任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第二十九話 何も言えない

まさちんの車が、路肩に停まっていた。
真子は、後部座席で目を瞑り、何かを考えているのか、腕を組んでいた。
まさちんは、電話で何処かと連絡を取っている

「…鳥居の行方は? …ミナミ…か…。そうか、わかった」

まさちんは、電話を切り、後部座席に目をやった。
真子が目を開ける。

「組長、鳥居は、ミナミを徘徊しているようです。
 恐らく水木さんたちに何かを持ちかけるでしょう。
 ……どうされますか?」
「水木さんに、連絡は?」
「一連の事件をご存じのようで、鳥居の足取りが
 掴めたら水木さんの方から連絡をいただけます。
 事務所に来たら、足止めしておくとのことですが」
「…水木さんとこに」
「かしこまりました」

まさちんは、車を発車させた。


その頃、鳥居達は、『阿山組系 水木組組事務所』と書かれた大きな看板が掲げてある前に立っていた。

「まずは、ここからだ」

そして、鳥居と組員は中へ入っていった。


それから、ほんの少し経った後、水木組組事務所の前に、高級車が停まった。その車の窓が静かに開く。
組事務所の前に立っていた水木組組員が、高級車にそっと近づき、運転手に何かを告げていた。そして、組員は、何事もなかったような感じで車から離れる。
車は、静かにその場を去っていった。

「…やはり、現れましたね…」

まさちんは、呟いた。高級車に乗っていたのは、真子とまさちんだった。

「…まさちん、電話」
「はい」

まさちんは、真子に電話を渡す。
真子は、あるボタンを押した。
電話の相手が出たのか、真子は、深刻な表情で話し込んでいた。

「…お願いします…」

そう言って、電話を切った真子は、更に別の所に電話をかける。
その間、まさちんは、運転席で腕を組んで目を瞑っていた。
これから起こる出来事を想像するように……。



水木組組事務所。
水木と鳥居がソファに腰を掛けて話し合っていた。
鳥居の言葉を耳にしても、水木は動じない。
全く手の内を見せない水木に、静かに話し続ける鳥居。

「…この世界では当たり前のことだろ? 一般市民に迷惑を
 掛けないということを前提において…。お前、これが
 どれだけ大変なことが、わかるのか?」
「…わかってるよ。…これからの俺たちに必要なことだ。
 それをあの方は、俺たちに教えてくれたんだ。
 命の大切さをな。世の中、強いものが残っていく。
 それが続いて、そして、気がつくんだよ。強いものは
 孤独になってしまうってな。…こんな話、しなくても
 もう、わかるよな…」
「強いものが残っていく。それがこの世界だろ? 目には目をだ!」

