任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十五話 真子を支える男達。

橋総合病院。
橋は、真子の足に着けられたギプスを外していた。
その間、真子は、橋の動きを見つめていた。

見つめすぎだって…真子ちゃん…。

ちょっぴり照れながらも、外し終えた橋は片付け始めた。

真子は自分の両足に空気が触れたのを感じた。目をやると、白く、そして、細くなっている足が、二本…。
橋が振り返る。

「どうしたんや、真子ちゃん。何か思い詰めた表情やな…」

真子の眼差しが哀しげに見えた橋は、そっと声を掛けた。その声に反応した真子は、ぎこちない笑顔を見せる。

「ひ、久しぶりに見る自分の脚に、驚いただけ。
 こんな感じだったかなぁって思ったの」
「そうかぁ。今日は、ゆっくりと病室で休んで、
 明日から歩く練習な。体の方も完治してるし、
 後は体力をつけて、歩けるようになったら、
 退院やな。夏には、ここからさよならできるで。
 ……真子ちゃん?」

真子は、橋の言葉を聞いているのかいないのか、一点を見つめて考え込んでいた。そんな真子の前に座り込み、真子を見つめる橋。

「…悩みごと…あるんか?」
「……ううん、何もないよ。ありがとうございます」
「なんか、おかしいで。いつもの真子ちゃんと違うなぁ。
 …無理してないか?」

橋は、真子を抱え、車椅子に座らせた。そして、真子愛用の病室へ向かって歩き出す。その間、何も話さない真子が気になる橋。
真子の考えは、何となく解る。
それは、親友のことを考えれば、自然と…。
真子の病室に入った橋は、ベッドに真子を移動させた。

「あれ? 今日は、まさちん、来てへんのか?」
「ん…そう言えば、まだ、会ってないや…。
 もしかして、眠りこけてるとかぁ」
「また、何処かに出歩いてるんちゃうかぁ」
「何処かって?」
「トレーニング室とか、屋上でモク吸ってるとか…」

真子の顔つきが一変する。

「橋先生、モク吸ってるって…それ、いつも?」
「たいくつや言うて、こないだ屋上で見かけたで」
「……あんにゃろぉ〜」

真子、激怒……。

「言うたら、あかんかったか…?」
「…昔、約束したんやけどなぁ。煙草やめるようにって。
 それが、こないだ天地山で吸った。禁煙十年もたんかった。
 …やっぱし、吸う人って、一度、味を思い出したら、もう無理なんかなぁ」
「それは、その人の意志の問題やなぁ。真北は、ぴったりとやんだで。
 あいつ、滅茶苦茶吸う奴やったもんなぁ」
「ほんとぉ? 吸う人だったん? 知らんかったぁ」
「そうやろなぁ。真子ちゃんの前で吸えないって言ってたからなぁ」
「…まさちん、意志弱いもんねぇ」
「まだまだ未熟者やからな、まさちんは」
「ったくぅ〜」

廊下では、まさちんが、真子の病室へ入ろうとドアノブに手を伸ばしている所だった。

「…入りにくぅ〜」

そう言って、まさちんは、廊下のソファに腰を掛ける。そして、ポケットに入れているタバコの箱を取り出し、それをくしゃくしゃにして、ゴミ箱に捨てた。

「…再度挑戦…かな…」

と言ってるものの、なぜかため息が出るまさちん。

「…無理かもなぁ〜、あぁぁ〜!!」

嘆き、天井を仰ぐまさちん。そこに近づく人物。それは、真北だった。

「真北さん」
「…無理にやめることないやろ」
「しかし…組長が…」

真北は、上着の内側のポケットから何かを取り出し、まさちんに渡した。まさちんは、それをそっと受け取った。
それは、タバコだった。

「ま、真北さん?」
「ん? 誰も吸えとは言ってないぞ。ただ、入れてるだけだ。
 身につけてるだけで、少しは違うぞぉ。でも、封は開けるなよ」
「お守り…ですか」
「ま、そんなもんかな。それに、組長の写真でも貼っておけ。
 効き目あるかもなぁ」

