任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十話 大切な笑顔を失うな!

十一月下旬。
この日は珍しく寒くなっていた。

リビングで、まさちんが、テレビの天気予報を観ていた。

「珍しく寒くなるのか…。…って、そろそろ起こさないと、
 組長、遅刻するやんかぁ」

まさちんは、リビングを出て、真子の部屋へ近づき、ドア越しに、声をかけた。

「組長、起きてますか??」

真子は、返事をしない。気になったまさちんは、部屋のドアを開けた。

「組長?」

真子は、布団の中からまさちんを見つめていた。どことなく、寂しそうな目…。

「組長、そろそろ布団から出てくださいね。遅刻しますよ。
 それと、外はすごく寒いですから、暖かい服装でお願いします。
 まだ、体調は完全ではないんですから。…って聞いてますか?」
「う…う〜ん」

まさちんは、ベッドの側に綺麗に折り畳んでいるカーディガンを手に取り、起きあがる真子の肩に優しく掛けた。

「ありがと」

真子は、笑顔をまさちんに向けた…が、その笑顔にも、どことなく、寂しさが漂っていた。



真子の大学前のロータリー。

「午後三時ですね」
「うん。…大丈夫?」
「私の方は、いくらでも都合がつきますので。
 それでは、組長、お気をつけて」
「うん」

真子は車を降り、人目を避けるように、素早く校舎へ向かって走っていく。
まさちんは、真子が無事に校舎へ入っていったのを見届けてから、車を発車させた。

真子は、講義室に居る間も、隅の方に座り、存在を消すようにしていた。
大学内に居る時間を減らし、AYビルで仕事をする時間を増やした真子。
家に居るときも、ビルで受付カルテットと話しているときも、どことなく、真子らしさがない真子は、すっかり、心から笑うことを忘れてしまったようだった。
気を紛らわすかのように、がむしゃらになってビルでの仕事=組長をしている真子を、周りの人たちは、快く思っていなかった。
やはり、あの明るい、素敵な笑顔を持つ真子が好きなのだ。

「組長…笑顔減ったよな…」

幹部だけの会議の席で川原が呟くように言った。

「笑顔は向けるんやけど、あの心が和む素敵なものと
 ちゃうからなぁ。…作られたっつー感じの笑顔やぁ…」

藤が、天井を仰ぎながら嘆く。

「しゃぁないやろぉ。高校生の頃からの親友が、まるで
 わしら組員みたいな感じで、組長を守ったんやろ…。
 わしらが、行ってもかなりショックのような表情をするのに、
 それが、わしらやなくて、一般市民やもんなぁ〜。まぁ、
 その親友も、わしらと同じように、組長のことが
 大切やった…ちゅうことやろ…。だけど、それが……」

松本が寂しげに言う。

「須藤、お前、一平くんに聞いてへんのか?」

水木が何か思いだしたように言った。

「…組長、全く普通の暮らしから離れてるんや…。
 一平の奴が、遊びに行こうって誘っても、組の仕事が
 忙しいからとかAYAMAの仕事…とか言うて、
 ずっと断られてるんやて…。一平に嘆かれとるわい…」

頭を抱える須藤。

「組の仕事、そんなに忙しないやろ。なのに、…組長は、何してるんや?」

水木が、言った。

「…いつもは、さぁっと流してたとこまで、こと細かくやっとるらしいで。
 …あのままやったら、まさちんが倒れるんとちゃうか」

須藤が、机の上の書類に目を通しながら言った。

「誰か、停めたれや」

水木が、背もたれに思いっきりもたれかかりながら、呆れたように言うと、

「…できとったら、とっくに停まっとるやろ…」

須藤が、書類のある場所で目を留めて、深刻な表情で言った。その表情を水木は見逃さなかった。

「どないしたんや?」
「…ほら、こんな感じで細かくな…」

水木達は、須藤の持つ書類を覗き込む。

「……ほんまや…。えらい細かいな…」
「な?」

それぞれが、ため息をついた。


そして、その日の夕方。
ビル内で働く者達の退社時間なのに、真子とまさちんが、AYビルへやって来た。
真子は、受付の前を通るとき、軽く微笑んで、そのままエレベータホールへ歩いていく。深刻な表情で、まさちんに書類を差し出しながら話し込み、到着したエレベータに、乗り込んだ。

