任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十七話 密かに動く者たち

AYビル・真子の事務室。
真子は、デスクに向かって、仕事中。
いろいろな書類に目を通し、そして、サインをしていた。他の事に目もくれず、一心に仕事をする真子。
まさちんが、オレンジジュースを真子にそっと差し出した。

「ありがと」

真子は、短く返事をして、仕事を続ける。

「組長、復帰したてで、そんなに根を詰めると体に悪いですよ」
「大丈夫だよぉ」
「…知恵熱出しますよ…」
「それは、まさちんでしょ」
「言い過ぎです!」

その時、内線が鳴った。まさちんが応対する。

「はい。…はい。そうですね。お待ち下さい。
 組長、駿河さんからですけど、今日はどうされますか?」
「んー…。今日は無理かなぁ」
「もしもし、今日は、無理と申してます。…はい。はい、
 わかりました。では、明日ということで。はい」

まさちんは、受話器を置いた。

「駿河さん、なんて?」
「重大なお話があるそうですよ。明日には必ずとの事です」
「…くまはちは?」
「今日は、九州地方です」
「そっか。えいぞうさんと一緒だね? …大丈夫かなぁ。あの二人、
 仲悪いでしょぉ」
「そう見えませんが…」
「まさちんが来る前は、それは、もぉ、大変だったんだよぉ」
「そう言えば、あの二人が一緒に行動すること、ありませんね」
「うん。それは、私が言ってるから。まさちんとぺんこうの仲より
 かなり悪いと思うよ。お互いが、私のボディーガードとして
 意欲満々だからね…」
「そうでしょうね」

その事に関しては、まさちんは知ってる。
二人から、嫌と言うほど、五月蠅く言われていたのだった。

お嬢様を哀しませると、ぺんこうだけじゃなく、
俺達も許さないからな…。

それを思い出し、ため息を付きそうになるところを、グッと堪えた。

「…二人一緒って、…やばかったかなぁ〜」

真子は本当に心配そうに言う。

「大丈夫でしょう」

たぶん……。

真子と同じで、やはり心配なまさちん。

「殴り合いしてなかったらいいんだけど……」


というような、真子の心配をよそに、くまはちとえいぞうは、九州に到着していた。
移動の間、全く話をしなかった二人。くまはちは、ため息をついた。

「…ったく、なんで、お前と行動せなあかんねん」

くまはちが嘆く。

「それは、俺の台詞や」

えいぞうは、別の方向を見つめながら言う。誰かを捜しているのか、目だけを動かしていた。そして、ある一点で停まった。

「くまはち、あいつとちゃうか?」
「そうですね…」

くまはちとえいぞうは、見つめる先を目標に歩き出した。
それは、青野組の幹部。
くまはちとえいぞうは、深々と頭を下げ、幹部に案内されながら、車に乗り込んだ。





真子は、机の上の書類全部に目を通し終えた。

「はふぅ〜」

真子はため息をついて、天井を仰いだ。

「お疲れさまです。…だから、根を詰めない方がと申し上げましたのに」

そう言って、真子の前に、飲み物を差し出した。

「むかいんからです」
「特製?」
「疲れも吹っ飛びますよ」
「…って、なんか、知ったような言い方やなぁ」
「私も時々、いただいてますから」
「なるほどねぇ〜。それで、疲れ知らずなんやな、まさちんは」

真子は、微笑みながら、むかいん特製を飲み始めた。

「おいしいね」

真子は満足そうな顔で飲み干した。

「さぁて、次の仕事は?」
「…組長……」
「はい?」
「おしまいですよ」
「あらら。…って、もう、こんな時間なの?」

時計は、午後四時を指していた。

「今日は、もう終わりですよ。帰る用意をしてくださいね」
「ふわぁい」
「…えらく、私の言うことを聞くんですね」
「…あっ、そっか。もういいんだっけ。退院したから、
 まさちんの言うこと聞かなくても」
「退院しても、聞いて下さってもよろしいんですけどねぇ」
「やなこったい! 帰るよ!」

真子は、立ち上がり、帰り支度を始めた。

「私は、これらを須藤さんにお渡ししてから、降ります」
「うん。ほな、ひとみさんと話してるからね。お先ぃ」

そう言って、真子は、事務室を出ていった。
まさちんは、後片づけをして、自分の事務所へ入り、帰り支度をして、事務所を出ていった。
同じ階になる須藤事務所へ顔を出す。

