任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十二話 そして、天地山へ

「やっぱり、橋に、診てもらえ。連絡入れておくから。それと、
 組長も、定期検診ですよ」

それぞれの歯車が、きちんと廻りだしてから、二日後。
ぺんこうの体の事が気になる真北は、二人を促していた。
ぺんこうの傷は、無くなっていること…真北は、気がついていなかった。
それもそのはず。
殴られた頬は、メイクしていた。たった一日で消えるような傷ではない事くらい、真北は解っている。それが、消えていると解れば、真北のこと。真子の能力が戻っている事に気がついてしまう…。
(真子の能力の事は、すでに知らているが…)
それは、悪戯っ子・阿山トリオが考えたこと。

「…俺は、嫌ですよ。ぺんこう、一人で病院に行けよなぁ」

まさちんは、ぺんこうを病院に連れていくのを嫌がった。

「だったら、お前は、仕事して、俺が組長と
 一緒に行くことで、ええんちゃうか?」
「うんうん。まさちん、仕事よろしくぅ〜。久しぶりにぺんこうと
 二人っきりで楽しい話をしたいもん。理子の事、聞きたいでしょ?」
「はい」

真子の会話からもわかるように、真北とぺんこうの歯車だけでなく、真子の歯車もきちんと正しく廻りだしていたのだった。
真北とぺんこうが、元の鞘に納まった次の日。
真子が、大学前でまさちんの車を待っていた時に、理子から話しかけた。そして、真子と理子も、元の鞘に納まっていた。

「それでは、組長、これに、目を通していてくださいね」
「ほにゃ?!」

まさちんは、とびっきりの笑顔で、真子に組関係の書類の束を渡す。
まさちんの巧みな手運びに、断るすきを見つけることができず、真子は受け取ってしまった。
その途端、ふくれっ面になる。
そんな二人を見つめる真北とぺんこうは、優しい眼差しをしていた。



橋総合病院。
橋は、真子とぺんこうの診察を終え、その結果を待っていた。
その間、真子は、事務室の隅で、組関係の書類に目を通す。横目で真子を気にしながら、橋とぺんこうは、深刻な話をしていた。

「ったく、ここに来てまで仕事するなんてなぁ。誰に似たんや?」
「真北さんですね」
「…ぺんこう、あんまし、あいつを怒らせるなよ」
「もう、充分、嫌というほど、反省してますから…」

ぺんこうは、少し照れたように言った。

「……で、どうなんや?」
「はぁ?」
「…あいつとの仲だよ」
「…?!?!?」

ぺんこうは、きょとんとしていた。

あれ? 俺が知ってること、知らないのか…。

「なんとか、いつも通りにです…はい」

橋の事務室に研究員が、二人の検査結果を持ってきた。
橋は、結果の数値をじっくりと見つめて、

「真子ちゃぁん。使こたらあかん言うてたやろぉ。
 真北にばれたら、どないすんねん」

真子に尋ねた。

「使こてないぃ」
「数値跳ね上がっとるのに?」
「誰の?」
「ぺんこうの」
「それは、あの時の分…ってことにしといてぇ〜」
「ったくぅ……」

橋は、真子の返事に参っていた。

ったく、そういう所まで似るもんかなぁ。

何かに集中しながらの返事は、真北と同じ。そんな真子の姿に、頭を掻いて悩んでいる様子の橋を見つめて、ぺんこうは、微笑んでいた。
ふと真子に目線を移したぺんこうは、何も言わずに、真子に歩み寄る。

「…どこですか?」
「ここ」

ぺんこうは、書類を読む真子の表情で、真子の悩みを感じ取り、自然と、そのような行動に出た。
真子は、書類のある一部分を指さした。
ぺんこうは、真子が指さしたところをじっくりと読む。

「それは、こうですね」

ぺんこうは、真子の手からペンを取り、真子の持つ書類に何かを書き込んでいた。真子は、ぺんこうが書き込んでいるのを読んで、納得したのか、喜んでいた。

「なるほどぉ」
「でも、これは、例えばの話ですから。水木さん達とちゃんと
 話し合って、お互い納得してからにしてくださいね」
「はぁい」
「他には?」
「う〜ん」

