、泣いてるん?」
「泣いてへん!!」
「とか言いながら、目ぇこすってるやん!!」
「うるさいなぁ〜もぉ」

職員室内の視線を全部集めるぺんこう。そんな目線に気づきながらも、うれしさから、涙を流してしまった。

「…山本先生、涙もろかったんですね…」

数学の先生が、ぺんこうをからかうように言った。

「かもしれへん…」

ぺんこうは、認めたような返事をした。



ぺんこうは、大きな紙袋を持って、橋総合病院へやって来た。そのまま真子の病室へ向かっていった。
ドアを開けると…。

「どうだったぁ、久しぶりの出勤はぁ!」

真子が明るく迎える。

「おみやげです」
「おみやげ?!」
「…違った…。生徒たちからですよ」
「はぁ?!」

真子は、訳わからないという顔をしながら、ぺんこうが差し出す紙袋を受け取り、中を見た。

「千羽鶴と寄せ書き…。なんで?」
「組長の怪我を毎回尋ねるんですよ」
「…って、ちょっと待ったぁ〜。…なんで、私の事が話題にのぼってるわけ?」
「あっ…そ、それは…。ほら、その、寝屋里高校出身ですし、
 その…阿山真子は、有名ですから…」
「…まさかと思うけど…、私の話をしてたとか…?」
「…あの…その…すみませんでしたっ!!!!」

ぺんこうは、深々と頭を下げてしまった。

「ったくぅ〜。……ありがとう」

真子は、微笑んでいた。それをちらっと見るぺんこう。頭を上げたまま、真子を見つめた。そして、優しく微笑んだ。

「教師・ぺんこう、復活やね!!」
「はい」

その返事は、力強い。

「明日から、しっかりと仕事するんだよぉ」
「わかってますよぉ」
「ふくれっ面ぁ〜」
「ふくれっ面ですよぉ」

ぺんこうは、真子がいつもするふくれっ面を真似して、真子の目の前に向けていた。真子は、その頬を両手で押さえつける。

「プゥゥゥゥ〜っ!!!」
「あっはっははははは!!!!」

真子は、ぺんこうの変な顔に大笑い。

真子の病室のにぎやかな雰囲気は、廊下にまで響いていた。
真子の病室に入ろうとしていた、まさちんとくまはちは、入るのをあきらめ、廊下のソファに座り込む。

「組長、橋先生の言うことはしっかりと聞いてくださいね!」

ぺんこうが、そう言いながら、病室を出てきた。そして、ドアを閉めた後、ソファに座る異様な雰囲気を醸し出す二人に気がついた。
まさちんとくまはちは、ソファにふんぞり返ってぺんこうを睨んでいた。

「なんやねん、お前らぁ」
「楽しそうやなぁって思ってなぁ」

まさちんが、皮肉っぽく言った。

「…なんか、知らんけど、職員室でもからかわれたぞぉ」

ぺんこうは、嘆いていた。

「知るか! そんなことぉ!」

まさちんが、言う。そんなまさちんの胸ぐらを掴みあげるぺんこう。その手を握りしめるまさちん。そんな二人の間に割り込むように入るくまはち。

「あのなぁ〜。組長にばれるぞぉ」

くまはちの言葉と同時に、真子の病室から怒鳴り声が聞こえてきた。

『入ってこぉい!!!』
「げっ……」

まさちん、ぺんこう、くまはちは、渋々真子の病室へ入っていった。

「頭!」
「はい…」

ボカッ! ボカッ!



……ぺんこうは、頭をさすりながら、橋総合病院を後にする。

「なんで、殴られんねん…」

そう呟いていた。


「…ぺんこうより、きつくありませんか?」
「同じくらいや」

まさちんも同じように頭をさすりながら、ふくれっ面になっていた。

「…それで、なんで、まだ、許可おりないん? 二人とも…めっさ元気やろぉ?」
「真北さんが、許可してくれないんですよぉ」

くまはちが、珍しく愚痴っていた。

「…まさちん、組の状況、聞いてる?」
「何も聞いてません」
「くまはちも?」
「はい」

真子は、考え込む。そして、何かに気がついたような表情をして、

「…AYビルに行って、調べて。もしかしたら、何か
 とんでもないことが、起こっているかもしれへん」

慌てたように言った。

「…抜け出して、大丈夫ですか?」
「…ばれないようにすればいいんだよ。それくらいできるでしょ?」
「はぁ、まぁ、それくらいは…」
「頼んだよ」
「御意」

ボカッガツッ…。

真子のげんこつが、再び頭の上に落ちた。

「すみません…。では、行って来ます」
「気ぃつけてねぇ〜」

真子は、気楽な気持ちで二人を見送った。
何事も無かったように病院の廊下を歩くまさちんとくまはち。

「…しゃぁないよなぁ。つい、口に出るんだからさぁ」

まさちんが言った。

「そうだよなぁ」

くまはちが言った。
そして、二人は、誰にもばれずに、橋総合病院を出て、AYビルに向かっていく。


夕刻。
まさちんとくまはちは、AYビルに到着した。
ビルを見上げる二人の表情は、とても、恐ろしく……。

「行くぞ、くまはち」
「あぁ」

くまはちの表情は、どことなく楽しそうだった。
AYビルに入っていく二人の姿に、ビル関係者は驚きを隠せない表情をしていた。
受付のひとみ、そして、明美は、今まで見たことのないまさちんの表情に声すらかけることができなかった。
エレベータに乗り込み、三十八階の会議室へ向かう二人。
ドアの前に立つ。
ドアノブに手を伸ばし、そして、ドアを開けた!!