「待ってたでぇ。組長は?」
「いつものところですよ」
「復帰第一段に、すまんなぁ」
「張り切りすぎましたよ。こちらです」
「なんやかんやと言いながら、俺らは、やっぱし組長の
 顔を見てないと、落ち着かないんだよな。ところで、
 九州には…やっぱし、あの二人か?」
「えぇ、まぁ」
「大丈夫なのか? あの二人の仲悪さは、昔っから凄い噂だぞ」
「そうだったんですか? 知らなかったのは、私だけですね」

まさちんは頭を掻いた。

「そりゃそうやろ。お前が阿山組に来た頃には、くまはちは、
 こっちで、働いていたからなぁ。…そう言えば、虎石と竜見は?」
「二人は、リハビリ中ですよ」
「くまはちより、ましだったんやろ?」
「…くまはちが、強じん的なだけですよ。それが普通です」
「ったく、あいつらが、やられたんじゃぁ、俺の立場も
 危ういってもんやで。…一番、腕の立つ奴を薦めたのになぁ」

ため息を付く須藤。

「大丈夫ですよ、ご安心下さい。お二人とも、すばらしい腕ですから」
「まさちんに言ってもらえると、あいつらも満足やろ」
「須藤さんには、感謝してます」

まさちんは、一礼した。

「それはそうと、まさちん、再び禁煙始めたんやて?」
「よくご存じで」
「噂は、すぐに耳に入るからなぁ」
「真北さんから、お守りもらいましたよ」

まさちんは須藤に、真北からもらったタバコの箱を見せた。そこに貼っている真子の写真を見た須藤。

「健ちゃんから?」
「そうですよ」
「俺ももらった。…一平に渡せって言われてね。健ちゃん、
 なんで、知ってるんやろ。組長と一平の友情関係を」
「それが、健の得意技ですから」
「なるほどね」

まさちんは、予感的中に、少し喜んでいた。

あくまで、友情にするんだなぁ。

まさちんは、そう思った。

「それより、長居しててえんか? 組長、話し込むぞ。
 それも、復帰第一段やしなぁ」
「…そうでした。では、失礼します」

まさちんは、慌てて、須藤事務所を出ていき、エレベータホールへ走っていった。

一階に降りると案の定、真子は、受付のひとみと明美と話し込んでいた。
真子は、笑っていた。
それは、自分に向ける笑顔と全く違い、輝いている。
まさちんは、そんな真子を見て、一歩踏み出すことができなかった。
真子が見えるか見えないかの場所の壁にもたれ、真子を見つめていた。
まるで恋人を見つめるように。
やくざのような鋭い目ではなく、優しい眼差しで、優しさ溢れるオーラを醸し出していた。

「…やはり、組長は、この世界で生きるなんて……似合わないよな…」

目を伏せるまさちん。そんなまさちんに近づく人物が居た。
その気配にまさちんは、目を開けた。

「あわわ、組長!」
「どうしたん? …まさちんの方が疲れてるみたいだけど…大丈夫?」

そう言って、真子は、まさちんの額に手を当てた。まさちんは、その手を思いっきり握りしめる。

「…まさちん?!」

まさちんの突然の行動に驚く真子。真子の驚いた顔を見て、慌てて手を離したまさちんは、何かを誤魔化すかのように、真子に背を向け、歩き出した。

「ま、ま、まさちん! どしたんよぉ。ちょっとぉ〜。ほな、またね!!」

真子は、まさちんを追いかけながら、受付の二人に挨拶をしていた。

「気をつけてねぇ〜。お疲れさまぁ!」

明美とひとみは、真子に手を振っていた。



「まさちん、どうしたん?…まさか、怒りが頂点に? ごめんなさい…」

真子は、何も言わずに早足のまさちんを追いかけて問いかけていたが、背を向けたまま返事をしないまさちんに、弱気になり謝ってしまう。
真子は、歩みを止めた。

「…まさちん…」

真子の声で、まさちんは何かに気が付き、歩みを止めた。

「ごめんなさい…。久しぶりだったから、思いっきり…」

まさちんは、ゆっくり振り返り、真子を見つめる。真子は、上目遣いでまさちんを見ていた。

俺、何やってんだ…。

我に返ったまさちんは、

「今日は、大目に見ますけど、次は気を付けてくださいね」

そう言って、誤魔化した。

「はぁい」

真子は、微笑んでいた。
そんな真子を見て、まさちんは、なぜか目を反らしてしまう。そして、車に向かって歩き出した。
そんなまさちんの行動を不思議に思いながらも、真子は、まさちんの後を追って、車に乗り込んだ。