真子とぺんこうのやり取りを見て、橋は、感心していた。

「阿吽の呼吸ってやつか?」
「へ?…あ、あぁ。組長とは、毎日一緒に過ごしていましたから、
 何を考えているのか、悩んでいるのかすぐに解りますよ」
「流石、ぺんこうやな。…って、真子ちゃん、能力のことは、
 ほんまに約束守ってくれよぉ」
「はぁい」
「…それで、その後、どうなんや?」
「何が?」

そう言って真子は、橋の顔を見た。その顔で何かを察したのか、はたまた、能力で、橋の心をよんでしまったのか…。

「もう、大丈夫ですよ! 理子から、話しかけてきたんだ!
 理子、私のこと、すんごく解ってくれていた」

真子は、とびっきりの笑顔を橋に向けた。

「嬉しかった。…だから、これからも、以前のように楽しむもん!」
「それ以上になりそうですけどね…」

優しい眼差しで真子を見つめるぺんこうが眼差しとは正反対に、困ったように言った。
ぺんこうは、真子と同じように、組関係の書類に目を通し始めていた…。

「安心した。ほんまに、俺も気にしとったんやでぇ」
「すみませんでした」
「真子ちゃんも強いけど、理子ちゃんも強いな。ぺんこう、
 大変やったやろぉ。担任…それも、三年間…」
「えぇ。もぉ、それは、他の生徒よりも手が掛かり……うわっ!」

ぺんこうは、すねを蹴り上げられる。

「組長ぉ〜、ここは、痛いですからぁ」
「もう一発いこか?」

真子は、ふくれっ面になりながら、再びぺんこうのすね目掛けて足を曲げた。

「…あっ、そうだった」

真子は、突然何かを思いだしたのか、橋に近づいた。

「橋先生、この冬、天地山に行ってもいいかなぁ」
「雪山ね…。…スキーみたいな体力を使うのは、避けた方がいいかな…。
 ほんと言うと、真子ちゃんは、完全回復とちゃうからなぁ。
 前のような感じで過ごしていたら、いつか、ほんまに倒れるで」
「…行きたいな…。…スキーしなかったら、行ってもいいん?」
「…スキーなしな。…って言うても、真子ちゃん約束破るしなぁ」
「約束しますからぁ」
「ちゃんと真北にも言っとくことな」
「はい! ありがとうございます!」

真子は、元気に返事をした。

「組長、時間過ぎてますよ。午後の講義に間に合いますか?」
「あっ、遅刻するかもぉ〜」
「私がお送り致しますよ」
「いいの?」
「ええ」
「やった!! って、ぺんこう、初めて行くんとちゃうん?」
「進路の事で何度も行ってますよ。…帰りはどうしますか?」
「理子と帰るから、いいよ! ほな、橋先生、次は?」
「そうやなぁ。年開けて、本部から帰って来てからな」
「はぁい。そういたします。では、失礼します」
「お世話になりました」
「気ぃつけてなぁ。ぺんこう、無理すんなよぉ。喧嘩すんなよぉ」
「解ってますよ!」
「…まさちんともやで」
「それは、無理ですね。…では!」

真子とぺんこうは、橋の事務室を去っていった。

ほんと、あいつらは、自分たちで解決しよるから、
安心やし、…見ていて、飽きへんわ…。

真子とぺんこうの絶妙なやり取りを思い出した橋は、

そりゃ、真北が怒るわなぁ。

真北のことを思い出し、そして、真北の怒りの表情まで思い出してしまう。
気を取り直して、カルテをまとめはじめた。



ぺんこうの車が、真子の通う大学の駐車場に停まった。真子とぺんこうは、車から降りると、何か楽しい話を車の中でしていたのか、尾を引いている感じで、歩き出す。

「ありがと、ぺんこう。張り切り過ぎないでね」
「それは、組長の方ですよ。張り切るというより、
 はしゃぐと言った方がいいかもしれませんが…」

ぺんこうは、口を噤んだ。
真子が睨んでいる…。

「じゃぁね!!」
「がんばってくださいね!」

お互い素敵な笑顔で、手を振り、それぞれの向かう方向へ歩いていった。



その日の夕方。
まさちんが帰宅した。家の明かりが消えていることに気がついた。

「俺が一番か…って、組長帰宅時間過ぎてるのにぃ。
 …久しぶりに理子ちゃんとはしゃぎまくってるのかな?」

真子のことを考えていると、自然と微笑んでいるまさちん。玄関の電気を付け、リビングの暖房を入れ、自分の部屋へ入っていった。
その時、電話が鳴った。
まさちんは、廊下の電話で応対する。

