任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十三話 真子とまさの関係

空が白々と明るくなり始めたが、雪は降っていた。
まさは、こたつの中で目を覚ます。

「…こたつで眠ってしまったか…。…あっ、お嬢様…」

自宅に戻ると、すっかりくつろいでしまっているのか、真子の事を忘れていたらしい。

「やっぱり、俺、まだまだ…だな…」

そう呟きながら、まさは、真子の額に手を当てた。
熱は、まだ下がっていない。

「う〜ん、参ったなぁ〜。…むかいんに熱冷ましの作り方を聞くとするか…」

まさは、電話を掛けた。



何やら覚えのある香りで目を覚ました真子は、まさの家に居ることに驚いた表情になる。

「…あ、あれ? …私、ここで……。まささん…」
「調子は、どうですか? 未だ、熱があるようですけど…」
「もう少し寝てていい?」
「寝る前に、これを飲んでください」

まさは、真子に何かを差し出した。
真子は、不思議がっていたが、手にした途端、それが、何なのか、直ぐに解った様子。

「まささん、これ…むかいん特製…」
「むかいんに秘伝を教わりました。お嬢様の為なら…ということで…」
「ありがとう。…しかし、むかいんが教えてくれるなんて、
 すごいね。…まささん…脅した?」
「そんなこと、してません!!」
「ごちそうさまぁ。うん。味も同じ。すごいなぁ」

真子は、感心していた。

「恐れ入ります。では、ごゆっくりお休みください」
「…で、でも…」
「…何か?」
「まささん…真北さんに怒られるよ…」
「大丈夫ですよ。ちゃんと真北さんにも連絡しておきましたから。
 むかいんに連絡したら、真北さんが出たんですよ」
「怒られた?」
「いいえ、よろしく言われました。それと、はしゃぎすぎないように
 とも、厳しく…」
「はぁい。わかっております。では、お言葉に甘えて…お休み」
「お休みなさいませ」

真子は、眠りについた。
まさは、真子の布団をかけ直し、そして、自分の朝ご飯を作り始める。
その表情は、なぜか、嬉しそうだった。

お嬢様の寝顔を…こんなに長く拝見出来るなんてなぁ〜。

真子とのつき合いは長いが、真子と二人っきりで、一つの部屋で過ごすのは、あの時以来だった。
あの時よりも、真子への気持ちは、強くなっている。
真子を、真子の笑顔を守りたいという気持ちも含めて……。


まさが、外から帰ってきた。
手には、商店街での買い物袋がたくさん。その中には、昨日のあの、猫鈴も入っていた。出来上がったとの連絡を受け、取りに行っていたのだった。
箱をそっと開ける。
その中には、小箱がぎっしりと詰まっていた。小箱には、それぞれの名前が書かれてあった。『masa』と書かれた箱を手に取り、中から鈴を取り出した。

ニャンニャン…。

「お嬢様、ありがとうございます」

まさは、すごく嬉しそうな顔で、ベッドに横たわる真子を見つめていた。まさは、その鈴を車のキーに取り付ける。

ニャンニャン…。



まさちんは、珍しく遅くに目を覚ました。時計は、朝の十一時を表示していた。

「くつろぎすぎか…俺…」

そう言って、急いで着替え、真子の部屋へ入っていった…が、誰もいなかった。

「まだ、帰ってない…」

まさちんは、ふくれっ面になりながら、受付へ連絡を入れる。

『はい、フロントです』
「地島です。組長から連絡ありましたか?」
『いいえ、何もございません。本日、支配人は、
 休暇を取っておりますから、お二人で楽しんで
 おられるかも知れませんね』
「……それは、私が、許しませんよぉ〜」

まさちんは、そう言って電話を切り、服を着替えて、ロビーへ向かって走っていった。



「いけません!!」
「行くんだぁ〜、車貸せ!!」
「駄目です! まさちんさんの腕では、雪上の運転は危険です。
 それに、雪が思いっきり降っているんですよ!!!」
「じゃぁ、連れていけ!!」
「雪が止むまで出発できません!」
「それでも行くんだぁ!!!!!」