鳥居は興奮していた。

「あの方は、あまり表立って行動をしていないが、
 目には刃を…という方だ。何倍にして返って
 くることを肝に銘じておいた方がいいぞ、鳥居」

水木の表情は動かなかった。
鳥居は、水木の言葉に少し弱気を見せたが、

「そうか…お前とは、敵になりたくなかったがなぁ。
 悪かった。これで、お暇(いとま)させていただくよ」

強気に出て立ち上がり、鳥居は水木を見下ろして、事務所を去ろうとしていた。
そこへ電話が鳴る。組員が応対し、すぐに水木に手渡した。そして、水木が応対した。

「…鳥居…、だから、言ったんだ」

水木は、事務所を出ようとした鳥居を呼び止める。鳥居は、水木の差し出す受話器を手に取り、耳に当てると、受話器の向こうから、低い声が聞こえてきた。

『…やくざなら、ケジメをつけることくらいわかってるよな…』

それは、真子だった。
鳥居は、受話器を置きながら、呟いた。

「…ケジメねぇ〜」

鳥居の口の端が少しつり上がる。
すると、水木が、一枚の紙切れを鳥居に差し出してきた。

「ま、せいぜい、気を付けろよ。もう、これっきりだろうな。
 鳥居、…元気でな…」

水木は、にっこりと笑っていた。
その微笑みが、かえって不気味に思えた鳥居は、その紙を奪うように手に取り、水木組組事務所を出ていった。
ドアが閉まる。

「…ほんまに、組長を怒らせてしまうなんてな…。あほやなぁ。
 …お前らも、気ぃ付けろよ。一生、陽の目を見ること、できへんぞ…」
「はっ!」



まさちんの車の中。
真子は、後ろの座席で目を瞑り、集中していた。まさちんは、前を向いたまま、真子の様子をうかがっていた。
真子が目を開いた。

「行こうか」
「…はい」

まさちんは、静かに返事をして、車を発車させた。




人里離れた場所に、廃工場があった。カラスが飛び交い、不気味な雰囲気を漂わせている…。
そこへ、高級車が一台やって来た。
車は、廃工場の広い敷地に停まる。
その車が停まってから間もなく、別の高級車がやって来た。その途端、先に到着していた高級車から人が降りてきた。
降りてきたのは鳥居だった。鳥居に続いて組員も降りてくる。
後から来た高級車が停まり、そして、人が降りてきた。それは、真子とまさちんだった。
四人はお互いにらみ合う。

「…鳥居、なぜ、あのようなことを?」

真子は静かに言った。

「決まってるだろ? あんたがなかなか復帰できなかったから、
 この俺が、仕切ろうと思ったまでよ。だけど、あんたは復帰した。
 …その時にはもう、行動を開始していたよ」
「…わかってるよなぁ。私の命令を…」
「命令?」
「銃器類を一切使用しない…」
「そんなことを言っているから、命を狙われるようなことに
 なってしまうんだよ。…我々が生きている世界はな、
 命を張った世界だ。銃器類を使用しない迷惑を掛けない。
 暴力を振るわない…。そんなアマチャンなことを言っているから、
 俺達のような組員に、命を狙われるんだよ」

鳥居は、真子が怒ると予想して、真子を馬鹿にしたような口調で言った。しかし、鳥居の予想は、外れた。
なんと、真子は、微笑んでいた。
そんな真子を見て、鳥居は、不気味に感じる。

「…銃器類を使用しない、迷惑を掛けない。暴力を振るわない…。
 そんな世界があってもいいだろ? 人を傷つけることは、
 自分を傷つけることと同じなんだよ。一番傷つくのは、
 自分自身なんだから。…今更そんなことを……」
「……ガタガタ言ってると、命を落とすことになるぜ」

鳥居は、真子の言葉をかき消すようにそう叫び、懐から銃を取り出し、真子に向けた。
真子は、動じていなかった。
そんな真子の前にまさちんが出る。そのまさちんを押しのけて、真子は前に出てきた。

「…確か…理子を撃ったのは、あんた…だよなぁ」

真子の周りに風が起こった。
それは、怒りのオーラだった。そのオーラに影響されているのか、まさちんも怒りのオーラに包まれていた。
真子が、ポケットから手を出した。
その行動に、鳥居たちは、身構える。

まさか…。

しかし、またしても、鳥居の予想とは違う行動に出る真子。
真子の手には、何か丸い物と紙切れを手にしていた。鳥居は、真子の持っている物に凝視する。

「鳥居…。交わした杯を壊す勇気があるのか?」

真子が持っていた物は、組に忠誠する証の杯だった。

「…俺の?」
「…そんな物を、手にしているということは…壊す勇気が
 ある…阿山組から脱退するということだよなぁ、鳥居よぉ〜」

真子の言葉・『阿山組からの脱退』。鳥居は、この言葉に含まれている深くて重い意味を知っていた。一瞬、悩んだ表情を見せた鳥居は、真子を見つめ、そして、言い切った。

「…あぁ、あるよ。早く壊せよぉ。俺たちはもう、阿山組とは、関わりがねぇからよぉ」
「いいんだな」
「あぁ」

真子の強い言葉に応えるかの如く、鳥居は、強く返事した。

ガチャン。

杯は、割れた。

ビリッ…。

真子は、紙切れを広げ、破った。それは、鳥居組組員が阿山組に忠誠を誓った証の血判状。真子は、細かく破り、そして、それを風に任せるように散りばめた。

「…これで、あんたは、もう、阿山組とは関係ない」

真子の言葉と同時に、廃工場にたくさんの足音が響き渡った。

「な、なんだ?!?!!」

鳥居が辺りを見渡した。なんと、鳥居達は、たくさんの警官に取り囲まれていた。

「銃を放しなさい!」

警官は、鳥居たちに銃を向けていた。そのあまりの数に鳥居と組員は、銃を地面に置いて、手を挙げた。

「知らないわけないよなぁ。阿山組と例の組織の関係を。
 …だから、言ってるんだよ、私は。銃器類を手にするな、
 迷惑を掛けるな、暴力を振るうなってね。阿山組と
 関係ある者だったら、こんなことは、ないんだけどなぁ。
 …あんた、関係ないんだろ? 私も、あんたを知らないから。
 だけどな……」

