任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十一話 歯車は、狂ったまま?

真子の部屋。
真子の涙が少し納まった頃、真子と真北は、ベッドの上に二人並んで、膝を抱えて座っていた。
二人とも、足には、寒くないようにと布団を掛けている。
二人の様子は、まるで、ベッドの上で語り合う恋人のよう…(?)

「時が解決してくれると思っていたんですよ」

真北が静かに言った。

「でも、真子ちゃんの頑固さを忘れてました」
「…頑固さって?」
「あの頃も、こうして…笑顔を失ってしまって…」

真子は、真北の言葉を聞いて、何かを思いだしたような表情をして、顔を埋めてしまった。

「…ごめんなさい…心配ばかりかけて…」

真子の声は、布団の中で籠もって聞こえにくかったが、真北には、しっかりと聞こえていた。

「そうですよ。心配ばかりです。いつになったら、私は
 安心して、過ごせるようになるのかなぁ〜」

その言葉に、真子は、くすくすと笑い出す。

「あの頃にも聞いた台詞ぅ〜。ふっふっふ!
 …なら、私の言いたいこと、わかる?」
「『一生、無理』ですね?」

真北は、真子の真似をして、言った。

「あたりぃ〜」
「でも、あの頃と、今では、かなり違いがありますから。
 …時が解決してくれます」
「…待ってくれるかなぁ」
「待ってくれるように、私が脅しをかけておきましょう」
「それが、とても長くなっても…?」
「えぇ。真子ちゃんには、心強い味方がたくさん居ますから。
 あの頃よりも、更に、増えましたからね!」

真子は、首を少し傾け、真北を見つめていた。
その目は、あの真子独特の、意志の強いものだった。
真北は、微笑む。
その笑みから真北の優しさが、伝わってきた。

「これ以上、心配掛けると、本当に怒りますよ!!」

真子は、再び顔を埋め、

「…うん……」

静かに応えた。
真北は、真子の頭を優しく撫でる。

「…また、伸ばして下さいね。…私は、長い方が好きですから」

真北は、まるで恋人の髪を撫でるような感じで、真子の髪の毛をいじっていた。


二人の様子を廊下で伺っているまさちん、くまはち、むかいん、そして、ぺんこう。微かに聞こえる二人の会話が気になっていた。

組長、元気になりますよね…?



外が白々となりはじめた。
真子は、やっと眠りに就いた。
真北は、真子に優しく布団を掛けて、部屋を出ていく。

「…なんや、お前ら、ずっとおったんかい!」
「組長は…?」
「あとは…組長しだいだな…」

真北は、深刻な顔をしていた。そして、部屋に入っていった。

「…真北さんでも…無理なのか?」

まさちんが、言った。

「さぁな…」

くまはちが、少し怒気をはらめて言った。

「時が解決…か…。…って、ぺんこう、どうした?!」

むかいんが、ぺんこうの異変に気がついた。
ぺんこうの雰囲気が、教師から、やくざな雰囲気に変わっていたのだった。
ぺんこうは、ゆっくりと真北の部屋に目線を移す。
その後の、ぺんこうの行動を誰も想像できなかった。
ぺんこうは、いきなり、走り出し、真北の部屋へ駆け込んだ。

「…うわっ! ぺんこう!?」

三人とも、驚いた表情で、その場に立ちつくす。


真北は、着替え終わり、出勤準備に取りかかっていた。そこへ、ぺんこうが勢い良く入ってきた。

バタン!!!

大きな音でドアが閉まった。

「…どうした…」

真北は、落ち着いた表情で、クローゼットの扉を閉め、ぺんこうの方へ振り返る。
ぺんこうは、怒りの表情で真北の側に近寄り、そして、胸ぐらを掴み上げた。

「…何…考えて…るん…だよ…」

ぺんこうは、怒りを必死で押さえるような感じで真北に言った。

「組長の事だよ」
「…だったら、なんだよ、あの会話…は…」
「会話?」
「親子関係は、永遠だと…あの時、俺に言ったよな…」
「言ったよ」
「…あの会話は…、…親子がする会話…か…?」
「俺の気持ちだよ」
「…気持ち…ね…。よく言うよ…。俺の気持ちは、どうなるんだよ…。
 それに…組長に、あんたの好きな人を重ねたような…言い方…、
 やめろよな……!!!」