走行中、真子は、疲れたのか、熟睡していた。
後ろの座席で眠る真子をルームミラー越しに見ているまさちんは、窓枠に肘を置き、口に指を当て、何かを考えているような表情をしていた。



まさちんの部屋。
時計は、夜十一時半を回っていた。
まさちんは、『阿山組日誌』を広げていた。しかし、何を書くことなく、ペンをくるくるさせているだけだった。
くまはちが、帰ってきた。

「…なんや、まさちん、おったんか」
「ん? …あぁ」
「…何か遭ったんか?」
「んーー」

煮え切らない返事に、くまはちは、伝える事を忘れてしまう。

「九州は?」

まさちんの一言に、伝えることを思い出したくまはち。

「あ、あぁ。青野組とは、和解で終わったよ。
 そして九州方面は、青野組が納めるとさ。
 争いたくはないと、はっきりと発言したよ」
「…よっぽど、水木さんが、暴れたんだろうなぁ」
「そうみたいだったよ。しきりに水木組の話が出たからなぁ」
「…えいぞうは?」
「まだ、残ってるよ」
「一緒に行動していたんとちゃうんか?」
「してたよ。あとは任せろって、自信満々に言われたから、
 俺は、こんな遅くに引き上げたわけだよ」

くまはちは、着替えながら、まさちんに話していた。
着替え終わったくまはちは、机に向かうまさちんの後ろに立ち、阿山組日誌を覗き込む。

「なんや、何も書いてへんな。…言うてみ」

くまはちは、まさちんが何かに悩んでいることに気が付いたようだった。

「…実はな…。組長のことだよ…」
「…やはり、まだ、体力的に何か問題が?」
「それもそうなんだがな…」

まさちんは、肩の力を落として、ため息を付いた。

「お前なぁ、また、真北さんに殴られたいんか?」

まさちんの後ろ姿で、全てを悟ったくまはち。

「…くまはちも思うよ…。組長がひとみさんと明美さん…
 …一般市民の人と話している時のあの、輝く笑顔を見ると…。
 組長をこのまま、この世界におくこと…。悩んでしまうよ…」
「…そりゃぁ、俺はいつでも思うことだけどな、それは、
 組長自身も悩んでいることだろう? 組長はそれを
 承知の上で、五代目として、この世界を変える勢いで
 これから、過ごしていこうと、決心なさったんだろう?
 なのに、今頃、まさちんは、何を言ってるんだよ…」

くまはちは、まさちんの頭を軽く叩く。

「いてっ! …何すんねん」
「それになぁ、組長の笑顔は、お前に向けるものが一番
 輝いてるんだからなぁ。お前は気ぃ付いてないやろうけどな」
「そうか? 今日、ひとみさんと明美さんに向けていた笑顔、
 俺に向ける時の笑顔と全く違っていたぞぉ」
「…ずっと悩んでおけ! あっ、それと、明日から、暫く東北に行くからな」

くまはちの言葉は唐突だった。

「東北に? それは、組長命令か?」
「いいや、気になることができたからな…」
「…なるほどなぁ。えいぞうが、くまはちを帰した理由は、それなんだな。
 …ってことは、健が一緒か?」
「あぁ。…組長には、内緒な」
「…わかったよ。あまり無茶すんなよ」
「お前とちゃうわい」

そう言って、くまはちは、部屋を出ていった。まさちんは、部屋を出ていくくまはちをちらっと見ただけで、再び、阿山組日誌を見つめた。そして、いつものように、真子に関することを書き始めた。

『組長の笑顔に、魅了された。
 あの笑顔、失うこと無いように、
 生き抜く!!』

まさちんは、日誌を閉じ、ベッドに飛び込むように寝ころんだ。

「……精神的に…疲れた…。うがぁ〜〜っ!」

まさちんは、そのまま寝入ってしまった。




まさちんの頬をつつく者がいた。

「…ほんまに寝入ってる…」
「珍しいな…。…これ、どうしよ…」
「…置いといたら、ええんちゃうか」
「そうやな…。そうしとこか」

それは、まさちんと同部屋のくまはちとむかいんだった。
真子が、仕事帰りのむかいんを部屋の前で捕まえて、まさちんが、疲れてるみたいだからと気にして、むかいん特製を頼んでいたのだった。
むかいんは、まさちんの机の上に、特製をそっと置いて、自分のベッドに寝ころんだ。くまはちは、明日の用意をしてから、ベッドに入る。
暫くして、それぞれの寝息が、部屋の中に静かに聞こえてきた。



