任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第三部 『光の魔の手』

第三十四話 緊張と緩和

阿山組本部。
空が白々とし始める。そんな時間帯に本部の門を入ってくる、まさちん。
こんな時期にも、趣味の映画鑑賞は欠かさない。
ちょっぴり眠そうな目をして、門番と挨拶を交わし、屋敷へと入っていった。

部屋に入り、着替える。そして、シャワーを浴びに出て行く。

さっぱりした表情で部屋に戻ってきたまさちんは、この日の予定を確認する。
微かに聞こえてきた声に反応するかのように、まさちんは部屋を出て行き、隣の真子の部屋へと駆け込んだ。

「組長?!」

なんと、真子は、泣いていた。

「どうされました?!」
「ま、まさちん…!!」

真子が涙ながらに抱きついてくる。そして、わんわん泣き出してしまった。
訳がわからないまさちん。
なぜ、真子は、こんなにまで泣いているのか…。

「組長、何があったのですか? 組長!」

真子の顔を覗き込むと、真子は眠っていた。
まさちんは、真子をそっと抱きかかえ、ベッドに寝かしつける。

「…組長…。怖い夢を見たんですね……」

真子の手が、まさちんの服を掴んでいる事で、真子の心を把握する。

う〜ん、組長…手を離してくださいぃ〜。

真子の手は離れそうにない。
まさちんは、困った顔をしながら、ベッドに腰を掛け、真子の頭を優しく撫で始める。

「はぁあ…」

まさちんは、ため息をついて、真子に背を向ける形で俯き加減に座り直した。
そして、朝日が昇った。


「組長、起きて下さい。組長ぉ〜」
「ほへ?! …おはよぉ、まさちん〜。もう少し寝るぅ〜」
「あぁ、駄目ですよぉ。今日は、大阪へ戻りますから」
「…嫌だぁ。寝るぅ〜」

そんなやり取りをしていた二人は、ふと、何か殺気を感じ、その方へ目線を移した。
そこには、真北が仁王立ちしていた……。



「それで」
「…ですから…、いつものように、ベッドに寝かしつけたんですが、
 …服を握られておりましたので…離れられず…、朝まで…」

真北の部屋。
真北が、まさちんの明け方の行動を気にして、まさちんを問いつめていた。

「…何もしてないな」
「するわけないでしょぉ。ったくぅ。組長には背を向けてました」
「ほんまに、お前なぁ、いつまでも、昔のままで組長と
 接してたら、いつか、我慢できずに…って、なるんとちゃうかぁ?」
「なりません!!」
「信用ならん!」

真北の声の方が大きい。

「…だったら、私を組長のボディーガードから、外して下さい。
 くまはちも、ぺんこうも居るんですから。くまはちは、本来、阿山家と
 縁がある人間ですよ! くまはち一人で充分じゃありませんか。
 …ボディーガードから、外れれば、…阿山組組員ではなくなれば、
 …俺のこの気持ち…。普通の男として、組長と接することができるって
 ことですよね」
「…何も、そこまで…」
「言ってるのと同じですよ」

まさちんは、真剣な眼差しで真北を見つめる。

「組長にとって、お前が一番必要なんだから…。一番短期間で
 あの笑顔を向けたんだからな…。組長の前から、お前を
 取り除いたら、それこそ…」
「それでしたら、信用して下さい。組長には手を出しません。
 組長と組員…主従関係は…絶対です…」

まさちんは、真北に頭を下げる。

「…わかった…。これからも…頼んだよ」
「はい」

まさちんは、真北の部屋を出ていった。
真北は、立ち上がり、窓に歩み寄る。
真北の部屋は、桜の木が美しく見える場所にあった。その桜の木の向こうで、真子がくつろいでいるのが見えていた。
そこは、真子のくつろぎの場所。
真北は、ポケットに手を突っ込んで、真子を見つめていた。
真子は、まさちんに声を掛けられたのか、起きあがり、声が聞こえた方を見つめ、何かを言っていたが、すぐにふくれっ面になり、その場を去っていく。
真北は、ため息を付いた。

「そこまでする必要…ないのかな…。慶造…、俺に真子ちゃんを
 託して、逝ってしまうなよな…。俺への仕返しなのか?
 ……俺だって、男だぞ…。親子関係を永遠に続けられると
 思ってるのか? …ちさとさんに似てきた…真子ちゃんと…」