ドスッ…。

「うっ……」

突然、ぺんこうは、腹部を抑えて座り込む。真北が、ぺんこうの腹部を蹴り上げていた。

「…出かける…」

真北は、ぺんこうを残したまま、部屋を出ていった。

「待て…よ…。話は終わって…ない!!」

ぺんこうは、ふらつきながら、真北の部屋を出てきた。
真北は、階段を下りていたが、ぺんこうの言葉に触発されたのか、再び上がってきた。そして、ぺんこうを再び蹴り上げた。そして、右手で一発、ぺんこうの頬を殴りつけた。
ぺんこうは、勢いで、壁にぶつかり、床にずり落ちた。

「ま、真北さん…?!」

真北の行動に驚くまさちん、くまはち、そして、むかいん。
真北は、ぺんこうを見下ろしていた。
ぺんこうは、口から血を流して、真北を見上げ、睨み付けていた。

「くまはち、手当してあげろ」
「は、はい」

静かに言った真北は、階段を下りて、そして、家を出ていった。
真北の車のエンジン音が聞こえ、そして、それは、遠ざかっていった。

「ぺんこう、大丈夫か?」
「…くそっ……」

ぺんこうは、床に拳を振り下ろした。



ぺんこうの部屋。
ぺんこうは、口の中を切っていた。くまはちが、手当てをしながら、話しかける。

「…久しぶりに、やったのか?」
「…あぁ」
「だから、あの人の心を逆なでするようなことをするなと
 あれほど、言っていたのにな。…はい、おしまい。
 体は、大丈夫か?」
「なんとかな…。ありがと…」

ぺんこうは、真北の殴られた頬をさすっていた。

「…あんまし、触るなよ」
「ん…」
「また、禁句、言ったんだろ?」
「そんなとこだろな。…腹立たしかったんだよ。組長との会話に
 あった一言がな…。あの人の好きな人と組長を重ねて観てる気が
 したからな…。何が、親子関係は永遠だよ…」
「姐さんと組長を重ねてるって? …それは、ないだろな」
「なんでだよ」
「親父が言うには、組長は、確かに、姐さんに似てきたらしいけど、
 姐さんよりも、素敵だと、言っていたぞ」
「だったら、何か? あの人は、組長に別の感情を……」
「…あのなぁ、ぺんこう。どうしたんだよ。お前らしないなぁ。
 …そんなこともないか。組長のことになったら、お前はいっつも
 こうだったよな。真北さんに、突っかかってさぁ」
「うるせぇ!」
「…今日は、どうする?」
「…休むよ。こんな顔で…気持ちで、仕事はできへんからな。
 それに…テスト休みに入ってるしな…」
「それは、言えてるな。それに、動けないやろ?」

そう言って、くまはちは、ぺんこうの腹部を突っついた。

「いてっ! くまはちぃ〜てめぇ〜」
「…元気になったか。組長が目を覚ます前に、戻っておけよぉ。
 まった、心配するぞぉ。ほななぁ」

くまはちは救急箱を持って、ぺんこうの部屋を出ていった。
ぺんこうは、くまはちが部屋を出ていったのを確認して、ベッドに寝転ぶ。

「……かなわねぇなぁ」

そう呟いて、目を瞑った。


リビングでは、まさちんとむかいんが、深刻な顔をして、ソファに座っていた。そこへ、くまはちが入ってくる。

「何が起こったんや?」

まさちんが、くまはちに尋ねた。

「あぁ。あれかぁ。昔、本部でよく観られた光景だよ」
「真北さんとぺんこうが、あのような状態になるなんて、俺、
 想像もせんかったぞ。あのぺんこうが、真北さんに全く手を
 出さないなんて、驚きやった」
「出さないんじゃなくて、出せないんだよ」