くまはちは、朝早く、出発した。
真子には内緒で…。
しかし、真子は、心配していなかった。

「くまはちなら、大丈夫でしょ」

くまはちが朝早く出かけた事を気にしていた真子。
まさちんから、東北に行った事を聞かされて、口にした言葉。

くまはちに内緒と言われていたけど…組長に脅された…。

ちょっぴり泣きそうな表情をしているまさちんに、真子は微笑むだけだった…。

笑顔の真子は、この日、大学へ出かける予定。
久しぶりの大学に、真子は、少し緊張していた。
…真子より、まさちんの方が、思いっきり緊張しているが……。

真子は、前期を全て休んでいた為、補習と称して、夏休みに特別行われている講義に出席していた。真子の横には、関係ないが、まさちんも講義を受けていた。
ノートを広げ、鉛筆を持っているものの、メモすることなく、ただ、ボォッとしているだけだが…。
…真子は、講義に耳を傾け、いろいろと書き込んでいた。
講義が終わると、真子は、図書館へ脚を運ぶ。まさちんも付いてきたものの、真子の横で、机に突っ伏して眠っていた。

「…ったくぅ〜」

真子は、寝入るまさちんを見て、呆れ返っていた。
しかし、まさちんは、突っ伏したままだが、周りを警戒していたのだった。
そのことを知っているのかいないのか、真子は、この日習ったところの復習をしていた。


次の日は、AYビルでの仕事。
実は、前の日、AYAMA社の駿河との約束は、補習のため、この日に延びてしまったのだった。
AYAMA社・新事務所に恐縮そうな顔でやって来た真子。
しかし、そんな真子を温かく迎え入れた駿河たち。

「待ってましたよ、真子ちゃん」
「ありがとうございます」

真子は、深々と頭を下げていた。

「こっちこっち!」

真子は、社員の八太に手を引っ張られて、奥の部屋へ連れて行かれた。その部屋のドアには、『mako』と書かれた札が貼られていた。

「ここ?」

真子は、どきどきしながら、ドアを開けた。
部屋は、あっさりとしていたが、デスクがあり、パソコンがあり…。

「真子ちゃんの希望を少しアレンジしてみたんやけど…。
 こんな感じでどうですか?」

八太が、照れたように言った。

「すごぉい! 私が想像していたより、すごいよ!!
 八太さん。ありがとう!!」

真子は、とびっきりの笑顔を八太に向けていた。
八太は真子の笑顔を観て、大いに照れる。

「すでに、新作の話は進んでまして、この秋に、第一弾が
 発売予定なんですけど…。あとは、真子ちゃんのゴーサインです」
「…私が、していいの? 駿河さんが全て進行してくださっても
 かまわなかったのに…」
「駄目ですよぉ。真子ちゃんが社長なんですからぁ」
「そんな器じゃないって言ってるでしょぉ。肩書きだけだって」
「これら全て、真子ちゃんの力で始まったんですから。
 真子ちゃん、お願いします」
「…わかりましたぁ。では…」

真子は、デスクに付き、そして、駿河から、重要書類を手渡された。そして、それに一通り目を通し、サインをする。

「では、第一弾。お願いします」

真子の声とともに、拍手が起こった。なぜか、真子は照れていた。

「第二弾と、第三弾の企画も進んでます。これが企画書です」
「早いねぇ〜。うん。なるべく、企画通りに進めるつもりだけど、
 手直しも必要かもしれないからね。覚悟しててね、駿河さん」
「はい。お願いします」

駿河のやる気が、真子に伝わってきた。そして、この日から、AYAMA社は、活気に満ちあふれていた。

その頃…

まさちんは、三十八階の事務所で、真子の代わりに組関係の仕事に追われていた。
内線が鳴る。

「もしもしぃ。…組長……って、あのぉ、それは…。
 ……わかりました。終わる頃に連絡くださいね。
 勝手に一人で帰るとか、駿河さんたちと帰るとかぁ、
 むかいんと帰るとか、絶対にしないでくださいね」