まさちんは、駐車場の係員ともみ合っていた。
まさちんは、気になって仕方がない。真子とまさの間で、もしかして…ということを考えると、居ても経ってもいられなかったのだった。
まさちんは、係員を威嚇する。
しかし、そんな威嚇に恐れない駐車場の係員。
…もちろん、この方も、元、その世界で生きていた者。そんな威嚇には、恐れるはずはない。

この人が恐れているのは、支配人のまさだけ…。

そのまさの楽しい時間を壊したくない一心の係員。まさちんには、負けていられなかったのだった。
まさの真子への気持ち。それは、まさを尊敬する者、誰もが知っていること…。
そして、誰にも言えないこと…。



雪が止み、街がにぎわい始めた。
真子は、熱もかなり下がったのか、起き上がってこたつでくつろいでいた。まさも、真子と同じようにこたつに入って、くつろいでいた。

「お嬢様、申し訳ございませんでした」
「だからぁ、まささんが悪いんじゃないって。…私が、自分の
 限界を忘れていただけなの。以前と同じような感じで
 考えていたけど、もっと下なんだなぁ〜」
「本部に戻ったら、また、若い衆とカラオケですか?」
「うん」
「山中さんに怒られますよ」
「それも、楽しみの一つだもん」
「お聞きしたいものです」
「天地山には、カラオケ屋さんないの?」
「ありますよ。確か、地山一家の管轄に三軒ほど…」
「地山一家…って、おじさんのとこ? おじさんも元気なんだぁ」
「覚えておられたんですか?」

驚いたように、まさが言った。

「うん。あの顔は忘れられないなぁ。すんごく、怖かったもん。
 これでも、怖い顔を見るのは慣れていたけど、今までで
 見たこともない怖い顔だったもん。だけど、私が泣き出したら
 その顔が滅茶苦茶緩んで、優しそうな顔になったから…。
 おじさんにも逢いたかったなぁ」
「親分さんでしたら、パーティーに変装して来てましたよ」
「へ?! …まさか、あの人が良さそうな、紳士っぽい人?」

思い出したような顔で尋ねる真子に、まさは、頷いた。

「知らなかったぁ〜。…て、もしかして、あの時、からかわれたの?」
「えぇ。親分は、毎年、お嬢様の表情を楽しみされてますよ。
 益々素敵な女性になられるお嬢様をね」
「でも、あの怖い雰囲気…無くなったんだね」
「お嬢様の笑顔ですよ。心が和むとおっしゃって、
 毎年、喜んで帰られますよ」
「へぇ〜。…来年は、だまされないぞぉ」

真子は、なぜか、気合いを入れていた。

「元気になりましたね」
「もう、大丈夫だもん。でも、久しぶりに、まささんのベッドで
 眠っちゃったね。…確か、こたつに入っていたと思うけど…」
「あのままで一晩過ごしたら、更に体をこわしますよ」
「でも、まささんは、こたつで寝てたんでしょ?」
「ご一緒に寝るわけにはいきませんから」
「…そっか…。前の時みたいに、私は子供じゃないもんね」
「そうですよ。まさちんの二の舞はしたくありませんから」
「もぉ〜。あれは、忘れてよぉ。本部でも大変だったんだからぁ」

真子は、ふくれっ面。

「お聞きしましたよ。まさちん、真北さんに思いっきり殴られたとか」
「そうみたい」
「お嬢様は、ご覧にならなかったんですか?」
「うん。あとで、まさちんの顔を見て、笑ったくらい」
「お嬢様はぁ〜。私があれほど申し上げたのに」
「うん…。いつものじゃれ合いのつもりだったんだもん…。
 まさか、まさちんが、そんな感情を抑えていたなんて…」
「あれから、少しは、理解なさったのですね?」
「う〜ん…。よく解らないんだけど、…なんとなく…かなぁ」
「お嬢様が、本当の恋をなさる日は、いつなんでしょうか。
 私は、その日がすごく楽しみなんですよ」
「なんで?」
「大切な方の成長は、じっくりと見届けたいですから」