くまはちは、何かを知っているような口調で言った。

「…俺だったら、出してるかも…な…」
「…倍、いいや、それ以上かな。う〜ん、立ち直れないようになるかもなぁ〜」

軽い口調で、くまはちが応える。

「マジかよ…。それで、ぺんこう、出せないのか?」
「そういうことだろうな。で、今日の予定は?」
「組長が、起きるのは、午後だろうから、今日は、ずっと家…かな」
「組長が休暇ということは、俺は、例の事を調べるよ」
「…あんまし無茶するなよ」
「大丈夫大丈夫! ほななぁ」

そう言って、くまはちは、嬉しそうに出かけていった。

「むかいんも、出勤か?」
「あぁ。…お前ら、組長に負担をかけるなよ」

むかいんは、何かを心配するような表情でそう言って、出かけていった。

「…わかってるって」

まさちんは、むかいんを見送った。
暫く、リビングでテレビを観ていたまさちんは、ふと、二階が気になったのか、そぉっと上がっていった。

真子の部屋を覗く。
真子は、熟睡していた。
それに、ホッとしたのか、まさちんは、優しい眼差しをして、扉を閉めた。そして、ゆっくりした足取りで、ぺんこうの部屋の前に立った。

「…ぺんこう…。入るぞぉ」

少し躊躇うような口調で、声を掛け、返事もないのにぺんこうの部屋へ入っていく。
ぺんこうは、ベッドに寝ころんでいた。そして、ゆっくりとまさちんに振り向いた。

「…何や? 笑いに…来たんか?」
「まぁ、そんなとこかな。…ほんまに、ひどい顔やなぁ」
「ほっとけ」

ぺんこうの頬は、更に腫れていた。
そんなぺんこうを見つめるまさちんは、ポケットから何かを取り出し、ぺんこうに向けて放り投げた。それを受け取ったぺんこうは、じっくりと観て驚いた。
それは、冷却剤。

「少しは、引くやろ」
「…ありがとな…」

ぺんこうらしくない大人しい声だった。

「一体、どうしたんだよ。真北さんと…。俺となら、まだ
 わかる行動だけどな。初めてみたよ」
「お互いが我慢してるだけだよ。ま、久しぶりに発散して、
 少しだけすっきりした…かな」
「嘘つけぇ。すっきりしてへん顔しとってからにぃ」
「…うるせぇ!」

ぺんこうは、まさちんとは、反対の方を向いた。まさちんは、ぺんこうが寝ころぶベッドに腰を下ろす。

「お前…、組長に対して、どんな感情を持ってるんだよ」
「お前と同じだよ」
「本当のことを言えよぉ」

まさちんは、寝転ぶぺんこうの腕をつかんだ。ぺんこうは、その手を払いのけた。

「…組長が、笑顔を俺に向けるようになってからだよ…。
 まだ、九歳と幼い組長に…俺は、なぜか魅了された…。
 しかし、俺は、家庭教師だ…、ましてや、阿山組組員だ。
 そんな恋愛は許されないだろ?」
「御法度だよな…」
「その時だよ。俺は、真北さんに相談した。この気持ちを
 どうすればいいのか…ってね。真北さん自身もどう思っているのかって」
「で、真北さんは、なんて?」
「親子関係。そう言ったんだよ。真北さんが、そう思っているのなら、
 俺も…そう決心した」
「…なるほどなぁ。それで、あの時、真北さんは、言ったのかぁ。
 俺とぺんこうは、違うって…」
「なのに…あの人…。まるで恋人のような感じで、組長に接していた…。
 俺が何度も感じたことのある雰囲気が組長の部屋の壁越しに…
 肌に突き刺さっていたんだよ。だから、俺…。あの人の行動が許せなくて…な…」
「組長とお前って、十二離れてるだけだろ? それで、なんで
 親子関係が成り立つんだよぉ」
「そ、それは……」

ぺんこうは、言葉を濁した。

「…組長も、もう大人なんだから。いつまでも子供扱い
 できなかった…ってとことちゃうんか?」
「それを聞きたかったのにな…。俺…、余計なこと言ったかな…」
「余計なこと?」
「姐さん…組長の母、ちさとさんと重ねて観るな…ってね…」
「うわぁ、それって、真北さんの心を逆撫でしてるやんかぁ」
「そうなんだよぉ〜。…俺、ほんまに…殴られて、正解…」