念を押すように言って、まさちんは、受話器を置く。そして、ため息を付き、椅子の背もたれに、思いっきりもたれかかった。

「はしゃぎすぎないでくださいよぉ」

優しい眼差しのまさちんだった。


真子と駿河たちAYAMA社の社員は、むかいんの店に来ていた。
この日、駿河達は、真子復帰祝いと称して、むかいんにとびっきりの料理を予約していたのだった。
そのことは、真子には内緒になっていた。
店に連れてこられた真子は、真っ先に、むかいんに蹴りを入れ、そして、ふくれっ面になる。

「お祝い事は、内緒にしていた方が、喜びが増しますでしょぉ」
「にしてもぉ、一緒に暮らしてるのにぃ。今朝だってぇ」
「ふくれっ面になっていたら、折角の料理も
 おいしく召し上がれませんよ、組長。
 …本当は、嬉しいくせにぃ」
「へへへ! ありがと。では、むかいん、よろしく!」
「しばらく、おまちくださいませ」

そう言って、むかいんは、厨房に入っていった。
まさちんの心配通り、真子は、思いっきりはしゃいでしまうのだが………。



「あとは、私が。本日は、ありがとうございました」
「お代は、きっちりと払いますからね」
「…本当に、かまいませんのに…。ありがとうございます」
「今日は、ごちそうさまでした」

駿河たちは、静かに特別室を出ていった。
部屋に残されたのは、すっかり寝入った真子と、むかいんだった。
むかいんは、私服に着替えていた。そして、真子を優しく背負う。

「あと、お願いします」
「かしこまりました。お気をつけて!」

厨房に声を掛けてむかいんは、店を後にした。エレベータが到着して、まさちんが、走って降りてくる。真子を背負ったむかいんを見て、呆れたような表情になった。

「ったくぅ、予想通りやないかぁ」
「しぃっ! 悪かったよぉ。言えなかったんだよ、組長に。
 …駿河さんたちとの時間が、楽しそうで、あまりにも
 素敵な笑顔で過ごしていたから…。言えなかったよ」

優しい眼差しで真子を見るむかいん。

「お前もか」

まさちんは、呟いた。
そして、むかいんは、真子を背負ったまま、駐車場へ降りてきた。
後ろの座席に真子を寝かせ、タオルケットをそっと掛けたむかいんは、助手席に座り、まさちん運転の車で、帰路に就いた。


「…やっぱし、まさちんの考える通りかもな…」

車の中で、むかいんが言った。

「何が?」
「組長だよ…。駿河さんたちのような普通の人たちと
 過ごす時間が多い方が、いいかもな…」
「そう思うだろ…。だけどな、この世界にいる組長も、かなり
 素敵なんだよな…。どう表現すればいいかわからないけどな。
 …どっちの組長が、本当の組長なんだろうな…」

まさちんは大きく息を吐いた。

「俺にとっては、俺の料理で、素敵な笑顔になる組長が、
 本当の組長に思えるんだけどな」

むかいんは、嬉しそうに語る。

「そうだよなぁ。お前の料理を食べた後の組長。本当に、
 素敵な笑顔だよなぁ。……いろいろな笑顔を見ているから、
 わからなくなってしまったんだろうな」
「どの笑顔も、組長なんだよ」

むかいんは、まさちんに微笑んでいた。

「そうだよな」

そう言ったっきり、まさちんは、何も言わなくなった。静まり返ったまま、車は家に到着した。




東北・鳥居組組事務所
くまはちと健が、事務所の前に立っていた。しかし、その事務所には、人の気配が感じられない。
健が、中の気配を探っていた。
真子の前で見せている、おちゃらけた表情はどこへやら…。

「…長いこと、使われてない様子だな…」
「…そうか…。一体、どこへ……チッ」

くまはちは、辺りを見渡していた。
ふと、人の気配を感じ、その方向を見つめていた。そこに立っていたのは…。

「ありゃ? くまはちと健じゃないか。…お前らも動いていたのかよ」

それは、北野だった。

「北野、お前もか?」

健が言った。

「まぁな。山中さんの指示だよ。お前らは…単独だろ?」
「…あたり…」

北野は、くまはちを見ていた。

「なんだよ」

くまはちは、威嚇した。

「くまはちは、組長についてなくて、いいのか?」
「まさちんが居るしな。虎石と竜見もそろそろ復帰するし…」
「それにしても、くまはちが動いていたら、目立って仕方ないなぁ。
 ここは、俺と健に任せて、お前は、大阪に帰れば?」
「…なんで、あんたも、えいぞうの奴も、俺を邪険にするんだよぉ」
「静かに行動できないだろがぁ。お前、親父さんに似て、暴れん坊だろぉ」
「それを言うなら、えいぞうもだよ」