「もしもし…組長!」
『あっ、まさちん。ごめん、今、理子の家』
「へ? 公園前ではないんですか?」
『うん』
「…迎えに…来いとでも?」
『そうや』
「解りました。直ぐにお迎えに参ります!!」
『あかんって、ゆっくりと来てなぁ』

まさちんは、電話を切って、急いで外へ出ていくが、真子の言葉通り、ゆっくりと歩いて理子に家に向かっていた。
公園前の四つ角を、右へ曲がり、そのまままっすぐ歩いていく。外は、すっかり真っ暗になっていた。


野崎家。
まさちんは、呼び鈴を押した。

『はぁい』
「阿山です。迎えに来ました」

暫くすると、玄関のドアが開いた。真子と理子が出てきた。それも、はしゃぎながら…。

「いつか絶対に連れてってやぁ」
「約束するぅ。その時は、二人でね!」
「うんそうそう!」
「理子、あれから、スキー行ったん?」
「行ってへん。滑り方忘れたかもしれへん」
「そん時は、教えたるから」

そんな感じで、二人は、いつまでも話し込んでいた。真子を見送りに出てきた理子の母も、二人の会話に加わっている。

「…あのぅ、そろそろ…」

業を煮やして、まさちんが話しかけたが、話は止まらず。

「ですから…そのぉ…」

まさちんは、呆れたような感じで立っていた。

「ごめんごめん。じゃぁ、帰るねぇ。ご馳走様でした。
 また、遊びに来ます。それでは、失礼します」
「真子ちゃん、またね!」

母が明るく言った。

「ほな、またなぁ、真子!」

理子と理子の母は、真子とまさちんの姿が見えなくなるまで見送り、そして、嬉しそうな顔で家に入っていった。


真子とまさちんは、公園前の四つ角を左に曲がった。

「…理子ちゃんのお母さん、いつもと変わらない態度でしたね。
 ……あれだけ、近寄るなと言っていたのに」
「…これも理子のお陰…かな?」

真子の笑顔は輝いていた。まさちんは、そんな真子を見て、嬉しそうに微笑んでいた。
真子は、それを見逃さない。

「…まさちん、何、にやけてるん? 変やで」
「…す、すみません…。それよりも、組長」
「何?」
「…また、変な関西弁ですよ…」
「そっか? …理子と話してたら、言葉がうつった…って、いつものことかぁ」
「そうですね」

まさちんは、優しい眼差しをしていた。

「…まさちん…!!!」

突然、真子が叫んで、そして、鞄をまさちん目掛けて放り投げた。まさちんはそれを受け止める。

「競争!」

真子は、家に向かって走り出した。

「く、組長! お待ちください!!」

まさちんは、真子を追いかけるように走り出した。
二人は同時に家に着き、そして、お互い微笑み合い、家に入っていった。
真子は、その日理子と過ごした時間をまさちんに事細かく話していた。まさちんは、優しい微笑みを浮かべながら、真子の話に聞き入っていた。