ぺんこうは、大の字になった。

「…お前に言われるなんて…俺も、落ちぶれたのかぁ」
「なんか、それって、嫌みに聞こえるぞぉ」
「その通りやぁ」
「こいつ…」

まさちんは、ぺんこうの腹部を押さえつけた。

「いてっ!! や、やめろぉ!!」

ぺんこうのあまりの痛がり様に、まさちんは疑問を持ち、服をめくった。真北に蹴られたと思われる箇所は、青黒くなっていた。

「お前、これ診てもらった方がええんちゃうかぁ?」
「すぐ、治るって」
「橋先生んとこまで、行けるようやったら、自力で行ってこい。
 後々の事考えたら、ほんまに、やばいかも…」
「…あぁ。取りあえず、もう少ししたら、行って来るよ。組長のことは…」
「お前が居ても、居なくても、一緒。俺の仕事や」
「そうだよな…。悪いな…」
「気にするなって」

そう言いながら、まさちんは、ぺんこうの腹部に手を伸ばしていた。それをきちんと阻止するぺんこう。

「…わかるか…?」
「わからいでか!」

二人は、不思議な微笑みを交わしていた。


その頃、真北は、仕事場に向かわず、なぜか、橋総合病院の駐車場に来ていた。気がつくと、いつもの所に車を停め、そして、橋の事務室へ向かって歩き出していた。

橋の事務室前。
ドアの前に立ちつくす真北。ドアノブ伸ばす手が、なぜか、ドアを開けることを躊躇していた。
そんな真北の真後ろに立つ男が居た。
真北は、そんな男の気配にも気が付かない。

「…はよ、開けろよ」

真北は、その声に驚いて、振り返った。

「は、橋…」
「な、何驚いてんねん!!??? お前、何やらかした?」

なんと、真北は、橋の顔を見た途端、橋の胸ぐらを掴みあげながら、橋の胸に顔を埋めて、泣き出したのだった。そんな真北の行動で、真北が、何をして、何かを悩んでいることを直ぐに察した橋は、真北をそっと事務室に招き入れ、ドアに何かを掛けた。
そして、静かに鍵がかかった。

『重要会議中・入室禁止』


橋の事務室の奥にある部屋。
そこにあるソファに腰を掛け、頭を抱えて項垂れる真北。その真北の前にそっとお茶を差し出した橋は、真北の隣に腰を下ろした。

「少し落ち着いたかぁ?」
「…あぁ。…気がついたら、ここに足が向いていたよ…」
「何かあったら、いつでも来いって言ってたもんな。ま、お前が
 取り乱してないから、真子ちゃんじゃないな。まさちんか、
 それとも、くまはちか? …その右手…」

真北が、湯飲みに手を伸ばした時、右手の甲の異変に気付いた橋だった。
真北は、咄嗟に右手を隠す。

「…まさか…真子ちゃんを…殴った?」
「んなこと、するかよ!」
「冗談や冗談。…それで…真子ちゃんの様子は?」
「相変わらず、何かを忘れようとして無我夢中…」
「倒れる前に、定期検診に連れて来いよ」
「あぁ…そうだな……」

真北はお茶をすすった。
橋も同じように湯飲みに手を伸ばし、お茶をすする。

「ぷはぁ〜。やっぱし、お茶が一番やなぁ。体の芯まで
 温もるで。それでぇ、誰をぶん殴ったんや?」
「……あいつ……」

真北は、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。

「ほほぉ〜。珍しいな、お前があいつを殴るなんてなぁ」
「あいつの一言で、…気がついたら…な…」
「怪我の具合は?」
「…わからん。…でも、後でここに来るかもなぁ」