健が、くまはちに蹴りを入れた。

「…兄貴の悪口言うなと言ってるやろぉ」

くまはちは、健に拳を向けた。それは、健の体の寸前で停まっている。

「うるせぇ」

健は、真子がよくする、ふくれっ面になっていた。

「…って、ここで、漫才しててもしゃぁないやろ。鳥居の
 行方を探さないとなぁ。何かを企んでいそうやし…」

くまはちが、深刻な表情で言う。

「…くまはちの勘は当たるからなぁ」

北野が、困ったような表情をして、頭を掻きながら言った。

「兎に角、隠れそうな所にさぐりをいれよか…」
「そうやなぁ」

そう言って、健は懐から、四角い物を取り出した。それを広げ、何かを始める。
それは、小型のパソコンだった。

「…健、そのマークは…」
「ん? あぁ、これね。その通り。真北さんからお下がりいただいた」
「お下がりって…。それを改造してるやろ?」
「うん。…あった。鳥居が隠れそうな場所は、三つあるよ。
 …その中で、一番怪しいのは、ここ。鳥居の武器庫」

健が指した場所を覗き込む北野とくまはち。

「なんで、武器庫?」
「何か企むとしたら、北野なら、何を考える?」
「……反逆…?」
「正解ぃ〜。鳥居の行動を考えたら、自然とそう思うだろ?
 千本松組との抗争で、武器の使用を禁止されて、その中で
 なんとか、頑張ったものの、結局は、組長の鉄拳で終結しただろ?
 その後、組長自身にいろいろとあって鳥居のとこまで、手が回らなかっただろう。
 もし、自分がその立場だったら、放ったらかしにされたと思うだろ?
 痛手を癒してくれない…捨てられた。こう考えると、反逆しか考えないだろうなぁ」
「…それは言えてる」

北野は納得した。

「ま、兎に角、ここから当たるかぁ」

健は、パソコンを閉じ、懐になおした。そして、三人は、その武器庫の場所へ向かった。

「しっかし、真北さんも、健にお下がり渡したら、
 何をするのか、解ってるはずやのになぁ」

くまはちが、呆れたように言う。

「本当だな。真北さんに泣きついたのか?」
「企業秘密」
「はいはい」

くまはちと北野は、同時に言った。その間にも、健は何かを調べていた。
健は、真剣な顔をして、一点を見つめていた。

「健、どうした?」
「…遅かったかも…」
「はぁ?」
「銃器反応なし…。人物反応もないぞぉ」

健をよく見ると、耳に何かをつけていた。
目の前には、鳥居組の武器庫が建っていた。くまはちは、武器庫の入り口の地面を調べる。

「運び出した跡やな…。この跡から想像したら、かなりの数を
 保管していたんだな…」
「そりゃそうだろうな。裏でさばいていたくらいだからな」
「あぁ。…しかし、禁止令が出てから、処分しなかったのか…」

くまはちは、何か嫌な予感がする。

「…健、他はどうだ?」
「ん?」

健は短く返事をしただけで、再びパソコンで何かを探り始める。その画面を覗き込むくまはちと北野は、何がなんだか、さっぱり解らない表情をしていた。画面は、何かを見つけたのか、数カ所が赤く点滅していた。

「それは何や?」
「…銃器反応」
「はぁ?」
「…これから考えると、一般市民も所有してるとこあるでぇ。
 …真北さんに知らせたら、相当検挙できるなぁ」

健は、何か企んでいる顔をしていた。

「まさかと思うけど、それを条件に、真北さんから、それを
 譲ってもらったんとちゃうか?」
「企業秘密や言うてるやろぉ。…で、どうするんや?
 この大きな点滅から考えると、かなりの数…イコール、
 鳥居と考えられるで。行くか? それとも、探るだけにするか?」
「…それよりも、この状況を何とかせな…な…」
「あぁ…」

くまはちは、周りに殺気を感じ、かなり警戒していた。北野も同じように感じていた。
ふと、目をやったところには、かなりの数の男達が、殺気立って、くまはちたちを睨んでいた。