真北は、壁にもたれて、目を瞑る。その表情は、何かを堪えているように見えた。

『真北さぁん、そろそろ出発するよぉ!!』

真子の声だった。

「はい。すぐに行きます」

そう応えた真北は、荷物を持って部屋を出ていった。

親子関係は…永遠に…。




大阪に戻ってきた真子は、ずっと家の中で、勉強をしていた。後期試験が近づいている。出席日数が少なかった分、成績で挽回しようとしていた。
もちろん、裏では、真北が糸を引いているが…。

「失礼します」

まさちんが、手に書類を持って、真子の部屋へ入ってきた。

「組長、勉強中すみません。どうしても、目を通して頂きたい
 書類があるんですけど…。お願いします」
「うん、いいよぉ。問題ある?」
「組長のサイン待ちです」
「はぁい」

真子は、まさちんから、書類を受け取って、目を通し、サインをする。

「AYAMAの方は?」
「くまはちの担当ですから、私は…」
「…特に何もない…ってことだね。…それより、くまはちって
 他に何か、していない? 最近、外出してる日が多いけど…」
「体でも鍛えているんじゃありませんか」
「…更に鍛えて…どうするつもりだろ…まさちんと勝負する
 つもりなんかなぁ〜。はい、おしまい。あとよろしくぅ」
「ありがとうございました。では、試験頑張って下さいね」
「うん。まさちんも無茶したら、あかんよぉ」
「はい。失礼しました」

まさちんは、真子の部屋を出て、自分の部屋へ入っていく。真子がサインした書類に目を通し、そして、阿山組日誌を広げて何かを書き始めた。

『組長は、明日よりテスト。がんばれ!』

…だから、組のことは…??



真子を大学まで送ったまさちんは、そのままAYビルへ向かっていく。
この日、密やかな幹部会を開くことになっていた。


「遅れて悪い!」

まさちんは、そう言いながら、会議室へ入っていく。会議室には、須藤、水木、川原、藤、谷川、松本、そして、くまはちがすでに来ていた。

「組長、今日から試験なんだろ?」

水木が言った。

「えぇ。一週間続きますけどね」
「毎日、送迎か?」
「いいえ、今日と、最終日だけですよ。あとは、理子ちゃんと
 通うようですけどね」
「終われば、いよいよ四回生かぁ。早いなぁ。大阪に来たときは
 まだ、中学生だったのになぁ。桜も、組長の成長を楽しみにしてるもんなぁ」

水木が、しみじみと語り始めた。そんな水木を見て、川原がため息を付き、

「水木さん…、しみじみと語り始めると、長くなりますよ。
 それより、くまはち…」

上手い具合に、話を切り替えた。

「はい。例の事ですが、その後、水面下で行動が進んでいるようです。
 お渡しした書類に記載しているように、ここのところ、阿山組に
 関する情報を調べている形跡が後を絶たないようです。
 それら、すべてが、海外からのアクセスです…」
「…阿山組もついに、国際的になってきた…ってことかぁ」

水木が、軽い口調で言った。

「取りあえず、情報として、頭に入れててください」
「くまはち、お疲れ。無茶は、してないよな」

まさちんが、くまはちを真っ直ぐ見つめて尋ねる。

「してないよ。じゃぁ、俺は、これで。AYAMAの方があるから」

くまはちは、会議室を出ていった。

「しっかし、くまはちも、すごいなぁ。ここまで調べるか?」

くまはちの用意した資料に目を通しながら、須藤は、感心していた。

「細かいよなぁ。水木ぃ、負けてへんか?」
「負けとる…。なぁ、まさちん、くまはちくれぇ」
「駄目ですよ。くまはちは、組長の為だからこそ…ですよ」

まさちんは、ペンを廻して何かを考えながら、水木に応える。

「お前だけやなく、くまはちも…か」

水木は意味ありげな言い方をしていた。それには、須藤達幹部も納得したような表情になる。

「組長に関わる人、みんなですよ。では、次の題に入りますよ」

まさちんは、会議を進行していった。


会議が終わり、まさちんは、事務室で資料をまとめていた。
何気なく、くまはちの資料に目を通した時だった。

「…国際化ねぇ〜。そこまで規模を広げたら、益々組長の
 夢が遠くなっていくよな…。……普通の暮らしかぁ〜」

まさちんは、椅子にもたれかかって、椅子を半回転させながら、天井を仰いだ。

「まさちん、入ってるぞぉ」
「順番、逆やろぉ」

くまはちが、事務室へ入ってきた。

「どしたん?」
「AYAMAのことで…ちょっと…」
「俺が絡んでもええんか?」
「構へんやろ。駿河さんがな…。第四弾を作ったんやけど…。
 企画書みてたら、絶対、組長反対すると思うんや…」