真北は、再びお茶をすすった。そして、湯飲みをテーブルにそっと置く。

「真子ちゃんが気にせぇへんか?」
「…一晩中、俺と色々と語り合っていたんだよ。
 未だに、理子ちゃんとしっくりこない…話しかけられない
 話しかける勇気がない…と悩んでいるから…。
 俺の話をしていたんだよ。そして…一度切れた絆は、
 元に戻すことは、かなり大変だともな…」
「そうやなぁ。お前自身、経験してるもんな。未だにそれ、
 戻ってへんしなぁ」
「…それは、あいつ次第だよ。……許してくれないだろうけどな…」

真北は、お茶を飲み干した。
橋は、空になった真北の湯飲みにお茶を注ぐ。

「で、一言とは?」
「…真子ちゃんな、気分転換と言って、髪を切ったんだよ」
「ほんまか? 長い方がええのになぁ」
「…だろ? 俺もそう思うから、そう言ったんだよ。そして、
 ちさとさんの話や、俺とお前の話を色々としていたんだ。
 …二人、ベッドの上に並んで座ってね…」
「おいおい」
「久しぶりの親子の会話だよぉ。…それをな、あいつらが、
 ずっと部屋の外で聞いてたらしいんだよ。そして、その
 会話の中の一言が、どうも、気になったようでな…。
 …真子ちゃんと、ちさとさんを重ねて見るな…とね…」
「おぉぉ!! お前の気持ちを逆撫でする勢いやなぁ」
「…それ聞いた途端…ね…」

と言った真北は、肩の力を落とす。

「…なんで、落ち込むんや?」
「…親子関係は、永遠…あいつが、真子ちゃんの笑顔に参って
 悩んでいると相談受けた時にな、俺が、あいつに言ったんだよ。
 なのに、会話の中には、まるで、恋人と話すような感じが
 あったらしくてな…あいつにとって…」
「真子ちゃんも、大人だもんなぁ。益々笑顔に磨きがかかって、
 素敵だもんなぁ。…そんな感情がわき出てもしゃぁないってことか」
「俺は、そんなつもり…なかったんだけどな、…それ言われて、
 殴ってしまうとは、…やはり、そう思っていたんだろうな…。
 ……俺、何考えてるんだろ…」
「以前、真子ちゃん禁断症状が出ていたよな。
 それを心配しとんのとちゃうか?」

真北は、湯飲みに手を伸ばし、お茶をすすっていた。



真子が目を覚まし、部屋を出てきた。そして、何かが気になり、ぺんこうの部屋のドアをそっと開けた。
部屋の奥にあるベッドに寄りかかるような感じで、床に座り、寝入っている二人の男…。
それも、お互い寄り添うように…。

「…仲が良いんだからぁ。…あれ?」

真子は、ぺんこうの頬が腫れていることに気がついた。しかし、隣で寝入るまさちんには、傷も腫れもない。手も綺麗…。

「…久しぶりに、殴られたんだね…」

真子は、優しく言って、二人に一枚の毛布をそっと掛ける。
二人は、それに気がつかないほど、熟睡していた。

そして、ぺんこうの部屋全体が、青く光った……。

「…組長……」

ぺんこうは、寝言を言った。



真北はお茶を飲み干した。そして、湯飲みを持ったまま背もたれにもたれかかり、大きなため息をついた。

「俺…いつの間にか真子ちゃんを見る目が変わってたのかな…」
「変わって当たり前やろ」
「生まれた頃から知ってるんだぞ。そして、慶造の代わりに俺が
 育てたようなもんなんだからな…。変わるなんて考えてないよ」
「真子ちゃんは、父親をどう思ってるんや?」
「嫌っていたからなぁ。…慶造も嘆いてしまうくらいにな」
「そうやなくて、父親というものをだよ」
「…聞いたこと、ないなぁ」
「ふっふっふ」

橋は、突然笑い出した。

「なんだよ」
「いいやな、お前って、やっかいな子供三人も抱えて大変やなぁと
 思ってな」
「やっかいな子供? …三人?!」
「真子ちゃん、まさちん、そして、ぺんこう。この三人が揃ったら
 めっさやっかいやないかぁ。三人とも、父親が必要な時期に、
 亡くなったり、父親らしいことをしてなかったり…だろ?」