「…なんか、次元が違うようやけど…」

健はそう言って、パソコンを懐になおした。

「いっちょ、もんでやりましょか」

くまはちは、嬉しそうな顔で言った。

「だな」

北野は、やる気はないが、仕方がないという感じで、戦闘態勢に入る。

「おらぁ〜っ!!!!!!!」

男達は、そう叫びながら、くまはち達に向かっていった。

それぞれの手には、金棒、日本刀、鎖、木刀、ナイフなど、見た目は、チャッチィ武器を持っている。
なぜ、襲われるのか、理解できないまま、くまはち達は、それぞれを地面に寝かせていった。

「おい、くまはち! 素人相手に、そこまですることないだろ!」

北野が、一人の男をねじ伏せながら、くまはちに言った。
くまはちは、日本刀を持った男をねじ伏せ、日本刀を取り上げて、男の首筋に当てていた。男は、くまはちの仕草に驚き、震えていた。

「…やるなら、徹底的にせんとなぁ〜」
「ひぃ〜っ!!!!!!!」

男は、くまはちの殺気に悲鳴を上げるが、声になっていなかった。くまはちは、手にした日本刀の刃を地面に叩きつけて折り、そして、折れた日本刀で、男を峰打ち。男は、気を失った。

「俺は、争うのは嫌いなんだよ!!」

そう叫びながら、健は、いとも簡単に男達を気絶させていた。
そして、得意げな顔をして、地面に転がる男達を見下ろしていた。それを見ていたくまはちと北野は、フッと笑った。

「なんだかんだと言って、お前もえいぞうとそっくりやな」

くまはちが言うと、

「本当だな。流石、血は争えないな」

北野が、くまはちの言葉に同意するように言った。

「誉めんといてんか。俺は、それが、嫌やから、お笑いの世界に
 しばらく身を隠していたんだからなぁ〜」

くまはちと北野は、健の言葉に笑っていた。

くまはちは、リーダー格の男の胸ぐらを掴みあげ、その男の服に付いていたバッチを見て、驚いた。

「これは、千本松組の…。こいつら、残党か?」
「…まさかと思うが、鳥居達が、こいつらと手を組んでいるとか…」

北野は、とんでもないことを考えてしまった。

「…鳥居を探すぞ!」

緊迫した事態に、くまはち、健、そして、北野は、その場を駆けだし、鳥居が隠れていそうな所を徹底的に、探っていた。しかし、遅かったのか、どこももぬけの殻だった。

「くそっ、遅かったか…」

健が言った、銃器類の反応のあった場所に三人は来ていた。
確かに反応した通り、銃器類がたくさん保管されてあった。しかし、どれも、手入れを途中であきらめたような状態になっていた。
それらの銃器類を地面に叩きつけ、悔しさを現す北野。


実はその頃、鳥居達は、東北をすでに出発していた…。
それぞれが、荷物を抱え、不気味な雰囲気を醸しだしていた。

「狙うは、ただ一人…。阿山真子…」

窓の外、流れる景色を見つめながら、呟く鳥居だった。



真子は、明日からいよいよ、大学での後期の授業が始まる為、準備をしていた。誰かと電話で話した後、まさちんの部屋の前に立った。

「まさちん、居る?」
『はい』

部屋の中から返事が聞こえ、まさちんが出てきた。

「どうされました?」
「明日なんだけど…」
「はい。一限目からでしたね」
「そうだったんだけど、あいはーからの連絡でね、
 休講になったって。だから、二限目からね」
「かしこまりました。…いてっ! …すみません…」

まさちんの返事が、またしても、敬う形だったので、真子の蹴りが入った。

「ったくぅ〜。いつまでもそんなんだったら、傷増えるよ!
 さぁてと。明日、ゆっくり眠れるね。一時間遅く起こしてねぇ!
 よろしくぅ!」

真子は嬉しそうな顔をして部屋に戻ろうとまさちんに背を向けた。

「組長、ご自分で起きて下さいよ。いつまでも、私を
 目覚まし時計代わりにしないで下さい」
「やなこったぁ。あっかんべぇ〜」

真子はそう言って、部屋へ入っていった。

「ったく、組長! …起こしませんよ!!」

二人のやりとりが聞こえていた、ぺんこうと真北は、それぞれの部屋で、思っていた。

絶対、起こしに行くやろな…。

同じような微笑みをして、真北とぺんこうは、それぞれの事をしていた。



(2006.3.8 第三部 第二十七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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