まさは、優しく微笑んでいた。

「私、変わらないでしょ?」
「変わりましたよ。でも、お嬢様は変わってませんから」

まさの言葉が理解できず、真子は、きょとんとしていた。

容姿は変わっても、優しい心と素敵な笑顔は、全く変わってません。

まさの言葉には、そのような意味が含まれていた。

「何か、飲みますか?」
「いつものぉ!」
「かしこまりました」

そう言って、まさは、台所に向かい、何かを作り始めた。

「まささぁん」
「はい」
「ここに居るときくらいは、支配人を捨てたらぁ?」
「できませんよ」
「まだ、気にしてるん?」
「もう、真北さんには、怒られたくありませんから。
 あの時の真北さんほど、怖いと感じたことありませんよ。
 私を説き伏せた時よりも、怖かったんですからぁ」
「なんで、真北さんは、私のことになると、あぁなんだろう」
「それは、生まれた時から、まるで父親のようにお嬢様を
 育ててますから、他の男には取られたくないんでしょう。
 はい、お待たせいたしました」
「やった。これが、楽しみだったんだぁ」
「恐れ入ります」

まさが、差し出したもの。それは、オレンジジュースだった。

「私が、オレンジジュースを好きになったのは、これが元だもん」
「お茶以外に初めて口にした飲み物でしたね?」
「うん。お茶好きの真北さんは、お茶が一番といっつも
 言っていたんだもん。……だからかなぁ」

真子は、何かを思いだしたような表情をする。

「何がですか?」
「まささんにも厳しいのは」
「お嬢様に色々とお教え致しましたから…」
「真北さん、えいぞうさんやくまはちのように、古くから阿山組に
 関わっている者だけの中で育っていたら、私、どんな性格になってるんだろ」
「とても、真面目で世間知らずなお嬢様になっておられたかも」

まさは微笑んだ。

「まささんやぺんこう、まさちん、むかいん…それぞれに、外の世界を
 楽しく、愉快に教わったもんね! 色んな所に出かけたり…。
 時々ね、理子に言われることある。箱入り娘って」
「その通りですね」
「もぉ〜、まささぁん!!!」

真子は、ふくれっ面になって、拳骨を振り上げていた。



まさのマンション前に、一台の車が停まった。

「…ここだな…」
「…はい」

車から、一人の男が降りてきた。それは、天地山ホテル駐車場の係員の運転する車でやって来たまさちんだった。

「帰りは、考えて下さいね」
「なんでや」
「私は仕事中に抜け出してきたんですよ。支配人に怒られます」
「ったく、何言っても支配人、支配人って、お前らはぁ、
 そんなに、まさが怖いんかぁ?」
「怖いです。では。…あっ、部屋は205号室ですから」
「ありがとな」