まさちんは、阿山組日誌を広げていた。そして、一日の行動を細かく書き込んでいく。
ふと、ペンが停まった。

「しまった…。組長の話を聞いていてすっかり忘れてた…」

まさちんは、時計を見た。
十一時。
真子の就寝時間だった。

「明日でも、いいか…」

まさちんは、AYAMAと書かれた書類を手にして呟いた。そして、パラパラとめくりながら、中を何気なく見ていた。


夜。
真子の部屋。
真子は布団に潜り、そして、今日一日の楽しいことを思い出しているのか、嬉しそうな顔をしていた。
ふと、暗い表情に変わった真子。

「お母さん……お母さんも、…そうだったの?」

『母が子を思う気持ちは、強いのよ。子の命が
 危険だと思うと…そうなっちゃうのよねぇ』


真子は、理子の家で、理子の母が言った言葉を思い出していた。
そして、真子は深い眠りについていた……。

すっかり元の生活に戻った。そう思っている真北達。
この時は、まだ誰も真子の心の異変には気が付かなかった…。





AYビル・まさちんの事務室。
まさちんは、ふくれっ面で組の仕事をしていた。そんなまさちんを訪ねてくる者が居た。

トントン

「はいっ?」

不機嫌な返事。
入ってきたのは、くまはちだった。

「…なんや?」

くまはちを見た途端、更に不機嫌な声になる。

「…不機嫌なやっちゃなぁ〜。報告せぇへんぞ」
「で、どうなんや?」
「…親父の言う通り、手の内がわからん…。健の腕でもだ」
「そっか…。健でも無理ってことは…真北さんでも…だな…」
「あぁ。それより、ゆっくりしててええんか?」
「何が?」
「行かなくてもええのか?」
「…一人で大丈夫だから…。そう言って向かったんだぞぉ。
 …行ったら行ったで、また、俺が、どやされるやないかぁ」
「そぉんなふくれっ面で不機嫌オーラを出しっぱなしで、
 仕事はかどってるんか?」

くまはちは、まさちんのデスクを覗き込んだ。…案の定、仕事は進んでいない…。

「ったく、そんなに心配なら、行けよぉ。後は俺がしといたるから」
「って、くまはちぃ、ええんか?」

まさちんの眼差しが、輝く。

「…本来の仕事は、させてもらえないんだから、しゃぁないやろぉ」

くまはちが、珍しくふくれっ面をしていた。
くまはちの本来の仕事…それは、真子のボディーガードである。

「わかった、わかった。後は任せたよ。ほな、行って来るよぉ。
 くまはちは、いつ?」
「三十一日の昼までには、本部」
「そう伝えておくから。じゃぁ、頼んだよぉ」
「はいよぉ」

まさちんは、素早く事務所を出ていった。

「…って、すでに行く用意してたんかい!」

くまはちは、まさちんの出ていく姿を見て、ツッコミを入れる。そして、デスクに座り、書類に目を通し始めた。

「…あのやろぉ〜ひとっつもしてへんやないかぁ…」

そう言いながらも、くまはちは、デスクワークを楽しみはじめた。



まさちんは、電車で、とある場所へ向かっていた…。その場所とは……。



大自然が滅茶苦茶美しい雪山。
その雪山のてっぺんで、大の字になって寝ころんでいるスキーウエアを着た女性を見つめる人物が居た。

「お嬢様、まさちんが来ましたよ。こんなところで大の字になられて
 体力はあまり回復しておられないとお聞きしておりますよ。
 …私が怒られます。それに、そろそろ雪も降ってきますよ」

天地山支配人のまさが、声を掛けた。大の字に寝転んでいた女性が起きあがる。

「はぁい」

振り返って、とびっきりの笑顔で返事をしたのは、真子だった。

「…スキーをしていることは、内緒ね!」
「わかっておりますよ。ですから、珍しく私がこうして、
 お嬢様とご一緒させていただいているんですからぁ」
「しかし、まささんも、すごいね」
「何がですか?」
「益々、かっこよくなっていくぅ」
「ありがとうございます」

まさは微笑んでいた。
真子とまさは、そんな会話をしながら、ホテルへ向けてゲレンデを滑っていた。


ホテルへ着いた二人は、スキーを脱ぎながら、ホテル内に目をやった。そこには、まさちんが、待っていた…というより、受付のかおり達女性陣と楽しく語り合っているようだった。

「ったく、あれって、まさちんの本性かなぁ」

真子が呆れたように言う。

「手が早いっていう噂は、あの姿から来てるんでしょうね」
「そだね…ったくぅ」

まさちんが、振り返った。真子とまさが、スキーを担いでホテルへ入ってきた所を見つめていた。

「お疲れぇ〜。…一人で大丈夫だって言ったのにぃ〜。
 もぉぉぉぉ〜!!!」

真子のふくれっ面を見ていたまさちんは、なぜが、にやけている。そんなまさちんを見て、真子は、小声で言った。

「まささん、見てよ。最近のまさちん、ああいう風に
 にやける時が多いんだよ…。どう思う?」
「……何があったんでしょうか…。私には理解できません…」
「組長、何こそこそと話しているんですか? 私は、どこもおかしくありませんよ…」
「って、聞こえてたんかい!!」
「当たり前です」

真子は、まさに『しまった!』というような感じで舌を出す。

「お嬢様、お部屋でおくつろぎください。
 そして、パーティーのご用意もお願いします」
「やっぱり、マイク持つのぉ〜?」

まさは、微笑んでいるだけだった。

「まさちん、行こう!」
「はい」

真子は、まさちんに素敵な笑顔を見せ、そして、まさに手を振って、二人楽しく話しながら、エレベータホールへ向かっていった。そんな二人の雰囲気が、あまりにも輝いて見えていた。