「…ますます、張り切ってるね、真子ちゃん」

真子をすごく心配するひとみ。

「そうだね…。でも、言えないよね…真子ちゃんの気持ちを考えると…」

そう言った明美は、まさちんから、真子の気持ちを全て聞いていた。

「大切な者を、失いたくない…か…」
「…うん…」

いつもは明るい雰囲気の受付も、真子の影響を受けているのか、どことなく暗い雰囲気が漂っていた。



真子の事務室。
真子は、デスクに腰を下ろし、そして、机の上の書類を手に取り、目を通し始めた。

「…まさちん、これに時間がかかりそうやから、
 しばらく休んでいいよ。疲れてるでしょ?」
「私は大丈夫ですよ。組長の方が…」
「…組長命令。休憩しなさい」

真子の言い方は、なぜか、冷たく感じる。いつもなら、こんな言葉でも、優しさが感じられるのに…。
まさちんは、軽く会釈して、自分の事務室へ入っていく。そして、ソファに腰を掛け、そのまま、横に、ゴロンと寝ころんだ。
寝ころんだ途端、熟睡するまさちん…。
本当に、身も心も疲れ果てているようだった。

その間も、真子は、しっかりと仕事をしていた。
時計は、夜の十時を回っているにも関わらず、まさちんは、熟睡。
そんなまさちんを起こしたのは、くまはちだった。

「おい、まさちん…起きろって」
「ん? ふにゃ?? …あ、あぁ、くまはちぃ。どした?」
「どしたもこしたもあるかい! いつまで、ビルに居るつもりや?
 家に戻ったら、日付変わってるやないか。そんな時間まで
 組長を働かせると、真北さんに怒られるの、お前やぞ」
「…解ってるよ…でもな、こればかりは、どうも…な」
「…お前は、熟睡しとるのにか? …組長は、夜もゆっくりと
 眠ってないのにな…」

くまはちの言葉には、とげがある。

「…悪かったよ。で、組長は?」
「仕事は終わって、復習してたよ。まさちんが起きてくるまで
 そっとしておけと言われたけどな…。…組長に気を遣って
 もらってどうするんだよ。立場が逆だろがぁ」

くまはちは、まさちんの胸ぐらを掴みあげた。しかし、まさちんは、抵抗することなく、くまはちの目をしっかりと見つめるだけだった。

「…ったく、てめぇは……」

くまはちは、何も言わずに、まさちんを放り投げるように手を離す。
服を整えたまさちんは、帰宅準備を始め、真子の事務室へ、くまはちと入っていった。
真子は、デスクに突っ伏して眠っていた。
まさちんがそっと近づくと、その気配で真子は目を覚ます。

「ゆっくり、休んだ?」

真子は、優しい眼差しでまさちんに言った。

「…ありがとうございます。しっかりと休憩させていただきました。
 そろそろ、帰宅しないと…」
「うん。帰る準備は、できてるから」

そう言って、真子は立ち上がり、デスクの電気を消した。そして、事務室を出ていった。



十二月中旬。
世間がクリスマス一色に染まる頃…。
真子は、独特の明るさを失ったまま日々を過ごしていた。
時が経てば、真子の気持ちも変わるだろうと思っていたまさちんや、真北達は、真子の気持ちに全く変化が現れないことに、驚いていた。
それは、解っていたことなのに…。

「…組長の頑固さ…。忘れてたな…」

真北は、リビングでお茶をすすりながら、向かいに座るぺんこうに呟くように言った。

「そうですね…。あの頃の二の舞を演じてしまってるのなら、
 想像できたことなんですけどね…。私、何かを失って
 しまったんでしょうか…。組長と過ごしている楽しい日々の間に…」

ぺんこうは、両膝に両肘をついて、祈りのように指を絡ませて、うつむき加減に真北に言う。

「あの頃と、今とでは、違いが多すぎるからな…」
「…そうですね…」
「…あのなぁ…」

真北が、静かに言った。

「…何ですか?」

ぺんこうは、冷たく応える。

「お前に…頼んでもいいか?」

真北は、深刻な顔をして、ぺんこうを見つめた。ぺんこうは、それに応えるかのような表情をして、真北を見つめ返す。

「…私で駄目でしたら、あなたにお願いしますよ…」

ぺんこうの言葉に、真北は目を瞑り、そして、

「…あぁ」

静かに応えた。



次の日の夜。
帰宅後、少しだけリビングに顔を出した真子をぺんこうが呼び止めた。

「組長、久しぶりに、一緒にテレビでも、どうですか?」

ぺんこうは、とびっきりの笑顔を真子に向けて声を掛けた。

「…することが、あるから…」

真子の言葉で、ぺんこうは、ふくれっ面になる。それを観て、少し心が和んだのか、真子は、諦めたようなため息をついて、ソファに腰を掛けた。
暫くして、ぺんこうが、真子に尋ねる。