まさちんは、車を見送った。そして、マンションを見上げ、

「何もないよなぁ〜」

ため息を付いた。
まさちんは、何かを気にしているのか、俯き加減で、マンションの二階へ上がっていく。


部屋の中から、賑やかな声が聞こえてきていた。
まさちんは、なぜか、ふくれっ面になる。


「…だれか、来たみたいですね…まさちんだな…」
「ねぇ、まささん、からかってやろうか」
「…それも、いいですね。どんな反応をするか…楽しみです」

二人は、微笑み合った。
まさは、窓の外に移る人影に気が付き、そして、そっと玄関へ歩み寄る。
真子は、急いでベッドに潜り込んだ。

『まさぁ、居るんだろぉ』

まさは、そっとドアを開けた。
まさちんは、ドアが開くやいなや、目にも留まらぬ早さで、ドアに体を挟み、閉められないように停めていた。

「…何、威嚇してるんだよ」

まさは、まさちんの醸し出す雰囲気に応えるかのような声で言った。

「組長は?」
「寝てる」
「なんで?」
「それは…」

まさは、まさちんの耳元で、ささやくように言った。

「眠らせてくれなかった」

まさちんは、その言葉に含まれる意味が解ったのか、突然、まさの胸ぐらを掴みあげる。

「貴様…やっぱり、そのつもりやったんか…許さねぇぞぉ、おらぁ」

まさちんは、今にも殴りそうな雰囲気。真子は、ベッドから、寝ぼけ眼で起き上がり、

「まささぁん。もっとぉ」

と、お色気たっぷりに言う。

「わかりました。お嬢様」
「く、く、く、く、く……くみちょほぉ〜?!??!!」

まさちんは、突然、その場に座り込む。そして、肩の力を落とした。

「うそ…だろぉ…」

二人の会話に、かなり衝撃を受けたらしい。そんなまさちんを見て、真子とまさは、笑い出してしまった。

「冗談だよ」

まさは、そう言って、まさちんの手を引っ張って、立ち上がらせ、部屋に招き入れた。

「冗談?!」
「…まさちんの反応を見てたの」
「…まさは、眠らせてくれなかったって…」
「うん」

真子が返事をした。

「組長は…もっと…って…」
「そうですね」

まさが返事をした。

「オレンジジュースのおかわり…もっとぉ、ってこと」

真子が、笑顔で言った。

「へ?!」
「お嬢様の体調不良で、眠れなかったってこと」

まさが、ドアを閉めながら言った。

「はぁ?!」
「何も、まさちんが思っていることじゃないでしょ?」
「………!!! …って、まさぁ、組長の体調不良って?」
「あっ……」
「…もぉ、まささぁん!!!!!」

またしても、まさは、自分の言動に反省。


真子とまさちん、そして、まさは、こたつに入って、ミカンを食べながら、話し込んでいた。
真子の右側にまさちん、左側にまさが座っていた。

「ったくぅ、組長はぁ」
「楽しかったんだもん」
「お嬢様、AYAMAの仕事に役立ちましたか?」
「うん。あとは、喫茶森の近くの商店街も参考にするつもり」
「組長、こちらに来ても仕事されていたんですか?」
「うん」

真子は、ミカンの皮を丁寧に剥き、一粒、口に放り込んだ。

「私には、思いっきりくつろぐようにとおっしゃったのに」

まさちんは、ミカンを半分にして、口に放り込む。

「だって、まさちんは、自分の時間、作らないんだもん。
 まささんもだよぉ」
「私は、仕事が終われば、きちんと作ってますよ」
「でも、ここに帰る日って、ほとんどないんでしょ?」
「そうですね。お客様が宿泊される日に、帰るのは、やはり…」
「ちゃぁんと今日みたいに、休暇取ってよぉ」
「今日は特別ですから」

まさは、ミカンを二粒、三粒に千切って、口に放り込んだ。

「でも、私と一緒に居たら、休暇になってないやん」
「充分なってますよ。こうして、長い時間、お嬢様の顔を
 拝見できますから」
「あぁ、てめぇ〜、やっぱり、そんな気かぁ〜!!」

まさちんは、まさの胸ぐらに手を差し出していた。

「お前と違う!」

まさは、差し出されるまさちんの腕を払いのけた。

「まぁさぁちん!!!!!」

真子は、まさちんの胸ぐらを掴みあげた。

「なんで、そう、いっつもいっつも喰ってかかってるんよぉ」
「す、すみません〜」

真子の力が急に抜けた。

「お嬢様!!」
「組長!!」

まさとまさちんは、同時に叫ぶ。

「大丈夫ぅ〜」

まさは、慌てて真子の額に手を当てた。

「熱は、ありませんね。病み上がりで急に興奮するからですよ」
「私をからかったからですよ」
「うるさぁい!!」

真子は、ふくれっ面になっていた。

「少し、お休みください」
「駄目」
「お嬢様!」
「…二人っきりにしてたら、何するか解らないもん…」
「…大丈夫でしょう、きっと。私が、我慢しますから」

まさは、そう言って、真子を抱きかかえ、ベッドに寝かしつけた。

「だ、だから、まささん。一人で大丈夫だって」
「…立ち上がると恐らく、めまい起こして倒れてましたよ」
「…ありがと。まささんって、医療全般なんだね。橋先生は、
 外科専門だから、あんまり…」
「あの人も、全般ですよ」
「うそぉ」
「外科を選んだのは、真北さんの影響ですから」
「ほへ?!」
「生傷が絶えない男の為にって言ってましたよ」
「へぇ〜。なんだか、不思議な絆で結ばれてるね…私の周りって」
「そうですね。では、ごゆっくり」
「お休みぃ」