真北はそう言って、真子の病室へ入っていった。

「…健と違うんですからぁ」

そう言いながらも、真北からもらった箱に、健からもらった真子のシール写真(健がわざわざ作ったもの。こっそりと、組員に配っていた)を貼った。
写真の中の真子は、にっこりと笑っていた。
それをじっと見つめるまさちん。

「できそうやなぁ」

箱をそっとポケットにしまい込むまさちんだった。



「ギプス取れたんですか?」

真北の声は少し弾んでいる。

「うん…」
「組長、何か煮え切らない感じですね。どうしたんですか?
 まさか、また、こいつを困らせようと何か企んでいるとか?
 こっそりと病室を抜け出して…」
「…そんなこと…考えてないよ…。ただ……」
「ただ?」

真子は、それっきり何も言わなかった。



橋の事務室。
真北と橋が、真子のカルテを見ながら、深刻な顔を付き合わせていた。

「な、真子ちゃん、おかしいやろ」
「そうだなぁ。いつもだったら、元気に体を動かすと言って、
 お前を困らせるのになぁ」
「それすら、言わへんのや。悩み事あるみたいや。
 訊いても言ってくれへんし…」
「でも、まさちんやぺんこう、くまはちの前では、いつもと
 変わらないみたいやぞ。…まぁ、何か隠してるような
 雰囲気はあるみたいなんだけどな…」
「能力のことか?」

橋が静かに言った。

「…能力は、あの時、失われたのではないのか? あの閃光、
 文献にも載ってたよな…。飛び散るような閃光は、
 能力が失われた兆候だと…。違うのか?」
「…真子ちゃんの回復力が、以前と比べて、かなり劣っていることから、
 恐らく、能力は失われてるはずなんだよ」
「…わからん…。能力の有無を調べることできればなぁ」
「そればかりは、真子ちゃんに訊くしかないやろな」
「素直に応えるとは思えないよ…」
「そうやな…」

重々しい雰囲気とは全く正反対に、真子の病室は、滅茶苦茶明るかった。


「何よぉ、これぇ」

真子は、先ほど、まさちんが、箱に貼ったシール写真を見て、大笑いしていた。
真子に喫煙の事を問いつめられ、自白したまさちん。再びここで、禁煙を誓ったのだった。

「健、これをみんなに配ったの?」
「そうですよ。くまはちもむかいんも持ってると思いますよ。
 流石に、ぺんこうには配らなかったみたいですけどね」
「じゃぁ、須藤さんや水木さんにも?」
「恐らく…」
「…一平くんにまで広がってるかも…」
「須藤さんからでしょうね」
「うん」

真子とまさちんは、笑い出す。

「しかし、健って、いつこんな写真を撮ったんやろぉ。まさかと思うけど、
 隠し撮り? あぁ、そう言えば、健って、この道のプロだっけ」
「そう言えば、聞いたことありますよ。スパイ的なことなら
 健に任せればいいと…」
「…知らんかった…。というより、うかつやった…」
「これからは、気をつけないといけませんね」
「うん。どこで撮られてるか、気ぃつけよぉ」

真子は、ふと外を見る。
窓の外には青空が広がっていた。

「庭の散歩に行きますか? 久しぶりに陽の光に当たった方が、
 体にもいいかと思いますよ」

まさちんは、笑顔で真子に話しかけたが、真子は、すぐに俯いてしまう。真子には珍しい行動を、まさちんは、不思議に思い、

「どうされました?」

優しく尋ねた。

「…行かない…」
「…組長?」

真子の表情は暗かった。

「お疲れでしょう? お休みになられた方がよろしいですよ」

まさちんは、真子を寝るように促し、真子は、素直に従った。
布団に潜り込むのも苦労する真子。思うように脚を動かせないことに少し苛立っているようだった。なんとか、布団に潜り込んだ真子は、まさちんを見つめた。