「組長、最近、体調がよくないのではありませんか?」
「ん? そんなことないよ。どしたん、急に」
「ここ一ヶ月、組長の雰囲気がかなり変わった感じが…」
「…そうかなぁ。いつもと変わっていないと思うけど…変わったかなぁ」
「…最近、理子ちゃんの話をしなくなりましたけど…。
 理子ちゃんとの楽しい会話を聞くのを私は、
 すごく楽しみしてるんですけどね。
 あの頃と全く変わらないような理子ちゃんの話を…」

真子の顔色が変わった。

「…逢ってないから…。あの事件以来…」

真子は、静かに語り始めた。

「…だって、逢えないでしょ? 私のせいで、あんなことに
 なってしまったんだよ? どんな顔して逢ったらいいの?
 …どんな顔をして…。ねぇ、ぺんこう…」
「…く、組長…」

ぺんこうは、驚いた。
真子が急に涙を流していたからだった。急に流れてきた涙に真子も驚いていた。慌てて涙を拭う真子。

「本当は、理子ちゃんと話をしたいんですね?
 以前のように、楽しく遊びたいんですね…」

ぺんこうの優しい言葉に真子の涙は、止まらない。

「あれ、あれ?! なんで止まらないんだよ…」
「組長、いつも申し上げているでしょう?
 無理することは、体に毒だって」
「私……無理…してる?!」

ぺんこうは静かに頷いた。
真子は、俯いてしまった。

「…無理…してるかもね…」

静かに語り始めた真子。ぺんこうは、真子の隣に腰を下ろした。

「…だって、私、理子と楽しくはしゃぐのが、好きなんだもん。
 だけど、…だけど…また…あのようなことが起こると考えると、
 …理子を見かけても、声をかける勇気が出ない…。声をかけること
 …できないの…。…理子は、親友なんだよ。なのに…、なぜ…私を
 守るようなことをしたんだろうって。それが、不思議で…。
 理子は、組員じゃない…」

ぺんこうは、自然と真子を抱きしめていた。

「…どうしたんですか、組長。組長らしくありませんよ……。
 何が起こっても、前向きな組長でしょう? なのに、…そこまで
 組長を追いつめていたなんて…。私、気がつきませんでした。
 申し訳ありません…」
「…ぺんこう…」

ぺんこうの突然の行動に、真子は躊躇っていた。

「…それに、もし、組長が理子ちゃんの立場だったら
 どのようにいたしましたか? 親友が危険な目に遭いそうだったら、
 同じような行動をお取りになられたんではありませんか??」

真子を抱きしめるぺんこうが、少し震える。

本当に…申し訳御座いません…。

「ぺ、ぺんこう…」

なぜ、ぺんこうが、謝るの…?

真子には、ぺんこうの心の声が聞こえていた。
真子を抱きしめながら、ずっと謝っている。その言葉に戸惑う真子は、ぺんこうの言葉に耳を傾けていた。

「組長は、組長が思うようになさればよろしいんです。
 だから、理子ちゃんと関わらないようにしようと
 考えるのも、私は、よろしいことだと思います。
 だけど、…阿山真子は、どう思っておられるのですか?
 組長は、組長ですけど、阿山真子でもあるんですよ。
 理子ちゃんと親友の」
「…そうだけど…。…理子がどう思っているのか…」
「理子ちゃん、あの日から…組長がくまはちに言って
 理子ちゃんを追い返した日から、毎日毎日組長の
 病室の前に来ていたそうですよ。組長の様子を廊下で
 こっそりと伺っていたそうです。退院する日まで。
 この理子ちゃんの行動を考えれば、理子ちゃんの
 思い…もう、おわかりですね?」
「…毎日…?」