真子が眠ったのを確認したまさは、こたつに戻ってきた。

「ありがとな」

まさちんが、呟くように言った。

「気にするな」

まさが、こたつに足を入れながら応える。

「な、俺の揺らぐ気持ち、解るだろ」

まさちんは、両手をこたつに入れて、顎をテーブルの上に置いて、一点を見つめながら言った。

「そうだな。ここに居る間は、支配人を捨てろって言われたけど、
 それしたら、お前と同じ行動起こしていたかもなぁ」

まさは、思いっきりくつろいで、『支配人』を解放する。

「組長、自覚あるのかな」
「少しはあるようだよ」
「俺が相手した女って、そっちのプロだからなぁ」
「お嬢様のように、全く無知の女性には、どう接していいのか
 わからない…ってとこだな?」
「あぁ。真北さんでも、難しいだろなぁ〜」
「あの人自身、恋愛って感情ないんじゃないか?」
「堅物…。真北さんにぴったりの言葉だよな。不思議な人だよ」
「滅茶苦茶怖い人だけどな。優しい所もあるんだから」
「組長は、そっくりだよな」
「そうだな…」

二人は、真子を見つめた。

「お嬢様は、いろんな人の影響を受けて、ここまで育った。
 これから、益々楽しみだなぁ」
「お前は、時々、真北さんのような父親みたいな話し方をするよな」
「まぁ、お嬢様を小さな頃から見ているからね。俺が、支配人として
 生きているのも、お嬢様の助言からだよ」
「らしいな。幼い組長が、お前をホテルの偉い人と言い張って
 それがきっかけに、天地山ホテルの支配人になったんだよな」
「俺自身、支配人として、生きていけるのか、不安だったけどな」
「ちゃんと支配人してるよ」

まさちんは、微笑んでいた。まさも、その微笑みに応えるように素敵な微笑みをする。

「組長に初めて逢ったのは、その時なのか?」
「いいや、本部で…。まだ、乳飲み子だったよ」
「はぁ?」

不思議がるまさちんにゆっくりと語り始めるまさだった。

「あの頃だよ…。真北さんに初めて逢ったのも、その頃だ…。
 まだ、赤ちゃんだったお嬢様を命を懸けて守っていたのが、
 真北さんだった。今でも覚えているよ。あの表情……」

まさは、何かを思い出すような表情をして、眠る真子を見つめいた。


外は、再び雪が降り始めていた。シンシンと聞こえる雪の音。それ程、静かなまさの部屋。
こたつに足を入れる二人の男は、同時にミカンに手を伸ばし、無言で食べ始めた。


「俺の…昔の仕事…知ってるよな」
「あぁ。噂だけだったけどな、こないだのあの事件の時に
 北野から聞いた。組長の兄の話…そして、生まれた頃の組長を
 狙っていた…それから、真北さんが、お前を死んだように
 見せかけて、現在があると…」
「俺の仕事は、殺しだった。その為の知恵として、人の体の構造を
 知るために、医者の勉強もした。もちろん、役に立ったよ」

まさは、静かに語り出す。

「お嬢様の兄が亡くなったと知ったのは、俺が、慶造さんを狙い、
 そのボディーガードである小島と闘っていた後だ…。
 小島との闘いで傷ついた俺は、その事件の後にここに戻った。
 まさか、俺の行動に気付いた親分が、あのようなことをしていたとは…」

グッと拳を握りしめたまさは、話を続けた。

「幼子の命を狙うような親分じゃなかった。……その通りだったさ」
「…でも、命を奪ったんだろ?」
「狙ったのは、ちさとさんだった。そのちさとさんを守るように
 お嬢様の兄が、前に出たそうだ」
「そうだったのか……」

沈黙が続く。

「ちさとさんが報道関係に単独で殴り込んだことも知った。その後、
 この世界から足を洗ったということも…。そして、女の子が
 生まれたと聞いた」
「それが、組長か…」
「あぁ。そして、俺の予想通り、親分が、命令を下した。
 子供を殺せ…とね…。…俺は、命令を実行するため、阿山組に
 向かっていった。それは、知られていたんだな…。真北さんに…」

まさは、自分の手を広げ、見つめた。

「無抵抗な相手を殺せるわけ…ないだろ? それもまだ、この世に
 生まれてそんなに日が経ってないのにな」

まさは、再び手を握りしめた。

「死んだことにして、暫く表に出すな。…そう告げて、標的じゃない
 真北さんの傷を治療して……そして、俺は、ここに戻ってきた」

まさちんは、まさの話に聞き入る。

「その後だよ。真北さんが、俺に極秘で逢おうと連絡を入れたのは。
 あの時、…お嬢様を襲ったときに、俺の本性を見破られていた
 みたいだな。好きで殺しをしていないってこと…」