「あれじゃぁ、俺でもにやけるよ」

まさは、嬉しそうに呟きながら、部屋へ着替えに行く。そして、仕事を始めた。


クリスマスパーティー。
今年は益々盛大に、しかし、アルコールは、控えめに………がモットーに真子は楽しんでいた。年を追うごとに美しくなる真子を見て、まさの支配人ぶりも輝く。
そんなまさの姿に魅了されていく従業員のかおりたち女性陣…。
今年は、お客も増えて、目一杯盛り上がったパーティーとなった。


あまりはしゃがなかったものの、やはり真子は、疲れやすいのか、その日の夜は、着替えた途端、ベッドに沈み込むような感じで寝入っていた。



まさちんは、哀しみを露わにした目で、真子を見つめていた。
真子は、にっこりと微笑んで手を振っている。

「じゃぁねぇ〜。行って来ます!」

真子とまさは、二人並んで車に乗り込み、天地山ホテルを出ていった。まさちんは、車が見えなくなるまで見送っていた。そして、肩の力を落として、ホテルへ入ってくる。

「まさちんさん、そんなに落ち込まなくてもよろしいかと…。
 夕方には戻るとおっしゃっていたんですよ」
「なんで、俺を置いて行くんでしょ…」
「さ、さぁ〜。でも、真子ちゃんだって言っていたでしょ?
 ゆっくりと休みなさいって。まさちんさん、ご自分の時間を
 作ってくださいね!」
「…組長からですか?」
「いいえ、私達の意見ですよ!」

かおりが、かわいらしく微笑んでいた。普通なら、この微笑みを見ると男性陣は、ドキッとするんだが、まさちんは、違っていた。
ドキッともせず、かおりと普通に会話をしていた。
そんな二人を見ていた他の男性従業員が、二人の噂をしていた。

「かおりは普通なんだよな、あれで…。だけど、俺らにとっては
 ドキッとするよなぁ」
「なのに、まさちんさんは、しないみたいだね」
「まさちんさんの心には、真子ちゃんしかいないみたいだな」
「だなぁ」


その頃、真子は、まさの運転する車で、とある場所へ向かっていた。

「久しぶりだなぁ〜。みなさん元気にしてるんですか?」
「えぇ。しかし、突然、何を言い出すかと思ったら…」
「なぜか、ふと思い出したんだもん。楽しみだなぁ〜」
「あれから、十五年経ちますね」
「まささんのマンションは、今はどうなってるの?」
「今は、私が管理人になってます。だけど、住人はもう居ませんよ。
 ホテルの従業員たちの寮になってしまいました」
「ふ〜ん。…雨漏りしてない…?」
「あれから、リフォームしてますよ!! お嬢様、そんなことまで
 覚えておられるんですかぁ〜!!」
「うん。しっかりとね。だって、初めての体験だったもん。
 家の中に、雨が降るなんて…」

真子は、何か思いだしたような表情をして、まさに言った。

「では、その雨漏りマンションに行く前に、商店街へ到着ぅ〜!」
「わーい!!」

真子は、すんごく嬉しそうな顔をしていた。

そして、目の前に白銀の世界にマッチするような素敵で賑やかな商店街が見えてきた。まさは、駐車場に車を停め、そして、真子と商店街へ向かって歩いていく。

商店街の入り口の八百屋の主人が、いち早く、まさの姿に気が付いて、手を振っていた。

「支配人〜!! 珍しいですねぇ。こんな忙しい時期に来るなんてさぁ。
 って、そちらのお嬢様は…まさかと思うけど……真子お嬢様…?」
「こんにちはぁ〜。わかりました?」
「そんな素敵な笑顔をする女性は、真子ちゃんしかいないでしょう。
 いやぁ〜、パーティーでしか逢った事ないからねぇ。支配人の
 彼女かと見間違えるところだったよぉ。で、今日は???」