その頃、真子は、夕焼けで真っ赤に染まった空を見つめていた。
どことなく寂しそうな表情をしている。

「…どうしようかな…」

真子は呟いた。




AYビル・会議室
ドアが勢いよく開いた。そして、中へ入ってきたのは…、

「まさちん、くまはち!?」
「…えいぞう、何してんねん」

勢いよく会議室へ入ってきたまさちんとくまはちは、居るはずのない人物・えいぞうを見て驚いていた。そして、会議室の中を見渡して、更に驚いた。

「…えいぞう…。…俺らの仕事、取るなよぉ…」

まさちんが嘆く。

「仲間割れしてる場合じゃないだろ…」

えいぞうが、服を整えながら、言った。
会議室には、えいぞうの他、水木、須藤、川原、藤、谷川…と阿山組系関西幹部が勢揃いしていた。
それぞれ服が乱れ、口元から血を流し、座り込んでいる。

「あのなぁ〜」

まさちんは、状況を見て、更に嘆いた。

「これは、組長が一番嫌うやり方だろうがぁ」

まさちんが怒鳴る。

「俺には、これしかできないからな…」
「兄貴ぃ〜、終わりましたぁああああまさちん…とくまはち!?」

それは、健だった。

「…健まで…かよ……。はふぅ〜……知らんぞぉ」

まさちんは、頭を抱えてしまう。

「…それで?」

まさちんが、静かに、それも怒りを抑えたような口調で尋ねた。

「組長に内緒で、事を始めただけですよ」

ふてくされたような言い方をしているのは、谷川だった。

「繰り返して言うと…九州の情勢を納めるために、組長に内緒で
 出撃した。そして、四方八方丸く納まったと…」
「そうだよ…。そうでもせぇへんかったら、川上組との抗争の痛手から、
 攻めやすいと判断した青野組との抗争も避けられへんかったんやで。
 だから…その…こうして…」
「それに気がついた、えいぞうと健が、阻止しようとしたが…」
「終わったあとやったんや」

えいぞうの怒りは、納まっていない様子。

「……ったく…。そりゃぁ、俺もくまはちも、退院させてもらえなかったから、
 組の事情は全く知らなかったけどな…、せめて、病院に報告しにくるのが、
 筋とちゃうんか? 組長が勘付いたから、よかったものの…」
「…俺ら、再び、えいぞうにやられるかと思ったわい…」

須藤が言った。

「そうや! こいつ、オヤジと一緒で、手加減知らんからなっ!」

藤が、昔を思い出したように言った。

「知るか!!」

そう言って、えいぞうは、会議室を出て行った。

「…悪かったな、まさちん、くまはち。これも組長を思っての
 行動や。退院して、無事に過ごせるようにと思ってな…」

少し寂しげに水木が言う。

「そうですか…。ありがとうございます…」

まさちんは、呟くように言った。

「組長の様子は、どうなんだよ…」
「…脚の骨折もかなり良くなっているんですが、精神的に…」
「…いつもの…あれか…?」
「えぇ…」

まさちんは、頷く。
真子のいつものあれとは……?




外はすっかり真っ暗になっていた。
まさちんとくまはちは、橋や真北にはばれていないようにと、こっそりと橋総合病院に戻ってきていた。
真子の病室をそっと覗き込むと、真子は熟睡していた。静かにドアを閉め、その場に立ちつくすまさちんとくまはち。

「…どう伝えたらいいんだよ…」

悩むようにまさちんが言う。

「ありのままは、やめた方がええな」

そっと応えるくまはち。

「…何もありませんでした…かな?」
「水木さんたちは、いつもと変わらなかった…でええやろ」
「だよな」
「あぁ」

そして、次の朝。
まさちんとくまはちは、真子の病室へやって来た。

「いつもと変わりありませんでした」

まさちんは、はきはきとした口調で言った。

「ほんと?…よかったぁ。安心した。水木さんたちだから、
 何か大変な事をしでかしてるんじゃないかと思ったよぉ。
 よかったぁ〜」

真子の安心した表情を見て、複雑な思いを抱く二人。
しかし、本当の事を言ってしまうと、この表情が更に曇ることになる…。
そう思うと、言えずにいる二人だった。



(2006.3.5 第三部 第二十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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