くまはちが、まさちんに企画書を見せた。

「…戦闘もの?」
「あぁ。それも、親分が子分を使って敵を倒していくやつ…」
「…組長には、見せない方がいいやろ」
「こないだのやつも訂正入ったのになぁ。進めれば進めるほど
 過激になっていくようやな…」
「戦闘ものから、離れたらどうや?」
「…駿河さんに言ってみるよ」
「…なぁ、くまはち」

まさちんが静かに呼ぶ。

「なんや?」
「阿山組が、これ以上規模を拡大したら、…どうなる?」
「はぁ? お前、まさか、国際的なこと考えてるんか?」
「いいや、例えばの話だよ。もしな、こいつらが、仕掛けて来たら
 俺らのことや、反撃に出るやろ。腕っ節の強者ぞろいやろ…。
 やり始めたら停まらん奴らばかりやろ…」
「血で争うつもりか? …組長が怒るぞ」
「…血で争わずに、解決させようとするって。組長はな…。
 もし、ええほうに転がったら、国際的に活動せなあかんように
 ならへんか?」
「かもしれへんな」
「そうなったら、組長の夢…叶わないよな…」

まさちんが呟くように言った。

「普通の暮らしか…。そうなるやろな…。お前はどう思ってる?」

静かに尋ねるくまはち。その眼差しは、真剣そのもの。

「何が?」
「拡大だよ」

短く言うくまはちに、まさちんは、

「今のままで充分だろ。大きな世界を独り占めするより、同じ者達で
 それぞれが、それぞれのことを精一杯することで、ええと思う」

珍しく自分の思いを語っていた。

「ま、たまには、羽目を外そうとする輩も出てくるやろうけどな…。
 ……こんなこと考える俺って、おかしいかな…」

まさちんは、デスクに肘を付いて、頭に手を当てた。

「そんなことないで。もともと、お前はそういう性格やろ?」

くまはちが、まさちんを見つめて尋ねる。

「…それは、わからん…。俺の本性は、この世界に合っていたかも
 しれへんしな…。親父のことがなくても、きっと……」
「…俺は、合ってないと感じるで」

くまはちの言葉が、まさちんの胸に突き刺さったのか、まさちんは、くまはちをまっすぐ見つめていた。

こいつの勘は、当たるからな…。

「…って、のんびりしててえんか?」
「ん? …あっ! 悪い、くまはちっ。あと頼んでええか?」
「いつものことやろ。気を付けろよぉ」
「ほな!!」

まさちんは、急いで事務室を出ていった。

「悩んどったら、組長に問いただされるぞぉ」

去っていくまさちんの背中に語りかけたくまはちは、書類をまとめ、片づけを始めた。



真子が試験期間中、組関係は、まさちん、AYAMA関係は、くまはちが、それぞれ行っていた。そして、真子の試験が終わり、成績発表。
オール優。
晴れて四回生になれることになった。
それまで、約一ヶ月の休みがある。真子はというと…。

「組長、今日は?」
「一平くんとデート」
「組長、いつになったら、仕事の方を…」
「卒業後」
「って、あと一年、さぼるんですか?」
「さぼるって失敬な!! 二人に任せるの!」
「…あのねぇ〜」

リビングで、真子とまさちんが、言い合っている…。これは、真子が休みになってから、毎日繰り返される光景だった。なぜか、組関係の仕事をしようとしない真子。それは、真子自身が自然と避けていることだった。
真子は、組関係の仕事をした夜、必ず見る夢がある。
それは、母の夢だった。
自分を守る為に、体を張ってまで…。



「気を付けてくださいね。あまりはしゃがないように」
「はぁい。ほな、まさちん、よろしく! 行って来ます!
 …くまはちぃ! 付いてきたら、あかんで!!」

真子は、二階にいるくまはちに呼びかけた。
その途端、二階からものすごい勢いでくまはちが、降りてくる。

「駄目ですよ。付いていきます」
「デートなのにぃ〜」
「また、あの時のようなことが起こったら…」
「今は、どことも争ってないでしょぉ。大丈夫だから!
 くまはちは、AYAMAの方、よろしくね」
「…わかりました…」
「虎石さんと竜見さんにも言っててね。じゃぁねぇ!」