流石、八百屋の主人。めちゃくちゃ元気な声で、真子に話しかけてきた。

「お嬢様が、久しぶりに商店街を観たいとおっしゃったので、
 こうして、天地山から離れて散歩しに来たんですよ。
 また、新鮮なものを、お願いしますね。料理長がいつも感謝
 してますから」
「正月用、任せてくださいな! じゃぁ、真子お嬢様、
 目一杯楽しんでってくださいね!!」
「ありがとうございます、おじさん!」
「お嬢様、行きますよ」
「…ねぇ、まささん、こんな感じで商店街を通り過ぎるん?
 店の数を考えると、夕方までにホテルに帰れないんとちゃうかなぁ」
「…そうですね…」

真子とまさは、果てしなく続く商店街をじっくりと眺めていた。

「…では、お嬢様は、私の従妹という設定で、通り抜けましょう」
「うん。ただ、雰囲気を楽しもうと思ってるだけだから」
「楽しむというより、今後の参考ではありませんか?」

まさは、真子の突然の言動には、訳があると踏んでいた。

「AYAMAのゲームでね、商店街を主題としたものをね、
 作ろうと思っているんだぁ。その参考資料として…ね」
「こちらに来ても仕事ですか? …本当は、もっとくつろいで
 いただきたいんですけど…」

まさは、頭を掻いて、参ったような表情になる。

「…まささん…ごめんなさい…心配……掛けちゃった??」
「いいえ。お嬢様だなぁっと思いまして…」
「何よぉ、その言い方ぁ〜。じゃぁ、進むよぉ!!」

何故か、真子は張り切っていた。
通り過ぎると言っていたまさ。しかし、商店街のお店という店の主人や店員に必ず挨拶をして、軽く会話をしていた。

まささん、輝いてるなぁ〜。

真子は、嬉しそうに微笑みながら、まさの後ろに付いて、歩いていた。そんな真子。とある店の前で足を止めてしまった。
そこは……。

「お嬢様ぁ〜」

まさは、しまったという顔をして、店の中に入っていく真子を追いかけて行った。

「…きゃわいいぃ〜っ!!!!!!!!!」

そこは、猫グッズ専門店。真子は、店の中のあらゆるグッズを手に取り、うるうる目で見つめ始めていた。

「支配人、こんにちは。…こちらの方は?」

店員が話しかけてきた。

「私の従妹です」
「こんにちは。…まささん…これ……欲しい……」

真子は、手の平サイズの猫の置物を手に、上目遣いで何かを乞うような感じで、まさを見つめてくる。その眼差しに負けた、まさは、

「…これ、ください…」

レジへと……。

「はい。ありがとうございます。従妹さん、猫好きなんですね?」

店員は、そう言いながら、真子から置物を受け取り、箱に詰め始めた。

「まさちんが居たら、ここのグッズ、全部買うのになぁ〜」
「それでは、まさちんが、嘆きますよ」
「嘆かせておけばいいやん。…あっ、これ、持ってる!
 ねぇねぇ、まささん、これね、おもしろい音だよぉ。ほら!」

そう言って、真子は、音を鳴らした。

ニャンニャンニャン……

「…猫の鳴き声の鈴なんて、めずらしいですね」
「そうでしょう? それには、お名前も彫れるんですよぉ。支配人、どうですか?」
「…いいえ、私は…ご遠慮致します」
「まささん、遠慮しなくてもぉ。そだ。店員さん、この鈴にね、
 かおりちゃん達の名前を彫って、天地山ホテルに届けてぇ〜」
「お嬢様ぁ〜。困りますよぉ」
「なんでぇ、いいやんかぁ」
「かおりちゃん達、うれしがって、身につけてしまいますよ。
 それでは、ホテル中、ニャンニャンうるさくなります…」
「…仕事中につけなきゃいいやん。その条件で…お願いします!」
「では、こちらに、名前を書いていただけますか?」
「はい」

真子は、猫鈴申込書に、名前を書き始めた。

「…お嬢様、お気を遣わないでください」
「駄目ぇ〜、いっつもお世話になってるんだからぁ」
「お嬢様って…支配人の従妹さん……あぁ〜〜!!! 真子さん?!」

店員は驚いた表情をして、真子をじっくり見てしまった。

「…まささんのあほぉ〜」
「すみません……」

まさは、自分の言動に反省。
自ら芝居をすると言っておきながら……。


「では、仕上がり次第、支配人にご連絡さしあげます」
「すみません、割引していただきまして…」

まさは、申込書の控えを受け取りながら、恐縮そうに話していた。

「これだけ、大量なのは、初めてですから。当たり前のことですよ!
 …って…真子さん……あの調子だと、本当に買い占めそうですよ…」
「…連れて帰ります…。お嬢様!」
「は、はい!!」