フッと笑みを浮かべるまさ。その表情から懐かしむような雰囲気を感じ取る。

「親分にも知られていた。…その親分に、同じ思いを…そう言われて」
「同じ思い?」
「お嬢様を狙った俺は、真北さんと慶造さんに殺されたと。
 それを親分に伝えて、実は生きていたと……そう段取り付けて
 慶造さんは、天地組に乗り込んできた。…だけど、慶造さんは…」

親分を…。

まさは、グッと目を瞑った。

「まさ…未だに、その親分の事を?」
「当たり前だろ…。ある事件をきっかけに、一人になった
 俺を救ってくれたのが親分だった。恩を徒で返すなんて
 …できないだろ?」
「そうだよな…」
「俺は、真北さんの意向で、そっちの世界では、記憶を失ったと
 いうことになってる。昔の記憶を失って、そして、今を生きている…。
 …そういうことになっているんだよ…」
「…なるほどな」
「…だから、俺、お前を見てたら、まるで自分を見てるようでな…」
「そっか…俺も…組長を狙って…そして、今があるんだもんな」
「俺達は、お嬢様と真北さんに手中にあるってわけか…」

まさは、ミカンに手を伸ばす。

「…お前の親分は、その後…?」
「……恩を徒で返したさ…」
「…ひどいやつだな…」
「俺を失ったことで、親分が、怒り狂ってしまった。そこに
 慶造さんと真北さんが現れた。我を忘れた親分は、
 戦闘にもならない状態だったんだ」

ミカンを見つめながら、まさが語っていく。

「段取り通り、俺は屋根の上で様子を伺っていた。
 だけど、慶造さんの方が、親分を目の前にした途端、
 真北さんとの約束を破って、親分に手を掛けてしまった」
「そういう…人だったもんな…先代は」
「慶造さんが親分に最期の一太刀を浴びせようとした時、
 俺は……親分を守っていた。でも、親分は致命傷を
 負っていた。俺は、必死に治療を試みた。…でも…」

まさは、ミカンを置いて、自分の手を見つめ、そして、ゆっくりと目を瞑った。

「もしもの時は…。親分との約束だった。他人の手で…
 命を落とすなら、お前の手で………」
「まさ……」
「大切な人の命を奪うことでしか、大切な人を守れなかった」

大切な人の命を奪ったことを、未だに悔やんでいるのか、唇を噛みしめる。

「俺には、それが、一番…悔いに残っている…。だから、今度こそ
 大切な人は、何が何でも、守ろうと…そう誓った。
 体だけでなく、心も…だ」

まさの言葉に、まさちんは何も言えなかった。

「…俺は、心を入れ替えた。その後、この天地山に遊びに来たのが
 慶造さんとちさとさん、真北さんと三つになったお嬢様だった」
「その時に?」
「あぁ。俺は、支配人として生きる道が出来て、そして、
 今がある」
「それで…良かったんだろ?」
「どうだろうな」

まさは、真子を見つめた。

「俺……。お嬢様に伝えたい言葉があるんだが…」
「ん?」
「でも、お嬢様の笑顔を観るたびに、言えなくてな…」
「…まさか…?」

まさちんの顔色が変わった。その表情で、まさちんが何を考えたのかが解る。
まさは、そっと微笑み、

「申し訳なかった……だよ」

と呟くように言った。

「…なに?」

その言葉を耳にしたまさちんは、勘違いしたのか、眉間にしわを寄せた。

「お嬢様の命を狙ったことに対してだよ…。お嬢様は
 何も知らないだろうけど、俺にとっては、ここに……」

まさは、自分の心を指さす。

「引っかかったままなんだよ…。未だに…言えないんだよ…」
「まさ……」

再び静けさが漂う。


この時、真子は目を覚まして、まさの話を聞いていた。
まさの気持ちを強く感じた真子は、必死で涙を堪えていた。



「…組長は…」

まさちんが口を開く。

「組長は、とても強い人ですから。許してくれますよ。
 それに…あなたは、組長に手をかけていないんだから。
 何か言われるとしたら、真北さんに…でしょう?」
「言われたよ。思いっきり、殴られたし、蹴られたし…。怖かったよ。
 その時の傷は、応急処置がよかったとかで、すぐに治ったのになぁ」
「真北さんらしいなぁ」
「だから、俺は、真北さんを怒らせることは、したくないんだけどな。
 一度だけ…。天地山ホテルができた頃に…」
「何をした?」
「こうして、お嬢様を商店街に連れてきて、はしゃぎすぎたお嬢様を
 寝かしつけるために、添い寝したんだ」
「それくらい、俺もしていたぞ」
「それを見た途端、殴る蹴るだったよ。その時に知ったね。
 真北さんのお嬢様への思いを」
「俺は、いまいち解ってないんだけどな…。組長に手を出すなと
 言われているくらいだよ。出せるわけないのになぁ」
「それは、昔だからだろ? 今はどうなんだよ」