真子は、呟くように言った。
ぺんこうは、真子を解放し、そして、真子の顔を両手で挟んで、真子の目をしっかりと見つめ、そして、微笑んだ。

「…少し、元気になられましたね。悩み事は、
 表に出さないと本当に体に毒ですよ!!」

その瞬間、ぺんこうの言葉に安心した真子は、少しだけ、真子らしさを取り戻した。



まさちんが、二階から降りてきた。そして、リビングから、微かに漏れる声が気になり、そっと覗き込んだ。

「…先を越されたかぁ…。ちっ…」

まさちんは、リビングに居る真子とぺんこうの会話に聞き耳を立てていた。そして、真子が、以前のように明るい声で話していることに安心していた。
苦笑いをしながら、自分の部屋へ戻っていく。

「…俺が、言いたかったな…」

部屋に戻り、机の前に座ったまさちんは、阿山組日誌を開いて、呟いた。
暫くして、真子が部屋へ入っていく足音が聞こえた。

組長…。

まさちんは、真子の部屋の前に立ち、中の様子を伺うように気を集中させた。

『まさちん!』
「はい!」

まさちんは、真子に呼ばれて、すぐに部屋へ入っていった。真子は、ベッドに腰を掛けていた。

「何か…?」
「…明日ね…頑張ってみる…。さっき、ぺんこうと話しててね、
 少し、勇気が出た。だから…理子に…話しかけてみる…」

真子は、緊張しているのか、不安なのか、まさちんの目を見ず、下を見たまま、そう言った。
まさちんは、真子の前にしゃがみ込み、真子を見つめる。それでも真子は、まさちんを観ようとしなかった。

「組長、頑張って下さい。応援してます」

まさちんの声は、力強かった。
その声に勇気づけられたのか、真子は、まさちんを見つめた。
まさちんは、以前と変わらない優しい微笑みを真子に送っていた。
その笑みにつられるように、ゆっくりと微笑み始める真子。

「…ありがとう」

真子は、素敵な笑顔でまさちんに言った。まさちんは、安心したように、真子の頭を撫でていた。しかし、その手をいつ引っ込めて良いのか、わからず、いつまでも、いつまでも撫で続ける。

「ったくぅ、まさちん〜、いつまで撫でてるん!!」
「す、すみません…」
「ったく!」

真子は、微笑んでいた。
そして、次の日の朝、真子は、大学へ向かった。
息をのんで、車のドアを開けた真子。

「い…いってきます…」
「組長、リラックスしてください…」
「う、うん。じゃぁね!」

真子は、緊張した面もちで、大学の門をくぐっていった。

「頑張って下さい!!」

まさちんは、真子の後ろ姿を見つめ、応援する。
真子の背中は、力強さを感じさせていた。

これで、大丈夫。

そう思ったまさちん。しかし、それは、脆くも崩れてしまうのだった。


真子を迎えに来たまさちんは、真子が車に乗った途端、直ぐに車を出発させた。

「お疲れさまです」
「…駄目だった!」

明るい声で、真子が言った。

「駄目…とは?」
「やっぱり、理子を見かけても…話しかけられなかった…」
「組長…」

心配そうに真子に声を掛けるまさちん。

「ま、いいや。私は私だから…。…で、今日は?」
「…あ、はい。こちらが、書類です。お願いします」

まさちんは、真子に書類を手渡した。
真子は、受け取った途端、すぐに、目を通し始める。
まさちんは、ルームミラーに映る真子の表情が気になっていた。
真子は、涙ぐんでいたのだった。

今朝の勢いが…無くなった……。

「組長、今日は、ビルではなく、家に戻ります」
「どうして? 私なら、大丈夫だよ」
「いいえ、やはり、組長、体を休めた方がよろしいです。
 書類の方は、明日ということで」
「大丈夫だから」
「…駄目ですよ。私が運転してますから、組長が行きたくても、
 今日は、家に戻ります。組長命令でも駄目ですよ。
 ここんとこ、全くお休みなさってませんからね。それに、
 夜も芯から眠っておられないでしょう? 今日は、絶対に
 自宅でゆっくりとお休みください」