真子は、鳥居にじりじりと近づいていく。そして、目にも留まらぬ速さで鳥居の腹部に左の拳を入れた。鳥居は腹部を押さえたまま、その場に座り込んでしまう。
鳥居に差し出した真子の左手は、赤く光っていた。
真子は、きびすを返してまさちんのところへ歩いてくる。そして、まさちんの横に立っている真北を見つめた。
何も言わずに車に乗る真子。まさちんは、真北に一礼して、運転席に乗り込み、その場を去っていった。
真北は、真子を見送り、鳥居に振り返る。その眼差しこそ、かなり昔、やくざを取り締まっていた頃の恐ろしさを醸し出していた。

「だから、昔に忠告しただろ? 阿山組や俺を敵にまわすなと…」

真北はそう言って、鳥居に手錠を掛け、連行した。
鳥居は、項垂れていた。




まさちんは、静かに運転をしていた。先程、鳥居を殴った時の、真子の様子が気になっていた。しかし、気のせいだと思うことにし、気分を変えて真子に話しかける。

「組長、久しぶりですね、真北さんの仕事に手を貸すのは。
 最近、我々のことばかりで、真北さんには…」
「…まさちん、しばらく、静かにしていてくれないか」

真子は、まさちんの言葉を遮るように言った。
ルームミラーに写る真子は、ポケットに手を入れたまま目を瞑って、何かに気を集中させている様子。
まさちんは、そんな真子を見て、何も言えなかった。
暫くして真子が、口を開いた。

「…橋総合病院に…」
「かしこまりました」

まさちんは、真子の考えが解った。

恐らく、向かう先は……ICU……。



橋総合病院。
まさちんの車が駐車場へ入ってきた。玄関先に停まった途端、真子は車を降り、周りに目も暮れずにICUに向かっていく。

「組長!!」

真子には、まさちんの声は届かなかった。

「ったく!」

まさちんは、車を急発進させ、定位置に停めた。そして、車から降りた途端、走り出す。それは、まさちんの体が、自然と動いていた。まさちんの不安に応えるかのように、動く脚…。
まさちんが、ICUの階に到着し、廊下の角を曲がった時だった。
ICU内が青い光に包まれた。

「な、なんだ?! ま、まさか…!!」

まさちんは、ICUに向かって走り出していた。そして、ICUからゆっくりと歩いてくる真子を見つけた。

「組長!! …理子ちゃんは?」
「…もう、大丈夫だから……」

まさちんは、真子の様子が、先程と違っていることに気が付いた。

「…ICUの方で、青く光っていたんですが…」
「…そんなこと……なか…った…よ……」

真子の力が抜けた。まさちんは予期していたかのように、真子に手を差し出し、支える。

「…やはり、あの赤い光は……そして、青い光も…。
 …能力、失っていなかったんですね、組長」
「…誰にも……言うな……よ……」

そう言った真子は、静かに眠り始めた。

「組長…。もう、終わりにしましょう…、こんなことは…」

まさちんは、真子にそっと告げ、そして、真子を抱えて、病室へ連れていった。


真子は、すやすやと眠っていた。そんな真子の右手を両手でしっかりと握りしめるまさちん。

「組長、理子ちゃんは、元気になりましたよ。その理子ちゃんの様子で、
 橋先生に気付かれました…。能力のこと…。…怒ってますよ、橋先生は…」

優しく真子に語りかけるまさちんだった。



警察署。
真北は、報告書を書いていた。その真北にお茶を差し出す原。

「ありがと」
「お疲れさまでした。これで、四方八方丸く収まりましたね。
 真北さんも仕事が減って、たいくつでしょう?」
「…減るもんかぁ。どんどん増えていくぞ…。まさかと思うが、
 原、さぼってないか?」
「そ、そんなことありませんよぉ。ま、これで、真子ちゃんも
 普通の暮らしができるということですね」
「…原…。忘れてないか?」
「…何をですか?」
「…まだ、一つ、解決してないものがあることを…」
「ありました…」
「…組長にとって、一番解決しにくいことだよ…」