明るい笑顔で真子は、家を出発していった。まさちんとくまはちは、ただ、見送るだけしかできなかった。

「…しゃぁないかぁ。顔を知らない連中に頼むか」
「そうやな。はぁ〜やれやれ…。…あっ、いい手がある!」

まさちんは、何か閃いたように言った。



真子と一平が待ち合わせをして、そして、映画館へ向かって歩いていた。その二人に合わせるように付いてくる人物があった。

「はぁぁあ」

真子がため息を付いた。

「ごめんな…」
「…ったく、須藤さんは…」

真子と一平は、振り返った。
二人に付いてくる人物。
それは、よしのだった。

「よしのさんじゃ、撒けないな…」

真子は、諦めたように呟いた。
そして、二人は、映画館へ入っていく。もちろん、よしのも映画館へ顔パスで入っていった。そして、二人が見える位置に見守るように立っている。

「俺が幼い頃に、よく見られた光景やで」
「幼い頃?」
「うん。抗争中やった時」
「…あぁ、あの…」

一平が言った抗争とは、まだ、須藤組が阿山組の傘下に入る前、関東と関西で勃発していた抗争のことだった。真子もうっすらと覚えている話。

「よしのさん、あんな感じで、見守ってくれとった。
 だから、俺、安心して、街の中を歩けた」
「須藤さんは、危険を承知で?」
「閉じこもってばかりやったら、消極的になるって言うてね」
「須藤さんらしいね。…私は、外に出してもらえなかった…」
「真子ちゃんとことは、規模が違うもん」
「それでも、出たかったなぁ」

真子が、羨ましそうに言った。

「今は、違うやん。ほんまやったら、ボディーガードが、周りに
 ぎょうさんおるやろ。それがないんは、真子ちゃんの気持ちを
 尊重してるんやで。そやけど、大丈夫や言われても、心配やから
 くまはちさんたちが、影で見守ってるんちゃうん?」
「うん…そうやけど…。私が、こうして好きなことさせて
 もらってるから、みんなにも好きなことしてもらいたいなぁ」
「真子ちゃんの気持ち、みんなに充分伝わっとるで」

一平は素晴らしい笑顔を真子に向けた。
真子は、その笑顔を観て、何か吹っ切れたのか、嬉しそうな表情をした。
そして、映画が始まった。

「坊ちゃん、嬉しそうな顔やなぁ。もし、彼女が組長じゃなかったら、
 いい感じなのになぁ」

よしのは、映画館の一番後ろの隅の壁にもたれて、真子と一平を優しく見守っていた。




「…組長に、どやされるんは、まさちんやぞぉ」

須藤組組事務所に、まさちんは、顔を出していた。

「覚悟はできてますよ」
「俺も、帰ったら、一平にどやされるんやろな…。責任取れよぉ」
「それは、親子の問題ですよ」
「それでなくても、組長に危険が及んだら、俺が一平に
 怒られるんやからなぁ〜」
「一平くん、怒ったら怖そうですもんね。一見、怒りそうにないんだけど」
「そらなぁ、わしの血、継いでるからなぁ」
「そうですね」

まさちんは、意味ありげに微笑んでいた。

「なんや、まさちん、喧嘩売ってるんか?」
「売ってませんよぉ」

その時、事務所の電話が鳴った。須藤組組員のみなみが電話を取り、慌てて須藤に渡す。

「よしのさんからです」
「ありがと。…どうした?」
『まかれました…すんません!!』
「…まさちん…、よしのが、まかれたらしいぞ…」
「あちゃぁ〜。組総動員で、探させますか?」
「そうするか…。…よしの、もうええで。戻ってこい」
『すんません!! すぐ、戻ります』

電話を切った須藤は、頭を掻いていた。

「須藤さん、すみませんでした。俺の悪知恵が…」
「悪知恵?」
「昔、組長が、人を撒くにはどうしたらいいのか…って言われたので…」
「いらんこと教えたんやな」
「まさか、こんなことに利用されるとは…。はふぅ〜」
「まさちんも苦労するなぁ」
「召集掛けます」

まさちんは、そう言って、須藤組を出ていった。そして、川原組、藤組にそれぞれ電話を掛ける。

「組長を見つけ次第、影から見守ってくれ」

まさちんが、組総動員で、真子を守ろうとしている頃、真子と一平は、よしのを撒いて、とある場所に来ていた。


「知りませんよ。後で怒られるのは、組長ですからね」
「大丈夫大丈夫。じゃぁ、むかいん、よろしく!」
「かしこまりました。暫くお待ち下さいませ」

ここは、むかいんの店。
真子は、一平と二人でくつろげる場所を思い出し、そして、よしのを撒いて、ここへやって来たのだった。

「真子ちゃんすごいなぁ。あのよしのさんを撒くなんて…」
「序の口だったね。ここなら、ゆっくりできるでしょ?」
「そうやなぁ。おいしい料理も食べれるし!」
「それに、安心やし」
「灯台もと暗しやな」
「うん。今頃、組総動員で、探し回ってるよぉ」