「はい、何でしょう」

真子は、布団の中から手を伸ばし、まさちんの服を引っ張ってくる。そして、力強く握りしめ、目を瞑った。

「組長…」
「…ずっと、そこに居てよね…まさちん…」
「…はい…」

真子は眠りに就く。
真子の寝息を聞いたまさちんは、真子の横に腰を掛け、真子を見つめていた。

何か、不安なんですね、組長。
私に話してください……。




寝屋里高校・職員室。
この日も、たくさんの紙袋を机の上に置くぺんこう。それを数学の先生が、笑いながら見ていた。

「笑い事やないですよぉ。こんなことばかりして…。
 本来の勉強の方は、進んでないんとちゃうかぁ〜」
「大丈夫でしょう。成績は落ちてませんから」
「ったくぅ、組長の事、知らない見たことない生徒まで、このようにぃ」
「阿山真子は、寝屋里高校では有名ですからね。今年も真北と同じ
 進学先を希望する生徒が、殺到してますからねぇ」
「会いたい一心に…か…。組長の顔も知らないのになぁ。
 言ってましたよ。新入生に逢わないってね」
「わからないですよぉ、陰からこっそりと見ているかも
 知れませんよぉ。…声を掛けるのが怖いとか…ね」
「普通の女子学生やのになぁ。…さてと」

ぺんこうは、帰り支度をし始めた。

「今日も行かれるんですか?」
「毎日見ないと、気が落ち着きませんから」
「…本音ですか?」
「…いや、心配なんですよ」
「心配?」
「えぇ。いつもなら、退院を早める程、積極的に治療に
 取り組むんですけどね、今回は違うんですよ。
 未だに歩く練習をしないそうで…。何か悩むことが
 あるんじゃないかと思いましてね…」

ぺんこうの声は、少し沈んでいた。

「……素人の考えですけどね、山本先生。もしかして、
 何かを怖がっているとか…。山本先生が以前言っていた
 阿山真子の性格から考えると、もしかしたら、今回の事件で
 何かを恐れてしまっているとか…」

数学先生の言葉に耳を傾けるぺんこう。
数学先生は、話を続けた。

「先生が、ここで襲われたでしょう? そして、あのお兄さんも…。
 それって、全部、阿山真子自身に関わる事でしたよね」
「…えぇ。…組長の弱みになることですから…。…まさか…」
「阿山真子重体説。世間に広がってますからね。
 そこまで回復していることは、私たち寝屋里高校の人間しか
 知らないでしょう? 真北の性格からしたら、
 考えられることではありませんか?」
「…そうですね…」
「…山本先生らしくないですね」
「私らしく…ないですか…。そうかもしれませんね…」

ぺんこうは、落ち込む。

「長い間、一緒にいると、体の一部のように感じられて
 大切な何かを見落としている事もありますよ。真北が
 卒業してから、一緒に暮らすようになってるんですから」
「…ありがとうございます。…でも、それは、組長自身の
 口から、聞かないと…。組長は……頑固ですから…」
「そうですね」

数学先生とぺんこうは、笑い合う。

「真北に、よろしく伝えてくださいね」
「はい。では、お先です!」

ぺんこうは、いつもの素敵な笑顔で職員室を出ていった。両手にたくさんの紙袋をひっさげて……。

「不思議な人だなぁ、山本先生も」

数学の先生の眼差しは、とても優しかった。




橋総合病院・真子の病室。
ぺんこうが、たくさんの紙袋を持って入ってきた。

「お帰り」
「…今日は、更に増えましたぁ。生徒たちには、これ以上
 持ってこなくていいと伝えておりますから」
「…ありがとう」

真子は、微笑んでいた。しかし、その笑みが、いつもの真子らしさではないことに、すぐに気がつくぺんこう。

「どうされたんですか、組長。何か悩み事でも…」
「ないよ」

真子は、ぺんこうの言葉を遮るように言った。

「…いつも申しているでしょう。悩み事は、内に秘めるとよくないと…。
 いつでもかまいませんよ。おっしゃってくださいね」
「…うん…。ぺんこう…」
「はい」
「仕事の調子は、どう?」
「調子は、もう取り戻しましたよ。いつもと同じです」
「…うん。安心した」
「悩み事って、それですか?」
「うん。心配だったんだもん。…ほら、あの事件で、生徒たちの
 見る目が変わってしまったとか…そんなことがあったら、
 ぺんこう、仕事しづらいでしょ?…だから…」
「ったくぅ。私のことより、ご自分のことをお考えください。
 歩く練習、やる気になりましたか?」