真北は、頭を抱えていた。



真子愛用の病室。
橋が、ベッドに座る真子を見つめていた。

「後で怒られるのは、真子ちゃんやで。それでもええのか?」

真子は、静かに頷く。

「ほな、約束してんか。…真北に黙っている代わりに、
 能力は、例え、命に関わることが遭っても、使わないって」
「…それは…わからない…」
「ほな、真北に言うで」
「言わないで!! …だって、真北さんが、一番悩んでる事だもん。
 この能力の事…。真北さんは、もうずっとずっと…。だから、
 能力が失われたと解った時の真北さんのあの表情。とても
 安心してた。なのに、また、不安な表情をさせるなんて…」
「だったら、約束や。俺自身も一番気にしてることやしな。大丈夫やろ?
 まさちんだって、無茶せぇへんって約束したんやろ? くまはちもやろ?」
「うん…」

橋の言葉に、真子は静かに応えた。

「えいぞうは、話し合いに持ち込んだし、東北の方も解決したんやろ?
 だったら、もう、使うことないんちゃうか?」
「…わからないよ、それだけは…」
「そら、そうやわな。でもな、こうして、真子ちゃんの体力が
 劣るくらいわかっとるやろ。完全回復してへんのに、
 理子ちゃんに青い光を使うからぁ、また入院やないかぁ。
 …真北にどう報告しよか?」
「…疲れが出た…ということで…」
「…煮え切らん返事やなぁ。しゃぁないな。真子ちゃんのことや。
 能力使わないと約束しても、破るやろ。…絶対にとは言わん。
 なるべく使わないようにして欲しい。…これでええか?」
「約束します…」
「おし。じゃぁ、真北には、疲労と伝えておくで」

橋が病室のドアを開けた。

「橋先生」
「なんや?」
「理子…の様子は?」
「もう、すっかり治ってるで。逢いに行ったりや」

橋は、真子に笑顔を向け、病室を出ていった。
ドアが閉まると同時に、真子は、悩んだような表情で俯いた。そこへ、まさちんが入ってくる。

「組長?」
「…くまはちは、居る?」
「えぇ。廊下に。呼びますか?」
「うん…」

まさちんは、廊下に居るくまはちを呼びに行った。

「なんでしょうか?」
「…あのね…、理子が来ても、ここに入れないで欲しい」
「へ?!」

まさちんとくまはちは、同時に驚いた声を発する。

「組長、どういうことですか? 理子ちゃんとお逢いに…」
「…逢えるわけ……逢える訳ないでしょ? …どんな顔をして
 逢えばいいの? 関係ない理子を巻き込んでしまったんだよ、
 危篤状態になったんだよ? …でも、理子のことだから、
 回復したら、おばさんの反対を押し切ってまで、ここに
 来ると思う…。だって、目覚めた時の理子…。まだ、私の事を
 心配してたんだもん…『真子、大丈夫?』…って。
 このまま、私と付き合って、本当に命を落としてしまったら…
 そう思うと…怖くて…」
「組長…」
「…私の方から、突き放せば、理子も私に会いに来ないでしょ?
 やっぱり、私には、…普通の暮らし…無理なんだね…」

真子は、微笑んでいた。
その微笑みには、哀しみを必死でこらえている雰囲気がある。
しかし、真子は、涙を見せなかった。

組長……。

まさちんもくまはちも、真子に何も言えなくなった。


そして、真子が言った事が、起こった。


すっかり回復した理子が、真子に逢うなと言う母の言葉を押し切って、真子の病室にやって来たのだった。
病室の前には、くまはちが立っていた。
まるで真子を守るかのように…。

病室では、まさちんが、真子に映画の話をしていた。真子は、笑顔でまさちんの話を聞いていた。
その時、廊下に誰かが来た様子。くまはちの声の他に、女の子の声が聞こえてくる。

「…理子……」

真子の表情が一変した。

「組長、やはり…」

まさちんは、真子の理子への考えを変えるように言いたかったが、真子の表情を見ると、やはり何も言えなくなる。
真子の表情は、何かを必死でこらえている…そんな表情だった。
暫くして、くまはちが、病室へ入ってきた。