まさちんは、力強く言った。そのまさちんの言葉に観念したのか、やはり、弱気の真子は、まさちんの言うことを素直に聞いたのだった。

「…わかった…そうする…」

真子は、静かにそう言って、手に持っていた書類を全て、助手席に置き、ふくれっ面になり、目を瞑った。

その夜、真子は、いつもよりも二時間早くベッドに身を沈めていた。


リビング。
ぺんこうとまさちん、そして、くまはちが、深刻な話をしていた。

「駄目だったみたいだよ」

まさちんが、言った。

「そうか…勇気…でなかったのか…。本当に根が深いな…」

ため息混じりにぺんこうが言うと、

「明日、再度挑戦…」
「できないよ…。組長、落ち込んでいたからな…」

くまはちの言葉を遮るようにまさちんが、言った。

「そっか…」

くまはちの嘆きの言葉に、三人とも、何も言えなくなる。

「…ふぅ〜。あの人に、頼むか…」

ぺんこうが、あきらめたように言った。

「最後の…切り札…か…」

くまはちとまさちんは、同時に呟いた。

「…そんな大それた人じゃないって、あの人は」

ぺんこうの言葉には、何か別の感情が含まれている…。

その頃、真子は、ベッドに寝ころんだまま、眠らずに何かを考えていた。


朝。
真子の部屋から、何やら怪しい音が聞こえてくる。

「組長、失礼します」

まさちんが、入ってきた。

「組長、今日の予定ですが……って、組長?!?!」
「あん? 続けて」
「一体、どうされたのですか…?」

まさちんは、真子の姿を見て驚いたように、目を見開いていた。
なんと、真子は、腰まで長かった髪の毛を、肩まで切っている所。
怪しい音は、真子が髪を切る音だったらしい。

「気分転換しようと思ってね。まさちん、続けて」
「はい。送迎は、いつもの通り、私が行います。そして、
 講義の間に私が、ビルの方で、資料をまとめておきます」
「その資料で、納期が早いやつは、迎えに来るときに
 持ってきてね。車の中で目を通すから」

真子は、髪の毛を切りながら、まさちんに話す。
すっきりと肩までの長さになった真子の髪型。鏡を覗き込む真子は、納得したのか、周りを片づけ始めた。

「じゃぁ、朝食済ませてから、出発だよ」
「はい」


リビングに降りてきた真子を観て、むかいんもくまはちも驚いた表情をする。

「く、組長…、どうされたんですか?」
「…ったく、髪型変わったら、何かあるとでも思うのかなぁ。
 気分転換なのぉ。しかし、ばっさりと切ると、軽くなるね。
 体が浮いた感じがする。…いただきます」

真子の話を聞いていた三人は、真子の心境の変化に、なぜか、戸惑っていた。



真子は、人気を避けるように、大学の門をくぐっていった。まさちんは、真子が校舎に入っていくのを見届けた後、車を発車させた。



AYビル。
まさちんは、事務室で報告書の整理に追われていた。そこへ、くまはちがやって来て、ソファに座るなり、まさちんに告げる。

「一件落着や」
「そうか。真北さんも、無茶したんじゃないのか?」
「それは、いつものことやろ」
「東北は、管理下から離れたか…。規模縮小ってとこだな」
「まぁ、以前から、手を切ろうと思っていたらしいからな。
 大阪に手を広げた頃だけど」
「…それにしても、この巨大組織を組長が納めてるんだよなぁ。
 跡目の教育もされてなかったのにな」

まさちんが、呟くように言った。

「真北さんも、ぺんこうも、跡目ではなく、別の教育をしていたからなぁ。
 だからこそ、あの笑顔なのに…。それに、突然髪を切るとは…驚いたよ」
「…心機一転…ってとこか…」
「組長の意志は、堅いんだな…」

くまはちが、ため息混じりに言った。

「普通の暮らしとの…決別…か。俺らが今まで守ってきた事、
 間違っていたような感じだよな。組長の為と…組長の
 望みを叶えてあげたかったのに…。無理だったのかなぁ」
「…大学内での組長はどうなんだよ」
「人気を避けるように、歩いているし、講義の時間も隅の方で、
 存在を隠すように座っているよ。理子ちゃんと近づいても、
 目を併せようともしない。理子ちゃんも、組長の気持ちを
 わかっているのか、組長を観ようともしないんだよ…」
「すれ違いか…。…つらいな…」
「あぁ。観ているこっちもつらいよ…」