真子は、首を横に振った。

「少しは、外の空気に触れましたか?」

真子は、再び首を横に振った。

「どうしたんですか? いつもの組長らしくないですよ」
「…私らしさって……何?」

真子らしくない発言に、ぺんこうは少し戸惑う。

「数学の先生が言ってましたよ。…阿山真子は何かを
 怖がっているのではないか…って。そうなんですか、組長」

真子は、一点を見つめたまま、硬直してしまった。

ヒット…か…。

ぺんこうは、真子の頭を優しく撫でる。

「今は、ご自分の体の事を一番にお考え下さい」

真子は、頷くだけだった。
ぺんこうは、真子に向き合うようにベッドに腰を掛け、優しく優しく頭を撫でていた。
ぺんこうの温かさが伝わってきた真子は、俯いて、涙を流してしまう。そんな真子をぺんこうは、優しく抱き寄せた。

「…ごめんね、ぺんこう…」

真子は、ぺんこうの服をしっかりと握りしめていた。
ぺんこうは、真子の言葉と仕草で、真子の気持ちを察する。


真子の病室のドアが少し開いていた。
そこから、覗き込んでいるのは、まさちんとくまはちだった。
ぺんこうと真子が、ほんわかムードで楽しく話している姿を見つめていた。
ぺんこうは、学校での事を真子に、楽しくおかしく話している様子。
真子は、時々、笑顔でぺんこうに話している。
そんな二人を見つめていた二人は、ドアをそっと閉め、ソファにドカッと座った。

「なんだかなぁ〜」

まさちんとくまはちは、同時に呟いた。

「…少しは、元気になったのかなぁ」

まさちんが言った。

「ぺんこうに任せとけば、大丈夫だろ。あいつは、
 昔っから、そういうの得意やからな。流石教師や」
「昔って、俺が来る前か?」
「あぁ。俺の親父とえいぞうの親父が、水木さんたちと
 やり合ったときや。水木さんたちの腕、知ってるやろ」
「噂くらいな」
「親父も、小島さんも、かなり重傷やったんや。それをな、
 幼かった組長がまともに見てしまったんだよ。その時や。
 組長、かなり取り乱して、大変やったんや」
「…なんとなく、想像できるよ」
「その組長を、優しく包み込むように…な…」
「…簡単に言わんといてくれよなぁ。あの時は大変やったぞぉ」

それは、ぺんこうだった。
真子の病室から出てきた時、ソファに座っている二人に気が付き、側に寄ってきた。

「ぺんこうぅ〜」
「くまはち、あの時は、かなり手こずったんやで。
 真北さんが、術をかけてた分、組長の感情も
 かなり起伏が激しかったんやから」
「そうだったんか…」

ぺんこうは、くまはちの隣、まさちんから離れた所に腰を掛けた。

「…なぁ、まさちん」

ぺんこうが、言いにくいような感じで呼ぶ。

「あん?」
「組長な…何か悩み事…隠してるみたいやねん…」
「あぁ、…って、お前に話さなかったんか?」
「…あぁ」
「いつものように、語り合ってたのに?」
「あぁ……」
「なんでやろ…」

大の男が三人、ソファにふんぞり返って、深刻な表情になった……。





阿山組本部。
山中が、慶造の部屋で座り込み、いつも慶造が座っていた場所を見つめていた。
慶造が亡くなってからというもの、悩み事や、解決できない事があると、必ずここに座るのが癖になっている山中。この時も悩み事がある様子。

「…組長が、歩く練習をしないそうですよ。恐らく…
 組長自身が、恐れてしまったんでしょう…。…私の
 …出番ですか…?」

山中は、一点を見つめ、そして、何かひらめいたのか、フッと笑った。

「北野! 出かけるぞ! 大阪だ」
「はい!!?」

北野の驚く声が、本部に響き渡った。




橋総合病院・橋の事務室。
真北、橋、そして、まさちんが、またまた、飽きないのか?と言うほど、深刻な顔をして、座り込んでいた。
真子のカルテ、レントゲンの写真、そして、能力に関する資料が机の上に広がっている。