「…ありがと、くまはち…」

真子は、ベッドに横たわったまま、天井を見つめて言った。

「…本当に、あれで、よろしいんですか、組長」

まさちんが、そっと言うと、

「…いいんだ……これで、…いいんだよ……」

そう言って真子は、布団に潜り込んでしまった。

「組長……」

真子の泣き声が聞こえてきた。
まさちんとくまはちは、真子の心境が解るだけに、痛いほど辛かった。

その日、真子は、布団の中から出ようとしなかった。
真北が病室へ尋ねてくるまで、泣き続けていた。

「組長、過労で……って、どうした?」

真北は、病室内の異様な雰囲気に気が付いた。
真子は、布団を頭までひっかぶり、そして、まさちんとくまはちは、真子から離れたところで、深刻な表情で立ちつくしていた。



真北、まさちん、くまはちは、廊下に出ていた。
二人から、事情を聞いた真北は、軽く息を吐き、

「そんな結論を出したのか…。組長…」

口を尖らせた。

「今は、何も言わない方がよろしいかと…。あの涙は、
 普通の暮らしとの決別の涙です…。組長は、やっと
 決心なさったのだと思います…」

まさちんが、静かに言った。

「…お前は、それを望んでいるのか?」

真北が静かに尋ねる。
まさちんは、一点を見つめたまま、暫く何も言わなかったが、ゆっくりと真北に目線を移して睨み付けた。

「そんなわけ、ないだろ! 組長は…組長の笑顔は、
 任侠の世界よりも、普通の暮らしで生きている時の方が
 輝いているんだからな…。組長には、普通の暮らしを
 送っていただきたい…。組長が望むことを…叶えてあげたい…。
 組長が、俺達の事をいつも考えて下さるように、
 俺だって、組長の事を考えている…。だけど、いつも敵わない…。
 今回もそうですよ…。組長が決めた事…反対できません…」

真北は、まさちんの言葉に怒りを覚えたのか、まさちんの胸ぐらを掴みあげた。

「それが、正しいと思っているのか?」
「…思わないですよ…」

真北の鉄拳が、まさちんの頬にぶち当たった。その勢いでまさちんは、壁に思いっきりぶつかり、そして、その場に座り込んでしまう。次の鉄拳が来ると覚悟を決めていたまさちんは、かなり間が空いていることが気になり、顔を上げた。
なんと、くまはちが、真北を羽交い締めして、停めていた。

「真北さん、落ち着いて下さい」
「うるせぇ」

真北は、くまはちを睨んでいた。それでも、くまはちは、真北を放さない。

「間違っていることを、真子ちゃんに伝えるのが
 当たり前だろ…。なぜ…言わないんだよ…」

真北の勢いが停まった事で、くまはちは、真北から手を離した。
しかし、真北は、気が済んでいなかったのか、まさちんに蹴りを入れる。まさちんは、身動き一つしなかった。そして、俯いたまま、

「組長の気持ち…解るだけに…言えなかったんですよ…」

静かに口を開いた。

「大切な人を…命を…失いたくないということ…。
 誰よりも…そのことに対する気持ちが強いですから…」

まさちんの言葉に、真北もくまはちも、何も言えなくなった。

「間違っていると解っていても、…言えませんよ…」

まさちんは、項垂れてしまう。
そんなまさちんを見下ろす真北は、自分の感情を隠すような感じで、ポケットに手を突っ込み、窓の外を見つめた。

どうすれば、いいんですか…ちさとさん……。

力強く目を瞑る真北だった。




真夜中の橋総合病院。
昼間と違い、静かだった。それは、ほんの小さな足音でも、あちこちに響くほど。
真北は、真子の病室に静かに入ってきた。
真子は、布団を頭まですっぽりとかぶっている。
真北は、真子の布団をそぉっとめくった。
真子は、眠っていた。
真北は、真子の頭を撫でようとそっと手をさしのべた途端、真子が、目を覚ました。

「組長。起きてたんですか?」
「ん? 目が覚めただけだけど…」
「…まさちんとくまはちから聞きましたよ」
「そういうことだから」
「本気ですか?」
「うん」

真子の雰囲気は、いつもと違い、組以外の時に感じる雰囲気に、どことなく、『五代目』の雰囲気が混じっていた。

「真北さん、心配掛けてごめんなさい。
 ちょっと…無理しすぎたみたい…。
 少し体力が回復するまで入院だって」
「橋から聞きましたよ。私の方こそ、申し訳ありませんでした。
 無理言って、鳥居の件に手伝っていただいて…」
「気の済むまで、いたぶってね」
「それと、大学内での事件ですが、あとは、
 理子ちゃんから事情を聞くだけです」
「…そう…。お手柔らかにお願いします。
 それと、最後まで見守ってあげてください」
「はい。すみません、起こしてしまって。お休みなさいませ」
「お休み。真北さんも無茶しないでね」
「ありがとうございます。失礼しました」