真子と一平は、楽しそうに微笑み合っていた。
真子の言うとおり。街の中には、川原組、藤組、須藤組の組員が、二人一組になって、真子達を探し回っていた。まさちんは、事務室で、連絡待ち。しかし、一向に真子発見の連絡は入らなかった。


真子と一平は、むかいんが持ってきたデザートを食べていた。そして、食後の飲み物を目の前にして、すっかり話し込んでいた。

「ほんと?」
「そうや。俺の夢。自分で作ってみるねん」
「AYAMAの仕事を始めて、一平君がゲームを楽しむの、
 すごく解った。作ることも結構楽しいんだよね」
「やろ? だから俺、頑張るねん。その前に、金貯めなあかんやん。
 バイトするか、就職するか…。悩むわぁ」
「就職やったら、須藤さんに相談したら? かなり会社に顔効くと
 思うけど…」
「親父の手は、借りたくないんやもん」

珍しく、一平がふくれっ面。

「…そっか。そうだよね。でも、初めから辞めるつもりでの就職は、
 会社に迷惑かかるよ。ゲーム関係だったら、それに携わる所に
 就職して、仕事を真面目にしてから、自分で作りたくなった…と
 いう筋書き…ってのは、どうかなぁ」
「なるほどぉ…。流石、真子ちゃんや。そうするわ」
「それやったら、駿河さんに聞いてみよか? ゲーム関係の就職先
 よく知ってると思うよ」
「そこまで、真子ちゃんにしてもうたら、俺…気が悪いやん。
 自分でやるよ」
「…わかった。頑張ってね」

真子は、優しく微笑んだ。一平も微笑んでいた。
そんな二人を見つめる目…それも、数え切れないほど……。
真子と一平は振り返った。

「げっ!?!!!」

そこには、怒りの形相に呆れた表情が混じったまさちん、くまはち、須藤、よしの、川原、藤たち、真子を探し回っていた者が集まっていた。

「見つかっちゃった!!」

真子は、一平に舌を出していた。

「だね」

一平も、断念したような表情で真子に言った。

「組長ぅ〜〜……」

まさちんのこめかみがピクピクと……。

「組長…。我々がどれだけ探したのか解りますか?」

まさちんが、言った。

「知らん!」

真子は、そう言って再びふくれっ面になる。

「知らん…って…あのねぇ〜組長! どうして、よしのを撒いてまで
 遊び回って…、挙げ句の果て、何処に行かれたかと思ったら、
 むかいんの店だったとは…。我々は、ゲームのキャラクターじゃ
 無いんですよ!!! 組総動員で、探し回ったんですよ!!」
「だから、ちゃんと解るように、形跡あったでしょ!!
 それをたどって来たんやろぉ。川原さん、藤さん」
「は、はい」

川原と藤は、同時に返事をした。

「…二人だけのデートなのに、なぜ、そのような手の込んだことを
 してるんですかぁ!!!」

まさちんが叫ぶ。

「ただ、探し回っているだけやったら、おもしろくないでしょぉ。
 少しは、楽しめるようにと思って、そうしただけやんかぁ」
「我々に気を遣わないで下さい!!!」

まさちんの言うことが、徐々に意味不明になっている…。
それに、誰もが気付いていた。しかし、真子とまさちんのやり取りに誰も、口を出すことができなかった。
ところが…。

「…静かにしねぇか、…他のお客様に迷惑だろうが…」

ドスの利いた声が、響き渡った…。

「げっ…」
「ぎょっ!!」
「ひえっ!!」
「あわわ…」

まさちんをはじめ、くまはち、須藤、川原、藤、よしのが声をする方を見て驚いた。
そこには、怒りの形相で、仁王立ちしているむかいんが…。
握りしめる拳が震えている…。その手が、徐々に広がって………。

「…む、む、むかいん…」

むかいんの怒りがひしひしと伝わってきた真子は、慌てて立ち上がった。しかし、むかいんの目には、真子の姿は写っていない。

「出ていってくれないかな…」

むかいんは、一人一人を睨み付け、手刀を構えていた。

むかいんの醸し出す雰囲気に、まさちんたちは、すごすごと店を出ていく。

「はふぅ〜」

むかいんは、まさちんたちの姿が見えなくなった後、ため息を付いた。そして、真子に目線を移す。真子は、恐縮そうにむかいんを見つめていた。

「ご、ご、ごめんなさいぃ〜……」
「だから、言ったんです。怒られるのは組長ですよって」
「…ごめんなさい…。むかいんに…迷惑掛けてしまって…」

むかいんは、優しい眼差しをして微笑んでいた。

「足止めしておきますよ。…おかわりどうですか?」
「むかいん〜。これ以上、迷惑…掛けられないから…。
 一平くん…ごめんね…」
「真子ちゃん、気にせんといてや。楽しかったし、おいしかったで」