二人は、悩んでいた。



まさちんの車が大学前のロータリーに到着した。ちょうど、真子が門を出てきた所だった。まさちんは、サングラスを外し、ドアを開けて真子を迎える。

「お疲れさまです」
「ありがとう。早速書類をちょうだい」
「はい。お待ち下さい」

真子は、車に乗り込んだ。まさちんは、ドアを閉め、サングラスを掛ける。
ふと目をやった所に、理子が一人で立っていた。
寂しそうな表情の中に、安心したような表情混じりでまさちんを観て、そして、一礼し、去っていった。
まさちんは、理子の後ろ姿に一礼し、運転席に乗り込んだ。

「これらが、明日の朝一番に必要な書類です。
 どれも組長のサインがいるものですので、お願いします」
「うん。…たくさんあるんだね」

真子は書類を受け取り、目を通し始めた。
車は出発する。


「まさちん、これは、保留ね」

まさちんは、運転しながら、真子から書類を受け取った。そして、チラッと目を向ける。

「やはり、保留ですか」
「うん。これでは、まだ、内容が浅すぎるから。言いにくいだろうけど、
 水木さんに渡しててね。足りないところを書き込んでおくから」
「かしこまりました」
「…取りあえず、向かう先は、ビルね」
「お疲れではないのですか?」
「大丈夫だよ。夜は、むかいんの店で」
「そのように連絡しておきます。あっ、それと、これ…」

まさちんは、雑誌を真子に渡した。

「これって、木原さんの連載が載ってるやつだよね」
「本になるそうですよ」
「本?!」
「かなり好評のようですね、その連載」
「…読んだことないから、解らないよ。また、あることないこと
 書きまくってるんちゃうかぁ」
「それは、ないでしょう。真北さんのチェック入ってますから」
「そうだったね。じゃぁ、伝えたいこと、半分も伝えられない
 はずだね。…木原さんも、かわいそぉ〜」

そう言って真子は、再び書類に目を通し始めた。
何かを忘れようとしているのが解るくらい、没頭している真子。
まさちんは、心が痛かった。



ビルでの仕事は、かなり遅くまで続いていた。真子は、一向に疲れを見せなかった…いいや、見せようとしなかった。
そんな真子に付き合うように過ごすまさちんの方が、疲れをみせていた。

「まさちん、少し休んだら?」
「私は、大丈夫ですよ」

まさちんは、優しく微笑み、そして、書類に目を移した時だった。
真子が歩み寄り、まさちんの前に立ち、まさちんが持つ書類を取り上げた。

「組長命令。事務所の仮眠室で、疲れをとりなさい」
「…組長…。わかりました…」

少し項垂れた感じで、まさちんは、事務所の奥にある仮眠室へ入っていった。そして、布団に潜った途端、眠りにつく。
確かに、まさちんは、疲れていた。

時計は、夜十一時を廻った。
その日、真子が家に戻ってきたのは、日付が変わって、かなり経った頃だった。



AYビル・会議室。
水木、須藤、松本、川原、藤、そして、まさちんが集まっていた。
この日は、幹部会。真子の意見をまさちんが、全て述べ、意見を交わし終えた後、水木が、静かに話し始めた。

「まさちん、今朝の書類やけどな、あれだと、組長の意志と
 かなり離れることになるけど、ええんか?」
「組長の指示は、そのようになっているんですが…。私も
 少し、気になるところがあったんですよ」
「確か、組長は、任侠の世界を新たな世界に変えようと
 努力されているはずだよな…」
「えぇ」
「しかし、この指示通りだと、今の任侠の世界そのものやで」

まさちんは、何も言えなかった。

「…組長が、普通の暮らしと決別して、この世界だけに
 生きていくこと…やはり、やめていただく方が…」

須藤が、横から話に入ってきた。

「あの笑顔…大切にせな、あかんやろ」

川原が、真子の笑顔を思い出したような表情をして言った。

「真北さんは…なんて?」

藤が、まさちんを睨んでくる。

「決別の話も、時が経てば、元に戻したくなるだろうと、おっしゃって
 組長には、何も言わないんですよ」
「…頑固だもんなぁ〜、どっちも」

松本の言葉に、幹部達一同、納得したような表情になっていた。

「…わしから、真北さんに頼むよ」

水木が、椅子を半回転させて言った。




その日も遅くに真子は、疲れた表情を隠すような笑顔で帰ってきた。

「まさちん、お疲れさま。明日は、くまはちに頼むから。
 まさちんは、休暇ね」
「駄目ですよ。私の仕事は、私がします」
「疲れ切った顔をしてるのに。駄目」
「…わかりました。くまはちに、申し伝えします」
「うん。じゃぁ、お休み」