真北は、病室を出ていった。
真子は、真北が出ていくのを見届けてから、再び眠りについた。


廊下に出た真北は、そこに、まさちんとくまはち、そして、えいぞうと健の姿があることに気付く。

「…深い眠りにつけないほど、気を張りつめてるよ…」

真北が呟くように言った。

「また…ですか」

えいぞうが、何かを思いだしたように応える。
えいぞうが思い出した事。
それは、真子が、母・ちさとを失ってから、しばらく続いた状態。
常に何かに警戒しているかのように気を張りつめて、過ごしていた頃の真子だった。

「これは、根が深いな…」

真北は、ポケットに手を突っ込んで、口を尖らせ、窓の外に見える月を見上げていた。



次の日の朝。
くまはちが、真子の病室の前に立っていた。ふと、目線を移すと、そこには、理子が立っていた。
くまはちは、理子を威嚇する。その雰囲気を感じ取ったのか、理子は、スゥッと姿を消した。

「…嫌な役目だよなぁ」

くまはちは、呟いていた。



橋の事務室。
真北が、橋の前に仁王立ち。

「…本当に、過労なのか?」

威嚇するように言う真北。

「そうや」

あっさりと応える橋。

「なら、理子ちゃんの回復は、どう説明してくれるんだ?」
「俺の腕」
「…確か、おとといまでは、危篤だったよな…」
「だから、俺の腕だと言ってるやろ」
「組長でも、危篤状態から、たった二日で走るまで回復しないぞ。
 それとも、何か? 理子ちゃんには驚異的な回復力が備わってる
 とでもいうのか?」
「だから、俺の腕やと言ってるやろ?」
「…組長に、能力が戻ったんだろ?」
「…いいや…」

橋は、真北から目を反らす。

「昔から、変わらないな…。隠し事してる時の仕草…。
 隠さなくても、わかるよ。お前だけじゃないだろ?
 組長の持つ、あの能力の文献を読んでいるのは…。
 責任を感じて、青い光を使ったんだろ?」

真北は、橋を睨んでいた。その眼差しに負けた橋は、ゆっくりと語りだす。

「そうだよ…。そして、能力が戻ったことは、
 お前には言わないで欲しいと…。
 お前が一番心配していることだから…。
 真剣にお願いされた。だけどな…。
 必要以上に使わないという交換条件付きだ」
「必要以上?」
「使うな…。って言っても真子ちゃんのことだ。
 何かあったら絶対使うだろう。誰かと似てさ…。
 だから、必要以上と言ったんだよ」
「使うこともある…ってわけか…。その時の体力の消耗は?」
「以前よりは、劣らないだろうな…。あの閃光で、更に
 強化されただろうからな…」
「…そうか…」

真北は、深刻な顔をして、椅子に腰を掛けた。

「それより、どうするんだよ。真子ちゃんの意志。そして、
 理子ちゃんの寂しそうな顔。…結論出たのか?」
「しばらく様子を見ることにした。今はまだ、興奮状態に
 なっているだろうし、落ち着けば、考えも変わるだろうよ」
「…何か遭った時は、いつでも来いよ」
「あぁ…」

真北は、橋を見つめた。

「仕事は?」
「…忘れてた…」

真北は、本当に忘れていたのか、いきなり事務室を飛び出していった。

「……あほ…」

そう呟いた橋は、事務室のドアを閉めに、席を立った。



理子が退院する日。
病室の片づけをしながら、橋と話している理子からは、いつもの明るさが消えていた。

「あんまり無理したら、あかんで」
「橋先生、お世話になりました。…それで…真子の様子は?」
「体力の回復が遅れてるだけやから。明後日には退院させるよ」
「…真子のこと、宜しくお願いします」
「心配せんでええからな」