一平は、素敵な笑顔を真子に向けていた。

「次は、邪魔なしでな」
「…うん…」

真子の返事は、煮え切らない。

「真子ちゃん…大丈夫か? むかいんさん…」

一平は、真子の何かに気が付いたようだった。むかいんも、一平の表情で気が付いた。

「…ったく、組長、はしゃぎすぎですよ…」
「う〜ん……」



むかいんは、真子をむかいんの店の横にある仮眠室に連れてくる。そして、真子をソファの上に寝かせ、毛布を優しく掛けた。

「仮眠室で申し訳ありません。すぐに、お持ちしますから」
「…やっぱり、いい…事務室に行くぅ〜」
「駄目ですよ。このまま三十八階に行けば更に悪化します。
 今は、誰も利用しませんから」
「むかいんの仕事に支障を…」
「…くまはち呼んでますから」
「…ごめん〜〜」
「気になさらないでください。一平さん、暫くお願いします」
「は、はい」

むかいんの言葉通り、真子は、はしゃぎすぎて、またまた熱を出してしまった。

「心配掛けすぎやでぇ〜」
「うん…。つい…。一平くんにまで…ごめんねぇ」
「俺はかまへんけど…むかいんさんの言うとおり、怒られるのは
 真子ちゃんやでぇ〜」
「一平くんまで…そんなこと…言うん?」

真子は、またまた、またふくれっ面になる。

「少しは、大丈夫なんやな?」
「うん…」
「…むかいんさん、何を持ってくるん?」
「熱冷まし…。昔っから、私が熱を出したら、いつも用意してくれるんだ…。
 それを飲んで、一眠りしたら必ず元気になるんだぁ〜」

真子は、うつろな目をしていたが、何かを懐かしむような表情をしていた。一平は、そんな真子を見て、何も言えなかった。
暫く、沈黙が続いた。
一平が、ゆっくりと口を開く。

「…むかいんさんって、怒ると怖いん?」
「そうだよ。だけどね…」
「笑顔じゃないと、おいしい料理は作れませんから」
「むかいん…」

二人の会話に、特製熱冷ましを持ってきたむかいんが参加する。

「お待たせいたしました。…くまはちは?」

むかいんは、真子に特製熱冷ましを手渡した。

「ありがと…まだだよ」

真子は、飲み干した。

「私、これでも、阿山組組員ですから。怒るときもありますよ」

むかいんは、笑顔で一平に応える。

「…先程の勢いで…わかりますよ…」
「…あっ…。…組長……」
「寝てしもた…。真子ちゃんって、ほんと、やくざに見えませんね」
「やくざじゃありませんから。私達の親分ですけどね」
「…俺、このまま真子ちゃんと遊んでてええんやろか…。
 これでも、俺…やくざの息子やし…」
「一平さんは、違いますから。一平さんと話している組長、私達と
 話している時より、輝いているんですよ。これからも…組長と、楽しい時を
 過ごして下さい。組長を…宜しくお願いいたします」

むかいんは、深々と頭を下げていた。

「むかいん…さん?」
「組長と長年過ごしていても、やはり、年齢の差が生じてしまいます。
 組長の考えていることが、時々解らなくなります。
 その時は、必ず、理子ちゃんや一平さんが力となって下さってます。
 だから、組長は、いつも、こうして…」
「素敵な笑顔なんですよね。俺、この笑顔が好きなんですよ。
 そして、俺は、それに負けないくらいの笑顔を目指してる」

一平は、優しさの中に強さが含まれている眼差しで、真子を見つめていた。

「…少しでも、真子ちゃんの夢が叶うようにね」


仮眠室の外では、くまはちと須藤、よしのが、立って、二人の会話を聞いていた。

「…一平の奴…いっちょまえのこと言いよって…」

ドアをノックして、中を覗き込むくまはち達。

「…親父…」

一平が、呟くように言った。

「いつまで、ここにおるつもりや。帰るで」
「はい。では、むかいんさん。真子ちゃんに…これ…」

一平は、ポケットからリボンのかかった小さな箱を取りだした。

「渡しておきます。お世話になりました」

むかいんは、笑顔で受け取り、頭を下げた。
そして、須藤、よしの、一平は、去っていく。仮眠室には、むかいんとくまはちが、眠る真子を見つめて立っていた。むかいんは、手にした小さな箱をどうしようか悩んでしまう。

「一平君、いつも別れ際に組長にプレゼント渡すんだよ。
 俺が、渡しておくよ」

くまはちが、いつも見ている姿を思い出したように言って、むかいんから小さな箱を受け取った。

「それって、須藤さんの手口…」

むかいんは、慌てて口を噤む。
須藤の手口とは…?