真子は、まさの呼び声にびっくりして声を張り上げる。そして、まさが、指さしていることに、落ち込んでいた。
真子の手には、更に新しいグッズが……。それらを渋々棚に戻す真子だった。

「ありがとうございました!」

真子は、笑顔で店を後にした。

「…まさちんの嘆きが想像できますよ」
「ごめんなさい…」
「でも、お嬢様、ありがとうございました」
「まささんの分もあるからね! 楽しみにしててねぇ〜」

そして、再び、商店街の人たちと軽く挨拶を交わしていた。

なんやかんやと時が過ぎ、夕刻近くになっていた。
まさは、食料品を買い、そして、駐車場へ戻ってきた。

「ホテルへは、夜でかまいませんか?」
「うん。その方が、まさちん、ゆっくりできるし…」
「では、夕食は、私の手料理でかまいませんか?」
「ほんと? 久しぶりだ! 嬉しいなぁ」
「では、雨漏りのするマンションへ帰りますよ!」

そして、真子の笑顔を乗せた車は、まさのマンションに向かって走り出した。



まさちんは、天地山のてっぺん、真子がいつもくつろぐ場所に座って、白銀の世界が赤々と染まっていく様子を眺めていた。そして、ウェアのポケットから、箱を取り出した。その箱から、一本、口にくわえ、火を付けた。

「…やめられないんだよなぁ〜。自分の時間が増えると…」

そう呟きながら、煙を吐き出すまさちんだった。



「いっただきまぁす!!」

まさのマンション。男一人住まいで、ほとんど留守がち…。
このマンションは、ワンルーム…それも、かなり広い…。
まさが作った夕食をおいしく召し上がる真子。

「まささん。腕あげたね? すごくおいしいぃ〜」
「あれから、何年も経ってますから。それに、たまの休みには
 こうして、商店街で買い物を済ませて、一人で作ってましたから、
 気が付いたら、こりはじめて…」
「まささん、こりだしたら、停まらないもんね!」
「はい」

まさは、笑顔で返事をした。


真子は、こたつに足を入れて、手を入れて、テーブルに顎を置いた形で、テレビを観ていた。片づけ終えたまさは、真子の体調に気が付く。

「お疲れですか?」
「ん? 大丈夫だよ」

まさは、真子の額に手を当てた。
少し高い。

「はしゃぎすぎましたか…。すみません…」
「大丈夫だって」
「ホテルに戻りますか? ここでは、落ち着いて眠れないでしょうから
 …熱冷まし、飲みますか?」
「薬は嫌ぁ〜。それに、まさちんに怒られるから、戻らないぃ〜」
「しかし…って、お嬢様…。ご無理なさるから…」

真子は、寝入っていた。
まさは、ベッドに真子を運び、そして、頭の下に、氷枕をそっと置いた。

「…ここまで、体力が劣っているとは…知りませんでしたよ…。
 本当に、無茶しすぎです…お嬢様」

まさは、真子の頭をそっと撫で、そして、テレビを消して、天地山ホテルへ電話を掛けていた。

「原田です。かおりちゃん、申し訳ない。お嬢様が熱を出して、
 今夜は戻れそうにないから…。そう。…あっ、やっぱり、
 楽しいから戻りたくないって、そう伝えておいてくれるかな?
 大丈夫。お嬢様も、そう言うから。…あぁ。私も一日
 休みにするよ。…いつも通りで。はい。お願いします」

まさは、そっと受話器を置いて、真子を見つめた。

「…また、怒られるんだろなぁ、真北さんに…」

その昔。
このように真子が、まさのマンションで、遊び疲れて、寝入ってしまった事があった。
その時、迎えに来たのは、真北だった。
真子を自分のベッドに寝かしつけ、添い寝していた所を、真北に見つかり、怒鳴られた。
それを思い出したまさは、ふと思う。

そうだったのか…。

真北の真子へ対する危険人物の範囲に、自分も入っていることに、
まさはこの時、初めて気が付いた…。



(2006.3.13 第三部 第三十二話 UP)



Next story (第三部 第三十三話)



組員サイド任侠物語〜「第三部 光の魔の手」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.