「完治してるはずなんだよ…。一体何を悩んでいるんだよ…」

橋は、標準語。

「ぺんこうにも、言わなかったのか…」

真北がまさちんに尋ねた。

「そのようですよ」
「俺にも言わないんだよなぁ〜」

真北は、寂しそうな表情をしていた。橋は、そんな真北の表情を見逃さない。

「ほんま、お前は、真子ちゃんの事を全て知ってな
 嫌やぁみたいな顔するんやなぁ。見てて呆れるわい」
「ほっといてんかぁ」
「…ほほぉ、関西弁かい」
「…お前の影響や」
「まだまだ、甘いで」
「そぉかぁ」
「そうやぁ」
「…って、言い合ってる場合とちゃいますでしょ、二人とも」
「…まさちんも染まってるんやな」

橋が言った。

「そりゃぁ、水木さんらと話し合う時間が長いですから」
「それもそうやな…。まぁ、兎に角、せめて、真子ちゃんが
 外に出ようとしてくれたらなぁ〜」
「それも、しないからなぁ。…一体、何を思っているのか…」

まさちんが、突然立ち上がる。

「まさちん?!」
「組長を外へ連れ出します!」

まさちんは、橋の事務所から飛び出していった。
突然のまさちんの行動に驚く真北と橋。

「おいおい、まさちん〜そんなことしても無駄やでぇ。
 あいつも良く知ってるやろぉ…組長は…頑固なのになぁ」

真北が、呆れ半分で言った。

「そやけど、このままでええんか?」
「……いいや、あの頃のように元気な姿に戻って欲しいに決まってるだろ!
 だけどな、…組長の意志に任せたいんだよ」
「そうやけどなぁ。んー」

橋の眉間にしわが寄った。

「いつまでも、子供やないしな」
「…あぁ…」
「…まさちんに任せるか…」

真北は、まさちんにほのかな期待を抱いたようだった。


真子の病室からは、真北の想像通り…。

「嫌だ!」
「ですから、少しは、外に出ましょうよ。いい天気ですよ!」
「…嫌!」
「組長、こんなところに居座り続けては、本当に体に
 悪いですよ。せっかく素敵な庭があるんですからぁ」
「嫌だ!!」

真子は、布団に潜ってしまう。

「駄目です! 外に出ましょう! 組長!」

まさちんは、真子がひっかぶった布団をはぎ取った。
真子は、丸くなって震えていた。そんな真子の姿に驚いたまさちん。

「く、組長…?」
「…いやだ…いやだ…。外に、出たく…ない。
 怖い…怖いよ…。怖いの…」
「怖いって…。組長、なぜですか?」

まさちんは、真子からはぎ取った布団をそっと真子に掛け直した 。

「…わからないけど…怖いの…。…歩くようになって、
 そして、外を歩いて…。また……あの時のように…
 狙われたり…したら…。それに…自分の意志に反して、
 まさちんやぺんこう…周りの人たちに……そう思うと、
 私は、ここで…じっとしている方が、いい…。
 阿山真子が動けないと…世間に知れ渡った方が…」

真子は、丸くなったまま、か細い声で、まさちんに話した。
時々見られる真子の弱気な発言。

やっぱり、そうだったのか……。

まさちんは、そんな真子の気持ちを知っていた。

「ま、まさちん!?」

まさちんは、真子を優しく抱きかかえた。

「組長、ご安心下さい。…私は、ボディーガードですよ。
 組長をお守りするのが、私の生き甲斐だと申し上げたこと、
 お忘れですか?」

まさちんは、抱えられてびっくりしている真子に笑顔で言った。
真子は、突然のまさちんの言葉に戸惑いを見せ、それ以上、何も言わなかった。

「行きますよ!」

まさちんは、真子を抱きかかえたまま、病室を出ていった。



橋総合病院の大きな庭。
まさちんは、真子を抱きかかえたまま、ゆっくりと歩いていた。真子は、怖いのか、まさちんにしっかりとしがみついている。

庭を一周した。

「もう一周しますか?」

まさちんは、優しく声を掛けると、真子は、ゆっくりと首を横に振った。
まさちんは、微笑んでいた。
そして、真子を真子愛用(?)のベンチに座らせ、まさちんはその隣に腰を下ろした。