理子と理子の母は、橋に深々と一礼して、去っていった。

「やれやれ…」

橋は、困った表情で頭をかいていた。そして、呼び出しベルに反応して、手術室へと向かって走っていった。




「わかった。準備しててね、えいぞうさん」
「かしこまりました」

えいぞうは、九州の青野組との話し合いの条件を真子に話していた。話し合いに応じる条件に、真子が参加するという項目が入ってる。えいぞうは、その条件を出された時、真子の体調は優れないということを理由に断っていたが、それでは、再び血を見ることになると言われ、真子に取りあえず、話を通してみたのだった。
すると、真子は、即、参加するという返事をした。

「では、そのように返答しておきます」

そう言って、えいぞうが病室を出ていく。そのえいぞうと入れ替わるように、まさちんが入ってきた。

「まさちん、私の退院は、いつ?」
「明日とお聞きしております」
「わかった。九州に行く用意をしといてね」
「本当に、行かれるのですか?」
「仕方ないでしょ。いくらなんでも、こっちが悪いんだから」
「ですから、あれは、この世界では当たり前のことですと
 何度も申し上げているではありませんかぁ」
「私の流儀に反することだからね」
「水木さんが、嘆きます」
「嘆かせておけばいいよ」

真子の言い方はとても冷たかった。
やはり、組関係の話をしていても、常に含まれている真子独特の温かさが無い。

「そのように致します」

まさちんは、そんな真子に応えるかのような態度をとっていた。
真子がベッドから降りた。

「組長、どちらへ?」
「……庭……一人でいい」
「はっ」

病室のドアが静かに閉まると同時に、まさちんはため息を付いた。


真子は、庭を散歩していた。
どことなく寂しさが漂う真子。
そんな真子を事務室の窓から眺めているのは、橋だった。

「…精神的に…参るで、真子ちゃん」


真子は、愛用のベンチに腰を掛け、空を仰いでいた。そして、右手を伸ばし、何かをつかむような感じでゆっくりと手を握りしめた。

「…つかめない……」

真子の目には、空を流れる白い雲が映っていた。



真子は、九州に来ていた。
真子を守るように、側には、まさちん、えいぞう、くまはちが付いている。真子達に近づく男が二人居た。そして、真子に一礼して、口を開く。

「お疲れさまです。ご案内致します」

男達は、青野組三代目総長の側近、藍原と浅葱だった。
真子達は、案内されるまま、静かについていく。
ロータリーには、高級車が停まっていた。それに乗り込む真子達。そして、車は、高級ホテルへと入っていった。


VIPルームに案内された真子達。そこで待っていたのは青野組総長・青野龍蔵だった。

「遠路はるばる御足労でしたな…。退院後すぐに申し訳ない。
 こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。ご心配なさらずに。この通り、元気ですから」

真子は、隙のない態度で、青野の向かいに座り、会話を始めた。
後ろに立つまさちん達に気付き、

「青野さんと二人で話をしたい」

そう言った。

「組長、それは…」

まさちんは、青野の後ろに立つ藍原と浅葱を見つめていた。

「お前らも席をはずせ」

青野が、後ろに立つ二人に言った。

「…はっ…」

藍原と浅葱は、一礼して、部屋を出ていった。それを見たまさちん達も部屋を出ていった。

「大人しくしとけよ」

真子は、去っていくまさちん達に優しく言った。

「大丈夫ですよ。藍原と浅葱は、実戦以外は、大人しいですから」

真子の言葉に応えるように、青野が言った。

「私のところが心配ですよ。血の気が多い連中ですからね…」
「では、早速、本題に入らせてもらいますよ。…今回の件は、
 双方が、悪いということで、結論が出ておりますが、
 私どもは、そちらのように巨大組織ではありませんので、
 かなりの痛手だったのですが…」
「この世界では、当たり前のこと…そのように、小島が申した
 ようですが、それは、小島自身の意見です。…私の意見は、
 すでに御存知だと思いますが…。私自身に、いろいろと
 ありすぎて、幹部達を制御できなかった…力不足でした。
 申し訳ない。そこで、そちらの意見をお聞きしたいのですが…」
「…話が早い…。流石……ですな…」