二人は、同時にベッドに寝転ぶ真子に目線を移した。

「…難しいよな…」

まさちんが、呟くように言った。

「だろ?」

まさは、まさちんの言葉に同感するように言う。
その時、真子が起き上がる。
二人は、慌てて目を反らす。

「ねぇ、そろそろ帰らないと…」

真子が声を掛けた。

「組長、大丈夫ですか?」
「うん。なんとか歩けるよ」
「では、出発の準備をしますから。暫くお待ち下さい。
 お嬢様、オレンジジュース、もう一杯ご用意しますが…」
「うん」
「…俺には、アップルな」

まさちんが言った。

「…わかったよ」

そう言って、まさは、台所でそれぞれのジュースを作り始めた。
その間、真子とまさちんは、こたつに入って楽しく話し込んでいた。
こたつの中で足を蹴られているのか、まさちんは、時々、痛がっていたり、こたつに手を入れて、真子の足をつかんで、こしょばしていたりと……。
そんな二人を見つめるまさの眼差しは、とても温かかった。




天地山ホテル・真子の部屋。

「明日の午前十時に出発しますよ」
「はぁい。…ねぇ、まさちん」
「はい」
「また、遊びに行っていいかなぁ」
「ほどほどにしてくださいね」

まさちんは、真子の仕草=マイクを持つ仕草を見て、わかっていたかのように、頷いていた。
真子は、微笑んでいた。


その頃、まさは、たまった仕事の処理に追われていた。
ふと、手を停める。
引き出しにある真子の写真を手に取った。

「本当に、お嬢様は、強い方ですね…」

真子を狙った時のまさが、真子の寸前で手を停めたのは、訳があった。
寝起きの真子が、まさを見て、無邪気に笑っていた。
もちろん、まだ、幼い真子には、何が起こっているのか解っていなかったが、その笑顔に、負けた殺し屋・原田。

「お守りいたします」

写真の中の真子にそっと告げたまさは、再び、仕事に没頭し始めた。



「お休みぃ〜」
「明日は早いですからね。お休みなさいませ」

まさちんは、真子の部屋を出ていった。
真子は、暗くなった部屋の天井を見つめ、そして、昼間のまさの話を思い出していた。

「知らなかったな…。そんな事があったなんて…。
 まささん…ありがとう」

真子は、寝返りを打つ。

「…母が子を思う気持ちは…強い…か。危険になると
 自然に体が動く…のか…。お母さん…ごめんなさい…」

自然と涙が溢れてきた。




阿山組本部。
年が明けた。毎年恒例行事は、この日も行われていた。
くまはちも参加している。
なんと、真北まで参加して、羽根突き大会は行われていた。
今年は、何故か、誰も手を抜こうとせず、力が入った羽根突き大会になっている。軽い遊びが、いつの間にか、本気になっている。羽を突く音も、昨年より、力強かった。
優勝は、真北。
真北の気合いは、誰よりも怖かった…。

もちろん、カラオケも忘れていない。オールナイトで散々騒いだ後、案の定、山中に怒られた真子達。

「組長、体調のことをお考え下さい!!!」
「すみません……!!!」

恐縮する真子。真北の雷より、山中の雷の方が、迫力があると思ったのは、慣れていないからだろう。


真子は、くつろぎの場所に立っていた。
誰かと語り合っているような雰囲気で、桜の木を見上げていた。

「組長、そろそろお戻り下さい。体をこわしますよ」

なかなか動こうとしない真子を促すまさちん。

「はぁい」

真子は、かわいく返事をして、くつろぎの場所を離れた。

その日の夜から、真子に異変が起こり始めた。



(2006.3.14 第三部 第三十三話 UP)



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※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
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