橋の言葉で、真北は口を尖らせ、考え込む。

「そうだよな…。真子ちゃんは、俺が父親代わりだったし、
 まさちんは、父親に失望していたらしいし…」

真北は、それ以上何も言わなかった。橋は、次の言葉を期待していたが、なかなか話そうとしない真北に我慢できなかったのか、それとなく、尋ねた。

「お前って、幼い頃の将来の夢って、確か…教師だったよな…」
「…よく覚えてるな…」
「まぁな」

真北は、懐かしむような顔をして話し始めた。

「だけど、お前の親父が亡くなって…」
「あぁ。刑事だった親父が亡くなって…。その原因が、やくざに
 返り討ちにあったことを知って…だから、俺、やくざを壊滅させる為に
 刑事になることにしたんだよ」
「そうそう。それから、更に生傷が絶えなくてよぉ」
「お前の腕を信じてたからだろが」
「まぁ、俺は、お前のための外科医だもんなぁ。
 それで、その頃、しょっちゅう、俺んちの病院に来てたけど、
 ……今は、どうなんや?」
「…見てたら解るやろ」
「いいや、解らん」
「あのなぁぁ」

真北は、眉間にしわを寄せ、ため息をついた。

「…教師の夢を持ったのは…」
「…俺の影響だよ…」

遠い昔を思い出すように、真北は目を瞑った。

「親父の話を聞きたがってな…。その時に、ちらっと話したんだよ。
 あまり記憶にない親父と俺を重ねて、見ていたようだからなぁ。
 …裏切られたと思っても…仕方ないだろな…」

真北は、湯飲みを手の中でくるくると廻しながら、口を尖らせていた。

「そうやな…。…それで、どうするんや?」
「…どうしようかな…」

真北の返事に、橋は、フッと笑った。

「そや、お前、今日みたいに、悩んだ事、今までに無かったんか?」
「何度もあったよ。自分の仕事や、あいつの事でね…」
「俺と離れていた間、誰に相談しとったんや?」
「慶造が居たからな…。それに、ちさとさんも。あいつが、来てからは、
 あいつの心配は、ほとんど無くなった…。そして、安心して
 真子ちゃんを任せることができた…」
「なるほどな…」
「真子ちゃんが、五代目を襲名してからは、…自分で解決しとった。
 それでも、疲れた時は、真子ちゃんの寝顔かな」
「…お前が禁断症状、起こすの解るわ…。そりゃ、起こすわなぁ」

橋は、呆れたような表情で、ため息をついて、背もたれに思いっきりもたれかかった。

「何だよ、その態度はぁ」

真北が、ちょっぴり怒る。

「…なんか、ぺんこうの気持ちが解ったような気がするわい。
 恋人のような会話聞いたら、俺も、お前を問いつめてるかもなぁ」
「なんだよぉ、なんか、あいつの肩を持つような言い方ぁ〜」
「胸に手を当ててみろよぉ」