「どうですか? 久しぶりの外は」
「…怖い…けど、……ありがと。…気持ちいい」

真子は、うつむき加減でそっとまさちんに言った。

「…もう、大丈夫ですよ」

まさちんの言葉には、深い意味があった。

『自分は、襲われない。決して死なない。組長をお守りする。
 そして、組長は、赤い光の影響をもう、受けることはない。
 光を使うことも、もう、ない。だから、安心してください。
 組長は、一人ではないのですから…』

そんなまさちんの言葉の意味を真子は、理解したのだろうか…。
少し明るい表情になっていた。

「ねぇ、まさちん」
「はい」
「私…このままでいいのかなぁ」
「このままといいますと…?」
「…このまま、阿山組の五代目を続けてて…」

真子が静かに語り出す。

「この世界、いくら私が頑張っても、命を狙う者がたくさんいる…。
 命の大切さを忘れてる人たちが…たくさん…たくさん。
 私が、五代目を続けることで…まさちんやぺんこう、
 くまはちやむかいん…水木さんたちまで…危険な目に
 遭ってしまった…だから…」
「…この世界で生きている限り、危険な目に遭うのは
 当たり前ですよ。それは、組長には、関係ありません」

まさちんは、真子の言葉に力強く応えるように、話し始めた。

「私も、ぺんこうも、くまはちも…水木さんたちだって
 組長が五代目を継ぐ前から、この世界で生きて
 いるんですよ。それくらい、慣れっこですよ」
「…だけど、私のせいで…」

まさちんは、真子の口に人差し指を当てた。

「ったくぅ。それは、言わない約束ですよ、組長。
 …私の禁煙より、短かすぎます」

まさちんは、優しく微笑んでいた。
真子は、そんなまさちんの言葉と行動に、何か吹っ切れたのか、突然、

「く、く、く、組長!!!!」

口の前にあった、まさちんの指を噛んでいた。

「…お腹…すいたんやもん…」
「だからって…何も……ったくぅ〜」

まさちんは、突然の真子の行動に驚くとともに、いつもの真子に戻ったことに安心していた。そして、いつものように、真子とじゃれ合い始める。

「歩く練習、しましょう」

まさちんは、真剣な眼差しを真子に送った。
真子は、まさちんの目をしっかりと見つめ、

「……うん……」

と応えたが、煮え切らない様子。

「戻りましょうか」

まさちんは、真子を抱きかかえた。
真子は、まさちんの首にしっかりとしがみつく。そして、まさちんの肩に顔をうずめていた。そんな真子を見つめるまさちんの目は、今まで真子に向ける眼差しの中で、一番温かく、そして、優しかった。



「珍しいこともあるんやなぁ」
「あぁん?」
「まさちんが、真子ちゃんの心を開いた…」
「…忘れたか? 笑顔を失った組長に笑顔を取り戻させたのは、
 まさちんやぞぉ。あいつの得意とする技やぁ」

だらけた言い方をした真北を、珍しいものを見るような顔で見つめる橋。その目線に気がつく真北は、睨んでいた。

「…なんや?」
「…まさちんに、嫉妬してるやろ」
「なんで、あいつに…?」
「ぺんこうになら兎も角、あのまさちんに…なぁ」
「そんな感情ないぞぉ」
「そうでっかぁ」
「そうでんねん」
「…あほか…」

橋は、真北の表情に呆れ返っていた。
真北と橋は、橋の事務室の窓から、庭を眺めていた。真子たちが座った場所は、すぐ真下。真子とまさちんの様子をしっかりと眺めていた二人。真北は、安心した表情で見つめていた。


真子とまさちんは、病室へ戻ってくる。
真子をベッドに座らせた。

「元気になりましたね?」

まさちんは、真子の顔色を見て、嬉しそうに微笑んでいた。

「…なに、嬉しそうな顔してぇ〜」
「えっ?! いや、その……」

まさちんは、慌てる。
人の気配を感じ、ふと目をやる。
病室のドアのところに立っている人物をみて、驚いた。

「組長、お加減は?」

そう言いながら、山中と北野が真子の病室へ入ってきた。

「山中さん、北野さん! どうしたの、こんなところに」

滅多に大阪に出てこない山中と北野の姿を見て、真子は驚く。

「そんなに驚かないでくださいよ」

山中は、少し照れたように言った。

「今回のことは、かなり心配しましたよ」
「…ありがとう。そして、すみませんでした。心配を
 掛けてしまって…。まさか、こんなことになるとは…」
「で、足の方は?」
「…歩く練習しろって言われたけど…。なんだか
 まだ…怖くて…。力入らないし…」
「そうですか…」