真子は、二階へ上がっていった。リビングに顔を出したまさちんは、そこに居た真北に睨まれる。

組長にこそ休暇が必要だろうが…。

そのように真北の目が語っていた。

「そんなこと、私の口から言えませんよ」
「以前のお前やったら、言ってたやろ。なぜ、言えない?」
「組長の醸し出す雰囲気に押されるんです…」
「…五代目の威厳…か…」

真北は、頭を抱え込んだ。

「水木から連絡あったよ。組長を観ていて痛々しいから、
 どうにかして欲しいとね…」

静かに真北が語り出す。

「のんきに構えてる場合じゃないだろって怒鳴られたよ。
 …ぺんこうも、無理だったみたいだしな…」

真北は、ため息をつき、何かを決心したような表情をする。



真夜中。
真北が、いつものように、真子の寝顔を覗きに、真子の部屋を開けた時だった。

「組長?」
「…ま、真北さん…。どうしたの?」

真子は、慌てて起きあがった。真子の目は、充血しているのが解る。

「…ったく…」

そう言って、真北は、真子の部屋に入っていき、そして、ベッドに腰を下ろし、真子を見つめる。
真子は、俯いていた。

「…眠れないのですか?」

真北の質問に、真子は、ゆっくりと頷いた。

「…以前、申し上げませんでしたか? あの日の二の舞は嫌ですよ…と。
 今の真子ちゃんを見ていたら、あの日と全く同じ雰囲気を感じ取れますよ」
「…無理は、していない…。これが、一番いいと思った…。
 だけど、しっくりとこない……ねぇ、真北さん…。私、間違ってるの?」

真子は、真北を見つめた。その目は、真北の知っている真子・優しさ溢れる雰囲気を醸し出している。
真北は、少し安心したような表情で真子を見つめた。

「…友情は、大切にしないと。長い間、放ったらかしにしていたら、
 あとで、やっかいですよ。真子ちゃんと理子ちゃんは、お互いが
 お互いの腹の内を見せ合った仲でしょう? 私と橋のように、
 長年、連絡を取らなくなっても、きちんとその時の仲を
 取り戻すことはできます。でも、それは、私と橋だったからかも
 知れません。…講義の間も、理子ちゃんから遠ざかるようにおられるとか…」

真北の言葉に、真子は耳を傾けていた。
話は続く。

「大切な絆は、何があっても守っていくこと。それは、私や
 まさちん、くまはち、むかいん、ぺんこう…そして、山中や
 北野たち、水木達との間にもあることですが、真子ちゃんにとって
 一番大切なのは、理子ちゃんとの絆ですよ」

真北は、真子から目を反らし、言いにくい表情になり、

「一度切れた絆は、なかなか繋がりませんよ……」

静かに言った。

「…真北…さん……」

真北は、真子を見つめ、そして、髪に触れる。

「……気持ちを切り替えようと思ったんですね?」

真子は、頷いた。
すると、真子の目から、涙が止まることを知らないかのように流れ出した。

「…なんで、ぺんこうと同じような目をして、私に言うの?
 …決心が、鈍るよ…。わかってるんだけどね…。でも、
 一度決めたことだから…。ぺんこうに言われたけど、やはり、
 …理子に、どのような顔をして逢ったらいいのか…わからない…」

真子は、涙を拭こうともせずに、真北を見つめて言った。

「いつも通りに振る舞えばいいんですよ」
「…そのいつも通りが…わからない…の……」
「真子ちゃん…」
「わからないの……わからない……」

真北は、そっと真子に手を指しだし、真子の頬を滝のように流れる涙を優しく拭っていた。そして、真子の頭を腕の中に包み込む。
真子は、真北の腕に顔を埋めるようにして、声を上げて泣き出した。

真子の部屋の外では、まさちん、むかいん、くまはち、そして、ぺんこうが、静かに立って、二人の会話に耳を傾けていた。
真子の泣き声に、切なくなる男達。
それぞれが、それぞれに秘める真子への思い。
それは、全く同じものだった。

大切な笑顔を失いたくない…!!!!



(2006.3.11 第三部 第三十話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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