真北は、橋に言われたように、胸に手を当てて、何かを考えていた。

「うぎゃぁあぁ〜!! 俺、家に帰るのやだなぁ。きっと、真子ちゃんに
 ばれてるかも知れないから…、俺、真子ちゃんに怒られる…」

橋は、突然立ち上がり、嘆く真北を強引にソファに押し倒した。

「なんだよ!!」
「暫く、ここで休んどけ。寝てないんやろ?」

そう言いながら、橋は、真北の手から湯飲みを取り上げた。

「いいのか? 橋…」
「俺は、かまへんで。そろそろ仕事せな、あかんしな」
「悪いな」
「一人で考える時間も、いるやろ?」

温かい言葉を掛けて、橋は部屋を出ていった。
そして、毛布を持ってきて、ソファに寝転んでいる真北に、そっと掛けた。

「ありがと」
「お休みぃ」

橋は、静かに部屋を出ていった。
その後直ぐに、ドアから、そっと手だけが入ってきて、部屋の電気を消す。
真北は寝息を立てて、眠り始めた……。



ぺんこうは、目を覚ました。そして、毛布が肩に掛けられていること、まさちんと寄り添って寝入っていたことに気がついた。まさちんもぺんこうの気配で目を覚ます。

「あれ、毛布…。お前か?」
「いいや…」

二人は顔を見合わせ、同時に言った。

「組長?!」

そして、勢い良く立ち上がり、真子の部屋へと駆けていく。
真子は、いない…。

「組長、何処に?!…って、ぺんこう、傷は?」
「傷?! …あ、あれ? 痛くないで…」

またしても、お互い顔を見合わせて同時に…。

「ま、まさか?!」

その時、階下から、声が聞こえてきた。

『まさちん、ぺんこう、起きたぁ?! ご飯できたよぉ』
「…キッチン…?」

またまた同時に言って、下へ降りていった。
キッチンでは、真子が焼きめしを作り、皿に盛ったところだった。

「組長、能力を!!!!!!」

どうしても、二人は、同時に言ってしまう。

「お腹空いたでしょ? 食べてねぇ」

真子は、二人の言葉を完全に無視して、開いたままの口に焼きめしを放り込んだ。
二人は、噛みはじめる。
それは、むかいんが作るものと同じくらいおいしかった。

「……いただきます」

二人は、同時に席に着き、同時に言って、食べ始めた。


まさちんが食器を洗い、ぺんこうが、洗い終えた食器を拭き上げ、棚になおしていた。そんな二人を座って見つめる真子。

「ほんとに、二人とも、気が合うんだね。寄り添って寝てたし」
「それより、組長、能力は、必要以上に使わないよう言われて
 いたのではありませんか?」

まさちんが、言った。

「そうですよ。私の傷を治すなんて…。それも寝入っている間にぃ〜。
 夢に組長が出てきたのは、そのせいだったんですね」
「…久しぶりに、もらったんでしょ?」
「わかりますか?」
「うん。まさちん、怪我してないし、手も綺麗だったから、
 そして、夕べのことを考えたら、答えは一つしかないでしょ。
 …また…私のことで…」

真子の表情が暗くなってしまった。ぺんこうは、慌てて、真子に駆け寄る。

「く、組長。組長は悪くありませんよ。私のせいなんですから…。
 私が、あの人の…真北さんの気持ちを逆撫でしてしまったんです。
 絶対に、言ってはいけない事を…」
「…私とお母さんを重ねて見てる…ってことでしょ?」
「…は、はぁ…」