山中は、目線を真子からまさちんに移し、

「まさちん、ちょっと」

まさちんを呼んで、病室の外へ出ていった。

「組長、ちょっと行って来ます」
「うん」

まさちんは、何事かと不思議な顔をして、山中のあとを追って病室を出ていった。病室には、真子と北野だけとなっていた。
二人は、何話すことなく、黙っていた。
なぜか、気まずい雰囲気の二人とよく似た雰囲気の廊下では…。



まさちんと山中は、廊下に出て、そして、窓際に立った。

「あのな…まさちん。組長の…五代目のことだけどな…」

いつにない山中の真剣な眼差し。まさちんは、何を言いたいのか、何となく解っているのか、山中をしっかりと見つめていた。

「引退…していただくように言ってくれないか…」
「引退…?」
「そして、跡目を俺に…。それと、こっちのことも俺に任せてくれないか?」
「…山中さん…どうされたんですか? おかしなことをもちかけて…。
 こちらは、私が、組長から任されておりますから、ご心配なく。それと…」
「それと?」

まさちんは、山中を睨んだ。

「…あなたに、跡目を任せたら、再びこの世界は真っ赤に染まる。
 組長が築き始めた新たな世界を崩すなんて…例え、あなたでも、
 私は許しませんよ」
「…俺に、そんな口をたたくとはな…」

山中は、突然、まさちんに拳を向けた。その早さは、目に見えないほどのものだったが、まさちんは、簡単によけていた。

「…拳でカタつけるなんて、組長が一番嫌うことですよ。
 それは、あなたが、一番ご存じのはず…ですよ…ね?」

まさちんの眼差しに、恐れる山中。

「…ふっ…何もしませんよ。あなたの組長に対する気持ちは
 充分理解しているつもりですから。組長の笑顔の為には
 憎まれ役をかって出るくらいもね…」

山中は、まさちんに真相を突かれて、驚いた表情をする。

「…ですから、今回、そのような話をしにきたのには、
 訳があるんですよね…。…組長に怒りの感情を持たせ、
 そして、やる気を…そうですよね、山中さん」

見透かしたような言いっぷりに、

「…お前に、悟られるとは…俺が引退しないと…駄目だろうな…」

山中は参ったように言った。

「……そんなことは、ありませんよ。…で、どうされますか?」
「…お前の顔を見ていれば、組長の体調くらいわかるよ。
 もう、大丈夫なんだろ? 本部に戻るよ」

山中は、そう言って、真子の病室のドアを開けた。

「北野、帰るぞ。組長、私どもはこれで。呉々もご自愛下さい」

まさちんは、去っていく山中に頭を下げ、そして、真子の病室へ入っていく。

「組長、山中さんが、組長が復帰するまで大阪も
 手伝うとおっしゃってましたけど、お断りして…、
 組長? どうされたんですか?」

まさちんは、真子が俯いて泣いているのに気がついた。

「私…なんで、組長になったんだろう…。やくざ嫌いなのに…。
 なんで…どうして…」
「急にどうされたんですか?」

元気を取り戻したと思ったのに、一体…?

まさちんは、何かに気がついた。

「北野…が…何か言ったんですね?」

まさちんに怒りのオーラが現れた。
真子は、そのオーラを察知する。

「…ちがう…まさちん、私が…悪いの…」

と言ったものの、まさちんは、真子の言葉を聞かずに病室を飛び出していく。

「まさちん!!!」

真子の呼ぶ声が聞こえていたが、まさちんは、一つの思いを抱きながら、廊下を走っていく。

「…北野のやろぉ〜。許さねぇ〜!!!」



(2006.3.6 第三部 第二十五話 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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