よしのが運転する車に乗る須藤と一平。

「…一平…」
「なに?」
「…俺の手口…組長に使うな…」
「別に…そんな…つもりやない…」

何か誤魔化すような言い方をする一平。

「そぉかぁ?」
「…おかんが、しょっちゅう話すから、そうせなあかんと
 思ってやなぁ。…よしのさん、違うん? デートの別れ際には
 必ず、プレゼント…。…それが、男の姿や…聞いてたけど…」
「…あの、あほ…」

須藤は、照れたような顔で、呟き、窓の外を眺めた。
そんな須藤と一平をルームミラーで見ているよしのは、笑っていた。

「よしの!!」
「すんません!!」

須藤の怒鳴り声に、笑いを止めるよしのだった。



むかいんの店の仮眠室の横は、更衣室だった。くまはちは、仮眠室に通じるドアの所に立って、真子の様子を伺っている。
更衣室にコックの光本がやって来た。

「くまはちさん。これ、料理長からです」
「ん? ありがとう。でも、今はご遠慮します。後ほど…」
「では、こちらに置いておきます。失礼しました」
「ありがとうございました」

くまはちは、静かにそう言って、頭を下げた。そして、再び、真子の様子を伺っていた。


「今は…と言われました」
「そうやろな…仕事中やもんな」

厨房に戻ってきた光本が、少しがっくりした表情で、むかいんに言った。

「くまはちは、仕事中は、何も口にしないだけだから、気にすんなよ!」
「そうなんですか…。僕、くまはちさんの表情が怖かったんですよぉ。
 以前、こちらで仕事をしていた時と違ってましたからぁ」
「大丈夫だよ。同業者以外には、威嚇しないから」
「…むかいん…それって、俺が獰猛な何かみたいやないかぁ」

くまはちが、厨房に来ていた。

「うわぁぉう! くまはちぃ〜いてたんかい!!」
「組長が起きたから。ごちそうさん。光本さん、ありがとうございます」
「い、いいえ、その…あの…」

光本は、どぎまぎしていた。そんな光本に笑顔を見せるくまはち。
その笑顔に、落ち着きを取り戻した光本は一礼する。

「帰る前に橋先生のところへ寄るから」

くまはちが、むかいんに言った。

「その方がいいよ。気を付けてな」
「むかいぃん…ごめんなさぁい」

真子が、くまはちの後ろから、こっそりと顔を覗かせた。

「く、組長。もう謝らないでください!!」
「うん…。むかいん、ありがとう! あんまり無理しないでね!」
「ありがとうございます。お気をつけて」
「みなさんもね!」
「はい! お大事に」
「あ、ありがとう!」

真子は、素敵な笑顔を向けて、くまはちと厨房を去っていった。

「素敵な笑顔だよなぁ」
「益々、仕事に精が出るよぉ!!」

コック達が、話しているのを聞きながら、むかいんは、嬉しそうな顔をして、仕事を始めた。



くまはちの運転する車の中。
真子は、後ろの座席で横になって、一平からのプレゼントを開けて、見つめていた。

「猫グッズ、置くところありますか?」
「もう、ないかもぉ〜」
「一平さん、いつもかわいいものをご用意するんですね」
「猫なら、なんでもいいもん! …って、くまはち、知ってたの?」
「あっ、は、そ、その……」

くまはちは、焦ってしまう。

「くまはちぃ〜」

怒りが含まれたような真子の声に気付き、

「はい、何でしょう…」

くまはちは、真子の次の行動を予測し、構えていた。
しかし、それは、外れていた。

「…最近、何が調べてない?」
「いいえ、AYAMAの仕事で精一杯です」
「…そう…」

真子は、ムクッと起き上がる。

「あんまり無茶しないでね」
「ありがとうございます」

くまはちの心臓は、高鳴っていた。
真子の能力で、仕事の事…真子には、内緒で調べている事を…読まれてしまうのでは…と思うと、それ以上、何も言えなかった。
そして、車は、橋総合病院へ到着した。
いつもの場所に車を停め、ゆっくりと歩いていく真子とくまはち。
もちろん、向かう場所は、橋の事務所……。