ぺんこうは、真子に本当のことを言われてしまったことで、何故か、その場に座り込んで頭を抱え込む。
真子は、そんなぺんこうの頭をそっと撫でた。

「よしよし。良い子、良い子」
「立場が逆だぞ、ぺんこう」
「…組長、からかっているでしょ?」
「そうだよぉ」

そう言いながら、真子は、ぺんこうの頭を滅茶苦茶に撫でていた。
その真子の手をしっかりと握りしめるぺんこう。

「…組長、我々がついてますから…。元気出して下さい…」

ぺんこうが静かに言った。ぺんこうの言葉を聞いたまさちんは、食器を洗う手を停めてしまった。

「……ありがとう…」

真子の声は震えていた。
ぺんこうは真子を見上げ、真子の頬を伝う涙をそっと拭う。

「組長、体調は、大丈夫ですか?」

ぺんこうが、立ち上がりながら、真子に尋ねた。

「…うん。大丈夫だよ」
「約束は、守ってくださいね」
「…うん」

そして、三人は、リビングで、AYAMAのゲームを楽しんでいた。いつものように……。

「ぺんこう、それは、俺の役!」
「うるさいなぁ、別に、誰でもええやろがぁ!」
「俺がやるぅ!」
「俺がやるんや!」
「俺!」
「お・れ!」

二人がそれぞれの胸ぐらを掴みあげて、にらみ合う…火花が散る…。

「……いい加減にぃ〜しなさぁい!!!」

真子の拳が、二人の頭の上に落ちてきた。

「組長は、どうお考えですか!!」

二人は同時に言った。

「……私の役!」

そう言って、コントローラを奪い取って、真子がゲームを始めた。

「……ぺんこう……」
「はい」
「…きちんと…謝らないと…駄目だからね…」

真子が、呟くように言った。ぺんこうは、真子の言葉が嬉しかったのか、真子を見つめ、

「…はい…」

静かに応え、何かを誤魔化すかのように、テレビ画面を見入っていた。
まさちんは、そんな二人を真横に感じながら、

…だから、ぺんこう、立場が逆だって……。

言いたい言葉をグッと飲み込んだ。




真北は熟睡していた。その寝顔は、微笑んでいる…。

「どんな夢見とんねんやろなぁ。…お前とぺんこうの仲が戻るのは
 一体、いつになるんやろな…。…立派に育てたんやな…。流石や」

橋は、優しく微笑みながら、真北の寝顔を覗き込んでいた。
橋の気配に気づきもせず、真北は、熟睡中…。
そんな真北の悩み事を知っているのかいないのか、真子とまさちん、ぺんこうは、陽が赤くなるころまで、ゲームに夢中だった。
真子の表情は、すっかり晴れ渡っていた。

その日、夜遅く帰ってきた真北を、真子が優しく迎えに出る。

「お疲れさまぁ」

すっかり明るい表情をしている真子を見て、真北は微笑んでいた。

「ただいま。今日は一日、家に居たのですね?」
「うん。AYAMAのゲームをしていた。駿河さんの第二作。
 でもね、少し過激なところがあったから、訂正がいっぱい
 入ることになるんだけど…駿河さん…怒るかなぁ」

二人は、リビングへ入っていく。

「組長の言うことには、逆らえませんから。それに、AYAMAの
 方針と離れているんでしたら、近づくように頑張って頂くよう
 駿河さんに言いましょう」

真北は、明るく言った。その真北の言動が、あまりにも、真北から離れている感じがした真子は、真北を見つめてしまう。

「…どうされました?」
「…ん? …なんだか、真北さんの雰囲気が想像してたより
 明るく感じて…。朝の一件で……その……」
「…御存知でしたか」
「ぺんこうを見てたらね。それにしても、…すんごく久しぶりでしょ?」
「えぇ、まぁ…。で、どうしてます?」
「ふふふ。…本当に真北さん、何か嬉しいことあったみたいだね」

真子は、真北をからかうような感じで言った。

「そう言う組長の方が、明るいですよ。吹っ切れたんですね?」

真子は、とびっきりの笑顔を真北に見せていた。真北は、真子の笑顔を見た途端、今朝方の一悶着の事で悩んでいた自分が吹き飛んだのか、優しさ溢れる笑顔で、真子に言う。

「安心しましたよ。…私も、頑張ろうっと。…上ですか?」
「うん。…頑張ってねぇ〜」
「おー!」

本当に、真北の雰囲気は、いつもと違っていた…。
橋の事務室で、寝入っていた時に見た夢…。
それは、とても懐かしく、心温まる夢だった。その夢が、真北の悩みを少し解決した様子。


真北は、ぺんこうの部屋の前に立った。

「入るぞ…」

そう言ってゆっくりと部屋へ入ってきた真北。ぺんこうは、予期していたのか、正座をして、真北を迎えていた。

「すみませんでした」

ぺんこうは、真北に深々と頭を下げる。真北は驚いた表情を見せていたが、すぐに…。

「ぺ、ぺんこう…。俺こそ…手を挙げて…悪かった…」

真北も頭を下げていた。
…お互いが頭を下げたまま、時が流れる…。
暫くして、二人は、同時に顔を上げ、そして、微笑み合っていた。

話さなくても、お互いの心が通じ合っていた……。


「…今頃、仲直りしてるんだろうなぁ」

リビングで、真子は、ぺんこうの部屋の方向を見上げて、呟いていた。
その表情には、優しさが溢れていた。しかし、それは、直ぐに変化する。
明るさを失ったままの表情だった。

これ以上、みんなに心配…掛けられないよ…。

そう思うと、真北たちの前では、明るい表情を装う真子。周りに心配を掛けないようにという、真子独特の心遣いだった。

もちろん、それは、周りに感づかれているのだが……。



(2006.3.12 第三部 第三十一話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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