青野は、言おうとした言葉を飲み込んだ。

『血筋ですな…』

この言葉は、阿山真子の本能を呼び覚ます合い言葉に近いもの…。
青野は、知っていた。だからこそ、言葉を濁したように言って、話を続けた。

「私どもが、そちらに進出しても、何も言わないで欲しい。
 しかし、縄張りは、荒らさない…」
「縄張りなんて…あるようでないものですから。それだけですか?」
「…あなたの…その命を…もらいたい…」
「私の…命ですか…。そんなちゃっちぃものでよろしいんですか?」
「…冗談ですよ」

青野は、微笑んだ。その微笑みに応えるように真子も笑顔を向けた。
その時、青野は、真子の雰囲気が噂と違うことに気がついた。

「…あなたは、一体、誰ですか? …本当の阿山真子は、どこに居る?」

青野は、目の前の真子を睨むように言った。

「…私ですよ」
「何が遭ったのか、知らないが、あなたの微笑みには、違和感を感じる。
 阿山真子の微笑みは、心が和むと聞いている…。なのに、今の
 微笑みでは、和みもしない。この世界を変える勢いのある阿山真子に
 こちらへ来るように申したはずですが…」

真子は、青野の言葉に衝撃を受けたのか、一点を見つめたまま、動かなかった。

「…思い出しましたよ…確か、あなたの親友が
 組の内紛に巻き込まれたとか…。
 それが関係しているのですか?」

真子の頬を一筋の涙が伝って、床に落ちた。

「ご無理なさるな…」
「無理は、していない…。だけど、そのことを考えると…」

真子は、涙を拭いた。

「…取り乱して、申し訳ない…。これが…今、ここにいるのが
 阿山組五代目組長、阿山真子ですから…。しかし、面識のなかった
 あなたに悟られてしまうとは、私も、まだまだですね…。
 この世界で、生きていく決心をしたというのに…」

真子は目を瞑り、気を集中させる。そして、ゆっくりと目を開き、しっかりとした口調で言った。

「…わかりました。そちらの条件をのみましょう。ただし、
 これだけは、守って下さい。問題を起こさない…と。
 もし、一般市民に迷惑を掛けるようなら、私の拳が、
 あなた達を襲いに行きます」
「えぇ。あなたの怖さは、あの水木や猪熊、小島よりも
 すごいと聞いておりますよ。ですから、話し合いで事を
 済ませたかった…。お互い、大切な者を傷つけたくありませんからね」
「そうですね」

話に、ケリが付いた。その途端、二人の雰囲気が、がらりと変わった。

「これから、一緒に、食事でもどうですか。色々とあなたのことを
 知る機会だと思うので…」
「申し訳ございません。スケジュールが詰まっていますので、
 折角のお誘いですが…。またの機会がございました時に…」
「…残念ですな…。その時は、独特の笑顔を拝見したいものですな」
「……では、失礼します。まさちん、引き上げるよ」

まさちんが、部屋へ入ってきた。そして、青野に一礼して、真子と部屋を出ていった。

真子が出ていったドアを見つめる青野に、藍原が近づく。

「これで、あいつが、向こうに行っても、安心だな…」

青野が呟いた。

「そうですね。阿山組が守る街なら、安心ですよ」
「…お前も、頼んだぞ」
「御意」

青野は、とても優しい眼差しをしていた。



浅葱に駅まで送ってもらった真子達は、そのまま大阪へ向かった。

「まさちん、水木さんたちに、緊急会議を開くからと連絡入れてくれるかな」
「かしこまりました」

そう言って、まさちんは、新幹線のデッキに向かって歩いていった。

「えいぞうさん、お疲れさまでした。いつもの生活に戻って下さい。
 くまはち、帰ったら、その足で、真北さんところに行って、
 その後の東北地方の事を聞いてきてくれる? 場合によっては、
 阿山組で世話しないといけないかもしれない…」
「東北の件でしたら、すでに真北さんが手を打ってます」
「なるほど…。それなら、私は、手を出さないよ」
「組長、大学の講義の方は…?」

くまはちが、話題を切り替えた。

「出席はするよ。送迎は、まさちんにお願いしている。
 ま、いつもの通りと言うことさ」

真子は、くまはちに微笑んだ。
その微笑みに違和感を感じるくまはち、そして、えいぞう。
だけど、何も言えない…。



やはり、組長には、この世界だけに身を投じないで欲しい…。



AYビルでの緊急会議が終わった後、関西幹部達、誰もが感じたことだった。



(2006.3.10 第三部 第二十九話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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