ノックをして、入っていく真子。くまはちは、廊下で待機していた。

「真子ちゃん、少しは、ましになったみたいやな。くまはちから
 電話もらった時は、気になってしゃぁなかったで」
「ごめんなさい…」
「…まだ、あかんか?」

真子は、静かに頷いた。
真子が素直に謝るときは、体力の限界になっている時。それは、誰もが知っていた。
橋は、直ぐに真子を診察し始める。

「…橋先生って、外科だけじゃなかったんですね…」
「そうやで。いつも診察してたやろ。知らんかったんか?」
「うん。…まささんに聞くまで、気付かなかった」
「ほんまに、原田の腕も欲しいなぁ。成績優秀やったんやで。
 俺、すんごい期待してたのになぁ。医者にはならへんって
 言い切ったもんなぁ。…って、真子ちゃん…寝てるしぃ」

橋の呟く声で、奥の部屋から真北が出てきた。

「…使ってるのか?」
「それはないやろ。一平君とデートや言うてたから、疲れただけちゃうか」
「単なるデートに、組員総動員させるなんてなぁ。俺、連絡あるまで
 知らんかったぞぉ。キタやミナミで阿山組組員が、何かを探してる
 ような雰囲気で、走り回ってるって聞いた時は、ほんと、一体何が
 起こっているのか、気が気でなかったよ…。くまはちぃ〜」
「は、はい」

事務所の外で待機していたくまはちは、真北の声で、中へ入ってきた。

「あんまり、目立つような行動するなよ」
「すみませんでした」
「しっかし、組長にもてあそばれたとはなぁ〜。川原も藤も疲れてたやろ?」
「そのようでした」
「ったく、組長はぁ〜」

呆れた表情で、寝入る真子を見つめる真北だった。

「…真北さんは、こちらで何を?」
「ん? あ、あぁ、昔話に花を咲かせていただけだよ。
 それより、くまはち、仕事の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。組長を送ってから、いつものように、ぺんこうに任せて
 その後に戻る予定ですから」
「あとは、俺に任せて、お前は仕事に戻れ。早めに終わらせろよ」
「かしこまりました。では、失礼します」

くまはちは、一礼して、事務室を出ていった。橋が、二人のやり取りをしっかりと見ていた。

「…なんか、お前、くまはちには、一番厳しいんちゃうか?」
「いいや、昔っから、こうだよ。ま、俺が注意することは少なかったけどな。
 それも、くまはちの親父さんが厳しかったからな」
「そんなくまはちに、真子ちゃんは、すぐに懐いたってわけか。
 で、続きは? それから、どうなってん」
「…まだ、話せって言うんかぁ? もう勘弁してくれ」
「あかん。最後まで聞かせろ」

真北は、ふくれっ面になっていた。

「そんな顔しても、あかん。言え!!」
「…またの機会っつーことで。俺は、組長と帰るよ。結果は?」
「後で連絡するよ。続きが聞きたいのになぁ〜」

真北は、真子を抱きかかえた。

「逃げる気やな?」
「そうだよ。じゃぁな」
「ちっ! 次は、最後まで聞かせろよぉ。気ぃつけてなぁ」

真北は、事務室を出ていった。

「あと少しやったのになぁ。あいつの過去を全部知るのぉ〜」

橋は、ぶつぶつ言いながら、真子のカルテをまとめていた。
真子のカルテは、キングファイル十冊目となっていた。

「…真子ちゃんだけで、こんなになるとはなぁ〜。真子ちゃん専用の
 棚を作らな、あかんかなぁ〜」

橋は、書類棚を見つめながら、そう言った。

「…今日は…暇やなぁ〜」

外科の患者は、来ていない………。




真北は、安全運転で自宅に向かっていた。助手席では、真子が眠っていた。時々、優しい眼差しで真子を見ている真北は、軽くため息を付く。

「…昔と同じように接していては、やっぱり駄目だろうなぁ。
 真子ちゃんの成長とともに、接し方も変えないと…な…」

真北は、そっと真子の頭を撫でていた。
その手は、父親のような、…恋人のような…、どっちでもないような、そんな不思議な雰囲気があった。

橋と話していた内容は、真子の父・慶造が、息を引き取る前に真北に言った言葉だった。

『父親の俺より、お前に懐いている真子を、いつまでも
 守ってくれ…父親のように…そして……』


「恋人のように……か…」

真北は、口を尖らせる。
そんな真北の気持ちを知っているのかいないのか、真子は眠っていた。

「…お母さん…」

真子の頬を涙が伝っていることに、真北は気付いていなかった。



(2006.3.15 第三部 第三十四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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